第三章 星の契約(けいやく)
薄暗い洞窟。
どこからか落ちてきた水滴が、クロロの頬に触れた。
「……ん……」
クロロはゆっくりと目を開けた。
身体を起こそうとすると、頭に鈍い痛みが走る。
「いってぇ……」
どうやら落下した時の衝撃で頭を強く打ち、気を失っていたらしい。
クロロは頭を押さえながら、辺りを見回した。
だが、洞窟の中は薄暗く、周囲の様子まではよく見えない。
ふと、自分が落ちてきたであろう天井を見上げる。
そこは大量の瓦礫によって完全に塞がれていた。
「ここから落ちてきたのか……?」
瓦礫の下敷きにならなかっただけでも幸運だった。
それ以上に――。
クロロは自分の身体を確かめる。
腕を動かす。
足も動く。
頭は少し痛むものの、大きな怪我はない。
「あれだけの高さから落ちて……ほとんど無傷?」
クロロは信じられないといった顔で、自分の身体を見る。
「一体、何があったんだ?」
不思議ではあったが、今は考えている場合ではない。
「クロエ……父さん、母さん……」
街では、あの巨大なモンスターが暴れている。
早く地上へ戻らなければならない。
だが――。
「……どっちに行けばいいんだ?」
洞窟の道は二方向へ続いている。
出口がどちらなのかなど、クロロにはわからなかった。
その時だった。
「……?」
左側の通路の奥に、小さな白い光が見えた。
光はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「なんだ……?」
クロロは周囲を見回し、瓦礫の中から一本の木の棒を拾い上げた。
何が来てもすぐに動けるよう、両手で構える。
白い光は少しずつ近づいてきた。
クロロは警戒しながら目を凝らす。
やがて光の正体が、はっきりと見えてきた。
「……鳥?」
そこにいたのは、淡い白色の光をまとった一羽の小鳥だった。
敵ではなさそうだとわかり、クロロは木の棒を下ろした。
「なんで小鳥がこんなところに? しかも光ってるし……」
あまりにも不思議な光景に、思わず声が漏れる。
すると小鳥はクロロの周囲を一度くるりと飛び回り、そのまま来た道へ戻っていった。
少し進んだところで振り返る。
「……ついて来いってことか?」
小鳥は再び前へ飛ぶ。
クロロは左右の道を見比べた。
「どっちに行けばいいかわからないんだし……ついて行ってみるか」
クロロは白い小鳥を追って歩き始めた。
しばらく洞窟を進んでいくと、やがて巨大な扉が姿を現した。
「でか……」
小鳥はその扉の前で一度羽ばたくと――そのまま扉をすり抜け、向こう側へ消えてしまった。
「あっ! ちょっと待って!」
クロロは慌てて扉の前へ走る。
両手を当て、力いっぱい押してみる。
「ふんっ……!」
しかし――。
「開かない……」
何度押しても、大きな扉はびくともしなかった。
「ここまで来たのに、どうやって開ければいいんだ?」
困り果てたクロロは頭を掻く。
その時、扉の中央部分に何かが刻まれていることに気づいた。
「ん?」
近づいて見てみるが、表面には長年積もった砂や埃がこびりついていて、よく見えない。
クロロは手で埃を払った。
すると――。
「これは……」
丸い円の中に、十二個の異なる印が描かれていた。
「何の絵だろう? どこかで見たことがあるような……」
クロロが何気なくその印へ触れた瞬間――。
カッ――!
「うわっ‼」
突然、十二の印が六色の光を放った。
あまりの眩しさに、クロロは咄嗟に顔を手で覆う。
やがて光が収まる。
「な、何だったんだ……?」
恐る恐る手をどけた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
「え?」
先ほどまでびくともしなかった巨大な扉が、ゆっくりと動き始めた。
長い年月閉ざされていたかのような重い音を立てながら、扉が開いていく。
クロロはほっと息を吐いた。
「はぁ~……一生開かないかと思ったよ」
開いた扉の向こうへ、クロロは足を踏み入れた。
その先にあったのは、洞窟とは思えないほど広大な空間だった。
「なんだ、ここ……」
クロロは出口がないか辺りを見回す。
すると――。
部屋の奥に、一人の人影があった。
こちらへ背を向け、じっと立っている。
「人……?」
こんな地下に人がいる。
さすがのクロロも警戒しながら近づいていった。
「あの~、すみません!」
人影は動かない。
「出口を知りたいんですけど、どこにあるかわかりませんか?」
クロロの声に反応し、その人物がゆっくりと振り返った。
「……?」
女性だった。
しかも、かなり特徴的な姿をしている。
ショートのウルフカットに整えられた髪と瞳は、燃えるようなバーミリオン色。
しかし、その身体を覆う衣服は長い年月を感じさせるほどボロボロになっていた。
女性はクロロを鋭く見つめる。
「お前は一体誰だ? どこから来た?」
突然問いかけられ、クロロも少し身構えた。
「そう言う君こそ誰なんだ⁉」
女性は一瞬黙る。
そして、不満そうに眉を寄せた。
「あたしが質問してるのに、質問で返す奴がいるか~?」
「いや、こんなところに人がいたら普通気になるだろ!」
「それもそうか」
女性は腰に手を当てた。
そして胸を張る。
「あたしは――伝説の十二星具が一人!」
びしっと自分を指さし、高らかに名乗った。
「射手座の星具! アルス・サジタリアスだ‼」
アルスは「決まった」とでも言いたげな顔をしている。
だが――。
「……」
クロロはぽかんとしていた。
「なんだよ、その顔!」
「あ、いや……」
クロロは気を取り直す。
「俺はクロロ・スターウェア。よろしく」
「……もう少し驚けよ」
「いや、驚いてはいるんだけど……」
出口について聞こうと思ったクロロだったが、こんな地下深くに一人でいるアルスのことが気になった。
「それより君、なんでこんなところに一人でいるんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、先ほどまで明るかったアルスの表情が少しだけ曇った。
「昔な……あたしの力を悪用しようとした奴らがいたんだ」
「悪用?」
「ああ。だから、そういう奴らの手にあたしが渡らないように、ここへ封印された」
クロロは周囲を見回す。
人の気配など、どこにもない。
「じゃあ……ずっとここに?」
「まあな」
「どれくらい?」
アルスは少し考える素振りを見せた。
「ざっと五百年以上かな~」
「ご、五百年⁉」
クロロは思わず大声を上げた。
「そんなに長い間、一人だったのか?」
「ああ」
「……寂しくないの?」
アルスは少しだけ視線を落とした。
「寂しいよ」
その言葉だけは、それまでの明るい口調とは違っていた。
だが、アルスはすぐに顔を上げた。
「でも、あたしは待ってるんだ‼」
「待ってる?」
「いつか、あたしと契約してくれる奴が現れるのをな!」
アルスは力強く笑った。
クロロも少しだけ表情を和らげる。
「そっか……。その人、早く現れるといいな」
「ああ」
アルスが小さく頷く。
クロロはそこで、自分が急いでいることを思い出した。
「そうだ! 悪いんだけど、俺は今急いでるんだ。出口がどこにあるか知らないか?」
「出口?」
アルスは部屋の奥にある通路を指さした。
「あそこを真っ直ぐ行ったら階段がある。そこから外に出られるよ」
「本当か⁉」
「ああ」
「ありがとう!」
クロロは笑顔を見せた。
「君の待ってる人が、いつか現れるといいな!」
そう言って、クロロは出口へ向かおうとする。
「待ってくれ!」
アルスが慌てて呼び止めた。
「ん?」
「最後に一つだけ、お願いを聞いてくれないか?」
「お願い?」
アルスはクロロの近くにある台を指さした。
棒状の台座の上に、透明なガラス玉が置かれている。
「そこにあるガラスの玉に触れてみてほしい」
「これ?」
「ああ。触れるだけでいいから‼」
クロロはガラス玉を見つめる。
少し怪しい気はしたが、出口を教えてもらった恩もある。
「わかったよ。触ればいいんだな?」
「そう‼」
クロロはそっとガラス玉へ手を置いた。
その瞬間――。
カァァァァッ‼
「うわっ⁉」
ガラス玉が眩い光を放った。
同時に、アルスの足元へ巨大な魔法陣が現れる。
「な、なんだこれ⁉」
「まさか……」
アルスが目を見開く。
ピシッ。
「え?」
ガラス玉に一本のヒビが入った。
そこから瞬く間に亀裂が広がっていく。
「お、おい!」
パリンッ‼
ガラス玉が粉々に砕け散った。
同時に――。
アルスの足元にあった魔法陣にも亀裂が走る。
「……!」
パァン‼
まるでガラスが砕けるように、魔法陣そのものが消滅した。
クロロは何が起こったのかわからず、アルスを見る。
アルスは砕け散った魔法陣を見つめたまま、呆然としていた。
「……嘘だろ」
「アルス?」
アルスがゆっくりとクロロを見る。
その顔には、驚きと信じられないという感情が浮かんでいた。
「まさか……お前が……!」
その時――。
ドォォォォン‼
洞窟全体を揺らすほどの爆発音が響いた。
「っ!」
クロロの表情が一変する。
「街……!」
家族やクロエの顔が頭をよぎった。
「悪い、アルス! 俺、行かないと!」
「お、おい! 待て!」
アルスが手を伸ばす。
だが、クロロはすでに出口へ向かって全速力で走り出していた。
「待てって! まだ話が――!」
アルスの声は、遠ざかっていくクロロには届かなかった。
「……あいつ、足速すぎだろ」
アルスは呆れながらも、すぐにクロロの後を追った。
クロロは教えられた通路を全力で駆け抜けた。
やがて目の前に、上へと続く長い階段が現れる。
「これか!」
階段を一気に駆け上がる。
その先には外へ続いているであろう扉があった。
「開けぇぇぇ‼」
クロロは勢いそのまま、身体ごと扉へぶつかった。
バンッ‼
古びた扉が勢いよく開く。
「外だ!」
飛び出した先は、城壁近くにある古い鉱石採掘場の隣だった。
クロロは辺りを確認する。
「城壁は……あっちか!」
遠くから煙が上がっている。
クロロは迷うことなく、街へ向かって走り出した。
その頃――。
「はぁ……はぁ……」
クロエは一人、巨大なモンスターと対峙していた。
辺りには倒れた兵士たちがいる。
幸い、住民の避難はすでに終わっていた。
「くっ……」
クロエの握る短剣は傷だらけになり、刃もところどころ欠けている。
何度攻撃を叩き込んでも、目の前の巨大な獣には決定的な傷を与えられなかった。
「だったら……!」
クロエは距離を取り、空いている手をモンスターへ向ける。
「ファイヤーショット‼」
三つの炎の玉が放たれた。
炎は真っ直ぐモンスターへ飛び――。
ドドドンッ‼
次々と直撃する。
巨大な身体が炎に包まれた。
「やった……?」
しかし――。
「グオオオオッ‼」
巨大な翼が大きく羽ばたいた。
巻き起こった風が、一瞬で炎を吹き飛ばす。
「そんな……」
モンスターの身体には、ほとんど傷がなかった。
怒りを露わにした獣が、ゆっくりとクロエへ近づいてくる。
クロエはすでに全身傷だらけだった。
魔力もほとんど残っていない。
「くっ……」
短剣を構えようとするが、腕に力が入らない。
視界も霞み始める。
巨大なモンスターが、クロエの目の前まで来た。
「……」
前足がゆっくりと持ち上がる。
クロエには、もう避ける力が残っていなかった。
(ここまで……なのかな……)
死を悟ったクロエは、力なく目を閉じる。
「あぁ~……最後に……」
脳裏に、一人の少年の顔が浮かんだ。
「お兄様の顔を……もう一度見たかった……」
巨大な前足が振り下ろされる。
その瞬間――。
「クロエぇぇぇ‼」
「……?」
誰かが凄まじい勢いで走ってきた。
そして――。
「うおおおっ‼」
クロエの身体へ飛びつく。
ドォォン‼
間一髪。
二人は地面を転がりながら、モンスターの攻撃をかわした。
「はぁ……はぁ……クロエ‼」
クロエを抱きかかえた人物は、必死に声をかける。
「大丈夫か‼ しっかりしろ‼」
ぼやけた視界の中、クロエはその人物の顔を見ようとした。
「お……お兄様……?」
「ああ! 俺だ!」
だが、クロエの身体にはもう限界が来ていた。
安心したように目を閉じ、そのままクロロの腕の中で意識を失う。
「クロエ⁉」
クロロは慌てて頬を叩く。
「クロエ‼ クロエ‼」
だが返事はない。
「……っ」
妹を心配するあまり、クロロは背後へ迫る存在に気づいていなかった。
「グルルルル……」
「……!」
気配を感じて振り返る。
すでにモンスターは前足を高く振り上げていた。
「しまっ――」
もう逃げられない。
クロロは咄嗟にクロエを強く抱き寄せ、自分の身体でかばう。
巨大な爪が振り下ろされた。
その瞬間――。
ドォン‼
辺りに大きな銃声が響いた。
「っ⁉」
クロロを攻撃しようとしていたモンスターの身体が、大きく吹き飛ばされた。
そのまま建物へ激突する。
ドガァァン‼
「な、何が……?」
クロロは銃声がした方向を見る。
そこに――。
赤い魔力によって形作られたスナイパーライフルを構える、アルスが立っていた。
「アルス⁉」
「よう」
「なんで君がここにいるんだよ‼」
アルスは肩にスナイパーライフルを担ぐ。
「お前に言いたいことがあったのに、勝手に先に行っちまうから追いかけてきたんだよ!」
「でも君、封印されてて出られなかったんじゃないの?」
「ああ。さっきまではな」
アルスは真剣な表情でクロロを見る。
「お前が触れたあのガラス玉。あれは、あたしの封印を解除するためのものだった」
「じゃあ……俺が?」
「ただ触れば誰でも解けるわけじゃない」
アルスは続ける。
「あの封印は――星の輝きに選ばれた者にしか解けないようになってたんだ」
「星の輝きに……?」
アルスは嬉しそうに笑った。
「あたし、言っただろ? ずっと待ってる奴がいるって」
「……」
「それがお前だったんだよ‼」
クロロは言葉を失った。
「俺が……選ばれた?」
その時。
「グオオオオオッ‼」
先ほど吹き飛ばされたモンスターが、瓦礫を押しのけながら立ち上がった。
アルスの表情が険しくなる。
「やっぱり、この程度じゃ倒せないか……」
「アルス、あいつを知ってるのか?」
「ああ」
アルスは巨大な獣を睨む。
「あいつは――悪星獣バットウルフ」
「悪星獣……」
クロロは意識を失ったクロエを見る。
そして、破壊された街を見渡した。
倒れた兵士たち。
崩れた建物。
あちこちから上がる煙。
第二章で助けた子供の姿も頭をよぎる。
「……」
これ以上、誰かが傷つくのを見ているだけなんて嫌だった。
アルスがクロロへ言う。
「なぁ、クロロ」
「……?」
「あたしと契約しろ」
「契約?」
「ああ」
アルスはバットウルフへスナイパーライフルを向ける。
「あたしと契約すれば、あいつを倒せる力を貸してやる」
クロロは腕の中のクロエを見る。
「その力があれば……クロエも、この街のみんなも守れるんだな?」
アルスは迷うことなく頷いた。
「ああ」
「本当に?」
「あたしは、お前をずっと待ってたんだ」
アルスはクロロを真っ直ぐ見つめる。
「お前のためなら、全力で力を貸してやるよ‼」
クロロはしばらくアルスを見つめた。
そして――。
「わかった‼」
迷いを振り切るように立ち上がる。
「みんなを守れるなら――俺はお前と契約する‼」
アルスはその言葉を聞き、嬉しそうに笑った。
「ようやく言ったな!」
アルスはクロロの前に立つ。
そして右手を胸元へ当てた。
「我! 十二星具が一人! アルス・サジタリアス‼」
アルスの身体から、赤い光が溢れ出す。
「星の導きにより――お前を主人と認め、契約を交わす‼」
次の瞬間――。
カァァァァッ‼
「うわっ⁉」
クロロの身体が赤い光に包まれた。
同時に、アルスの身体も強い輝きを放ち始める。
「アルス⁉」
『心配すんな!』
「え?」
アルスの身体が光の中で形を変えていく。
やがて光が弾け――。
そこに現れたのは、人の姿ではなかった。
全長二メートル近い、巨大なスナイパーライフル。
赤と黒を基調としたその武器からは、今まで感じたことのないほど強大な魔力が溢れていた。
それこそが――射手座の星具、アルス・サジタリアスの真の姿。
『クロロ! あたしを持て!』
「アルスの声……?」
『契約したからな。今のお前には、ちゃんと聞こえる』
クロロは恐る恐る大型の銃へ手を伸ばした。
その瞬間。
「……!」
今まで触ったことすらないはずの武器なのに――不思議と持ち方がわかる。
構え方。
狙い方。
魔力の流し方。
まるでアルスの感覚が、自分の中へ直接流れ込んでくるかのようだった。
『感じるだろ?』
「ああ……」
『あとは、あたしに合わせろ!』
「わかった!」
『そして――星具の名を叫べ‼』
クロロは巨大なスナイパーライフルを強く握りしめる。
そして大声で、その名を叫んだ。
「サジット・スナイプ‼」
赤い光が一気に弾けた。
クロロの身体を、炎のような赤い魔力が包み込む。
「すごい……」
身体の奥底から、今まで感じたことのないほどの力が湧き上がってくる。
その巨大な魔力に引き寄せられたかのように――。
「グルルルル……」
別の場所で暴れていた残り二体のバットウルフも集まってきた。
「三体とも来たか」
『怖いか?』
アルスの声が聞こえる。
クロロは三体のバットウルフを見る。
そして――ニッと笑った。
「これなら行けそうだ‼」
三体のバットウルフが雄叫びを上げる。
「グオオオオオオオッ‼」
クロロはサジット・スナイプを構えた。
「パーティータイムだ‼」
一体のバットウルフが真っ先に突進してくる。
「来た!」
『クロロ、真正面から行け!』
「わかった!」
クロロもバットウルフ目掛けて走り出す。
「グアアアッ‼」
バットウルフは顔を横へ向け、巨大な口を開いた。
鋭い牙がクロロへ迫る。
『今だ!』
「っ!」
噛みつかれる寸前――。
クロロは地面へ身体を滑らせた。
そのままバットウルフの腹の下へ潜り込む。
「もらった‼」
サジット・スナイプの銃口を、真上へ向けた。
ドォン‼
撃ち放たれた弾丸が、バットウルフの腹を貫いた。
「ギャアアアアッ‼」
巨体が地面へ崩れ落ちる。
そして、その身体は黒い灰となって消えていった。
「一体!」
『後ろだ‼』
「っ!」
クロロが振り返るより先に、二体目のバットウルフが巨大な前足を振り下ろす。
だが――。
「見えてる!」
クロロは身体をひねり、ギリギリで攻撃をかわした。
その動きに合わせるようにサジット・スナイプを向ける。
ドォン‼
弾丸がバットウルフの右前足を撃ち抜いた。
「グアアッ‼」
前足を失ったバットウルフがバランスを崩し、激しい砂埃を上げながら倒れる。
煙が晴れた時には――。
クロロはすでに、倒れたバットウルフの眉間へ銃口を突きつけていた。
「残念だったな‼」
ドォン‼
眉間を撃ち抜かれたバットウルフも、黒い灰となって消えていった。
「あと一体!」
最後に残ったバットウルフは、クロロを見て一歩後ずさる。
そして――。
バサッ‼
巨大な翼を広げ、空へ飛び上がった。
「逃げる気か!」
『逃がすな、クロロ!』
「もちろん!」
クロロは空を飛ぶバットウルフへサジット・スナイプを向けた。
ある程度距離を取ったところで、バットウルフが空中に停止する。
「……?」
バットウルフは大きく口を開いた。
その口の中へ、黒い魔力が集まっていく。
『来るぞ!』
「ああ!」
クロロもサジット・スナイプへ魔力を集中させる。
身体の中にある力が、一気に銃へ流れ込んでいく。
「グオオオオオオッ‼」
バットウルフの口から、太いレーザーのような魔力の奔流が放たれた。
『クロロ‼』
「わかってる‼」
クロロはさらに魔力を注ぎ込む。
サジット・スナイプの銃口へ、炎のような力が集まった。
「これで――終わりだ‼」
引き金を引く。
「ペネトレイト・インフェルノ・バレット‼」
ドォォォォン‼
炎の渦をまとった一発の弾丸が撃ち出された。
細い弾丸は凄まじい勢いで一直線に飛び――。
バットウルフが放った攻撃を、正面から貫いていく。
「グアッ⁉」
そのまま弾丸はバットウルフの身体を貫通した。
ドォン‼
巨大な穴が開く。
「グ……オオ……」
力を失ったバットウルフは空から落下していく。
そして地面へ届くより先に、その身体は黒い灰となって消え去った。
「……」
クロロはしばらく空を見上げていた。
もう敵の姿はない。
「終わった……」
『ああ』
「勝ったんだ……」
張り詰めていた力が、少しずつ抜けていく。
クロロは大きく息を吐いた。
「……ん……」
少し離れたところで、クロエが目を覚ました。
「ここ……は……」
身体中に痛みが走る。
それでもクロエはふらつきながら立ち上がった。
「モンスターは……?」
辺りを見回す。
先ほどまで街を破壊していた巨大なモンスターの姿は、どこにもない。
代わりに――。
「……?」
見覚えのある背中があった。
巨大な武器を持っているため、いつもとは違って見える。
それでも、クロエにはわかった。
目に涙が浮かぶ。
「お兄様……?」
「!」
クロロが振り返った。
「クロエ!」
目を覚ました妹の姿を見て、クロロの顔に安堵が広がる。
「無事だったんだ……ね」
その言葉を言い終えた瞬間だった。
「……あれ?」
クロロの視界が揺れる。
膝から力が抜けた。
『クロロ⁉』
「お兄様⁉」
そのままクロロは地面へ倒れ込んだ。
「お兄様‼」
クロエは痛む身体を引きずるようにして、クロロへ駆け寄る。
「しっかりしてください‼ お兄様‼」
「……クロ……エ……」
「お兄様‼」
クロエの声が聞こえる。
だが、その声は少しずつ遠くなっていく。
(力……使いすぎたのかな……)
そんなことを考えながら、クロロはゆっくりと目を閉じた。
そして――そのまま意識を失った。
次にクロロが目を覚ました時――。
「……ん?」
視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。
「ここ……どこだ?」
身体を起こそうとして、クロロは自分が大きなベッドの上に寝かされていることに気づいた。
アルスとの契約を果たし、十二星具の力を手にしたクロロ。
しかし、それは世界を救うための長い旅の始まりに過ぎなかった――。
次回、第四章「星の旅立ち」。クロロたちは、新たな一歩を踏み出す。
第三章を読んでくださりありがとうございます!
今回登場したアルス、どんな印象でしたか?
気になったところがあれば、一言だけでもぜひ!




