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第一章 洋服屋の少年

 ここは【大都市ボーンスター】。


「はぁ~、この荷物重すぎ‼ 父さんも母さんも、仕入れる量ほんと考えてほしい!」


 多くの人々が行き交う街中を、一人の少年が大量の布を抱えながら歩いていた。

 彼の名前は【クロロ・スターウェア】。

 十八歳。この街にある洋服屋【スターウェア】の息子である。

「ったく……店が繁盛するのは嬉しいけど、これはさすがに買いすぎだろ~」

 クロロは積み上がった荷物の向こうから前を覗きながら、ブツブツと文句をこぼす。

 今は、仕入れ先の布屋から頼まれていた布を受け取り、店へ帰っている途中だった。

 そんなクロロが暮らす大都市ボーンスターには、古くから一つの伝説が残されている。

 遥か昔――星から生まれた星獣たちが、この地へ降り立ったという伝説だ。

 もっとも、今となってはそれを本気で信じる者も少ない。

「まぁ~、こんなに服屋が繁盛するとは思わなかったからな~」

 クロロの実家である洋服屋【スターウェア】は、数年前まではシンプルで、服の種類もそれほど多くない店だった。

 しかし、一年ほど前から急激に客が増え始めた。

 きっかけは、クロロが考えた服のアイデアやデザインだった。

 この世界ではあまり見たことのないデザインの服は、たちまち街の人々から大きな反響を呼び、一つのブームとなった。

 もっとも、それにはクロロだけが知る理由がある。

 誰にも話したことはないが――クロロは、異世界転生者なのだ。

 前世のクロロは、日本で工場勤務をしていた普通の会社員だった。

 ある日、仕事から帰る途中で暴走したトラックにはねられ、命を落とした――はずだった。

 しかし、次に目を開けた時、目に映ったのは病院の天井ではなく、見知らぬ部屋の天井。

 しかも、自分の身体は赤ん坊になっていた。

 それから十八年。

 クロロは前世で知っていた服のデザインやアイデアを父と母に伝え、それを実際に商品として売り出した。

 その結果、洋服屋【スターウェア】は今や街でも評判の店になっていたのだった。

 しばらく歩き続け、ようやく店へ戻ってきたクロロは扉を開けた。

 チリン――。

 扉の上に付けられたベルが鳴る。

「ただいま~‼ 頼まれた物、取ってきたよ~‼」

 クロロが店の奥へ向かって大声で叫ぶ。

 すると――。

 ドタドタドタドタ‼

 店の奥から、ものすごい勢いで誰かが走ってくる音が聞こえた。

 次の瞬間。

「おかえりなさ~い‼ 寂しかったわ~‼」

 母のプリセムが、勢いよくクロロへ飛びついた。

「うわっ‼」

 店内にはまだ客がいるというのに、プリセムの大きな声が響き渡る。

 強く抱きしめられながら、クロロは慌てて言った。

「母さん‼ もうオレ十八だよ‼ 恥ずかしいし、他のお客さんいるからやめてくれ~!」

 するとプリセムは、むすっと頬を膨らませた。

「も~、恥ずかしいなんて! この間まであんなに小さくて可愛かったのに~」

「いや‼ 何年前の話だよ‼ それに、ただおつかいに行ってきただけで大げさだって!」

 プリセムはようやくクロロから離れると、ぷいっとそっぽを向いた。

「いつだって、お母さんは子供のことが心配なんです‼」

 すると、店の奥から父のロイザも姿を見せた。

「そうだぞ! 母さんはいつもお前たちのことを心配しているんだぞ」

「いや、母さんは心配しすぎだよ」

 クロロがそう言うと、なぜかロイザまでしょんぼりと肩を落とした。

「本当なら俺だって、お前たちを抱きしめて『お帰り』って言いたいよ~」

 目にはうっすら涙まで浮かんでいる。

「と、父さんまで~……」

 クロロは苦笑いを浮かべた。

 そんな話をしていると、再び店の扉が開いた。

 チリン――。

 客が入ってきたと思い、クロロは振り返る。

「いらっしゃいませ~」

 だが、そこにいたのは客ではなかった。

 仕事を終えて帰ってきた妹――【クロエ・スターウェア】だった。

 それを見た瞬間、プリセムはすぐさまクロエへ飛びつく。

「おかえり~‼ クロエちゃ~ん‼」

「ただいま! お母さん」

 クロエは慣れているのか、抱きついてきた母の頭を優しく撫でた。

「今日のお仕事、もう終わったの?」

「うん! 今日は簡単な内容だったから、すぐに帰ってこれたんだ」

 そう答えながら店内を見ると、クロエはクロロの姿に気づいた。

「兄さん、そこにいたんだ」

「自分の家なんだ。いちゃ~悪いかよ!」

 クロエはぷいっと顔をそらし、目を閉じた。

「別に‼」

 そして、横目でクロロを見る。

「それより兄さん‼ 街中であんまりヘナヘナした姿で歩かないでね‼ 騎士長の兄があんなにヘナヘナした人なんて知られたら恥ずかしいし‼」

 クロエはクロロの二つ下の妹。

 十六歳という若さながら騎士育成学校を首席で卒業し、その実力を認められて騎士長を務めている。

「別にヘナヘナはしてないだろ~」

 するとプリセムがクロエをたしなめる。

「クロエちゃん! お兄ちゃんにそんなこと言っちゃだめよ!」

「とにかく‼ 気をつけてね‼」

 それだけ言い残し、クロエは二階にある自分の部屋へ向かっていった。

 クロロはその後ろ姿を見ながら、ため息をつく。

「昔は『お兄様~』って可愛かったのに、いつからあんな風になったんだろうな?」

 そう呟きながら、クロロは店の手伝いへ戻っていった。


 一方――。

 部屋へ入ったクロエは、扉を閉めた瞬間にベッドへ飛び込んだ。

 枕に顔を押しつけ、足をバタバタと動かす。

「も~‼ なんで私はいつもお兄様に『今日もかっこよくて素敵なお兄様!』って言えないのよ‼」

 顔を真っ赤にしながら、心の中で叫ぶ。

 そう。

 実はクロエ――馬鹿が付くほどのブラコンなのである。

「お兄様がヘナヘナして恥ずかしいって何よ‼ そんなわけないでしょ‼ 何なら、お兄様のかっこよさを全世界の奴に知らしめてやりたいぐらいよ‼」

 そんなことを一人でブツブツ呟きながら、クロエはベッドの上を転がっていた。


 その頃。

 一階の作業部屋では、プリセムが服を作り、クロロが持ち帰った材料を棚へしまっていた。

 作業をしながら、プリセムが思い出したように口を開く。

「そうだクロロ! ごめんなんだけど、明日は針職人のレイスさんのところに行って、新しい縫い物用の針を作ってもらうように頼んできてほしいんだけど、いい?」

「いいよ! 明日レイスさんのところに行けばいいんだね」

「うん! お願いね‼」

 それだけ言うと、プリセムは再び仕事へ集中する。

 クロロも店の手伝いへ戻った。

 やがて一日の仕事が終わり、クロロはロイザと共に店じまいを始めた。

「今日も店は賑やかだったな‼ これも、お前のアイデアとデザインがよかったからだな!」

 突然褒められたクロロは、少し照れながら答える。

「でも、アイデアとデザインがあっても、父さんみたいに店を経営したり、母さんみたいに服を作ったりはできないからさ。二人のおかげでもあるよ‼」

 ロイザは嬉しそうに笑った。

 自慢の息子を見るような、誇らしげな表情だった。

 その時――。

「みんな~、ご飯よ~!」

 奥からプリセムの声が聞こえた。

「今行くよ~!」

 二人は声を揃えて返事をすると、笑いながら食卓へ向かった。

 そして家族四人で食卓を囲んでいると、クロエが仕事場で聞いた話を思い出した。

「そういえば最近、街の外に仕事へ行った人が何人もいなくなってるって話を聞いたの」

 笑っていた家族の表情が、少しだけ変わる。

 クロエは続けた。

「いなくなった人たちを何日も探したみたいなんだけど、結局何も手掛かりが見つからなかったんだって。めったにないと思うけど、お父さんもお母さんも気をつけてね‼」

 クロロはすぐに口を挟んだ。

「おい! 兄には気をつけてって言ってくれないのかよ‼」

「兄さんは心配しなくても大丈夫でしょ!」

 クロエは冷たく言い放つ。

 だが――。

 その心の中では、まったく違うことを考えていた。

(お兄様は、この妹がどんなことがあっても駆けつけて守りますから、安心してください‼)

 クロエの本心など知らないプリセムは、不安そうな表情を浮かべる。

「最近は、そんなことが起こっているのね~。怖いわ~」

 そんなプリセムを安心させるように、ロイザが言った。

「でも、ボーンスターは大きな城壁でぐるっと囲われているからな。街の外に出ない限りは安心だよ!」

「そうね……」

 その後、ロイザはみんなに言った。

「今日はもう遅いから、そろそろ寝ようか! 明日も一日頑張ろう‼」

 それぞれが自分の部屋へ戻り、やがてスターウェア家は静かな夜を迎えた。


 ――その日の深夜。

 大都市ボーンスターを囲む城壁。

 その近くに広がる森を、二人の兵士が偵察していた。

「こんな夜中に偵察なんて面倒だよな~」

「しょうがないだろ~。順番で当番を決めたんだから」

 二人はそんな愚痴をこぼしながら、暗い森の中を歩いていた。

 その時――。

 ガサッ。

「……ん?」

 近くの茂みから、何か生き物の気配がした。

 二人は足を止める。

 腰に下げていた剣を抜き、ゆっくりと音のした方へ近づいていく。

 ガサガサッ――。

 緊張しながら茂みを覗き込む。

 そこにいたのは――一匹のウサギだった。

「なんだ~、ウサギかよ!」

「あははっ‼ ビックリさせやがって‼」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 剣を下ろし、再び偵察へ戻ろうと振り返る。

 だが――。

 その笑顔が、一瞬で消えた。

 二人の目の前に、いつの間にか巨大な黒い影が立っていた。

「な、なんだ……こいつ……」

 兵士の声が震える。

 暗闇の中、巨大な何かがゆっくりと二人へ近づいてくる。

「う、うわあああああああッ‼」

 静かな森に、二人の悲鳴が響き渡った。


 ――そして、その夜。

 二人の兵士が姿を消した。

平穏な街に突如現れた、黒き獣――バットウルフ。

その襲撃によって、クロロとクロエの日常は一変していく。

次回、第二章「黒い獣の襲来」。兄妹の初めての死闘が始まる――。


第一章を読んでくださりありがとうございます!

クロロやクロエの第一印象はいかがでしたか?

好きになれそうなキャラがいたら、ぜひ教えてください!

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