08. 打ち上げ
Pillow Diaryファンたちの噂のネタにされていることなどつゆ知らず、ほのかはライブの余韻に浸りながら、駅への道を歩いていた。
先日のフェスをさらに上回る感動だった。
全力で音楽に乗り、浸り、感情を放出しきった。
(まるで魂のデトックス。最高だったな。また観に行きたいけど……)
しかし、回数を重ねればきっと、他のファンとの交流が深まってしまうだろう。
メンバーの知り合いという立場で、軽々しくコミュニティに入ってはいけない気がした。
(一緒にご飯を食べてる人間が、しょっちゅう観客としているのも……海堂さんに気を遣わせちゃうよね……)
思わず腕組みをして、眉根を寄せる。
その時、カバンの中のスマートフォンが震えた。
急いで取り出すと、画面には『海堂』の文字。
昨日、円居屋で一緒に食事をしたときに、互いの連絡先を交換していたのだ。
「はいっ、もしもし?」
「あっ、ほのかちゃん? 今日は来てくれてありがとう!」
海堂の声が弾んでいる。彼自身、今日のライブはとても満足度の高いものだったのだろう。高揚感が伝わってくる。
「いえ、こちらこそ、素敵なライブをありがとうございました。すごく感動しました!」
「あはは、ありがとう! 良かった。ところで……ほのかちゃん、もう帰っちゃってる?」
「はい、さっき会場を出て、今は駅に向かっているところです」
「そっか。じゃあ、もし良かったら……なんだけど……」
海堂は急に言い淀みはじめた。
「なんですか?」
ほのかが促すと、彼は咳払いをしてから続けた。
「このあとさ、軽く打ち上げするけど、良かったら来ない?」
彼は電話越しに、ほのかの反応を窺っているようだった。
「打ち上げ……ですか?」
意外な誘いに、ほのかは戸惑った。ファンとしてその距離感に行っていいものか、迷うところだ。
「えっと……部外者の私なんかが行っていいんですか?」
「うん、構わないよ。メンバーにほのかちゃんのことを話したら、『会いたい!』って言ってるし」
「わ、わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「よかった! 場所は、円居屋だから。俺たちもすぐ向かうね」
「はい。それじゃあ」
ほのかは通話を終えると、少しばかり複雑な面持ちで、歩みを早めた。
「こんばんはー」
店に着き、ガラガラと引き戸を開けて中に入ると、店主の荒井が迎えてくれた。
いつもの常連たちもいる。ほのかは彼らとも挨拶を交わした。
「いらっしゃい。海堂くんたち、もう来てるよ」
「ありがとうございます!」
荒井に言われて、ほのかは店の奥にある座敷の襖を開けた。
真っ先に気づいた海堂が笑顔で迎える。
「あっ、ほのかちゃん! 来てくれた。急に呼び出しちゃってごめんね」
「いえいえ、お誘いありがとうございます」
そこにいるのは、海堂、星野寛樹、坂本瑠璃、本日のライブ会場『MIND』のスタッフらしき2名、そしてスーツの男性。
海堂はほのかを皆に紹介した。
「彼女が須東ほのかちゃん。ここ円居屋での常連仲間だよ」
「はじめまして。須東ほのかです。よろしくお願いします」
星野寛樹が爽やかな笑顔で立ち上がった。
「やあ、カイちゃんから話は聞いてるよ。初対面で酔い潰れたカイちゃんを、介抱してくれたんだってね。世話かけたね」
星野が軽く頭を下げるのを横目に、海堂は恥ずかしそうに頭を掻いた。ほのかは恐縮して手を振る。
「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、ライブに打ち上げまで招待いただいて、ありがとうございます」
「あ、俺はドラムの星野寛樹です。ライブ中もメンバー紹介あったけど、改めて」
眼鏡の奥でニッコリと目を細める。
星野に続き、もう1人のメンバーもほのかに近寄ってきた。
「ベースの坂本瑠璃です。よろしくね、ほのかちゃん」
「坂本さん、近くで見ると、一段と可愛いですね……!」
間近で見ても、美少女そのものである。これで27歳とは信じられない。肌などしっとりツヤツヤではないか。ほのかは思わず本音が漏れた。
坂本瑠璃は可笑しそうに笑う。
「ふふ。ありがとう。嬉しいなぁ。『瑠璃』でいいよ。ファンのみんなも『瑠璃ちゃん』って呼んでくれてるしね」
「あ、はい! じゃあ……『瑠璃ちゃん』で……」
キラキラした笑顔を向けられて、ほのかは思わず照れながら呼んでみた。
「はーっ、可愛いなぁ。普段むさい男たちとばかり行動をともにしてるから、新鮮……」
「何か言ったか? 坂本?」
「え? 事実を」
半目で睨む海堂を、さらりとかわす瑠璃。
その後も、『MIND』のブッキングスタッフで、今回は運営や物販を手伝ってくれたという佐藤と佐々木、そして税理士の赤嶺淳一、と自己紹介が続いた。
1人だけ毛色の違う赤嶺が、恐縮した様子で頭を下げた。
「僕、ほぼほぼライブに関係ないのに、すみません……」
星野が慌ててフォローする。
「何言ってるんですか! 赤嶺さんにはうちの会社がいつもお世話になってるんだから!」
バンドメンバーだけの会社だ。外部の力を適宜借りながら、運営を回しているのだろう。
お通しに箸をつけながら、瑠璃も微笑む。
「そうそう。たまには観に来てくれたっていいのに」
そこへ荒井が襖を開けて、威勢よく現れた。
「はいっ、ビールお待ち!」
皆の手にグラスが渡る。ほのかもそれを受け取った。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
乾杯が済んでからも、瑠璃は気さくにほのかに話しかけてきた。
「ほのかちゃん、今日のライブ、すごくノッてくれてたね」
「えっ、見えてたんですか? 恥ずかしいなぁ……。でも、本当に楽しかったです! 私、『Teenage Voices』のラスサビ前のブレイクのところがすごく好きで!」
「わかります!!」
ほのかの話に、『MIND』スタッフの佐々木が前のめりになって食いついた。
「物販ブースにいながらも、あの曲だけは聴き入っちゃうんです!」
「ですよね? ですよね?」
ふたりの様子に、海堂が苦笑した。
「盛り上がってるなぁ」
「はい! だって、あんなに良いライブでしたから。誰かと感想を語り合いたくてしょうがなかったんです! 佐々木さんもそうですよね?」
ほのかが佐々木に同意を求めると、彼女も大きく頷いた。
「多少はファンの方たちとも雑談で、個人的な感想を話すこともありますけど、やっぱり相手はお客様で、節度は必要なので。でも、今日は思い切り語れそうで嬉しいです!」
「ねーっ!」
ますます盛り上がる2人に圧倒されながら、海堂は星野に話しかけた。
「思いのほか身近に、強火のファンがいたな」
「それ言ったら、俺なんか世界一古いカイちゃんファンだもんね」
「……ホシくん、たまに恥ずかしげもなくそういうこと言うよな……」
「だってさ、高校でカイちゃんに出会って、初めてカイちゃんの作った曲を聞いて、『これは世に出さねば』って思ったからバンド組んだんだぜ?」
幸せそうに笑う星野。目線をそらしながら、海堂はポツリと呟いた。
「感謝してるよ。当時も今も」
「俺もだよ」
星野は、海堂の背中を思い切り叩いた。
「痛った! 俺ちょっとウルっときてたのに、違う涙出てきた!」
「はっはっは。ドラマーの上腕二頭筋舐めんな?」
男子学生のように海堂と星野がじゃれ合っていると、ドスドスという足音が聞こえた。
襖がスッと開く。
「今日は一段と賑やかだなぁ」
人懐っこそうな笑顔を浮かべた中年の男が、座敷に入ってきた。




