07. ファン
Pillow Diaryワンマンライブが終演したばかりの、ライブハウス『MIND』。
エントランスでは、名残惜しそうに留まるファンたちが、余韻に浸りながら感想を語り合っていた。
「いやー、最高! 最高だったね、ホント!」
「カイくんの歌声って、なんであんなに心に刺さるんだろう……」
「4曲目くらいからフルスロットルだったよね……今回特にすごくなかった!?」
「それより、瑠璃ちゃんだよ! 今日も麗しかった……。ウィンクしてくれたの、ヤバかった……」
「ホシくんも素敵だったなぁ。大人の余裕って感じが、魅力なんだよねぇ」
そんな中、ナチュラル系ファッションに身を包んだ女性が、連れの女性に嬉しそうに話しかけていた。
「みーちゃんが企画してくれた、カイくんの誕生日祝いの寄せ書き、いっぱい集まって良かったね!」
みーちゃんと呼ばれたのは、『Pillow Diary』ロゴ入りTシャツを着た女性。彼女も嬉しそうに答える。
「本当、まさかこんなに集まるとは……。スタッフさん、確実に渡してくれるって言ってたし、カイくん喜んでくれるよね! タナキチもトヨポンも、協力してくれてありがとう!」
タナキチと呼ばれた眼鏡にボーダーシャツの女性と、トヨポンと呼ばれたナチュラル系ファッションの女性が、笑顔で頷いた。
彼女たちは、ライブの開演前、ほのかに寄せ書きを頼んでいた3人組だ。
みーちゃん、タナキチ、トヨポンは、Pillow Diaryのかなりコアな部類に入るファンである。SNS上で知り合ったため、リアルで顔を合わせても、ハンドルネームで呼び合っていた。
「だって、こういうことできるのも、今のうちかもしれないからさ。アリーナクラスの人気バンドになったら、色紙なんて渡せないかもしれないじゃん。でも、いつかそれくらい売れてほしいなぁ」
トヨポンが夢見るような声で言うと、タナキチが茶々を入れた。
「まあ、アリーナどころか、1回メジャー落ちしてるんだけどね」
その上で、素直な見解も付け加える。
「とはいえ、正直言うと、カイくんはインディーズになってからのほうが、顔色良いし、調子もどんどん上がってきてると思うけどね」
最古参ファンのタナキチの言葉に、みーちゃんとトヨポンが反応した。
「タナキチから見ても、やっぱりそうなんだ? 私はリアルタイムでは、比較的最近のことしか知らないんだよね」
「私も。インディーズになってからだよ」
「じゃあ、知らないか。メジャーレーベルの契約が切れて、前の事務所を離れる直前くらいの頃、カイくんって、鬱っぽくてさ。もう、見ていられないくらい暗かったの」
予想以上に重い話に、トヨポンが眉をひそめた。
「えっ、そんなに……?」
「うん。ライブしてても覇気がないし、そもそもライブ自体途絶えがちだったし、新曲なんか全然出ないし……。いやぁ、暗黒時代だったね」
それを聞いてみーちゃんが、深刻な表情で呟く。
「そんなだったんだ……」
「セカンドシングル以降、ガクンと低迷してたから、ってのもあるけど……色々あったみたい。噂レベルでしか知らないけど、事務所と揉めたとか、マネージャーと険悪になったとか。……他にもまぁ、色々、ね」
タナキチの説明を聞いて、トヨポンが腑に落ちた様子で言った。
「ということは、ホシくんが会社を作って、メンバーを連れて独立したのは、関係の悪くなった事務所から脱出するためだったんだね」
タナキチが深く頷く。
「そういうこと。カイくんはそこから徐々に持ち直してきたわけだからさ、ホシくんはファインプレーだったよね」
「すごいな、ホシくん」
「ね! カイくんのために、自ら社長にまでなっちゃうんだもんね」
タナキチの語る逸話に、トヨポンとみーちゃんは興奮気味に頷きあった。
「……美しい愛だよね……ホシくんとカイくんの……」
うっとりするタナキチを、トヨポンが制止した。
「ちょっと待て。タナキチの話はすぐBLトークに逸れるな」
「腐女子のサガだから仕方ないのさ」
開き直るタナキチを無視して、みーちゃんが話を戻す。
「でも、そうやって独立して、活動をちゃんと軌道に乗せてるのがすごいよね。ちょっとずつだけど、ファンも増え続けてるし」
「そうだよね。さっきみんなに色紙を書いてもらったときにも、新しい人いたよね? 開演前にみーちゃんが声をかけてた……」
「ああ! この前のフェスで知って、今回で2回目だって言ってた! あー、もう帰っちゃったかな? 今日がワンマン初体験だったわけでしょ? 感想聞きたかったな……」
トヨポンの言葉でほのかを思い出したみーちゃんは、あたりをキョロキョロと見渡した。しかし、彼女の姿はなかった。
「誰かにチケットもらったって言ってたし、ひょっとしたら、関係者とかの線もあるのかなぁ?」
「案外さ、メンバーの彼女だったりしたら、どうする?」
タナキチが、ニヤリと笑って言った。3人は顔を見合わせる。
しばしの沈黙のあと、みーちゃんが口を開いた。
「まあ……恋人くらい、いても別にいいと思うけど。特にカイくんは、むしろそれで安定して良い歌を歌えるなら、良い恋しててくれって、ぶっちゃけ思うわ」
するとタナキチが突然、早口でまくし立て始めた。
「そう、そうなの! っつーかさ! バンドのファンやってるとか言うと、すーぐ『リアコか』みたいな目で見られるけど、ちっげーのよ! 別にメンバーと付き合いたいとか、そういうんじゃないわけ。単純に曲が好きでライブが好きで、メンバー間のグルーヴが好きで、ついでにカイくんとホシくんの関係性がエモくて尊いから追ってるだけ!!」
どうどう、となだめながら、トヨポンも同意する。
「そもそもカイくんってさ、人見知りだし、豆腐メンタルだし、ひとりにさせておくのは心配になるよね。だからと言って、自分がその立場になりたいかって言うと、それは違うんだけど」
「わかる。カイくんのことは、誰かが支えていてほしい」
「でしょ? だからカイくんのポテンシャルを高く保って、全てに恩恵をもたらしてくれる彼女大明神様だったら、私ゃ大歓迎よ」
「何だその、彼女大明神様って」
冗談めかしたトヨポンの言葉に、みーちゃんが突っ込んだ。
タナキチが面白そうに口を挟む。
「でもさぁ、カイくんって、なにげに付き合ったら重そうじゃない? ヤンデレの気質ありそう」
他の2人が吹き出した。
「ちょっ! でも、それな!」
「わかる! 嫉妬とか激しそう!」
「いや、そこを上手く窘めながら支えきる存在こそが、彼女大明神様なんだよ!」
「だから何なんだその彼女大明神様って!」
「しかも『大明神』って、どこから出てきたよ!」
3人は好き放題言いながら、ひとしきり笑い合っていた。




