06. ワンマンライブ
次の土曜日がやってきた。
今日のライブは、Pillow Diaryが定期的に行っているワンマンライブだという。
会場の『MIND』は、収容人数200人程度のこぢんまりとしたライブハウスだが、開演前のホールは、大勢の観客の期待で充満していた。
(ご招待でライブを観に来るのなんて、初めてだな……)
ほのかはソワソワしながら、開演時間になるのを待っていた。
「すみません、ちょっといいですかぁ?」
不意に、女性3人組のグループ客に声をかけられた。
声の主は、『Pillow Diary』のロゴ入りTシャツに身を包み、両手首に色とりどりのラバーバンドを付けた女性。
後ろにいるボーダーシャツを着た眼鏡の女性と、ウェーブヘアでナチュラル系ファッションの女性は控えめな様子だったが、先頭の彼女は人懐っこい目をほのかに向けていた。
「あっ、はい?」
「今日はカイくんの誕生日なんで、みんなで寄せ書きを書いてるんです。もし良かったら、参加していただけませんか?」
目の前に、ペンと色紙が差し出された。真ん中に『Pillow Diary 海堂章啓 祝★生誕』と大きく書かれ、その周りには、いくつかのメッセージがすでに書かれていた。
「ありがとうございます。それじゃあ……」
戸惑いつつ、ほのかはそれを受け取った。
(カイくん……海堂さんのことか。そっか、誕生日なんだ。ここのところ毎日会ってるけど、知らなかったな)
月曜日の再会以来、海堂は一日も欠かさず円居屋に現れていた。
ここしばらく、ほのかも長時間の残業は免れている。
仕事帰りのほのかが円居屋に着くと、大抵すでにカウンター席には海堂がいて、おかえりと声をかけてくれる。
そして一緒に夕食を取りながら、他愛のない会話を楽しむのが、ここ数日の日課となっていた。
『お誕生日おめでとうございます! from ほのか』
シンプルではあるが、心を込めて丁寧に書いた。
キャップを締めて、ロゴTシャツの女性に色紙とペンを返す。
「ご参加、ありがとうございます! ライブはよく来てるんですか?」
「いえ、この前フェスで初めて観て、それで良いなーと思って」
「へぇーっ、それですぐワンマンに! 行動力ありますね!」
「あ、でも今日のチケットは……」
言いかけて、ほのかは慌てて口をつぐんだ。
相手は、見るからに熱心なファンだ。しかも、メンバーの誕生日祝いに寄せ書きを募るくらいだから、かなり熱意を持って応援しているはずだ。
個人的に招待されたことは、伏せたほうがいいかもしれない。
「?」
「……し、知り合いが、タイミングよく譲ってくれて」
「それはラッキー! 今日はお互い、思いっきり楽しみましょうね!」
「はい!」
3人組はひらひらと手を振り、ほのかから離れた。別の客にまた寄せ書きを依頼している。
ほのかはホール内を見渡してみた。
来場客は、5対1くらいの割合で、女性が多い。グループで来ている人もいれば、ひとりの客もそれなりにいる。
さっきのロゴTシャツの女性のような活発なタイプが、あちこちのグループやひとり客に声をかけ、コミュニティを広げて盛り上げているようだ。
各々、ライブに期待を膨らませ、話に花を咲かせている。
(楽しそう。いい人そうだし、仲良くなりたいけど……)
しかし、プライベートの海堂と、日常的に顔を合わせていると明かせば、彼女たちの気持ちを削ぐことになりそうだ。海堂にも迷惑がかかるかもしれない。
かといって、隠しながら親しくするのも、無理がある。
(しょうがないか……)
ほのかは後ろの方の壁際に、そっと身を寄せた。
程なくして、BGMがフェードアウトしたかと思うと、客電が落ちた。会場内がざわめく中、SEが流れ出す。
メンバーが登場すると、観客は拍手で迎えた。
ドラムの星野寛樹がハイハットシンバルでカウントを叩くと、激しいサウンドが鳴り響いた。
まばゆい照明がステージを照らす。
「こんばんはー! Pillow Diaryです!」
ボーカルの海堂が第一声を放ち、ギターをかき鳴らしながら歌い始めた。
ドラムの鋭いリズムが、それを支える。
ワンマンライブということは、今日ここに集まっている観客は、みんな彼らのファンなのである。
ホームの安心感もあってか、先日のフェス以上に、バンドが自由で生き生きとしているように感じられた。
中でもひときわ異彩を放っているのが、ベースの坂本瑠璃。
小柄な彼女にはやけに大きく感じられるベースを悠然と構え、小刻みなピッキングで力強く精密な低音を刻む。
容姿こそ少女のように儚げだが、その佇まいは寡黙で精悍な職人といった風格だ。
そうかと思えば、次の軽快なナンバーでは、踊るような華麗なスラッププレイを披露して、観客を沸かせる。
「……後ろまで、ちゃんと届いてる? 最後まで全力で行くからついてこいよ!」
甘さを廃した低く張りのある声で煽ると、フロアの女性ファンから歓声が上がった。
「瑠璃ちゃ~~ん!!」
「素敵ーー!」
彼女は、2人の男性メンバーよりも確実に女性ファンを虜にしているようだった。
その男前ぶりは、美少女というより、王子様という呼称のほうがしっくりくる気がする。
(見た目は美少女で、実際は超絶プレイヤーで、言動はイケメンで……)
もはや、ギャップ萌えの詰め合わせである。
感心しながら観ていると、ほのかは彼女と目が合った。すると彼女は微笑み、ウィンクを飛ばしてきた。
思わずドギマギすると同時に、観客からは、またしても黄色い歓声が上がる。
あまりの煽りぶりに、MCで海堂が苦笑しながら指摘した。
「お前なぁ……ボーカルより目立つなよ!」
「無理。カイくんが地味すぎるからね」
すげなく答えた坂本瑠璃の表情には、どこか茶目っ気が滲んでいた。
星野寛樹が涼しい顔で、ライドシンバルのカップを「カーン!」と鳴らす。
お決まりのやり取りなのか、オーディエンスがどっと笑った。ほのかも一緒になって笑う。
「おい!」
と突っ込みながら観客に目をやった海堂が、一瞬、真顔になった気がした。
しかし、次の瞬間には破顔していた。
「地味とか言ってられるのもここまでだ! 今日の俺は最強に調子いいんだよ! いくぞ! 『ホシアカリ』!」
この日いちばんの歓声が上がった。やはり代表曲だけあって、反応が違う。
そこからの海堂の歌声は、先日のフェス以上に力強さと情感を増していた。
彼の言葉が、声が、心の奥底にまで沁み込んでくる。
歌が生み出すエモーションに、会場内が一体化していく。
続くアップテンポなナンバーでは、オーディエンスが歌の言葉に応えるように、拳を高らかに突き上げた。
ほのかも夢中で腕を伸ばし、リズムに合わせて体を揺らした。
忙しい日常生活の中で、心の奥底へ置き去りにしていた感情が、ひとつひとつ拾い上げられ、昇華されていくようだった。
この日のセットリスト、全18曲。
途中、海堂の誕生日祝いの演出を挟みつつ、アンコールまで。
彼らの奏でる音楽に、ほのかは我を忘れて没入していた。




