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君に会える場所  作者: 芝川 千曲


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04. 衝撃

「海堂さん、だ……」


 唖然とするほのかをよそに、ライブが始まった。


「Pillow Diaryです!! よろしくーー!!」


 ボーカルの海堂が観客に向かって、手を挙げながら叫んだ。

 足元のエフェクターを踏み込み、ギターを掻き鳴らす。


 演奏が始まった瞬間、ほのかの全神経はステージに釘付けとなった。

 イントロの跳ねるようなギターリフ。

 タイトなドラムと、メロディアスなベースフレーズが重なる。

 そこへ、海堂の歌声がマイクに乗った。

 彼の歌声は力強く、ふくよかでややハスキーな、どこか切なさを感じさせるものだった。


「すっごい、良い……」


 ほのかは思わず呟いた。


 曲調は明るくポップな印象だが、歌詞からは孤独感や喪失感などが滲む。

 ひたむきさを明るいメロディーに託すことで、逆に切実さが際立つのだろうか。


(なんだろう……すごく伝わってくる……)


 湧き起こる感情を逃さないように、息を深く吸い込み、お腹の底から吐き出した。


 1曲目が終わると息つく間もなく、グルーヴィーなベースラインの曲、エモーショナルな疾走ナンバーと、次々と繰り出してくる。

 初見の観客も多い様子だったが、ライブが進行するにつれ、徐々に一体感が生まれ始めた。

 サビのリズムに合わせて、誰かが拳を突き上げる。それを真似する動きが、周囲に広がっていった。

 いつの間にかほのかも、全力で拳を上げ、あるいは腕を振り、またあるいは歓声を送っていた。

 

 途中、1曲だけ、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、記憶の糸をたどる余裕はなかった。

 ただ、目の前で奏でられる音に、全身で浸りきっていた。


 そして最後の曲となった。

 海堂はギターをアコースティックギターに持ち替えた。

 穏やかなリズムに、繊細なアルペジオが重なる。海堂がそっと静かに歌い出した。

 他の観客たちも皆、静かに聴き入っている。

 ほのかは胸をキュッと締め付けられるような感覚がした。

 丁寧に歌われる歌詞の言葉が、感情の層をいくつも越えて、奥深くへと潜り込んでくる。

 遠い昔に隠して忘れてしまっていたような、心のとても柔らかく脆い部分。それを包み込むように、海堂の声が優しく触れる。


 気がつくと、涙が頬を伝っていた。


「ありがとうございましたー! Pillow Diaryでしたー!」


 ローカル駅駐車場の特設会場が、拍手で湧いた。ほのかも手が痛くなるくらい拍手を送った。

 彼らがステージ袖に消え、次の出演者のためのセット替えが始まる。


「やばかったねー!」

「うん! めっちゃ良かった!」


 周囲の観客たちが、興奮冷めやらぬ様子で感想を言い合いながら、徐々にその場を離れていく。


「…………」


 余韻が抜けないまま、ほのかは立ち尽くしていた。衝撃と感動が大きすぎて、動けない。


(……すごい……すごい……すごい……!)


 こんな気持ちは、初めてだった。

 だが、次の瞬間、はっと我に返った。さっきからポケットで何度もスマホが震えている。花乃からの着信だ。

 時計を見ると、すでに約束の時間を過ぎてしまっていた。


「ごめん、花乃! すぐ行くから!」


 ほのかは急ぎ足で、フードエリアへと向かった。




「あー、やっと来た。珍しいじゃん、ほのかが時間守らないなんて」

「ごめんごめん! 〈ステーション・ステージ〉まで見に行ってた」

「へえ。で、どうだった? 何か掘り出し物、見つけた?」


 直前まで息を切らしていたのも忘れ、ほのかは目を輝かせた。


「うん! Pillow Diaryってバンドなんだけどね!」


 呼吸を整え、息を吸い込む。


「なんか、すごい偶然なんだけど……ボーカルの人、ゆうべ円居屋で会った海堂さんだった……!」

「えぇ!? 酔っ払ってゲロ吐いて、ほのかに介抱された!? マジで!?」

「うん……」


 ほのかもいまだに信じられない気持ちだった。


「で、でもね!? ライブはライブで本当にすごくて、歌声に感動しちゃって……なんかこう、胸に響くって、こういう事をいうんだなって……でさ、歌詞も、なんかこう、グッと来るんだよね。感情に訴えかけてくるっていうか、心を揺さぶるっていうか、なんかこう……!」

「いや、落ち着け」


 引き気味の花乃に突っ込まれ、ほのかは我に返る。


「ご、ごめん。つい興奮して」

「その様子だと、相当ドハマリしたみたいね。Pillow Diaryかぁ。後でちょっと調べてみるかな」

「すっごく良いから! あんなすごい歌を歌う人だなんて、思いもしなかったよ。また円居屋で会えるかなぁ」


 それを聞いて、花乃がニンマリと笑う。


「あらら、可愛いこと言っちゃって。会えるでしょ、きっと。これを機にお近づきになっちゃえよ。これはもう、運命だね」

「運命かどうかは知らないけど、あんなすごいアーティストに出会えるなんて……ここまで本気で『推し』って言える存在ができたの、初めてかも」

「……ん?」

「あっ、しかも、円居屋の近くに越してきたって言ってたんだった! うわ、どうしよう、私、今、すごいミーハーなファンになってるかも!」

「……んん?」


 ほのかは、アーティストとしての海堂への尊敬と憧れで興奮していた。それは、花乃が期待する恋愛方面とは、どうにもズレているようだった。


「まったく。たまには浮いた話も聞かせておくれよ」

「花乃んとこの波乱万丈ぶりを見てると、ねぇ? 大変そう」

「うっさい。今は割と順調なの!」

「それは何より」


 花乃の反撃をかわして、ほのかは楽しそうに笑った。


「それより、こっからどうする? フィナーレまで、まだもう少しあるし……」

「ねえ、もうお腹空いてきちゃったんだけど」

「わかる。お昼、ちょっと軽すぎたからなぁ。腹ごしらえしていこっか。それと……」


 フードエリアに並ぶ、色とりどりのキッチンカーにふたりは目をやる。


「……そろそろ、飲みますか」

「賛成!」


 そう言って、キッチンカーの列に向かった。

 それからまた各ステージを巡り、合間に民族楽器のワークショップに参加したりと、フェスの残り時間を楽しんだ。


 やがて日が傾き始め、あたりが薄暗くなってきた頃。

 ほのかと花乃は、〈マウンテン・ステージ〉観覧エリア後方のベンチに腰掛けていた。

 ビールを手に、フィナーレのステージをのんびりくつろいで楽しむ。


 ステージ上では、このフェス1番の人気バンドが演奏している。エリア前方では、大勢のファンがひしめき合い、盛り上がっていた。

 その光景をぼんやりと眺めるほのかの脳裏には、昼間の海堂の姿と歌声が焼き付いて離れなかった。


 週明けにまた、仕事帰りに円居屋へ寄ろう。彼はまた来るだろうか。

 そんなことを思いながら、ほのかはフェスの喧騒に身を委ねた。

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