03. 初夏フェス
円居屋のカオスな夜が明けて土曜日。晴天に恵まれた、穏やかな朝だった。
『Early Summer Fes.』
そう書かれたゲート前の行列に、ほのかは並んでいた。
隣にいるのは高校時代からの親友・山路花乃。
「っはー! 楽しみ! 今日のためにコンディションもばっちり整えてきたかんね! ほのかは?」
テンション高く花乃が尋ねる。
「んー、それが。昨夜はちょっと、帰りが遅くなっちゃって」
「え、まさか、残業だった? あんたんとこ、ハードそうだもんね。社畜も程々にしなよー?」
「残業……じゃ、ないんだけど、その……」
昨晩の出来事を簡単に説明した途端、花乃が噴き出した。
「ひゃっははははは!! なにそれ、面白いんだけど! ほんと楽しそうだね、円居屋ってとこ」
「みんな、いい人たちなんだけどねぇ。ちょっと、羽目を外しすぎるというか……海堂さん、大丈夫だったかな」
「あんたもよく面倒見たよねぇ、出会ったその日に、勧められるがまま飲みすぎて、ゲロ吐いた男なんて」
「確かに……それだけ聞くと、ただのダメな人っぽいけど……」
「ふぅん? じゃ、ほのかから見たら、ダメな人じゃなかったってわけだ?」
花乃が意味ありげに笑う。
「へ? ああ、まあ、普通に、常識的な人だったよ?」
「そういうことじゃなくってさ。思わず助けてあげたくなっちゃうくらい、魅力的な人だったんじゃないの?」
「ええー?」
ほのかがすっとんきょうな声を上げた。
花乃はニヤニヤしながら続ける。
「だってさ、赤の他人のゲロの世話なんて、普通はしないよ? よっぽど素敵だったの? その海堂さん」
「始まった……花乃の恋愛トーク……」
ほのかは呆れてため息をついたが、花乃はなおもニヤニヤを止めない。
「いいじゃーん、教えてよ。どんな感じの人なのよ? 塩顔とかソース顔とか、長身とかマッチョとか、誰々に似てるとかさあ! いろいろあるでしょ!」
ほのかは、しばし考え込む。
「……あんまり、これと言って特徴は……なかったなぁ……」
「地味系か」
「いや、地味っていうか、なんというか……優しそうな人だったよ? 話してみると楽しかったけど、あんまり目立つ感じでもないかな」
「結局地味なんじゃん。でも、なんだかんだ好印象だったわけでしょ? これも何かの縁ってことで、ここから新たな展開が……」
「ないない」
ほのかは苦笑すると、再び考えてから口を開いた。
「なんでだか、放っておけなかったんだよね。縁といえば縁なのかな? いい友達になれそうな気がしたし」
「……そうだった。ほのかって、男女関係なく、すぐ友達になるよね」
「だって、家族以外で長く良い関係を続けられるのって、友達くらいじゃない? 花乃とも出会ってだいぶ経つけど、社会人になってもこうして一緒に遊べるのは、いつも楽しいし嬉しいし」
ほのかは笑顔で花乃を見つめた。
「……ふ、ふぅーん? いくらでも相手してあげていいけどぉ?」
花乃は大げさに芝居がかった口調で、高飛車なセリフを放った。明らかに照れ隠しである。
「あはは、何そのツンデレ。こちらこそ、良くってよ〜?」
ほのかもお嬢様口調を作って応戦する。ふたりは、顔を見合わせて笑った。
そうこうしているうちに、開場時間となった。
揃いのTシャツを着たボランティアスタッフのアナウンスに従い、チケットのチェックを受けて、ゲートをくぐる。
『アーリー・サマー・フェス』――近郊のキャンプ場とその周辺エリアを使った野外フェスだ。
有名な大規模フェスには遠く及ばないが、4つのステージには延べ30組以上のアーティストが登場する。
芝生の広場に設置されたメインの〈マウンテン・ステージ〉を筆頭に、木立の中の巨樹に寄り添うように作られた〈フォレスト・ステージ〉、立ち並ぶオープンカフェから観覧できる〈ハーベスト・ステージ〉、最後に、ローカル駅の駐車場に設置された〈ステーション・ステージ〉といった、個性的なステージが並ぶ。
キャンプ場の案内所近くにはフードエリアやワークショップのテントもある。
いずれも有志スタッフの手作り感があり、流木を利用したオブジェや三角形のガーランドなどが随所に飾られていて、可愛らしい。
「いいねぇ、この雰囲気!」
花乃が伸びをする。
「まずは〈マウンテン・ステージ〉だよね」
「うん! 午前はまさかの『Let’s Beat Roots』が出るからね!」
「え、ねえ、もう始まっちゃうよ? 急ご?」
「あ、やばっ!」
ふたりはタイムテーブルを確認し、走り出した。
『Let’s Beat Roots』観覧後も、少し距離のある〈ステーション・ステージ〉を除いた各ステージを行き来して、ふたりはフェスを満喫していた。
休憩がてら、フードエリアで昼食を取りながら午後の作戦会議を行う。
「14時から観たいのある? 私は――」
ほのかはリーフレット状のタイムテーブルを広げた。
「rice caKes!」
「ぺろこんず!」
声が重なった。
『rice caKes』は、花乃の最近のお気に入りバンドだが、ほのかにはその作風があまりピンとこない。
一方の『ぺろこんず』は、細々と活動しているベテランのコミックバンドで、ほのかが緩く推しているが、花乃の興味を引くことはなかった。
「……おう、まるっきり同じ時間じゃんよ」
「rice caKesは〈マウンテン・ステージ〉で、ぺろこんずは〈ハーベスト・ステージ〉かぁ……」
ほのかと花乃は、顔を見合わせた。
「しょうがない。一旦別行動して、後で合流しよう。それまでLINEで連絡取り合えばいいし」
「OK。じゃあ、2時間後くらいにまたこのフードエリア集合で!」
そしてふたりは、限定ドリンクを手に、それぞれの目的地へと向かった。
〈ハーベスト・ステージ〉での観覧を終えて、ほのかはひとり、会場内の小道をゆっくりと歩いていた。
「ぺろこんず、面白かったなぁ……短かったけど。花乃のほうは、まだ終わってないよね」
このまま待ち合わせ場所のフードエリアに行ったところで、花乃と落ち合うまで、だいぶ待つことになる。
(せっかく来たんだし、この時間、もったいないよね……)
とりあえずほのかは、少し離れたところにある小規模会場の、〈ステーション・ステージ〉まで歩いて行ってみることにした。
〈ステーション・ステージ〉には、数十人ほどの観客が集まっていた。
観客たちの最後尾で立ち止まり、タイムテーブルをちらりと見ると、ちょうどこれから『Pillow Diary』というバンドの出番らしい。
(聞いたことあるような、ないような…………いや、やっぱり知らないな)
前のバンドがステージを片付けるのと入れ替わりに、ステージに上ってきて、セッティングが始まった。
Pillow Diaryは、3ピースバンドのようだ。
ドラムは、背が高く、金髪を短く刈り上げた眼鏡の男性。慣れた手つきでスネアを調節している。
ベースは、美少女。10代だろうか。かなり若いと思われる、可憐な女性ベーシストが、弦のチューニングをしている。
そして、ギターボーカル。
「え、ええっ!?」
スタンドマイクを前にギターを構えるボーカリストを見て、ほのかは我が目を疑った。
ゆったりしたTシャツに身を包んだその男性は、間違いなく見覚えのある人物だった。
昨夜、円居屋で酔い潰されていた海堂が、そこにいたのである。




