16. 焦燥
雨はだいぶ小降りになっていた。
都外に住むメンバーが多かったため、会は少し早めの時間にお開きとなった。
浜村、中野、野村の3人は、終電が無くなる前に地元に戻り、二次会をするのだという。
皆川は後ろ髪を引かれている様子だったが、ほとんど連行されるような格好で、花乃とともに帰っていった。
「もう1杯だけ飲もうかな」
カウンターの海堂の隣の席に、ほのかが腰を下ろした。
「盛り上がってたね」
「うん! 懐かしかったなぁ。あ、カイくん、さっきタオルありがとね。助かっちゃった」
「いや、あれくらいでほのかちゃんの役に立てるなら、俺はいくらでも……」
「あ! 鈴木くん、こっちこっち! まだ時間大丈夫なら、一緒に飲もうよ!」
照れてゴニョゴニョと言っている海堂に構わず、ほのかはトイレから出てきた翔を手招きする。
海堂は密かに肩を落とした。
「鈴木くん、こちら、海堂章啓さん。Pillow Diaryってバンドの、ボーカルさんなんだよ」
「知ってるよ。僕、大ファンなんだ。この前初めて会った時、挨拶させてもらったよ。ね、海堂さん」
「えーっ、そうだったの!?」
翔は海堂に会釈すると、ほのかを挟んで反対側の席に座った。「そうだね……」と返しながら、海堂は少々微妙な表情になる。
「やっぱり、良い曲ばっかりだもんね。鈴木くんはいつからファンなの?」
「転校して、アイドルの研修生になりたての頃。その頃リリースされたばかりの『ホシアカリ』をたまたま聴いて、ひと目惚れならぬひと聴き惚れしたって感じかな」
ほのかの質問に、翔は少し照れながら答える。
「へえ、それからずっと?」
「うん。ファーストアルバムもめちゃくちゃ良かったから、次もその次も欲しくて、情報追いまくってね。僕自身アイドルデビューして忙しくなったから、ライブには1度も行けてないけど」
「ライブも良いよ……ものすごく! まだ2回しか観たことないけど、ものすごく心が解放されるよ……!」
そう語るほのかの力の入りぶりが、海堂の気持ちを少し和ませた。
「ありがと、そんなに言ってくれて。翔くんも、機会があれば今度ぜひどうぞ」
「はい! ぜひ行きたいです!」
その時、海堂のスマホに着信が入った。画面を確認し、手早く返信する。
「もうちょっとしたら、翔くんに嬉しいゲストが来るかも」
「嬉しいゲスト……?」
「うん、ちょっとね。それより、ふたりとも何飲む?」
海堂はメニュー表を差し出した。
「カイくん、日本酒飲んでるんだ? 美味しそう。……じゃ、私も同じので」
「僕は、梅酒のロックで。すみません、お願いしまーす」
「あいよー」
間もなく2人の前に、日本酒と梅酒が運ばれてきた。
「それにしても、奈良さんの紹介でこの店に来て、須東さんたちに会えたのも驚いたけど、須東さんが海堂さんと親しくしてるのにもびっくりしたなぁ。どうして知り合ったの?」
翔の質問に、海堂は例の酔い潰れた顛末を話そうとした。が、その前にほのかが口を開く。
「この店でたまたま隣合って、意気投合してね。そしたら、次の日に観に行ったフェスに、カイくんが出てるんだもん。バンドマンだって知らなかったから、びっくりしちゃった」
「へえ! それはびっくりするね。でも、やっぱり須東さんって、昔から友達作るの上手いよね」
「そうかな?」
「うん。出会った人とどんどん友達になっていくというか。須東さん、気づいてた? 高校の頃、須東さんって結構モテてたんだよ? あわよくば付き合いたがってた男子は何人もいたんだけど、そいつらも気づいたらただの友達になっててさ」
「うそぉ? 全然そんなふうに思わなかったよ?」
「本当に気づいてないところが、真正の天然なんだよなぁ。『フラグクラッシャー』ってやつだね、須東さんって。告白する隙すら与えずに、『ただの友達』の座に相手を固定しちゃう」
聞いている海堂は、気が気でなかった。
(……もしかしなくても、俺も、『ただの友達』フラグ立ってないか……!?)
「そ、そう言えばさっきの、チャラ……じゃなかった、陽気な感じの彼もなんというかその、ちょっと軽口っぽいこと言ってたけど……」
「あはは、聞こえてたの? 皆川くんは昔から、全方位あんな感じだから! あんなのいちいち本気にしないよ!」
ほのかが可笑しそうに笑った。が、翔はそこに追い打ちをかけてきた。
「須東さん、そういう今でも、恋愛ごとは興味なさそうだよね」
「うーん、実のところ、そうだねぇ。今は仕事と趣味で忙しいから、なおさらかもね」
「これじゃあ、須東さんに惚れる男は、苦労するよなぁ」
その言葉に、海堂は思わず翔に視線を向けた。目を合わせた翔が、口の端で小さく笑った。
(……こいつ……)
きっと、全て察している。
そう思った時、ガラガラと店の戸が開いて、2人の人物の声が聞こえてきた。
「おっす、カイちゃん、まだいたな」
「あっ、ほのかちゃんもいる! こんばんはー」
現れたのは、Pillow Diaryのドラムとベース。
「ええっ! 星野さんと、坂本さんですよね!?」
さっきの不敵にも見えた笑みを一瞬で引っ込め、目を丸くした翔は2人を前に立ち上がった。
「Kittensのショウくんだよね? はじめまして!」
「本当に私たちのこと知ってくれてるんだ!」
星野と瑠璃は嬉しそうに挨拶すると、空いているテーブル席に座った。
荒井にハイボールとレモンサワーを注文する。
ふたりは先程まで税理士の赤嶺と定例の打ち合わせをし、そのまま軽く食事をしてきたのだという。
その後、海堂の家に寄ろうと連絡したところ、彼が円居屋にいると言うので、ここへやってきたのだ。
「カイちゃんから、Kittensのショウくんが俺たちのファンだって聞いた時は、まさかぁって思ったけど」
「いやいや、本当にファンですって。ファーストから全作聴いてます!」
星野の隣に移ってきた翔は、目を輝かせて興奮していた。
「じゃあ……本当は内々の話なんだけど、もうここで話しちゃおうかな。カイちゃん」
「え?」
呼ばれた海堂は、首を伸ばして星野の言葉に耳を傾ける。
「アルバムレコーディング、できることになったぞ。12月頃リリースを目指す」
「えっ、マジで!?」
「資金面も問題ないだろうって、赤嶺さんも賛成してくれた」
「おお! よっしゃー!」
「あとはカイちゃんが頑張って曲を書き揃えるだけだ!」
「お、おー……」
自分のやるべきことを思い出して、ややトーンダウンした海堂だったが、それでも嬉しさが勝っていた。
ここにいる2名の「ファン」もまた、この思いがけない朗報に顔を見合わせた。
「やったぁ! フルアルバムなんて久しぶり! 楽しみだね、須東さん!」
「鈴木くん、本当に! 私、ファンになって初めての新譜のアルバムだよ! 楽しみーっ」
「お、お……」
満面の笑顔で喜び合うほのかと翔を目にして、嬉しさの中にまた、複雑な感情が混ざる海堂だった。




