17. ヒミツの卒業アルバム
パチン、とツマミを上げて、主電源を入れる。
ギターアンプの真空管が温まるのを待ちながら、海堂はほのかのことを考えていた。
テレビ番組『ヒミツの卒業アルバム』の収録は、無事終了したらしい。
地元の銘菓だという饅頭を添えて、洗濯済みのタオルを返してくれた際に、ほのかが教えてくれた。
それとなく内容を訊いてみたが、彼女は「観て。とにかく観て!」と笑うばかりで、何も答えてはくれなかった。
「……楽しそうにしちゃってさ」
独り言が、スタジオの空気に溶けていく。
ほのかが昔から「フラグクラッシャー」だったという翔の話が、あれから幾度となく脳内で繰り返されていた。
(……ちょっとは意識してもらえてたらいいなと思ってたけど……やっぱり俺は、ただの友達止まりか……)
スタンバイスイッチのツマミを上げて、アンプを起動させる。
(まあ……それでも、ファンではいてくれてるわけだしな……)
ギターの弦を軽く弾き、アンプのボリュームを上げながら、海堂は自分に言い聞かせるように呟いた。
「バンドとして、良いとこ見せるしかねえよな……うん」
すると。
「なんだ。恋煩いかよ、カイちゃん」
「もしかしてあのショウくんがライバル? 勝ち目ないじゃん、カイくん」
海堂の準備を待っていた星野と瑠璃が、揃って絡んできた。どうやら独り言を聞かれたらしい。
「だーっ! 何言ってんだ! 別に俺は……」
「はいはい。ほのかちゃん可愛いもんねぇ?」
瑠璃がニヤニヤしながら言うと、星野もニッコリ笑って言った。
「さて、そんなカイちゃんの恋敵かもしれないショウくんがゲストの『ヒミツの卒業アルバム』は、あと1時間で放送です。それまで集中して、アレンジ進めようじゃないか。番組、観たいだろ?」
「……ハイ」
有無を言わさぬ圧に、海堂は観念するしかなかった。
そして1時間後。
Pillow Diaryが愛用するこのスタジオはWi-Fi完備。
『ヒミツの卒業アルバム』はネットでリアルタイム配信を視聴できるため、その場でPCを広げての鑑賞会となった。
番組タイトルとともにBGMが流れると、画面はまず、都内の大学病院を映した。
白衣姿の若い男性医師が、院内の廊下を歩いてくる。
『彼はこの病院に勤務する、研修医の皆川賢人さん。高校時代はなんと、あのKittensのショウくんとバンドを組んでいたそうです!』
ナレーションに紹介され、皆川はカメラに向かって話し出した。
「はじめまして。Kittensショウくんの同級生の、皆川といいます」
彼がカメラを案内する形で、他のメンバーを訪ね歩き始める。
浜村の勤務する工務店、中野の実家でもある八百屋、野村の勤める市役所を順に巡り、そして最後に訪れたのは、彼らの母校である高校だった。
教室のドアを開けると、翔が皆を出迎えた。
「みんな、久しぶり! 変わってないね。……とか言いたかったけど、この前1回集まったんだよな」
「いや、正直か」
CMを挟んで場面が切り替わると、教室に椅子を並べて皆が座っていた。
進行役としてアナウンサーが加わり、インタビューが始まる。
「ショウくんは、どんな高校生だったんですか?」
「どっちかと言うと内気で、ちょっとひねくれたやつでしたね」
同級生たちの遠慮のない証言に、翔は苦笑いだ。
「ショウくんは、彼女とかいたんですか? 好きな子とか」
「いけません、言えません、そんなの。Kittensファンの暴動が起きるかもしれないじゃないですか!」
真面目腐った顔で怯えて見せる皆川に、笑いが起きる。
カメラのフレームの外で、ほのかと花乃も笑っていた。
「あの頃、みんなでバンドを組んでいて、ショウくんはボーカルでしたね」
「へえ。ちなみにバンド名は?」
「ヘモグロビン、です」
「ヘモグロビン? 血液の?」
アナウンサーが目を丸くした。
翔は恥ずかしそうに答える。
「15、16の男子ですからね。血液とか、何かそういう物にシンパシーを感じる年頃だったんですよ、たぶん」
「なるほど。いわゆる中二病ですね」
「もうちょっとオブラートに包んでいただいていいですか?」
即座に翔が突っ込むが、アナウンサーはあえてお構いなしの姿勢で続ける。
「で、どんな曲をやってたんですか?」
「基本的には、洋楽のコピーですね。ハードコアとかパンクとか」
「ハードコア! パンク! ちょっと今のショウくんからは想像できないんですが」
「そうですね……今からじゃ想像つかないかも……」
「というわけで、実は同級生の皆さんから、色々と資料をお預かりしてきました!」
「えっ、待って!?」
慌てる翔を無視して、アナウンサーは教室の机に様々なアイテムを並べていった。
文化祭のパンフレットや、手作りチラシ、件の『bloody blood』を収録したCD-R。
懐かしい品物の数々に、メンバーたちは興奮気味でそれらを手に取った。
文化祭ライブの様子を撮った写真もある。
「うっわ、やめて! これは映さないで!」
翔は恥ずかしがったが、画質のあまり良くないその写真は、黒歴史というよりむしろノスタルジーを感じさせた。
「今思い出してもやっぱり……楽しかったよな」
皆川がしみじみと言った。他のメンバーも頷いている。
それは翔も同じだった。
「間違いなく、僕の原点です」
彼は確信を込めて頷くと、メンバーたちに向き直った。
「アイドルになると決めた時……みんなに何も言わずに転校してしまったこと、実はずっと後悔してた。でも、この番組だったり、色々偶然もあって、こうしてみんなと再会できて。あの時と変わらずに接してくれること、本当に嬉しく思ってます。みんな、どうもありがとう」
皆川たちは笑顔でそれを受け入れた。
「こちらこそだよ」
「これからもよろしくな」
画面の外で、花乃が唇を噛み締めて涙をこらえていた。ほのかは眉を下げて微笑み、彼女の肩をさすった。
アナウンサーが目を潤ませながら、進行を再開する。
「素敵な青春の1ページですねぇ……。実はその当時の貴重な映像も、ご提供いただいています! ショウくんの超レアなパンクロック姿です! どうぞ!」
「は!? え、ちょっと!?」
翔の狼狽える声だけを残して、VTRが流れ出した。
画面に映るのは、体育館のステージ。「ヘモグロビン」の文化祭ライブだった。
上半身裸に有刺鉄線チョーカーを着けた高校生の翔が、アップで映し出された。
「ブラッディ・ブラッド! ブラッディ・ブラッド! ヴォーー!!」と、繰り返し咆哮している。
海堂はたまらず、PCの前で腹を抱えて笑い転げた。
画面はまた切り替わり、今度はテレビ局のスタジオを映し出した。
番組のゲスト席に座る翔が、両手で顔を覆っている。
「もう、勘弁してください……」
「すごかったね、ショウくん……。さて、ちょっとそれどころじゃないかもしれないけど、告知があるんだよね?」
MCから話を振られ、翔は「そうでした!」と、顔を上げた。
「今年のクリスマスイブ、Kittensが初めて本格的な音楽フェスに出演します! その名も『スパークリング*クリスマスフェス』!」
笑い転げていた海堂が、「ん?」と顔を上げる。
画面にフェスの詳細情報と、2次元コードが表示された。
「そしてなんと、このあと21時より、超特別先行予約を受け付けます! こちらからアクセスしてくださいねー。一緒にクリスマスを過ごしましょう!」
「へえ。初開催のフェスか……」
誰に言うでもなく、星野が呟いた。




