12. アイドル
『Kittens』——。
アイドルに特化した芸能事務所『トニー&スターズ』に所属する、5人組男性アイドルグループだ。
スタイリッシュでキレの良いダンスと歌が評判で、今最も勢いのあるアイドルグループと言っても過言ではない。
特にセンターを務める「ショウ」は、正統派のミュージカルからバラエティ番組まで幅広く活動し、中性的なルックスと、あざと可愛いキャラクターで大人気である。
ファッション誌のモデルも務め、最近では妖艶さたっぷりに表紙を飾った雑誌『mochi-mochi』が、予約殺到で重版がかかり、社会現象にもなるほどだった。
ほのかの職場にも彼のファンがいて、その魅力を滔々と熱弁されるのは日常茶飯事だ。
その「ショウ」が、ほのかと花乃を知っているという。
「えっ……!?」
「な、なんで……」
狼狽するふたりの目の前で、彼はキャップとフードを脱ぎ、サングラスを外してみせた。
「覚えてない? 僕だよ、僕!」
現れた顔は、まさにメディア越しに見ていたKittensのショウ、その人である。
しかし初めて生で、真正面からその顔を捉えた瞬間、記憶の奥の懐かしい面影が、ふと重なった。
「ま、まさか……鈴木……翔くん……!?」
「は? 鈴木って……、あーーっ!! そうだ! いた! 鈴木くんじゃん! マジだ! Kittensのショウだ! ウケる!!」
信じられないという顔をするほのかに続いて、花乃も記憶の回路が繋がり、火が付いたように騒ぎ出した。
あまりの騒々しさに、海堂はそっと耳をふさぐ。
「ウケんな! そうだよ。良かった、覚えててくれたんだね。てか、ちょっと落ち着いて」
苦笑いのショウにたしなめられ、ふたりは一旦深呼吸した。
ほのかの高校1年生の時の同級生、鈴木翔。
花乃と共にクラスの中心的なグループにいたほのかは、学級委員だったこともあり、クラスの仲を取り持つことが多かった。
翔は入学当初、なかなか周りと打ち解けられないでいたが、ほのかに声をかけられたことがきっかけで、徐々にグループに馴染んでいった。そして、互いに学生生活を謳歌する仲間になったのである。
だが翔は、2年生に進級するクラス替えのタイミングで、急に転校してしまった。それきり、音信も途絶えていたのだが……。
ほのかは改めて彼の顔を見つめた。整った目鼻立ちに、大きな瞳。長いまつげが美しく、そのどれもが昔と変わらない。
ただ、あまりにも印象が違いすぎるのだ。
「春休み直前にスカウトされてね。それで、芸能コースのある高校に行ったんだ」
「もーっ、何も言わずに、いきなりいなくなったと思ったら、何いつの間にアイドルになってるの!」
「ごめん、ごめん。色々急に決まっちゃって、連絡する暇がなかったんだよ。正直、照れくさかったのもあって」
花乃に両肩を掴まれガクガクと揺さぶられながら、翔はどこか嬉しそうに謝った。
彼がついてきていないことに気づいた奈良が、座敷から引き返してきた。
「なんだ、知り合いなのか?」
「はい! 高校の同級生です」
荒井や大宮が驚きの声を上げる。
「へぇーっ! ショウくんとほのかちゃんたちが!?」
「すごい偶然もあるもんだな!」
「はい……。今の今まで、あのショウくんとは思ってもみなかったですけど……」
ほのかは未だに信じられない思いで、翔の姿を見つめる。
「そりゃ驚きだ。世の中狭いもんだな」
そう言って笑う奈良だったが、ふと思い出した様子で言いだした。
「そうだ、今日相談したいって言ってたアレ、頼んでみりゃいいんじゃないか?」
「あ、確かに。そう、ですね……」
「アレって?」
ほのかに問われ、翔はためらいつつ話しだした。
「実は、今度『ヒミツの卒業アルバム』って番組に出るんだけど、学生時代の知り合いに出演をオファーしなきゃいけないことになっていて……。須東さんたち、出てくれないかな?」
「えっ、それは嫌だ」
「即答すぎる!」
『ヒミツの卒業アルバム』とは、ゲストの学生時代にスポットを当て、その当時の関係者が思い出話を披露する人気バラエティ番組だ。ほのかも好んで視聴する番組のひとつではあるが、それとこれとは別の話だ。
「鈴木くん、人気アイドルじゃん。下手に女友達なんか出さないほうが良くない?」
花乃が率直に意見すると、ほのかも同調した。
「だよね。私、職場の隣の席の先輩が、大のKittensファンだけど、『実は同級生でした』なんて、ちょっと言えない……」
「そんなぁ……」
シュンと肩を落としてみせる翔。
「そうだ、鈴木くん、あの頃バンドやってたじゃない。あの時のメンバーだったらどう?」
ほのかの思わぬ発言に、奈良が食いついた。
「えっ、初耳だぞ、翔。バンドなんてやってたのか?」
「あ、はい、まあ……その……。でも、高校生のコピーバンドで、僕なんて楽器ができないから、消去法でボーカルやってたくらいで……」
急に歯切れが悪くなる翔。
「そうだ、思い出した! パンクだっけ? ハードコアだっけ? 洋楽のコピーやってたよね。バンド名は確か……『ヘモグロビン』!」
花乃が嬉しそうに叫んだ。共通の思い出話に、ほのかも一気にテンションが上がる。
「『ヘモグロビン』!! 懐かしいー!!」
「あ、うん……なんか、そう、そんな感じだったね……」
一方翔は、ますます言葉を濁す。
「鈴木くん、上半身裸で、有刺鉄線みたいなチョーカー巻いて、デスボイスで叫んでたよね!」
「ちょ、山路さん……」
同級生3人以外の誰もが皆、唖然として聞いている。今のショウとあまりにキャラが違いすぎるのだ。
「そう言えば1曲だけオリジナルあったよね? 『Bloody Blood』っていうの! 実家に帰って探せば、デモ音源あるかも」
「わーっ、須東さん!?」
翔は真っ赤になってうろたえた。
「それ以上はいけない! だいたい僕が作ったわけじゃないし! ギターやってた皆川って奴だし!」
「ちなみにその皆川なら今、大学病院の循環器科で研修医やってるよ」
そう花乃が付け加えると、奈良が思わず呟いた。
「いちいち血液が絡む奴だな」
すっかり蚊帳の外に追いやられた海堂は、皆のやり取りを黙って聞いていた。
ほのかと翔の親しげな様子が、どうしても気になる。
(俺の知らない頃の、ほのかちゃんか……)
当のほのかは、彼の心中など知る由もなく、懐かしい話に夢中だ。
「そうだ、花乃、皆川くんって今連絡できる?」
「えっ、えー……? 確か今日は、非番のはずだけど……」
花乃はスマホを取り出し、電話をかけた。軽く説明をして、翔に取り次ぐ。
そうして最終的に、『ヘモグロビン』メンバー全員とほのかと花乃で、1度集まろうということで、話は一旦まとまった。
「あの時以来だよね、みんなが集まるの。クラス会みたいだね。楽しみ」
ほのかが嬉しそうに言った。
「ねえ、ほのかー。もう終電なくなっちゃった。ほのかんち泊まっていい?」
「あ、もうこんな時間か。花乃んち、ちょっと遠いもんね。おっけい! コンビニ寄ってこ!」
「やったぁ!」
お泊り会が決まった女性陣は、楽しそうに盛り上がる。
「それじゃあ皆さん、おやすみなさーい!」
そして賑やかに店を出ていった。
海堂は、ちびちびと日本酒を飲みながら、無言で手を振って見送った。
そして訪れる、奇妙な静寂。
奈良は大宮らと座敷に移って、宴会を始めていた。荒井は、そこに料理を運んでいる。
翔が、海堂に振り向いた。
「あの、さっきから気になっていたんですけど……」
「はい……?」
なんとなく、ドキリとしてしまう海堂だった。




