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君に会える場所  作者: 芝川 千曲


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12/18

11. 襲来

 あのワンマンライブと打ち上げから数日経った、6月のある日。

 雨は降っていないが、空気はどこかじっとりとした重みを感じさせた。

 円居屋のカウンターには、今日も海堂がいた。


「荒井さん。日本酒お願いします。何か、初心者におすすめのやつ」

「日本酒か。じゃあ、これかな」


 結露をまとった青いボトルが、目の前に差し出された。

 荒井は栓を抜き、木升に入れたガラスのコップに注ぎ始める。

 トクトクと心地よい音をたてて、透明な液体がコップを満たしていく。縁まで到達した酒は表面張力で盛り上がり、やがて幾筋かの雫が、光りながら升へと滴り落ちた。


「はい、どうぞ。まずは口で迎えにいって」

「えっと……こうでいいんですか?」


 海堂はグラスに顔を近づけ、ひと口すすってみた。


「美味い……」


 喉をすっと落ちていき、甘やかな香りが鼻腔にふわりと残る。


「これは特に飲みやすいやつだけど、ビールと違って度数は高いからね。ゆっくり飲みなよ」

「わかってますよぉ」


 海堂は2口目を飲みながら、のんびりとメニューを吟味し始めた。

 間もなく、背後の引き戸がガラガラと開く音がした。


「ほのかちゃん、いらっしゃい!」


 荒井のその声に、海堂も思わず表情を緩ませながら振り返る。


「お疲れー、ほのかちゃん。おかえり」


 ……が、そこにはほのかと、隣にもうひとり女性が立っていた。

 ほのかに向けた緩み顔を第三者に見られたかと思うと、途端に恥ずかしくなって、海堂は思わず顔を引き攣らせた。


「カイくん! こんばんは」


 ほのかは海堂を愛称で呼ぶようになっていた。


「こんばんは……えっと、そちらは、友達?」

「うん。高校の時からの友達の、山路花乃ちゃん」

「はじめまして。山路花乃です」


 花乃がペコリとお辞儀をしたので、海堂も慌てて頭を下げた。


「どうも……」


 さて、ほのかとの関係性を、どう説明したらいいものか。一瞬、考え迷う。

 花乃はニンマリと、何かを含んだ笑みを浮かべた。

 

「海堂さんですよね? ほのかから色々と、話は聞いてますよぉ?」

「ちょっと、花乃! 私が何か変なことを話したみたいな言い方!」


 慌てるほのかをよそに、花乃は興味津々といった表情で海堂を観察する。

 どうにも居心地の悪さを覚え、海堂は自分から切り出した。


「……酔い潰れたところを、初対面のほのかちゃんに介抱してもらったこととか?」

「ええ。そのへんの出会いのエピソードから、バッチリと!」


 楽しそうに答える花乃。


「ははは……まあ、そんな感じで、ほのかちゃんにはいつもお世話になってます」


 海堂が頭を掻きながら困っていると、荒井が水を用意しながら声をかけた。


「なるほど。花乃ちゃんは、ほのかちゃんのお目付け役として来たって感じかな?」

「まあ、そうですね」


 花乃は海堂をチラリと見る。


「でも、円居屋さんの料理も食べてみたくて。すごく美味しいって、ほのかがいつも自慢するから」

「はは。嬉しいことを言ってくれるね。メニューはそこにあるから、決まったら呼んでね」

「はーい」


 海堂の隣に座ったほのかと花乃は、メニュー表を一緒に覗き込んだ。


「わあ、色々ある。こういうのをいつも食べてるのね」

「うん、どれも美味しいよ」

「うーん、生姜焼き食べたいかも……あ、定食にもできるんだ? いいなぁ。じゃあ、生姜焼き定食で!」

「私はブリの照り煮定食!」

「はいよー! ちょっと待っててねー」


 カウンター奥から、荒井の返事が聞こえた。


「ほのかと海堂さんって、いつもこんな感じで一緒にご飯食べてるの?」

「んー? 別に約束してるわけじゃないけどね。あそこのおじさんたちもそうだけど、みんな常連だから」

「いつの間にか海堂さんも常連に。で、この前行ったっていうライブは、海堂さんに招待されたんだっけ?」

「うん! 良いライブだったよー」

「さらに、その後の打ち上げまで誘ってもらったと」

「そう。驚いたことに、あの奈良三四郎さんまで来たんだよ! 昔、Pillow Diaryをプロデュースしたんだって!」

「いやいやいや……それも驚きだけどさ……」


 花乃は軽くため息をつくと、小声でほのかに囁いた。


「あんた、どれだけ特別扱いされてるか、ちゃんとわかってる?」

「え? あ、ははは。そうだねぇ。カイくん、義理堅いから」

「『義理堅い』って……」


 花乃は半目でほのかを見た。その奥では必死に聞こえないふりを装いながら、海堂が日本酒をちびちびと飲んでいる。


「ほら、酔い潰れた件があったでしょ? すごく気にして謝ってくれてね。CD一式くれたり、ライブにも招待してくれたり。それでその後の打ち上げもね」

「……へー。そうなんですねぇ、海堂さん?」


 聞こえてんだろ、わかってんだぞ、と言わんばかりに花乃は海堂に水を向けた。


「えっ!? あっ、はい!? あ、いや、ほのかちゃんには本当に迷惑をかけたので……。それでもバンドをすごく応援してくれるから、ほんとありがたいです。うん」

「そっか、そっかぁ」


 頷く花乃の目を、海堂は直視できなかった。

 気まずさに耐えかねていたところ、タイミングよく荒井が料理を運んできた。


「はい、おまたせ! 生姜焼き定食と、ブリの照り煮定食ね!」

「ありがとうございます! 来た来た!」

「わあ! 美味しそう! いただきます!」


 追求から逃れられ、内心ホッとする海堂。

 花乃はさっそく箸を取り、生姜焼きを一口。


「うまーっ! ほのかの言ってたとおりだわ」

「でしょ?」


 その時、店の戸がガラガラと開いた。


「やあ、大将」

「奈良さん! いらっしゃい!」


 奈良三四郎だった。先日の予告通り、店にやってきたのだ。

 テーブル席の大宮たちとも軽く手を上げて、挨拶を交わす。

 彼はカウンターの花乃の隣の空席に座った。


「海堂とほのかちゃんは、今日も一緒か。こちらの彼女は、ほのかちゃんのお友達かな?」


 突然目の前に現れた、大物プロデューサー本人に、花乃の目は釘付けである。


「はじめまして! 山路花乃です!」

「奈良三四郎だよ。よろしく」

「存じてます! 奈良さんがプロデュースされたアーティスト、よく聴いてます。お会いできて感激です!」

「それは嬉しいね」


 人懐っこく握手を求めてくる花乃に、奈良も上機嫌だ。


「そうだ、大将、座敷空いてる? この後、ここで人と待ち合わせしてるんだけど」

「ええ、空いてますよ」

「待ち合わせって……お仕事関係のかたですか?」


 ほのかが尋ねると、奈良はニヤリと笑った。


「Kittens(キトンズ)の、ショウだ」


 海堂がぶっ、と酒を吹き出した。

 店が一気にどよめく。


「Kittensって、あの人気アイドルの!?」

「マジですか!?」

「おい、すげえな! 芸能人が来るのかよ!」


 ほのかが、花乃が、大宮たちまでもが食い付いた。

 まさにそんな騒ぎの中、ガラガラと引き戸が開いた。

 一同は一斉に口をつぐみ、一点に視線を集中させる。


 入ってきたのは、キャップとフードを目深に被り、サングラスを掛けた、若い男性。

 彼は荒井の「いらっしゃい」の言葉に軽く会釈を返すと、奈良に声をかけた。


「奈良さん、お待たせしました」

「おう。俺もいま来たとこだよ。こっちだ」


 奈良は立ち上がり、先導して座敷へと歩き出した。男性もその後をついていく。

 ……はずだった。

 彼は急に足を止め、サングラス越しにほのかたちを凝視している。


「あ、あの、何か……?」

「やっぱりだ! 山路さんと……、須東さんだよね!?」

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