10. ハッピーバースデー
素直さと真っ直ぐさ。改めて口にしてみると、ほのかはとても腑に落ちる気がした。
感情を揺さぶる海堂の歌も、普段の彼の親しみやすさも、どちらも素直で真っ直ぐな性格だからこそだと思えたのだ。
(それにしても海堂さんって、やっぱりどこか可愛いよね……)
トイレに立ったほのかは、座敷に戻る前に、カウンターに立ち寄った。荒井が声をかけてきた。
「座敷の方、盛り上がってるね」
「はい、すごく楽しいですよ。……あの、荒井さん、ちょっとご相談したいことが……」
「ん?」
ほのかは詳細を話し始めた。
近くで飲んでいる大宮たちも、興味深そうに聞いている。
「……本当なら、前もって予約すべきことだと思うんですけど……。もし、材料があればでいいんですが、お願いできませんか?」
荒井はフッと頼もしい笑みを浮かべた。
「あるよ」
「えっ!? 本当ですか!? 良かった! よろしくお願いします!」
「OK。任せといて」
ほのかが座敷に戻ると、一同は牛タンの炭火焼きに舌鼓を打っているところだった。瑠璃が牛タンを箸でつまみながら声をかける。
「あっ、おかえりー。この牛タン、すごく美味しいよ」
すると横から海堂が得意げに口を挟んだ。
「だろ? この店、めちゃくちゃ美味いんだよ」
「常連ヅラしちゃって。通い始めてまだ1週間とかじゃなかった?」
「まあな。でも、俺の舌は確かだぜ」
やがて、荒井が新たな皿を持って現れた。
「あれ? まだ何か頼んでたっけ?」
「はい、これはカイくんに。どうぞー」
荒井が海堂の目の前に置いたのは、バースデープレートだった。
フルーツとケーキがデコレーションされて、皿の空いた場所にチョコレートで「Happy Birthday カイくん」と綴られている。
「この店、こんなお洒落なのもあるの!?」
「すっげー!!」
瑠璃と星野が驚き、歓声を上げた。海堂も思わず声を張る。
「うわー! 荒井さん! ありがとうございます! なぜ俺の誕生日を!?」
「さっき、サプライズでってオーダーを受けたんだよ。ほのかちゃんから」
「えっ、ほのかちゃんが?」
海堂の視線がほのかへと向く。
「はい。今日はお誕生日だって、さっきのライブで知ったばかりですけど。せっかくだからお祝いしたいなって」
ほのかは少し照れくさそうに答えた。
以前、荒井が別の客に提供しているのを見たことがあったので、思い切って頼んでみたのだ。
定食屋兼居酒屋であるはずの円居屋が、なぜこんなものまで即座に用意できるのか、ほのかにも不思議だったが、ともあれ相談して良かったと思う。
「嬉しい……ほのかちゃん、ありがとう」
「良かったなぁ、カイちゃん」
「ねぇ?」
星野と瑠璃が冷やかすように言うのを、海堂は照れくさそうに受け流した。
「海堂、さっきも言った通り、今日は俺のおごりだからな?」
奈良がニヤッと笑った。
「そうでした! 奈良さんもありがとうございます!」
瑠璃が立ち上がってグラスを掲げた。皆もそれに倣ってグラスを持ち上げる。
「じゃあ、改めまして。カイくん、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!!」
海堂は笑顔で祝福を受け止めた。
「ありがとう! いやぁ、ライブ中にもちょっと祝ってもらったし、ファンの人達から寄せ書きの色紙ももらったし、その上こんな……。今年はいい誕生日だなぁ」
「あ、その寄せ書き……」
自分もファンのひとりとして一筆書いていたことを、ほのかは思い出した。
けれど今は、円居屋で共に過ごす身近な存在として、彼の人となりに向き合いたい気持ちになっていた。
だから、あえて触れないことにした。
「ううん、なんでもないです」
「そう?」
海堂もそれ以上深追いしなかった。
「おい、海堂くん、誕生日だって?」
ほのかのサプライズ計画を聞いていた大宮たちが、座敷の外からひょっこり顔を出した。
彼らの手には、栓を開けたばかりのビール瓶が握られている。
「あ、どうも。そうなんですよ」
海堂が笑顔で答えると、常連たちは座敷に上がり込んできた。
「おめでとう! 俺たちからのプレゼントだ!」
「ありがとうございます!」
大宮からの酌を受けて、海堂は笑顔を浮かべた。
「俺からもだ!」
「あざっす!」
「いくつになった?」
「28っす!」
常連客たちから次々に注がれるビールを、海堂は上機嫌で受けていく。
「また、この前みたいになっちゃいますよ?」
「うっ。……そう、だね……」
ほのかに指摘されて、海堂は苦笑いで次の酌を辞退した。
「あれっ、あんた、どこかで見たことあるなぁ」
大宮が、奈良に気づいて声を上げた。
「『キトンズ』っていったっけ、アイドルのプロデューサーしてるだろ! あと、いろんな有名な歌手も! 大御所では『杉崎ユカリ』もだな! 好きなんだよー」
「ああ、お好きですか? それは光栄です」
すると、荒井が血相を変えて飛んできた。
「何っ、杉崎ユカリだって!?」
「ああ、大将、大ファンだったな……」
苦笑する大宮に構わず、荒井が熱く語り始めた。
「そうなんだよ。こう、人生の悲哀に真正面からぶつかって、人間臭くて……。しんどいけど、でもなぜか力が湧いてくる、あの歌が! もうね、大好き!」
いつも穏やかな荒井が、珍しく興奮している。
「杉崎ユカリはね、デビュー当時はもっとアコースティック色が強かったんだけど、5年目くらいかな? 俺がプロデュースすることになって、思い切ってロックサウンドを前面に出したんですよ。そのほうが彼女の書くメロディーや詞や彼女の声に合うと思ったから。歌の持つメッセージ性をもっと強いサウンドで押し出していくべきだとね。それが功を奏して、彼女は、今じゃ日本を代表する女性アーティストのひとりになった」
へぇーっと感心した様子で、大宮たちは奈良の話を聞いている。荒井は、そうそう、と頷いている。
そのうちに荒井と常連客たちは、奈良を囲んで歌謡曲談義に花を咲かせ始めた。
奈良は彼らの話を丁寧に聞き、音楽にまつわる思い出話などにも相槌を打った。ヒット曲にまつわる裏話も披露して、常連客たちの興味を引いた。
いつの間にか、店主の荒井も、Pillow Diaryとその関係者一同も、円居屋の常連客たちも、垣根をなくして和気あいあいと語り合っていた。
「面白いね、この店」
奈良が楽しそうに荒井に話しかけた。
「ありがとうございます。俺も奈良さんにお会いできて光栄です」
「はは、照れるね」
奈良はグラスのビールを一気に飲み干した。
「これから、ときどき寄らせてもらおうかな」
「ぜひ!」
喜色満面の顔で答える荒井。
その一方。
「えー……?」
海堂は複雑な表情を浮かべていた。




