第二話
取材の申し込みは、意外にも難航した。
長野にメールを送ってくれた男性を介してM氏と何度かやりとりをしたが、あまりいい手応えではなかった。
直接会って話そうということになり、長野と田端はK県へと赴いた。
M氏は運動部に所属していそうな、ごく普通の男子学生だった。
「メールではありがとうございました。怪異譚蒐集倶楽部の管理人、長野です」
「あ、管理人さんって、女性の方だったんですね。男性の方だとばかり」
「僕は田端です。よろしくお願いします。長野さんの助手みたいなもんですね」
長野とメールをやりとりしていた男子学生は、てっきり男性が来るものだと誤解していたらしい。
田端は撮影用に持ってきた一眼レフカメラの動作を確認しながら、首を少し前に倒すようにして会釈した。
M氏の自宅に向かう道すがら、長野と田端はいくつかの質問をした。
「早速ですが、にゃるら様について、教えてください」
「にゃるら様について……実はオレもよくわかってないんです。うちに昔からいる何かで、守り神みたいなものだとは、聞いてるんですが」
閑静な住宅街を歩くM氏の歯切れはよくない。
田端は調査中から持っていた疑問をぶつけた。
「儀式ではどんなものをお供えするんスか? 定番なら、米とか水とか塩ですかね? あとは榊とか」
もしもにゃるら様がクトゥルフ神話のニャルラトホテプを元にしたものなら、米や水など日本式のお供えはしないのではないか。そう考えての質問である。
「米と水と……たまに水飴をお供えします」
「水飴! やっぱりちょっと、変わってますねぇ」
「仏式に近い印象がありますね。故人の好きなものをお供えするような。お線香はお供えしますか?」
「いいえ。お酒はたまに」
「いつ頃からの言い伝えですか?」
「わかりません。結構前からなんじゃないかな……。あ、着きました」
M氏の家は、街中でよく見かけるような一軒家である。大きな門があるわけでも、蔵があるわけでもない。庭は少しばかり広く、大人の背より高い木が何本か植っている。入り口には、沖縄土産だろうか、シーサー像が置いてあった。
ブロック塀についた金属の扉を開いて、M氏は「どうぞ」と三人を案内した。
長野と田端も「お邪魔します」と靴を脱ぐ。靴箱の横に、まとめた段ボールが置いてあり、少しほこりをかぶった鏡が柱にぶら下がっている。
古びた時計の振り子がカチカチと鳴っていた。
板張りの床を進むと、ほんの少しきしむ音がする。家の中にも、特段目を引くようなものはない。
M氏が奥の部屋の前で座り、「にゃるら様、失礼いたします」と一声かけてからふすまを開いた。
長野と田端もM氏にならって、会釈して三畳ほどの小さな部屋の前に座った。
時計がボーンと鳴り、田端はびくりと身体を震わせた。手に持っていた一眼レフカメラを思わず取り落とす。首からストラップを提げていなければ、床に落としてしまっていたかもしれない。
怪異譚好きとはいえ、突然の物音にはひるんでしまうものだ。そんな田端を見て、長野はわずかに苦笑した。どちらかといえば、長野の方が肝が据わっている。
「にゃるら様について知りたいという方を、お連れしま──」
M氏の言葉をさえぎるように「あんた、何やってんの!」と怒号が飛んだ。
廊下に座っていた田端の尻が、三センチほど飛び上がった。




