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年の瀬から新年

1年経つのは早いものだ。また今年も年の瀬が来た。恒例の忘年会が今年も若竹で。

 拳銃を隠匿した奴を暴力団との密接交際者として認定して貰い、暴力特捜にお任せした本犯には運転手として拳銃を預けに同行した奴が居たので検挙人員が3名になった。年度初めに窃盗で入れた奴等2名とで目標まで後1名。


 奥の手じゃ。非番と週休の若いパトカー乗務員2名を誘って僕の家が在る街の駅前に行った。高校の放課後いつも通りに出来が悪いガキ共が集まっている。背が伸子から聞いた話で

『最近暴力団もどきの仲間で、何時もナイフを持ち歩いている奴が居る』

との事だったので、そいつを攫う事にした。攫えたら後付けで暴力団周辺者にする。


 今日は手帳や手錠の装備品と物差しを持って現場近くの知り合いの家から公園を見ている。伸子も呼んで一緒に茶を飲みながら窓の外を確認。

「あ、来た。あいつ。パンチパーマで革ジャン着てる奴。」

「伸子、お前は見つからん様に儂等が居らんなってから帰れ。」

1万円札が入った封筒を渡して家の人に挨拶をした後僕達はその家を出た。


 3人で作った三角形の真ん中にそいつが居る様に取り囲み、

「其処の兄さん一寸かまんか?」

「お前等なんじゃ。儂に用か!」

「警察じゃ!用があるけん呼んだんじゃが!」

手帳を見せて距離を詰めた。

「持っとるもん見せてみい!」

「何で見せないかんのじゃ!」

「喧しいボケ!ポケットの中のもん見せんかい!見せられんもん持っとるんか!シャブか!チャカか!」

「そ、そんなもんは持っとらん。」

「そしたら何で隠すんじゃ!シャブ喰うとるんか!」

「ち、違う。そがいな事はしとらん。」

「そしたらポケットの中のもん出さんかい!」


 考える暇を与えず立て続けに言い掛りを付けると慌ててポケットの中の物を出した。十徳ナイフとフォールディングナイフが各1個。フォールディングナイフが在るのなら問題無かったな。まあせっかく物差しを持って来たんだからフォールディングナイフの刃渡りを測っとくか。

「何でこんなもの持っとるんじゃ!」

「いや儂はナイフが好きじゃけん。」

「喧嘩になったら出す積りじゃったんじゃろうが。」

「そがいな積りは………。」

「此の前ここらでナイフ見せて高校生を脅したいうて聞いとる。」

【聞いた覚えは無いけどその位ならやってるだろう】

「………。」

「銃刀法違反現行犯じゃな。」

「こんなこまいナイフ持っとるだけじゃのに。」

「刃渡りが6センチ越えるナイフを隠して持っとったんじゃから文句無しじゃ。」


 少し離れた所に停めていた捜査用車の所まで連れていき後部座席に押し込んで此処の署員に見付らない様に急いでその場を離れた。勿論乗せる前に十分な体査をして危険物の除去をしてから。


 署に着いて裏口から刑事課に引っ張り込んだ。課長が、

「土居係長、そいつ何ぞ?」

「銃刀法違反被疑者。現行犯で逮捕した。」

「何処で?」

「隣の市の駅前。」

「………。」

「県内じゃったら何処でも職務執行できる。」

「そ、それはそうじゃが。」


 皆呆れてる。うちの主任だけは笑ってるけど。パトの2人に指導を兼ねて逮捕手続きをさせた。特別法犯検挙実績が逮捕事案で計上できるし、2人共刑事に成りたい気持ちがあるみたいだから熱心に指導に服している。それに来年度うちの係が代わるのはまず間違いないし。主任と2人だけで間に合う事ではあるのだが、後々良くは言われないだろうやり方の時は主任を連れて行かない事にした。今回も若い衆の教育と主任には言ってある。


 ゴール前で何とか辻褄を合わせられた。競売入札妨害検挙、暴力団員検挙目標達成、拳銃発見。何もしないしできない盗犯係に検挙目標を達成してやったのは心外だが、県下中が実際にやったのは知能・暴力係の主任と係長だと認識しているから我慢しよう。


 12月28日、仕事納めの日が来た。本部からの表彰伝達、署長表彰、主任は出ずっぱりだ。盗犯係長が

『検挙目標を達成したのだから盗犯係にも表彰を』

と言ったらしいが、

「お前等が何をしたいうんじゃ!」

怒鳴られて却下。


 その日は恒例の若竹での忘年会。今年は若頭(かしら)から、

「主任も連れて来る様に。」

と言われている。1ヶ月位前に若頭(かしら)から電話があり

『主任を我々のグループで育てたい』

と言われた。

『本人にその気があるかどうかの確認をしろ』

とも。


 電話を切った後若頭(かしら)からの電話の内容を本人に伝えた。係が居たが構わずに。主任は即答で、

「是非ともお願いします。」

係は何か言いたそうだったけど流石に

『僕は?』

とは言わなかった。でも凄く嫌な目をした。


 主任の返事を直ぐに電話したら、主任を何時もお世話になっている仕立屋さんに行かせる様に言われ、忘年会のためにイージーオーダーではあるがスーツを1着仕立てて貰う事になった。

「支払いは此方でする。」

と若頭(かしら)が言ったけど、するのは親分だろうな。主任は遠慮をしたが、

「遠慮をするのは失礼じゃ。」

と言って無理に行かせた。


 つい先日出来上がったので取りに行かせたら、もう1着付いていたらしい。店の人が、

「これは殆ど着ていないスーツの仕立て直しです。少し地味ですが生地はこちらの方がずっと上等です。」

と言われたらしい。主任はどちらもこれまで自分が買って着ていた吊るしとは比べ物にならない程着心地が良くて感激していた。靴とシャツとネクタイとポケットチーフとハンカチも付いていたらしい。

『当日どちらを着たら良いですか』

と聞かれたので、迷ったがイージーオーダーの方を着用する様に言った。


 午前中で仕事納め式が終わり、午後からは休暇を取っていたので強行係長と3人でスーツに着替えて課長に挨拶に行くと、

「お、今日は石原さんとこの忘年会か。ゆっくりして来い。主任は実家か?強行係長は?」

「土居係長と一緒に降りて嫁さんの実家に泊まります。」


 係は何か言いたげにこちらを見ているが無視。3人で駅に行きビールと軽食を買って特急列車に乗り込んだ。主任が結構重めの弁当を買おうとしたので、

「あかんぞ!今晩目が眩むようなご馳走が出るんじゃから軽くにしとけ。」

「そうなんですか。」


 主任は元々スタイルが良いのだが、体に合ったスーツを着ると一段とスマートに見える。

「今日の会は儂が一番の下っ端じゃ、強行係長がその1つ上。主任は9年振りの新人じゃ。」

「実際のところ僕は石原先輩と一緒に仕事をした事は無いんよ。同じ課に居っただけで。石原先輩の薫陶を受けたんは土居君が最後。」

「でも僕より先に万年筆を貰ったのは先輩だから。」

「石原先輩土居君には厳しかったからな。直の弟子やったからかな。」

「万年筆って何ですか?」

「石原先輩が使えると認めた者にくれる仲間の印。」

「お二人共?」

「貰った。警部補に昇任して、こいつはこれからも使えると思ったら腕時計。その時毎に時計のグレードに差が出る。」

「え、それは。」

「土居君が過去最高。」

「それは~。」

「若頭(かしら)がはっきり言うたよ。若頭(かしら)や若頭(かしら)補佐よりも上。やっぱ最後の弟子は格別なんじゃ。」

うん。高級品だとは思ったんだ。


 県庁所在地に着いたがまだ集合時間までに間があったので久し振りに繁華街を歩いてみた。15年位前に僕が居た交番付近も大分変った。3人共新任地が中央署だったので一寸した感慨がある。

「僕転勤させて貰って本当に良かったです。この9箇月間ずっと充実しています。中央署や本部に居たんじゃこんだけ色々な経験する事は無かったです。」

「僕もそう思う。中央署の一課に土居君と一緒に4年いて、その内2年間一緒に行動したけど次から次へと事件が有った。土居君と離れてからは

『こんなんでええんか』

思う位平穏じゃ。事件は土居君に憑いとるんじゃ無いんかな。それを思えば主任の選択はバッチリじゃ。」

「そうかもしれんですよね。土居係長が行くとこ行くとこ次から次に事件ですもんね。」

「え~、僕って疫病神ぃ~。」

「あ、いや、疫病だけじゃあ無いよ。僕が結婚するときは随分走り回って貰ったから。」

【でも疫病神でもあるんだ】


 繁華街のショーウインドウに映る主任と自分の姿を比べてみたが、一寸負けてる。服は僕の方が上等だが、身長と若さで。それだけでは無くハンサムさもかな。其処は一寸では無く沢山かも。そんな事を思いながら歩いていたら、以前僕が住んでいる街のゴルフ場に因縁を付けに来たヤクザに出会った。気付いてない相手にいきなり、

「おい、お前、元気にしてたか。」

急に声を掛けられて驚いた様子で、

「あ、その節はいろいろご迷惑をお掛けしました。」

「別に迷惑じゃあないぞ。お前等が居って色々やらかしてくれるけん儂等も飯が食えとる。」

「あ、いや、自分は何もしてませんけん。」

「本当(ほんと)かぁ~。その手提げの中にチャカ呑んだりして無いじゃろうのぅ。」

「滅相も無い。」

「ははは、また何ぞやって稼がしてくれ。」

ヤクザは慌てて逃げて行った。


 少し早いが若竹に行った。僕達が一番乗りだった。女将さんと店の人達に、

「この前お世話になってご存じとは思いますが、今年初参加の久方ぶりの新人です。今僕と仕事をしてくれている知能・暴力犯主任で将来は刑事部参事官の様になってくれると期待してます。」

「あら、土居さんの様にじゃないの。」

「僕は疫病神だそうなので真似せん方が良いです。」

「疫病神って?」

「土居君が行くとこ行くとこ事件が起きるんですよ。僕も一緒に仕事していた時はあんだけ次から次に事件に当たったのに、離れてからは暇で暇で。土居君本人は行く先々で次から次に事を起こすのに。」

「それは参事官も言うとったよ。

『あいつ何(なん)か背中に憑けとる』

いうて。」

「みんなそう思うんですね。」

【そう思われてたんだ】


 2階に上り座敷の入り口付近に腰掛けて皆の到着を待った。去年までは座椅子だったが、今年は椅子とテーブルになっている。顔馴染みの仲居さんが、

「世の中洋風の家に住む人が多くなったもんじゃから

『うちも椅子とテーブルにしようか』

いう事になって、石原さんが知り合いの家具屋に民芸家具を大量に注文してくれてこれになったんですよ。」

「これ高そうですよね?」

「そうでしょうね。石原さん安物嫌いじゃから。」

「当然支払は親分ですよね。」

「女将さんに支払わせたりはせんでしょうね。」


 主任に、

「席は親分他一部の人は座る場所が決まっとるけど、後は年齢・拝命の順に好きな処に座っていく。儂等が選ぶ頃には多分鑑識の定元係長の周りだけが残っとると思うけん其の横の席に座れ。2人の両脇が儂と強行係長じゃ。」

「え、名前を聞いたことはあるんですが、その人ヤバいんですか?」

「いや一寸うるさいだけじゃ。酒癖が悪かったりもせん。」


 少しずつ集まり始めた。刑事部参事官が来て僕達に、

「お、遠いところからご苦労。主任も中々の活躍やったの。」

「本日はこのような会に呼んで貰えて光栄です。今年の実績は土居係長に何から何まで御膳立てして貰っての事なんでもっともっと頑張らないかんと思っています。」

「そんな事無いですよ。働きは際立っています。手を抜かんのがええです。」

「そうか。秋頃兄貴に

『兄貴とは一面識もない奴なんですけど呼んでええですか』

言うて実績や将来性説明したら

『お前に任す』

言うて貰えたんじゃ。その後他の奴が見落としとったチャカを粘り強う引っ張り出したいうて聞いたもんじゃから堂々と呼べた。あの連隊長が褒めとったぞ。」


 参事官は僕達に声を掛けた後床の間の前辺りの席に座った。間を2つ開けて元巡視員さんがそしてその隣に若頭(かしら)補佐が。間が2つという事は奥さんが来るのかな。女性が座るから元巡視員さんが隣か。


 次々先輩達がやって来て、年嵩の定元係長が正面の空いている席を微妙に避けて座ったので其の近辺が僕達の席になるはずだ。定元係長が座った後舞のホステスさん達の席を女将さんが間隔を考えて指定して、その後他の先輩達が思い思いに席を選んで座っていった。予定通り定元係長の上手に1席と下手に2席残ったので先輩を上手にと思ったら、しれっと下手の下手に座ってしまい僕と主任が定元係長の両脇になってしまった。先輩が、

「僕は3月末まで一緒の課に居ったから、土居君は積もる話があるじゃろう。」

皆が笑ってる。

【特に無いです】


 主任はすごく緊張している。

「初めてお目に掛ります。私は現在土居係長の下で知能・暴力犯主任をしております。今後とも宜しくお願いします。」

「ああ、将来有望で久し振りに此の会に新人が来るいうて皆が期待しとる。ほて、あんた何(なん)か芸はできるか?」

「げ、芸ですか?」

「あんたの上司は無芸大食の芸無し猿でな、あんたの向こう側に座っとる奴も芸無し猿じゃ。此の会は芸ができる奴ほど偉いんじゃ。あそこに座っとるお姉さんは儂等の中では若いけど芸ができるけんあんな高い席に座っとる。」

「えぇ~、僕はこういう席に来るのが初めてなもんで。」

日頃冷静沈着な主任が呑まれてる。周りが面白がってるのにも気付いて無い。此処で定元大先輩を軽くいなしたら大したものだけど、それは一寸可愛げが無いからこの位で良いか。


 皆が席に付いた後暫くしたら女将さんが親分を案内して来た。あれ、姫が一緒だ。それで巡視員さんが上座に居たのか。主任見とれている。口が開いてるよ。

「あの人は石原先輩のお嬢さんじゃ。美人じゃろう。」

「あんな綺麗な人初めて見ました。芸能人かモデルさんですか?」

「そう言えば大学を出たはずじゃけど何処に就職したんじゃろう。お父さんの事業の手伝いでもしとるんじゃろうか。大学院かな?」


 女将さんが開会を宣言。まずは参事官の挨拶から。

「今年も仕事納めが来ました。今年も我々のグループは他からの目を引く実績を上げる事が出来ました。兄貴も満足してくれています。それはさて置き、今日は初参加の2人を乾杯の前に紹介します。まず兄貴の横の美人は殆どの者は知っていると思いますが、あまりにも成長が著しいので皆戸惑っているかもしれません。石原家のお嬢さんの美佳さんです。皆が知っている美少女がこの様に類稀なる美人に成長した上キャリア官僚として本年度警察庁に就職されて現在警視庁の警察署で一線警察官の職務を修習中です。」


 え~、あの幼かった美少女がキャリア警察官。

「それともう1名。現在土居の下で知能・暴力犯主任をして居りまして、将来県警の幹部に成長して欲しい若手です。刑事を1年しただけで知能特捜主任に抜擢されましたが、新たな境地を求め本部を1年で辞して、より多くの事案を経験したいという事で現在土居の下で修業中です。背中に事件を憑けている土居の下、希望通り今年は競売入札妨害、百件口の出店荒らし、銃刀法違反を挙げて刑事部の評価は断突の1位です。」


 若頭(かしら)が2人に挨拶を促し、まず姫が立って、

「石原美佳です。子供の頃から父と皆さんが団結して捜査に当たる姿を見て私も警察官を志しました。私も捜査部門に進みたいと思っています。未だ何の実績も無い私ですが、これから何か一線の業務で判らない事や困りごとが出来たら経験豊富な皆さんに相談をさせて貰いたいと思っていますので宜しくお願いします。」

主任まだ口を開けて見ている。でも姫は無理やで。


 主任は自席から皆に挨拶をするように促され、緊張気味な自己紹介と自分の今年の実績は全て土居係長の配慮ですと謙遜した。その事につき一言と僕も発言を促され、

「そんな事はありません。能力・人柄共に僕の及ぶところではありません。主任がもう少し早く生まれていて石原先輩が現役の時僕の代わりに下に付いていれば今頃どれだけ有用な捜査員になっていた事か。これ以後はこの会の若頭(かしら)である刑事部参事官を目標に精進してこの県の捜査を牽引する人物になってくれると思っています。直接相対する僕だけでは無く皆さんで主任の成長を手助けして頂ければ幸いです。」

皆が納得してくれている。主任が9年振りの期待の新人なのを実感した。それを任された僕が責任重大なのも。


 次は親分の挨拶。

「冗長な挨拶はもぉええじゃろう。全体的に皆満足が行く成果を出しとる。特に土居!お前はここ数年ようやっとる!今後お前は其処の主任をお前が有望と思うたのなら完成形に作り上げい!それが出来たらお前が勝ちじゃ。儂は失敗したから。以上。」

【失敗例は僕なんだろうな】

皆も何となく解ってる。


 元巡視員さんの乾杯の音頭で宴が始まった。勿論最初はシャンパーニュ。タラバの脚を炭火で焼いたものにライムを絞ってブランドノワールを。見た事も聞いたことも無いエチケットだったが流石のマリアージュ。主任は何と言っていいか分からない表情をしている。


 姫は流石に飲み慣れているのか巡視員さんと何やら話しながらグラスを空けている。次は先付の続きで雲丹が出た。女将さんが、

「この取れたての生雲丹は土居さんが勤務する街の沖に在る島で獲れた地物です。たっぷり入手したので半分はシャンパーニュと、残りは私が選んだ日本酒で楽しんでください。


 水産会社の社長が時々来るからうちの署がある街の地物も取れるようになったのかな。美味い。シャンパーニュとも良いが、此の日本酒とのマリアージュがすごい。姫が、

「恵美お姉さん、こんな新鮮で美味しい雲丹食べたの初めて。シャンパーニュも良いけどこのお酒がすごい。」

女将さんこれまで見た事も無い位喜んでる。


 刺身は河豚とズワイガニ、虎河豚皮のポン酢和えも出た。河豚の唐揚げと蟹の天婦羅、好みの冬野菜も添えて貰える。松坂牛と松茸のすき焼き。松茸は専門の業者が氷温貯蔵の特殊な冷蔵庫で年末まで持たせているらしい。主任は目を丸くしている。希望者には河豚か蟹の小鍋仕立ても。両方でも良いと言われたが胃袋のキャパが………。天婦羅には白ワイン、肉には赤ワインも出た。定元係長は相も変わらずプレミアムビールオンリー。


 皆が親分と姫の処に挨拶に行っている。僕達も行ったが、主任はこれまで見た事が無い程緊張している。過呼吸にでもなって倒れんかな。心配だ。参事官が、

「土居、最後の最後までノルマ達成頑張ったらしいの。他が断突やからヤクザが1人足りん位ええじゃろうと思わんとこが土居らしゅうてええ。警察の仕事は結局数字じゃ。他が大幅プラスでもマイナスが一つあると何年かたったら内容は忘れられて数字だけが独り歩きする。どんな手を使うてでも目標を達成するいうのは悪口言う奴も居るけどそれは負け犬の遠吠えじゃ。此のところ土居は一の時も二の時もずっと目標を達成し続けとる。主任もそこは見習えよ。」

「はい。係長の下に付いて本当に良かったと思います。一遍狙いを付けたら絶対に放しません。凄いです。」

「鼈刑事じゃからな。」


 姫が、

「土居の叔父さんって鼈なんですか?」

「喰いついたら離さんいうのが土居への評価。じゃからこいつが使うとる私物の軽トラは通称鼈刑事号なんよ。鼈刑事号が通ったら街の人等が何事じゃいうて付いて来るらしいよ。」

「もう直ぐ登録から20年なんでこの間出勤中に動かんなって往生しました。」

「それやったらお父さん軽のRV買い替えるんでしょう。古い方土居の叔父さんに上げたら。」

「うん。土居が要るなら。」

「ぜひ欲しいです。」

「自動車屋から連絡さす。必要書類だけ取っとけ。」

「有難うございます。」

「新鼈刑事号誕生!凄い。鼈が叔父さんや言うたらみんな驚く。」

「えぇ~。」

僕達が楽しそうに笑っていたら他の人達も次から次に挨拶にやって来た。皆姫と言葉を交わしたいんだろうな。


 皆に挨拶の順を譲って自席に戻っていたら主任が、

「お嬢さん係長の事を

『叔父さん』

と呼んでましたけど親戚なんですか?」

「山奥の水吞百姓の小倅にあんな立派な親戚が居る訳無いじゃろ~。家は親戚が少のうて結婚式の時嫁さんの実家と親族席の釣り合いが取れんかったんで石原家や女将さん等に座って貰ったんじゃ。まあそれで親戚扱いして貰えとる。」


 最後は蟹飯と河豚飯が出て、すき焼きに饂飩を入れる者も。その後果物と氷菓でお腹一杯になった頃恒例の年末大抽選会。今年も中々の品揃えだ。その前に主任が若頭(かしら)に呼ばれた。

「会員の印を渡す。」

親分が、

「土居の良い処だけを真似して参事官の後を継いでくれ。」

と言ってリボンの掛った小箱を渡した。主任には今日来る前に僕と先輩の万年筆を見せて、

「多分代紋の代わりに万年筆が貰えるから。」

と言っていたので両手で受け取り押し頂いた。


 僕が、

「中身は只のボールペンかもしれんよ。」

と茶々を入れたのだが主任は動じない。若頭(かしら)が

「此処等も土居とは違うな。」

そしたら姫が、

「叔父さんは何かしたんですか?」

「土居は誰かに同じことを言われたら慌てて箱を開けたんよ。」

姫に呆れられた。


 抽選会が終わり中締めの後何時も通りに舞へ。僕と先輩には河豚飯と蟹飯を折に詰めて持たせて貰った。僕の方が折の数が多い。

「義弟(おとうと)君の分があるからね。」

あいつの大食いは此処まで知られてるんだ。


 舞では主任が定元係長に何か芸をしろと責められている。仕事では動じない主任がこればっかりは往生している。主任が芸無し猿で終わるのか新たな境地を見出すのか一寸楽しみ。主任は何にでも一所懸命だから案外超芸達者になるかも。


 いつもの様に最終の特急に間に合う様にお開き。親分と姫に御挨拶をしてから駅に行った。同じ方向に帰る者が連れ立って改札口を通り抜け列車に乗って話をしながら帰宅。


 専ら主任の事だった。

「土居、お前んとこの主任姫に痺れとったぞ。」

「日頃顔にも態度にも中々出さん奴なんじゃけど余程のインパクトやったんでしょうね。」

「可哀そうじゃけど如何にもならんな。」

「相手が悪いですよね。」

「兄貴を間近かで見て育った姫じゃから並大抵の男じゃどもならん。」

「それに来年の此の会まで会う事も無いし。」

「それはそうとお前んとこの義弟(おとうと)は?」

「何がですか?」

「年は下じゃけど姫に何かしら通じる雰囲気があるが。」

「うーん、あれは食い気が先に立つ奴じゃから。」

「ははは。」


 午後11時頃家に着いた。列車に乗る前に若竹から折を貰っている事を言っていたので義弟(おとうと)が来ていた。予め買って置いたお土産と若竹の女将さんに持たせて貰った折を出すと、折は河豚飯・蟹飯だけでは無くて河豚の唐揚げ、蟹や野菜の天婦羅、タッパーに詰めたすき焼き。道理で重いと思ったんだ。何時もは休んでいる妻も起きていて結局宴会になってしまった。妻は妊娠の兆候があるので食べるだけ。でも

『太るぅ~』

と言いながらも弟に負けずに食べている。お腹に子供が居るのなら良い事だ。僕もビールを飲んで参加したが流石にお腹一杯で。


 正月は家でゆっくりした。日直・宿直を通しでした日だけ出勤したがそれ以外はずっと自宅で。先輩も日直・宿直を通しでした日だけ出勤してそれ以外はずっと婿入り先に居たみたいで年明けに夫婦で家に来てくれた。少し離れた所に在る官舎から出勤するのと、この街から出勤するのは時間的にそう変わらないし。


 先輩の奥さんは秋に妊娠が判明したそうだ。家の妻も間違い無いみたいだから子供達が同級生になるな。先輩も僕も遠くに転勤になったら単身赴任だ。どちらも妻の実家があるから安心して単身赴任ができる。


 毎年の事ながら正月休みはすぐ終わる。もう仕事始めだ。署長の年頭の挨拶は毎年同じ様なもので聞き飽きた。でも今年が始まり去年の数値がリセットされたことは間違いない。さて今年は何を狙っていくか。


 午後から早速主任と作戦会議を開いた。示し合わせて外に出てフェリー乗り場に。去年の早朝の捕り物が港に乗り入れるフェリー会社で噂を呼んで

『深夜早朝でもちゃんと見回りをしてくれている』

と思い込んでくれているので僕達が待合室に顔を見せると関係者が喜ぶし、待合室は結構広いので隅の方で話をしていても邪魔になら無いし話を聞かれることも無い。


 今年も暴力団の検挙目標は6名。去年窃盗で入れた奴等が執行猶予で出ているのでそいつらに何かして貰う。高利貸しも家に居てまたこそこそと出資法違反をやってるみたいだからこの3人から。後3人は追々と。


 知能犯は全くネタが無いが今年は衆院選がありそうだし、市議選もあるから選挙でお茶を濁す。拳銃はもう当分無いだろうから覚せい剤を捜す。暴力団登録がある奴がやってくれれば良いけど一寸でもヤクザと付き合いがある奴だったら無理やりこじつける。そんなとこだ。


 去年まで一寸出来過ぎだったから今年は何とか数だけ揃えてお茶を濁そうかとも思うのだが

『主任の成長』

という大きな課題があるからそうもいかない。此れは本人には言えないけど。


 翌日から早速高利貸とその手下達の動向を探る事から始めた。係には、

「何でも良いから暴力団を逮捕するネタを探して来い。」

と言って外に出している。当てにはして無いから何をしようと知った事では無い。此の街の暴力団なんて数がしれてるから真面目に探していれば何処かで僕達と行動が重なるはずだが全く出会わないから何処かでさぼっているんだろうな。まあどうでも良い。


 十日恵比寿で家の近所の神社に行ったら水産会社の社長に会った。前回飲みに出てから後全く連絡を取っていなかったから一寸気まずかったけど先方から、

「此の前は事情も確かめず失礼な事をしてしまいました。もう二度とああいうことはしないし、あの市会議員とも縁を切ったのでまた以前の様にお付き合いをお願いしたい。」

と改まって言われてしまったので、

「分りました。此方も少し意地になってしまいましたがすべて水に流してまた元通りのお付き合いをお願いします。」

という事で早速数日後主任と3人で飲みに出掛けた。


 社長が市会議員に、主任から聞いたことを確認したが

『係が言っている事が正しく土居と主任が係を苛めている』

と言い募るので

『これ以上お前との付き合いはせん』

と宣言したそうだ。


 それと僕は知らなかったのだが、市会議員が福祉施設を当たり前の様に訪ねて行って当たり前の様に自分の支持者を就職させるように言ったが全く相手にして貰えず

『出入り禁止』

を言い渡されたそうだ。

【じゃあ次の選挙焦って何かしそうだから僕も足を引っかけてやろう】


 その日は以前の様に楽しく飲んで、来月東隣の県の競艇場に一緒に行って天桜とノワールに行く事にした。主任も誘ったら

『行きたい』

との事だったので一緒に。主任はグループの正式メンバーになったので若頭(かしら)から捜査費が支給されだしたし、僕には主任の育成費用として親分から直に纏まった金員が送られて来た。もう直ぐ中古で軽ではあるがRVが貰えるし。

【姫、アシスト有難う】


 競艇場行の日が来た。今年も鮎や椎茸等の乾物は事前に送った。頼母子が落ちたお金を今回も全額上納していたら、妻がその中から女将さんやママや元巡視員さんへのお世話になっているお礼を工面してくれている。勿論メッセージ付きで。


 社長と主任が乗った列車に次の停車駅である僕の街から乗り込んで朝からビールを飲みながら競艇場のある街を目指した。

「主任は公営ギャンブルは如何なん?」

「初めてです。」

「親分が競輪が好きでな。儂は23の時競輪場に親分と一緒に行ったんが初めてじゃった。若頭(かしら)補佐やブル連隊長と競輪場で会った事も有るぞ。」

「みんなギャンブルが好きなんですか。」

「そうでもないみたいじゃ。若頭(かしら)がやっとるとこは見た事無いし、他の人等と会うた事は無い。」

「係長がギャンブル好きで、中々の気合が入った勝負師なんじゃいう話は本部に居った頃聞きましたけど。」

「それは多分ブル連隊長が面白がって言うて回っとるんじゃ。」


 目的地の駅に降り無料送迎バスで現場に着いた。まだ特観席が空いていたのでそちらに入り第1レースから。今日は予選最終日、今節のメンバーは拮抗していて抜け出ている選手が居ないし、今日が勝負駆の選手がボーダーあたりに何人も居る。今日は一寸穴から狙っても良いかな。社長が、

「此の前競艇に詳しい奴から聞いたんよ。

『内側からスタートする選手を無視したらいかん』

言うとった。儂は競艇は素人じゃからこの前は穴ばっかり買うて失敗したから今日は堅実に拾うて天桜もノワールも儂が奢る。」

「いやいや僕も負けませんよ。正直に勝ち負けを申告して収支が1円でも上やったもんが旦那さんでいきましょう。」

「よっし、今日こそは。」


 初っ端第1レースは堅そうなレースでこれは穴は無理かなと思ったので様子見に少しだけ張ってみたが、やはりインに入った選手が順当に先に回(ま)いし実力上位の追走で堅く収まった。社長はインから2点大口で当たったが如何せん配当が安い。でも口開けが的中でご機嫌だ。主任は予想紙の印通りに買って当たりはしたがトリガミだ。第2レースは準優ボーダーの選手が4カドでモーターも悪くない。インは実力上位だが準優当確なので馬鹿みたいなスタートは行かないだろうし4カド頭で外を厚目に流すことにした。社長は2匹目の泥鰌を狙って格上のインから勝負。


 スタートを踏み込んだ4カドが一気に内を締め込んで捲ってしまいそれに付いて行った今節不調の大外回りB級レーサーが2着に来て3千円以上ついた。

【よしよし】


 3レースは固く収まり、4レースは3コース差しが決まり千円台前半。次は3コース捲りにインが抵抗したところをダッシュ5コースが差して、捲りが2着に残り、インが人気していたので5千円台の好配当。今日はインが苦戦と見た僕の目が今の処正しかったみたいだ。


 社長はもう迷いが出ている。

「え~、結構外が強い。」

「そういう日もあります。明日は準優日じゃから内が強うなると思うけど、予選の最終日は余裕が有るもんは無理せんし予選落ちしそうな者は頑張るし。昨日も一昨日も内が強かったからそろそろ中や外の目も出る頃です。」

「え、前日や前々日の出目も調べとるが?」

「博奕には流れがありますけんね。潮の満ち干、風向きは現実のものだけじゃのうて一連の流れや雰囲気の中でも大事ですよ。」

「うーん………。」


 後半戦第9レースは格上で得点率上位が枠番有利の一戦で社長は此処ぞとばかり勝負に出たが、準優入りに頭勝負の枠番不利が強引に前付け。進入が深くなった処をダッシュ勢が一気の捲り。僕は

『これは逃げが順当なレースだな』

と思いつつも、このレースまでに結構浮いていたのでダッシュ3艇のボックスを千円ずつ買っていて万舟ゲット。


 僕はその後も的中があった。結局この日は逃げが4勝で差しが3勝捲りが5勝。僕は前回以上の勝利で社長は前回以上の負け。主任は訳が分からない儘の的中が3回あったがその内2回がトリガミ。終わり頃は

『見てるだけ~』

「僕はギャンブルに向いてません。」

「うん。儂から見てもそう見える。」


 無料バスで天桜の在る街に。主任には負け分を補填。大した金額では無い。堅実で宜しい。社長は前回以上に負けたが、別に負けを気にしている様子は無い。漁獲高は減っているらしいが、切り替えた養殖や仲買の方が上手くいっているので会社の利益は右肩上がりらしい。社長の奥さんが言うには、

「昭和60年頃が漁獲のピークで、その後赤字寸前まで行ったんじゃけど、土居さんがうちに来てくれ出してから不思議に事業が持ち直して、土居さんが此処に転勤してうちに再々顔を見せてくれるようになってからは急激に販路が増えて今はこの県の水産会社で一番の売り上げと利益になったんよ。」

漁師さんは信心深い所が有るから本気でそう思っているみたいだ。此の前の事代主命のお札も効いているみたいだし。


 天桜に行くと今日もカウンターに席が作ってあった。ノワールのママを俎板の前から遠い所には座らせ無いよな。ちゃんとメニューには無いシャンパーニュがクーラーに入って置いてある。クーラーは檜の樽で若竹にあるのと同じだ。

「この間石原さんが来てくれて、此れともう一つ陶器のクーラーをくれたんじゃ。勿論シャンパーニュも1ケース付いとった。奥さんと子供さん等や此処の刑事課長の家族も一緒やって土居さんがくれた鮎を甘露煮にしたら皆が喜んでくれた。今日も先に届いた鮎を早速甘露煮にしたけん。」


 そんな話をしていたらノワールのママが来た。

「先月の3連休石原さんがお店に来てくれてね、尚美ちゃんも子供さん達も。尚美ちゃんは息子さんがまだ小さいから連れて直ぐホテルに帰ったけど石原さんと娘さんは暫く飲んで帰ってくれたんよ。他のお客さん達が娘さんに見とれてしまって大変。お父さんのピアノで歌ってくれたんだけどもう皆うっとりしとった。」

「まあそうなりますよね。姫が刑事課長でもしたら逮捕されたがる馬鹿が大勢警察にやって来て大事になるかもしれん。」

僕とママがそんな話をしていると、主任がため息を吐いたような気がするが気のせいかな。


 僕と社長の間に座ったので、主任を紹介して妻からのプレゼントを渡した。今日は社長も何か持って来ている。奥さんには内緒にした方が良い事なのかな。


 渡り蟹を焼いたのとシャンパーニュから始まった。茹でたり蒸したりの蟹も美味しいが僕としては焼いたのが一番好きだ。蟹酢も絶妙。大将も入って乾杯。

「今日は如何やったん?」

「今日も僕が旦那さんです。」

「また勝ったん。」

「此の処ツキ過ぎですね。車に当たらん様に気を付けんと」


 刺身は平目と虎魚の薄造り。酒は僕が以前住んでいた西隣の市に蔵がある端麗辛口純米吟醸。

「土居さん此れ懐かしいじゃろう。白身魚の薄造りによう合うんじゃ。」

「激しく同意ですね。僕が育った町の隣町にある小さな蔵もこの頃ええの出しとるけど、この薄造りには確かにこれがええですね。」

「土居さんとこの御近所の蔵元いうたら此れ?」

僕も時々買って飲んでいる特別純米酒を出した。

「其れです。此処は今の社長が蔵を継ぐ前、普通酒を造っとった頃から近郷では人気が有ったいうて爺さんが言うてました。」

「これはな、次にあこうの煮付と一緒に出す。この頃県内の蔵元もええ酒出しだしたけん地産地消もせんとな。」

「主任の実家酒屋じゃけどこういうんも置いとるん?」

「はい。親父が結構地酒に凝っとるんでどちらも店に置いてます。」

「今度本部行ったら帰りに寄ってみる。」


 今日も色々沢山料理を出して貰った。天婦羅は次から次に揚げ立てを。主任満足してる。少しは憂いが払えたかな。今度余り憂いが無さそうな義弟(おとうと)を連れて来てやろう。競艇抜きで。その代わり今年開場した科学博物館が良いかな。


 帰りの列車の時刻があるから次のノワールに。今日は僕としては過去最高の収益だったので何時もより多めにお勘定を置いて大将も一緒に。ママにはこれもいつもより多い代金を前渡し。社長は、

「これで3回連続で奢られた。次こそ儂が奢るけん。」

「何時も地元で奢って貰ってますからね。」


 ノワールでも楽しく遊んで列車に間に合う様に店を出た。前もってママに此の街で一寸名の知れたお菓子を買って貰っていたので其れを社長と主任に渡し、僕も自分の分を持って帰路に着いた。


 家には何時もの様に義弟(おとうと)が居た。妻はもう休んでいた。お土産の菓子を早速食べようとしたので、

「お前こんな夜中に菓子食うんか?」

「うん。丁度小腹が空いとった。」

驚く事では無いか。僕が風呂に入った後ビールを飲もうとしたらもう3分の1近く食べている。

「こら、お義父(とう)さんとお義母(かあ)の分が無くなる。」

「あ、つい美味しかったんで食べてしもうた。後1個で止める。」

僕の分を減らせば良いか。


 翌日からまた高利貸しをしているヤクザを付け狙いに行った。今回は嫌がらせでは無く捕まえる気だから相手に気付かれ無い様に注意しているのだが何か様子がおかしい。3人共が周りを窺いながら行動している。主任に

「何(なん)かおかしゅうないか?あいつ等えらい周囲を気にしとるぞ。」

「そうですよね。あれじゃあ近寄れませんよね。」

「うん、一旦撤収じゃ。」


 少し離れた小高い所から高利貸の家の周辺一帯を見渡すことにした。

「係長、あれ。」

主任が指さす方を双眼鏡で見ると、係が高利貸の家の近くに居る。家から表通りに出る道は1本だから其処を見張っているみたいだ。本人は隠れている積りなのだろうけど高利貸の家の2階からなら丸見えだ。

「あれか。やっぱりとろ臭いのう。これは無理じゃ。此処はあいつが居らんなるまで放置じゃ。」


 一旦課に帰った。課長が、

「係は?一緒じゃ無かったんか?」

「いや、一緒には居れん。」

「お前等が居らんとこでのぅ

『盗犯係に替わりたい』

言うてきた。」

「今直ぐに?」

「いやそうじゃ無い。新年度にじゃ。」

「あの馬鹿まだ此処に居る気ぃ?」

「その積りじゃ無いんか。誰か議員に頼んで

『居らして貰える』

言うとったぞ。」

「ふーん。で何(なん)言うて答えたん?」

「解ったいうて。」

「本気?」

「あいつが異動で代わったら

『残念じゃったの~』

って言う。」

「市会議員如きにそんな事ができる思うとるんかなー。」

「知り合いの市会議員から国会議員に頼んで貰うらしいぞ。前居った署管内の。」


 馬鹿に付ける薬は無いな。頼母子仲間でその国会議員の支持者とも仲が良い人が居るので

『僕が怒り狂ってる』

と言わせた。

『これで完璧敵になった』

と言っていたとも。


 只選挙が小選挙区制になって本人は黙っていても当選する比例区回りだから僕の嫌がらせは効果が薄い。仕方が無いから

『取り巻きに嫌がらせじゃ』

と聞こえる様に言っておいた。


 暫く高利貸は放置することにして、時々顔を出して本堂の隅で昼寝をさせて貰っているお寺に行った。酒好きの住職に一升瓶と干鮎や干した山菜や茸を持参。以前山菜や茸だけを手土産にし、

「鮎やアマゴの干したんもあるんじゃけど生臭はいかんかと思うて。」

と言ったら、

「いやいや、私は元々生臭ですけん気にしません。」

「其れなら次からは。」

という事で。


 住職は競輪好きでもあるのでそちらの話で盛り上がった。でも主任には今一つ話が通じていない。まあ毒にも薬にもならない話をしている内に一寸耳寄りな話が。


 市内の山手に此の街では一番大きくて檀家が多いお寺があるのだが、其処の住職とこの寺の住職は仲が悪い。宗派は同じなのだが、同じなのが却って拙いのかな。


 その寺の裏山一帯も寺が所有しているらしいのだが、崩落の危険があると以前から言われていたその山の崩落防止工事を県がしたらしい。私有地の崩落防止を全額県が負担して工事?一寸嗅いでみる価値はあるな。


 主任も臭いと思った様子だ。帰るまでに一寸高台に車を停めて打ち合わせ。議員に何でも言っていく馬鹿が居るから3月末までは用心しなくては。奴が頼りにしている市会議員の親分である国会議員は建設業者で建設族だ。主任は其処らを説明しなくてもちゃんと調べて知っている。今の係も前の係もそういう事は一から説明してやらなければいけなかったし、説明しても理解しない奴等だ。


 僕も刑事に成ったばかりの頃はそういう事に意を払わない馬鹿だった。親分にそのことを注意され新聞代を負担して貰って初めて新聞を取り始めた。今は全国紙と地方紙とスポーツ紙を自分の捜査費で購読している。義弟(おとうと)にも偉そうに新聞を読めと言っているが、親分の下に付かなければ使えない部下達と同類だったかもしれない。それを思えば主任は自分で考えてそこ等もやっているから偉いものだ。


 話題の寺を見に行った。裏山のかなりの面積を簡易法枠で崩落防止工事をして排水路も整備してある。此れだけ高さと面積があるとかなりの費用が掛かっているはずだ。でも僕には土木工事の費用は皆目見当がつかない。流石の主任もこれはお手上げ。


 後日頼母子仲間の土建屋に頼んで凡その価格を読んで貰う事にした。夕方から来て貰い終了後はこの街の料理屋とスナックで接待して一緒に自分達が住む街に特急列車で帰るという約束で。


 2月ももう終わりだ。渓流の解禁日を大分過ぎたが今年はまだ行っていない。主任を誘ってコンピューターの先生が村長をしている村の渓流に入る事にした。土曜日の夕方家に来させて一杯やって泊まらせて、翌朝暗い内に家を出て以前から目を付けていた渓流に入り竿を出した。まだ水温が低いので、あまり好きでは無いが針にイクラを付けた。


 まずは主任に1匹釣らせなくては。渓流釣りは釣れれば嵌まるが釣れ無ければ只の苦行だから。以前から目を付けていた小さな淵に竿を出させた。あまり細かく指導してウザがられてはいけないので細心の注意を払い

『そこじゃ無いよ』

と言いたくても、近くにラインが入れば我慢。


 釣れた。結構大きい。渓流竿は敏感だから初心者の主任は引きに驚いている。やや苦戦しながらも自力で引き抜いた。25センチ越えのまあまあの型だ。此処は源流近くで水量が無いしこれなら御の字。写真撮影後お持ち帰りして焼き干にして渡してやろう。


 主任、喜んでいる。喜色満面。これが深みへ一直線の入り口だとはまだ気付いていない。場所を移動し以前から目を付けていたもう1箇所の淵でまた1匹。

【フフフ嵌まりつつあるね】


 次からは少し下流の水量がある場所で僕も竿を出した。主任は其処でもまあまあの型をゲット。少し下流に移動して2人で数匹。お昼にお握りを食べてからもそれぞれ何匹か。午後3時を過ぎて竿を置き帰路についた。


 帰宅してすぐに主任が釣った分を焼き干にした。鰓と内臓を取って串を打つ手順を教えたが吞み込みが良い。

『干し上がったらお父さんに持って帰れ』

と言って僕の乾燥場で預かる事にした。


 その晩も家に泊まらせて翌日一緒に出勤することにした。主任は娘に懐かれている。アマゴの塩焼きや鮎の甘露煮、去年禁漁前に作っていたアマゴの焼き干で骨酒。お義父(とう)さんとお義母(かあ)さん、義弟(おとうと)も来て小さな宴会になった。


 週明けの午後頼母子仲間の土建屋に来て貰って工事の値踏みをして貰った。

「1億近い工事になるよ。」

「其れ全部県費でやったんじゃろうか?」

「此の山崩れたら下の集落酷い事になるけん何かかんか理由付けたんじゃない。そんでも5千万円超える工事は地方局だけではできんはずなんじゃが。」

「へー、そんな決まりがあるんじゃ。」

「この街にも一緒に仕事したりする業者があるけんどういう経緯か聞いてみようか?」

「是非ともお願いします。」


 僕達の執務時間が終了するまで喫茶店で時間を潰して貰い、午後5時30分スタートで水産会社の社長がよく利用する料亭に行った。8畳の座敷に席を構えて貰い時々行くスナックのホステスを2名、同伴出勤を条件にコンパニオン代わりに来て貰った。


 この店の料理が少し変わった。以前は新鮮さ重視の魚料理だったのだが、この頃少し仕事をしている。店が暇な時この店の板前さんを若竹や親分が時々行く寿司屋に社長が連れて行っているという話を聞いたからそのせいかな。土建屋さんはこの店初めてらしいけど気に入ったくれたみたいだ。


 魚料理を堪能した後は何時ものスナックに。土建屋さんに、

「此処のママさんと何時も行く橋の袂のスナックのママさんは昔同じ店で働いていたらしいですよ。」

「ふーん。それやったら儂も知っとるかもしれん。そんでもその頃はまだ自前で工事を取り出す前やったからそんなに遊ぶ金が無かったけん度々は行けんかった。」

店に入るとママが、

「お久し振りです。」

「え、覚えてくれてたん。」

「はい。私が若い頃働いていた隣の市のお店に時々来てくれてたでしょう。」

「うん。儂も覚えとる。」

「お客さん今隣の市で店を開いてる私の友達がお気に入りやったから。それに私が先に辞めてこの店開いたし。」

「昔からあっちのママに参っとったんか。」

土建屋さんはスナック遊びが好きだからご機嫌で時間を過ごし、主任の事もすごく気に入ってくれた。


 数日後何時もの頼母子の日に土建屋さんが、例の工事について調べた事をメモ書きにして渡してくれた。

「今日会う事が分っとったけんまだ途中経過じゃけど。」

と言って。


 頼母子の間は特にその事には触れず、終わってから何時もの橋の袂のスナックに行ってお礼を言った。其処の勘定は僕持でいつも通り機嫌良く皆に愛想を振りまいてお開きに。


 翌日調べ室でメモを読んだ。

『工事を受注したのは僕達の署がある市の西隣の町に在る業者』

『工事は2期に分けて発注されている』

『総額が8千万円を超えるので地方局独自で工事を発注できる金額に調整をしたと思われる』

『工事の1期目と2期目の間は日を置かず施工が開始されている』

『施工した業者は今度比例区に回る国会議員の支持者』

『恩恵を受けた寺の住職は同じ国会議員の以前からの支持者でその父親はその国会議員に地盤を譲り引退した元国会議員の熱烈な支持者だった』

『工事を調整した地方局建設部長が恩恵を受けた寺の住職と高校の同級生』

といった内容だった。


 係が外に行った後主任に、

「取調室でこれを読んで裏取りに出てくれ。」

読み終わって出て来た主任、獲物にロックオンした目になっている。

「早速行ってきます。」

「これ持って行け。」

親分に貰った金から10万円封筒に入れて渡した。


 課長には一応今の狙い目を取調室で説明した。

「係が居る間は用心する。あれは言うてええ事と悪い事の区別が出来ん。外部の議員等との関係を重視して自分の立場を良くしようと考えとるけん県に抜けたらストップが掛かる。署長も議員に弱いし危ない。」

「おお、行けそうになったら形としては本部からうちに指示を降ろして貰うてもええんじゃないか。うちの実績は変わらん。」

「それは駄目じゃ。主任の実績が薄れる。署の実績よりも今は主任を育てるんが大事じゃから。」

「そうかぁ。そうよのぉ。」


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