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主任と係

僕が進歩の無い係に嫌気をさしていたら、主任が係にあれこれ世話を焼いてくれている。でも係は『自ら恃むところ頗る厚く』自分の扱いに対する不満は増々募るばかり。

 係は僕から一人前として扱われていないのが不満みたいだ。上司ではあるが自分より年下の主任を一人前として扱っているのに自分は一人前として扱って貰え無い。解ってい無い。一人前じゃ無いから一人前として扱って貰え無いという事が。まあ僕も昔は半人前にも足りないのに一人前になった様な気がして文句を言った事も有った。因果は周る尾車の……か。


 そのことを誰にも言った覚えは無いのだが、課長が気付いたみたいだ。課長が、

「お前んとこの係な、二係は無理ぞ。辛抱が出来ん。あれは何処がええか言うたら三係が向いとるんじゃないか。」

「そーかなー。何やってもあの根性では駄目な様な気がするんじゃけど

『お前は今の仕事向いてない』

とは言いにくい。」

「うん。それはそうじゃな。じゃったら、一遍本格的な盗人を捕まえさしてそっちの面白さに目覚めさしたら如何かな。」

「それって盗犯の件数不足を僕に担がそうとしてない?」

「解るかやっぱり。」

「見え見えじゃ。」


 結局笑って誤魔化されて盗人探しをさせられることになった。係のためにという名目で。でもここ数年で界隈の大きな木は切り倒してしまったので思い当たる株が無い。昔切った切株が再生しているかもしれないので其処等から攻めるか。


 係が宿明けで居ない時主任を連れて外に出た。水産会社に行って会議室を借りた。課の中は僕と主任が2人で話をすると皆が聞き耳を立てるし、係に

『お前が居らん処で係長と主任が何事か話していた』

等と要らん事を吹き込む奴が居るので油断がならない。面倒臭せえ。


 会議室で主任に、

「係が一人前扱いして貰えんのが不満らしゅうてな。」

「そうですよね。僕も前に

『言わん方がええ』

って言ったんですけど、あまり強くは言えんかって。僕の口から

『行けるレベルに無いでしょう』

とは言えんので。

『不平不満は言わん方がええ、係長が考えて無い訳は無いんじゃから』

と言った時は

『分かった』

言うんですけどね。」

「あれは知能犯係に向いとると思うか?」

「う~ん。あんまり…。」

「何に向いとると思う?」

「強いて言うなら盗犯ですかね。」

「強いて言うならか。」

「あ、いや、貶す積りは無いんですが。」

「いや、儂もそう思う。課長もじゃ。」


 課長に乗せられて盗犯検挙をすることになった事を伝えた。主任笑ってる。

「知能犯も盗犯も捕まりたくない被疑者を捜すことは同じなんでやってみたいです。僕は知能犯係しかした事が無いんですけど、隠れている奴を炙り出すのは同じだと思うんでやり方を教えてください。」

「分かった。でも何か当てがある訳では無いから一からじゃ。」

「その方が最初っからやれるんで良いです。」


 社長や事務員さんと雑談した後お昼ご飯を済ませて課に帰り、宿明けを終えて帰って来た係を連れてまた出かけた。今度はフェリー乗り場の待合室で缶コーヒーを飲みながら

『課長命で』

盗犯捜査をすることになったと伝え、

「儂等は特に当ては無いんじゃがお前何か無いか?」

と持ち掛けてみた。

「いや、別に。」

「そうか。そしたら暫く主任と2人で何(なん)ぞ探してくれ。儂は昔捕まえた事がある奴等が何しとるか見て来る。務めが終わって何ぞしてくれとったらええんじゃけど。」

主任は係よりも年は下だが分別がある。何とかしてくれるだろうと思うのだが、部下を当てにして任せっきりでは駄目だよなぁ~。


 これまでに捕まえた盗人は、たまたま田舎に帰って来ていた奴は捕まってからまたいなくなった。自宅近辺限定の空き巣は家に居るが此処からは手が出せそうもない。ぽっちゃり巨乳好きは現在服役中。当時少年だった3人組がシャバに居るがこれもこの署から遠い。県外専門は当分社会に復帰しない。どいつも役に立たない。盗犯日報を見てもうちの管内とその近辺に泥棒を職業にしている奴の犯行らしきものはない。困った。主任と係も悪戦苦闘中。


 主任と係には

『何でもいいから探して来い』

と言って昼飯代を渡して外に出しているが期待はしていない。一緒に行動させている間に主任が係に

『お前の態度は良く無いよ』

と諭してくれればと思う位だ。でも他力を当てにしたんでは情けないよな。


 僕は1日中西日本一帯の盗犯日報を睨んで此処等に来そうな奴は居ないかと捜している。他所では結構連続犯行が出ているのだがうちと隣接する県には何もない。只、海を挟んだ南西側に出店荒らしの連続犯行がある。そいつは対岸の北部から南下して犯行を重ねている様子だ。


 そいつが海を渡って来て南隣の県の西端の市で仕事をした。そいつの犯行は深夜、営業を終えたスナックの入り口ドアをバールで破壊しレジ内の現金だけを窃取逃走する手口だ。


 何故それが同一犯による犯行と言えるかというと、遺留足跡が特徴的だからだ。外国の有名ブランドスニーカーの足跡が現場に残っている。そのスニーカーを履いている人物はあまり見ない。というか僕は見た事が無い。


 これを狙うか。南隣の県で出た最初の現場は前に居た署の管内に住んでいた事務所荒し専門の泥棒が乗って南進したバスの終点の市だ。出店荒しがそこから逆に北上する事も有る訳だ。


 何も当てがないのでそいつの犯行を期待して深夜に張り込みをする事にした。出店荒らしの犯行時間帯は深夜午前2時頃から午前4時頃だから勤務終了後一旦帰宅して一休みした後午前1時30分に集合して、昼間選定していた被害場所となりそうな対象箇所を午前4時30分頃まで張り込み、終了後一旦帰宅して定時に出勤。課長にその旨を申し出て許可を得た。係はもう既に不満そうだ。地味な事は嫌いか。それも今回見込みが薄いし。


 南隣の県の西端で発生した現場は残念ながら北上せず東進した。管区学校で一緒だった南隣の県の盗犯係長に様子伺いの電話をすると、翌日は最初の現場の東隣の市、その次の日は更に東の町で発生していた。遺留足跡は一連の物だそうだ。


 犯行現場はこの署から遠ざかってはいるが張り込みを続けている。盗人なんて気まぐれだから何時逆行するか分からない。それに順次同一方向に進めば警察だって対処する。海の西側でやっていた時にも突然方向を変えていた事があった。案の定その後突然方向を変えうちの県の南で発生した。来るぞと身構えたのだが数日後は南下してまた隣の県に入り其処の県庁所在地で連続犯行をした。


 張り込みを始めて1週間が過ぎた。空振りが続いている。係はもう嫌になったみたいだ。始める時から嫌そうだったんだから当然か。1週間は良く持った方か。この間心を入れ替えて頑張ると言ったばかりなのに。

「この張り込み意味があるんですか?」

「さあな。張り込みしたら数日後に必ず犯行が有るもんでは無いしな。」

「近くで発生しているんならやけど今発生してるとこは遠いですよ。」

「うん。」

「僕はこんな意味が無い事は止めた方が良いと思います。」

「気が乗らん事しても身が入らんじゃろうな。止めてもええぞ。」

「はいそうさして貰います。」


 南隣の県の県庁所在地で仕事をした後はいきなりうちの県の県庁所在地にやって来た。係は張り込みを止めたが僕と主任は続けている。同じ夜に3件連続でやられた。翌日も同じ繁華街で。これまで同じ街で2日続けた事は無かったので裏をかかれたみたいだ。


 さて次は何処に行くかな。海の西側に帰るなら県庁所在地の港から朝7時台に出るフェリーがあるが、もう少し稼ぐなら北上してこの県で2番目の市に行くかその街経由若しくは県庁所在地から直接海を隔てた北隣の大きな市に行く手もあるな。


 一度帰った後出勤したら係が、

「やっぱり無駄だったですね。」

「そうやな前にも言うたけど捜査いうのは無駄の積み重ねじゃ。」

【ムカつく奴じゃ】

「そんなもんなんですかね」

こいつはやっぱり駄目だ。僕が来る以前の2年間で怠け癖がすっかり身に沁み込んでいる。たまに反省した様な事を言うが反省は極々短い一過性だ。猿の反省以下かも。主任も呆れているのだろうけど顔には出さない。やっぱりこいつはものが違うな。


 その晩も張り込みを続けた。係は、

「まだやるんですか?」

「ああ。自分が納得するまでやる。」

「主任も?主任は巻き込まれて嫌じゃ無いんですか?」

「僕は係長を信じてここに異動して来たんやから、何処まででも付いて行きますよ。」


 その晩北上しただろうなと思いながら主任と2人で張り込みをしていたら、中央署と機動捜査隊の無線で

『県庁所在地の繁華街で出店荒らしが逃げた』

との一報が入った。裏の裏をかいて3日連続だ。でも中央署の三課も読んでいた。逃げられたのは頂けないが、僕達にもワンチャンス。

「フェリー乗り場行くで。」

「フェリー乗り場ですか?」

「こいつは海の西側から来た奴じゃ。この街の港からは朝5時台から6時台半ばまでに西側の対岸3方向に出るフェリーがある。県庁所在地から海の西側に行く船は7時台までは無い。警察が来た犯行現場からは離れたいじゃろうし、できるだけ早い便に乗りたいじゃろうし、待つ価値はある。」

「あ、そうですよね。フェリーの時間知ってたんですか?」

「此れも基礎資料の内じゃ。」


 待つ事1時間余、県庁所在地に在る会社の行燈を載せたタクシーがやって来た。此れだ。日頃落ち着いている主任が一寸緊張している。無言で手の動きだけで待合室入り口内側の両サイドに隠れて待つように指示。主任は直ぐに指示通り動いた。係は間違い無くこうは動けないだろうな。足手纏いだから居なくて良かった。


 入り口を入った途端に両サイドから挟み手帳を示して、

「警察です。少し前県庁所在地の繁華街で窃盗未遂事件が発生し犯人が逃走しました。其の事についてお聞きしたい事があります。まずは靴を見せてください。」

靴は手配書のとおり外国のブランドスニーカーで、遺留足跡の模様と合致する。

「県庁所在地で発生した窃盗現場の遺留足跡とあなたの靴底が同一種類です本署で話を聞かせて貰えますか。」

グズグズ言ったが腕を取って捜査用車の後部座席に押し込んで、無線でパトカーを呼んだ

「現在職質中。本署任同のための搬送用務、パト1台応援願う。どうぞ。」

「了解。どうぞ。」

「以上張り込み班。」

僕は前に居た署の時と同様にパトカーの実績向上に日頃から意を払い良好な関係を保持しているし、パトカー乗務員も実利をもたらす僕の呼び出しには喜んで応じる。


 最初否認していたが、靴底が同じ現場がそこら中に有るんだと目に刷り込んでやったら犯行を認めたので緊急逮捕。県庁所在地での被害届をファックスで送って貰い令状を請求した。係も盗犯係も呼び出さず搬送したパトカー乗務員と僕達2人で書類を作成し執務時間が始まった簡裁に主任が令状請求に行った。係が出勤して来て、

「僕も手伝います。」

「ええよ、もう終わったし。」

「何で僕を呼んでくれんかったんですか。」

「手は足りとったから無駄な時間外勤務させたら悪いと思うて。」

「………。」


 課長が係に、

「お前は張り込みせんかったんか?」

「はい。」

「体の調子でも悪かったんか?」

「そうじゃ~無いんですけど……。」

「ふーん。」

「係長、やっぱりお前は頼りになる。やってくれると思うとった。」

「口だけで褒めてもろうても嬉しゅう無いけどな。」

「おっ、其処はちゃんと考える。」

「勲一等は主任じゃから。其処だけはちゃんとしてやって。」

「うん。分かった。」


 盗犯係が

『窃盗は自分達の受け持ちだから調べは自分達がしたい』

と課長に言ったらしいがあっさり却下。

「仲間内の食いもん狙うんは外道のする事じゃ。そんなに調べがしたかったら何(なん)で自分等が張り込みせんかったんぞ。

『しんどい事は嫌でええとこは取りたい』

じゃのは、まともな人間は言わんもんじゃ。」

【これはうちの係にも通じるな。ちゃんと聞いているかな?】


 令状を持って帰署し、執行を済ませた主任に、

「知能犯刑事が最終の目標じゃろうけど、強行犯も、盗犯も、暴力犯も何でもやれて最終的に知能犯に特化するのがベストじゃと思う。此の件は主任に調べを任せる。」

「はい。分からない事は聞きますから助言お願いします。」


 流石に係はしゃしゃり出て来ない。此処で

『自分が調べを』

と言ったらいい度胸だし、僕はつい知っている限りのありとあらゆる罵詈雑言を吐いてしまいそうだ。


 勾留も問題無く出た。一応如何調べを進めるかを主任に聞くと内容は概ね良好。逮捕事案本件を固めて、一連の県庁所在地の事件を何件か起訴して貰いその後県外の事件を拾って堅いものを追起訴して貰う。後は引き当たりで原票を奪い取る。取り調べノートの作成と提出だけをさせる様にした。


 被疑者は最初本件以外はぐずっていたが段々諦めがついたみたいだ。1回目の引き当たりで本件現場を確認すると共に、犯行用具であるバールの投棄箇所を確認しバールを領置して県庁所在地での一連の被害届を未遂も含めて貰って来た。


 次いで南隣の県の引き当たりを日帰りで実施し、直接被害届を貰いに行った南隣の県で一番大きな警察署の夜間侵入盗係長が主任の名刺を見て、

「うん、盗犯じゃ無いの?ひょっとして土居係長の部下?」

「はい。盗犯が動かんので課長が土居係長に頼み込んで件数拾うことになりました。」

「あちゃ~。土居係長が噛んどるんじゃったらもっと用心したのに。」

「そうなんですか。」

「此の件、うちの県で発生した時土居係長が電話してきたんじゃ。土居係長は知能・暴力じゃけん興味があるだけじゃとばっかり思うとったから油断しとった。儂土居係長と中幹同期なんよ。此の前は味方に付けて稼がして貰うたんじゃけど、敵に回したら危ないんはよう分かっとったんじゃ。お宅の署に発生は無いじゃろう。どうやって捕まえたん?」

「係長が、来るかどうかは分からんけれど張り込みをする言い出して、10日程続けとる内に大分離れた県庁所在地で被疑者が逃げたいう無線が入って、係長が

『元が海を挟んだ西側から来た奴だからこの街からフェリーに乗るかもしれん』

言うてフェリー乗り場に行ったんです。1時間余り待っとったら本当に手配の足跡の靴履いたんが来て任同掛けて緊逮しました。」

「流石じゃな。今回引き当たりは来んかったん?」

「僕が調べ官なんで

『調べ官は現場全部腹入りさしとけ』

言うて引き当たりは全部僕が。」

「其れ大変じゃな。」

「僕は独身なんでそこは気楽なもんです。」

「まだ若そうよな。」

「はい。こんな若造に全部任す言うてくれました。」

「でも自分の仕事もあるじゃろうに。」

「今年度既に競売入札妨害1件やっとるし暴力団も入れとるし。今も係長は残って暴力団入れる算段してます。」

「やるな~。ええ係長に付いたなぁ。」

「はい。」


 それからも3回に分けて県外引き当たりを実施した。3回とも2泊3日で。主任は皆勤。後は鑑識と全部の係・主任が交代で物見遊山がてら県外出張を。うちの主任にはその都度それなりの捜査費を内緒で渡した。主任だけには以前から

『親分からの捜査費』

の中から内緒で少しだけ分け前を渡している。


 予想以上に件数が伸びた。捕まった時履いていたブランド物のスニーカー以前の現場が結構あって課長ホクホクしている。金に困って始めた泥棒が軌道に乗って生活が向上したので、前から欲しかったブランド物のスニーカーを買ったのだそうだ。まだ初心者で良かった。懲役太郎の職業泥棒なら安いケミカルシューズを毎日履き捨てるところだ。


 喜んだ課長が

『署長に言って僕と主任を飲みに連れて行く』

と言ってくれたが、

「主任が県外出張続きで大変だからその分を金一封で遣ってくれ。」

と頼んだ。本音は

『みりんの出来損ないみたいな酒を飲まされて堪るか!』

だけど。


 結局2管区9県に跨る広域連続窃盗犯という事になった。件数も100件を超えた。此の県で今年1番の窃盗犯検挙になりそうだ。弱冠25歳、本業知能犯主任が竿頭になりそうで県内の盗犯係を本業にする奴等が慌てている。


 係は途中で張り込みを止めた事を棚に上げ主任に嫉妬心丸出しだ。如何しようも無い。課長も気付いて、

「あれは如何しようも無いな。あいつなんであの日張り込みせんかったんぞ?」

「夜中に出るんが嫌じゃったんやない。1週間程やっただけで

『この張り込みに意味は無い』

言うて張り込み拒否した。」

「盗犯も無理か。あれが育たんのはお前のせいじゃないぞ。本人の資質じゃ。お前の部下でも主任はもう光(ぴか)一じゃ。」

「前の署の奴といい今度の奴といい、楽してええ恰好したい奴はもおええ。」


 僕はもう匙を投げたのだが主任はまだ見捨ててはいないみたいだ。事件の後始末をしながら係を飲みに誘ったり波止からの釣りに誘ってあれこれ話をしている様子だ。捜査能力に資質があるだけでは無くて人柄も良いんだ。先の2人が潰れるのは自業自得だけれど、主任を潰したら僕は無能の極みだな。


 水産会社の社長が誘いを掛けてくれた。2人で飲みたいという話だったので承諾し、社長がよく使う料亭に赴いた。すっかりシャンパーニュのファンになった社長が若竹の女将さんに僕好みのシャンパーニュを聞いて取り寄せてくれているみたいだ。


 オードブル代わりの先付は雲丹だった。港の沖に在る島で獲れる雲丹だそうだ。新鮮な雲丹の磯の香りがシャンパーニュとよく合う。洒落た皿には軽く炙ったバケットの薄切りも。

「社長、すっかり通ですね。」

「違うのよ。これは若竹の女将さんに教えてもろうたがよ。此の街にはまあまあええフランスパン売っとる店があるいう事も。其の事は土居さんに聞いた言うて。」

今日は2人だから小さな座敷の窓際に席を作って貰い、暮れていく港に出入りする船を眺めながらグラスを乾した。席もテーブルと椅子にしてくれている。


 社長は度々若竹と舞に出入りして、其処で覚えた料理と酒をこの店でも出させているみたいだ。

「うちの嫁や子供等がこの頃儂と一緒に出掛けたがってな。土居さんや女将さんのお陰じゃ。」

「色々世話になってばっかりじゃから少しはお役に立てて幸いです。」

「何を言うとるん。女将さんや理事長さんの口利きでうちの魚を入れてくれる業者が増えてなぁ、特に関西方面のレストランチェーンが大口で。これも土居さんと知り合うたお陰じゃ。こっちがお世話になりっ放しよ。」


 こんな話をするために僕を誘った訳では無いだろう。

「で、今日は何かありましたか?」

「あ、いや、それは~。」

「他ならぬ社長の事やから僕にできる事なら。」

「うん。その、土居さんの部下の事でな。」

「どっちの方ですか?」

係の事だろうとは思ったが一応。

「係の人の事なんじゃけど。」

「どういう事じゃろう。」

「いや、最近土居さんから冷たく扱われとるいうて聞いたもんじゃから。」

「そうなんですか。誰がそんな事を。」

「うん。あの係の人を可愛がっとる市会議員がな

『何とか言うてやってくれ』

いうて来たんじゃ。儂も事情が分らんもんじゃから如何言うてええんか分からんもんじゃから困っとるんよ。」

「で、係は如何言うとるんですか?」

「いや、

『自分には心当たりが無いのに無視される』

言うとるもんじゃから議員が憤慨して言うて来たんじゃ。」

「本当に心当たりが無いんじゃったら馬鹿じゃし、有ってそう言うとるんなら嘘吐きじゃし、どっちにせよ如何しようも無いですね。」

【あの馬鹿部外者に尻(けつ)持ち込みやがって。儂が市会議員如きに遠慮するとでも思うたんか。馬鹿にしやがって。】


 暫く気まずい沈黙があったが、

「これは僕と部下2人との事なんで細かい事は言いません。只これは係にとっても議員さんにとっても良い方向に行かん事は間違い無いです。」

「え、それは。」

「そこは第三者に言う事では無いし、第三者に口を出される事でも無いんで語りません。」


 僕の表情が険しかったんだろう。自分でも腹立ちが顔に出たのが分かった。社長にもそれが分かったんだろう、それ以上は言わなかった。

「あぁ~、うん、分かった。機嫌直して飲みましょう。」

「済みません。顔に出してしもうて。」

それから後は何となく気まずいままで最後まで其処に居たが何時ものスナックには行かなかった。


 翌日調べ室に主任と係を呼んだ。係に、

「仕事場の尻(ケツ)を他人の処に持ち込んだんか?」

「あ、いや、そういう訳では無いんじゃけど一寸愚痴を。」

主任が、

「如何言う事ですか?僕話が見えんのですけど。」

「昨夜水産会社の社長に呼び出された。用件は

『係をちゃんと一人前の仲間として扱うてやってくれ』

いう事やった。」

「何で社長がそんな事言うんですか?」

「係が馴染みの市会議員に

『係長と主任に無視されとる』

言うて泣き付いたらしい。」

「僕らが無視ですか?今回の事は自分が

『無意味なことはしたく無い』

言うて自分から離れただけじゃ無いですか。」

「そうは言うて無いみたいやぞ。相手にされん心当たりは無いそうじゃ。」

「はぁ~。」

「市会議員にまた今日の事を泣き付くならそれはお前の勝手じゃけど、ええ結果にはならんと思うぞ。今日の話は其れだけじゃ。」


 課長の欲で要らん仕事をさせられたので自分の仕事が滞っている。年末になって数が足りなければ結局そこを言われるのは僕だ。窃盗犯検挙はあくまでも盗犯係の実績にしかならない。暴力団の数だけは合わせておかないといけないな。


 主任が窃盗事件の処理に掛かっている間係に、

「何でも良いから暴力団を入れるネタを拾って来い。一人前の刑事じゃと言うなら自分の甲斐性でな。儂は儂で一人で出る。」

課長に、

「要らん仕事して自分の仕事が出来てないんで係と夫々ネタを拾いに出ます。主任は盗人の調べが有るんで電話番は課長に任せます。」

「おぉ、分った。」


 僕が出た後課長が強行係長に、

「一寸ご機嫌斜めじゃのぅ。何か知っとるか?」

と聞いたが、

「分かる訳無いでしょう。」


 管内の暴力団員は数がしれている。その数少ない資源を乱獲しているから中々ネタが無い。此処に来る前に居た僕が住む街の署も乱獲が祟って資源は枯渇状態だ。何処かに新規の漁場を見付けないと干上がってしまう。僕が育った町を含む南東隣の署は過疎が進む3町で成っていて暴力団員自体が居ない。その南のまあまあ大きな署管内にはその市が昔栄えていた頃の名残でいくつかの暴力団が事務所を構えているが寂れる一方の街に大したシノギがある訳では無いから安酒飲んで管を巻く年寄りのヤクザばかりだ。


 そう言えば以前中央署に居た頃南東隣の町出身のヤクザがいた。僕が若頭(かしら)の恩情で殺人事件の調べをさせて貰った時、被疑者のシャブ屋が仲良くしていた的屋が其の町の出身で、その的屋が少年時代にやった窃盗の共犯者が今も地元に居て付き合いがあると言っていたな。その頃のノートを引っ張り出したら名前と当時の運転免許証上の住所が見つかった。其処等界隈でも覗いて見るか。


 しかし係にも困ったものだ。でも僕も親分から、

『最後まで面倒を見させて貰えんかったんは残念じゃ』

って言われた事も有ったな。自分が許して貰えてここまで来たのに潰れかけの部下を許さない訳にもいかんかな。でも僕に親分ほどの度量は無いし、あいつを預ける配下も居ない。主任は将来有望だけど今はまだつい最近一緒に仕事をし始めただけの若手捜査員だしな。其の事は後で考えるとして暴力団周辺者界隈でも嗅いでみるか。うーん。気が散る。


 的屋のお友達は以前控えた住所地のすぐ近くでガソリンスタンドを経営していた。親がやっていた油屋兼ガス屋を受け継いでやっているみたいだが、あまり繁盛している様子は無い。丁度メーターが半分以下を指していたので給油をした。おっさんが1人でやっていて愛想も悪い。給油中車を降りて辺りを見回すと直ぐ近くの国道端に駐在所が在り、以前中央署の外勤課で一緒の班の勤務だった人の姿が見えた。


 給油を終えて支払いをした後その駐在所に寄ってみた。

「お久し振りです。」

「久し振りやねー。元気にしとった?言うまでもないか、元気やったんじゃろうね。活躍は聞いとるよ。今日は何事?」

「前に捕まえた僕が育った町の少年窃盗団が何しとるかと思って見に来たんですよ。帰りにガソリンが減ったんで給油してたら先輩のお姿が見えたんで。」

「盗犯係じゃ無いやろう?」

「うちの盗犯係が仕事せんので課長が県下最低レベルの窃盗検挙率何とかせい言うんで仕方無く。知能犯はこの町で稼がして貰うて何とかなっとるんで。」

「此の前の広域窃盗で潤うとるじゃろう。あれは?」

「係違いの僕と主任がやりました。」

「この上此処から捕って行ったら此処の刑事課長泣くで。」

「少年窃盗団は一寸無理でした。」


 もう10数年前になる中央署外勤課時代の話で盛り上がった。それとなくさっきのガソリンスタンドの話になり、

「愛想の無いおっさんですね。国道沿いの出入りがしやすい交差点付近やのに繁盛して無いんはそのせいですかね。」

「うん。それもあるしおっさん博奕好きで暴力団のバッタ撒きや手本引きにも出掛けて借金まみれらしい。ガソリンやガスの仕入れも掛では受けて貰えんので売り上げが溜まったら現金持って仲卸のとこまで直接行かないかんらしい。」

「僕ガソリン入れたんじゃけど大丈夫ですかね?灯油混ぜたりしてませんかね?」

「儂は近くに住んどるけど入れた事が無い。プロパンガスは本署が一括して契約しとる業者が持ってくるし。」

「通り掛りの知らんもんだけが相手だとああなりますよね。」

「うん。昔一緒に遊んどったこの町出のヤクザが時々来るし、今もヤクザと付き合いがあるいうたらこの田舎の人等は近寄らんな。」

【今も付き合いがあるんだ】

少年窃盗団には手が出ない事の念押しをしてから駐在所を出た。でも暴力団事件をやらないとは言って無い。常習賭博のネタでも拾えたら御の字かな。


 署に帰ると主任が調べを終えて待っていた。

「今晩水産会社の社長と会って飲もうと思うんですがかまんですか?」

「うん。かまんよ。」

「お昼外に食事に出たら偶然出会うて

『時間をくれまいか』

言われたんで

『今良いですよ』

と答えたら

『飲みながら』

言われたんで受けてしまいました。会社か喫茶店ででもという積りやったんですけど成り行きで。」

「ええことじゃ。ゆっくりしてきたらええ。主任若いから社長が払う言うと思うけど、儂がちゃんと日頃他所の街で接待しとるけん形ばかりの遠慮は要るが一方的に出して貰うとる訳じゃ無いからお言葉に甘えとけ。」

係が居なかったので素早く車代を渡して承諾した。


 その後課長の処に行って、

「明日は出勤した後県庁所在地に行く。」

と言ったら理由も聞かずに承諾してくれた。

「出張届出しといてくれ。」

「いや、海の物とも山の物とも分らんから事やから勝手出張で。課長が了承してくれとったらそれで。」

「分かった。出勤は要らん。家から直接行ったらええ。帰りも戻って来んでええぞ。直行直帰で嫁さん孝行してな。」

「有難うございます。」


 翌日は朝ゆっくりと家事をした後県庁所在地に向け出発した。まず警察本部に行って刑事部参事官に手土産を持って挨拶に行った後、今本部の暴力団特捜係長をしているブル連隊長に会って南東に隣接する署管内出身のヤクザについて聞いてみた。

「お前なんかネタ拾うたんか?」

「いや、此の前競売入札妨害の捜査であの町うろついとる時に度々名前が出たんで。」

「年取った親を弟が見とるらしいんやけど、弟から

『ヤクザが身内に居るのは迷惑じゃ』

言われて疎遠になっとるらしいぞ。そんでも田舎の事じゃからあいつの名前使うて恰好付ける馬鹿が結構居るらしいけどな。」

「それでですか。こっちが警察じゃ言うたらあいつの名前出して虚勢張る馬鹿が居るんは。」

「そんなとこじゃ。そうじゃ、ついこの間中央の二課が拳銃でガサ掛けたんやけど何も出んかったらしい。的屋商売の腐りかけた何年も前の烏賊を冷凍しとる冷凍庫の中まで捜したが無駄な労力やったらしいぞ。」

【今も時々昔の連れに会いに行ってることは知らないみたいだな】

情報が欲しかった訳では無い。情報を持っていないという事を知りたかっただけだったのだが

『拳銃を持っているらしい』

という情報まで手に入れたからミッションコンプリート。


 本部を出てからは元巡視員さんに会いに行った。事務所宛のお菓子と巡視員さんへの装飾品を妻からのメッセージを添えて。義弟(おとうと)が日頃お世話になっている事へのお礼を言って手渡すと、

「あの弟にしてこの姉ありか。義弟(おとうと)君すごい人気よ。社員からもお客さん達からも。将来娘を貰って欲しいって言ってる人も居るよ。」

「僕みたいな貧しい水吞百姓の出には無い雰囲気がありますよね。」

「理事長に通じる所が有るよね。でも理事長みたいに近寄ると切られそうな雰囲気は無いけど。」


 元巡視員さんには

『前に会って貰った市会議員とは今後の付き合いはしない』

と伝えた。理由は聞かず、

「分りました。」

とだけ。暫く世間話をして社長は不在だったので

『宜しく伝えて欲しい』

と言って帰ることにした。


 まだ時間があったので人殺しシャブ屋の後を受けて、いけない薬局を開いているらしい奴に会ってみた。今日は開催していない競輪場近くの公園で会って最近のシャブ・チャカ情報を諭吉さんをチラつかせながらあれこれ聞いたが、どうでも良い話ばかり。

「此の前中央署の二課がチャカで的屋にガサ掛けたらしいけど?」

「空振りやったらしいな。持っとるのは間違い無いらしいが何処に隠したんじゃろう。」

「お前もう少しええ情報出せよ。折角諭吉さん連れて来とるのに。」

「儂もな僅かな金では言えん事が多いんよ。」

まあいい。的屋がチャカを持っているのは間違い無いらしい事が分かっただけで。中央署も全く根も葉も無い事でガサは掛けないだろうし、こいつ程度でもその噂を知っているという事は本当なんだろう。


 そいつには諭吉さんを2人連れて帰らせた。1人ではしょぼいし3人は多すぎる。自分でも具体的な事は何も言っていない事は自覚しているだろうから文句は無いだろう。案の定1人では無く2人だっただけで納得している。本人にしたら何も言わずに小遣い銭ができ、僕にしたら欲しい情報は手に入った。


 土産を買って家に帰り夕食の支度をして妻の帰りを待った。妻は仕事に復帰しており日中はお義母(かあ)さんが娘を見てくれている。公務員の夫婦が保育所に預けるとすごく高くつくのでお義母(かあ)さんの申し出で預かって貰っていて、お義母(かあ)さんも生活にメリハリができて楽しいと言ってくれている。要らないとは言われたが、其処を無理に保育料を渡してはいるが結局娘の服や身の回りの物が増えるだけになっている。


 翌日課長を会議室に呼び出して、南東隣の署管内に居る県庁所在地の的屋の友達方にガサを掛けると告げた。

『中央署がガサを掛けて徹底的に探して出なかった』

『僕が使っている垂れ込み屋も的屋がチャカを持っているのは間違いないと言っている』

『本部も中央署も知らないが度々ガサの対象と的屋は会っている』

といった事を理由にやってみると言ったら、

「ガサ状取るネタは?」

「お手紙書く。」

「何処へ。」

「署長さん。」

「どんな?」

「ヤクザと仲がええ怪しいガソリンスタンドのおっちゃんが鉄砲隠してまっせ。」

「誰が。」

「匿名希望の正義の使者。」

「はぁ~。」

「ガサ状は取るけんやってええ?」

「おぉ~……。」

「やるよ。」

「うん。」


 課に戻ると主任からのメモが机の抽斗に入っていた。時々海を眺めながら自動販売機の飲み物を飲んでいる高台で待っているとあった。


 係に、

「何かネタはあったか?」

「有りません。」

当たり前の様に且つ偉そうに言いやがった。

「そしたら引き続きやってくれ。」


 待ち合わせの場所に行くと主任はもう来ていた。

「すまん遅うなった。」

「いや、今来たとこです。」

「何飲む?」

「あ、僕買ってきます。」

「いやええ、儂が後から来たんじゃから。」

缶コーヒーを渡して、飲みながらミカン畑越しの海を眺めた。


 主任は僕の方を向いて、

「社長が係長に謝っておいてくれと言っていました。是非今後も付き合いを続けて欲しいとも。僕が今の僕達3人の事を説明しました。理解してくれたと思います。」

「うん。社長に悪気が無いのは分かっとる。市会議員も悪気はないんじゃろうけどあんな馬鹿に乗せられる人間は要らん。」

「内々の事を言うのは嫌だったんやけど誤解された儘も嫌やったんで。」

「うん。まあ儂も社長との事は何とかせないかんと思うとった。市会議員と係は切る。如何いう形かは敢えて言わん。主任は知らん顔で居ってくれ。」

「済みません。係長にだけ嫌な事をさせて。」


 拳銃を挙げるためにガサを掛ける事を話した。対象者・対象箇所と捜索の理由を告げた。

「この件は主任がネタを引いたことにしてくれ。」

「え、どうしてですか。」

「一寸な、ブル連隊長を騙した様な形になっとる。儂がやった言うたらヤバイ。」

「其れ怖いですね。でも僕が怒られませんか?」

「いや、主任には怒らん。儂も今日まで知らんかったいう事で。」

「此の前の広域窃盗の手柄も僕に貰ったのに。」

「この件は上手くいかん可能性が大きい。」

「此の前の窃盗も最初は余り可能性は高く無かったですよ。最後のフェリー乗り場に来る確率は一気に上がったけど。」

「うん。買わん車券は当たらんからな。」

「僕は係長に乗ります。でも僕ばかり美味しいとこを取って、嫌な事は全部係長にさせて申し訳ないです。」

「主任はな、将来刑事部長になるべき人間じゃと思う。試験で足踏みしたらいかん。加算点はある程ええし汚点は無い程ええ。」 


 翌日署長宛に匿名の手紙を書いた。内容は

『南東隣の町に在るガソリンスタンドの経営者が県庁所在地のヤクザから拳銃を預かって隠匿している』

ネタ元としてシャブ屋の実名も手紙の中に出してやった。


 南東隣の署の駐在さんから聞いた話として

『度々的屋がそのガソリンスタンドを訪ねている』

『何やら物を渡している様子だった』

という内容の捜査報告書も付けた。物を渡したとは聞いていないけど。どうせ分らん。中央署がガサをして出なかったから其処に隠匿している可能性が高いとも。


 請求は自分で行った。係が、

「僕が行きます。」

と言ったが、

「これは色々聞かれる。お前では説明できん。一緒に来て見とけ。」

と言って連れて行った。


 案の定簡裁の判事はあれこれ細かく聞いて来た。

『こじつけ・言い訳・泣き落とし』

のオンパレードでやっと令状を貰えた。

【こんな事お前にできる訳が無いだろうが】

言うだけ面倒臭いので何も言わなかったが、口に出して言われても分からない奴だから黙っていたらもっと分からないだろうな。


 署に帰ってからブル連隊長に電話をした。

「明日的屋の拳銃を捜しにガサ掛けます。一緒に行きます?」

「お前この間ネタは無い言うとったじゃないか。」

「あの後うちの主任が拾ったんですよ。」

「油断も隙もならんのう。」

「でもちゃんとお声掛けさせて貰ったでしょう。」

「成算は?」

「五分五分です。」

「分った。其処へ行ったんでええんか?」

「いや。本部からだと遠回りになるんで。」

と言って現場の少し手前で待ち合わせをする事にした。


 うちからは僕達3人と強行と盗犯の一部と鑑識が行くことになった。本部からは何人来るか分からない。一応お声掛けをしただけで当てにしている訳では無いから。


 ガサは自宅とスタンド2箇所に分かれて実施した。強行、盗犯の応援と鑑識1名と本部から4名来た内の2名には自宅に行って貰った。ガソリンスタンドは連隊長ともう1名の特捜と鑑識1名と僕達の係3人で。こっちが本命だと思っているので。


 2時間以上掛けて大して広く無いガソリンスタンドを捜したが何も出ない。諦めようかと思ったが主任が、

「もう少し待ってください。此処捜します。」

係が、

「其処は僕が見た。」

「見ただけでしょう。手前の方少し動かしただけで直ぐに止めたじゃないですか。」

「何、見て無いんか!」

ブル連隊長の一言で係慌てている。

「そんな事無いです。ちゃんと見ました。」

「手前の方だけです。」

主任は言いながら廃棄する様な部品類を積んである場所を片付け始めた。

「其処は僕がやった言いよるじゃろう!………。」

主任は黙って係の言う事は無視して油まみれの廃棄部品を見終わった物から空いていた場所に移している。主任の手袋は直ぐに油まみれになった。係の手袋はあまり汚れていない。見え見えだ。


 立会させている容疑者を見ると顔が引きつっている。当たりか。流石主任だ。僕は係がまさか其処までとは思わなかった。でも此れまでのこいつを見ていたらもっと注意するべきだった。


 丁寧に廃棄物を片付けていた主任が、

「有りました!」

金属廃棄物の下の方に回転式弾倉の拳銃1丁が見えた。鑑識に写真撮影させると共に立会していた容疑者に確認させると顔が蒼褪め体を震わせながら拳銃であることを認めた。蒼褪めているのは容疑者から被疑者に昇格した立会人だけでは無く係もだ。此れだけ重大な手抜きが露見して、これだけの目撃者が居ては切られても文句は言えないだろう。


 この件も主任に調べをさせた。預かって隠したというだけだから特に難しい話では無い。窃盗犯と被疑者2人持だが窃盗はもう終わりが近いから大丈夫だろう。


 誰から預かったかと、その日時状況をあっさり話したので拳銃を預けた的屋はブル連隊長にお任せした。暴力特捜も十分顔が立った。中央署の刑事二課長は、

「土居かぁ~!」

と言って机を叩いたらしい。


 係の手抜きは本部員の目の前での失態だから如何仕様も無い。内々で隠せる話では無いから僕がチクった事にはならないし、刑事部長、刑事部参事官、捜査二課長、皆が怒り狂っている。

『そんな手抜きをする奴は刑事部門から追放しろ!』

僕が手を汚す必要は無くなった。僕が仕向けた訳では無く本人が勝手にやった事だから言っていく先は無い。


 刑事課だけでは無く署内全体から係は白い目で見られている。僕があれこれしなくても次の異動では何処かの署の地域課か留置管理だ。異動まで休まずに出て来るだけは出て来て欲しい。前の部下が休んだ儘で、今度の部下も出勤し無くなったらまるで僕が

『パワハラ大魔王』

みたいじゃないか。


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