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新しい部下

 年が明けた。去年の実績は悪くは無かった。暴力団検挙人員の目標達成と漁業協同組合の横領と地方議員の贈収賄、自分の職分では無いが張り込みでの窃盗犯現行犯逮捕。只他の課員との折り合いは宜しくない。


 同じ係の主任2人は僕の事を酷く嫌っている。僕も2人を嫌っているからお互い様だ。間に挟まれた係は右往左往している。僕は主任2人を相手にせず、午後になれば勝手に情報収集に出掛けていて、妻に事前の届け出をして時々夜の会合にも。今は特に目を付けている事案はないので、水産会社の社長や取り巻きの地方議員との懇親会。其処には係も連れて行っている。


 費用は社長の交際費で落ちている。僕も出すと言うのだが、

「この街の議員を手の内に入れるのは自分と自分の会社にとって有益な事じゃけん儂が。」

と言って譲らないから仕方が無いので、たまに社長と此の街の外で飲みに出て自分の捜査費から費用を出している。この街での飲み会には殆ど係を呼んでいるが、主任2人には全く声を掛けないので其れも不満みたいだ。


 他の課員達も僕がこの街の有力者達と度々飲みに出掛けて遊んでいると思っているので、嫉妬含みで僕を嫌っているのがはっきり分かる。課長に

『僕が一般市民と不適切な交際をしている』

と訴えたらしい。課長は、

「これは儂が言い出した事では無いんじゃが。」

と前置きして、飲み代を

『誰が支払っているか』

『自分で払っているのならその原資は』

といった事を聞いて来た。


 そういう事もあろうかと飲み会の半分位は土居様宛で領収証を切って貰っている。この街での飲み会は社長の水産会社宛に本物の領収証を切って貰い、僕宛の領収証はダミーだ。僕は飲み代を必要経費で落とせないからこの領収証を税金対策に利用する事は無いのだが、監察でもが交友関係にいちゃもんを付けて来た時用に社長了解で以前から準備していた。社長行きつけの料亭もスナックのママも納得の上で協力してくれている。


 飲み代の支払はそれで問題無し。全部を僕が払う訳では無いが僕が半分払って半分払って貰っているのであれば文句は無いだろう。

「杓子定規にその都度割り勘というのは面白く無いので僕と社長が交代でその時の飲み代の全額を支払っています。社長は地方議員との懇親に、僕はこの街の政治・行政の情報収集に役立つので2人が自分の小遣いで飲み会を開いています。」

「うん、其れは分かった。でも警察官の給与は儂にも分かるが。」

預金口座に電力会社、証券会社、商事会社等からの振り込みがある事を確認させて、

「配当、地代、株式売買の利益等を妻の承諾の下に情報収集の必要経費に充てています。」

「身銭切って情報収集を?」

「はい。ケチに人は寄って来ません。ただ刑事全員にこれをしろと言う気は有りません、やる気があって家族に迷惑を掛けない程度にできるなら。」

課長はそれ以上何も言わなかった。石原部長がくれる纏まったお金や石原組の捜査費は、こういう事も有ろうかと架空の会社名で各人に振り込むことになっている。


 多分うちの係の主任2人が言い出したんだろうな。そんな事は予測済みだから問題無く空振り三振に切って取った。どうせお前等とはもう直ぐお別れじゃ。そんな事を考えていたら係が、

「済みません。主任等があれこれ聞くんで飲み会の事喋ってしまいました。係長と社長が交代で払っていてくれたんですね。僕社長の奢りだとばっかり思ってました。」

「ああ、別にかまんよ。」

【実際そうだから】


 係から主任2人があれこれ画策をしていると聞いた。僕を陥れたり排斥したりするのは失敗だったから、自分達が転勤させられない様に課長と署長に直訴して受け入れられた様子だ。係は2人が署長に何か贈り物をしたと聞いている。贈賄だ…。2人は此処等界隈の出身で誰かに胡麻を擂って頼み込んで此処に来たらしい。夫々の嫁さんもこの市の出身らしく転勤したくないみたいだ。


 課長とその2人に乗せられ、署長が僕を転勤させたいと本部の人事に打診をしたのだが、警務部と刑事部が、

「何を考えとるんじゃ!また何(なん)にもせん刑事課に戻す積りか!」

と怒ったので慌てているらしい。その話は刑事部参事官から聞いた。そこらの事を聞かれたので有りの侭を伝えたら、

「分った。いずれにしろ其処の署は人員削減になる。そこは過疎化の進行が速いから管内の人口が急速に減っとる。土居の係も主任1名減で全員が知能と暴力の兼務になるからあの2人は出す予定じゃ。今知能特捜に居る若手の主任が

『是非とも土居の下で働きたい』

言うとる。独身で身軽じゃから面倒見やってくれ。儂が見た限り見処有るし素直な奴じゃ。」

「分かりました。」

「それと署長と刑事課長は代わるけん。課長はお前が知っとる奴の予定じゃ。」

「有難うございます。」


 参事官から聞いた主任は先日の事件処理にも来ていた。周りの空気を読んで先々に動いていた印象がある。小綺麗な格好をしていたし。悪い印象は全く無い。


 課員を無視してマイペースで日々を送っている。係は腹を括ったのか主任2人とは距離を置いて、話し掛けられても素っ気無い。刑事部参事官と話した数日後僕の下で勤務したいと言っている知能特捜主任が電話をしてきた。その主任は去年4月に昇任して即知能特捜に配属されたらしい。商業高校出身で簿記の成績が良かったらしく、中央署の刑事二課で刑事に成り警察の費用で経理を学ばせて貰っていると聞いている。


 最初管区学校の前知能特捜補佐から電話があり、次いで現知能特捜補佐から。前回の贈収賄、金額は少ないが地方議員絡みで僕が一歩下がって特捜に事件処理を任せたのでそれ以来すごく懐かれている。


 知能特捜主任は、はきはきと僕の下で働きたい理由を簡潔且つ明確に話した。悪くない。じゃあ会ってみようか。僕の家が在る街で会う事にして場所は河豚屋にした。


 知能特捜主任は金曜日の夕方2時間休暇を取って特急列車でやって来て、僕と係も勤務終了と同時に署を出て主任が降りる僕が住む街の駅に行った。係には日頃からだらしない恰好をしない様に言っていて、時には安物だが見苦しく無い服を買ってやっている。今日も勤務が終わる前に一応点検したがまあこんなものだろう。


 特急列車から降りて来た主任を迎え、軽トラは駅の駐車場に停めて歩いて河豚屋に向かった。出札口を出て来た主任は僕に手土産を渡し丁寧に挨拶をしてくれた。身形もちゃんと整っている。


 土産の礼を言い互いに自己紹介をした後3人で商店街を歩いて河豚屋に向かった。

「僕この街来るの初めてなんです。昔ながらの風情がありますね。」

「出身は?」

「県庁所在地の街中です。実家は繁華街から少し西に寄った所で酒屋をしています。昔空襲で焼けてしまった場所に皆が思い思いに統一性のない建物を建てた所なので落ち着かない街です。その上バブルの時の乱開発で、近代的なビルと終戦直後建った古家が混在してカオスです。兄が家を継ぐので僕は警察官になりました。」

「ふーん。儂はこの街のずっと川上の水吞百姓の出で合格できた公務員試験が警察しか無かったんで警察に入った。行き当たりばったりで何となく今日まで来てしもうた。」


 河豚屋は座敷を用意して待っていてくれた。そう何時も何時も来る訳では無いが結構良くしてくれる。僕を敵視している国会議員がオーナーの建設会社が一番の上客のはずなのだが。


 この前水産会社の社長と来た時は北西隣の町の漁師が延縄漁で獲った南風泊行きのシロを留め置いて貰ったが今日は何も言っていない。カラスが出ても仕方無いと思ったが小さ目ながらちゃんと天然のシロを用意してくれているみたいだ。


 早速唐揚げと持ち込んだシャンパーニュ。虎河豚皮のポン酢和えと新潟の純米酒。

「2人は若いから日本酒苦手やったらビールでもええぞ、儂も若い頃は日本酒苦手やった。」

「今は何とも無いんですか?」

「何んとも無いと言うよりも、生の魚介類に合うんは日本酒が唯一無二じゃと今は思うとる。この皮は湯引きしてあって全くの生では無いが生みたいなもんじゃから儂には日本酒がええ。鑑識の定元係長なら何食わしてもビールじゃけど。」

主任が、

「じゃあ僕も日本酒で。警察の宴会で出てくる燗した日本酒って苦手なんですよ。でも実家で売ってて親父が勧める日本酒を冷やしてならいけるんですけどね。」

「警察の宴会はケチっとるからアルコ-ルや糖類を混ぜたくった安い日本酒が出るからな。あれは飲めんし無理に飲んだら漏れ無く二日酔いじゃ。」

係が、

「僕も日本酒苦手やったんですけど係長に飲みに連れて行って貰いだしてから好きになりました。美味しい刺身と係長が選んだ日本酒はバッチリです。それに係長が選んだその時毎の酒の温度も。」


 飲みながら食べながら色々話をした。

「本当に田舎の刑事課に代わって来たいん?」

「はい。ここ何年かの知能特捜の仕事を見たら殆ど土居係長が噛んでます。僕が知能特捜に来てからのこの1年でも特捜が噛まして貰ったのが1件。簡単じゃから言うて特捜抜きが1件。それ以前も土居係長のネタばっかりです。僕も事件の処理だけじゃあ無くて事件を見付けられる捜査員になりたいんです。それにこの間の贈収賄の時、係長が係の人にあれこれ経験させてあげようとされていたのが見ていて良く分かりました。」

「最初はネタ拾うても料理の仕方が分らんかった。前の補佐に何から何まで教えて貰わんとやれなんだ。こっちが負んぶに抱っこして貰うとった。」

「そこですよね。あれだけの実績上げても

『儂だけがやった』

とは絶対言わん人じゃと聞きました。じゃからこういう上司の下で勉強したいと思って補佐にお願いしたら、前の特捜補佐に話を通して貰えて今日お目に掛れました。是非とも僕を使うて下さい。」

「うん。うちの署も大分模様替えがあるらしけど、人が羨む知能特捜をたった1年で出てええん?」

「土居係長に学んでまた帰ります。」

「分った、宜しく頼みます。」

「えぇ、今の主任等2人共自分は代わらん言うて豪語してますよ。」

「来年度うちの署は定員が減る。刑事も1減になる。その1減はうちの主任じゃ。4月からは知能・暴力犯主任1人になる。」

「もう分かってるんですか?」

「うん。今日会うてみて儂がOKしたら主任がうちの係に異動になる。それ以前にあの2人は

『要らん』

言うとる。」

「僕はOKですか?」

「うん。」

「まだ言うなよ。あの2人の内示見た時の顔が楽しみじゃけん。」

主任も係も嬉しそうにしているが、主任は希望が叶いそうだからだろうけど係は主任達が嫌な目に遭いそうなのが嬉しいのかな。


係が、

「主任2人は課長に寄って行って係長が勤評に書いた自分等の評価見せて貰って、悪い評価が無かったので安心してますよ。」

「無駄に敵を作る事も無いしな。自分の本音は勤評以外で伝えとる。係の評価も勤評上悪うは書いて無いし、もう少し鍛えてみるから次の異動では残す様に本部に頼んどる。」

「ええ、そんな事出来るんですか。」

「本部では土居係長の意見は結構上に通ると皆に思われていますよ。」

「正しい意見が取り入れられんと組織の先行きは暗いわな。」


 係に、

「主任は初任科は係よりも1年後輩よの。上司が年下になるが其処等は如何じゃ?」

「其処は大丈夫です。僕は折角土居係長の下に付けたのに、あの主任2人に惑わされて無駄な時間を過ごしてしまいました。もう迷わず何でもやるんで今後共も宜しくお願いします。」

「係よりも1歳下という事は主任は巡査部長一発合格か。優秀じゃのう。儂は28まで合格できんかった。儂も25の時には1歳下で1年後輩の主任の下で仕事をした。刑事経験無しでいきなり捜査主任になった奴じゃった。昇任試験と巡査部長任用科の成績優秀で警務が抜擢して、将来管理職になるために単に捜査部門で仕事をしたという経歴が欲しかっただけの奴じゃってな、その後仕事さぼって女に会うとったのがバレて懲戒処分受けて今は鳴かず飛ばずじゃ。」


 その後は河豚刺し、河豚の焼物、河豚ちりを日本酒と一緒に楽しんだ。〆の雑炊は若い衆2人が殆ど食べてしまって僕の口には余り入らなかったがまあ良いだろう。


 その後は何時もの様に橋の袂のスナックに。金曜日の夜だから混むだろうと思って予約を入れていたのだが正解だった。僕達の席以外は満席だ。

「繁盛しとるねぇ。大儲けじゃ。この街の金が全部此処に流れ込んどりゃあせん?」

「お蔭さんで。今日は何処から始まったん?」

「河豚屋さん。」

伸子が、

「ええ~、私も行きたかった。」

「昔お前を気に入った格好ええおっちゃんに同伴誘うて貰うて行った事も有ったじゃないか。由紀は人気もんじゃから河豚屋位何時でも誘うて貰えるじゃろう。」

「今は不景気でそんな人居らん。それにあのおっちゃんは

『チビ・デブ・ハゲ』

やった。」

「今日は内緒の悪巧みが有ったんで部外者は呼ばんかったんじゃ。」


 初対面の主任を4月から一緒に仕事をする主任だと紹介して今の名刺を出させた。

「若いのに主任さん?」

「儂のこの歳の頃は一番下っ端の巡査で雑用で追い捲られとった。なんせ儂は本部で勤務したことは1回も無い。」

「土居係長は本部で遊ばしとくのが惜しいからじゃないんですか。僕の歳の頃の土居係長の放火や殺人や誘拐での活躍は今も若い刑事の憧れですよ。」

「あの頃は面白かったなぁ。次から次に重要事件が目の前で起こって、親分と若頭(かしら)と若頭(かしら)補佐に追い捲られながら仕事を教えて貰うて勉強しとった。

『あの頃は』

言い出したら儂ももう歳かのぅ。」


 係が、

「親分や若頭(かしら)って誰なんですか?」

「親分は石原さんいうてもう退職した。お前を可愛がってくれとる議員さんと儂との会話の中で

『理事長』

いうて儂等が呼んどるのが親分じゃ。若頭(かしら)は今刑事部参事官。若頭(かしら)補佐は東の方のこの県で三番目に大きな警察署で刑事課長をしとる。その人等の捜査も調べも儂なんかは足元にも及ばん。刑事に成った最初の2年間親分の後をマンツーマンで付いて行って、長い間未解決じゃった連続放火とそれに便乗した放火殺人を検挙した。儂は千切れ掛けては必死に千切れん様に付いて行くんが精一杯やったけど。それは緻密で大胆でアイデア豊富でとても儂ではようやらん。」

「噂では聞くんですけど凄い人やったらしいですね。前の知能特捜補佐も仲間なんでしょう。」

「儂が一番の下っ端。儂の一つ上が今度昇任してうちの強行係長で来る。」

「え、もう決まってるんですか。」

「うん。まだ他の者には言うなよ。営利誘拐事件で被疑者抑えて被害者救い出した人。」


 異動の話はその位にしてママや伸子達が入れ代わり立ち代わり席に来て馬鹿話をしていて列車の時間が来たのでお開きに。2人を送って駅に行き別方向に帰って行く2人に足代を渡して見送った。2人が改札口を通る前に、

「さっきの店のホステス等は一寸訳も問題もあるから深入りはするな。気はええ娘(こ)等やから飲みに行って話をして情報仕入れるのはええけど深いお付き合いはせん方がええ。」

2人は理由を聞く事無く、

「分かりました。」


 翌日土曜日、翌々日の日曜日は思いっ切り娘と遊んだ。外に出たのは駅まで車を取りに行った時だけで後はずっと娘の相手と家事をして時間を過ごし幸せを満喫。


 もう直ぐ異動だと思うと気合が入らない。ダラダラしている内に幹部クラスの異動内示が出た。署長は此処より署員が少ない暇そうな署の署長。課長は署員が30人位しかいない署の地域課長。今度の署長は前の署に居た時の最初の頃の副署長で、穏やかな人で僕に対して思う所は無いと思う。多分。次来る刑事課長はこの間まで一緒の課で強行・盗犯係長だった。今回昇任したばかり。刑事部参事官色々頑張ってくれている。係が、

「係長、今度の課長知ってるんですか?」

「よう知っとるよ。よう一緒に飲んで一緒に現場行って一緒に盗人捕まえた。」

「どんな人ですか?」

「強行畑じゃ。盗犯もやる。仕事さえちゃんとしとったら何も言わん。やらん奴・使えん奴には厳しいけど。」

主任2人は一寸心配そうだ。

【心配は要らんよ、あんたらはもう直ぐ異動じゃから】


 新任課長がやって来た。

「土居係長、お前と一緒に仕事しとった時お前が挙げてくれた実績で昇任試験合格してしもうた。暫くしたら警大入校せないかんけど、その間は副署長が課長事務取扱じゃが実質的には係長に仕切って貰わないかん。頼むぞ。」

「これまでやって来た通りで実績落とさん様にやります。なんせ以前が以前やからこれ以上落とす処が無いんで。」

「おお、頼むぞ。」


 課長ともなれば通勤は不可だが、自宅は30分も掛からない所だから僕と一緒に勤務していた時の様にほとんど毎日家に帰るんだろうな。官舎は飲んだ時の宿泊所か。署に一番近い官舎だから課長の部屋を僕の物置にしても良いな。


 午後課長の手が空いた時課長を調べ室に誘ったら、僕を嫌っている課員達が

『自分達の悪口を言われるのではなかろうか』

といった顔でこちらを見ていたが無視。

「何ぞあれ、お前嫌われとるんか?」

「うん。仕事をさぼるという調和を乱す敵じゃから。」

「そういう事か。そんなに酷いんか?」

「前の署の素人の係長と首になった主任が一杯居ると思たらええ。」


 調べ室で次来る強行係長と知能・暴力主任の事を告げた。

「次の強行係長は僕の兄弟分。次来る知能・暴力主任は中々良さそうな若い衆。今の盗犯係長は怠けもんじゃから代わって無かったら課長が追いこんでな。今の鑑識係長は普通。」

「強行係長?知能・暴力主任?変わるんか?もう来る奴分かっとるんか?」

「うん。強行係長は中央署の一課で僕と一緒に連続放火検挙したり、営利誘拐で被疑者抑えて被害者救出した僕の1年先輩。やる気と根気は十分。人柄も良好。知能・暴力主任は刑事部参事官と新旧知能特捜補佐の推薦。知能特捜1年目やけど、希望して此処の知能・暴力主任で来る。この前会うたけど良さげな若い衆やった。今居る知能・暴力係は初心者。これまでの上が駄目じゃったから3年経っても初心者マークが取れてない。でも続けて部下が駄目では僕も困るんで置いといて鍛えてみる。以上。」

「分った。」

「体制が決まって落ち着いたら警大入校前に協力者等に引き合わせとく。」

「おお、頼む。」


 課長が代わっても課員は積極的には仕事をしない。課長にも下の異動が済むまで課員を観察する様に言っている。知能と暴力の主任以下前の署長と課長に残留を直訴した奴等は、上2人が代わったので一寸だけ自分達の心配もしているが、もうここまで来たらどんでん返しは無いだろうと高を括っている。内示が数日後に迫った時僕が、

「この署は人員削減になるので刑事課も定員が減ります。さし当たっては知能・暴力の定員が4から3になるそうです。減るのは主任1名で主任の席は4月から知能・暴力犯主任になるそうです。他の係が削減されるかどうかまでは知りません。」

と言ったら主任達が、

「えっ、どちらかが転勤ですか?」

「さあ、どちらかが署内異動で他の係かもしれんし、其処は分かりません。」

【本当はお前等2人共転勤じゃ】


 一寸だけ火種を撒いてやった。他も

『人員削減』

という単語に反応して軽くだけど疑心暗鬼。

「係長、それ何処からの情報ですか?」

「刑事企画課です。」

「確かですか?」

「はい。過疎化で急速に人口が減り回復の見込みは無いしこの課の実績も低調だし。」

前半は事実。後半は事実だけどそう言われた訳では無い。

「何人位減るんですか?」

「さあ其処までは。知能・暴力の1減は確実です。」


 数日後異動の内示があった。知能犯主任は東端の署、暴力犯主任は北に在る離島の署。2人とも愕然としている。2人は、

「儂等が何した言うんぞ………。」

「何(なん)もせんかったし、できんかったからじゃないですか。」

【この位は驚愕・落胆してくれなければ。】


 結構大勢代わっていた。強行と盗犯も動きが悪かった奴等が居なくなった。でも一番動かなかった盗犯係長は残っている。課長に追い込んで貰おう。もう早速、

「盗犯の実績は同規模署の中で最低じゃ。新年度からは一日中座っとらんと外に出て盗人を探して貰う。それが出来んなら夏の異動で出て貰う。島や山奥から帰って来たがっとる者はなんぼでも居る。これまでの様な温い事では済まさん。」

うんうん。もっとやれ。


 異動の内示書に記載された巡査部長の部に在る知能特捜主任の名前を課長に示し再度念を押した。

「警務の紐が付いとるとは思うけどうちはこいつじゃけん。」

「解った。」


 署内異動はすんなり決まり新体制が出来上がった。先輩からも主任からも挨拶の電話があり、先輩は一応官舎に入るらしい。流石に管轄外の奥さんの実家から通うとは言いにくかったみたいだ。主任は署に一番近い官舎に入るらしく、先輩は奥さんの実家からは離れるが隣接する町にある広くて新しい官舎に入るらしい。2人が入る部屋が空いた後引っ越しまでに急いで部屋の燻蒸をしに行った。結構害虫が死んでいた。特に主任が入る部屋は。大部分が大小各種のゴキブリだ。


 主任が入る官舎は古くて汚かったし単身赴任だった前の住人がやりっ放(ぱな)しで出ていったので僕と係で掃除をし、頼母子仲間の建具屋と建具屋が紹介してくれた畳屋を僕が住んでいる市から呼んでふすまの張替えと畳の表替えをして貰い他の部屋よりはましになった。


 課長が、

「お前、儂が来ると分っとったんなら儂の所もやっといてくれたら良かったのに。」

「どうせ殆ど家に帰るじゃろう。寝るのは飲んだ時位じゃから、酔い潰れた人間の部屋は適当でええじゃろう。それに滅多に掃除せんのじゃけん。」

「酷い事言うのう。」

「どうせ居らんのじゃから僕が物置に使おうかと思うとった。」

「………。」


 新体制が始まった。4月1日辞令交付の日の夜、この街での協力者との懇親会を開いた。うちからの出席者は課長と強行犯係長とうちの係3名。水産会社の社長側は普段より数段数が多い。

「土居さん、土居さんに家宅捜索されとう無い者が我も我もと参加希望でな、断り切れんでこんなに大勢になったがよ。まあ土居さんには逆らわん言うちょるけん仲ようしてやってや。」

「ええ、皆が何(なん)もせんなったら僕等は失業します。折角本部の捜査二課から腕切れの知能特捜主任を呼んだのに。」

「え、この若い人が?」

「はい。泣く子も黙る元捜査第二課知能特捜主任とはこの男です。折角この街に異動して来たんじゃから腕の振るい処が無いと困るんじゃけどな~。」

皆顔が引きつり気味に笑ってる。主任も。


 まあ冗談はその位にして、

「順序が逆になりましたがこちらの一番風格がある人が今度の異動で着任した刑事課長です。」

刑事課長皆に名刺を渡しにこやかに挨拶をしている。此の笑顔に皆騙されるんだ。

「その次に座っておりますのは今度の異動で赴任して来た強行犯係長です。元々この市の出身で今は僕が住んでいる市に婿入りをしています。」

先輩も名刺を配り自分の実家がある地区名や旧姓を言って挨拶を。

「そして次が先程紹介した警察本部知能特捜主任からこの署の知能・暴力犯主任に変身した期待の新人です。受験資格ができて初めての昇任試験で一発合格した優秀な人材で、田舎に来たのは下手を打っての左遷ではありません、この街で犯罪捜査をしたいという熱意です。」

主任は、

「まだ新しい名刺が間に合っておりませんので前の所属の名刺で失礼します。」

と言いながら名刺交換をしている。そっちの名刺の方がインパクトがあるな。

「最後に照会させて頂く人物は去年から私と一緒に勤務をしてくれておりますのでご存じの方も居られるとは思いますが再度ご紹介させていただきます。」

係も皆に名刺を配り挨拶が済んだ。

「最後にこの1年皆様には大変お世話になって居ります土居です。今後ともさらなるご厚誼をお願いします。」

僕も一応名刺を配った。こんなに沢山来ると思わなかったので数が足りない。謝って新顔だけに渡すことにした。

社長が、

「こちらは大勢なので酒食を共にしながら順次挨拶をと思うちょります。まずは課長さんの挨拶と、今度来なはった係長さんの発声で乾杯からお願いします。」


 いつもの料亭の座敷を通しで使って、料理も何時に増して豪勢だ。魚介類はお手のものだから新鮮なものが並んでいる。本当は熟成をした方が好みのものもあるけどそれは言えないので歯ごたえを楽しんでいる。


 社長が元々日本酒にうるさかったので良い酒が出ていたが、天桜から僕に届く酒を飲み始めてから行きつけの酒屋にあれこれ言ったらしく一層良い酒が出ている。


 段々座が解れ互いに移動し話が弾んでいる。主任はもう周りに溶け込んで笑いながら杯を干し初対面のおっちゃん達に臆することなく皆と言葉を交わしている。中々やるな。係は気に入ってくれた市会議員から初対面の人達を紹介して貰いこれもそこそこ知り合いが出来ているみたいだ。


 今日は大勢過ぎて何時ものスナックに揃ってというのは無理なのでこの店での宴会が終わればお開きに。僕は列車で自宅に。課長と主任は歩いて官舎に。先輩と係は官舎と独身寮が近いので連れだってタクシーで帰って行った。


 翌日からは平常通りの勤務。数日間は身辺整理と集めて回った基礎資料で管内実態の説明。課長も来て基礎資料に目を通している。一通り目を通した後強行の前から居る係に、

「強行の基礎資料も見せてくれ。」

「あ、いや、何のですか?」

「管内の防犯カメラ設置個所や公衆電話の場所や色々あるじゃろうが。」

「そういうのは作っていません。」

「何、突発的に事件が起こったら如何する積りじゃったんぞ?性犯罪前歴者方の住所地一覧は?」

「あ、いや、作っていません。」

「強行係長、早速基礎資料作って揃えてくれ。」

「はい。前の署で作った様式に当て嵌めてパソコンでデータ管理します。」

「盗犯係長、窃盗の発生状況の資料出してくれ。」

「はい。これです。」

「これ本部から送ってきた盗犯日報綴っただけじゃないか。」

「はいこれが発生状況です。」

「うちの署での発生状況じゃ。非侵入や乗り物の発生は何処で見るんじゃ。地図付けて無かったら相関関係が分らんじゃないか。」

「………。」

「作れ!」


 前の様にはいかんぞ。課長は次から次に盗犯係長に質問をしてこれまでの怠慢を暴き出している。盗犯係全員が

『これはヤバイ』

の顔をしているが、ずっとぬるま湯に浸かりっ放しだったので如何して良いか分からないみたいだ。


 さあ体制も一新したので心機一転仕事をするか。主任と係を調べ室に呼び作戦会議を開いた。まず1点目は

『暴力団登録がある者の窃盗事件』

ヤクザの金貸しの手伝いをしていた若い衆2名が、雇用主の商売がうまくいかなくなって窃盗に手を染めているらしい。僕が住む街の屑鉄買取業者が、何やら出処が怪しい金属を持ち込む若い衆2人組の情報をくれた。買取時に確認した氏名生年月日を見るとこの前公妨で逮捕した奴だ。盗犯係の実績向上は手伝いたく無いが、暴力団登録がある奴等だから捨て置くのも勿体無い。調べは当然うちでするが、窃盗犯検挙の原票を切らせるてやるのが腹が立つ。でも手口は多分かっぱらいで、非侵入の可能性が高いからまあ良いか。係に奴等の行確をする様に指示。間違っても盗犯係に気付かれて攫われない様にすることを念押し。


 もう1点は

『課長の自宅がある町の町立病院の医療機器導入に関しての贈収賄容疑事案』

これは親分が高校の同級会に出席した時に聞き込んで流してくれた。高校時代の同級生で県立病院に勤務するお医者さんが

『医療機器販売業者から検査機械の売り込みを受け接待のお誘いがあったが断った。売り込みを受けた機械より優秀な製品が他社にあり自分の処だけでは無く他の病院も自分が優れていると評価した機械を導入したがその町立病院だけが接待の誘いを掛けて来た業者の機械を採用した。その病院でも院長や担当する医師は親分の同級生が勤務する病院と同じ機械の導入を希望したが事務長が押し切った』

といった内容だった。此方は主任に捜査を指示。


 この件は発生地が管轄外だからある程度捜査をして目鼻がついたら主任の判断で古巣の知能特捜に応援を求めても良いと言い渡した。発生地も関係者の居住地も管轄外ではそうするより他は無い。内容は告げて無いが

『捜査のために主任の出勤が不規則になる』

と課長に告げて了解を得ている。差し当たっての捜査費も渡した。


 係は不満そうだ。上司ではあるが年下の後輩が贈収賄に発展しそうな事案を任されて、自分はチンピラのせこい窃盗事件なのが気に入らないみたいだ。ついこの間

『もう迷いません何でもやります』

って言ったばかりなのに。今休んでる奴も身の丈に合わない仕事をやりたがる奴だった。如何して自分の分を弁えないかな。まあ僕にもそういう時があったから何とか手を引いてやらないといけないか。


 主任は張り切っている。いきなり贈収賄の端緒を渡され、ある程度自由に動き判断をする権限を貰った訳だから。本部では貰った事が無い金額の捜査費も出たし。僕のポケットマネーだと思っているから遠慮をしたが無理に押し付けた。


 主任は早速隣町の町立病院に診察を受けに行った。以前逮捕術の練習中に傷めていた右肘の不調を訴え

『以前治療を受けた病院の治療では今一つ調子が戻らないのでこの病院を勧められた』

と申し述べて。


 主任は診察を受けた後週2回リハビリを受けにその町立病院に通い、何度もは通わない内に其処の理学療法士や看護師と仲良くなって飲みに行っている。


 事務長の評判は最悪レベルらしい。町役場では建設課勤務が長く医療の業務については何も知らないのに何にでも口を挟んでくるらしく、これまで消耗品を納入してきた業者を切って自分の知り合いらしき業者に変えたり、患者の食事を作る調理師に自分の知り合いを勝手に採用したり。


 主任が事務長が利用していそうな金融機関に照会を掛けたが、不審な金の出入りがある口座は無い。何百万、何千万なら振り込みもあるが数十万までだと手渡しが普通だな。


 主任が秋にその町立病院で別の医療機械の更新がある事を聞き込んできた。今度は額が大きく入札になるらしい。そこを狙うか。


 では先ずは手っ取り早く屑鉄泥棒を片付ける。係は何も有効な情報を掴んで無い。僕が聞いた処では僕の家が在る街の屑鉄屋に毎週の様に色々な種類の金属を売りに来るらしい。屑鉄、銅線、ステンレス片e.t.c。主任に一寸の間隣町を外れ僕を含め3人でマル暴窃盗団の行確をする様に指示した。


 奴等のヤサを張っていたら深夜にボロ車で出掛けて行った。暴走族が好むタイプの車だ。こんな車に重量物を積んだら腹を擦るんじゃないかと心配になる。港近くの埋め立て地に在る造船所に入って行った。工場荒しか。侵入窃盗になってしまうじゃないか。侵入窃盗の原票を何もしない盗犯係にくれてやるのは業腹だが仕方無い。


 奴等が車を停めた所で3人が隠れて待っていたらドンゴロスに鉄屑を詰めて戻って来た。大汗かいている。3人で押さえつけて身柄確保。行確に出る時パトカーに、

「用事が出来たら呼ぶので市街地近辺に居る様に。」

と言っておいたので、無線で呼ぶとすぐ来た。それも2台も。

「被疑者は2名居るから検挙実績は4人で0.5ずつ計上する様に。」

と言って主任と係もパトカーに同乗し身柄を連行した。


 僕はこの場に残り工場関係者を呼び出して被害確認と被害届の受理。被害品があった場所等を説明させて、呼び出した鑑識係と簡易実況見分をして帰署。身柄を抑える時被疑者の素手をそこらのガラスに当てさせていたのでそこから鑑識に指紋を取らせて鑑識の被疑者指紋確認件数も計上できる様に配慮した。事件送致には使えないけど。足跡の確認件数も。


 取り調べもこちらでする積りだったのだが、もう既に暴力団に認定されている奴らなので盗犯係に引き継いだ。隣町の事も気に懸かるので。今度来た盗犯主任がまあまあまともそうなのでそいつに引き継ぎ。暴力団被疑者検挙の原票が切れれば僕達としては問題無い。町立病院の件が進んでいないからこんなことに手を掛けてはいられない。


 盗犯は課長に尻をバーナーで焙られているので主任以下必死だ。でも係長は相変わらず抜ける手は皆抜こうというのが丸判り。課長がこれでもかと責めるのだが応えない。これはこれで一つの才能だな。僕が駆け出しのころの強行一係長を彷彿とさせる。


 強行犯係にも困り事の相談というか被害届というか届け出があった。猥褻事案なのだが実行行為が少し弱い。市の南東部に在るJRの駅近くで朝出勤中の若い女性のお尻を後ろから来たバイクに乗った男が追い抜きざまに1~2回ポンポンとタッチして行くという事案だ。猥褻というには行為が弱い。


 強行係長どう対処するか思案中。バイクのナンバーが分かっていたので照会して所有者が判明。運転免許で人定確認をすると目撃された人相風体に合致する。何処かで聞いた名前だ?


 その名前は今僕達が探っている隣町の町立病院の調理師だ。事務長が勝手に採用した調理師がそんなんな名前だった。主任に確認するとビンゴ。

「強行係長、その事案僕に下さい。」

「えぇ、如何するの?」

「一寸考えがあるので。課長、ええでしょう。」


 課長は即答で、

「おぉ、任すけんやってくれ。強行係長、土居係長にその件遣ってくれ。」

強行係長は首を捻りながら、

「分かりました。」

そして僕に、

「見学してもええ?」

「良いですよ。」

うちの主任と係も首を捻っている。


 事案が発生しているのはこの市の南東、隣町に近い集落のJR駅近く。その集落に住む若い女性が市街地に通勤するため自宅から駅に向かう途中後ろから来たバイクの若い男に軽くお尻をタッチされたそうだ。今回が初めてでは無く以前にも同じ事をされた経験があるらしい。只軽く叩く様に触れられただけで掴まれたりなで回されたりはしていないらしい。強行係長は其れを猥褻行為として立件するには如何かと思っているみたいだ。それは僕も同意見。


 僕はその男に町立病院に採用された時の事とか、町立病院事務長の普段の生活等を聞き出したいだけで、猥褻で立件する気は無い。二度としない様に脅しを掛けて処分保留で良いだろうと思っている。


 翌朝から主任と係を連れて張り込みを始めた。相手がバイクだから逃げたら追い掛けられる様に係にはバイクで来させ、僕と主任は軽トラで。主任には私物のビデオカメラを持たせている。


 1日目は女性が駅に着いた後にバイクが来て空振り。2日目は雨。傘が邪魔で近寄れないだろうな。週末は女性がお休み。週明けの月曜日女性が一人で歩いて来た。バイクが接近。バイクは音がするんだから気付かないんだろうか。気付いて避けられたら空振りになる。バイクが真後ろに来た時やっと気付いたみたいだ。立ち止まって振り返った処を、軽く2回お尻を叩く様にタッチ。追い抜き様に片手を上げて真っ直ぐ逃走。


 犯行を見届けてから僕と係がバイクの前に立ち塞がり停車させた。警察手帳を示し、

「何で止められたか分かっとろうな。」

「あ、はい。………。」

「暴行容疑で現行犯逮捕する。午前7時35分。」

僕の腕時計で時刻を確認させて告知した。


 男は驚愕している。

「た、逮捕ぉ~。」

「何もして無いとでも言うんか?」

「あ、いや、軽く触っただけやけん。」

「お前の言い訳と言い分は署で聞く。」


 今回もパトカーに用事が出来たら呼ぶと言ってあったので無線で呼んだら直ぐに来た。今回は、

「1台でええよ。」

と言ってある。パトカーは労せずして刑法犯検挙実績が転がり込むから喜んで来る。


 主任は被害者に事情を説明し同行を求めて同意を得た。主任は背がまあまあ高くさわやか系だから女性相手はこれからも任せよう。主任はパトカーに同乗。係はバイク。僕は軽トラに被害者を乗せて本署に。途中被害者の勤務先に架電して事情を説明し用件が終了すれば職場まで送ると伝え了承を得た。


 強行係長が驚いている。

「ポン、ポンで現行犯逮捕?」

「うん。女性の身体に有形力を行使した極悪人。」

課長は笑ってる。

「逮捕上等じゃ。勾留は一寸一寸やけど。」

「うん。僕が聞きたい事があったけん無理に来さした。」


 係が調べをしたがったが、こいつ何も解って無い。簡単そうに見えて自分でも大丈夫だと思ったんだろうな。用事が無かったらこんなん逮捕せん。主任は僕が、こいつと事務長の関係をそれとなく聞くのだろうと言われなくても分かっている。


 係に説明をすると其れを皆に言触らし、回り回って被疑者に伝わる可能性が有るので無視。説明は町立病院の件が終わってからだ。でもその間気付かずに終わるのならそれも問題だな。


 係は調べに立会したがったがそれも無し。

「前回係が立会したから今回は主任。順番じゃ。」

主任には被疑者の供述を聞かせておく必要がある。僕が聞いたことを主任に伝えるのは二度手間だし、直接聞かせた方が良い。係は不満そうだ。面倒臭い。やっぱこいつ残したのは失敗だったかな。でも2回続けて部下が潰れたら僕が悪いみたいだし。


 暴行は現行犯だから何の問題も無い。過去に何回かやった事があるという供述を得て常習性を付ければそれで終わり。調べの間に町立病院の調理師になった事や交友関係、近所づきあい等をそれとなく聴取。


 主任が係に注意をしてくれた。何のためにこんなどうでも良い事件で身柄を取ったのかという事と、日頃捜査で見聞きしたことを簡単に周りに漏らしている事等について。


 係は言われて初めて分かったみたいだ。僕に謝りに来た。

「儂は最初から考えて動けと言うとる。お前は説明してくれたらという気もあるじゃろうけど、説明したらそれをすぐに他のもんに言いそうやったから言わんかった。」

「はい。今度から気を付けます。」

「儂はやらせてやれる事は極力やらせてやっとる積りやったんやけどな。」

「はい。」


 被疑者が町立病院に採用になった経過は、年が離れた姉と事務長が知り合いだった事かららしい。被疑者の姉は隣の町の駅前でスナックをやっており事務長は其処の客らしい。県庁所在地に在る調理師を養成する専門学校を卒業した後安い給料で料理店の下働きをしていた被疑者を姉の頼みで採用して貰った様子だ。


 今回の犯行は最近家族で被疑者が住む集落に引っ越してきた被害者が可愛かったのでつい触ってしまったという事らしい。この位なら良いかなとも。


 気に入ったんなら玉砕覚悟で行かんかい!まあ僕もそんな事は言えないけど。まあ玉砕はした。通り掛りの女性のお尻を触って逮捕された奴という汚名付きで。


 主任はまた町立病院の捜査に戻った。お触り男の姉のスナックにも行ってみたらしい。弟が来たらまずいなぁと思いながらも。

「今後お金払って行くのは一寸。」

と言っていた。病院内の噂では事務長とその店のママは怪しいらしい。只噂だけで誰もその店に行った事は無いそうだ。事務長は飲み会の後等には必ずといって良い位寄っているらく、主任が聞き込んだところでは町内の建設業者が集まる店だそうだ。機器導入だけでは無くて叩けばあれこれ出そうな奴だな。


 主任がリハビリに行くと怪しい医療機器販売業者の名前が書かれた車が駐車場に停まっていた。暫く駐車場の片隅から様子を窺っていると事務長と男が1人病院から出て来て、男が1人で車に乗ったので主任が後を付けるとその町では一番古くから在る旅館が経営するビジネスホテルに入って行った。


 主任が病院に帰りリハビリを受けた後外で待っていると、執務を終えた事務長が封筒を抱えて退出し徒歩で最寄りのJR駅に向かった。普段車で通勤しているのに今日はJRという事は飲む予定があるんだろうと思い付けることにした。病院は街の外れ、僕達の署がある市との境目に近い所に在り近くに普通列車だけが停車する駅がある。そこから町役場がある方向行の普通列車に乗ったので主任も乗ると1駅南の町役場近くの特急も停まる駅で降車した。


 後を付けると駅前の料理屋に入り2時間足らずで出て来た。出て来た時は医療機器販売業者が一緒で、事務長が持って出た封筒が業者の手に渡っていた。2人は其の儘歩いて、お金を払ってまでは行きたくないスナックに入った。明らかに場にそぐわない主任が其処に入るのもはばかられるし顔を覚えられたくなかったので入らなかった。それで良い。


 主任の報告を聞いて

『競売入札妨害』

をやってると思った。主任もそう思ったみたいだ。でも確信が持てないので迷ってるみたいだ。

「やらずに当たってたらまずいけど、やって外れるのは仕方無い。」

「分かりました。知能特捜に共同捜査を持ち掛けます。」

「うん。主任からの要請で。責任逃れをする積りは無い。当たりなら其の儘。外れたら儂が責任を取る。でも多分当たりじゃ。」


 主任は直ぐに知能特捜に電話を入れ、補佐との面会を取り付けた。主任に翌日1泊の出張をさせて、午後知能特捜補佐と打ち合わせをさせてから夜は若竹と舞で二人が懇親会をする様にセットをして。主任には課長と署長室に行かせて現在までの捜査状況を説明させる事にした。課長が、

「お前は行かんのか?」

「これは主任の事件やから。署長に二の足踏まさんとって。」

「分かった。」

許可は出た。


 出張の日午前中再度打ち合わせをした後捜査費を渡して、

「若竹と舞の勘定は儂が後で払う。その事は女将さんとママに伝えてある。実家に泊まってゆっくりして来い。翌日は自由じゃ夕方までに帰って来て署長と課長にだけ報告をせい。」

「分かりました。」


 捜査対象箇所も関係者の住所地も管轄外なので後はお任せ。主任は翌日午後知能特捜数名と主任で医療機器販売会社の近辺、社員の住居等を確認して帰って来た。署長室に課長と一緒に報告に行かせたら、署長が主任の説明が分かり易いのに驚いていたそうだ。


 主任は係を飲みに誘ったみたいだ。係が僕にそのことを告げた。署の近くの時々僕が2人を連れて行く小料理屋で、他言無用を告げた後

『今回の出張の内容を話せるとこだけ簡略に』

『この件に限らず捜査状況を軽々に話すのは良くない事』

等を言われたらしい。

「それでどう思うた?」

「はい。自分が軽い事が良く分かりました。」

「まあ、そう落ち込む事は無いが

『こいつに大事な事は言わん方はええ』

と思われん様にするのは大事な事じゃ。でも一度落とした信用は直ぐには戻らん。様子見ながらじゃ。

『自分がするべきことを考えろ』

そしたらお前にも大事な仕事が回って来る。」


 それ以後係は後輩ではあるが主任の仕事ぶりや言動を注意深く見ている。自分に何が足りないのかが分れば良い。主任は僕が主任と同じ年齢だった頃よりずっと良くやっている。係はどうなんだろう。係が居ないところで主任に聞いたら、

「もっと酷いのは沢山いますよ。係長や強行係長は凄い人に囲まれていたから基準が高いんです。」

「そうよのう。確かにこれまで一緒に仕事をした者の中にも酷いのは居った。親分や兄貴分等を基準にしたらいかんのかもしれんな。自分自身があの人等の足元にも及んで無いんじゃから。前の署でもその前の署でも不祥事起こした刑事課員が居ったしな。しかしまあ係も何とかしてやらないかん。儂よりも主任の方が上司らしい。頼むぞ。」


 それから暫くして主任は古巣の知能特捜への派遣になった。異動してすぐに事件を抱えて帰って行った。胸を張って帰れるな。係は何か言いたそうだが、

「此処は学校じゃない。刑事課員は学生じゃないんじゃ。各人が猟犬じゃ。獲物沢山咥えて帰った奴が勝ちじゃ。猟師は間違いなく仕事をすると思うた猟犬に仕事を渡す。全員に順番にじゃない。仕事が欲しかったら力を付ける事じゃ。猟犬に力を付けるんは猟師じゃろうと思うとる内は駄目じゃ。自力で認めさせろ。儂等もそうやって何とか使える猟犬になって、猟犬長いことやってから猟師になったんじゃ。儂は最近やっと猟犬を使えるようになった処じゃけどな。主任は直ぐに猟師になるぞ。お前も早う独り歩きできる猟犬に成れ。」


 知能特捜と主任はこの件の関係者を嗅いで洗って回っている。業者等は特に用心して動いている様子は無いらしい。そうする内に入札の日が来た。捜査対象の業者が落札した。落札価格は最低入札価格の百円上。こんな見え見えの事をよくやるよ。落札した業者は最近新規に事業を始めた処らしく、他の業者からは相手にされていないらしい。


 早速着手。素人だから直ぐに自供したらしい。場数踏んだ会社なら実行行為者が

『自分が考えて実行した』

と言い張ってそこで収めるのだが、素人だから上も横も皆うたってしまったらしい。こういう時のための弁護士も用意して無く、慌ててどうにもならない弁護士に依頼してしまい、刑事事件に不慣れなその弁護士は混乱を助長するだけだったらしい。


 事件送致後表彰をと言ってきたので、主任と係に貰う様にした。係が、

「次は僕が特捜に出向します。」

と言うので、

「今の儘では出せん。儂が最初に持った部下も他人ができることは何でもできると思いやりたがる奴じゃったけど、結局何もできんで勝手に落ち込んでもう1年半くらい休職中じゃ。自分の現状を客観的に見ろ。儂ができると判断したら嫌じゃ言うても行かす。」

不服そうな顔をしたので、

「今休んどる奴も

『駄目』

言われたらすぐに不服そうな顔をする奴じゃった。何で

『駄目』

なのかを考えん奴に進歩は無いな。係の替えはなんぼでも居るんじゃ。」


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