部下の教育
管内に住む他所の暴力団関係者が無許可で法に定められた上限を超え金貸しをしている事が分かった。主任・係3人で立件させることに。これまで何もして来ていなかった部下たちを鍛えなければ。
スナックのママさんから呼び出された。
『相談したい事がある』
との事だったので仕事中の午後、喫茶店で話を聞こうとしたら
『人に聞かれたくない話なので』
と言うので港の外れに在る人気が無い波止の近くで待ち合せた。
約束の時刻にママが現れた。ホステスさんを連れている。僕の席に来てくれて僕と言葉を交わした事もあるホステスさんだ。ママはちょっと派手な真紅の外車。僕は何時もの軽トラ。
「これ土居さんの?」
「うん。通勤にも釣りにも野荒しにも。」
「へー、土居さんだったらもっと高級車に乗ってるイメージだったのに。」
「家で使ってるもう1台も普通のファミリーカー。」
「何かイメージが違う。」
「僕は清く貧しく正義を愛する公務員だから。」
「よく言う。」
波止の近くに止めたママの車の中で話を聞いた。
「この娘の母親が余り出来が良く無くて毎日パチンコ屋に入り浸っていて、遊ぶ金をヤクザに借りて返せなくなっているんよ。そしたらヤクザがその借金をこの娘に
『肩代わりしろ』
って言って来て困っているんよ。」
ホステスさん半泣きだ。何とかしなくてはいけないな。相手が暴力団なら僕にも利がある。
話を聞くとそのヤクザは天桜が在る市に終戦直後からある地元の独立組織の元組員だ。組からは離れているが周辺者として今も暴力団登録がある。組員だった頃は以前未解決殺人事件捜査で会った事がある現市会議員の下だったと聞いている。
「うん。何とかせないかんな。でも今日明日いう訳にはいかんのじゃけど。」
「しばらく家に泊まらそうと思うとる。」
「うん、そうしてあげて。」
そのホステスさんとその母親の人定等を聴取して署に帰った。
署に帰ると3人共暇そうに何もせずに席に居た。
「仕事を拾ってきました。3人で事件にしてください。事案は暴力団登録がある奴が無許可で高金利の金を貸し、本人以外の家族に取り立てをしているという分かり易い事案です。」
3人とも何も言わない。被疑者と被害者の人定、事案の概要を伝えたが3人共メモを取っていない。
「メモ取らんで大丈夫ですか?」
「あ、いや急に言われても。」
「でも指示事項のメモ位は言われんでも取るでしょう。」
「あの、3人だけでですか?」
「はい、難しい事案では無いから。」
「高金利はやった事が無いんで。」
「この間僕からしたらちょっと厳しいかなと思った叩き割りを
『自分が調べます』
といとも簡単に言うた位やからこんな単純な事案位二つ返事じゃ思うたんですけどね。」
「あ、あれは思い違いをしてました。」
「係はまだ未経験じゃろうけど、主任2人は僕より捜査経験が長いんじゃからこの位の簡単な事は自分達だけでやってください。僕もバックアップはしますから主任さん2人が主導で3人が協力して掛ってください。その間書類の処理等は僕がしますから今から早速。」
3人とも動かない。
「これは極簡単な事案ですよ。経験が浅い係員に指導を兼ねて暴力団と経済事案特別法犯の検挙とになるんじゃから知能犯主任と暴力犯主任がやらんで誰がやるんです?」
返事が無い。課員が雰囲気に気付きこちらを見ている。
「やりたく無いんですか。できんのですか。」
「ちょっと自信が無いんで。」
仕方が無いんで係に、
「儂等2人でやる。」
「はい。分かりました。」
主任2人が、
「儂等も手伝います。」
「4人掛でする様な事案じゃ無いです。去年までなら自分1人でしとりました。」
係に、
「調べ官は係じゃ。儂が粗筋書いて裏付けもする。まずは明日肩代わりを要求された借主の娘の調書から。次の日は借主。この2人の調書は儂が。儂が調書録る時一緒に居って事案を腹入りさしとけ。そこから逮捕状取って係が被疑者を調べる。主任2人は普段の自分の仕事をしてください。」
もう一度係に、
「やれるな。」
「はい。」
「ええ返事じゃ。まあ儂が付いとる。」
翌日ママの処のホステスを呼び出して調書を録り、翌々日はその母親の調書を録った。被疑者調べるよりもこのお母んの調書が難儀じゃ。自分勝手で平気で嘘を吐いて警察を利用して借金帳消しにしようとしているのが丸判り。
終わった後横に付いていた係が、
「僕あんなお婆の調書よう録らんです。」
「うん。否認する被疑者より質が悪い。」
「調書録るのって辛抱が要るんですね。」
「そうやな。被疑者より、質の悪い被害者の調書の方が難儀で辛抱が要る。」
「僕大丈夫ですかね。」
「今からもう弱気か?」
「………。」
「儂が初めて逮捕被疑者の調べ官になったのは25の時じゃった。殺人の被疑者じゃったが何とかなるもんじゃ。お前はもう既にこの間逮捕被疑者調べとるじゃないか。」
僕が兄貴分にさせられたように取り調べノートを作らせて、僕がして貰ったように導いていく事にした。
被害者の調書等を基に被疑者の逮捕状を取った。自宅のガサ状も。一応暴力団登録が有るから帳簿やメモ類の他に拳銃も探してみるか。一応。先日の件が有るから課長も協力的だ。
手を揃えて朝からガサに行った。被疑者が手先に使っているガキ共2人が泊まり込んでいたから丁度良い。ガキ共の手前黙って見ている訳にはいくまいから少しは抵抗するだろう。
案の定横着を言った。只流石ベテラン、口だけで手は出さない。しかし経験が少ないガキ共は親分が抵抗するので自分もと思ったのか僕の胸を突いて来た。思う壺。突いた腕を捻ってねじ伏せて、
「公務執行妨害現行犯で逮捕する。」
それを見たもう1人が助けに来て僕の胸倉を掴んだので殴り倒して、
「公務執行妨害現行犯で逮捕する。」
皆唖然としている。こうなれば良いと思って大勢連れて来たんだ。
被疑者も唖然としてこれ以上逆らうとヤバいと思ったのか静かになった。
「横着言うの止めたんか。もっと言えや。グズグズ言うとったらこの件が済んでからもお前を付け回すぞ。身動き取れんようにしてどんな些細な事でも引っ張ってやる。お前も元は代紋持っとったんなら自分の損得考ええ!」
それから後はスムーズにいった。何から何まで必要が無い物まで言い掛りをつけて押さえてやった。当分返してやらん。借金の督促も暫くできんだろう。
公妨のガキ共はこの間まで自分が居た署と南のこの辺りでは一番大きな署に分散して委託留置をし主任2人に調べに行かせるようにした。
「事案は見た通りです。実に簡単な事案です。こいつ等未登録だから本部で暴力団登録をして貰ってから原票上げてください。」
本犯は係に調べさせて、最初は雑談だけ。必要事項を箇条書きにして、
「これに沿って話を聞き聴取事項を毎日ノートに書き出し儂に見せろ。」
と言ったのだがまともに話が聞けてない。
「此の前暴力団の傷害調べさした時書き直ししもってでもできたじゃないか。」
「あれは暴力主任が自分の調べに合わせてこう書け言うてくれたんで。」
呆れたもんだ。
「出来んのなら早目に言え。起訴までの時間は決まっとる。」
仕方が無いから僕が被疑者を脅しにいった。
「この刑事さん若いけん思うて舐めとったら承知せんぞ!せっかく穏便に済ましてやろう思うてこの刑事さんに任せたんじゃけど其処が分らん様なら儂が徹底的に追い込んでやる。この件だけで済むと思うなこの件が済んでも毎日付け回してシノギできん様にしてやる。儂は世間では鼈言われとるんじゃ。」
まあそれからはぼちぼち。係が聞いて足りない処だらけなのでノートに一々赤で書き込みを入れ何とか調書にさせた。結局僕が調書を録ったのと一緒だ。間に素人をかましたのでので酷い手間だ。まあやらせると言ってしまったので仕方ない。でも、
「これを自分がやったとは思うなよ。3年目ならもっとできるのが当たり前ぞ。儂が25の時の課長ならお前の調書は破り捨てられとる。」
釘は刺した。
主任2人も手間取っていて、暴力団登録認定を突き返されている。仕方ないのでこれも僕が通るように書き直して認定して貰った。この2人には言っても仕方ないから放置。次の異動では代わって貰おう。
事件を送致したが疲れた。自分1人でやった方が何ぼか楽だ。3人には、
「捜査係としての能力が全然足りていません。餌が取れんのならせめて後片付け位は上手にしてください。」
結局、母親には元金だけを真っ当な手段での返済要求。娘に肩代わりさせようなどとは言語道断という事で決着。でもあのお母ん相手に穏やかに返せと言っても返えっては来ないだろうな。
主任2人はこの歳になってこれだから今更期待はできないので無視。係も今一つ閃きが感じられないがまだ3年目だからもう少し長い目で見るか。
主任2人に伸びしろは無いので指示した事をやらせるだけ。それも満足にやり兼ねている。細かい指示をしてもそれができない。自分でネタを拾うなど夢のまた夢。言っても仕方が無いのでもう何も言わない。係も今一だが放っとく訳にもいかないので時々連れて出ている。時々やることを指示するのだがやはり上手くやり兼ねている。これは自分が半人前以下だという事を思い知らせるためにやっている事なので仕方無い。口で
『これも出来んのか』
と言うと角が立つので、自分が駄目だという事を自分で判るように仕向けている。
何か係のトレーニングに手頃な事案は無いかと思っていたら首になった漁協の元専務理事に集っていた市議会議員が市の職員を圧迫する様な言動をしたという話が入って来た。市議会議員の事なので水産会社の社長に頼み社長と親しい市議会議員を紹介して貰ってそこから探る事にした。
話を持ち掛けたら案の定宴席付きになってしまった。社長が、
「土居さん、儂には会社の接待費いうもんがあるんよ。土居さんは自分の小遣いじゃ。土居さんの気持ちはよう分かったけんこれからは儂を身内のおっちゃんじゃ思うて接待費を使わして貰えんじゃろうか。」
「有難うございますじゃあ今回はお願いします。」
「今回だけじゃ無くて此れからずっと。」
「うーん。貰うばっかりは続けられんので僕が誘うた時は僕でお願いします。社長のお誘いの時はお任せします。」
「遠慮せんでええんよ。」
「親しき中にも礼儀ありで、僕にも分相応な感謝の気持ちを表わせさせてください。」
「分った。やっぱり土居さんは違う。そんでも若竹や舞の勘定1回分は此処等の店の何遍分もに成るんじゃないかいのう。」
「正直に言います。僕はどちらも特別な割引会計なんで。社長が自分で払うと結構な額になるけど僕ならそうでも無いんで。」
「いや、此の前何人かで行ったけど思うたよりは安かった。」
「まあ僕がお世話になってる分は手心加えてあると思いますけど。」
「それでか。それなら尚の事この街での分はうちの会社で。」
「まあそこらはその都度でお願いします。」
一番最初に連れて行って貰った店に案内された。
「土居さんが若竹や天桜の常連で料理も酒もよう分かっとる言うたら此処の板前緊張しとる。」
「僕は口が卑しい只の酒飲みで食通じゃないからそんな心配は………。」
市議会議員がやって来た。その市議会議員が一寸僕の事を警戒している。挨拶の後飲みながら話をしていたら、僕の家がある市の北西隣の町から出ている国会議員の支持者なのが判った。それでか。
「いや、土居係長さんは怖い人じゃいうて聞いとるもんじゃけん。」
「そんな事は無いですよ。僕は世話になっとる社長を困らす様な事はしませんから。」
「うーん。自分の家が在る市の市長や東側の町長や村長が土居さんの家のダイニングで一緒に酒飲みながら晩飯食べるそうじゃないですか。」
「ええ~、そんな話が。」
「此の前の警察の異動で隣の市から土居さんいう敏い刑事さんが代わって来た言う話になって、それも知能の係長じゃいうもんで皆一寸気になって。それで此処の市長が隣の市長と会うた時にそれとなく聞いたらそんな話が出たらしいです。」
「法に触れる事さえせんかったら僕は無害です。」
社長が、
「土居さんは筋は通すけど無体はせん人じゃ。そこは儂が保証する。」
「市議会議員と会いたいいうのは何かあったんですか。」
「うーん。腹の探り合いしても仕方ないんで正直に言います。ある市会議員さんが職員に威圧的な言動をしたいう話を聞いたもんじゃから。」
「あの男には困ったもんです。まだ1期目のくせに偉そうにして。」
「元々偉そうにしたい人間なんですか?」
「はい。市会員議になったんも偉そうにしたいんと楽して何ぞ銭に有り付けんか思うただけです。」
仲が悪そうだな。ラッキー。
「首になった漁協の専務理事とは仲が良かったみたいですね。」
「首になったんじゃ無うて土居さんが首にしたんじゃないですか?」
「犯罪を犯した相応の罰を受けただけです。」
「まあそういう事で。」
まだ警戒は緩んで無いな。ゆっくりとだ。
最初にシャンパーニュが出て来た。
「これは若竹の女将さんが勧めてくれたがよ。土居さん好みじゃろう言うて。揚巻と合う言うとんなはった。」
「へぇー。」
「土居さんと一緒に飲んでから儂もシャンパーニュが気に入ってしもうたのがよ。」
「嬉しいですね。僕も最初に付いた主任さんに飲ませて貰ってから嵌まってしまって。」
市会議員が、
「儂はどうも苦手じゃ。甘ったるうてなんか気持ち悪い。」
「それはクリスマスの頃に出てくる名前を騙っただけの訳が分からん安い発泡酒でしょう。まあこれを飲んで見て下さい。」
「まあ騙された思うて飲んで見んかい。」
議員さん恐る恐るグラスを口に。
「ありゃ、美味い。」
「そうじゃろう。」
「議員さん。此の揚巻を食べてもう一杯。」
「ありゃりゃ、どっちもがもっと美味うなった。」
「何処の揚巻でもええ言う訳じゃあ無うて此の店の揚巻ががええんじゃそうじゃ。」
「ふーん。」
そこから少し話が弾み始め酒も進みだした。アジ、鱧、カンパチ、此処の港に上がる魚が次々と。流石この街一の水産会社の社長の座敷だ。
「土居さん家で料理をするいうて聞いたんじゃが、魚も捌くん?」
「はい。若竹や天桜での見様見真似で。」
「道具は?」
「知り合いで手広く事業をしてる社長さんがプロが使う包丁を一通りくれたんで。鱧の骨切包丁もありますよ。上手く使いこなせんけど。」
「プレゼント?」
「いや、その人が始めた飲食店のうちの1軒が思った程上手くいかんかって、早々に店じまいする事になってまだ新しかった備品の包丁や入れ子鍋、ばっこ柳の大きなまな板まで貰いました。」
「そらすごい。」
「気前がええ社長さんやな。」
「県庁所在地とその東方面のパチンコ屋から始まって今は介護福祉事業、産業廃棄物処理、不動産、貸しビル、レジャー施設、飲食店チェーン、船舶のリース、目一杯手一杯にやってます。」
「え、土居さんあの会社の社長さんと知り合い?」
「はい。10年位前に知り合って何かと可愛がって貰っています。」
「あそこがこの街に老人福祉施設始めるの知っとる?」
「はい。大規模なのやるみたいですね。僕の母親はその福祉施設の上部組織の社会福祉法人に勤めています。」
「そうやったん。」
市会議員が喰いついて来た。福祉に興味が在るのかな、それとも利権かな。どちらでもラッキー。
「土居さんその人とよく会うん?」
「そういつもいつもという訳では無いけど、大学生の義理の弟はその会社でアルバイトをさせて貰っていて、社長秘書の下働きしています。秘書さんには勿論社長にも跡取り息子にも可愛がって貰っていて、時々は社長の家に泊めて貰って若竹や社長行きつけのステーキ屋で奢って貰ってます。」
市会議員一寸態度が変わった。割と分かり易い人だ。
「今度の福祉施設大きいそうですね。」
「はい。社長さんが係っている施設の中でも最大になるそうです。」
「それやったら人も大勢雇わないかんけど其処らの事知ってます?」
「いや詳しくは。」
「実は儂その施設ができる所界隈を地盤にして市議会に出とるんです。事前に説明は聞いたんじゃけど詳細がよう分からんのです。地区の住民からあれこれ聞かれるんじゃけど、設置場所は住宅地の中じゃないし公害が出る工場じゃないし何の問題も無いんじゃけど一応地元の市会議員として知っとた方がと思いまして。」
まあ自分にも一丁噛ませという事か。
「社長はそうでもないんですがその福祉法人の理事長が政治とは一線を画すという人なんですよ。行政とは是々非々で付き合うけれど。まあでも社長の顔を潰さん様にそこの社長秘書に声を掛けてみます。」
「いや、でも、其処の社長が決めたら終わりでしょう。」
「違います。社長は理事長の言う事は、ほぼ100パーセント受け入れます。法人の中でも私的な付き合いでも理事長が上で、その事は社長も認めています。高校生の頃からの序列が今も生きとるみたいです。」
「土居さんその理事長も知っとるん?」
「この間社長がよく行くスナックで話に出た、良い服着て良いウイスキーをオン・ザ・ロックで飲んでいた刑事さんいうのがその人です。」
「ええ、元刑事?うまいこと成り上がったもんじゃなぁ。」
「そこも違います。元々室町時代から続く旧家の当主で一流大学に入ったんじゃけど卒業間近に教授と衝突して中退して、金に困らんから警察官にでもなってみようかと思って県警に入った人です。新任警察官の頃から税金払うた後に巡査百人分位の収入が残っとったらしいですよ。社長さんが一流大学に合格できる様に面倒見たんも、世代交代のために先代社長を隠居させて棚上げしたんもその理事長です。現役警察官の頃から後輩に慕われて周りが一目置くグループができていて、後輩達の捜査費用に現役の頃でも年に何千万円も身銭を切ってくれていました。大分前にやりたい事はやったんで早期退職して今は社長と組んで事業をやっています。今も僕達の経済的なバックアップと精神的な支えをし続けてくれていて、社長の会社のパチンコ以外の事業は全部その人のアイデアです。バブルの頃には世相を読んだ大胆な投資で社長共々大儲けして僕ら子分の資産形成もしてくれました。バブルの終息も的確に読み切って社長共々綺麗に売り抜けました。社長だけじゃなくて他の人達と組んだ県外での事業でも大儲けしてるみたいですよ。」
「そんな人がこの地区で事業をするん?」
「はい。まずはこの県全体の老人福祉の質的向上を目論んでいる様子です。採算度外視という気は無いけれど、その人は一気に大儲けをしようとすることはありません。福祉施設を利用する人達にも其処で働く人達にもこの地区にも自分の事業にも持続的に利をもたらせることを考える人です。成り上がりの利益追求者だという思い込みで接近したら絶対に相手にされませんし必ず手厳しい報復を受けます。世話になれば其れを上回る好意を、侮ったり敵対したりすれば想像を絶する悪意を。僕は目の前で見てきていますから。なんせ県庁所在地で一番大きな組の親分が昔酷い目に遭ってから絶対に逆らいませんからね。」
「………。」
「お世話になっている社長からのご紹介ですから、其処らの事を腹入りして貰えれば先ずは社長秘書に繋ぎます。僕より少し年上の独身の女性ですけど理事長からも社長からも信任が厚い人です。理事長が政治家に会う事は殆どありません。たまに気に入らん事を言うたりしたりした国会議員を電話で脅したりはしますけど。」
「………。」
急いてもいけないのでこの話はその位にしておいて料理とお酒を楽しんだ。素材が良いのでまあ楽しめた。熟成は余りさせない板前さんみたいだが新鮮な歯ごたえもたまには良いかな。
次はやっぱり社長行きつけのスナックに。既に予約をしてあるらしい。
「今日行く言うたら一番に
『土居さんは』
いうて聞かれた。
『一緒に行く』
言うたら大喜びしとった。」
「あそこのママさんお客さんと其処まで深い付き合いはせんと聞いとったけど。」
「うん。お客さんの誰かと出掛けたりしたらその他の人との付き合いもせないかんなったり、微妙になったりするけん出来るだけ遠慮しとる言うとった。」
「土居さんは別かいな。」
「土居さんはもてるよ。でも奥さん一筋じゃから其処らも残念な様で安心できて他の客とはちょっと違うんじゃないか。」
店に行ったらボックスに3人用の席が設えてあった。その席に座るとママとこの前のホステスさんが来て、
「本当にお世話になりました。お蔭で平穏無事に過ごせてます。」
「何ぞあったのがか?」
僕もママも黙っていたらホステスさんが、
「うちの母親がパチンコ代に困って借金をして、母親が払えんなったその借金をヤクザが私に取り立てに来て弱っとったら土居さんが来ん様にしてくれたんです。」
「そのヤクザいうて、港のとこの神社の下に居る奴?」
「今其処は留守で未決に居ります。」
「ここ何年か此処の警察がまともに仕事した言う話は聞かんかったんじゃけどやるときはやるんじゃな。」
「そんなに評判が悪かったんですか?」
「うん。市場の泥棒もずーっと放ったらかしじゃった。」
「あれ捕まったんじゃとな。」
「土居さんが現行犯で捕まえてくれた。」
「土居さん泥棒の係じゃ無いじゃろう。」
「他人に頼むより自分でやった方が手っ取り早いんで。」
「私の友達の処も困り事を言うたら土居さんが1人で片付けてくれた言うとったよ。それも一度じゃ無かったそうじゃし。今度の事も頼んだら直ぐじゃった。」
「市場の泥棒も土居さん1人で仕事前の朝早うから来てくれた。」
それからは仕事の話は抜きで競輪・競艇や酒や料理の話が弾み、来月社長と一緒に競艇に行くことになった。競艇をしてから天桜に行きノワールに寄って最終で帰る予定で。
市会議員はその直ぐ後元巡視員さんに会って、開業準備で此の市に赴任して来ている老人福祉施設の施設長になる人と面談ができる様になったらしい。元巡視員さんには前もって僕から、会った時の印象・利用価値等を報せておいたのでそこそこの対応で帰りには土産まで貰ったらしい。
市会議員をこちらに向かせる事ができた。その後直ぐに社長抜きで飲みに行く手筈を付けた。その日は係も連れて仕事の話は一切せずに漁協の件以来顔を出す、署近くの店とこの街で唯一馴染みのスナックに。国会議員や県会議員の評判や老人福祉施設のこれからの展開予定等を餌にあれこれ話した。係は話に付いて来られない風だったが、分かりもしない話に口を挟もうとするよりはましか。
その次には僕の住む市に誘い一緒に飲みに行った。元巡視員さんから僕の目論見を聞いた石原部長が工作資金をくれたので。元巡視員さんに言われて義弟が持って帰ってくれた。
時期的にはまだ少し早い様な気もするが時々行く河豚屋の座敷で市会議員と一緒に飲む事にして係も呼んだ。河豚屋に前もってシャンパーニュを持ち込んでいて最初にトラフグの唐揚げと一緒に出して貰うように頼んだ。勿論頭も。
議員は実に美味しそうに食べた。一口食べて
『ほぉ~。』
シャンパーニュを飲んでまた
『ほぉ~。』
「土居さん。土居さんに教えて貰わんかったらシャンパーニュの美味しさを知らずに死ぬところじゃった。和食ともこんなに合うんですな。」
「和・洋・中華、どの料理にも合う物が有るしどの料理にも相性が悪い物が有ります。そこを見付けるのも楽しみで。シャンパーニュじゃったらどれでも唐揚げに合う訳じゃあ無いし、唐揚げでも素材によって合う合わんがあるし。」
「ふーん。」
係はものも言わずに夢中で食べて飲んでいる。
「遠慮するな。シャンパーニュはまだある。」
嬉しそうに黙って頷いている。
河豚刺しにはこの店が入れている新潟の純米酒を。去年から入れ始めた酒でまあまあだ。議員この酒も気に入って笑顔だ。
「議員さんここはお馴染みじゃろうと思うてお誘いしました。」
「え、初めてです。」
「そうなんですか。此処は北西隣の町から出ている国会議員さんが良く利用していて、自分の支持者をよく呼んでいますよ。」
「知りませんでした。」
焼物、鍋と次から次に出て議員は満足してくれている。係は夢中で食べて飲んで。僕も刑事に成ったばかりの頃はこんなだったんだろうな。係が
「係長は何時もこんなに美味しいもの食べてるんですか?」
「儂の給料はお前にも想像つくやろう。いつもいつもはできん。まあ辞めた先輩が小遣い稼ぎの手伝いをしてくれるけん時々はできる。」
「その先輩いうのは理事長さんの事ですか?」
「はい。自分と一緒に仕事をして付いて来られた者にだけ。」
「今度開業する施設の責任者も
『理事長の言う通りにしとったら間違いない』
言うとりました。絶大な信用ですね。」
〆の雑炊は3分の2以上係が食べた。議員も笑っている。此処でも狙い目の議員の話はしなかった。勘定を済ませて自然な流れで橋の袂のスナックに行った。ママも伸子も大歓迎してくれて、行くと言っていたのでボックスに席を用意してくれていた。此処でも特に仕事に纏わる話は無し。
南方面行の最終の特急に間に合う様に2人を駅まで送り、用意していたお車代と手土産を渡してお見送りをしてから帰宅。
数日後議員からお誘いがあり
『自宅で一献』
との事だった。良い傾向だ。外では話しにくい事を言う積りなんだろう。
「若い人もご一緒に。」
と言われたのでお言葉に甘えてシャンパーニュと赤白のワインと天桜の大将お勧めの岩手の辛口を抱えて2人でお邪魔した。
先日の帰り道2人で15分程特急列車に乗り駅からタクシーに同乗して帰って何かしら馬が合ったらしい。良い事だ。相手に受け入れられない人間に協力者はできない。
市会議員は手土産の量に驚いている。
「うちは大したものは用意して無いんじゃけど。」
と言いながらそこそこの美味しそうな料理が並んでいる。流石港町だから新鮮な刺身が豊富に。
「ワインは奥さんとでも後日ゆっくり楽しんでください。此の酒は冷やで刺身に合う銘柄なんで一緒に。」
「それは楽しみじゃ。土居さんの酒の選び方は味にうるさい社長が一目置いとるけん。」
「今後とも一緒に楽しみましょう。東の方の市に在る天桜いう料理屋の大将が日本酒マニアで毎月蔵元から直接送らした日本酒を分けてくれるんですよ。」
「そうですか。それは楽しみじゃ。」
料理を食べて酒を飲みながら、偉そうな市会議員が市役所で何をしたかを話してくれた。条件が整わない許認可をゴリ押ししたみたいだ。馬鹿だな。1期目の市会議員風情が何を言っても条件が整わなものが通る訳無いじゃないか。それを威圧的に認めさせようとしたら脅迫じゃ。自分の事業のために許認可を欲した訳では無いからその先は贈収賄になるだろう。
数日後係を連れて水産港湾課長を訪ねた。前もって用件を伝えておいたので会議室に案内された。僕が聞き込んだ悪徳市会議員の職員に対する威圧は、
『港湾管理者の権限である水域占有許可に関する事項』
と聞いていたのでそこを確かめるとあっさり認めた。
これまで水面占有実績が無い業者が要件を満たさない占有許可申請をして来たので却下したらその事に文句をつけて来たらしい。まず間違いなく金を貰ってやってるな。
水産港湾課長はその件に関する事をメモに纏めて用意してくれていた。
「ほとほと疲れました。しつこいのなんの。土居係長が電話をくれたんで渡りに船、地獄に仏です。私から警察に言うて行ってそれがバレて、その上話を受けて貰えんかった時の事を考えたらとても言うて行けませんでした。」
「分かりました早速着手します。」
帰署し課長に事案の概要を伝え、署長室に一緒に行って知能特捜に応援要請をすると伝えたら、案の定決断が遅い。
「ぐずぐずするなら本部主導でやって貰います。」
「いやそれは。」
「だったらはっきりしてください。責任の所在で右往左往する様な署長は何の役にも立たん!」
「わ、分かった。やってくれ。」
その場から知能特捜補佐に電話を入れ事案の概要を説明し
『署長がビビって納得はして無いが着手と応援要請の許可をした』
と伝えた。
「明日朝一でそちらに行く。」
「市役所側は調書取らすんで其処から行きましょう。」
「もう話付いとるん?」
「はい。そうじゃ無かったら言いません。」
「流石じゃな。」
捜査二課からもゴーサインが出て、市会議員に脅されて要件を満たさない許認可を出す様に言われた事やその許可を得ようとした業者を明らかにしガサ状を取って着手した。議員と業者の任意同行から逮捕等一連の捜査は僕と知能特捜補佐の合議で進め、係は僕に付けて一連の流れを見せた。
「トロトロするな。この流れを目の前で見られる若い巡査はめったに居らん。前に同じことさした若いのは嫌々やって何も身に着けずに落ちて行った。此処がお前の捜査係としての正念場ぞ。」
うちの課員は知能と暴力の主任も含めて蚊帳の外。課長にだけは判が要るので一応報告をしたが。
議員は否認していたが業者があっさり認めて逃げ場が無くなった。議員がこの署で、業者が僕が前居た署に留置された。僕は調べはしていない。市議会議員の被疑者調べには係を立会させて勉強させるようにお願いした。知能特捜は棚から牡丹餅の贈収賄だから断れない。
「足手纏いかもしれませんがこの件に一番最初から携わった奴で、本来ならば調べをするべき奴ですけど如何せんまだ経験が浅いのでベテランの下で勉強させてやってください。」
そう言われたら後から来た奴は断れないよな。
市議会議員は議員辞職をしない意向だったが市議会の全員一致で辞職勧告がなされた。どんだけ嫌われていたんだ。接見禁止なので親族に依頼された地元の弁護士が説得に行ったが言を左右して応じないらしい。まあ僕にはどうでも良い。事案自体はそう複雑では無いので直ぐに終わるだろう。
受け取った金は30万円らしい。弁護士代で足が出る。偉そうで欲張りで馬鹿だったんだ。
事件が起訴になったので約束通り社長と一緒に東隣の県に競艇をしに行った。社長が港町の駅から乗った特急に僕は自分が住む街の駅から乗って一路東隣の県の競艇場がある市に。往復の切符はグリーン車利用で社長が用意してくれた。駅の売店で買ったスポーツ新聞を見ながら朝からビールを飲んで第1レースに間に合う様に競艇場に。久し振りだウキウキする。
今日は5日目、準優日なので堅そうだ。準優迄の負け戦は危険を冒してまでスタートを踏み込む奴は居ないだろうし、準優は優劣がついた選手が枠なりに並んでいる。どのレースも出走表では1コースが取れそうな選手が実力上位だ。
やはり堅かった。安い配当ばかりだが、絞って買って確実に当てた僕は飲み代と土産代を払ってもまだ余りそうだ。社長はもう一つ絞り切れずに外し続け、後半は一発逆転を狙って外し続け今日も敗者だ。
「今日も僕が旦那さんですね。」
「悔しいが負けじゃ。土居さん強いなぁ~。」
帰りは天桜が在る市で途中下車をして天桜へ。今日の土産は荷物になるので宅急便で乾燥椎茸と今年作ったばかりの落鮎の焼き干を大量に。事件捜査をしながらも僕の瀬張りを落鮎が通る頃には、休日だけでは無く休暇を取って早朝から日が沈んだ後まで漁を続けて川漁師達が
『儂等の分も残してや』
と言う位鮎を獲った。
昔秋が深まってからの蚕には炭で暖房をしたらしく、妻の実家の倉庫にはその頃の大きな火鉢が何個も残っている。その火鉢に山から採って来た赤土で火床を拵え東の村から買い込んだ炭で、内臓とえらを取り出し串に刺した鮎を焼き、焼ける一方から天井から吊して乾かしている。取り出した内臓は、内臓だけ、真子だけ、白子だけのうるかにしている。子供と嫁さんの世話をした後夜中まで作業をして、火を使うからそこに簡易ベッドを置いて就寝。風を通すため開け放ちだから少し寒いが。
天桜に着くとカウンターに席が用意されている。3人分だ。
「土居さん来るならママちゃん呼ばないかんじゃろう。ママちゃんも土居さんがくる言うたら喜んで来るけん。」
出汁にされてるような気がするが、まあいっか。
社長、がーがー言う方言では無く標準語で挨拶している。一寸なまっては居るけど。そうする内にママが来た。大将が真ん中に座るように促して僕が紹介した。社長すごく不自然な標準語で挨拶している。
此処でも河豚の唐揚げとシャンパーニュから始まった。元々が天婦羅割烹だから揚げ物はお手のものだ。僕が手掴みで頭の骨をしゃぶっていたらママも社長も。唐揚げの後にシャンパーニュを口に含むと笑ってしまう。
その後はトラフグの皮に身を少し加えて葱ともみじおろしとポン酢で。これにはやや辛口・酸度高目で大将お勧めの日本酒を。社長が、
「これはええ。うちは河豚は扱うて無いんじゃけど市場にも入って来とるけん時々は落としてみないかん。調理免許持っとる職員は居るけん。」
「それええですね。」
「土居さん河豚言うたら目の色変わるね。」
「そうですかぁ。」
料理とお酒を堪能してノワールに。何故か仕事中のはずの大将も。舞で出るような高級な酒や摘みは無いが社長機嫌が良い。やっぱりママかな。此処でこうなら、尚美ママだったら社長溶けるな。最終に間に合う様に店を出た。社長名残惜しそうだ。多分遠くてもまた来るな。
また今年も忘年会の季節が来た。皮切りは課の忘年会。次は社長の水産会社。その次は頼母子。そして最後が石原組。今年もそこそこの実績を上げたので若頭にも若頭補佐にも褒めて貰えた。親分はどうだろうと思ってチラ見したら、
「うん。今年もようやった。」
嬉しかった。涙と笑顔が一緒になる位嬉しかった。




