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新年度

またまた異動時期が来た。係が代わっても次来る人には期待しない。主任と2人でマイペースじゃ。

 3月上旬幹部の異動があった。署長は来て1年だから代わらないのは分かっていたが少し残念。悪い人では無いが上の顔色を気にし過ぎる。警察内部の上だけにでは無く、県にも議員にも。其処ら中に気を使っていたら長生きできんよ。


 うちの課長もまだ1年目だから代わらない。本来もっと小さな署の刑事課長から始まる処を昇任していきなり中規模署の課長だし、自宅が在る町の隣の署だからから代わりたくないのが本音だろうな。課長としての実績も評価も悪く無い。本人曰く、

「儂は土居係長が暴走せん様に止め役として此処に来た。」

暴走どころか上手く煽てられて走らせられている。


 他所の課の課長が代わったが僕には何の影響もない。さっさと下々の異動が決まれば次の動きができるのに。でも次また変な係が来たらどうしよう。いっその事僕と主任の2人だけでやらせてくれれば楽なのだが。


 係は高利貸を見張るのを止めたみたいだ。見張るというよりも見張られていたからな。僕が何も言わないからずっと課に居て時間を潰している。僕と主任は擁壁工事を嗅ぎ回るのに忙しく係が何をしていようと如何でも良い。課長に依れば日中盗犯係の手伝いをしているそうだ。手伝いといっても本部から来た書面の編綴位で検挙のための行動では無いらしいが。去年来た盗犯主任は1人で頑張って現場臨場や聞き込みをしているが、係長他の怠け者軍団は何時も部屋に居て雑談だけで1日を過ごしているらしい。係が居なければ高利貸の行動を見張っても良いのだが、係が下手な張り込みをしてくれたお陰で怪しい工事が見つかったので高利貸は一旦保留だ。


 僕と主任が1日中、時には夜遅くまで管内をうろついているのに係は何も言ってこない。もうすっかり盗犯係になった積りで僕と主任の行動に興味は無いらしい。係はガサでの怠慢を公に処分されなかったので自分はセーフだと思っているみたいだがその内分かるだろう。


 勝手に主任との待ち合わせ場所にしている生臭住職の処に行ったら耳寄りな話が。此の県南部の生臭住職の寺と同一宗派の寺の集まりに擁壁寺の住職が欠席するらしい。何でもその日は重要な会合があるので宗派の会合には出られないと言っているらしい。じゃあその日は僕達も擁壁寺の住職をマークだ。


 その日は届いたばかりのお下がりRVで寺が見える場所に陣取って待っていると午後4時頃タクシーが1台やって来た。住職が乗ったので跡を付けると駅で降りた。主任を降ろし僕は車で待機。少し後刑事課から県内波の無線で、

「刑事課から土居係長、主任からの伝言を送り込み。

『JはSE 繰り返す JはSE』

以上刑事課。」

市外に出る事を考えて県内波の受令機を持って出た。僕達が何をしているかを知られ無い様に簡単な暗号を決めて、互いに電話で刑事課か当直に中継を依頼して送り込みで連絡するという事で。Jは住職、Sは南、Eはエンド。

『住職の目的地は南の終点』

乗車券を買う処を確認したのだろう。


 僕は事前の打ち合わせ通り、南の終点に車で向かった。南の終点がある市を管轄する署にはグループの先輩が居るので協力を仰ごう。グループの先輩は全面的に信用できる。其の人は今刑事課長だから頼り易い。


 今日の会合は南の終点か、県庁所在地のどちらかだとは思ったのだが決め手が無かったので両方の市街地図を用意した。繁華街の地図を碁盤の目で区切ってアルファベットと数字で区画を整理し互いの現在地を知らせ合うという事で。


 僕がSEに到着した頃送り込みで、

「土居係長に送り込み。主任の現在地はC3繰り返す主任の現在地はC3。以上刑事課。」

県内波だからこの県中に此の無線は飛んでいる。多分刑事課長の処には興味本位の電話が掛かって来ている事だろうな。でも課長にも細かい事は何も言って無い。

『土居係長は何も言うてくれて無いから分らん』

でとばして貰おう。


 近くの有料駐車場に車を入れて主任と合流した。会合の場所は料亭だった。主任が住職の後を付けて此処に来ると、此の街から出ている衆議院議員が来たらしい。他にも市長以下市の幹部らしき者達の姿も。僕が主任の位置とは反対側から見ていると僕が住む市の北隣から出ている衆議院議員もやって来た。此の街から以前は僕の頼母子仲間やお義父(とう)さんが支持する衆議院議員が出ていたのだが、其の人が健康上の理由で辞めた後の地盤を引き継いで県会議員から鞍替えしたのが今此の街から出ている衆議院議員だ。以前は中選挙区制度だったので同じ党の議員同士でもライバルだったが、次の選挙からは小選挙区制度になり、この街の議員が小選挙区で僕が住む街に近い議員が比例区に回るから票の奪い合いから協力体制になったのだろう。議員も代わった事だし。


 参加者の確認を主任に任せ此処の署の刑事課長に電話を入れた。退庁時刻を過ぎていたがまだ席に居て電話に出てくれた。

「土居です。一寸教えて欲しい事があります。」

「うん、お前、儂から事件盗ろうとしとるんか?」

「いや違います。現場は自前です。関係者嗅いどったらこの街に集まったんで一寸だけ庭先借りとります。」

「もう帰るとこやけんお前等居る辺りに行く。待っとれ。」


 時間を置かず此処の刑事課長が私物車両でやって来た。

「無線聞いとって何(なん)ぞしよるとは思うたがまさか儂の縄張りとは思わんかった。」

「対象が南北何方に行くか分からんかったんですけど南下しました。」


 信用できる仲間なので事情を全て包み隠さず話した。課長も、

「相変わらず何ぞかんぞ見付けて来るのう。」

「まだ何やら分からんのですけど。」

「親切だけでそんな工事してやる奴は居らんぞ。絶対何ぞ利益を享受しとる。」

「僕等もそう思うんですけどね。」


 主任が車にやって来た。

「参加者揃ったみたいです。終わって出てくるまでは暫く遠目に見ときます。」

「うちの署長見んかったか?」

「いや、僕此処の署長の顔知らんのです。」

「主任はまだ警察官になって7年目で学校と中央と捜二とうちしか知らんから。」

「おお、そうよのぅ。うちの署長はその間、管区と本庁で胡麻擂っとった期間が長いから知らんじゃろうな。今日の集まりは地方局の建設部長の送別会じゃ。まだ発表にはなって無いが本庁に御栄転になるらしい。うちの署長も呼ばれとる。

『国会議員や市長等が来る会じゃ』

言うて浮かれとった。」


 成る程、

「さっき言うた擁壁作って貰うた寺の住職と地方局の建設部長は高校の同級生です。今度比例区に回る議員とも親しいみたいです。小選挙区の議員も選挙で競合する事が無いから手を組んだ方が利があると思うたんでしょうね。」

「工事を2期に分けて予算執行がし易い様にしたんがおかしいよな。住民のためだけなら堂々と本庁の決裁受けたらええ。」


 2時間足らずで議員や市長は帰って行き、住職と建設部長ら数人が市内のスナックに連れ立って行き、最終の特急列車に間に合う時刻頃店を出て解散。住職は1人でタクシーで帰って行った。主任には先に駅に行かせ最終の特急列車で帰宅する様に言ってある。住職がタクシーで直接帰宅なら僕が付ける。列車なら駅に降りたところで行確を終了。


 住職がタクシーを待つ間に、

「上手く行ったら共同捜査お願いします。」

「ええんか?」

「はい。主任に端緒の実績さえつけば後は。」

「おお、頼む。」

僕はタクシーを付けて行ったが住職は駅で降りた。近くの公衆電話で連絡し当直から、

「当直から主任に送り込み、JはSEで降車Rで帰宅と思慮される。以後は打ち合わせ通りで願う。以上当直。」


 昨夜僕と主任が何事かしていた様だというのは課員も気付いたが、それが何やら分からない。盗犯係長が係に、

「あれ何やっとるんぞ?」

と聞いたが、

「分かりません。」

課長が、

「何でも部外者に喋る奴が教えて貰える訳が無いじゃろうが。」

「………。」

課長が盗犯係長と係の勤務評定を最低の評価にして必ず異動させたいと書いているのを2人は知らない。おめでたい奴等。


 知能特捜も昨日の無線を傍受して探りを入れてきたが黙秘。

「まだ形になって無いから言えません。必要になれば手伝いをお願いしますが今はまだ。」

県の上層部や国会・県会議員絡みはめったやたらな奴には教えられない。此の件は着手寸前までは内容を秘匿する。只邪魔されないためには若頭(かしら)の手を借りなければいけないのである程度見えてきたら説明をしに行かなくては。若頭(かしら)は今回の異動でこの県で2番目に大きな警察署の署長で本部から転出しているが、刑事部への影響力は確固たるものがあるので頑張って貰おう。場合によっては親分にも出て貰わなければいけないかも。親分は政治屋達への脅しのネタをかなり持っているみたいだし。それと僕達も携帯電話を持たないといけないな。無線は不便だし動きが分る。


 早速携帯電話の契約をしに行った。以前検挙した事がある前科者が携帯電話の販売をしている。こんな奴等を使っている通信会社って大丈夫かなと思いながらも、向こうが気を使って勝手に大幅値引きをしてくるのでつい。初期費用は全部僕が預かっているお金から出し、主任が使う分の月々の通信料は主任に払わせるようにした。主任の捜査費を少し増やせば良いだろう。


 そんな折頼母子仲間の土建屋さんから擁壁を施工した会社の従業員で首になった人が居るらしいと聞いた。金銭絡みのトラブルで辞めさせられたのだが、其れを恨んで元の会社の悪口を言いながら就職先を捜しているらしい。他の会社もそんな奴雇いにくいよな。仲間の土建屋さんが、その人物が管を巻いている飲み屋を教えてくれた。その会社で事務をしていた30を少し過ぎた女性らしい。此処は主任の出番だな。


 主任は苦笑いしていたが、

「止めてもええぞ。」

と僕が言ったら、

「いや、やります。」

飲み代を渡してその人物が来るという居酒屋に出動させた。


 流石だ。3度目にはもう居酒屋のカウンターで如何いう仕組みで仕事を取ったか、誰が介在したかを聞き出してきた。後はその供述を翻さないようにもう少し主任にケアをして貰おう。


 課長と相談して、署長には贈収賄とは言わずに

『建設会社が受けた仕事の工事費に関するトラブルらしきもの』

を、関係する警察署と本部とで共同捜査をしたいと持ち掛けた。署長は単なる金銭トラブルで、なっても横領程度だと信じ込みあっさりOK。


 その週末若頭(かしら)に相談するために此の県で2番目に大きな警察署の在る市に主任と南の刑事課長とで行く事に。主任は署長官舎に泊まらせて訓育を受けさせるとして、僕は妻が妊娠中だから夕食だけ一緒に摂って列車で帰宅予定。


 週末南の刑事課長と同じ列車に乗る様に調整して若頭(かしら)を訪ねると、若頭(かしら)補佐も来ていた。本部の捜査第二課次長になって管区学校から戻って来た元知能特捜補佐も。


 夕食前に署長官舎で事案とこれまでの捜査状況を説明。状況的に立件に問題は無いと皆思っている。問題は横槍を如何払いのけるかだ。

「間違い無く揉み消しに来るぞ。今の本部長は事勿れ主義じゃから押されたら引く。しかし儂等は引くとしても黙っては引かん。立件の実績以上のものを県から引き出せるなら揉み消しに応じてもええ。勿論主任の実績は有効じゃ。立件以上の功労になる。其処は儂に任せてくれるか。」

「はい。全て。」

「よっしゃ。刑事課長と土居と主任は引き続き捜査して此の件固めてくれ。知能特捜の方は次長と3人が相談してやってくれ。応援の時期・人員等。」


 署長の奢りで市街地から外れた昔旅館だったらしい結構立派な料理屋の座敷で海を見ながら地の海鮮を御馳走になった。主任が先日渓流釣りに一緒に行って楽しかった話をしたら若頭(かしら)補佐が、

「それはお前を沼に引きずり込もうとしとるだけよ。釣りはな、嵌まってしもうたら抜け出せん沼じゃから。」

「え、そうなんですか。」

すかさず僕が、

「昔から

『一生幸せになりたかったら釣りをしなさい』

言うじゃろう。儂を見てみい、幸せそうじゃろうが。」

「確かに。」

「何納得しとるんじゃ。」

「いや、此の前家に泊めて貰ったら本当に幸せな家庭の様に見えたんで。」

「それは意味が違う。それに家庭が平和なんは嫁さんが偉いんじゃ。土居のせいじゃない。」

【ヘイヘイ】


 美味しい魚とお酒を堪能して南の刑事課長と僕は最寄りの駅から帰路に就き、4人は市内にタクシーで飲みに行った。料理屋のすぐ近くに駅が在り、僕と刑事課長は一駅西の特急が停まる駅で乗り換えて県庁所在地まで行き、そこで連絡する特急列車に乗り換えた。

「課長、皆と一緒に飲みに出んでよかったんですか?」

「うん。儂明日当直じゃ。あいつ等と飲んだら翌日の夜までしんどい。」


 これまでそんなに話をした事は無かったのだが、ビールを飲みながら親分や若頭(かしら)達の青春時代の話をして貰いながら帰宅した。予定より1列車早く帰宅できてラッキー。娘はもう寝ていたが、明日は休みだから一杯遊べる。


 週が明けてすぐ異動の内示があった。僕の希望通り盗犯係長が異動している。

「何で儂が代わらないかんのぞ。」

何で代わらずに此処に居られると思うんだろう。頭がおかしい。係も東の端に代わっていた。こいつも、

「僕が~!代わらさん言うたのに。」

「誰が?」

「いや、市会議員さんが国会議員に頼んでやる言うたから。」

「ふーん。帰って引っ越しの準備したら。儂等は手伝えんから。」


 仕事嫌いの盗犯係も代わった。これで働かない奴等はほぼ居なくなった。でも次似た様なのが来たら嫌だな。変なのが来そうだったらパトの若い衆を一本釣りしよう。課長に知能・暴力犯になりそうな奴が来てるかどうか確かめた。

「居るぞ。中央の二課から来る奴で警務の紐が付いとる。」

僕は全然知らない名前だったので、

「主任この人知っとるか?」

「知ってます。係長よりも大分先輩ですよ。40歳越えてるんじゃあないんですかね。僕が刑事に成った時二課に居て先輩風吹かすだけで何もできん人でした。」

「また変な係か。課長、この人に

『知能・暴力の庶務係をせい』

言うて僕ら2人から切り離してや。」

「其処はお前が言わんと。まあ使えん奴なら放っといて捜査に出たらええやないか。」

そうするか。

「主任よ、別々に外に出て携帯電話で連絡とって落ち合うて仕事するぞ。」

「はい、そうしましょう。」


 夜自宅に捜査二課の次長から電話があった。

「お前んとこ役に立たんのが行っとるのう。儂もこの間戻って来たばっかりじゃから目が届かんかった。来年の異動では二課関係は儂が仕切るけんこの1年は我慢してくれ。お前等がええように動け。あれはあれで最低限の指示だけして放っといたらええけん。」

「其れでええんならそうします。ひょっとして次長のお友達やったら無下にはできんし思うとったんです。」

「誰があんなんと。」

「使い道があれば使うし、無かったら適当にあしろうときます。」

「うん、それでええ。」


 翌日主任に次長からの電話の内容を伝えた。

「それでええんじゃったら楽ですね。僕が知る限り使えんですよ。それ以上に美味しい処を積極的に盗りに行きますよ。」

「放置確定か。」 


 係の引っ越しは捜査を理由に見送りにも行かなかった。頼りにしていた市会議員も音沙汰無かったらしい。甘い奴。世の中無条件に頼れる人間なんかそうは居らん。頼られる甲斐性があるから頼る相手ができるんじゃ。頼られてそれに応えるから頼る事ができるんじゃ。


 新しい係が来た。知能・暴力犯係の最年長だ。以前ならやりにくいと思ったかもしれないが今はそんな事は無い。年齢・経験に関らず使えるか使えないかだけだ。

「ベテランじゃから仕事の説明は要らんと思います。朝は送致から回って来た書類や夫々が作った書類を確認して決済回す様にしたら事件のネタを拾いに行ってください。直ぐにネタいうても無理じゃから暫くは管内の実態把握でもして貰うたらと思います。」

「いや、係長と主任の協力者を紹介して貰うたら儂もそこからいきますけん。」

こいつも他人の褌当てにするだけの奴か。

「去年挙げた事件見て貰うたら解ると思うんですけど、競売入札妨害も銃刀法違反も他所の管内の事件です。此処で見付けた協力者に頼って挙げた事件じゃ無いです。僕も主任も此処に来た時協力者の引き継ぎは全く受けていません。一緒に遊ぶ友達見付けて此処等の話を教えて貰うことはありますがあくまでも遊びの延長です。一緒に仕事して共通の趣味でもあれば一緒に出掛けて遊び友達を紹介する事も有るかもしれませんが、いきなり仕事の協力だけのために知り合い紹介せい言われても無理です。」

「………。」

「そういう事なんでいきなり件数が無いじゃのと責めたりはしませんからゆっくりと協力者もネタも見付けてください。僕達も夫々に外に出て個別にネタを拾いに行きますから。」


 主任は午前10時前に、

「一寸出てきます。」

僕は昼前係に、

「昼飯がてら一回りしてきます。来たばっかりで身辺整理でも気分転換に外回りでもどちらでも良いです。」

課長に、

「出てきます。」

「おぉ、用事できたら呼ぶけん。」

「はい、お願いします。」

課長には係について主任と捜二次長の言葉を伝えて

『放置』

と言って了承を得ている。


 擁壁の件は着々と進んでいる。首になったお姉さんから聞いた話の裏を取り首にした社長の行動を確認し、擁壁寺の住職と元地方局建設部長の交友状況も。擁壁寺の住職はこの間送別会の後に行ったスナックのママと良い仲みたいだ。この間はすんなり帰ったが、そのスナックがある街の刑事課長に店の周辺を洗って貰ったら此処2年ばかり建設部長と連れ立ってよく来ていてママと一緒に帰って行く事も。


 主任と社長と3人で飲みに出た時、何時ものスマックのママに擁壁寺の住職の事をさり気無く聞いてみたら

『以前は近所にあるスナックのホステスと仲良しだったのだが奥さんや檀家の目を避けるためにホステスを出身地に帰らせて店を持たせて時々通っている』

との事だった。もっと早く聞けば良かった。


 南の刑事課長が決定的な話を持って来た。1年位前元地方局建設部長が市内でスーツを作りその支払いを擁壁寺の住職がしたというものだ。擁壁の工事が始まった少し後だ。やっぱり頼りになる。若頭(かしら)と捜二の次長に刑事課長から連絡を入れて貰い若竹で打ち合わせをすることになった。


 県の幹部絡みの事件なので、自分の処が絡む事件では無いが若頭(かしら)もやって来た。まだ公に言える段階では無いので捜二次長以外の4人は午後から休暇を取って。


 今までの捜査について検討したが

『此れでいける』

という事では意見が一致した。ではいつ着手するかという事だが、贈収賄は本部長指揮事件なのでしれっと着手はできない。おまけに僕は署長に単なる金銭トラブルだと誤魔化している。まあ此れは

『共同捜査をした署がその署管内の関連先を洗う内に贈収賄になってしまいました』

で済ませるから良いけど。


 何はともあれ本部長の指揮無しでは動けないからその時期は次長に一任。着手前の根回しは若頭(かしら)にお任せするし場合によっては親分の御出座をという事でも一致したが若頭(かしら)がボソッと、

「兄貴は事を荒立てるのは名人じゃけど、丸う納めるのは今一つ得意じゃ無いからな。」


 案の定本部長が芋を引いた。着手の決裁印を押さない。手を引くのは吝かでは無いのだが相手が気付いても無いのに自主規制は駄目だ。十分脅して取れるだけのものを取ってからなら事件を深い穴に埋めても良い。本部長は後少しの任期中波風を立てたくないので未決の儘で積んで置くみたいだ。予想はされていたので親分の出番。


やはり丸くは納まらなかった。暫くして地元紙の朝刊に

『県の土木工事で贈収賄か』

の見出しが出た。

『誰が漏らした?』

犯人探しが始まった。


 親分が漏らしたと判ったら当然若頭(かしら)が疑われる。しかし親分抜け目が無い。ちゃんと自分とは関係ない処から洩れたように見せかけてある。それも誰がやったか分かる様に。誰がやったか分からなければ何時までも疑いが残るが、漏洩した奴が判明していたら僕達は疑われない。


 抜けたのは本部長本人からだった。人から人を介して強引な事で有名な新聞記者に伝わった(伝わるように仕向けた)憶測でしか無かった情報を、本部長官舎に夜討ちを掛けた新聞記者の強引な追及で本部長がつい頷いてしまったのが

『認めた』

という事になって、本部長が

『認めた』

から記事にしたと記者が言ったので大本は有耶無耶の儘本部長からの情報という事で。第三者からの情報は秘匿しなければならないけれど捜査機関の長が認めたのなら秘匿する必要は無いな。本部長の弱さを逆手に取ったか。僕も見習わなくては。


 新聞にデカデカと出てしまってはもう揉み消し様が無い。本部長も指揮を降ろした。何時でもいける準備が出来ていたので、地方局、寺、請け負った会社に直ぐ様ガサに入った。地方局は南の署と特捜が。うちは寺と会社に。3ヶ所同時だから本部からはマル暴特捜も動員されている。機動捜査隊の非番や週休まで。


 ブル連隊長も動員されていた。

「この間のはうちにも儲けがあったけど今回は只働きじゃ。」

「お好みの酒1升と鮎の焼き干で手を打ってください。」

「2升じゃ!」

「分かりました。アマゴも付けます。」

「よっしゃ。」


 帳簿が読める主任は暫く本部に貸し出し。その間おっちゃんの係と顔を突き合わせるのは苦痛だから僕も何処かが借りてくれないかな。擁壁坊主の取り調べをと思ったのだが、丁寧にお願いされて調べ官はどちらも本部員になった。次長が言う事だから聞かない訳にはいかない。今回主任は帳簿だけでは無く公務員の調べにも極力立会させるという条件で貸し出している。まあ次長が居るから大丈夫だろう。僕は帳簿は苦手だけど係と一緒に居るのが嫌だからうちの署の会議室に置いた帳場で時間を潰したり外に出たり。


 2度目の勾留満了日に起訴になった。結局立件されたのは十数万円のスーツ代だけ。これで懲戒免職は割に合わんよな。上手くやれば最後は本庁の部長職もあったのに。住職は有罪ではあるが多分執行猶予が付いて元通り葬式に法事にと金儲けに走る事ができるだろう。税金で私有地の崩落防止工事をして貰えてまた元通り住職をする事には問題無し。坊主丸儲けじゃ。只愛人に店を持たせている事は奥さんにバレてしまったらしいけど。


 起訴後帳場の後片付けが終わったらもう鮎の解禁日を過ぎていた。若頭(かしら)から電話があり、

「次の土曜日朝から鮎掛けて泥吐かしたやつを持って主任と若竹に来い。15人程来るから塩と魚田1匹ずつで40足らず。他にも何ぞ見繕うて持って来てもええぞ。」

「は~い。」


 後片付けが終わって戻って来た主任を連れて金曜日の晩からから準備をして夜明けと同時に出動開局。金曜日の夕方には鰻の地獄を30ばかり浸けて、翌朝揚げながら友掛けを。主任に教えながらだけど昼前に40なら軽いだろう。主任中々筋が良い。渓流、清流ときたから今度は海だ。社長のところの漁船に乗せて貰うのも良いかな。


 午前9時頃までに40匹確保できたのでそれをおとり缶の中で泥を履かせ持って行く事にした。主任の車で鮎は締めて氷漬け、鰻は酸素を入れたビニール袋で。主任は実家に泊まり僕は列車で帰宅予定。鰻は20匹以上要るだろうけど一晩では自信が無かったから3日前から毎日帰宅すると直ぐに地獄を浸けて出勤前に揚げて。でも30匹以上溜まったので妻子と実家の分も置いて行けた。家を出る前に鰻を捌き蒲焼にして冷蔵庫に。持って行く分の後、早目に獲って泥を噛んで無さそうな鮎に串を打ってラップを掛けて冷蔵庫。後の処理はお義母(かあ)さんにお任せした。


 午後6時からという事だったが、鮎や鰻の処理があるので早目に着いた。主任は車を家に置きに帰ってから再度若竹に。流石にプロの居る処で素人が手を出す訳にはいかないのでプロの技を目を凝らして見学。やり方は問題無い。速度と正確さが大分違うな。アマチュアは速度よりも確実性か。


 皆が集まって来たので座った順にうざくでビールを飲みながら待って貰う事にした。さっきまで生きていた鰻と近所の野菜農家さんで分けて貰った農家さんの自家用胡瓜。市場に出すものは真っ直ぐで大きさを揃えた綺麗に見えるものでなくてはいけないが、自家用は農薬を最低限にして少々曲がっていようが見栄えが悪かろうが今日が食べ頃というものを不揃いでも必要な分だけ摘んで食卓に乗せ、余ったら近所に配る。


 来た順番にビールでのどを潤して貰い、揃ったところでいつもの様にシャンパーニュで乾杯。先付は焼き立て鰻の白焼に先週東の村の山奥で採った天然山葵の芯だけを鮫皮で下したのを添えて。山葵の皮を細かい微塵切りにして実家近くの蔵元で貰った酒粕に砂糖を加え酒と味醂で延べたものに混ぜて冷蔵庫で1晩寝かして箸休めに。箸休めはもう二品。春に取った蕨の中で一番太かった奴を粗塩に漬けて灰汁抜きをし、それを今日塩抜きして切り揃え、削った鰹節を掛け梅干を漬けておいた丸大豆醬油を掛けたもの。後一品は春に採った山葵の若葉と花に熱湯を掛けた後氷水で晒し、水切りした後少し濃いめに作った椎茸と昆布の出汁に醤油、和三盆、本味醂、日本酒を加えたつゆに漬けたもの。


 若頭(かしら)が、

「儂は鮎を獲って来い。他に何ぞ見繕うてもええぞとは言うたけど、こんなに色々集めたら大変じゃったろう。」

「いや、いつもやってることなんで。鮎掛けは主任もやってくれたし。」

若頭(かしら)補佐が、

「主任、お前ひょっとして嵌まってしもうてないか?」

「釣りは面白いですよ。課長もやったらどうですか。」

「………。」


 今日集まったのは今後県に対して如何いう対応をするかという事だった。

「県は今回の事で警察を恨んどる。予算や人事の事で嫌がらせをしてくるじゃろう。頭を下げて風が止むのを待つ気は無い。此方からは仕掛けんでもええけど

『抜くなら抜くぞ』

で常に鯉口を切っとるとこは見せないかん。これは事件だけじゃのうて私生活でもええ。兄貴に何件か幹部の醜聞(スキャンダル)を貰うた。ネタはなんぼあってもええから暫く県の幹部に関する情報を集めてくれ。」

「土居、お前耳が聡いが何か無いんか。」

「今手持ちは無いです。僕の近所に幹部が居りません。」

「おお、それはそうじゃの。でも何でもええから聞き耳たてといてくれ。」

「分かりました。」


 今日はグループの中でも強行や盗犯の様な現場優先の者では無く情報優先の者達が集められている。

「差し当たっては兄貴がくれた不倫ネタ等で凌ぐが、向こうが続けて撃って来たら撃ち返すだけの弾を用意してくれ。かなり恨んどるみたいじゃから。」

「分かりました。」

「兄貴に助っ人を頼む手もあるんじゃけど、余り拗れ過ぎても後が大変じゃから。」


 今日の用件はそれだけ。後は事件完結の打ち上げ宴会。僕はその他の夏野菜も沢山工面していて、揚げたて野菜の天婦羅を塩味で良く冷えた白ワインと頂いた。主任もそれを真似て

『美味しい!』


 今日は元巡視員さんも来ていて、塩で食べる揚げたての夏野菜の天婦羅と白ワインに顔を綻ばせている。

「揚げたての南瓜にはシャルドネも良いけど、ソービニヨン・ブランの冷たいのが好き。」

オクラ、伏見甘長唐辛子、プチトマト、茄子etc.野菜農家の自家用夏野菜は好評だった。


 元巡視員さんは今や此の県屈指の事業主になった社長と僕達の間を繋いでくれている。社長は頭が上がらない親分との関係だけでの警察では無く、手は拡げても大本の事業である遊技場は警察が監督官庁だから僕達との付き合いに一定の旨味がある。あまり偉くなりそうにない僕で終わる処が、将来有望でまだ20代の主任が来たので最低後30年はこの会が役に立つ。大勢は要らないが主任の様な人物が出ればスカウトするのも良いな。なんせ幕引きを一度は任せられた僕だから。


 魚はまずイサキが出た。刺身と皮目を炙って胡瓜の細切りを付け合わせ少し甘めの椎茸出汁の出汁醤油を掛けたもの。鮎の塩焼きと魚田も。その他にも酒飲み用に色々な肴が少しずつ。締めは鰻たっぷりの櫃まぶしと、素麵を干鮎と椎茸出汁の麺つゆで。鰻の肝吸いも。

「良い天然山葵を持って来てくれたので櫃まぶしと素麺にしました。土居さんお勧めの山葵の芯だけを鮫皮でゆっくり下した辛い薬味でお召し上がり下さい。」


 皆満足してくれた。何時もの様に次は舞へ。予約済みで女将さんも一緒に。今日は賑やかなおじさんが居ないので普通に会話をして上品に飲んだ。

「今日はええ酒じゃった。此処で再度結束を固めて敵陣突破じゃ。頼むぞ!」

若頭(かしら)の言葉でお開きに。僕と南の方の仲間は何時もの様に最終の特急で帰路に就いた。


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