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送別会

本部長が異動になった。警衛が終わりその後始末も済んだのでお役御免。送別会に合わせ例年の忘年会を前倒しですることになった。

 11月末本部長が異動になった。一旦警察庁付きになった後何処かに御栄転だ。多分もう決まってはいるのだろうけど。警衛が滞り無く終り無事お役御免。陛下に危害を加える意思がある者を近付ける等の不始末があれば責任を取って左遷だが、滞りなく終えれば御栄転。本部関係の送別会とは別に、石原組の送別会兼忘年会が例年通り若竹で。


 忘年会には少し早いが、警察の忘年会は年末特別警戒を避けて11月中に終えるのが普通で、石原組みたいに仕事納めが忘年会という方が少数派なので違和感は無い。


 開催日は平日だったので午後から休暇を取って出席した。県の端々に居る組員達も同じ様に休暇届を出して出席。退職した巡視員さんも紅一点で出席している。今年も全員参加。


 まずは本部長の挨拶から。在任中の厚誼と情報収集に感謝の言葉を述べて、

「これまで色々な所属で勤務したが今回が一番楽しかった。今後も折が有ればこの県を訪れたい。」

との事だった。


 石原部長の挨拶に引き続き警務部参事官の発声で乾杯。今年は超ドライなブラン・ド・ブランだった。若狭鰈の一夜干を炙ったものがオードブル代わりに添えてある。絶妙の塩加減と身の甘さと柚子の香りが此のシャンパーニュと良く合う。

「土居さん、シャンパーニュのお替りあるからね。」

皆笑ってる。


 警務部参事官が、

「皆に披露しときます。土居は今年の警部補昇任試験トップで合格しました。あの土居がです。兄貴の最後の部下で謂わば我々の末弟です。この会も最初は部下の部下そのまた部下と続いていけばとも思っていましたが、やはり兄貴あっての此の会なので無理に続ける必要も無いかなと最近思っています。土居はこの会の最年少なので順調にいけば最後に退職となりますので、此の会の幕引きは土居に一任しようと思っています。」

【ええ、それ責任重大ですやん】


 東端の刑事課長が、

「土居、気負う必要は無いぞ。この会は兄貴が組織したものじゃない。兄貴を慕う者が自然に集まってできたものじゃ。兄貴を知らん者に此の会の意味は解らんじゃろう。将来お前を慕う者が自然に集まったら土居組ができるかもしれん。そしたらそれはそれなりの活動をしたらええ。」

「まず人望に問題があります。それと経済力が皆無です。今後は自分の身の丈に合った正義の警察官であることだけを考えてこの仕事を全うします。」

石原部長が、

「其れでええ。土居にしては上出来の回答じゃ。」

皆が頷いてくれている。


 乾杯の後はクエ鍋。鍋が煮えるまでの間、クエの刺身、牡蠣、青柳等が。殻付き牡蠣に濃醇で鉄分が少ないと言われている常温の日本酒を注ぎほんの少し柚子を絞りピールを飛ばしてするっと喉を越させた。旨い。横に居た知能特捜補佐も同じ様に。

「旨い!」

それを見た他の人達も同じ様に。


 モルト百パーセントビール、日本酒甘辛各種、ワイン、プレミアムが付いた焼酎等々。本部長の前には僕が採取したと思しき山菜が。鮎の甘露煮も出て来た。

「この鮎は土居さんが仕事をさぼって、もとい仕事の合間に獲った鮎です。」

知能特捜補佐が、

「土居、お前知能犯だけじゃのうて鮎獲るんも上手いんか。」

「こっちの方が面白いです。」

「そうか来年は儂も連れて行ってくれ。」

「分かりました。道具は一通りあるんで厳しく指導します。」

本部長が、

「土居さん、夏になったら遊びに来るんで僕も連れて行ってください。」

「了解しました。丁寧且つ優しく指導します。」

その他の人達からも是非遊びに行きたいとの声が上がった。

「お待ちしております。」


 鍋が煮えた。温めた日本酒に煮えた最初の出汁を少し加えてゆっくりと飲んだ。美味い。他の人達も試してみている。

『美味い!』

声が揃った。本部長も試している。ニコニコ顔だ。昨日仕事中に元過激派さん所有の雑木林に入り、栽培を止め放置されて朽ちかけた原木に生えていてる傘が開き一見どら焼きの様に見える生シイタケを拾い集めてきた。本部長それを食べて破顔。

「こんな美味しい椎茸食べたの初めてです。」

皆も口に入れて、

『これは美味い』

東端の刑事課長が、

「兄貴、土居の奴普段一人でこんな美味いもの食べて怪しからんと思いません?」

「日頃から儂の処には山の幸、川の幸、海の幸一杯送ってくれとる。この前送ってくれたマトウダイは美味かった。」

「何!儂はそんな名前の魚食った事が無い。」

「群れる魚じゃ無いそうなんで一挙に沢山獲れんからあまり店頭には出んそうです。鍋で美味しいしムニエルにして白ワインも良いですよ。刺身でもいけます。」

本部長が、

「土居さん僕その魚食べずに離任するのが残念です。」

「今頃からが旬なんで、トロール漁船が引いて帰ったら新鮮なのを氷に漬けて送ります。締めて一寸時間を置いた方が旨味が増すんで届いた頃が食べ頃になります。食べる日が決まったらその日に合わせて送ります。」

「是非ともお願いします。前任地の土産だと自慢して日頃仲良くしている者達と食べます。」

「新鮮な野菜や茸や他の魚介類も一緒に送ります。」

「土居儂にも。」

「はい天桜に送るんで奥さんと一緒に行ってください。」

「そうよの。儂はお前みたいに某美人ママと一緒には行けんからな。」


 座が解けて来て僕も本部長の席に挨拶に行った。お義父(とう)さんから本部長宛に餞別代りの贈り物を預かっている。硯箱と硯石のセットだ。硯箱は江戸時代の工芸品で、硯石は宋代のものらしい。妻の実家の何代か前の先祖が購入して蔵に置いてあった物で、以前妻の実家に本部長が泊まった際座敷に掛かっていた漢詩を書いた軸や扁額を見て興味深そうだったので義父(ちち)が聞いてみると、

「子供の頃から書道に親しみ、大学時代も書道部に居た。」

と本部長が言ったのを覚えていた義父(ちち)が僕に良くしてくれた本部長にとの事だった。


 風呂敷を開き梱包を解いた本部長びっくりしていた。

「義父(ちち)が

『また是非ともおいでください』

と言っていました。」

と伝えたらすごく喜んで貰えた。


 今年も宴の最後は手伝いに来た舞のホステスさん達も加わってお楽しみの抽選会。舞は本日貸し切り営業でママ以下全員がコンパニオンを兼ねて参加。今回の賞品には一寸変わった物が置いてある。1等賞の賞品は掛け軸だ。本部長がじっと見ている。後は大画面のテレビ、ビデオデッキ、電子レンジ等。持って帰りにくい大型商品はカタログを添えた目録になっている。


 1等は最初に引いた本部長に当たった。何だ仕込みか。賞品名目の餞別の品なんだな。軸は種田山頭火自筆だと聞いた。石原部長のお爺さんが山頭火の理解者で生活の援助をしていた事があるらしく、その頃山頭火が書いた句を表装したものらしい。これも本部長大喜びだった。皆に上下の差があまり無い賞品が行き渡り若竹の女将さんが本部長に送別の辞を述べると共に来年に向けての激励をして二次会の舞に。勿論お年玉、交通費、手土産が入った紙袋も。


 舞では再度シャンパーニュで乾杯。定元部長と元巡視員さんが掛け合いで漫才あり、踊りありで大騒ぎ。

「土居、見てみい芸無し猿はお前だけじゃ。皆さんこいつはどうやっても芸を覚えんかった馬鹿猿ですよ。」

本部長まで石原部長のピアノで歌ってる。


 今回も最終の特急列車に乗る者に合わせてお開きになった。南に向けて帰る者がタクシーに同乗して駅に。東方面はもう少し遅い便があるのでゆっくりと。僕は今回の抽選でランニングマシーンが当たった。嫁さんが欲しがっていてよっぽど買おうかと思っていた物なので超嬉しい。


 改札を抜けてホームを歩いていたら義弟(おとうと)が居た。バイトの帰りらしい。一緒の列車に乗る先輩達に挨拶をさせるとあっという間に皆に気に入られている。やっぱこいつ何か特別なところがある。その列車から最初に降りるのは僕達だった。ホームで列車が見えなくなるまで見送って帰宅。


 義弟《おとうと》も家に付いて来た。お義母(かあ)さんが家に泊まってくれているから自分の夜食と朝御飯の心配をしたんだろう。妻子はもう休んでいたがお母さんはまだ起きて待っていてくれた。義弟《おとうと》に先に風呂に入る様に言ってその間に残っていた冷や飯で焼き飯を作ってやった。出てきた弟に食べる様に言ってから自分も風呂に。でも夜遅くに油で炒めた物を大量に食べさせても良かったのかな?


 お義母(かあ)さんに妻子と一緒の部屋で休んで貰い僕は義弟《おとうと》とリビングで寝て翌朝は6時前に起きて朝御飯の支度。寝る前に炊飯器のセットをして大飯食いが居るから多目に炊いた。椎茸と鰹の合わせ出汁で豆腐と葱とじゃこ天の味噌汁。先週外回り中に河口付近で釣った小鯵を開いて天日で干した干物。一寸甘めの葱入り出汁巻き卵。農家で貰った大根を少し干して水分を抜いた後昆布と塩と砂糖で漬けた漬物。


 義弟《おとうと》は朝から大飯を食ってご機嫌だ。夕べ僕と一緒にタクシーで帰ったので通学用の自転車を駅に置いたままだから出勤前に駅まで送ってやった。その儘僕も少し早目に出勤したら何やら騒がしい。署の玄関で朝から騒いでいるおっさんが居る。朝から酔っ払ってるのかな。うん?何処かで見た事がある奴だ。誰だったかな?


 思い出した。以前中央署管内で元嫁が殺した女性を、元嫁と一緒に山に埋めた奴だ。当直の窓口に居た交通課のお巡りさんに何やら食って掛かっていたので傍に居た一般職員に、

「何が気に入らんで騒いでいるんですか?」

「よう解らんのですが、以前中央署に捕まった事があってその時に色々酷い目に遭わされたらしいんです。それを酒飲んでいて思い出したんで此処に文句を言いに来たみたいです。」

いきなり後ろから襟首をつかんで引き倒してやった。びっくりしたような顔をして僕を見ている。

「儂を覚えとるか!」

黙ってる。

「儂はお前が人殺しの手伝いした時、一緒に死体を埋めた場所を探しに行った刑事じゃ。お前のお陰で儂が酷い目に遭うたん覚えとるか!」

「アアッ………。」

「酷い目に遭うたんはお前じゃのうて儂じゃ!」

もう一度襟首をつかんで外に引きずり出して署の前の江戸時代からあるらしい排水路に叩き込んでやった。

「今日はこの位で堪えてやるが次詰まらん事言うてきたら堪えんぞ!」

慌てて排水路の中を這って逃げて行った。


 朝からの乱暴狼藉に皆がびっくりしている。僕が日頃はあまり怒らないが何かの拍子に怒り狂う事があるというのは最近皆が認識している。出勤して来た副署長も見ていたが、今日がその日かと思ったのか何も言わなかったので僕も黙って刑事課に上がった。


 強行・盗犯係長が

「あいつ誰ぞ?」

「8年前に中央署管内でホステスさん殺して埋めて今も逃げとる女の元夫で死体遺棄の共犯者です。」

「あれがそうか。此処等に居るとは聞いとったが。」

「はい。逃げられた直ぐ後僕はあいつ等が住んどった家の張り込みに来たりしてました。」

「其れは何処等やった?」

「其処には今署長が気に入って再々歌いに行っとるスナックのママが住んでますよ。」


 朝から要らん運動をしてしまった。1階の署員は引いてるし、課員も僕が段々粗暴になっていると思ってるみたいだし。まあいいかもう直ぐ入校で、出てきたら直ぐに異動だ。


 逃げている女は今だ行方不明で中央署が追ってはいるが潜伏先は皆目分からないらしい。中央署員と強行特捜が県内の関係先を定期的に回ってはいるらしいが何の役にも立ってない。もっとも僕がそれを言うと

『お前の初動でこうなったんじゃろうが』

と藪を突くことになるのでとても言えないけど。お茶を濁すために一応今朝の事を報告しようかとも思ったが、逃げている女はあの男に何の未練も無さそうだからもう良いか。


 一応今住んでいる所を確認だけしに行った。すると面白い奴を見付けてしまった。最近鳴りを潜めているが少し前までは盗犯捜査強化月間になる度に的割対象として名前が出ていた前歴者だ。最近動かないので視線外になっていたのだが此処等に居たのか。


 少し離れた物陰から見ていると、周囲を気にしながら歩いている。これはやってるな。でもうちの署の管内ではこいつの手口らしき現場は出ていない。というか県内での発生が無い。後を付けてみることにした。しょっちゅう振り返ったり突然曲がったり。やっぱりやってる。


 今朝の阿保たれは駅に近い一角に住んでいるのだが、こいつもその一角から出て来て、どうも駅に向かっているみたいだ。少し離れて付いて行くとやはり目的地は駅だった。自動券売機では無く窓口で切符を買っている。その後改札口を抜け県庁所在地方面に行く列車が停まるホームに行った。程無く特急列車が来て奴は乗って行った。


 こいつが的割対象として人気者だった頃は確か西隣の署管内に住んでいたはずだ。西隣の署は現住所を知っているのだろうか。まあ今はそれよりも奴の行先だ。警察手帳を出して駅の事務室に入れて貰った。奴を捜査中で此処まで付けてきたと言って、何処までの切符を買ったかを聞くと、東隣の県内までの切符と特急券を購入していた。


 署に帰り東隣の県の発生状況を確認した。こいつの手口は事務所荒らしだ。夜間、業務を終え無人になった事務所の裏口ドア施錠部付近を破壊し施錠を開き室内の現金等を窃取逃走する。この頃大抵の事務所は警備保障が入っているので短時間に仕事をして現場を離れる中々の手練れだ。それらしい現場がぽつぽつある。さて同じ県でも他署の現場はやりにくいのに他県となると一寸掠め取るのは無理かな。でもこいつは時々現金だけでは無く物も盗るからブツを此処等で捌いてくれないかな。一寸虫が良過ぎるか。


 盗犯補佐に電話した。盗犯補佐もそいつの所在を掴んではいなかったが、東隣だけでは無く他の県でもそいつの手口らしき現場がある事を知っていた。でもそいつの所在が分かっただけでは如何にもならない。

「流石の土居もこれを掠め取るのはしんどいのぅ。」

「やっぱそうでしょうね。うちでやってくれたらええんじゃけど。」

「昔其処らでやって石やんに酷い目に遭わされとるけんお前の管内ではもうやらんと思うぞ。」

「ええ、石原部長が通っとるのなら草は生えんですよね。」

「酷い事言うのぉ。」


 数日後東隣の県の盗犯日報にその前歴者の手口その儘の事務所荒らしが載っていた。間違い無い。しかし他所の県の現場ではなぁ。でも諦めきれないのでそれからも時々そこら近辺を覗いている。ついでに酔っ払いの阿保たれも見ているのだが特に動きは無い。女から繋ぎが来ている様子は皆無だ。土木の仕事をしているみたいだが日雇いで現場を転々としているみたいで逃げている女との接点は無さそうだ。


 泥棒を職業としている奴は忘れかけた頃に帰って来るらしい。前歴者が住んでいる一角に在る汚い大衆食堂兼飲み屋の親父が言っていたそうだ。其処には頼母子仲間の土建屋の従業員が時々行くらしく、その人から其処等界隈の様子を教えて貰ってそう聞いた。その従業員が、

「土居さんは来ん方がええよ。客の8割方は前科もんじゃから刑事やと分かったら安もんの焼酎の勢いで何されるか分からんよ。」

気を付けます。其処は泥棒だけでは無く僕が懲らしめた酔っ払いも行くらしい。署に文句を言いに来た時も其処で朝まで飲んでいて勢いがついたみたいだ。


 協力者回りをしたり、時々泥棒を職業としている奴が住んでいる近辺を覗いたり、元部下のところを訪ねたり、その帰りに本部に寄ったりしている内に年末になった。元部下は少し明るくなってきた様な気がする。今年最後の訪問では天桜に一緒に行った。子供の頃から知っている大将に優しく声を掛けて貰い嬉しそうにしていた。服用している薬とバッティングしても困るから酒はビールを少ししか飲ませなかったが季節の料理を美味しそうに食べていた。食欲が有れば少しは安心だ。最近はよく眠れるらしいし。


 年末頼母子講兼頼母子仲間の忘年会があり出席した。日曜の午後少し早目に始めることになり僕は手伝いも兼ねて開始時刻よりも少し前に何時もの小料理屋に行く事にして歩いていたら途中今日一緒に手伝う仲間に会って、雑談をしながら小料理屋が在る国道から一筋西の商店街に入ると正面からこの間の酔っ払いが3人連れでやって来た。もう酔っ払っている。


 絡んできたらやるまでだと身構えていたら向こうも気が付いた様だ。来るかなと思ったら死体遺棄の前科者では無く横に居た連れが慌てた顔で他の2人に何事か言っている。誰だ?そいつ等は急に回れ右をして逃げる様に元来た道を引き返して行った。この間溝に叩き込んだ前科者は痛い目に遭っているから分かるけど、もう1人は?


 思い出した。今年の夏猛暑日に昼間から酔っ払って道で通行人に絡んでいた奴だ。その日の日直だった僕が普段一緒に行動することが多い乗務員が運転するパトカーの後部座席の足置きに踏みしゃいで連れて帰り、たまたま留置人が切れていて誰も居なかった留置場に泥酔保護した奴だ。


 僕は日直が終わる頃にはすっかりその事を忘れてしまい午後5時15分の交代時刻が来るとウキウキと家に帰り風呂に入って寛いだ。風呂上がりにビールを飲んでいたら署から電話が掛かって来て、

「留置場に人が居るんですよ。土居部長何か覚え有りません?」

「あ、忘れてた。酔っ払い保護したんだった。今日のパトカー乗務員が知っとると思うんで聞いて見て下さい。」

「いやパトの人等居らんのですよ。」


 その日当直が終わる頃北西隣の町内で大きな交通事故がありパトカーはそちらに行ったんだった。仕方が無いので着替えてもう一度署に行った。署に行くと留置室の中にションベンを漏らした奴が居る。酔いが覚めて困った様な恥じている様な。

「こらぁ!お前何処から入ったんじゃ!」

「何言いよんぞな。あんたが昼間パトカーで儂を踏みしゃいで連れてきて此処に入れたじゃないかな。」

こいつちゃんと覚えてる。あれは酔った振りか。

「まあええ。酔いが覚めたら帰れ。」

不服そうな顔をしたので なぐる振りをしたら、

「帰ってええんですか。」

「おお今日はこれで堪えてやる、さっさと帰れ。」

といった事があった。あの猛暑日に冷房が無く窓が少ない留置場に入れられてションベンにも行かせて貰えず水も飲めず応えたんだろうな。それでビビってるのか。もう1人も問答無用で結構深い排水路に叩き込まれたし。


 小料理屋に着き今日の席を作ったり酒の準備をしたりしていたら皆が揃い定例の頼母子講兼忘年会が始まった。早速道で出会った3人連れの酔っ払いが僕を見た途端回れ右をして逃げて行った話になってる。

「土居さんはこの街仕切っとるけんな。署長よりも偉いお巡りさんじゃいうて皆が言うとるよ。土居さんより偉いんは奥さんだけじゃ言うて。」

「はあ。」

「土居さんは此処の街場の人間の味方じゃけん。」

「警察官は不偏不党、公正中立。悪を挫き弱きを助ける。」

「はい、はい。そうじゃろう、そうじゃろう。」


 部屋の隅に酒やビールが積んである。日本酒はそこらの安物では無く僕が日頃飲んでいる銘酒かその同等品だ。ビールもモルトビールの苦めのやつ。

「これなぁ、今日土居さんと一緒に忘年会する言うたら、市長と東隣の町長と、そのまた東の村長や、橋の袂のスナックのママや、儂等が支持しとる議員さんや、此処等の善良な市民が持って来た。昇任試験の合格祝いもあるんやない。」

「そんなん貰うたらいかんやん。」

「かまん、かまん。土居さんがアル添の酒やドライビール飲まんの知っとるけんちゃんと好みの酒持って来てくれとるよ。ワインが好きなんも知っとるけど如何いうワインが好みかは分からんから酒とビールで。」

「うーん。貰うてええんかな。」

「飲むんは儂等やけん。」

「はあ。」


 まあ何時もの様に毒にも薬にもならない話をしながら和気藹々と飲みながら時間を潰した。今日は日曜日で定休日なので、女将さんも頼母子講の一員だから一緒になって飲んでいる。その間は僕が酒や料理を出す担当。僕が拾い集めた川魚、野菜、茸、貰い物の酒・ビールで結構盛り上がっている。今回の頼母子は今日が最後で僕はもう講のお金を落としているから今日は払うだけ。此処に来た年に加入して1回目が23人。今の講が30人。53回も此処で飲み会をして来たのか。僕が此処の署に来てから57ヶ月。気の良い協力者が一杯できて、過ぎた嫁さんと一緒になれて、給与生活者にしては立派な家を借金無しで建てる事が出来て、子供も生まれて、良い事だらけだ。これも全部石原部長のお陰だな。


 来月年が改まってからも此のメンバーで頼母子講を続けることになった。新規の参加希望もあるらしいが余り多くなり過ぎるとお金が落ちるまでに間が空き過ぎる。1回に2人当選者を出してはという案もあったらしいがこの店の2階があまり広く無いので其れもどうかと。誰かを入れて誰かを入れないという事はできないのでこのままで。其処等の事は僕は関与せず全てメンバーにお任せ。

「それはそうと土居さんが転勤になった時は如何する?」

「その事よの。奥さんも市役所職員じゃから単身赴任よな。遠い処行っても戻って来られるよな?」

「うん。多分家から通える処になると思うけん大丈夫。」

「もう分かっとるん?」

「希望は出しとる。」

「結婚式に本部長さんが来るくらいじゃし大丈夫じゃろう。」


 始まりが早かったんで早目に終わって帰宅した。届いたお酒は此処に保管して貰って皆で飲むという事で。でも貰いっ放しではいかんからお返しは僕がしなくては。結局僕が買った事になるじゃないか。不条理!


 早かったので帰り道少し遠回りしてケーキを買って帰った。元々和菓子屋さんだった店の息子が何処か都会で修業をして戻って来て和菓子屋の一角に洋菓子を並べているのだが、其処のケーキが嫁さんの好みなので実家の分も一緒に。来るときは曇り空だったのだが夜になって雪がちらつき始めた。この街に来たばかりの頃、咲き始めた桜に懸かった月の下を歩いた道を今日は反対方向に歩いて帰った。その道沿いの広葉樹はすっかり葉を落とし空が透けているのだが、以前色付いた広葉樹の下を歩いた時に懸っていた月が今日は見えない。その代わり葉が落ちて無くなった枝の間を通り抜けて落ちて来る粉雪が街灯の光の中に控え目に舞っていた。


 大きな事件も無く年が替わった。母と祖父が泊りに来たり、子供を抱いて実家を訪ねたり。昼夜通しの当直勤務にも就いたが全く外に出ずに24時間が過ぎた。じっと同じ所に居るのは好きじゃない。テレビもあまり好きじゃ無いし。1年位前CS放送に加入して、スポーツアイというチャンネルが特別競輪や記念競輪を放映するので其れは熱心に見るのだが。


 特に面倒な事件も無く管区警察学校入校の日が来た。愛用の軽トラに荷物を積んで妻子に見送られ出発。平日はお義母(かあ)さんが泊まってくれるので安心だ。男2人は家事ができないから我が家で暮らして自宅には寝るためだけに帰るんだろうな。


 管区警察学校に到着し到着と入校の申告をして寮の自室に行った。8人部屋だ。同じ県の人が1人居た。皆と仲良くなれればそれで良いし、馴染めなかっても6週間だ。若頭(かしら)が石原部長に任されている捜査費から入校祝い兼交際費をくれて、僕の捜査費を任されている東端の刑事課長も月々の捜査費に交際費を上乗せしてくれた。年々増える普段の捜査費も、岡っ引きに僅かな手当てを出すだけで、最近飲みに出ないから大分余っている。嫁さんも入校中の小遣いにと10万円くれた。遠慮したのだが普段1円も小遣いを貰わないし頼母子も負担金は自腹で配当は殆ど上納なので無理に受け取らされた。まあ無駄遣いをしなければ良い事だ。恥ずかしくない程度の付き合いをして残りは娘の服や玩具代だ。


 入校式の後校内生活の注意事項等がありその後は身辺整理だった。軽トラで入校してきた僕はもう一寸した有名人だ。僕より若い入校者も結構居て独身もそこそこ居るらしい。そんな連中は高そうな車で入校してきている。同じ部屋の同県人は、

「あれが有名な鼈刑事号ですか。」

「そんなふうに呼ばれてるんですか?一寸分からないし、余り嬉しく無いですけどね。」

「でも実績抜群の土居部長の相棒ですからね。」


 その人は県内で2番目の大きさの署から来た人で僕よりは少し年上だった。僕が親しくしているパトカー乗務員と年は上だが同期生で仲が良いらしい。出身地も同じでパトカー乗務員とはたまにお酒を飲んだりもするらしい。僕の軽トラの事はそこで聞いたらしい。まあ悪い人では無さそうなので今晩早速飲みに行くことになった。


 巡査部長任用科で来た時に馴染みになった焼き鳥屋に行くことになった。あまり綺麗では無いがまあまあ美味しい。その人も僕の何年か前に巡査部長任用科で入校した時に何度か行ったと言っていた。


 夕食を少し控え目にして、風呂に入り家に電話をした後その店に行った。同じ部屋で南隣の県から来ている人も一緒に行きたいというので3人で揃って学校を出た。


 焼鳥屋の親父は3人とも覚えていてくれた。僕が一番近くに入校し南隣の県から来た人が一番先の入校だった。その人はもう40歳で、

「もう少し歳がいったら県の学校に2週間で済んだのに。合格させられて罰金取られたのも同じだ。」

と愚痴っていた。確かに。行き帰りの交通費が嵩むし県学校より長期になるしお金はかかるよな。僕は石原部長のお陰で金銭的な苦痛は皆無だが妻子と離れるのが辛いかな。それと入校中2回も元部下の処に行くために帰宅が遅れるし。その内1回は本部に寄らなくてはいけない。


 同県の人は交通で南隣の県の人は盗犯らしい。僕は今現在の知能・暴力という事で自己紹介をした。すると同県人が、

「土居部長はオールラウンダーらしいですよ。席は知能・暴力やけど盗犯の実績も殆ど担いでいるそうです。出だしは強行で全国的に有名な殺人・死体遺棄に最初から関わったし、連続放火や営利誘拐の解決で表彰も受けているんですよ。」

「そういえば儂もゴルフ場の脱衣場荒しでおたくの県に大分原票を取られた事がある。」

「それ土居部長じゃろう。」

「ハハハ、済みませんでした。」

「初犯の時は本件のみやったのにどういう手を使ってうたわしたん?」

正直に脅してうたわせた事を話した。

「中々やるね。また何ぞうちから掠めようとはして無い?」

「無くは無いけど一寸まだ。」

「ええー、止めてね。」

「残念ながらうちで発生して無いんですよ。うちの県自体に。昔僕の主任だった人に酷い目に遭わされてうちの県内ではやらんみたいです。うちの県に住んであなたの県やその周辺でやってるみたいですけどね。」

「其れって事務所荒らしで裏口ドアの腰板破り?」

「ピンポン。」

「そいつ教えてよ。」

「うーん。合同捜査にしておたくの県とその東隣の分はおたくが取って、うちの東隣とその北側の原票はうちとか。」

「抜け目ないね。週末帰ったら盗犯補佐と話してみる。」

「じゃあ僕もうちの盗犯補佐に話してみます。」

結構馴染みやすい人達だ。3人は釣りが共通の趣味で話が弾んだ。


 翌日は朝早く起きて点呼前に1人でランニングを。普段も結構山や川を歩き回ってはいるがこういう機会だから6週間体を動かそうと決めていた。翌日も3人で飲みに出たがそこで、

「せっかくの機会だから毎日飲みに出ずに、出るのは週2回にして取敢えずは3人で意見交換と共同学習の機会を作りましょう。」

と提案したら受け入れられた。


 朝は3人揃って点呼前にストレッチとランニング。夕食後筋トレと意見交換または共同学習。点呼前に校内の食堂でビールを飲んで点呼を受けて就寝。僕達が規則正しく生活していたら同室の他の学生達も同調し始め8人全員が纏まって動きだした。


 最初僕の軽トラを馬鹿にしていた他県の学生達が、僕の同県の学生達から僕が相棒の軽トラと上げた実績や見えを張らず貰った軽トラで走って借入金なしで敷地80坪、延べ床面積45坪の結構凝った家を建てた話を聞き僕を見る目が変わって来ている。お負けに昇任試験トップ合格だし。


 まあ他人の評価はどうでも良い。僕が気になるのは石原組の親分の評価だけだ。随分迷惑を掛けてきたのが今更ながらに良く分かる。僕は記憶力だけで試験に合格し説明力等には全く自信がない。今回の任用科でもそこらに長けた者に成績で勝つ自信は全く無いのだがやるだけやる姿勢を見せて足掻かなければ。


 僕達の部屋は何事にも協同で集中して取り組んでいるという評価が教官達の間にあるらしい。それを聞かれた他の室員が、

「土居部長が何事にも率先して真剣に取り組むので周りもつられています。」

と言ってくれたらしい。僕は他に良い影響を与える奴として操行の評価が高いそうだ。兄貴分達が聞くと、

「土居がぁ~?」

とか言いそうだけど。


 充実して学校生活が送れている。今週は元部下の処に行き本部にも寄る回りだ。同県の先輩に

「今週は明日帰ります。」

と言うと理由を聞かれたので、

「元部下が体調不良で自宅療養中なので時々覗きに行っています。それが帰り道なので午前中寄って面接結果を本部の厚生課に報告してから帰宅します。」

「そいつ管機で儂の分隊員やった奴じゃ。今土居部長に迷惑掛けとるんかな。管機でも周りとペースが合わんで嫌われとった。悪い奴では無いんじゃが、能力が足りんのに周りに先んじ様とする奴でな。上手い事いっとる奴が居ったら直ぐにそいつの真似をするんじゃが上手い事いったためしがない。それで本人が落ち込んだら親が出て来る。」

「今と同じですね。バカ保健婦が親を怒らしてしもうて僕が厚生課に頼まれて尻拭いしてます。」

「しかしあの親と渡り合えるんなら土居部長大したもんじゃ。」


 朝管区学校を出て午前中手土産を持って元部下を訪ねた。前よりも元気そうだった。最初に見て貰った先生の話では元気になったと思った時が危ないから気を付ける様に言われている。今日は母親が家に居た。単純に息子が元気になっていると喜んでいる。元部下が居ない処で先生の言った事を話したのだが分かっていそうに無い。大丈夫だろうか。かといってこれ以上あれこれ言うのも何だし。


 厚生課に寄ってその事を含め報告したのだが、応対に出た次長は分かっている様子は無い。単に親が揉めてさえ来なければそれで良いと思っているのが見え見えだ。何か問題が起きて親が騒いだら僕の対応が悪かったという事で片付けるんだろうな。やっぱり相手にするんじゃなかった。


 言うだけ無駄そうなので早々に立ち去った。警務課に行ったら出て来て仕事をしている人が居たので、事情を言ってワープロを借りて参事官宛の元部下に関する懸念をメモで伝えて貰う事にして帰宅した。


 帰宅したら妻の両親が来て娘をあやしていた。爺婆は孫に夢中だ。良い事だ。僕の母ももっと孫を見たそうだけど妻とその両親に遠慮がちだ。それを察した妻が時々母に電話をして家に呼んでくれている。娘を連れて遠出はまだ少し早いので。


 翌日は門限に間に合う様に家を出て一気に管区学校に帰った。翌日からはまた同じ様な毎日。その週は自宅に直帰できる週だったので金曜日授業が終わった途端に学校を出て最寄りのインターチェンジから高速道路に乗ったのだが、高速道路はまだそう長い距離は開通していなくて途中から前回の引っ越しで通った道で帰宅。結構疲れるが家に帰れるんだから我慢。


 翌週管区学校に警務部参事官から電話があった。元部下が少しハイになり過ぎて暴力沙汰の親子喧嘩をしたらしい。やっぱりな。親がそのケツを警察に持ち込んだそうだ。僕のメモを見た参事官が週明け直ぐに厚生課長に何らかの対処をする様言ったのだが、何もしなかったら此の様(ざま)だ。僕は親にも厚生課次長にも懸念を伝えているとの証拠を残しているし、入校中なので対処のし様が無いのは一目瞭然。参事官怒って、

「土居に何もかも背負わせるな。以後の対応は厚生課でしろ。」

と言ってくれたらしい。親も僕の懸念を無視した自覚はあるらしく僕がこの件から離れる事には沈黙しているらしい。参事官に

『管機時代にも問題行動が有ったらしいのでそこらを明らかにする』

『初任科以来の行動を同期生等から聞き取り問題行動の始まりを確認』

といった事をしてクレームへの反論の準備をした方が良いかもと伝えて同意を得た。


 この週僕は軽トラでは無く列車で管区学校に来ている。週末金曜日には列車で帰って元部下が住む街に途中下車して、天桜で少し飲みながら話をした後最終で帰る積りだったのだが参事官のお陰でそれをしなくて良くなった。約束していたので天桜には1人で行った。1人で来た理由を大将に言ったら、

「もう相手するん止めたら。」

「はいその積りです。参事官がそうなる様にしてくれました。」


 もう後は厚生課に任せて野と成れ山と成れだ。僕の話を主として受けるはずの厚生課長は前回次長に丸投げしてゴルフに行っていたらしい。誰がそんな奴等の手伝いをするか。僕が言わなくても参事官が言ってくれた。


 大将がノワールに電話をしてくれて、ママが仕事を抜けて天桜に来てくれた。

「済みません。忙しいのに。」

「久し振りやから私も会いたかったんよ。」

「多分大将がママを呼びたかったんで僕をを出汁にしたんやと思うんやけど。」

「違う違う。儂は土居さんがママに会いたかろうと思うて呼んだんよ。」

気を遣う相手が居ないので3人で楽しく語らい最終に間に合う様に天桜を出た。


 同室の南隣の県の盗犯主任を通じ事務所荒らしの事を聞いた南隣の県の盗犯補佐と僕からの話を聞いたうちの盗犯補佐との間で話が付いて、うちは僕の署の刑事課と機動捜査隊が容疑者の行確をして列車またはバスでの行先を確認し相手に告げる。南隣の県警本部は切符の行先に応じて自県内での対応をする。互いの秘匿事項として行先がお互い以外の他所の管轄地なら放置する。原票は互いに自県の分は全部取るが管轄外の原票は折半。うちには発生が無いからやや分が悪いが、実際に身柄を抑えるのは南隣だから仕方無いか。まあ捕まえなければ何(なん)にもならないのだが。


 試験が終わり卒業旅行にも行って卒業の日が来た。僕は何とか優等に引っ掛かっていた。優等になれば基本給が1号俸上がるらしい。法学は並みだったが実務が高得点で操行点も高得点だったらしくそこが効いたみたいだ。


 実務ではある設定を出されその事件をどう解決するかをグループ毎に纏めて提出するのだが、強行犯の設問では連続放火の解決が出た。石原部長のやり方をその儘回答にしたら抜きん出た高評価だった。知能犯では知能犯情報の入手だったのだが自分がやってきたやり方をそのまま出したらこれも高評価だった。


 どちらの回答も自分が実際にやって来たことだと説明したら皆が驚いていた。捜査畑でここに来ている学生は機捜隊や本部のデスクで昇任試験に合格した者ばかりで、僕みたいに捜査係になってからずっと一線の警察署だけでやって来た人間は居なかった。その上強行、知能、盗犯、暴力全部をやってそれなりに実績を上げ知られた重要事件に関わった事がある者は居ない。教官の指名で教壇に立って実務経験を述べたのだが、今も被疑者逃走中の殺人・死体遺棄事件をテーマに話をして、僕の定番の、初動失敗の懲罰として真夏の新月の夜に一人で夜中に穴掘りをさせられて死体の番人として灯も水も与えられず捨てられた話をしたら大受けだった。今自分がそこそこ事績を上げられているのは其の失敗からだと纏めて話を終えた。


 うちの県から指導に来た講師が僕を見付けて僕の愛車

『鼈刑事号』

の話をしてくれて、僕の署管内では

『鼈刑事号』

が通ると、何か事件だと街の人達が後を付いて来ると言っていた。何処でそんな話になったんだろう。


 入校中誰ともトラブルは無かったし、結構皆のために働いたから同期生からも喜ばれ他県の警察官とも顔繋ぎができた。これなら兄貴分達からも怒られずに済むだろう。毎日大酒を飲んで遊び回ったりもしなかったからお金も余り使わなかったし。厚生課の手伝いをしなくて良くなったし有意義な入校だった。


 卒業して帰署したら署長がすごく喜んでくれた。優等の褒美名目で、自分で僕の家に電話して連れ出す許可を嫁さんに貰って飲みに連れて行ってくれた。多分自分が歌を歌いに行きたいだけだと思うのだが、まあ良いか。ママや伸子にも僕が転勤することを言っておかないといけないし。


 その後直ぐに署長級の人事異動があり署長は本部の参事官級にご栄転。あの不祥事の後だから大喜びだった。課長も中央署の刑事二課長に御栄転でご機嫌で引っ越した。次の署長も刑事課長も知らない人だがすぐに異動する僕にはどうでも良い。


 頼母子仲間が僕の昇任祝い兼送別会をしてくれることになった。一応家から通える処になるからと遠慮したのだがどうしてもやると言って聞き入れて貰え無かった。うちの署員や頼母子以外の協力者も呼んで、広い会場が要るので結婚式場でやるんだそうだ。止めて欲しい。


 当日はお義母(かあ)さんに娘を見て貰って嫁さんも。お義父(とう)さんも来ている。今度来た課長と当直を除いた刑事課員、仲良くしているパトカーの乗務員。市長夫妻、東隣の町長夫妻、その向こうの村長夫妻、元過激派の林業農家さん、橋の袂のスナックのママ、小料理屋の女将さん、僕に取り締まりをされたくない議員達。その他僕の気の良い協力者達。スナックは臨時休業でホステスは臨時コンパニオン。今日のお客さん達に営業を掛けるから元は取れると踏んでいるそうだ。何でこんなに大事になっているんだ。眩暈がしてきた。


 嫁さん笑ってる。

「自分の夫の昇任祝いや転勤にこれだけの人達が集まってくれるんだから私は嬉しいよ。」

「うーん。僕引っ越す気は無いんだけど。」

「良いんじゃない。転勤は転勤だから。」

「まあそういう事で。」



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