田舎の選挙
村長選挙が間近に迫ってきた。誹謗中傷・怪文書何でもありだ。仕掛けるのは現職側だが新人側も負けてはいない。何度か事前の警告をせざるを得なかった。新人側は素直に聞くが、現職側は一々文句を言って突っ掛って来る。今に見とれ。
告示までにはまだ大分間があるのに村長選挙はヒートアップしている。現職側が新人を誹謗中傷・怪文書の頒布等で攻撃。新人側はそれ等への反論と現村長の村政の私物化を攻撃。あまりにも目に余るので双方に警告を出さざるを得なかった。
急な対抗馬の出現に一寸混乱し焦り気味の現職側が、裏の取れていない事について攻撃を仕掛け新人側がそれが事実では無い事を証明しその事によって現職側の悪質性を印象付けるといった感じかな。
裏選対の方針としては、現職側を悪代官、新人側が虐げられた善良な町衆という構図で事前の序盤戦を進めている。裏選対の林業農家さん昔を思い出して
『我々はぁー 現村長のぉー 村政のぉー 私物化をぉー 断固としてぇー 許さないぞぉー!!!』
とかやってくれないかなぁー。そしたら僕も拍手しに行くのに。
林業農家さんを訪ねる時は軽トラを使わない、というよりも使えない。誰が乗ってる軽トラか丸判りだから。バイクも知られているし、仕方が無いので車両係に地域警察官用の125ccおっちゃんバイクを借りて目立たない服装とマスク着用でこっそり訪ねている。元過激派が裏選対なのはまだバレてはいないみたいだけど。
結構面白い。山奥の田舎の人間関係が良く分かる。僕は部外者だから混ぜるだけ。でも極力友好関係にあるトマト農家さんの邪魔をしないように努めている。前の市長選挙では結果的には片方を利する結果になったが意識してやった訳では無い。露骨な選挙違反を阻止しただけだ。
告示が迫ったある日
『現職陣営が宴会の予約をした』
という情報が入ってきた。今回選挙がある村と警察署がある市の間には人口5千人程度の町が在るのだが、其処に在る温泉旅館に村長がオーナーである建設会社からの宴会予約が入っていると、その旅館に出入りする頼母子仲間の肉屋さんが教えてくれた。
頼母子仲間はその旅館に日頃から食肉を納入しており、そこを仕切っている料理長とは幼馴染であるらしい。食肉を配達に行き幼馴染の料理長と雑談中調理場のスケジュールボードに村長の所有する建設会社名と30名という記載が有ったらしい。直ぐに連絡してくれた。
係長と課長にこっそりと報告し対応を協議し、宴会当日に参集者の確認をする事にした。こっそり報告するのは身内を信じていないという事だ。選挙違反をするのは日頃は只の善良な市民であり普通に生活をしている人達が大半だ。時には着慣れないスーツを着て千切れた指を握りこんで隠し、親分の指示で特定の候補を応援するヤクザも居はするがそうは居ない。
日頃普通に生活している人達だから普通に警察官との付き合いもするし警察官の身内も居る。過去には立候補者の親族警察官が取締本部の情報を渡していた例があり、この署にもこの署管内の出身者が何人か居るし村長の遠縁に当たる者も居る。その遠縁に当たる警察官とは、僕とは互いに嫌い合っている捜査経験有りの地域主任の事だ。
憶測で疑いを掛けるのはいけないのだが、此処の署員でこの市の南方に在る町の出身者は、母方の伯父さんが北西隣の町から出ている衆議院議員の地区後援会長で、妹さんが嫁いでいる家のお義父さんがその議員の買収資金含みのお金を預かって活動しているから違反情報は出せないと笑って言っていた。
当日は交通課に交通取締用のパトカーを借りられるように手配した。いつも僕に協力してくれるパトカーの乗務員が非番の日に当たっていたので事情を説明し
『今月交通違反検挙件数が不足しているので自主的に非番取締りを実施したい』
と交通課に申し出てくれるようにお願いした。快く応じてくれて交通課も検挙実績になるのでパトカーの貸し出しを承知してくれ、
「うちも応援を出そうか。」
と言ってくれたらしいがそこは内緒の事が含まれる取締りなので上手く辞退してくれた。
課長と知能・暴力係長にはその事を話し了承を得て、旅館の所在地を管轄する駐在所員は鉄砲撃ちの先輩なので、お願いして自主的に夜間警ら兼取締りに出て貰うことになった。
今日もお義母さんにお願いして家に来て貰う事にして、午後1時間半程さぼって家に帰り夕食の下拵えと洗濯物の取り込みと掃除をした。お母さん宛のメモを残しその儘現場方面に行き先輩の駐在所で待機。軽トラは駐在所に置かせて貰い僕は荷台に積んできたバイクで現場に。
国道から旅館に入る分岐点が良く見える場所の藪に隠れて入ってくる車のナンバーチェック。もう直ぐ生まれる子供を映そうと思って最近買ったビデオムービーで撮影すると共にナンバーを控えた。旅館に入るお客さんのために点けられた街灯で明るさは十分だ。
お酒を飲む会だから大半は旅館の送迎バスでやって来たが中には自分の車で来る奴が居る。そいつ等が今晩の狙いだ。先輩とパトカーの人達には駐在所で待機して貰っている。
全員集まったと思われる時刻を過ぎたので藪から道路沿いの休憩所に出て自販機のコーヒーで一息入れた。道路は川の左岸に沿って付けられており上流に向かえば僕の実家に至る。今休んでいる辺りのやや下流側から北東方向に伸びる支流をを遡ると今ホットスポットになっている村になる。
村は小さいので宴会場を備えるような施設は無い。小さな飲み屋やスナックはあるが、若いホステスが居る店は無い。無い無い尽くしだから供応をする場所も無い。仕方が無いので選挙違反も村外だ。
僕は煙草を吸わないから手持無沙汰で、時々駐在所で待機中の3人に無線を入れる。日が暮れて景色は見えにくくなったが道路の照明が流れる川面で反射して綺麗なのと聞こえてくる潺の音が重なって悪くない。これを見ながら聞きながらで3合はいけるな。
酒呑み達が参集してから1時間が過ぎた。元居た位置に戻って待って居るとぼちぼち帰り始める者が出て来ている。取締りの3人には予め決めていた、川の分岐から支流を少し遡った所で配置に着いて貰っている。其処だと少し高台にある旅館の駐車場からは見えない位置になる。
僕は旅館から出た車のナンバーを無線で伝え、3人はそれ等の車を検問する。飲酒検知をして酒酔いの基準を超えていれば問答無用で現行犯逮捕でいくと決めてある。
1台目から酒気帯びだ。只逮捕するほどの酔いでは無い。赤切符で処理。2台目は飲んで無かった。暫く間が空いて出て行った3台目は基準以下。車を置いて帰る様に指導。そのために道幅が広くなっている所を停止場所に選んでいる。処理はゆっくりして宴会場に検問がある事を知らせる事が出来ない様にとお願いしてある。
村には公共交通機関が殆ど無いので夜間走っている車の何割かは酒気帯びだと思わなければいけないと村の駐在さんが言っていた。今晩は村の駐在さんを呼んでいない。情報を漏らすような人では無いのだが、所管区の住民を酒気帯びで検挙するのはまずいだろうから。村民に何か言われたら
『あいつ等何でもありで付き合いかねる奴等じゃけん』
とでも言っといて貰おう。
お開きになったのか大勢出て来た。自分の車で帰る奴が居る。最後までいた奴なら期待できるな。見た事がある姿の奴だ。背が伸子を気に入っていた村の元総務課長じゃないか。執行猶予で出たんだった。こいつは只酒飲み尽くすタイプだから期待できる。
無線で可能性が高いのが出た事を伝えた。カーブを曲がった途端に赤色灯を回したパトカーが見えたら驚くだろうな。
「取締り班から確認班。」
「確認班、どうぞ。」
「対象車両停車させました。かなり臭います。これより検知。どうぞ。」
「了解。当局は駐車場を確認後そちらに向かいます。どうぞ。」
「了解。以上取締り班。」
案の定かなりの濃度で出たみたいだ。
「取締り班から確認班。」
「確認班です。どうぞ。」
「基準値を大幅にオーバー。歩様にも乱れがありますので強制します。どうぞ。」
「了解。その様に願います。どうぞ。」
「以上取締り班。」
送迎バスが最後だったみたいだ。僕も確認を終了し取締り場所に移動した。元総務課長項垂れて道端に座り込んでいる。その儘交通パトで本署に連行した。原則としては両脇から挟むべきだが、狂暴性は無いのでチャイルドロックを掛けた後部座席に1対1で座らせた。僕が一緒に乗って挟んでも良いのだがまた明日自分の車を取りに来るのが面倒だったのでそうして貰った。
「ああ、普段警ら中に交通違反現行犯逮捕した時はこうですよ。大丈夫です。」
「お願いします。」
地域課員3人で酒気帯び酒酔い各1件。上等の成果だ。それと選挙違反の有効な情報が確定。上手く検挙に持ち込んだら特別法犯も計上できる。今晩は丁度交通課長が当直司令だった。無線を傍受して、酒が2件でニコニコだったみたいだ。でも何故僕が交通取締りをしているのかが分からず首を捻っていたらしい。
連れて帰って逮捕手続きと留置の手続きをしたのだが、ついでに飲み会の趣旨、誰が挨拶をしたのか、その文言、自分が座った位置、隣には誰が居たか等を記憶が飛ぶ前に手早く調書にした。弁護士が知恵を付けていないのですんなり話してくれる。宴席での席順の起点を確保しておけば、そこから他のメンバーが座った位置を特定し易い。飲酒運転をした理由に関する調書だから決して別件の取り調べでは無い。
そんなこんなで帰宅したら午前0時を回っていた。先に休んで貰うようにお義母さんにメモを残していたのだが起きて待っていてくれた。軽く食事をしながら今日の仕事の事を話した。何でも差し障りが無い程度に話しておくに限る。
翌朝はいつも通りに起きて朝食の支度をして洗濯機を回した。洗濯物を干そうとしたらお義母さんに止められ、
「私がするけん。」
物干し場から戻って朝食を摂ろうとしたら義弟がしれっと玉子掛ご飯を丼で喰っている。義弟は今年から県庁所在地に在る国立大学の学生になった。この年頃の男子学生は独り暮らしをしたがるものだが義弟は特急列車の定期券を買って通学をしている。両親は、
「私等が一人暮らしを止めた訳じゃあ無いんやけどねぇ。」
と言っている。
お義母さんが家に泊まっているので登校前に来たみたいだ。僕のご飯が無くなって朝からインスタントラーメンを食べざるを得なくなってしまったじゃないか。でもお義母さんのお言葉に甘えて洗濯物干しをお任せしたし朝食の片付けもついでにして貰らえたし。
出勤してすぐに係長と課長に昨夜のことを口頭で報告。朝礼後直ぐに捜査報告書を昨夜取締りに出た3名との連名で作成し提出した。署長は昨夜当直司令だった交通課長から酒の逮捕と検挙について報告を受けていた。交通課長は僕が取締に協力してくれたと言って感謝していたみたいだが署長に、
「それはお前が協力してくれたと土居部長は思うとるぞ。」
と言われたらしいがピンときて無い様子だったそうだ。
田舎の村長選挙だから放置で良いと署長は思っていたみたいだが荷物が出来てしまった。
「如何する?」
「綺麗なもんだからやりましょう。」
「うん。任すけん本部と調整して好きなように料理してくれ。」
知能特捜補佐に電話を入れて捜報をファックスで送ったら折り返し電話が来た。選挙係には補佐がいるが、実際に立件を実行するのは知能特捜がする。
「これやるんか?」
「署長から小さな村の選挙だから放置でも良し、立件でも良し。本部と相談して如何様にも料理して良いと言われています。小さな村の村長選挙じゃから手を突っ込むほどでは無いけどまあまあ綺麗に纏まりそうなんで如何かなと思いまして。」
「うん。来週から知能犯捜査専科が始まるけんその教材代わりにやってええか?実践的なガサと調べができる」
「はい勿論です。」
「端緒件数は勿論そこで。」
「宜しくお願いします。」
午後から裏選対の家をこっそり官品のおっちゃんバイクに乗って訪れた。現職陣営大混乱。
『鼈に喰いつかれた』
と言って大騒ぎだそうだ。誰が鼈じゃ!
長期に渡って居座る首長に対する批判と、村長が引き立てた部下の贈収賄、私物化と言われても仕方ない村の運営、村民の不平不満が大分沸いている。現在の情勢は五分五分かやや新人有利と林業農家さんは見ている様子。
告示の日が来た。知能・暴力係長と僕が出陣式を見に行った。僕が現職を係長が新人を。少し離れた所から見ていたのだが僕に気付いた奴等が凄い目で見ていた。係長は仲間扱いされたそうだ。その後車を停めた駐在所に行ったのだが、
「土居部長、此処等では夜道に気を付けた方がええよ。」
「駐在さんにまでご迷惑掛けていませんかね?」
「うーん。儂は一応選挙権がある村民じゃけんそう無碍にもできんじゃろう。嫁さんとで2票ある。」
告示になってから毎晩交通パトを借りて村内を走っている。僕は蛍光襷を掛けてゆっくりと村内のツーリング。ガソリン代節約で官品のおっちゃんバイクで走っている。刑事課員が交通パトに乗っても単なる見せる警邏だが、非番のパトカー乗務員が乗るときっちり交通違反も検挙してくる。この間やられたばかりなのに村長派と思われる奴が飲酒運転で逮捕された。
早速喰らいついて
『誰に飲ませて貰った!?』
と投票依頼をされて飲んだのが間違いない前提で問い詰めるとあっさり村長派の幹部運動員の名前が出た。僕がやると露骨なので、翌日そいつを逮捕したパトカー乗務員から呼び出して貰って
『飲酒運転ほう助』
容疑で取り調べて貰った。
どうもそいつが買収・供応の元締めみたいだ。交通課取締係長に毎日呼び出して貰って余罪調べをして投票日まで身動きが取れない様にしてやった。たった5日しかない選挙期間少しは応えたかな。
投票日の前日と前々日は蛍光襷のバイクを増やし、村に近い駐在所のミニパトにも赤色灯を点けて回って貰い買収防止。新人陣営も投票日の3日前から夜回りを強化。投票日前夜には自陣が優勢な集落入り口前で火を焚いて切り崩しを防ぐそうだ。これぞ田舎の選挙。
投票日の朝が来た。周りがすっかり明るくなった頃警戒班が撤収。両陣営はまだ撤収する様子は無い。明日はガサ状等を準備した本部が現職の関係個所に一斉にガサに入る。僕も村長宅に行くことになっている。勝っていればまだしも、負けた所に押し掛けられたら当に泣きっ面に蜂だな。
家に帰ると義弟がリビングで寝ていた。僕の時間外勤務中1人になる姉の走りとして呼んでおいた。晩飯を一杯作ってから出たのだが全部食べている。一応食器類は食器洗い機に突っ込んである。以前は出しっぱなしだったから少しは進歩したかな。
妻が2階で寝ているので極力音を立てないように気を付けて動き、水勢を抑えてシャワーを浴び静かに冷蔵庫を開け閉めしてビールを飲んだ。飲み終わると静かに寝落。
気が付くともう午前9時になっていた。義弟はまだ寝ている。起きたら
『腹が減った』
と煩いから起こすまい。嫁さんも同じ考えか、起きてはいるが一人で静かにトーストとサラダで朝食を済ませたみたいだ。
「ごめんごめん。寝落ちしてた。起こしてくれたら朝ごはん作ったのに。」
「何言うてるん。夜通し働いて帰った人にそんなんさせられん。」
僕達の話声で義弟も起きたみたいだ。
「義兄さん、姉さんお早う。僕の朝ごはんは。」
『勝手に作れ!』
と言いたいところだが、後片付けが大変なので自分でした方が身のためか。
厚焼き玉子とキューリ、スライスハムとレタスでサンドイッチを作ってやった。飲み物はオレンジジュースとエスプレッソ。8枚切りのパンだと4枚では不服そうな顔をするのが見え見えなので6枚切りを軽く焼いて4枚使ったが何か物足りなそうな顔をしている。
「腹も身の内じゃからこの位にしとけ。昼飯までもう2時間余りしか無いんじゃから。昼は肉うどんでええか?」
「うん。僕うどん3玉。」
村長選挙は両陣営が目立たない様に動員を掛けて順調に投票が進んでいるらしい。投票率80パーセントが境目だと林業農家さんが言っていた。85パーセントでトマト農家さんの勝ち。75パーセントだと負けと踏んでいるみたいだ。今の処勝っても接戦だから50人も転入させられていたらアウトだったとも言っていた。
村長も会社を任されている甥も住民登録は村内にしているが、実際に居住する家は市と村の間の供応場所が在る町に建てている。会社も登記上は村内だが車両・資材置き場等実質的にはその町だ。会社関係で50人を移動させる位世話は無い。
今晩の開票の立会は係長が行ってくれることになっている。僕は出ずっぱりだったし、現職陣営に嫌われている僕が行かない方が良いと課長と係長の意見が一致した。課長から、
「余程の重大事件じゃない限り呼び出しはせんけん。」
と言われている。
お昼に肉うどんを作った。玉ねぎと牛コマを甘辛く煮て、カツオたっぷりの出汁を少し甘めにして鍋焼き風に。肉を少し多めにして一玉毎に小鍋で炊いてやったら一気に食べて。もっとないのかの顔をしたが無視。3玉と言ったのはお前じゃ。僕と嫁さんは一玉ずつ。少し残しておいた肉でビールを1本。昼寝をした後競輪中継を聞きながら電話投票をしてゴロゴロした。
お義父さんから電話があり、
「今晩市長と一緒に行ってかまんかな?」
との事とだったので来訪を承諾し、
「晩御飯と晩酌一緒にしながらどうですか?ご飯の後だと遅くなって、僕今朝まで村の中うろついていたから眠くなりそうなんで。」
と言うと、
「かまんのかね?」
「勿論です。有り合わせですが僕が用意するんで手ぶらで来てください。」
村長選挙の開票を確認しながら今後の事を聞きたいんだろうな。
電話の後直ぐに新人派の林業農家さんに連絡を入れてみた。
「丁度良かった。もう直ぐ選挙事務所に行くとこやった。このままいくと投票率が80パーセントを超えることは間違いない。」
「そしたら勝ちですね。」
「下駄を履くまでは分からんが一寸分がええ。」
「分かりました。開票結果注視します。此処の市長も気になるみたいですよ。」
「うん。首長の先輩には色々教えて貰う事があると思うけん宜しく伝えとって。」
「分かりました。トマト農家さんに宜しく伝えてください。」
早速署長官舎と知能特捜補佐に電話を入れ裏選対の見通しを伝えた。署長は、
「そうか。悪いが結果出るまで見とってくれ。」
「分かりました。」
知能特捜補佐は、
「うちの分析とも合うとる。明日はガックリ来とるとこへの訪問じゃな。踏んだり蹴ったりじゃ。」
「踏まれたり蹴られたりじゃないですか?現村長派を踏んだり蹴ったりするんは補佐で。」
「お前が言うな。ははは。」
午後6時頃市長が来た。オニオンスープと急遽解凍したステーキとバケットと村内巡りの途中貰ったトマトや野菜とチキンのサラダで辛抱して貰った。口開けはスプマンテ。後は貰い物の赤ワイン。義弟も来たがったらしいが、
「大人の話じゃ。」
で置いて来たらしい。
市長が、
「急にすまんね。嫁も土居さん処なら言うて来たがったんじゃけど置いて来た。」
「悪巧みしに行ったと思われてますよ。」
「うん。そうじゃない事はこの家の奥さんに証明して貰おう。」
「まあでも口開けにスプマンテでも。」
並んだ皿とグラスを見て、
「此れが有り合わせ?」
やはり市長が聞きたいのは村長選挙の事だった。現村長は北西隣の町から出ている国会議員にべったりなので、その国会議員が押した対立候補を破る事を目的に立候補した市長とは折り合いが悪い。今回の選挙結果次第で対立が続くのか融和できるのかが気になるらしい。
「あんな小さな何も無い村好きにさしたらええんじゃないですか?」
「そうもいかんのよ。儂等が支持しとる南の方から出とる国会議員の話では
『地方分権の推進』
が国会で審議されて、その後は自治体を減らすための合併が推進されるらしい。そうなったら此処等ではうちが一番大きい自治体やから儂が旗振らないかん。その時反目の首長はおらん方がええ。」
「そんな話があるんですか。」
「耳が早い秀明君が知らんとは。」
「目先のせこい犯罪が守備範囲で天下国家の事はどうも…。」
「北西隣の町はどうにもならん。東隣の町は儂等と同じ国会議員を支持しとる人が多いし町長もそうじゃ。合併が想定されとる4市町村が今は2対2じゃが今日の選挙で儂等側の3対1になるかもしれん。」
嫁さんも興味津々で話を聞いている。今日は人数が少ないのでキッチンの6人掛けの食卓に座って貰っている。その方が僕が動き易いので。お義父さんも市長も嫁さんが同席している事には何も言わない。
「多分新人です。」
「うん?」
「投票率80パーセントが分水嶺と踏んでいました。越えなければ現職。越えたら新人。けど午後4時の時点で超えることは間違いない投票率です。一番大きな投票所は現職の地盤内ですがここでの感触が五分だそうです。」
「そんなところまで警察は見るんかな?」
「はい。僅差だと負けた奴等が不服を言い立てる事がよくあるので勝ち負けを気にしています。そして負けそうな奴を黙らせるためにその陣営の違反を掴んでおきます。文句言ったら
『違反検挙して臭い飯食わしたろうかい!』
言うて脅して黙らすんです。」
「前の選挙でもあったん?」
「はい。供応掴んでましたけど、負けを認めて揉めんかったんで出しませんでした。」
「今回もあるの?」
「あります。」
2人共微妙な顔だ。
「警察は法を順守する人に言いがかりをつけることは無いですよ。」
「そ、そうよの。」
午後8時を少し過ぎた頃電話があった。嫁さんが出て、
「秀明さん、お世話になってる林業農家さん。」
「電話代わりました土居です。」
「最終の投票率は87パーセントくらいらしい。皆結構興味があったみたいじゃな。」
「いけましたね。」
「多すぎる分が現職の動員やったら困るんやけど。」
「それがありますか。皆さんは動員掛けてませんからね。」
「うん。相手が掛けたいう話が出て少しは電話掛けたけど皆投票済みやった。」
「そうか。良すぎる投票率も問題か。」
「後は天命を待つだけじゃ。開票結果は逐一送ろうわえ。」
「お願いします。」
電話の内容を2人に伝えた。
「多分大丈夫と思うんですが、連絡待ちましょう。」
「それより他は無いな。」
庭のミントが伸びてきているので薄めのモヒートを作って出した。小さな村で有権者数も少ないからそんなに時間は掛からないと思うけど今晩は飲むのが目的の集まりでは無いから。
待つ間嫁さんが風呂に行き僕が後片付けをしていると市長が笑いながら、
「秀明君仕事場だけじゃなくて家でも働きもんじゃいうて聞いとったが本当じゃなぁ。」
何と返事をして良いか分からない。
嫁さんは風呂の後2階に上がり、男3人で入って来る開票の途中経過を聞きながら少しづつ飲んで結果を待った。署長の指示で当直から途中経過が入るのだが常に僕の情報網の方が早い。でもせっかく報せてくれている署長や係長に悪いので今知ったように聞いている。
開票は午後10時頃確定の票数として発表された。新人が20票余りの差をつけて勝利。最終結果を知らせてくれた林業農家さんは
『何とか凌げた』
と言っていた。市長も少し安堵した様子だ。
市長の帰り掛けに、
「明日違反検挙着手します。午前8時を過ぎるまでは誰にも言わないで下さい。」
と言ったら。
「負けた方に?」
「はい。僕を睨んだりして態度が悪かったんで。」
「え、それで。」
「嘘です。」
こいつなら本当にやりかねないと思っただろうか。
朝7時30分頃待ち合わせ場所に行き村長宅にガサ入れに行った。村長も承知の上での供応のはずだが表面上は後援会の一人が勝手にやった様に装っている。村長宅へのガサは嫌がらせ程度だ。主催した後援会員とその上の後援会員を重点的に攻める。主催した後援会員を補佐が締め上げて僕達の仲間の係長がその上を絞める。僕は実況見分の補助と出席した者を1人か2人任意で調べて終わりだ。
皆素直に供述をしているらしい。25人位入っている専科性が僕と一緒に参加者の調書を録り。その後特捜係長が責任者で実施する実況見分の補助。鑑識もうちではなく機動鑑識の日勤者が来ている。所轄からは僕だけだ。
無理をしてまで上をうたわす気は無い。やられる方には分からないが脅しと専科生の格好のトレーニングとしてやっていて何が何でも根こそぎ持って行こうという気は無い。
僕は当日の任意の調べと、翌日の実況見分だけでお役御免。その代わり、ここ数年でこの県の汚職事件の殆どを嗅ぎだした若手捜査員としてあまり歳がかわらない専科生達に話をさせられる事になった。
「こういうの苦手です。」
と逃げようとしたのだが有無を言わさず、僕が嗅ぎだした事件を全て形にしてくれた特捜補佐がシナリオを描いてくれて教壇に立つことになった。
当日はしどろもどろながらもシナリオ通りに話をしその後質疑を受け付けたのだが、実際やったことをやった通りに説明するだけなので特にボロが出ることも無く持ち時間を終えられた。結構受けたみたいだ。補佐の言では僕は結構注目されているらしい。
どうすればネタが拾えるのか、如何すれば事件を挙げられるのかと聞かれたが、
『常に広くアンテナを張り巡らせる』
『すべての事に興味を持つ』
としか言い様が無かった。補佐が補足してくれて、
「土居部長には協力者が沢山います。その人達と日頃から真摯に付き合い、決して仕事のためではなく生涯付き合える友人としての信用を得ています。今回当選した新人も住んでいる市の市長も自宅のリビングで一緒に酒を飲む間柄です。皆が友人である土居部長のために何かをしてやろうという気になって情報が集まっています。今回も友人の1人が出入りしている調理場のスケジュールボードに書いてあった小さな文字に気付き直ぐに教えてくれた事が端緒です。土居部長はその小さな端緒に反応し日頃良好な関係を結んでいる地域課員3名を募って土居部長が立てた作戦に従事して貰い飲酒運転検挙を入り口に事案解明をしました。そういう日頃からの積み重ねが検挙実績に繋がっているのです。」
と纏めてくれた。
新村長の初登庁後お義父さん方で新村長夫妻、市長夫妻、間に在る町の町長夫妻を招いて懇親会を開催して、僕が鰆のムニエル、ヒレステーキ、とれたて野菜のサラダ、等と貰い物のワインで接待した。これからの協力が約束できたみたいだ。北西隣の町は地勢的に今日集まった3市町村と合併するしかないし、合併をしないとそれなりの、制裁では無いが締め付けがあるらしいし。そこらの事は大人に任せて今回は終わり。




