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贈収賄2

馬鹿が目先の手柄を追ったために今年この署の実績は台無しだ。もう逆転は無理だが何とか格好をつけた負け方にするために足掻いてみるか。

 首無し拳銃で躓いている間に僕がこの署に来て4回目の秋が来た。署長と課長の名誉挽回に何か一つと思うのだが思う様には行かない。前の署長は論外だが、その前の署長みたいに自分がステップアップしたいという気持ちを露骨に出して尻を叩かれるのは愉快じゃ無い。でも今の署長、課長はそういう処は無いので出来る事はしたいのだが。


 失点が大きいので一発長打を狙わなければ挽回は難しい。長打をを打っても逆転までは?此処で長打を狙うにはもう役所の贈収賄位しか思いつかない。今あるとしたら東の村のОA化事業位だがこれもはっきりしているものは何も無い。現村長とは反目(はんめ)のトマト農家さんの所に顔を出し気付かれない様に現状を聞くのが精一杯だ。結構業者が出入りしているし、その業者も1箇所では無いから何かありそうには思うのだが、何となくそう思うだけで具体的な情報は何一つ無い。


 頼母子があった晩、帰り掛け1人で暴力団周辺改め警察周辺スナックに寄ってみた。繁盛している。何時もだと知っている顔が誰か居るのだが今日は誰も居ない。カウンターの空いている席に座ったら最近垢抜けしてきている背の高いおねいちゃんが前に来た。嬉しそうに花文字の名刺を出して僕に渡した。名前は

『由紀』

になっている。

「お前の名前は

『背が伸子』

じゃろうが。

「シー。此処では

『由紀』

やから。本名は伸子じゃけど苗字はセガじゃ無い。土居さんもこれからこの名前でね。」

「まあ本名は誰にでもは言わんほうがええ。」

「うん。ママもそう言うた。」


 駅前で屯していた頃からとは見違えた。これならもう一寸上等の服を着せると姿だけなら舞やノワールでも使えるな。会話の技術・内容はまだまだだけど。背が高くスタイルが良い分もう一人より上だ。


 ママが来た。

「最近由紀ちゃん目当てのお客さんが多いんよ。その分時給もアップしたし。」

「うん。此処で働き出す前とは見違えた。」

背が伸子嬉しそうだ。

「そうそう。この前土居さんの奥さん見掛けた。」

「え、会うたこと無いやろう。」

「うん。市立病院に綺麗な人が居ったんで見とれとったら、たまたまこの店に来てくれる土居さんの知り合いが居って

『あれは土居さんの奥さんじゃ』

いうて教えてくれたんよ。」

「そうやったん。」

「奥さんおめでた?」

「うん………。」

「おめでとう。これは店で奉加帳回さないけんね。」

「止めて!まだ仕事場でも言うて無いのに。」

「明日言うた方がええよ。此処から聞いたは格好付かんよ。」


 僕が入った時にはまだ空席があったがその後次々客が来て知らない間に満席になっている。別の席に居た背が伸子の連れが来て、

「由紀ちゃん。お客さんが

『由紀ちゃんを』

言うてるんよ。土居さんかまんですか?」

「ああ。ええよ。ロングトール由紀とは何時でも話ができる。」

「『ロングトール』って?」

「『のっぽの』やな。」

「止めてぇ。只の由紀ちゃんでお願いしまーす。」

笑いながら別の席に行った。


 背が伸子改め由紀が行った席を目の端に入れると、田舎臭いおっさんが座っていた。腹回りに合わせて買ったらしき吊るしのスーツ、というよりも昔ながらの背広をだらしなく着たおっちゃんだ。何処かで見た事がある。ママが小さな声で、

「あの人東の方に在る村の総務課長らしいよ。今年の夏ごろから事務用品の会社の人と時々来てくれだして、由紀ちゃん気に入っていつもご指名。」

そうかそれで見たことあるんだ。


 この前村役場の様子を窺いに行った時、車で出掛ける村長を玄関まで見送りに出てペコペコ頭を下げていたおっちゃんだ。その時は上着を脱いでダブダブのワイシャツに黒の腕抜きをしたいかにも村役場の職員と言った感じだった。

「助平そうなおっちゃんやけど。」

「そうなんやけど、触って来ても由紀ちゃん軽くいなして上手にあしろうてる。」

「うん。

『寸止めで行け』

言うといて。」

「何それ?」

「ギリギリまで引き付けてお金一杯使わして最後の一線は絶対超えささん。押したら許す思われたら安目引くけん。」

「ええ言葉じゃね。流石土居さん。でも土居さんが押したら簡単に転ぶよ。」

「拙者妻が居ります。」

「黙っとったら分からんよ。」

「人は騙せても自分は騙せんけんね。」

「うん………。」


 帰り掛けママに

「明日昼飯行かん?前に行った鰻屋。由紀も一緒に。3人だけで。」

「ええよ。魂胆は?」

「一寸ある。色恋沙汰では無い。」

「なぁーんじゃ。まあ3人でいうとこが既に違うよね。」


 昼前に

「一寸出てきます。」

と言って出ようとしたら部下が付いて来ようとしたので、

「個人的な用事じゃ。」

用事もあるし、背が伸子が居るとこには連れて行かん。軽くビールを飲む気だったので歩いて出た。ママ達にもビールを奢ると言って車では来ない様に言ってある。


 この店は鰻だけではなく丼や定食もあるので、昼休みになると混むから僕が先に店に着いて待つことにした。奥の方の上りに座り待つ間うざくでビール。このビールは仕事のために必要なんだ。だから罪では無い。でも昼酒は旨い。馬鹿な事を考えながら飲んでいたら2人が来た。

「もう飲んどる。」

「お二人の席を確保せんといけんけん早目に来た。」

ビールの追加を頼んで、

「うざくでもう巻きでもつまみに。他のものでもええよ。」

食事はうな重の上を頼んだ。少し遅らせる様に言って。

「景気がええね。」

「土居さん、刑事さんてそんなに給料ええの?」

「田舎の公務員の給料がそんなにええ訳無いやろ。」

「今日は休み?」

「うん。午後から休暇取った。」

【嘘だけど】


 後で係長から聞いた話では、その頃課では部下が不貞腐れていたらしい。一緒に連れて出て貰え無かったから。そこで係長が一喝。内容は、

「土居部長は考えがあって動いとるんじゃ。課長にも儂にもまだ言うてくれてない。けど儂も課長もそれでええし、仕方ないと思うとる。表に出せん事を知っとる人間は少ないに越したことはない。なんぼハイエナが居らんなってもな。儂や課長に言えん事をお前に教える訳が無いじゃろうが。そこへもってきてこの間の事でお前は自分で信用を失(う)さしとるんじゃけん。今日のお前の態度は駄目じゃ。土居部長が帰ってきたら伝える。」


 まあ悪気は無いんだけど軽率な奴だから。自分が大切な事を任されてるんだ、してるんだという処を見せたい奴だから水面下の仕事には連れて行けない。当分お留守番だな。これで腐るなら仕方ない。


 ビールを飲みながら昼の忙しい時間に3人分の席を占領して長居しては申し訳ないとは思ったが、昼食を摂りに来た人10人分の勘定を払うんだから勘弁して貰おう。

「何か用事があったから私等呼んだんじゃない?」

「うん。昨日の由紀ちゃんの御贔屓さんと一緒に来とった人、何処かの業者さん?」

「あの人何か?」

「うん。事務用品の会社の人やいうて聞いたんやけど、うちの嫁さん市役所でそういう関係の仕事しとるんよ。今の業者さんもう一つなんで何処か新しい事務用品の購入先を捜しとるもんじゃから一寸聞いてみようかなと思うて。直接接触して売り込み掛けられても面倒じゃからこっそり聞いてみようかなと思うて。」

「ああそういう事。あの人は南の方の街のちっさな事務用品販売会社の社長さん。この頃パソコンの販売にも力入れ出したんで今パソコン買うこと考えとるあの村に売り込み掛けとるみたいよ。」

「あの村小さいやろう。」

「うん。でも何処かの役所に売ったいう実績が欲しいらしいよ。其処を切っ掛けにして他にも売り込みたいんで今回利益はあまり考えずに売り込み掛けてるんやて。」

「へー、よう知っとるね。」

「由紀には何でも話してくれるんよ。総務課長さん色々贈り物も貰うとるらしいよ。」

「へー。」

「うちも何遍か来てくれたけど全部支払いは社長さん。領収証は会社宛てやけど。」

「商売するんも大変やなぁ。でもうちの嫁さんは事務用品が欲しいみたいやからパソコンは関係ないか。」

「事務用品も売りたいらしいけん言うてみようか?」

「それはまだええ。直接売り込みに行かれたら

『勝手なことするな!』

言うて嫁さんに怒られる。」

「ハハハ、奥さん怖いん?」

「うん。」

「よう来るん?」

「時々。来週の水曜日同伴誘われとるんよ。近くの河豚屋さん。土居さん前にママを誘うたことがあるお店。」

「ああそんな事もあったな。」

「私も誘うて。」

「機会があったらな。」

【今日もまた一寸だけ嘘を吐いてしまいました】


 温泉に入り少しアルコールを抜いてから署に帰った。刑事課に入ると一寸雰囲気が良く無いな。でも無視。直ぐに鑑識に行って夜間撮影の事を教えて貰った。鑑識に手伝って貰えば良い様なものだが、まだ形になっていない事だから自分でやるしかない。鑑識に相談したら、ストロボを使わない夜間の隠し撮りだと普段使っているASA100のフィルムでは感度が足りないからもっと高感度のフィルムを使う必要があるが、官品で今在るのはASA400までだから一寸苦しいと思う。でもその場所の明るさによってはASA400の白黒フィルムを使い三脚を据えてシャッター速度を遅くして増感現像をすればいけるかもしれないとの事であった。同じ条件で今晩やってみたら明日現像してやるとも。


 仕事が終わって一度家に帰った後いつもお世話になっている小料理屋の2階に行って同じくらいの明るさの、河豚屋では無い店の入り口付近を撮って帰宅して、翌日鑑識の手が空いた時に現像・焼き付けをして貰ったらやはり明るさが足りないし被写体が小さくしか映っていない。

「やっぱASA400では限界があると思うたけん夕べ探してみたらASA1600のフィルムが家の冷蔵庫の中にあったんじゃ。これを使うたらいけると思うけん使うてみて。それと儂の私物の200ミリレンズ貸すよ。この4倍くらいの大きさにはなる。シャッター速度はそのままで絞をもう少し絞って。そしたらもう少し前後がよう写る。」

「え、そのフィルム私物じゃろう。」

「ええんよ。土居部長には日頃世話になっとるけん。」

「そしたらそれ鮎とアマゴの焼き干計30匹で。」

「え、そんなにええん?」

「レンズの借り賃も込みで。」

「喜んで手打つ。」


 僕は毎年5百匹以上鮎を獲る。その内7割方を焼き干にしている。あまごも例年まあまあの型のものを百以上。これも半分以上焼き干だ。嫁さんの実家の昔生糸を集荷していた倉庫が空いているのでそこが今僕の干物工場だ。それと山菜をゆでた後天日乾燥した物と栽培所から直接分けて貰った乾燥椎茸が親切にして貰った人達へのお礼の品になる。店で買った品物よりずっと喜んで貰らえるから自分も助かる。


 水曜日までに繁華街の協力者に河豚屋の出入り口が良く見える2階を貸して貰う手はずを付けた。此処へのお礼は天桜から送って貰った銘酒1本。この街の人達に鮎や山菜は珍しく無いので。此処も大喜びで手を打ってくれた。


 当日は早目に2階に上がり少し開けた窓のカーテンの隙間から河豚屋の入り口を監視した。東端の村役場から此処までは小一時間掛かるから午後6時より前に来ることは無いとは思うのだが、念のため河豚屋の開店時間である午後5時前から。トイレを済ませ水分を制限して。


 午後6時に背が伸子が来た。1人だ。一応写真を撮った。36枚撮りの新品を入れているから枚数に不足はない。それから15分近く経ってからこの間の2人が。丁度窓から撮り易い方向から来てくれたのでラッキーだ。入るときは背中からだがそれまでに顔が写っているから問題無いだろう。帰りを待って出てくるところは正面から撮れるし。


 1時間は店に居るだろうからその間外を見ながら捜査報告書の下書きをメモした。

『捜査の端緒は聞き込み』

『署長と課長が部外との会合で聞き込んだことを基に僕に指示をして捜査を開始』

『パソコン導入を企画する自治体の総務課長と納入を希望する業者が度々酒席を共にしている』

『その席に付いたホステスの話では業者は贈答品を村役場の総務課長に贈っている』

『当該ホステスから聞き込んだ情報で張り込みをしたところ村役場の総務課長と業者が同人の言葉通り河豚料理屋に現れた』

『河豚料理屋を出たホステスを含めた3名は連れ立ってホステスが稼働する店に移動』

『同店経営者に依れば来店は複数回ですべて業者が勘定を支払っており領収書の宛先は業者が経営する会社宛』

と言った内容で、店を出る所から後はまだ想像が混じっているが間違いなくこうなるだろう。この件は、僕はあくまでも署長と課長から指示を受け捜査を開始し都度2人からの指示を受け捜査をしたという事で。


 午後7時40分頃になって店から出てきた。今度は正面から顔が分かるように写真が撮れた。撮れたはずだ………。3人は連れ立って背が伸子が働いている店の方向に歩いている。暫く待って場所を貸してくれた人に礼を言って帰宅。今晩した事を全て妻に報告。署長にも課長にも言っていない事を。うちの奥さん要らない事を喋る人間では無いから何でも話して僕の行動を把握させて置いた方が良い。特に嫉妬深い所は感じないけど用心に越したことはない。特に今は妊娠中だし。今度刑事課長に成った兄貴分は奥さんに色々遠慮しているが、そうせざるを得なくなる前に自主的にしておいた方が身のためかな。


 家のパソコンで捜査報告書を清書した。嫁さんも横で見ながらワープロ操作を教えてくれる。僕も一通りはできるのだがキーボードの、省略・短縮の操作等は嫁さんに一日の長がある。


 翌日鑑識にフィルムを持って行った。早速現像してくれるそうだ。何時ものフィルムとは一寸だけ現像液を違えるらしい。このフィルムは以前鑑識が同期生の結婚式の照明を落とした場面でストロボ無しの手持ちで使って結構綺麗に撮れていたから大丈夫と言ってくれた。


 1時間余り待っていたら鑑識室から電話があり写真を取りに行った。僕が何も言わないので部下は不満そうだ。面倒くさい奴。僕は人を育てるには不向きな人間かも。


 出来上がった写真を貰った後署長室に電話をした。今なら空いてるとの事だったので課長と係長に同行してくれる様に言って署長室に。まず昨夜書いた捜査報告書を見て貰った。それと昨夜の写真を。


 署長捜査報告書を読んでびっくりしている。

「これいつの間に?」

「うまいこといかなんだら格好がつかんので黙ってました。済みません。」

「いや、済まん事は無いが、この内容は………。課長これ読んでみい。」

課長もびっくりしている。

「本部長驚かすにはこの位やった方がええです。他の幹部らもこれ見たら署長・課長の事悪う言いにくうなります。」

「いやそれでも。」

「かまんのです。僕は色々世話になっとるんじゃけん。」

「それはこっちの科白じゃ。拳銃の事も色々気ぃ使わしたし。」

「かまんのです。これは今日まで僕1人しか知らなんだ事じゃから今現在でもこの4人です。これで行かせてください。」

頭を下げたら3人が感激している。後で僕が居ないところで、

「詰まらんのを署内異動ささんで良かった。」

と言っていたらしい。


 もっともこれで行くと言っても人手が足りない。一応相談して知能・暴力係長を呼びこの件についての通告をした。署長が係長に捜査報告書を読ませた後、

「本部の知能特捜に手を借りるがその事は土居部長から頼む。」

と署長が言ってお終い。


 僕が明日本部の捜査二課に出向くことになり知能特捜補佐に面談の約束を取り付けた。署長が、

「今晩一杯やらんか?」

「済みません折角のお誘いですが遠慮させてください。私事ですが、妻が妊娠初期なので暫く外出は控えようと思います。今日までこの件を探りにうろついてばっかりやったんでしばらく家に居ようと思います。」

「ええ、そうやったんか。それやのにこれを。済まんかったの。」

「いいえ、仕事には嫁さん文句言いませんから。」

「明日列車で行ってゆっくりせい言おうと思うとったんじゃが。」

「当分仕事以外での外出はせんようにする積りです。」

「そうか。良かったのぅ。おめでとう。」

「有難うございます。」


 翌日出勤して署長に挨拶をした後副署長に出張の申告をして軽トラで出発。捜査報告書と写真撮影報告書の写しを持って。写真撮影報告書の方は写真のコピーの上に焼き増しした写真を貼付して。


 約束の時刻には間があるのでゆっくりと走行した。頼母子仲間が軽トラには似合わないカーオーディオを廃車から剝がしてきてくれて、軽自動車用のエアコンも拾ってきてくれたので快適だ。ドアに鼈の絵を描かれそうになったがそれだけは勘弁して貰った。


 約束の時間の少し前に着いて捜査二課の課長と次長に挨拶をして、会議室で知能特捜補佐と話をした。知能特捜補佐、捜報と撮影報告書を見終わった後、

「今回もこれでええんか。」

「はい。あの2人本部を気にして頑張ったんじゃないですか。」

「まあそういう事にしとこう。そんでも誰が見ても土居がやったと判るぞ。」

「そこらは極力抑えてください。お願いします。」

頭を下げたら苦笑いされた。

「それと、このスナックのママとホステスは協力者です。ママは海千山千やけどホステスの方はこれからも岡っ引きにして色々協力させたいんで極力表に出んようにお願いします。それといつもの如く本部が捜査して初めて露見したという事で。」

「解った。」

「今日若竹行くやろう?」

「はい寄って挨拶はします。けど車なんで。」

「うん。車?」

「はい。実は妻が妊娠初期なので当分仕事以外の外出は控えようと思いまして。」

「何、兄貴には言うたんか?」

「はい部長御夫妻と若竹の女将さんには一番最初に。」

「そうか。それはおめでとう。そんな中でもこれを1人でやったんか。」


 帰りは本部の駐車場まで補佐が見送りに来てくれた。

「これが噂の軽トラか。」

「え、何で知っとるんですか?」

「県下の刑事課では有名じゃ。軽トラ鼈刑事号が通ったら町の人が何事か思うて付いて来るいうて。」

「嘘でしょー。」

「ははは。」


 若竹に土産を持参した。鮎とあまごの焼き干を沢山と春から初夏に採って乾燥させた薇や淡竹と乾燥椎茸を。

「今度の本部長こういうのが好きみたいよ。来週来るから土居さんからじゃ言うて出そうわえ。」

渡した後、妊娠のお祝いを言って貰って少しだけ話をし、お返しに今回も白ワインを貰い帰署することになった。ゆっくりと車を走らせたのだがまだ午後4時前だった。


 副署長に帰署の申告をした後署長に挨拶に行くと、

「本部長からすぐに電話があっての

『失敗を失敗で終わらせず少しでも挽回をしようとする姿勢立派です』

言うて貰うた。土居部長のお陰じゃ。」

「そんな事は無いですよ。気分良く仕事をさせてくれる署長と課長と係長のお陰です。」


 課長と僕の係長が署長室に来た。今日の知能特捜補佐との面談での会話・感触を話した。多分事件化は上手くいくとも。それとこれからは知能特捜が主導で捜査に当たり僕は補佐が必要とする事だけを支援に当たるとも。自分の協力者の店が舞台の一つになるので極力表に出たく無いと話した。知能特捜補佐はそこに乗じてこの件を自分達の事件にしてしまう事は無い人物だとも。

「前回の県職員の贈収賄も署が表彰受けて土居部長は何も無しやったんよのぅ。」

「目先の表彰貰って協力者達を警戒させるんはご免です。僕はこの街に家を建ててずっと住むんですから。」

「そうよの、まだ人生長いけんのぅ。」


 翌日は村役場の総務課長の身辺を嗅いでみることにした。朝礼の後署を出ようと駐車場に行くと部下が追い掛けて来た。

「僕も連れて行ってください。」

「駄目じゃ。」

「どうしてですか?」

「お前が一緒じゃと捜査ができん。」

「何でですか?」

「お前は興味を持ちすぎる。」

「事件に興味を持って何一つ聞き漏らすまいとするのの何処がいけんのですか?」

「窃盗や強行事件ならそれでええ。刑事が必死になったら相手もそれを感じて何とか協力しようとする。知能事件には明確な被害者はおらん。住民が被害者ではあるが直接自分が銭を取られる訳じゃあ無い。あまり関わり合いになりとう無いと思う人も仰山居る。そんな人等にお前みたいな接し方したら取れる情報も取れん。」

「そこは気を付けますから。」

「今儂は間違える事が出来ん勝負をしとる。お試をする余裕は無いんじゃ。失敗する可能性は極力排除する。言われて初めてそう思うんじゃ無しに常にシュミレーションして初めての事案にも対処できる能力があると周りに認めさせろ。お前はこれまで自分で考えて努力をして来たか。儂にはそうは思えん。何時もやらかしてしもうて怒られてからやっと解る。いや怒られてもまだ解っとるかどうか。そういう訳で連れて行かん。」


 諦めたみたいだ。諦めるのではなく次こそはと思うのなら見込みがあるがさて。2階の窓から係長が見ている。多分言って聞かせるとは思うが、理解できるか理解する気があるかは本人次第。


 トマト農家さんを訪ねた。もう路地物は無理なのでハウスに居るから居所が分かり易い。でももっと寒くなるとハウス暖房の燃料の薪を作るために山に入るので行方不明になる事がある。広い広葉樹の山を所有しているから僕も時々入らせて貰っている。杉や桧の山は面白く無いが広葉樹の山林には拾えるものが一杯有るので僕には宝の山だ。赤松が生えている南向きの山もあり其処で松茸を拾った事も有る。植林した松林は只の針葉樹の面白く無い山だが、赤松の間に躑躅等の灌木が生えた自然な松山は超高級お宝に巡り合う事もある。


 着いたら農家さんは家の縁側に座ってお茶をしていた。挨拶をして若竹で貰った白と家に有った赤を1本ずつお土産に渡すと、

「土居さんがくれるワインはどれも美味しいんでうちの嫁さん喜ぶんよ。」

「それは良かったです。」

「おーい。土居さん来てくれた。またワイン貰うたよ。」

奥さんがお茶とお菓子を持って来てくれて、

「まあまあ2本も。土居さんから頂くワインはどれも美味しいけんつい飲み過ぎて。」


 少しだけ世間話をして奥さんは席を外した。

「何日か前行きつけのスナック行ったら最近ちょくちょく来るお客さんで何か遊び慣れてない感じのおっちゃんが居たんで、何処の人じゃろう思うて聞いたらこの村の総務課長さんじゃいうて聞いたんじゃけど。」

「ふーん。あの男がスナック遊び?」

「これまで真面目な人じゃったんですか?」

「真面目いう訳では無いんじゃけど、ケチじゃし元々金が無いからスナックで遊んだりするとは思わんかった。それも市内まで。此処から往復のタクシー代だけでも大事じゃのに。」

「そうですよね。小一時間掛かるのに。」

「あいつな、うちの爺さんが役場に入れたんよ。高校で合格できるとこいうたら川上にある高校の畜産科くらいしかなかったんで家が畜産しよる訳でも無いのにそこに入ったんじゃ。感心やったんは片道20キロ近くある山坂を毎日ボロ自転車で通学した事位かな。けど出てからの使い道が無いもんじゃから爺さんが用務員で役場に入れたんじゃ。そんでも胡麻擂りは上手かったんで爺さんに勝った新しい村長に擦り寄って知らん間に事務職員になったんじゃけど、今の村長が当選重ねる内に今は総務課長じゃ。」

「畜産科がある高校いうたらこの県では僕の母校しか無いから先輩じゃったんか。」

「立派な先輩が居るんじゃなー。」

「評判悪いんですか?」

「同じ村長派の中でも嫌われとる。でも村長はそれが分かって無い。」

「子育てでも終わって外で遊べる余裕ができたとか?」

「それは無い。役場の給料は安いよ。県の給料と比べて大分安い。同じ自治体でも大きな市と小さな村では雲泥の差があるけんね。この村の給与はピンからキリまでのキリじゃから。」

「家に財産があるとか?」

「元の家は半分崩れかかった様な藁屋根の小さな家じゃった。田と畑が合わせても2反までは無かったんじゃなかろうか。両親は土木や林業の日雇いや他所の農家の手伝いして子供等育てたはずじゃ。今はその家を建て替えてはおるけど。」


 間違い無いとは思っていたけど自分のお金じゃ無いな。贈り物を受けたらしいけど現金貰っていたら良いのにな。今度見掛けた時あの汚い背広がそのお金で安物でも新しいスーツになってたら嬉しいな。


 昼を過ぎて署に帰った。部下は自分の席に座って一寸萎れている。僕は何も言わずに席に座った。今日の報告は家に帰ってから捜査報告書にする。この件の報告は知能犯ではあるけれど僕の係長から課長に上げて副署長を飛ばして署長にしている。


 文句垂に仕事を与えたら少しは収まるかと思って、暴力団の脅迫事案をやらせることにした。小人を閑居させると不善を成すそうだから。この街に元から居る方の暴力団はシノギの一つにスナックへのお摘み販売をしている。お摘みを納めた店は商売上の面倒事を引き受けるというみかじめ料の変形だ。納めていた店の内の1軒が納入を断ってきたのだが、脅し言葉を乱発し止めるのを止めさせたという事案だ。店から相談を受けた繁華街の中の協力者が僕に相談に来たので丁度良かった。


 事案の内容を課長に伝え、知能・暴力係長と僕の部下で検挙させるようにお願いした。僕が絡むと部下が僕に頼るので僕は一切手を出さないと告げて。課長自身が暴力畑だからちゃんと面倒見てくれるだろうと思っている。


 知能特捜補佐が下見に来ることになった。ついでだから前日から来て貰って家に泊まってから翌日関係個所を案内することにして、補佐が午後3時過ぎに署に来るので午前中西隣の市に

『マトウダイ』

を買いに行った。時々魚を分けて貰っている水産会社に頼んだら

『今朝帰ったばかりの底引きが良いのを沢山持って帰っている』

との事だったので3匹お願いした。嫁さんの実家と南隣の町に嫁いでいる嫁さんのお姉さん夫妻と僕の母と僕の係長を招いて夕食会をする事にした。


 昼前に市場に上がったばかりのマトウダイを魚屋だと1匹買えるかどうかの値段で3匹分けて貰い一旦家の冷蔵庫に。午後到着した補佐を署長室に案内し署長、課長、僕の係長で簡単な打ち合わせをして少し早いが帰宅。


 嫁さんも今日は午後から休暇を取って家に居た。補佐にはリビングで寛いでもらって僕は夕食の下拵え。嫁さんが補佐の相手をしている間に僕が台所の事を全部しているので補佐が驚いている。

「この頃私には何もさせてくれないんですよ。体調維持のための運動だけしとけって言って。掃除も炊事も洗濯も全部してくれます。」

補佐びっくりしている。感心しているのか呆れているのかはよく分からないけど。


 トマト農家さんがくれたハウス栽培のトマトやキュウリ、庭の片隅の菜園のサニーレタス等でサラダ。子持ちの落鮎を焼き干にしていたのを出涸らしの番茶で戻した後昆布出汁と日本酒代わりの白ワインで甘露煮にしたものや川蟹を臼で突いて水に浮かせた身を集めて豆腐と合わせて油で揚げた雁擬きも(・)ど(・)き(・)等をオードブルに。メインは魚はマトウダイのムニエル。バターをたっぷり使って半ば揚げた様に焼いたムニエルと、肉は頼母子仲間の肉屋に分けて貰ったヒレステーキ。この間若竹で貰ったのとその前に貰っていた白ワインと結婚式の余りを貰っていた赤ワイン。勿論乾杯は隠し持っていたシャンパーニュ。この街にはバケットが美味しいパン屋が無いのでバターロールで。この街にバターロールが美味しい店は何件かあるのだがバケットが。


 補佐には風呂上りに寛いだ服に着替えて貰い皆もラフな服装で集まり宴会スタート。皆がマトウダイのムニエルを誉めてくれた。若竹で貰った白ワインも中々評判が良い。皆が満足してくれた。ごはん大好き且大飯食いの義弟(おとうと)にはガーリックライスを作ってやった。ニンニク、牛脂、生椎茸を3㎜角位に刻んで冷や飯と一緒に塩胡椒と醤油で炒めてやったらすごいスピードで平らげてもっとないのかの顔をしたので皆が呆れている。


 食後はとっておきのスコッチを出して、

「石原部長が高級スコッチをロックで飲む姿格好良いんですよね。」

と言うと補佐も、

「あれは格好がええ。でも憧れて真似した奴は一杯居るけど様になった奴は見た事無い。土居もやらん方がええぞ。」

嫁さん笑い転げている。

「前からそう思っていました。」

もっと早く言ってよ。


 翌日は休暇では無いが家から下見に出発して本署に車を停めている補佐をお見送りして終わりという事になっているので、まずは嫁さんをファミリーカーで市役所に送り、その後家に戻り下見に出発。ファミリーカーで出ようとしたら、

「儂こっちがええ。」

補佐軽トラを指さしている。

「乗り心地もう一つですよ。」

「いや有名なこの軽トラに乗って、帰ってから皆に自慢するんじゃ。

『鼈刑事号に乗った!』

言うてな。」

「はぁ。」


 まずは話題の村役場から。次いで総務課長の自宅。この2箇所は間違いなくガサが入る。村長の自宅とその隣に在る村長がオーナーの土建屋の社屋とそこを預かっている甥の自宅。市内からの道筋を地図で確認しながら一巡した。


 景色を楽しみながら市内に戻りいりこ出汁の手延べうどん店で昼食を摂り、城山で休憩。昔天守閣が在った場所まで車で上がれる。

「おい、こんな処まで車で上がってええんか。」

「はい。僕はよく此処でさぼってますよ。」

「署がすぐ其処に見えとるじゃないか。」

「良い場所でしょう。」

「うん。土居がこの街離れた無いのがよう解る。本部長にも言うとく。本部長土居がお気に入りじゃけん。」

「え?」

「この頃儂も若竹に呼ばれとる。そこではよう土居の話が出る。」


 昼休みを終えて繁盛して無い繁華街に車を向けた。警察周辺スナック、河豚屋等を確認して署に帰った。もっと南の街の事務用品会社と社長の自宅等は特捜係長が確認に行くらしい。そこを管轄する署はこの件の蚊帳の外だから見つからない様に行かなければいけないが、この署管内は堂々と回れるので気楽だそうだ。


 署に帰って署長に挨拶をしてから補佐は帰って行った。署長からも課長からも労いの言葉を掛けられた。今日もまた本部長から署長に電話が有ったらしい。本部長が色々な事を素早く細かく把握しているのが不思議だったみたいだ。署長は本部長直轄のお庭番の存在を知らない。知っているのは極僅かだ。この署には僕しかいない。小さい署には石原組が居ないところもあるが近隣の署の者が兼務で情報を送っている。今年の忘年会はその事への労いの意味もあり盛大に大盤振る舞いをして貰えるそうだ。皆期待している。


 部下にやらせた事件は簡単な脅迫だから1勾留で略式で終わった。此れでも暴力団検挙の頭数にはなる。終わった日に会議室に部下を呼び、自分が気付いた部下の好ましからざる点、評価できる点を夫々箇条書きにして示した。好ましからざる点が圧倒的に多い。部下は読んだ後もっと不服そうな顔をするかと思ったがそうでもない。

「係長に酷い目に言われました。これを基にこれからのこと考えます。」

「やる気は事件を解決するためじゃ。自分が目立つためじゃない。結果として目立つのはかまんが目立つために動くのは本末転倒。」

「はい。でも如何動いたらええか分からんのです。」

「儂らのグループは

『自力で被疑者を割って初めて一人前』

じゃ。お前が刑事課に出入りし始めてからもう1年半、刑事課勤務の辞令を貰うてからでも半年が過ぎた。儂はお前の前で何件か被疑者を割って見せたがそこをどう見た?」

「あ、いや、凄いなーと。」

「そこが違う。感心するだけやのうて如何やったら割れるかを考える。解らんかったら更に考える。考えが纏まったらそれを伝えて評価を受ける。不正解ならまた考える。そしてまた評価を受ける。誰ぞが出した正解に乗るだけじゃあ何にもならん。」

「はい。でもそこが分からんので。」

「分らんで止めたらそこで終わりじゃ。分らんなりに考ええ。まずはそこからじゃ。」

「はい。」

 

 僕が黙っていると、 

「あのー、今何をやってるんですか?」

「まだ言えん。そのうち教えてやる。その時はお前を知らん人ばっかりの間に放りこんでこき使うて貰うてやる。楽しみにしとれ。」

唖然としている。


 その日が来た。総務課長の意見が通って、デスクトップパソコン十数台と周辺機器や消耗品の購入契約を結んだらしい。朝8時に一斉に着手。僕は部下に当日の朝6時に刑事課に来る様に伝えた。午前6時前に署に行くと部下は緊張した面持ちで自分の席に座っている。本部員は直接ガサの現場に行くので僕は時間前に近くまで行って部下だけを役場のガサに参加させる。指揮者である知能特捜補佐の傍に居て小走りだ。署を午前7時前に出れば間に合うからそれまでの間事案の概要を説明した。説明している間に署長、課長、二人の係長が出て来てやや緊張の面持ちを見せている。


 部下は混乱している。

「行くのは僕だけですか?」

「この署は地元自治体との関係があるから本部の特捜に悪者になって貰う。お前は貴重な経験を積むために足手纏いかもしれんが連れて行って貰って経験を積まそうという署長・課長の親心じゃ。有難くお受けせい。」


 午前7時に僕の軽トラで出発した。狙いの村の一つ手前の町のまだ営業前のスーパーの駐車場で落ち合って部下を特捜補佐に紹介しそのまま連れて行って貰う事にした。その予定で補佐の横の座席が空けてある。そのスーパーの駐車場に短時間車両を止める許可は僕が得ている。時間調整の後順次出発して行った。よく見ると後ろには報道陣の車両が続いている。下調べが良好で自信があるんだな。


 着手前の周辺捜査で金の流れ等は簡単に分かったと聞いている。関係者にこれが犯罪だという意識が希薄らしい。接待するのの何処が悪い的な感覚みたいだ。飲みに行った先のホステスに贈り物をしただの貰っただの自分から言ってるし、飲み代に堂々と会社宛の領収証を切って貰う位だから。こういう事をするために接待費があるんだろうといった処かな。企業同士ならそれも良かろう。でも公務員相手はあきまへん。田舎の個人商店の考え方だな。こんな奴等ばかりだったらサンズイ捜査も簡単だ。僕のやった事の値打ちが下がる。まあいいか。後を付いて行った報道陣が安気(あんき)に構えている奴等に極悪人のレッテルを張ってくれる。驚くなよ。


 署で昼のニュースを見ていると結構大々的に報道されている。総務課長は北東隣の署に任意同行をされそこで逮捕された。うちに任意同行をしなかったのは配慮だな。事務用品屋さんは会社が在るもっと南の署に同行されそこで逮捕された。事を起こしたうちの署は静かなものだ。テレビには僕の部下が映っていた。きつく言ってたからちゃんと手袋とマスクをしている。ガサで素手は無いけどこの前も証拠品の遺書を素手で触ろうとしたからな。うちの署は無関係を装っているからうちの署員は映らない方が良い。目立ちたい奴には不本意かもしれないが。ちゃんとビデオに録画してやったからな。部下は暫くは毎日午前8時30分に本部に出勤だ。午前7時過ぎの特急に乗れば間に合う。夜は最終の特急には乗れるようにしてやってくれと言ってある。


 ママと背が伸子の処にも事前に特捜が行って伝票等の裏を取ったが、

「此処の署には内緒でやっている事件だから知っている警察官が居ても絶対に言ってはいけない。」

と言ってるあるそうだ。ゴメンね。


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