首無し拳銃
知能・暴力主任にお手紙が。内容は某神社の境内に拳銃を置いたとのこと。
地域限定空き巣を逮捕し取り調べをしている頃、知能・暴力主任に匿名希望のお手紙が。警察官宛の匿名封書なんて怪しすぎるだろう。内容は
『某神社の拝殿の床下に拳銃1丁を置いた』
との事だ。僕はその時席を外していたので手紙を開封した時の様子は分からない。僕の係長の話では、知能・暴力主任すぐさま課長に手紙を見せ
『自分のこれまでの地道な捜査が実を結んだ』
と自慢気だったそうだ。地道な捜査ね。
知能・暴力係2名と鑑識と僕の部下が現場に行った。出て行く前の新任刑事に、
「あまり関わり合いになるな。見学しとれ。あくまでも捜査の研修じゃ。」
「はい。でもどうしてですか?」
「臭い。」
「何がです?」
「根拠は無い。でも極力関わるなと儂の勘が言うとる。」
新任刑事釈然としない顔で出て行った。行った処で荷物持ちだから関係ないか。
意気揚々と帰って来た。神社の拝殿床下に置いてあったのは真性拳銃だった。まだ綺麗なトカレフで弾も5発付いていた。お手紙書いた奴中々気前が良い。でもプンプン臭うな。こんな物に関わり合いにはなれないな。新任刑事君一寸ハイになっている。初めての拳銃領置だからかな。僕だって拳銃を押収した事は無い。知能・暴力主任だった頃は何とかしたいと思いはしたのだが、でも切っ掛けらしきものも無かった。それを1日中席に座ってる奴が?これは余り喜べる状態だとは思えない。単に僕の只の勘だけど。どういう取引をしたのだろう?
本部に報告したら褒められたらしい。そりゃあ真性拳銃、それも弾付きだからな。早速知能・暴力主任が本部に持参することになった。拳銃搬送だから新任刑事が運転手で同行する事にも。僕としては行かせたく無いのだが仕方ない。二人が出た後僕の係長に小首を傾げて見せると、係長も小さく頷いた。
署長、課長はどう思っているのだろう。課長は知能・暴力主任の怪しげなところを知っているはずなのだが。取引でも何でも出したもん勝ちというのは違うと思うがな。でも今此処で騒ぐと僕が成果に嫉妬している様に思われるのは嫌だし、奴は思うだけでは無くそこを感じたらすぐさま言触らすだろうし、沈黙を守ろう。僕の係長だけにはその事をこっそり伝えた。係長も小さな声で、
「新任巻き込まさん様に気ぃ付けないかんのぉ。」
何年か前から今回の様に、匿名の手紙か電話で拳銃を放置した旨を知らせる事案が時々ある。本庁が暴力団犯罪抑止の一環として銃器の押収を強く言い出してから。誰が見ても取引だよな。何も無しに虎の子の拳銃を穴掘って埋める奴が居る訳無いじゃないか。これはこの県だけでは無くて他所の警察本部でもある事らしい。此の県は何処かの真似なんだろうけど。石原組では有り得無いことだ。そんな事したら親分の逆鱗に触れる。それに元々そんな事考える馬鹿は居ない。僕達の友好団体であるブル連隊長の一派もやらないだろうな。でも末端では分からない。石原組程統制が取れている訳では無いし。
僕の部下もまだまだだ。目先の実績に囚われ過ぎる。捜査員として実績は大切だがあくまでも真っ当に積み重ねた実績に価値があるんだ。親分の前にはまだまだ出せないな。今回の事どう思っているのだろう。こういうやり方に気付いた時
『一つの方策』
と思うのか
『やってはいけない方策』
と思うのか。
僕の部下は一緒に警察本部に拳銃を持参して以来、知能・暴力主任と言葉を交わし始めた。それ自体は問題無いのだが染まっては欲しく無い。この間は暴力団周辺スナックのママから電話があり、
「土居さんの部下の新任刑事さんこの間店に来てくれたんじゃけどね、初めて見る先輩の刑事さんが一緒じゃった。もの凄く胡散臭い感じの。」
「そうやったん。注意せないけんのじゃけど、頭ごなしに
『付き合うな』
言うたら反発しそうやしな。」
「大変じゃね。」
「僕に有無を言わせん頼り甲斐があればこうは成らんのじゃけどな。」
「そんでもあの人と一緒は無い。」
「ははは、教えてくれて有難う。」
暫く放っといたら、最近知能・暴力主任の家にまで招かれているらしい。放っとけ。これが分からん奴を無理に繋ぎ止めることは無い。僕の係長も心配してるみたいだ。
「如何するんぞ?」
「如何もしません。」
「如何もせんたて?」
「あいつに人を見る目が無いのなら仕方ないです。無理に引き留めて勘違いされても嫌だから。」
「感違いて?」
「自分が必要とされてる、自分が値打ちもんじゃと思い込まれても面倒なんで。」
「そうか。うん。この件は任す。でもあいつ案外じゃったな。」
「僕にもありました。勘違いは。」
拳銃が出てから3週間。僕が調べていた地域限定空き巣も片付いた。月末の研修会で表彰があった。新任刑事は拳銃発見と空き巣狙い解決両方で本部からの表彰を受けご機嫌だ。拳銃発見は知能・暴力係長の表彰を上申予定だったのだが係長が、
「表彰は若い衆にやってくれ。」
と言ったらしい。僕の部下は以前
『知能・暴力主任みたいには成りたく無い』
と言っていたのにこの頃大分取り込まれかけているみたいだ。チョロい奴。
その直後、署長・課長が蒼褪める情報が届いた。
『この署から出た拳銃には殺人の前がある』
という衝撃的な情報だった。本部の鑑識課で拳銃の殺傷能力の有無を調べるため発射実験をした弾丸の線条痕が、他所の警察本部の殺人現場で採取した銃弾の線条痕と一致したらしい。鑑識課が線条痕を本庁の科学捜査研究所に送ってデータベースと突き合わせたらそれが判った。
今署内は上を下への大騒ぎだ。僕と係長はそれを冷ややかに見ている。僕の部下はおろおろ。知能・暴力主任は、
「誰が自分に手紙を書いたのか全く心当たりが無い。」
と言い張っている。お前を名指しの手紙じゃろうが。おろおろしている僕の部下に、
「心配せんでええ、お前が主導したと思う奴は一人も居らん。本部から聞かれる事には全部正直にありの侭を言え。最近仲ようしとるけんいうて他人をかばい立てするな。お前が痛い目に遭うぞ。あいつは形振り構わず逃げにかかる。平気でお前に撥ね掛ける。巻き込まれるな。」
「………。」
係長が、
「解っとるんか?!巻き込まれたらお前は終わるぞ。」
脅し過ぎたかな。新任刑事半泣きだ。こんな事右も左も分かりかねてる新任刑事がやれる訳無いしそう思う上司も居ないだろう。でもそれでも他人に撥ね掛けよう、逃げようとするのが奴だから。
新任刑事が本部に呼ばれる前、こっそりと事情聴取の予行練習をした。仕事が終わった後官舎の係長の部屋に集まり聞かれそうな事とそれに対する回答を僕が反復して教え、係長が模擬の事情聴取をする。まあまあ上手くいった。
「土居部長流石じゃのう。監察の取り調べ何遍も漕いできただけある。」
「何遍もは無いですよ。看守の時留置人が自殺した件で1回呼ばれただけです。それにあの時は単なる巻き込まれじゃから。うちの親分みたいに監察官室員に自分をチクった奴を逆にうたわすような芸当はできません。」
係長が僕が教えている間に嫁さんに電話して少し飲んで帰ると伝えている。まあ係長が言うと嫁さん笑うだけで断らないから良いか。
係長の部屋には酒はあるが肴が無い。散らかった部屋に封が開いた乾き物が紙ゴミと一緒に有る程度だ。これは嫌だから小料理屋に行く事にした。嫁さんが作った晩ご飯食べる腹は残しておかなければいけないから刺身を少しと酢物と冷酒だな。僕の部下は店に向かって歩いている間も項垂れている。分かり易い奴。僕も昔は分かり易い奴だったから言えないか。
飲みながら、
「心配する程の事は無い。今日の通りにやれば問題無い。あのバカに同情はするな。あいつは何とかしてお前を巻き込もうとするぞ。それに巻き込まれるなら儂等も見限る。ように考えい。」
「分かりました。僕が馬鹿だったです。僕に近づいてきたのは部長が何をしているのか探るためやったんがやっと解りました。」
「何か教えたか?」
「トマト農家さん他の日頃行ってる先を言うてしまいました。部長がトマト農家さんにパソコン教えて貰ってることも。」
「そうか。」
「済みません。それと今回の空き巣の手口や捕まえ方も。」
「あれが次空き巣する頃には知能・暴力主任此処らに居らんから構わん。」
それにあそこらの人達がいきなり行った初対面の捜査員に挨拶以外話をする事は無い。
村がОA化を図っている事は言っていないし、何処の業者が来ているかはパソコン教わりに行った時しか聞いて無いから問題は無い。あの勘の悪い奴が気付くことは無い。
「部長の勘は凄いですね。」
「そうやな、勘が悪いと美味しい餌に有り付けんし猫いらず喰うてしまう。」
「僕喰うてしまいました。」
「今吐き出したら命は落ちん。」
早めに切り上げて家に帰った。晩ご飯もいつも通り食べた。嫁さんに今回の事を話したら笑ってた。
「ふーん、如何するの?守るん、切るん?」
「さあ。あいつ次第かな。」
「秀明さん間違えることは無いやろうからまあ。」
知能・暴力係長と知能・暴力主任と僕の部下が本部監察官室に呼ばれた。課長と僕達その他の課員は署に出張して来た監察官からの事情聴取を受けた。僕と係長は打ち合わせ通り淡々と事実だけを述べた。疚しいところは一つも無いので嘘を吐く必要は全く無い。自分の知る事実だけを話せば良いのだから何も問題は無い。只新任刑事が舞い上がって有らぬ事を口走りさえしなければ良いが。そうなっても本人が困るだけで僕と係長が困る事は全く無い。課長、署長は監督責任を問われるが加担して無いことは理解されるだろう。
3人は警務係長が付き添って、署の車両係が運転する人員搬送用の大型車両で夫々離れた席に座らせられて出発して行った。僕の部下は顔色が悪い。
「色々引っ掛けるような質問をしてくるだろうけど、事実だけを落ち着いて話せ。真実を話すだけだから辻褄が合わなくなることは無い。」
と出発前に念を押した。車両の窓から不安そうにこちらを見ていたのでサムズアップで見送った。中東辺りでは品の無い意味があるらしいがここでは問題無いの意味で。
午後8時を過ぎて帰って来た。嫁さんには事情を言って
『今日は遅くなる』
『晩ご飯は要らない』
と伝えてある。
疲れ果てて搬送車から降りて来た。早速署長室に行かせた。署長と課長には挨拶が済めば係長と僕が事情聴取の状況を聴くと言ってある。知能・暴力の2人は知った事じゃ無い。僕と部下は挨拶が終わるとすぐに署を離れ係長の官舎に行った。そこには小料理屋の女将さんが作ってくれた刺身、煮物、田舎巻き等が用意してある。係長は先に帰って準備をしてくれている。
『部下が帰って来たのでこれから行く』
旨を電話して僕の軽トラで出発した。今晩は官舎に置いて帰る。
お、係長ちゃんと部屋を片付けている。やればできるんだ。新任刑事もその官舎に住んでいるので、
「疲れたやろう。まずはシャワー浴びて来い。10分で此処に来い。」
「はい。」
表情が無いな。大分詰められたかな。
僕も夕方一度帰って風呂だけ入ってきている。勿論嫁さんに今日の事を再度説明もした。
待つ間、
「だいぶやられたみたいですね。常識で考えたらあれにこんな事が画策できる訳が無い事位分かりそうなもんじゃけど。」
「監察は疑うんが仕事じゃし、性格悪い奴は自分が上になった様な気がして嵩に掛かって来るんじゃ。」
「係長良く知ってますね。」
「おう儂も昔同僚に盗人の罪を撥ね掛けられて調べられた事があっての。」
丁度10分で部下が来た。
「疲れたじゃろう。まずはビールじゃ。」
新任刑事10オンスタンブラーに注いだビールを一気に飲み干した。
「疲れました。」
「儂等が言うたとおりの対応ができたか?」
「はい。お二人よりは大分言葉がきつかったし高圧的やったけど言われた通りに繰り返しました。でも嘘か実か
『主任はお前が手紙書かしたんじゃないか言うとるぞ』
言うてしつこかったんですけど
『絶対違う』
言うて跳ね返しました。腹立ったんじゃけど部長が
『感情的になるな冷静に否定せい』
いうて教えてくれとったんでそこは守りました。」
「そうかそれは良かった。お前に今回の事ができる才覚が無い事位分らんのかのう。それにあいつ手紙届いた時
『自分の地道な捜査が実を結んだ』
言うとったやないか。」
「そうですよね。」
やっと笑った。
「帰り道であいつの様子は?」
「何か話し掛けようとしましたが無視しました。警務係長に止められてたし。」
腹が減っていたみたいだ。女将さんが持たせてくれた料理を夢中で食べている。多分そうなるだろうと思って料理は多めに作って貰っている。食べられない程憔悴して帰ったら如何しようかと思ったが、これなら心配無い。僕達も一緒に料理を食べて今日の事に絡めて知能・暴力の悪口を言いながら酒を飲んだ。係長安心したのか日頃より酔いの回りが早そうだ。
翌日も知能・暴力の2人は朝から本部に呼ばれていた。その次の日は主任だけが。主任だけが呼ばれた日の午後、
『知能・暴力主任を銃刀法違反で逮捕する』
との報せが届いた。自作自演であることを自供したらしい。署長と課長は前もって知らされていたのか、流れからいけばそうなると判っていたのか思いの外冷静だった。こんな不祥事を起こしてしまっては、この署は今年幾ら実績を上げても評価は上がらない。かといって僕個人にも強行・盗犯係にも関係無いから知らん顔だ。
知能・暴力主任は逮捕されて県庁所在地の隣町にある拘置所に収容されている。調べ官としてはそんな遠い所まで調べに行くのは嫌なのだが、事案が事案だから仕方がない。留置係としてもつい先日まで刑事だった奴を見張るのは嫌だろうし、元マル暴刑事だから収容されている暴力団員から過去の意趣返しをされても困る。
知能・暴力主任に自作自演を認めさせた取り調べ官は僕が此処に来た時の刑事課長だと聞いた。銃刀法違反だから本来本部の銃器薬物対策が調べるべきなんだろうけど、最近まで似た様な部門の仕事をしていた者ではやりにくいだろうという事でこれまで本部で勤務をした事が無かった、僕がこの署に来た時の刑事課長が調べ官に抜擢された。大部分の同情とほんの僅かの好奇心で当人に電話をするとすごく嫌がっていた。以前被疑者と一緒に勤務をした経験がある者は難を逃れたのだが元課長はこの署では入れ替わりだったし、それまでも一緒に勤務をした事が無かったので白羽の矢が立ったらしい。嫌がってはいたが、
「兄さんから家に直接電話があって
『嫌な仕事じゃけど誰かがやらないかん事じゃけん』
言うて過分の激励を貰うてしもうた。勤め上げん訳にはいかんじゃろうな。」
と腹を括ったみたいだ。多分心を鬼にして追い込むだろうな。見た目は穏やかそうだけど石原組らしく根性座ってるから。
元課長の根性入れた調べで、
『拳銃は自分が資金を用意して買った物』
『入手先は以前自分が調べた事があるシャブ屋』
等の事実が次々明らかになった。今年の5月始め、前の本部長と交代した新本部長慌てているだろうな。前本部長良い時に転勤したものだ。
マスコミは挙って警察のやり方を非難している。一捜査員のやり方では無く警察全体を。ここまで来たら小さく収めるのは不可能だ。共犯者の有無を追及したら、最近は自分が属していた派閥のボス猿であるマル暴特捜補佐の関与を匂わせているらしい。自分だけが悪い訳では無いとも。2勾留目の途中で調べ官が交代した。此の儘だとどこまで広がるか分からないと上層部が危惧したかな。
取り調べ官交代のお祝いを電話で言ったら、
「兄さんが褒めてくれた。」
と言って喜んでいた。多分褒賞もあっただろう。
「時間が取れたらこの街に来てください。川狩りにでも行きましょう。奥さんと一緒に僕の新居に泊まってください。」
「うん。必ず行く。」
元課長は細かくは言わなかったが、被疑者は特捜補佐以外の捜査員の関与も仄めかしているみたいだ。元課長はその名前を監察官他に報告しているらしい。只詰める前に調べ官を交代したのでその後のことは判らないそうだ。何とか被疑者独りに責任を取らせて幕引きを図る積りなんだろう。それなら最初の取り調べ官の選定を間違ったな。
起訴後奴は懲戒免職になった。うちの刑事課は欠員1名だが元々仕事をしてない奴が欠けただけなので困る事は無い。署長、課長、知能・暴力係長にもそのうち処分があるだろう。3人共しょげている。でも監督責任だけだから、今僕が此処に来る前の署で署長をしている僕達の若頭なら
『ふん!』
で終わらせるんだろうな。
被疑者が起訴された後に前の本部長が遊びに来た。何故か今の本部長も一緒に。現本部長は前本部長の大学の後輩なのだそうだ。以前にも同じ職場に居た事があり仲良くしているみたいだ。現本部長もその縁で石原部長とは以前何度か会った事があるらしい。最初前本部長から電話があり、次いで石原部長から電話があり、その次にはワイン、日本酒、ビール、牛肉が売りに行く程送られて来て、肉は家で保管し兼ねるので頼母子仲間の肉屋さんの冷蔵庫で預かって貰った。お負けに塊だった肉をバーベキュー用に切り分けて貰ったし。本部長2人は率先して夏季休暇を取得するという名目で。僕もそれに合わせて夏季特別休暇を取得。
今回は2人とも単独で来た。前本部長の意向を聞いて宿泊はお義父さんの所で。2泊3日で来たのだが、昼前に着いた2人に川下りをしながら船上で昼食を取って貰い、船を降りてからは藩政時代から明治の頃の風情が残る街並みを散策して貰いその晩は嫁さんの実家で宴会。市長とゴルフ場の支配人を呼んだ。現本部長ゴルフ好きらしいので喜んでいた。早速この後の予約をしたらしい。翌日は早朝から僕が浸けていた鰻の地獄と蟹籠を上げに行き朝食の後から昼過ぎまで川で鮎釣り等で遊んで、昼酒・昼寝の後は自分達が獲った鮎や鰻と送って貰った牛肉を庭で焼いてバーベキュー。
僕はお昼寝抜きで会場設営と鰻捌きと鮎の串打ち。署長・副署長と刑事課員も呼んだ。初捜に当たっている送致には、
「申し訳無いが後日埋め合わせをするけん。」
と約束して辛抱して貰った。知能暴力係長は当直司令なので丁度良い。市長夫妻と先輩の奥さんの御両親とお世話になっているトマト農家さんご夫妻と僕の母も呼んだ。
トマト農家さんがトマトは勿論、茄子、胡瓜、オクラ等を一杯くれて、母が茄子と川蟹をピリ辛で炊いたら前・現本部長大喜びで食べてくれて、皆が和気藹々と飲んで食べている間に署長達が今回の不始末を詫びたが現本部長全く気にしていない。
「着任してすぐの事ですから監督責任と言われても。形だけの責任は取らなければいけないけど尾を引くことは無いです。」
そんなものなのか。
翌日2人共
『リフレッシュできた』
と言って喜んでくれ列車で帰って行った。お土産は鮎とアマゴの焼き干。署長達は僕が面談の機会を作ったんだと勘違いして凄く僕に感謝しているし、会って話ができて責められなかったし感触も悪く無かったのでほっとしているのが丸判り。これが石原部長の狙いだったのかな。前本部長が電話してきたのは石原部長が持ち掛けたんだろうな。
新旧本部長が帰った翌日に課長に呼ばれた。署長が
『今年来た捜査経験がある巡査部長を刑事課に』
と言っているがとの事であった。
「僕に人事の決定権は無いですから口を挟むことはありません。席が埋まるのなら知能・暴力の仕事はその人にやって貰います。僕は知能・暴力の仕事から一切手を引き自分本来の仕事に集中します。」
と答えておいた。僕の係長にも相談があったみたいだ。その巡査部長は今交番に居るのだが、自分が捜査係になれなかったのは僕が邪魔をしたと思い込んでいるらしい。それを知っている係長は、
「あいつ入れたら土居部長は確実に知能・暴力の仕事から手を引くし二度と係りませんよ。あいつに土居部長の片手間を上回る力量があるのならそれでええですけど、儂には前の奴と変わらん様にしか見えませんけどね。」
と答えたらしい。結局知能・暴力主任は空席でいくことになり、署長が署内異動をしようとした事をそれとなく僕に詫びてきた。どうもその主任の同期生と署長仲が良いらしい。
つまらない事案があったので課の仕事が停滞したが、元知能・暴力主任の懲戒免職をもって気を取り直して再出発しようという事になり、行きつけの小料理屋で刑事課の懇親会を開き署長・副署長を招いた。初捜の代行を捜査経験がある防犯課員に銘酒1升でお願いして。頼母子で使う2階を会場にし暴力団周辺スナックのママとホステスさん達が、二次会に全員で行くという条件でコンパニオン代わりをしてくれ結構盛大に。
元緩々ゴムのおねいちゃんも来ていた。慣れてきたのか結構あか抜けてきている。元々スタイルは良かったから。僕の部下は今回の事で懲りているから暫くは軽率な行動をとらないと思うのだけど要注意だな。執務時間が終わるとすぐに集合し2時間程其処で飲んでそう遠くないママの店に皆で歩いて行った。
店に入ると留守番をしていた中に新顔のホステスさんが居た。ん、こいつ見た事がある。何じゃ緩々ゴムの仲間じゃないか。緩々ゴム達の中ではこの2人の見た目がましな方だった。そいつも僕を見て笑ってる。
「私も1週間前から来させて貰うとるんですよ。御贔屓に。」
「頑張って稼いでね。」
ママが、
「土居さんのお陰でうちは助かっとるんよ。」
「何処が?」
「土居さんが来る店じゃから変なのは来ん言うてお客さん安心してくれてるし、その人等がまた違う人達連れて来てくれるし、市役所の人等もここは安心して飲める言うて来てくれるし、その上他所が羨ましがる若い従業員世話してくれるし。」
「そうやったん。知らんかった。」
【こいつ等がね?】
従業員が増え客が増え店の雰囲気も以前より華やかになっている。結構な事だ。僕達は店の一角を占領し楽しく飲んだ。署長気分良さそうに歌ってる。
「土居部長も歌え。」
「署長初任科の頃からご存じでしょう。僕が音痴なの。」
「え、そうじゃったかのう?」
「前から僕は芸無し猿で通ってます。定元係長が匙投げました。」
「土居さんにも苦手なもの有るんじゃね。」
「一杯有るよ。女性、お金、お酒、その他諸々。」
皆そこそこ酔ってきたのでお開きに。刑事課の飲み会は何時も僕が目を配って皆の酔い加減で締めに持って行く。皆もそれに従ってくれる。今日もいつも通り締めに誘導しママに会計をして貰った。でも勘定が安過ぎる。それを言うと、
「安過ぎるいうて文句言うんは土居さん位よ。」
相手にして貰えなかった。
署長達もこの店を気に入ったらしい。暴力団周辺スナックから警察周辺スナックに模様替えだな。署長達は先日の新旧本部長との面談以来、それまでやや乱れ加減だった心も落ち着いてきた様子だ。知らない間に僕は新旧本部長を気安く家に呼ぶ事ができる存在であると思われている。それは僕じゃ無いんだけど。その話が本部や他所の署にまで伝わって、若頭や若頭補佐が面白がって電話をしてくる。自分達だって若竹や舞やノワールで一緒に飲んだり、専務さんがやっているゴルフ場で一緒にゴルフをしたりしているの知ってるんだから。
元知能・暴力主任の起訴後直ぐに本部の暴力特捜補佐が逮捕された。取調べ官交代しても抑え込めなかったみたいだ。被疑者が検事調べで
『暴力特捜補佐もこの事は了解済みやった』
と強く供述したもので、特捜補佐が否認しても通らなかったみたいだ。でも逮捕されても特捜補佐は完全否認。言った言わんの事だから起訴できるかな?でも警察官としては終わったな。
特捜補佐が逮捕された直ぐ後のある日110番通報が。
『この署管轄内の神社の境内で首つり自殺』
僕達にしてみれば自殺はこの署管内だけでも年間に十数件、年によってはそれ以上発生する事だから特に驚く事では無い。亡くなった人の家族には申し訳ないが殺されていないことがはっきりすれば僕達的には問題ない。
通報された現場は先日首無し拳銃が発見された神社だ。係長が
「続くのう。何ぞ呪いが掛ったかな。」
現場臨場するとパトカーが先着していた。救急車も停まっている。救護措置はしていない。神社の西側が鬱蒼と茂った大きな樟の森になっており昼でも暗い。その上今日は間もなく雨が降るであろうどんよりとした曇り空だ。大勢で居るから良いけど1人だと一寸足を踏み入れるのを躊躇しそうな雰囲気だ。その中に在る周りと比べればやや小振りの樟に仏さんぶら下っている。
「吊ったの大分前です。完全に硬直が来て蘇生は無理なので降ろしませんでした。」
「これは無理じゃね。」
鑑識が今の状態を写真撮影しロープの長さ結び目の位置等を計測後降ろすことになった。
うん、此の仏さん何処かで見た事があるぞ?誰やったかな。
「係長、此の仏さん何処ぞで見た事があるような気がするんじゃけど。」
「うん。儂もそう思いよったんよ。」
死ぬ気十分で此処に来たみたいだ。木にロープを掛けるために脚立持参だ。折角だからその脚立仏さん降ろすのに使わせて貰おう。使う前に一応天板の足跡をゼラチン紙で採取する様に鑑識に頼んだらパトカーの若い巡査が、
「済みません。僕仏さんの生死を確認するために脚立使うてしまいました。」
「ああそうやったん。まあ念のために採取しようと思うただけじゃからええよ。次から気ぃ付けてな。」
ロープは枝に結んでいるのではなくロープにロープをくぐらせて枝に結束しているから途中を切らないといけないな。ロープを切ったら仏さんが落ちるから僕の部下に仏さんを支えさせた。ロープを切ったら僕の部下は支えきれずに仏さん抱いて転倒。その場の皆笑いを堪えている。
若輩者には次から次に仕事がある。憮然たる表情で立ち上がった部下に、
「脚立に上がってロープ外せ。このマジックで何処と何処がクロスしとったか目印付けての。」
「はい。」
「おい。儂は若い頃蝿がびっしり集った蕩ける変死人を今のお前みたいに抱かされた事がある。土居部長かてもっとひどい目に遭うて此処まで来とるんじゃ。この位で顔色変えるな!」
係長に一喝された。
気を取り直して脚立に上った僕の部下、ロープが掛っている場所が見える位置に着いたのだが何もせずにじんわり後ずさり。
「部長、一寸確認してください。下から確認した時には見えんかった枝の上側を。」
「何が有るんじゃ。」
上がってみるとそこには藁人形が。何か書いてある。よく見ると
『今拘置所にいる元知能・暴力主任の名前』
が紙に書いてあり、藁人形と重ねて五寸釘で打ち付けてある。それと遺書らしきものも傍に。
「おい、周囲捜してみい。金槌そこらに落ちてないか。それと鑑識此処に上がって写真撮ってや。」
鑑識が僕と交代で上がってそれを見て、
「おー。」
ストロボを焚いて写真を一杯撮っている。降りて来た鑑識が僕に、
「もっと上見た?」
「いや暗うて見えんかった。」
「ストロボ光った一瞬やけど、上の方に同じような藁人形他にも有ったで。それも1個や2個じゃ無い。」
「おとろしやぁー。」
金槌を捜していたパトカーのお巡りさんが叢からまだ新しい金槌を1本見つけた。鑑識が写真を撮り位置関係を計測し領置。
仏さん何処かで見た事があるはずだ。北東隣の署の刑事課員だ。死ぬと人相が変わるから分からなかったし、死んでしまっては僕ももうハイエナ返しができなくなった。こうなったら北東隣の署にも連絡して現場を見せないといけないし、検視も立ち会わせなくては。本部への報告もある。今捜査中の事案の重要参考人だから何ヶ所かに連絡する必要があるだろう。それは本署でやって貰おう。
現場は一応済んだので仏さんを連れて本署に帰ることになった。僕は1人で此処に残り来るはずの北東隣の署員を待って説明をする事に。説明用に何枚かポラロイド写真を撮って貰った。
皆が帰る前一応遺書を読んだ。部下が素手で触りかけたので、
「こらぁ!手袋せんか!」
「あっ。」
立案も、購入費用の負担も全て元知能・暴力主任だ。これまで浮かんで無かった名前もある。これで誰も逃げられない。仏さんの役割はこの神社に拳銃を置くことだった。
隣の署の刑事課長と鑑識が来た。検視をしているうちの署の方には捜査係長が行っているらしい。発見状況は通信指令室から聞いたみたいだ。ポラロイド写真を見せながら到着時の状況を説明した。藁人形と恨み骨髄の相手の名前を書いた紙を打ち抜いた五寸釘の写真を見て息を呑んでいた。
「遺書の内容はまあ想像の通りです。持って帰ったので署の方で見て下さい。此処に拳銃を置いたのは仏さんで、被疑者に依頼されたらしいです。他の関係者の名前もありました。もう逃げられる奴は居ません。後をどう始末するかは上の人に任せる他無いですけど。」
隣の署の刑事課長言葉を発しない。自分の監督責任も免れ得ないことを自覚したんだろう。死んだ刑事がハイエナをするのを止めるどころか奨励していたと聞いているので同情はしない。相応の処分を受ければ良い。
死んだ隣の署員は昨日監察に呼ばれ今日も行くはずだったらしい。しかし今朝時間が来ても姿を見せないので捜していたらうちの署からの通報があったという事みたいだ。こういう事は考えられたんだからちゃんと気を配れよ。
僕からは何も言う事は無い。隣の署の刑事課長達は検視をしているうちの署に行くことになった。僕は係長に、
「区長の家に寄って説明をしてから帰ります。」
と言ってある。
この地区の区長はパトカーと救急車が来ている事に気付き近くまで来たが、顔見知りの僕が帰宅して貰っていた。僕が家を訪ねたら、
「土居さんの事じゃから帰りに寄ってくれると思うとったんよ。」
「うん。その前に塩をくれんかな。清めてからじゃ無いと迷惑じゃろう。」
「はい。今直ぐ。」
区長さん塩を小皿に入れて持って来てくれた。体に振り掛けこぼれた塩を踏みしめてお清め終了。
「土居さん信心深いん?」
「ははは、強行犯の刑事は皆罰当たりばっかりじゃ。そんでもまあ世間の慣習は大事じゃから。」
「今日の件は如何じゃった?」
「うん。説明聞かんと落ち着かんじゃろうけんな。聞いても落ち着かんかもしれんけど。」
「え、何事ですかいの?」
「首吊っとったんは北東隣の署の警察官じゃ。色々悩みがある人じゃったんじゃけど、これは仏さんのプライバシーじゃから悩みの内容は言えん。明らかな自殺じゃ。事件性は無い。それよりもなあ、あそこ区長さんの肝入りでお祓いした方がええ。」
「はい。首つりがあったとこじゃけんその方がええですな。」
「うんそれもじゃが………。」
「他に何ぞ有りましたかいのぅ?」
「うん。あの首吊っとった木の、葉っぱで隠れて見えん処に藁人形がなんぼか打ち付けられとる。丑の刻参りした奴が居るな。やったんは1人じゃ無い。神主さんに祓うて貰うて除けた方がええな。」
「ええー、そがいな物が。」
「うん。首吊ったロープ外そうとして木に登ったら有った。」
「それはいけん。早速お祓いの段取りします。」
「うん。要らん事かもしれんけど一応。」
「いやいや、言うて貰わんと分からん事じゃけん。有難うございます。」
一番新しい奴は証拠品だからお祓い無しで取ったけど、取ったのは僕じゃ無い。
署に帰ると検視は終わっていた。状況も死体現象も考えられる動機も殺人を疑う理由は無い。その動機については監察的には問題があるけど僕には無関係。
執務時間終了後特に用事が無かったのでさっさと家に帰って風呂に入りビールを飲んでいたら本部長から電話があった。
「今日の事を含め報告に来る幹部の言葉が歯切れが悪くてもう一つ納得がいかないんですよ。土居さんどう思います?」
この件が発生した時から今日の検視まで順序立てて自分が思う処を説明した。
「そういう事ですか。説明に来る人達できるだけ小さく報告しているのが良く分かりました。この事だけではなく他でも同じ様な事しているんでしょうね。そこをこれからも知りたいんですけど何かいい方法無いですかね。」
「此の件の被疑者を最初に調べた補佐なら信用できます。石原部長のグループですから信頼できる仲間が県下一帯に居ます。そこから各署の情報をその人に逐一上げる様なシステムを構築します。東の方の署長が僕達のまとめ役なのでそこから指示を出して貰います。その補佐と庁舎外で時々会ってみられたらどうでしょうか。繁華街の入り口近くに若竹という店があります。そこの小座敷なら目立たないし。そこの女将さんは石原部長の妹分で信用できます。何なら僕が手配しますが。」
「お願いします。」
早速若竹に電話をして用件を伝えた。快諾して貰えた。代金は僕が後日と言うと、
「こういう時のために洋美さんからお金預かってる。本部長さんにも上手にその事説明するし土居さんは心配しなくて良いよ。」
との事だった。
次いで元課長に電話して事情を話し最初の会合の日取りを決めた。その事を若頭に承諾を得て、各署の仲間に指示を出して貰えるようにお願いし、その結果を本部長官舎に報告して了承を得た。最後に若竹の女将さんに、
「宜しくお願いします。」
と仁義を切って任務終了。
嫁さん笑ってる。
「田舎の30過ぎたばかりの巡査部長にこんな事ができるとは本部の偉い人達思わないだろうね。」
「お偉い人達を陥れる気は無いんだけど、甘く見てはいけないというとこは思い知らさないと。何と言っても本部長は石原組の客人だから。」
本部長は補佐と飲みながら話をして今回の事の詳細を把握し、以後県下に発生した事案について署長達の報告とは別の視点からの報告を受けるルートができた事に満足してくれたらしい。2人は意気投合して舞でも仲良く楽しく飲んで、それ以後は元々頭が良い人だから幹部連中が言う事の綻びを見つけてはそこを突き、今後一切合切報告せざるを得ないように持っていきつつあるらしい。幹部達の言葉が嘘か実かを確認するシステムもあるし。
「私を蚊帳の外に置きたがる幹部は要りません!」
と正論で脅迫して幹部達をビビらせたらしい。
遺書の内容を知らされた特捜補佐、言い逃れのしようが無くなって完全黙秘らしい。既に被告人になっている主犯も弁護士から責任転嫁はできそうにないと聞き公判での方針を改めたらしい。これまで名前が出て無かったもう1人は悪巧みの現場にたまたま同席し単に事情を知っていたという位らしく全て認めて依願退職で収めるそうだ。その警察官の最後っ屁で、
『特捜補佐は知っている』
『自分が居た席でその事を聞き実行を了承した』
と証言されてアウト。
僕が思うには、
『嵌められた』
とでも遺書に書いて、元知能・暴力主任が首を吊っていればお終いだったんだよな。
『俺はやって無い』
『悔しい』
とかも。そしたらうやむやにできたのに。そうする時間と状況を上層部が一応与えた様にも見えるのは考え過ぎだろうか?でもそれができる位ならこんな愚かな事を最初っからしないか。それに加担した奴等が逃げ切るのも面白く無いからやっぱり仲間内で撥ね掛け合いや足の引っ張り合いをして貰った方が良い。それを見て笑うほうが楽しいかな。でも巻き込まれて死んだ人間は可哀そうだ。
只拳銃を工面したシャブ屋は、拳銃を被疑者に売ったことを認め、値段、支払方法等を詳細に言うのだが自分の入手先は頑として言わないらしい。警察はなんぼ怒らしても懲役だけど、その筋を怒らすと死刑だからかな。
『パン』
と大きな音がした後いきなり鼻の穴や尻の穴が増えて絶命するのは嬉しくないよな。
この件は此処までだ。これで警察が変わるかと言えば、変わらないだろうな。内容を問わない件数と実績ばかり言っている限りは。それよりも僕の部下が今回の事を糧にして確りしてくれたら嬉しいのだが、今の処期待薄だな。




