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二足の草鞋

窃盗の件数は稼いだ。課長は知能・暴力も何とかしたいらしいが、担当者にやる気も能力も無い。仕方ないので僕が。

 入梅を過ぎた頃の月曜日新任刑事を何時もの小料理屋に誘った。勿論嫁さんの許可を得ての外飲みだ。新任刑事、刑事登用と同時の広域窃盗犯解決だったので面食らいはしたが勉強になった様子だ。

「刑事課ってこんなに忙しいんですね。昨年度はそうでもなかったのに。」

「前の課長の時は皆やる気が無かったからなぁ。課長と仲良くしてた知能・暴力は検挙能力が無かったし。」

「僕1回も知能・暴力の仕事手伝ってませんよ。」

「仕事して無いんじゃから手伝おうにも手伝えん。」


 今日は女将さんにお願いしてイサキと昔ながらの作り方の田舎豆腐を用意して貰った。女将さんがホータレイワシや出始めた路地の夏野菜も。今日此処に新任刑事を呼んだのは、強行・盗犯だけでは無く知能・暴力の件数を担ぐ気があるかどうかを確認するためだ。


 まずは冷えたプレミアムビールを田舎豆腐の冷奴で。新任刑事には普通に薬味を掛けたやつ。僕は出汁醤油だけで。僕が子供の頃祖父が醤油を掛けただけの田舎豆腐を肴に焼酎を飲んでいた。その頃は祖父の酒の肴はどれもノーサンキューだったが、30歳が近くなった頃からそれ等のものが妙に食べたくなって晩酌のお供にしている。嫁さんは食べたそうにしない。


 新任刑事は管区機動隊を漕いで来ているからそこそこ飲める。でもあまり上品な呑み方はして来ていないみたいだ。まだ一寸家に呼ぶのはという事で此処に呼んだ。

「課長から知能・暴力の件数を拾ってくれと言われた。今の状態で知能・暴力のあいつに任せとったら事件検挙は飛込以外では無理じゃ。係長は知能一筋で此処に協力者はおらんし当てにできん。実績は間違いなく不足する。今度の課長はええ人やから儂は受けようと思う。お前どう思う?」

「いや、自分はどうやって良いか分からんので部長にお任せします。」

「強行・盗犯、知能・暴力、二足の草鞋を履く訳やから当然忙しゅうなる。引き受けたからには事件挙げん訳にはいかんから良い事件拾えんかったら休み返上という事にもなるがそこ等は如何じゃ?」

「僕が刑事になってから土居部長の姿見てきて思いました。やらないけん事のためには休み取らずにやり上げる。やっといてから奥さんと一緒にゆっくりする。そこで切り替えてまた一所懸命に仕事にかかる。格好良いです。」

「そうか。」

「ヤクザ押さえつけて、上司相手に一歩も引かんのに奥さんにはすごく優しいし。」

「優しいというよりも弱いというのが正解じゃな。」

「やりたいです。なったばっかりの小若い衆が言う事じゃないかもしれませんが、知能・暴力主任みたいには成りたく無いです。僕同期の者達から羨ましがられています。土居部長の下に付けたんで。仕事覚えられるこのチャンスを逃す積りは有りません。」

「分かった。儂がこれまで先輩方から教えて貰うた事全部教える積りじゃけん一緒にやるか?」

「はい。」

「もっともな、儂が初めてついた主任さんは儂なんか及びもつかん人じゃった。仕事だけじゃのうて経済的にも色々して貰うた。儂が教わった仕事のやり方は全部伝えるが奢り方はせこいぞ。」

「そんな事無いです。付いて歩く様になってから飯代お茶代全部出して貰うとります。」

「儂の最初の主任さんの様な事はできんけど儂ができる範囲で辛抱してくれ。うちは嫁さんも公務員で働いてくれとるし飯代位は大丈夫じゃ。」

【本当は石原部長からの捜査費だけどそこはまだ秘密だ】

「宜しくお願いします。」

「話が決まったら飲むぞ。」


 女将さんが出してくれたもの全部やっつけた。飲みながら石原部長に言われた事、兄貴分達に教えて貰った事の一端を話した。とても言い尽くせるものでは無いのだが。それと昇任試験の勉強をする様にも言った。

「儂自身が決して早い昇任では無いが、仕事だけじゃなくて昇任試験にもここ2年で合格せい。お前は来年でも26歳じゃ。儂より2年早い。この2年で仕事覚えて昇任して独り立ちじゃ。6年も兄貴等に面倒見て貰うた儂が言う事では無いが、主任になって独り立ちして初めて見える景色がある。」

「はい。頑張ります。」

「お前にだけやれとは言わん。儂も来年受験資格ができる。ずっと少しずつ勉強を続けてきて今年からは少しピッチを上げた。お前はあんまり昇任試験の勉強しとる様には見えんから今日からでも少しずつやってみい。明日からじゃないぞ、今日からじゃ。」

「分かりました。」


 小料理屋さんの次には暴力団周辺の店を覗いた。久し振りだ。新年度が始まってずっと忙しく歓迎会で飲んだだけで、それも一次会でお開きだった。

「土居さん久し振り。忙しかったんじゃね。お義父(とう)さんは支配人さんと何回か来てくれて

『婿さんはずっと忙しゅうて休みなしで働いとる』

言うてた。」

新任刑事に、

「この店来たことあるか?」

「初めてです。派出所の主任さん飲まん人じゃったんで飲む機会があまり無かったし、此処には同期も居らんので飲みに出る事も殆ど有りませんでした。」

「新任刑事なんじゃ。去年は派出所に居ったんやけど今度刑事になったんで宜しく。」

「そうですか。時々は覗いてくださいね。サービスします。」


 ウイスキーを2本キープした。1本は自分用でもう1本は新任用。古い方が少し残っていたからそちらから飲んだ。

「高いウイスキー飲んどるんですね。」

「これは結婚前に入れたやつ。今後は今入れた程度やな。」

「奥さん大事にするんやてね。」

「僕みたいなんと一緒になってくれたんやから大事にせんと。」

「私もそんなに言われてみたい。何時も優しいし奥さんの意見最重視で結婚と同時に家を新築して、お義父(とう)さん自慢の婿殿で。この街で噂になっとるよ。甲斐性もんじゃ言うて。」

「噂が先行してやりにくい。僕が最初に付いた主任さんと比べたら、足元にも及ばんけど。」

「土居部長の最初の主任さん

『凄い人やった』

いうて噂は聞くんですけど。」

「凄い。頭脳明晰、勇猛果敢、処理能力抜群、冷静で凄いお金持ちで気前が良いし。背が高くて男前でお洒落でセンス抜群で教養があって、言う事無い。残念ながら辞めてから7年過ぎた。」

「いつかお目に掛れますかね。」

「お前次第じゃ。あの人の前に出して恥かしゅう無いレベルになったら紹介する。この街でも事業しとるから来ることもあるじゃろうし。」

「この街で?」

「儂の爺さんが入っとる川上にある福祉施設がそうじゃ。」

「へー、あそこ立派ですよね綺麗で大きいし。」

「うん。」

「ああいう施設って儲かるんですかね?」

「今はまだらしいぞ。でも

『今後この国は高齢化するからああいう施設の需要は高くなる』

って言うとった。一気に儲ける積りは無いらしい。でも

『少しずつ気長に利益が上がるようにやる』

って儂の母親には言うとるらしい。」

「お母さんに?」

「儂の母親あそこで事務員しとる。」


 お義父(とう)さんあれ以来時々支配人と一緒に来るらしい。今後のトラブルへの保険かな。ゴルフ場暴力団関係の客が来なくなったらしい。その分健全なゴルフ場として堅気のお客さんが増えたと支配人喜んでいるし、この店も支配人が紹介するお客さんが増えてバブルがはじけても繁盛しているみたいだ。


 翌日新任刑事は二日酔い気味だ。

「部長何ともないですか?」

「儂は用心して飲んどる。これ以上はいけんというとこは見切っとる。お前もそこらは考えないかんな。」

係長が、

「土居部長はこの3年余り二日酔いは勿論酔うた素振りも見せん。石原さん以下兄貴分等の教育がええけんの。お前も石原組の末端にでも連なりたいんならそこからじゃ。」

「分かりました。気を付けます。」

僕が言いたかったことを係長が言ってくれた。係長ついでに、

「折角土居部長の下に付けたんじゃから下手売るなよ。」


 午前中は書類の整理をしたり現場待ちをしたり。昼飯を兼ねて外に出た。係長には課長と話をして

『知能・暴力の件数を拾う』

と言ってある。

「鑑識からカメラと指紋鞄借りとるんで現場あったら回ります。ポケベル鳴らしてください。」

「分かった。」

課長が、

「土居部長鑑識もするんか?完璧じゃの。」


 最初は母がいる老人福祉施設に行った。基本的に年老いた善良な市民が入居する施設だが、年を取って我慢が効かなくなった老人も中には居る。時々警察が見回りに来るぞというのもあった方が良い。事務室は歓迎してくれている。施設の敷地に入ると祖父が入居者用の畑に居た。座ってばかりでは惚けたらいけないので施設の人が付いて動ける人は積極的に外に出してくれている。施設としては人手が要るが入居者の事を考えればこの方が良いだろうという石原部長の方針らしい。


 施設管理者は僕が時々訪問するのを喜んでくれている。新任刑事を紹介して、

「時々覗かせるんで宜しく。」

と言ったら喜んでくれた。少し話をしたがトラブル、困りごとの類は無いそうだ。


 母にも会った。うちの嫁さん時々母親に電話をしてくれるし、僕が忙しくしている間には手土産を持って此処を訪ねて祖父にも会ってくれたらしい。2人共すごく喜んでいる。有難い。

「ええ嫁さんじゃ。仲良うしとるみたいじゃし。慌てんと30過ぎまで1人で居って良かったのう。」

「うん。僕には過ぎた嫁さんじゃ。」


 そこから川沿いに上流に進み、トマトを中心に栽培している農家を訪ねた。そこは今の季節の路地物だけでは無く年中ハウス栽培もしている。コンピュータに強い農業従事者で冬場はハウス内のセンサーで気温を測り温度管理をしていて、室内の気温が下がると警告音が鳴るのだが、温度を上げるのは薪ストーブに手で薪をくべるというアナログ方式。一寸したギャグかな。東京の大学でコンピュータを学んだのだが、人間関係と都会の生活に馴染めず帰って来たらしい。コンピュータの扱いはお手の物なので僕は時々教えを乞うている。


 石原部長は大学は文系だが理系かと思う程機械に強く自分が係っている事業に積極的にコンピュータを取り入れており、僕の母が勤める施設にも導入しているコンピュータの指導をトマト農家さんが引き受けて農作業の合間に指導とメンテナンスに施設を訪れ、機械に弱い僕の母親達に根気よく指導をしてくれている。


 石原部長は僕と嫁さんにもノートパソコンを夫々1台買ってくれ、その使用法等をトマト農家さんに教わる事ができる様手配をしてくれており嫁さん共々週1回農家さんを訪ねて指導を受けている。今の処嫁さんの方が優秀な生徒だ。多分今後も。


 世の中OA化が騒がれているが警察は遅れている。嫁さんが勤務する市役所でもOA化が言われてはいるがまだまだだ。でも警察よりは進行が速いみたいで他に先駆けてコンピュータを学んだ嫁さんはその方面のプロジェクトに加わっているらしい。


 今日僕が訪ねているトマト農家さんは僕が勤務する署の管轄区域の東端に在る村で農業をしている。僕が勤務する署の管内には1つの市2つの町1つの村があり夫々はあまり仲が良くなさそうだ。特に僕が住む市と北西隣の町は前回市長選挙のしこりもありいがみ合っていると言って良い程だ。今日来ている村は山奥の過疎地で国や県の補助金と公共事業に頼らなければ成り立たない村で、北西隣の町から出ている建設族の国会議員に擦り寄っているらしい。必然的に僕の住む市とは折り合いが悪い。その村の村長は自分自身が土建屋を営んでおり、村の公共事業と国会議員が関与する建設業者から回して貰った仕事で経営を成り立たせている。僕の頼母子仲間で協力者の土建屋さんとは酷く仲が悪い。


 その村は何を考えたのかOA化に熱心で最近コンピュータ販売のセールスが村役場を度々訪ねているらしい。それも複数の業者が来てなかなかの盛況らしい。僕が興味を持っているのはそこだ。


 村には折角僕のコンピュータの先生の様な人が居るのに、先生は全く蚊帳の外だと聞いた。何でも先生のお爺さんが以前その村の村長で今の村長は政敵らしい。成る程田舎あるあるだ。でも僕にとったら都合が良い。狭い村の事だから反目(はんめ)の先生の処にも情報は来るだろう。素知らぬ顔で耳だけ立てておく。


 今の村長は金儲けと自分と家族の生活向上だけが目的で生きている人間らしい。反目(はんめ)の先生と頼母子仲間の土建屋の言葉だから若干割り引く必要はあるが外しては無いのだろう。コンピュータについて特に興味がある訳では無く、聞く処では感電を恐れてキーボードにも触らない。それは冗談だろうけど、そんな人間が新しい設備を導入するというのは何かあるのではと疑う僕が悪いのだろうか?


 その村はOA化について特にビジョンがある訳では無さそうだ。何やら過疎地の村への補助金があるらしくそれを受けるための事業らしい。やっぱり臭うな。でもどこから取り掛かったものか。僕は鼈刑事として評判が悪い。僕の姿を見ただけで身構える連中も結構居るし。


 トマト農家さんに聞くと大手から事務用品の卸屋まで何社かが出入りしているらしい。さし当たっては何処が来ているのからか。家の嫁さんが市役所のOA化プロジェクトに絡んでいて

『何処に声を掛けたら良いものか』

という事で現在参入希望中の業者を聞いてみた。村役場内に元村長の息がかかった反主流が絶滅危惧ながら生き残っているらしく、そこからの情報として来ている業者名が分かった。それが分かったところで今の処如何しようも無い。気長に行くか。


 途中ポケットベルが鳴る事も無く軽トラで男同士のドライブだ。市内に向けて走り午後5時前に駅前の公園に寄ってみた。以前補導したパンツのゴムが緩い女子高校生たちは卒業したが似た様な新手が最近屯しているらしい。僕の軽トラを見た途端大半は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったが、見た事があるのがその場に残っていた。

「就職したんじゃ無かったんか?」

「辞めた。」

「首か?」

「違う。自分で辞めた。」

「ふーん。」

「何で辞めたて聞かんの?」

「聞いても何も出来んしな。」

暫く黙っていたが、

「何か仕事ないかな。」

「何がやりたい?」

「工場で働くんは面白う無い。何処かスナックでもないかな。」


 以前暴力団周辺スナックのママから

「うちで働いてくれるええ子居らんかな。」

と言われていたのでそこの住所を教えた。僕から聞いたと言う様にも。

「そこは午後7時頃開店だからその頃行ってみい。」

「分かった。」

「時間潰しに茶でも、腹が減ったらうどんでも。」

と言って千円札を1枚渡した。


 帰りの車の中で新任刑事が、

「背高こうてスタイルええですよね。」

「うん。そんでも興味持つな。あれは毒饅頭じゃ。警察官が付き合うたらいけん。」

「そうなんですか?」


 課に帰ったらすぐにママに電話をし、

「今晩ホステス希望の女の子が行くけん。助平な農協マンの元援交相手。僕は保証人にはならん。見場はまあまあじゃから採否はママの判断で。」

「推奨度は?」

「上手に扱うたら使えるんじゃない。助平なおっちゃん等には人気になるかも。」

「分かった。話してみる。」

「宜しく。」

新任刑事に、

「そういう訳有じゃから近寄るな。」

「分かりました。」


 課長と係長と新任刑事を調べ室に誘い、

「来週マル暴登録がある奴2名入れます。」

「え、もう。」

「去年から持っとったネタです。署長と課長が代わらんかったら腐らそうと思うとったんですが、上が代わったんがそいつらの運の無さですね。」

「手に持っとったんか。儂がろくでもない課長やったら出さんとこか?」

「はい。他にも手持ちが有るんで暴力は人数揃います。贈収賄は何時でもできるもんじゃないんで何とも言えませんが、ちょっと気になるとこ嗅いどります。これは兄貴分の知能特捜補佐に助けて貰わんといけんのでもう少し形が出たら報告します。」

「分かった。下駄預けるけん。」


 週末までに早速2人分の逮捕状と捜索差し押さえ令状を請求し発付を得た。知能・暴力係長は連れて行くが主任は残留。事件の概要は当日まで課長と僕の係長だけで共有。


 朝早く暴力団もどきの住居に行った。こいつら金が無いので事務所代わりのアパート近くに在る古くて狭くて汚い借家に合宿生活をしている。6畳と4畳半で、玄関入る時勢い良すぎたら一気に裏に出てしまいそうな小さなボロ家だ。

「お早う!出て来い!戸開けんかい!開けんかったら叩き壊すぞ!」

普通の組ならワイヤーカッター等が無ければ入れ無いが、こいつらの事務所もどきと住居は素手で十分。向こうも侵入を阻止する手が無いのが分かっているので素直に出て来た。


 以前は見掛けなかった奴が食って掛かって来たので問答無用で3発ばかりグーで殴ってやった。後の2人は以前から顔を見る奴なので僕の顔を見たら大人しい。

「済みません。こいつ最近うちに来た奴なんで土居さんのこと知らんもんじゃから。こいつ土居さんの中学校の後輩です。」

食って掛かってきた奴いきなりキンキン蝿が飛ぶ位殴られたもんで蹲っている。大人しくなった。家の中を見ると駅辺りで見掛ける女の子が2人居た。急いで服を着たのかボタンを掛け違っている。


 本件プラス青少年保護条例違反か、悪くない。本件傷害は単純明快だから口裏を合わすも合わさんも無いので、他所の署に調べに行くのが面倒だから3人纏めて自署で留置じゃ。青少年保護条例は防犯にやらせることにした。青少年保護条例で入れる新顔を暴力団登録して暴力団員逮捕人員の件数を計上じゃ。今回来た防犯課長は前の奴みたいに狡いことをするタイプでは無いので協力態勢が取れるだろう。


 難しい事件では無いので手早く送検して略式起訴。下手に留置場で飼うよりも外でせこい犯罪を繰り返してくれた方が有難いので余罪等は出さない。その代わり

『他の事も知ってはいるぞ』

と匂わせながら、

「今回は帰らしてやる。」

と恩掛けて。


 ふむ、件数も人員も予定外の大漁じゃ。署長、課長も喜んでいる。新任刑事にも取り調べをさせ一件書類を纏めさせたので教育にもなった。罰金で出した後の週末はゆっくり休んだ。嫁さんと夏の山を歩いたり鮎釣りをしたり。嫁さんの家族が家に来て庭でバーベキューもした。そこには新任刑事も呼んでやったら喜んでいたが、呑み方は随分注意深くなっている。


 週末ゆっくり休んだ後1週間位は午前中現場受けをした後午後からは協力者回り。取り留めのない話をしながら一寸だけでも気になる話が拾えれば良し。何も無ければそれでも良い。午後4時を過ぎれば課に帰り机に置いてある回覧文書を見たり雑談をしたり。時には嘘八百の聞き込み話をして知能・暴力主任が聞き耳を立てるのを嘲笑う。


 少し休んだから今度は本業の盗犯の件数拾いをするか。非侵入窃盗の件数は十分だから侵入窃盗が欲しいな。でもこの処発生が無いから検挙も無い。発生が全く無いはずは無いのだが田舎は届け出をしないことが多々あるので、そこを掘り起こすために手癖が悪い少年が居る郊外の一角に車を向けた。そこには頼母子仲間の歳を取った親御さんが居て時々覗くと歓待してくれる。


 訪ねると御夫婦は家の前の畑で胡瓜や西瓜の世話をしていた。途中で買ってクーラーボックスに入れていたサイダーを出して勧めた。御夫婦と僕達と4人で縁側に座り、

「この頃変わったこと無い?」

「何も無いんが此処らじゃけんなあ。」

「ははは、変わりないなら結構な事よ。」

暫く黙って畑を見ていたら親父さんが、

「この間なぁそこのお宮の向こうの爺ちゃん婆ちゃんの家で金が無いなったらしいよ。」

「ふーん。」

「他にも金が無いなった家があるらしいよ。」

「言いにくいんじゃろうな。」

「その事よ。」

「今日は他にも行くとこがあるけんまた来ようわい。」

帰り掛け胡瓜と茄子を一杯積んでくれた。


 帰りの車で、

「被害届取りに行きましょう。」

「何処へ?」

「いや、あの、お宮の向こうの爺ちゃん婆ちゃんとこへ。」

「行くだけ無駄じゃ。」

「何でですか?」

「犯人が分かっとるけん。」

「それやったら尚更。」


 帰り道の神社に車を停め境内のベンチで説明をしてやった。

『取れんものは取れんのじゃ!』

では納得できんものな。

「犯人は同じ部落の中の手癖の悪いガキじゃ。そんな事はみんな分かっとる。そんでも此処は田舎じゃけん分かっとっても言えん。それに今日儂等があのおっちゃんおばちゃんを訪ねてその足で被害届取りに行ったら誰が言うたか丸判りじゃろうが。」

「そういう事ですか。」

「お前は街場の育ちじゃけん分からんじゃろうけど、田舎の付き合いいうのは面倒くそうて難しいんじゃ。儂は此処よりもまだ奥の田舎育ちじゃけん。」

「そうですね。協力者の立場失くしたら後々自分が困りますよね。」

「そういう事じゃ。放っとく訳じゃ無い。お二人に絶対迷惑が掛からん方法を考える。

『絶対』

付きじゃないといかんぞ。」


 近所の山道に入って手癖が悪いガキの家を中心に集落が見渡せる場所を探した。あまり離れ過ぎておらず集落からは見えにくい格好の場所が見つかったので翌日から其処で集落の監視をすることにした。手癖が悪いガキは午後皆が田畑に出ている時間帯の空き巣が得意の手口だ。夜は駅前辺りで屯する悪ガキ共と遊ばなければならないので就寝が遅い。そのせいで午前中は起きられない。僕達は何事も無ければ昼前に署を出て目的地に近い店で昼食を済ませ午後1時30分までに配置に着く。しかし翌日は昼前に変死があった。その翌日は前夜に家1件が消失する火災が。張り込みは中止。流しの事件を待つ訳では無く根付きの泥棒だから他所に行く気遣いは無いのでまあ良いか。


 係長には何をするかを言ってある。うちの管轄内限定の泥棒だから隣の署のハイエナが寄ってくることは無いと思うのだが用心に越したことはない。以前署の境目辺りの発生現場を素早く横取りされてしまったから何処かでやり返してやろうと思うのだが未だやり返せていない。


 現場臨場等で毎日は行けていないが、農作業ができる雨が降らない日で僕達の手が空いた日の午後、3時間足らずの張り込みを続けているが空振り続きだ。犯行があったその日に当たる事は難しい。こんな無駄な事と思ったら続けられないし、今日ぐらい休んでも良いだろうと思ったら大変な目に遭うのは身に染みて分かっている。


 新任刑事少し飽きてきたみたいだ。少し息抜きをさせるか。嫁さんに事情を話して久し振りに飲みに出ることにした。変わり映えはしないがいつもの小料理屋さんに。特にリクエストは無し。先月の頼母子で早々と30万円落とせたので25万円上納して5万円を自分の財布に入れさせて貰った。結婚してから1円も小遣いを貰っていないからあっさり認められた。頼母子の参加費用は若頭経由で石原部長から貰う毎月の捜査費で賄っているし。今年に入ってから僕に部下ができたので石原組の捜査費が少し増えた。それとベースアップという事で基本の金額も皆一律に増えているらしい。石原部長からという事で

『事業は順調で十分な収益が上がっている』

『使える資金が増えたから心配はするな』

との言葉が付いて。


 僕達が顔を出すと女将さんが、

「一寸留守番しとって。」

と言って出て行ったがすぐに戻って来た。手に雄の渡り蟹を2匹。さっき魚屋さんが、

「蟹が残っとる。安うするけん如何じゃ?」

と言ったらしいのだが、今日出る当てが無かったのでパスしていたらしい。僕の顔を見たので残っていたらと思い慌てて行ったらまだ有ったそうだ。

「本当は炭で焼いた方が美味しいんやけど。」

と言いながら活け締めにした後蒸してくれた。締めておかなければ蒸している間に脚がばらけるのだそうだ。

「もう8年位前に

『道満蟹』

いうのを石原部長に食べさせて貰ったんじゃけど渡り蟹の親戚なんかな?」

「これは

『ガザミ』

で、あれは

『ノコギリガザミ』

じゃから親戚なんじゃないの。」

「僕が育った街は渡り蟹は秋祭りの頃食べます。」

「儂此処に来る前にお前が育った街の隣の署に居ったけど、秋祭りに食べるんは雌やな。夏は雄じゃ。」

美味しかった。それ以外の料理も。この店は安くて旨い。特に女将さんが巻いた田舎巻きは絶品だ。


 飲みながら刑事になって間もない頃の僕の張り込みでの大チョンボを話した。今何をしているのか知らないが、僕の刑事3年目の年下の上司が横着をしたら天罰覿面だった話も。僕が何を言わんとしているかは分かったみたいだ。

「手は抜くな。抜いたら罰(ばち)が当たる。儂は上司が庇ってくれたけど庇い切れん場合もある。信用を失うんは早い。」

「はい。僕が間違うとりました。僕が考えてる事位直ぐ分かるんですね。」

「儂はまだとろくさい。兄貴分等はこんなもんじゃないぞ。」


 小料理屋を出た後暴力団周辺スナックを覗いてみた。知り合いの子分だか弟分だかを最近パクっているから如何かなーと思ったが別に普段と態度は変わらない。喜んで迎えてくれた。この間紹介した背が高いお姉ちゃん、ちゃんと続いている。

「土居さんええ人紹介してくれた。まだ慣れては無いけどこの人水商売に向いとると思う。」

「それは良かった。」

「刑事さんええ店紹介してくれて有難う。あの時お腹すいとったんやけどお金無かって弱っとったんよ。あの千円有難かった。有難う。」

「千円て何?」

「この店紹介してくれる時に千円札1枚くれたんよ。

『茶でもうどんでも』

言うて。私がお金無いいうの直ぐ分かったんかな。」

「流石土居さんやね。」

「ははは。貧乏な公務員じゃから沢山はやれん。」


 飲みながらそれとなく観察してみたが中々此の店に馴染んでる。一寸距離を置きながらその内岡っ引にしよう。新任刑事一寸気になるみたいだが

『毒饅頭』

を口に入れる勇気は無いだろう。お負けに僕の目の前では。


 翌日農作業日和だったので午後の空いた時間山道に車を停めた。此処に乗用車が停まっていると不自然だが、営農シール付きの軽トラだと違和感が無い。自分達の服装も作業服だし。もっとも火事や変死に行く時の作業服だからここらで農作業をなさって居られる皆様方とは違いが多少。


 手癖が悪い兄(あん)ちゃんの家には原付がある。御在宅の御様子だ。原付は駅前辺りのパンツのゴムが緩いおねいちゃん達の処に行く時に使うだけで普段此処らで小遣いを稼ぐときには使っていない。午後3時前に兄(あん)ちゃんが家を出た。徒歩だ。横に座ってる新任刑事大口開けて仰け反って寝ている。黙って発進してやった。シートベルト外して無いから大丈夫だろう。


 発進してもまだ寝ていたが、下り坂のカーブで速度を落とさず回ってやったら目が覚めて一寸パニック状態だ。無視して泥棒に行くであろう奴を見逃さない様に山を下りた。

「動いた。見失うと困るけん其処らに摑まっとれ。」

「わ、分かりました。」


 坂道を降りて田圃道に入った。坂道から姿が見えていた方向に車を進めると、

「居った。」

と僕が言ったが隣は気が付いていない。説明する暇は無い。少し離れた所で通行に支障がない所に軽トラを停め奴の死角になる方向から距離を詰めた。


 70代半ばの婆ちゃんが一人暮らしをしている家の裏手に回っている。此処等の家は戸締りをしない。虫が入るといけないから開け放ちこそしないが殆ど無施錠。この家は表は道路や他所の家から良く見えるが裏口は見えにくい。新任刑事には表を見張る様に言い、僕は裏に回った。


 裏口から窺うと泥棒は茶の間の水屋を物色しているみたいだ。然程時間を置かず裏口から出て来た。足が敷居をまたいだ途端隠れていた僕がズボンのベルトと手首を抑え、

「おーい、裏口に来い!」

新任刑事走ってやって来た。持って来た所轄系無線機で刑事課に現場鑑識要員を来させるように要請。傍受したパトカーが刑事課員よりも先に来た。身柄搬送を手伝えば刑法犯職質検挙が1件計上できるから地域課員にとっても損は無い。


 係長と強行・盗犯主任と鑑識が現場に来た。身柄をパトカーに押し込んで確保して貰っている間に僕は農作業に出ている婆ちゃんを呼びに。

「婆ちゃーん。」

「アレー刑事さん、何事?」

「うん、婆ちゃんとこに泥棒が入るん見たけん急いで行ったらな、丁度盗んだ金を持って裏から出てくるとこに出くわしてな、金は取り返したけん。」

「そーじゃったんかな。泥棒てあそこの仕事しよらん若い衆?」

「うん。部落内の事じゃけど一遍痛い目合わさんと本人のためにならんで。」

「そーよなー。私の口で願う訳にはいかんけど刑事さんが直接見つけた事じゃけん。」

「そーそー。儂がたまたま通りかかって現行犯じゃから。」


 婆ちゃん自分から警察への届け出はしたく無いが警察が通り掛かりに見付けたのなら何の気兼ねも無い。その場で被害届を受理し参考人調書を巻いた。窃盗(空き巣ねらい)現行犯だ。婆ちゃんに迷惑が掛かる事も無い。警察官の現認による現行犯逮捕だから。


 逮捕・留置の手続きを終えたら終業時刻を少し回っていた。知能・暴力主任は周りが忙しく動いていても我関せずでもう姿が見えない。署長室から戻ってきた課長が、

「おお、丁度ええわい。署長が官舎でビール飲め言うとるけん皆で行くぞ。」

『ええ』

と思っていたら。係長もう僕の家に電話をしてる。

「立役者が居らんと気合が入らんけん一寸帰るん遅うなるけど堪えてやって。」

決裁が下りた。

「奥さん儂が電話したら何の用事か直ぐ分かるようになった。儂の声聞いただけで

『今晩飲み会ですか?』

言うたぞ。」

「他に用事無いですもんね。」


 署長官舎に行くと単身赴任の旦那さんを監督するために奥さんが来ていた。中華料理屋から出前も取ってくれているらしい。

「課長よ、この間暴力団3人入れてくれてもう侵入盗被疑者か。よう働いてくれる。」

「儂は黙って見とるだけです。土居部長が走って、周りが支えて、上手いこと皆でやってくれとります。儂は楽なもんです。」

「みんなが僕に好き勝手させてくれるお陰です。去年みたいにやる気削ぐ課長じゃないんで毎日楽しいですよ。」

「うん。儂が見とっても皆が協力してやってくれとるんがよう解る。」

係長が、

「刑事課は1名以外これからもやります。頼むぞ土居部長。それと新任、お前はこの2年で土居部長にように仕込んで貰え。ここが勝負ぞ。」

「僕2年で昇任できますかね。」

「阿保、お前が昇任じゃのうて土居部長が間違いなく来年昇任試験合格する。それが2年じゃ。」

署長が、

「土居部長の下で働らけるのはこの2年じゃ。土居部長を昇任するまでに他所に出す気は無いが昇任してしもうたら居座りいう訳にはいかん。この2年で後悔が無い様に学び尽くせ。そこで認められたらお前にも強力な兄貴分が一杯できる。お前の警察人生の分かれ道じゃ。」

 

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