県外捜査
広域窃盗容疑事件の令状が出た。身柄を抑えガサもする。盗犯補佐と前課長が先方の警察本部と調整をしてくれている。フェリーに乗っている間に済むだろう。
早いフェリーに乗るため午前5時に集合し直ぐに出発した。署長と課長がわざわざ見送りに出てくれている。4人で整列し係長の号令で敬礼し挨拶をした後、知能・暴力係が普段優先権を持つ捜査用車で出発。昨日
『どうせ使わんのだから文句無いだろう』
と言ったら黙っていた。
港に着きフェリー乗り場で乗船手続きをしようとしたら先日お世話になった職員さんがいて、
「先日はお世話になりました。お陰で容疑者が判明して捜査に行きます。」
とお礼を言ったら、
「そうですか。お役に立てて幸いです。」
と言ってくれ、
「今日のこの便は空いているので。」
と言ってサービスで座席をグレードアップしてくれた。
概ね2時間30分の船旅が快適になった。職員さんが言ってくれていたのかグレードアップされた席に飲み物まで。4人共思い思いに寛いで時間を過ごしたのだが、刑事希望の派出所員一寸ハイになってるみたいだな。
その派出所員は高卒で採用され、初任科終了後此処よりは大きな警察署の派出所で2年。管区機動隊で2年。除隊後の異動でここに来た。初任科の時から刑事希望だったらしいが、今一つアピールポイントが無かったのか刑事になりにくそうなこの署の外勤課に配属されている。この署で新任刑事が採用されたのはもう10年以上前の事らしい。その頃は刑事課員が今より多かったらしいが、僕がこの署に来た時刑事課員は11人、去年1人減らされて10人になっている。田舎はどんどん過疎化が進み管内の人口が減少した分署員の定員も減っていく。
今刑事課員は10人だが、巡査は強行・盗犯に1人、鑑識に1人だけだ。僕の係の巡査長はもう1人の強行・盗犯主任の部下で僕には部下がいない。その人は僕よりだいぶ年上なので部下にと言われても困るのだが。今の状況では派出署員が刑事になるのは厳しいかな。でもめげずに非番週休には殆ど刑事課に顔を出している。厳しいのが分かっていて黙々やっているのなら大したものだが、今の状況を把握できて無いのなら一寸。でもこの1年近く付き合って来て前者のような気がする。特に閃きは無いみたいだがコツコツと辛抱強く物事に当たるタイプみたいだ。
今回の出張で10人しか居ない刑事課から4人抜けると苦しいので外勤課に話を付けて派出所員を出して貰った。被疑者宅で身柄を確保したらガサもやって帰るので鑑識が必要なのと、派出所員は被疑者の腰縄持ち要員として来て貰っている。参考人の聴取と裏付けは係長と僕が。
身柄を引いたらうちの署に留置し、勾留を取って僕が調べる。本部の盗犯補佐の分析では被疑者の犯行と思われる現場が200件位あるらしい。非侵入窃盗ではあるが広域犯で件数が多いからまあまあ美味しい事案かな。取り調べでうたわして何度かに分けて引き当たりだ。
九州に着いた。下船後九州を東から西に横断して泥棒が居住する街に行く。街に着けば被疑者宅を確認し在宅かどうかの下見をして翌朝訪問する。自宅で身柄を抑えガサを実施。内縁の妻がいるらしいのでその人物から生活状況等の調書を係長が取る。その後被疑者を移送。来た道を帰り夕方には帰署予定。翌日送検し勾留請求。
しかしそれは絵に描いた餅だった。午後被疑者方を窺ったが車が無い。夜も何度か家の前に行くが車が戻らない。その日は深夜まで張ったが被疑者の姿は無し。翌朝早く行ったがその時も車は無し。1日中待ったが待ちぼうけ。予定を1日伸ばしてその晩も泊まって確認に行くが車庫は空。翌日の午前中も姿は無し。
僕のポケットベルが鳴った。ディスプレーの表示は盗犯補佐の番号だ。
「土居です。泥棒さんずっとお留守です。困りました。」
「うん。一昨日山陰方面でゴルフ場の脱衣場ねらいが出とる。被疑者出張中じゃ。」
「ええっ、見事な空振り。」
「三振ゲッツーじゃな。チェンジじゃ。一旦出直せ。あいつ大体1週間から10日位旅をして、戻ってから1週間位お休みじゃ。一昨日が初日やったらそこから逆算して出直さんと時間の無駄じゃ。」
「解りました。撤収して仕切り直します。有難うございました。」
「空振りじゃったけん土産は要らんぞ。」
「分かりました。」
山陰方面に追い掛けて行く事はできないので空振りで帰署。係長が課長に帰署する旨を連絡し一目散にフェリー乗り場に。
「こういう事もある。前の課長やったら何を言うやら分からんけど今回は大丈夫じゃ。知能・暴力の2人は嫌味な目で見るじゃろうけど無視でええけんの。」
「了解。」
無駄足とは言わないが何か空しく署に帰り着き、署長・課長に帰署を報告して見込みの甘さを詫びた。
「何を言うとるんじゃ。県外捜査じゃから仕方ない。近場やったら行確できるしせんかったら怠慢じゃけど、県外では仕方ない。こういう事もある。行動パターンが分かっとるけん行動の起点が分かったと思うたら無駄じゃない。」
「有難うございます。盗犯補佐と連絡を取って再出発を決めます。」
「そんでも異動に係ると困りゃあせんかの。」
「狙い定めて1泊2日なら代わっとったとしても何とかなります。」
「そうか。代わらん自信でもあるか?」
「そこは黙秘します。」
署長笑ってた。
そろそろ帰って休暇に入ると目星をつけた頃に再度九州に向け出発した。夜中のフェリーで出て、到着地で朝7時まで船内休憩をして目的地に向け出発。ノンストップで昼前に着き住居を窺っていたら被疑者らしき姿を確認できたので着手。身柄を抑えガサをして、内妻への参考人聴取は後日という事にして来た道を一目散に引き返した。
夜中を過ぎて帰署できた。急いで身柄を留置し待ってくれていた署長と課長に挨拶をして簡単な報告をしてから帰宅した。急いで風呂に入り簡単な夜食とビールを飲んで就寝。翌朝は普通に出勤。
出勤し課長・係長と打ち合わせをして予てからの手筈通り僕が調べ官で捜査を進めることを再確認。翌日午前中の勾留請求を検察庁と確認し取り調べ開始。
手口原紙の通り太々しい。しかし粗暴なタイプではない。
『知らん・分からん・儂じゃない』
で押し通そうとするタイプだな。一寸厄介な奴だ。嘘に嘘を重ねて逃げようとする奴は何処かで辻褄が合わなくなるが、言葉が少ない奴はやりにくい。本件は目撃他の状況で否認でも行けるが他の現場はさて。
現場で目撃されている本件すら認めない。
「何でここに連れてこられたか分からん。全く身に覚えがない。冤罪じゃ。」
声を荒げる訳では無いのだが、嫌な目でこちらを値踏みしながら同じ言葉を繰り返す。此処で動揺しては駄目だ。
「ふーん。儂はどうでもええけどな。この件は目撃者がしっかりしとるし否認ままの方が都合がええ。裁判官の印象も悪うなるしな。」
こいつ前刑が初犯だからそれほど擦れてる訳じゃあ無いと思う。今の態度は生れ付いてのものなんだろう。刑事にひねくれさせられた訳では無いはずだ。
調書の用紙を机の上に出さず只ゆっくりと質問をしている。うたわんのならうたわんでええという態度を強く出し。昼まで何の進展も無かったが慌てず騒がず昼食のために留置場に戻した。
午後もすぐには留置場から出さず午後2時が近くなった頃出しに行った。午前中と同じ様に
『どうでも良いよ』
というポーズでかったるそうに質問をしていたら、1時間半くらいたった頃本件だけは認めた。証拠が揃っているので否認するだけ不利になると思ったのだろう。
『良し良し』
と思ったがそれは気取られない様にできるだけ手早く調書を巻いてかったるそうに夕食のため留置場に入れた。
夕食後は調べをしなかった。日課時限外に取り調べをして急いでいる焦っていると思わせない様に。その間明日午前中の勾留質問のための書類を纏め家に帰ったのは午後9時頃になっていた。一寸疲れてはいたが、スマイル・スマイル。
翌日の勾留質問は滞りなく終わり問題なく勾留状が出て執行した。今日も調べは無し。急いで無いよ。焦って無いよ。課長・係長と作戦会議。2人も傍目に見ただけで
「難儀そうな奴じゃのう。まあ頼むわ。」
「頑張りまーす。」
余罪をうたう気は無いみたいだ。困ったけど困った顔はできない。数日情理を尽くして聞いたのだが
『知らん・分からん・儂じゃない』
仕方がない奥の手を出すか。
翌日の午後調べに出して、本件の被害届を見せた。
「あの財布こんなに入って無かった。そんな高い財布じゃ無かったし。こいつ嘘吐きじゃ。」
「この被害届儂が取ったんじゃけどな。」
「刑事さんこんなええ加減な被害届取ってどうするんじゃ。」
「お前が持って行った財布じゃから目の前に無い。被害者がこういう財布で金はなんぼ入っとて言うたら儂がそれを嘘じゃという理由は無い。」
犯罪事実は、被害品は現金等在中の財布としかしていない。
被害者の名刺を手元から取り出し被疑者に見せた。
「被害者はこいつじゃ。」
代紋入りの名刺に目を丸くしている。
「被害弁償をして欲しいらしゅうて強く申し出とる。」
「こいつに儂の名前教えるんか?」
「そりゃあ被害者じゃから被害弁償を要求する権利があるな。」
「こんな出鱈目な被害届。」
「それは互いに直接話をしてくれ。」
「どうしても教えるんか?」
「教えるの忘れる事も有るかもしれんが、いまはまだ記憶がはっきりしとる。」
「如何やったら忘れる?」
「さあ。」
「………。」
「この名刺の奴中々狂暴らしいぞ。」
「………。」
こいつも警察は何もせんから強気に出るが、ヤクザの暴力は怖い奴か。
【良し良し】
被害者は小狡い奴だが狂暴とは聞いていない。今日の取調べは此処まで。
手古摺っている内に第二次異動が出た。僕は代わっていなかった。知能・暴力係長と鑑識主任と強行・盗犯係が代わっていた。鑑識主任も強行・盗犯係も南隣の署管内に家を構えて自宅から通勤している。今回の異動先も家から通える署だったので引っ越しの必要は無い。強行盗犯係は来て1年だが高齢のお母さんと暮らしていて歳は僕より上だがまだ独身だ。お母さんの面倒を見るために家に近い署に異動を願い出て、自宅を管轄する署に代われたみたいだ。2人が家を建てている場所はこの近辺5署に通勤可能な立地条件で、警察官が結構住んでいて強行・盗犯係長も2人と同じ団地内に家があるのだが僕が以前居た官舎に形だけは単身で住んでいる。普段は殆ど家に帰っているから飲んだ後の宿泊所代わりかな。因みに僕の家からだと、この署と北隣と南隣と西隣の4署に通勤可能と聞いた。
知能・暴力係長の異動先は東の県境にある署で、今年昇任した前の署での僕の係長が刑事課長で赴任している。そこで苛められられれば良いと思ったが、本署からまだ1時間位掛る人口300人に足りない小さな村の駐在所に行かされるらしい。どうでも良いけど。僕は忙しいから引越しの手伝いには行けないし、誰も送別会をしたがら無いだろう。部下の知能・暴力主任位はするのかな。課としての送別会は無しで強行・盗犯と鑑識が合同で送別会を開き課長と送致をお招きするという事になった。課長は。
「それはー…。」
と言っていたが僕の係長が押し切った。
強行・盗犯係の後に入る人間は転勤して来なかった。結構歳を喰った捜査経験がある巡査部長が来てはいたが係長の下に主任だけが3人というのも。その巡査部長は刑事を希望している様子だが、本部からの紐は付いていない。署の都合でどうにでもしろという事なのだろう。僕の親父もこんな感じだったのかな。でも今度来た巡査部長は、仕事は今一だがアルコール中毒では無いそうだ。
結局係の後は係という事で派出所の巡査が刑事になることになった。この1年刑事課に出入りして鍛えれば何とかなるレベルなのが分かったし、本部もそこらを考えての異動だったのかな。この署では久し振りの新任刑事だ。もう1人の主任の下が代わったのだから其処に入ると思っていたら、事務分掌表上では僕の部下という事になっている。面倒くせー。でも僕も先輩達に育てて貰ったのだからそろそろ恩送りをする時期なのかな。
しかし今は異動時期の騒がしさを無視して取り調べに注力。本件だけで終わったのでは男が廃る。しかしのらりくらりと難儀な奴じゃ。でも一寸だけ光明が。
盗犯補佐が県内の本件被疑者犯行と思慮される事案の被害品と拾得物一覧表を突き合わせてくれた。以前僕がいた東の方の署管内のゴルフ場での被害品が国道沿いのドライブイン駐車場で発見され拾得届けが出されていた。所有者に繋がるものが無いので拾得物として保管してあり、調べるとその場所に在る防犯カメラに被疑者と思しき人物が財布を捨てるところと使用車両が写っていた。
『よっし!』
その署で以前僕と一緒に仕事をしていた刑事が拾得物を被害品発見報告と領置の書類に処理し直してくれた。防犯カメラ映像の任意提出も。
被疑者は雑談には応じるが事件の話になると黙ってしまう。雑談の中で
『何で生活費を稼いでいるのか』
を聞いたが答えない。まあ当然だけど。
『泥棒で』
とは言わんよな。話の中に競輪の事が出たら乗って来た。元は板前をしていたのだがお客さんに連れられて競輪に行って嵌まってしまい借金ができたらしい。その借金の取り立てにヤクザが来て困ったそうだ。
『毎日家まで来られて怒鳴られるは凄まれるはで生きた心地がしなかった』
そうだ。そのせいで妻子が逃げて今の内妻と一緒に住んでいるらしい。こいつも何もできない警察は怖くないけどヤクザは怖いか。使えるな。
それとなく被害弁償の話に誘導した。
「あの財布そんなに入って無かったしそんなに高い品物じゃ無かった。」
「この前も言うたが儂は無いものの被害届を受けたんじゃから其処は分からん。あいつと直接話せい。」
「儂をヤクザに渡すんか?」
「お前次第じゃ。」
防犯カメラの映像と被害品を見せた。動揺している。
「今九州、四国、中国のゴルフ場の脱衣場荒し事件があった後の周辺防犯カメラを一斉に調べとる。」
ハッタリだけど。
「………。」
「もう逃げられんぞ。否認のままでも何ぼかは起訴できるじゃろう。最終の送検が済んだら被害者に会わせてやる。さしで話せい。」
「儂は刑務所に行くけんヤクザは来られんじゃろう。」
「その時はお前の身内の処に行くじゃろうな。」
「け、警察が行かすんか。」
「そんなことするか。ヤクザにはヤクザのネットワークがある。」
その日の取り調べはそこで終了。豚箱でゆっくり考えろ。
翌日午前中は出さなかった。じっくり考えて貰おう。午後になって取り調べに出すと、
「儂が白状したらヤクザ来ささん様にしてくれるんか。」
「考えてもええが、儂が否認ままで送れる事件うたわれてもなぁ。」
「どれとどれが分かっとるんじゃ?」
「そんなこと言えるか。」
「………。」
暫く考えていたが何か言いたそうになった。
「此処ら辺の事件からいこうか。中国地方と九州はその後じゃ。」
観念したようにうちの事件の前日分を話し始めた。盗犯補佐が作ってくれた容疑事件一覧表をチラ見せしたら
『そこまで分かっとるんか』
の顔をした。
【しめしめ】
今回九州から渡って来て南隣の署から始めて中央署管内から東に走り東隣の県で稼いで中国地方に抜け西進し帰宅していた。途中お休みが1日。1日2件が5回、10日で14件。なかなかやるな。
本件の引き当たりをして、車を停めた場所等を確認。被害品の処分状況を聞き投棄した場所に案内させたら財布があった。ボロ財布だ。
「本当にこれか?」
「間違いない。これで被害者が嘘吐いとるんが分かったやろう。」
翌々日は以前僕が居た署管内のゴルフ場と被害品投棄場所。この2件については自供の調書も被害品もある。恰好はついた。
本件と以前僕が居た署の証拠品がある事件を起訴して貰った。被告人に変身した後の被疑者を順次引き当たりに連れて行く事になり、本部の盗犯がレンタカーのワンボックスカーを手配してくれ手伝いも1名出してくれた。縄持専従で地域課員1名も。この4月から外勤課改め地域課になった。大した意味は無いと思うのだが。
起訴後2ヶ月足らずの間に4回引き当たりに行った。最初の近場の引き当たりは朝早く出て1日で終えたがそれ以降は泊り掛けで。どれも原票を切るためで検事が起訴してくれる様なものでは無い。足早に次々現場を確認し道順に在る警察署では直接被害届を貰い、外れていれば本部の共助係を通じ後日被害届を貰い受ける。
署長・課長が代わった途端実績が爆上がり。盗犯補佐が、
「前の署長・課長ではやる気が出んかったけど今度の署長・課長になって一気にやる気が出たみたいじゃ。」
と本部の皆に言うので盗犯係界隈では前の署長・課長の駄目さ加減が白日の下に。
僕達も交代で物見遊山を兼ねての西日本ツアー。課長と知能・暴力主任以外が交代で引き当たり旅行に行った。普段検察庁・裁判所以外に外に出る機会が無い送致主任も。今度代わって来た知能・暴力係長も裏付け要員名目で行って貰った。送致主任は遠慮していたが、
「留守の間は僕が送致代行をします。」
と言ったら、
「土居部長がやってくれるんなら安心して行く。」
と言ってくれた。
僕にしてみれば、取調官だからと言って全部に付き合っていたら嫁さんの御機嫌が斜めになる。皆に楽しい仕事を譲っていれば喜ばれもするし。課長が、
「強行、盗犯、知能、暴力だけじゃのうて送致も出来るんか。オールラウンダーじゃないか。次は鑑識か。」
その事を署長に言ってくれたものだから、来て直ぐの実績向上もあるしわざわざ署長室に呼んで金一封付きで褒めてくれた。
最初の引き当たりで出て来た安物の財布の事で、阿保たれヤクザを呼び出して一寸だけ詰めてやった。
「これが10万円は無いじゃろう!お前がやったことは犯罪の虚偽申告じゃ!儂を騙すとはええ度胸じゃないか!」
「済みません。済みません。」
平謝りだ。
「こんなもんで多額の被害弁償を取ったら一発で詐欺でも何にでもしてやる!」
と言ったら、
「今回の泥棒には今後一切接触しません。」
と言ったのでそのことを念書にさせた。
調べの時被疑者にその念書を見せ、
「お前が素直に言うたから儂が話を付けてやった。」
と恩掛けたら安心した様子だ。2人の間に入って夫々に違うことを言う。こういうことが得意な奴が最近まで近くに居たなぁ。
3月始めからずっと忙しかった。自分の取り調べ、皆が引き当たり出張の間の留守番。こんな時でも知能・暴力主任は
『動かざること牛の糞の如し』
一度座ったらへばり付いて動かない。あれは人じゃない、牛舎の中の動かない牛の糞だ。牛の糞は仕事をしなくて当たり前か。
5月が終わり掛けた頃やっと一段落ついた。今年1年の蓄えができた。課長が知能・暴力の件数も何とかして欲しそうだったので、
「知能・暴力主任を事件に関わらせ無いならやります。」
「一人で大丈夫か?」
「あの人に情報持たせたら北隣のハイエナに漏らして走らせますよ。」
「それ程信用できんか?」
「はい。」
「分かった。年末までに無理せん様に帳尻合わせてくれ。」
「解りました。新任の指導も兼ねてやります。」
「うん。頼む。」
事件を最終送致した後課長が休めと言ってくれた。この処嫁さんの相手があまりできてなかったのでお言葉に甘えて土日を絡めて5連休を作った。係の皆にお断りを入れたら、
「是非とも休んでくれ。」
と言われ、休みも出て来て、ネタ引いて、裏とって、取調して、うたわしてというのを皆解ってくれていた。
嫁さんにも合わせて休暇を取って貰い温泉旅行に行く事にした。今回何度か通った九州の国道から少し入った所に在る温泉に2泊3日で。石原部長の大学時代の友人の実家が古い温泉宿で、その人が以前お目に掛った時是非とも来て欲しいと言ってくれていたので。今年の年賀状にも
『何時来てくれる』
と書いてあったので、今はその街から選出された県会議員になっている人に連絡をしたら
『何時でもウエルカム』
と言って貰えた。
僕は今年に入ってからボロ車を処分した。嫁さんが独身時代から乗っているファミリーカーの方が何ぼか綺麗で乗り心地も燃費も良いので。その代わり施設に入居した祖父が使っていた軽トラを貰った。4WDでよく走る。山で木の実や茸を拾ったり川や海で魚を積んで走るには丁度良い。中古のアルミホイールを貰って頼母子仲間が良く知っている自動車整備工場の片隅で取り付け、ポンコツ屋で見つけた部品を付けたり荷台には鞄等を入れるコンテナボックスを取り付けたりあれこれ手を入れたらすごく格好良くなった。僕の通勤や管内での聞き込みには問題ない。貰い物の野菜も泥付きで積めるし。
流石に今回は軽トラでは無く嫁さんの赤色のファミリーカーでお出かけ。フェリーの割引券も貰ってるし、署長が休みだけではいかんからと言って1万円小遣いをくれた。夕食前に着けば良いという積りでゆっくりと出発。途中あちこち寄って休みながら。嫁さんご機嫌だ。休暇を取って正解。
旅館に着くと大歓迎を受けた。手土産を渡すと、昔著名な小説家も泊まったという落ち着いた雰囲気の部屋に案内されて早速炭酸泉に入らせて貰った。部屋に露天風呂が付いていて恥ずかしながら夫婦で。出たら冷えたシャンパーニュが。県議さんも部屋に来てくれて女将さんである奥さんも交えて乾杯。
「石原に土居さんが来てくれる言うたら送ってきたちゃ。他にも赤も白も一杯送ってくれたちゃ。」
夕食は豪華だった。豊後牛がメインで石原部長セレクトの赤。県議さん夫妻と娘さんも一緒に。結婚式に石原部長一家が親族の席に座ってくれた話をしたら、
「うちの娘の結婚式にも来てくれる様に言うてみよう。」
と言っていた。
翌日は街を流れる川沿いを散歩したり縁側でゆっくりと。リフレッシュできている。嫁さんもご機嫌だし。これが一番かな。この休みが終わればまた餌探しに精を出すか。




