新体制
また異動の時期が来た。これまでの、課員1名以外が和気藹々とやって来た刑事課は崩壊。
年が明けて仕事始めのすぐ後、貰い物のシングルモルトウイスキーを飲みながらコルトレーンを聴いて官舎で寛いでいたら午後9時頃電話が鳴った。出ると当直からで
『この署から南に40キロ位離れた署管内の暴力団事務所で発砲事件発生』
との事で、犯人は逃走中であり緊急配備実施中。署に出て来る必要は無いが一応知らせておくとの事だった。
たまたま事務所に居て撃たれた奴がこの署管内の出身で、実家がこの市内に在るので親孝行なのかよく実家に帰って来ている。両親と口をきいた事があるが普通の人だ。お母さんは息子が暴力団に所属していることを気に病んでいた。親孝行をするのなら足を洗うのが一番だと思うのだが。
翌朝出勤したら係長は発砲事件発生を知らなかった。当直も
『この人に言っても無駄だ』
と思ったんだろうな。昨夜の当直に依れば
『被疑者は不詳』
との事だった。撃たれた奴は、いきなり拳銃を持って侵入して来た相手に驚いて奥に逃げようとしたら尻を撃たれたらしい。慌てていたので相手の顔は分からないそうだ。
事件が発生した署は大騒ぎ。本部からの応援も行き被疑者の足取りを追っているが、何処の誰かは勿論逃走方向さえ分かっていないらしい。うちの署とその署は間にもう一つ別の署を挟んでいるので僕には特に影響は無い。
午前中書類を整理しながら強行・盗犯と雑談。昼前から外出し昼食を摂った後そのまま気が向いた方向に餌探し。その日は市の北部にあるうどん屋でお昼を食べた後何となく昨日尻を撃たれた奴の実家近くの建具屋さんを覗いた。そこは飲み頼母子仲間がやっていて、作事場で時々時間潰しをさせて貰っている。
作事場で雑談をしていたらそこの古株の従業員から面白い話を聞き込んだ。その従業員はすぐ近くに住んでいて、昨日尻を撃たれた奴とも顔馴染みらしい。その従業員の奥さんが昨日買い物の帰り尻を撃たれた奴の実家近くを通り掛かった時、ヤクザ丸出しの奴が尻を撃たれた奴の実家を窺っていたそうだ。
そのヤクザ丸出しの男は奥さんに気付くと近くに止めてあった車に乗って走り去って行ったそうだ。車のナンバーまでは分からなかったが車種は分かった。男の体格・着衣等も。気になったのでいつもは終業時間近くまで帰署しないのだが、早目に帰署して本部の暴力情報係長に電話した。
実家を窺っていた奴の人相・着衣・身体特徴と使用車両、目撃状況等を口頭で報告した後、捜査報告書を作成し課長に報告。何やら分からない話だけれど何故か気になる。
でも翌日にはそのことをすっかり忘れて普段通りの勤務・生活をしていたら、数日後建具屋さんから電話があった。
『一寸来て欲しい』
との事であったので訪ねて行った。
用件は先日の不審者目撃について本部の刑事が従業員の奥さんを訪ねて来たという話だった。人相の悪い刑事が2人でやって来て、写真を何枚か見せて
『この中に先日目撃した不審な男がいるかどうか』
を聞いたらしい。
多分これだと思うのが居たので
『この人だと思います』
と写真を指さしたら礼を言って帰って行ったとの事だった。
もしその男が暴力団だったら、警察に言った事で何か仕返しをされないだろうかと心配になったので来て貰ったとの事だったので、
「その心配は無い。誰が何を言ったかを悪人に教えることは無いし。」
と返事をしたら安心した様子だった。本部の刑事も
『この事で迷惑を掛けることは絶対に無いから』
位言っておけば良いのに。
帰ってその事を課長に報告したら、
「こっちが出した情報なのに黙って其処に行くのは仁義に悖るな。」
と言った後、
「多分其処に行った刑事は土居部長とは違うラインの奴等じゃな。」
「え、ラインって何ですか?」
「この県の暴力犯係には派閥が二つあってな、一方は土居部長が仲良くしとるブル連隊長、もう一方は本部の暴力特捜補佐が中心じゃ。土居部長はこれまでの経緯からブル連隊長派に分類されとる。写真持って行ったのは暴力特捜補佐派の奴等じゃな。」
「ええ、そんなの知りませんよ。」
「ブル派は所轄のマル暴が多い。補佐派は本部の特捜とその周辺者。」
「初めて聞きました。僕はブル連隊長派だったんですか。」
「うん。皆がそう言うとるだけで土居部長は特に気にすることは無い。でも今回の被疑者割った功績は、黙って目撃者を訪ねて行った奴等が盗るじゃろうな。」
「それはどうでも良いです。些細な事を争うのは見苦しいし、盗るよりは盗られる方がましです。派閥の事は知りませんでしたけど僕がブル連隊長寄りと見られても仕方は無いですね。」
その後拳銃を撃った奴の逮捕状を取って被疑者登録したらしい。被疑者は関西方面に逃げているらしいが一応判明しただけでも結構。
聞いた話では組同士にもトラブルがあるが、撃った奴撃たれた奴の間にも揉め事があり、撃った奴が撃たれた奴に恨みを抱いていたらしい。それで最初被害者がよく帰っている実家を窺ったんだな。そこなら邪魔が入りにくい。家に帰って来て無くて良かった。この署管内でやられていたらこの寒い時に休みも無しに働かされるところだった。でもやられた奴トラブルがあった相手なら分かりそうなものだけど、分かってて言わなかったんだろうか?自分で仕返しをする積りだったのなら良い根性だけど、慌てて何も見なかったのなら只の間抜けだ。僕が知る限り後者だけど。
その後被疑者が出頭して来て一件落着。証拠品の拳銃は海に捨てたと言っているらしいが本当かどうか。結構高いものだからケチったかな。それに公判で一番の証拠品が無いのは有利だ。
撃たれた奴の実家を覗いてみた。お母さんすごく息子のことを心配していた。病院にも行ったが警察が病室前に居て付添いも出来なかったと愚痴っていた。いつも思うのだが母親は息子の事が可愛いんだな。息子がどんな奴でも。退院した息子は女の処に帰り近頃こちらに帰っていないらしい。
被疑者が起訴された後本部のマル暴特捜が被疑者を割った功労で表彰されたそうだがどうでも良い。マル暴情報係長から電話があり
『済まなかった』
と謝られたが、
「全く気にしてません。盗るのは嫌だけど盗られるのは気になりませんから。」
と言っておいた。
毎日寒いけど今年の冬は心が暖かい。時々お酒持参で彼女の家に寄り晩御飯を食べさせて貰ったり、一緒に出掛けたり。母と祖父にも紹介した。去年5月に知り合ったばかりだけど今年の秋頃には一緒になる予定だ。市長が仲人を希望しているらしく一応石原部長に報告した。
『そうして貰え』
との事だった。僕としては部長御夫妻の仲人が望ましかったのだが先方の交友関係を優先。
彼女の実家近くに彼女のお母さんが親から相続した80坪程の空地があり、そこに家をという話になっている。お母さんとしては娘に傍に居て欲しいんだろうな。僕の実家は山奥で子育てには向かない不便な場所だが、この市は人口が5万人位居て病院もあるしそこそこの公立高校もあって高校までの子育てには十分な環境だ。その空地からなら歩いて彼女や先輩の奥さんが卒業した公立高校に通えるし市立病院も近い。母と祖父もそうさせて貰えと言っている。
この狂乱経済の間僕と後数名、石原組の若頭と若頭補佐とマル暴情報係長と交通巡視員さんは若竹の女将さんの手引きで石原部長に蓄財を手助けして貰った。部長主導だと他の組員に対し不公平になるので、女将さんが主導して。女将さんは手元にあった3千万円、情報係長は御両親から預かった2千万円。僕と後3人は手元にお金がないので夫々1千万円を部長に用立てて貰って。定元部長は泣いて頼んだと言っていたのでこの事は他の人達には内緒。
航空会社の株、運送会社の株等を石原部長の指導で夫々の名義で買って貰い、4年余りで4倍程にして貰った。税金と手数料を払い、借りたお金を返しても2千万円以上残ったので、そのお金を兄貴分達は子供の教育でも老後の蓄えでも、僕と巡視員さんは家を建てるか将来できる子供の教育等に使う様言われている。家の話が出た時彼女に定期預金証書を見せて
『これで家を建てる』
『土地はお母さんからの贈与でも相続でもそちらに任せる』
と伝えた。石原部長に、増やして貰ったとは言うなと言われているのでコツコツ溜めたことにしたら感心された。他の組員の手前この位のごまかしは仕方ない。
そのことは速やかにご両親に伝わり感心された。最初は身形等から金遣いが荒いのかと疑われていたが、ボロ車で疑いが晴れ今回の事で僕の株は急上昇。お父さんが知り合いに言って回るものだから頼母子仲間からも感心された。
そうしている内に今年も異動の時期が。署長は本部の課長に御栄転。僕にはよく分からないが格上のポストだったらしく御機嫌で引っ越していった。その異動では課長も転勤で本部刑事企画課のデスクだった。やっと単身赴任が解消された。送別会は僕が幹事でいつもの小料理屋で。彼女とその友人達が臨時の店員兼コンパニオン。僕の持ち出しだがこの2年実にやり易かったのでお礼の意味も込めて。
次の課長はあまり評判が良くない。パワハラタイプでは無いが自己中だと聞いている。元々仕事よりも胡麻擂りに長けていて相手によって言う事が違うらしい。所轄でコツコツ働く刑事とは違うらしいので強行・盗犯は警戒モードだ。
第二次異動が出た。僕は代わっていなかった。
『よっし!』
僕と一緒に来た強行・盗犯主任が1名代わっていたが今度来る誰がその代わりなのかよく分からない。名簿を見ていた強行・盗犯係長が、
「捜査畑の巡査部長はこいつしかおらん。マル暴じゃ。それも土居部長とはライン違いじゃ。」
「はあ。」
僕はブル連隊長ラインの後方を追走しているらしい。
その主任はマル暴以外はしたことが無いらしいので僕が強行・盗犯主任に横滑りで知能・暴力の席を空けることになった。特に不満は無い。強行・盗犯係長は僕を認めてくれているので泥棒探しに専念しよう。
4月になってこの署での生活も3年目になった。転勤しなかったので早速秋を目途に住居を新築することにした。家を建てる事を自分の母と相手の御両親に伝え、結納の日取りも決めて貰った。当日は父親代わりの祖父と母が山奥から出て来て僕の処に泊まり彼女の家に行き、仲人の市長も来てくれるらしい。その後食事を共にするが、何故か彼女の高校時代の国語教師である暴力情報係長夫妻や先輩夫妻とそのご両親も同席するらしい。ミニ披露宴じゃ。天桜に日本酒をお願いしなくては。この季節なら北関東の果物のような香りがするやや辛口が良いな。
付き合っている女性がいることは周知の事となっているが、結婚の事も新築の事も署員には誰にも言って無い。飲み頼母子の仲間に土建屋、防水屋、建具屋等が居るのでその人達から地元の良心的な建築業者を紹介して貰い建築費の交渉までして貰った。彼女の希望を最優先に5月末を目途に設計を。その間に土建屋が宅地の嵩上げ等をしてくれた。この街は時々洪水が起きるので周りより少し高くした方が良いと勧めてくれて実費で。擁壁はコンクリートでは無く周りの古い街並みに合わせて自然石を使って貰った。出来上がったらすぐに地鎮祭をした。先輩のお義父さんが史談会で仲良くしている祢宜さんが来てくれて滞り無く。
体制が代わってからの刑事課はあまり雰囲気が良くない。課長は署長・副署長ばかりを見ているし知能・暴力主任は何もしない。係長と二人で1日中課内に居て時間を潰している。まあどうでも良いのだけど。僕も以前ほど外に出ない。課長が
『何処に行く』
『誰と会う』
『今日は何をした』
煩い煩い。
それなのに検挙実績、検挙実績と喧しい。遂に僕の係長が、
「細かいことばっかり言うて課員を外に出さんから情報が取れんし実績が上がらんのです。」
「いや、儂は課長として誰が何をしとるか知っとく必要があるけん。」
「あれ程細こうに聞かれたら面倒で情報取りに行く気にならんです。」
僕としてはどうでも良い。強行・盗犯は届け出を受けて臨場することが結構あるからそれさえこなしていれば良いのならその方が楽だ。実績が揃わないのは課長の自業自得だから。まあそれでも毎月コソ泥ながら被疑者を入れている。何とか検挙率も達成できている。知能・暴力は何も無い。今度来た主任は書類仕事はこなせるが情報収集ができないらしい。ブル連隊長が教えてくれた。ボロカスに言っていた。連隊長は飴と鞭で暴力団を上手くコントロールしている。実績を盗る方では無く盗られる側で、もう一方のラインは情報収集能力が劣り他人の獲物をハイエナしなくてはやって行けないみたいだ。
元々からある暴力団には係が代わったことを告げに行った。もどきの方は相手にしていない。狩場にしているだけ。この2年元からの方には何の害も加えていないし奴等の話に乗って商売敵を何度も叩いてやったので残念がられた。今度来た主任の事を聞かれたが
『初めて会う人で全く分からない』
と答えておいた。新しく来た人はまだこの事務所を覗いてはいないそうだ。
火事に変死に泥棒。これらの相手をしているだけで結構時間が潰れる。実績を上げたら課長は自分の管理が良いからと言うし、件数が足りなければ刑事がさぼるからと言うし。やってられない。強行・盗犯のやる気は去年とは段違い。この間は何時もの小料理屋で強行・盗犯がささやかに飲んでいたら、誰に聞いたのかそこに課長がやって来た。勝手に混ざってきてあれを出せこれを出せ、色々値の張る料理を勝手に注文し単身赴任の自分の朝飯までお持ち帰りにして割り勘にされてしまった。
それ以来用心して何処で飲むかは係以外には漏らさない。時々小料理屋を覗くらしいが僕達が居ないと黙って帰るらしい。一度女将さんが、
「課長さん皆さんと一緒じゃ無いんですか?」
と声を掛けたら、
「何処かで飲みよるはずやけど何処か分からん。黙って行きやがって。」
と言って帰って行ったらしい。実はその時普段頼母子で使う2階で飲んでいたのだが。それ以来何時も川が見える2階に隠れて飲んでいる。
6月になり鮎が解禁になった。去年なら解禁日には仕事を抜けて鮎釣りに行ったが今年はそうはいかない。次の日曜日まで我慢だ。日曜日は朝から釣りに行ったがまだ小さい。釣った後彼女の家に持ち込んで、天婦羅にしたり焼いてから甘露煮にしたりしてビールと酒を。夏野菜の天婦羅と商店街の魚屋に頼んでイサキとアジも。お父さん上機嫌で冷酒を飲んでいる。
基礎工事を始めているので、梅雨が明けたら棟上だ。新築を双方の家族皆が喜んでくれている。お姉さんも今年初めに結婚したので、その掛りに僕が年上ではあるけれど義弟として合力した。石原部長が新築の建設費の4割方に当たる金額を合力してくれたお陰でまあまあ恥ずかしくないお祝いが出せたので僕の株は爆上がり。僕達も部長のお陰で双方の親には余り負担を掛けずに結婚できそうだ。
5月末頃まで彼女が毎日の様に建築屋さんと打ち合わせをし、希望がほぼ聞き届けられたので基礎工事に入り、それと一緒に二人で将来の事を決めた。できる間は共働きで生活を安定させる。収入は全て妻が管理する。石原部長からの捜査費も申告した。でもそれは僕が捜査費と自分の小遣いに使う。給料からの小遣いは無しで。貯金通帳も全て渡した。この潔さもご両親から高評価。残高は家代その他を払ってもまだ大分残る。
仕事場は相変わらず雰囲気が悪い。やる気が出ないから来る仕事だけを片付けて終業時刻が来ればさっさと帰っている。新築現場を見に行ったり彼女の家を訪ねたり頼母子仲間と話をしたり。結婚相手を頼母子仲間にも紹介し頼母子にも連れて行った。お父さんの知り合いばかりだから子供の頃から知っている人が大勢居て違和感無く話をしていた。皆結婚式出席希望だから結構盛大な披露宴になりそうだ。先方はこの街の旧家だから、劣勢な我が家は石原組で賑わせて貰おう。尚美ママと若竹の女将さんだけで見劣りはしないだろう。
棟上げをし彼女の家で工事関係者と身内でお祝いをした。天桜の大将に事情を話しお願いをして銘酒を一寸多目に送って貰った。頼んだ分だけでは無くお祝い分も送ってくれて申し訳ない。日頃お世話になっている仕出し屋さんから料理を取って彼女の同級生数名が手伝いをしてくれ中々賑やかに。
仕事は面白く無いが私生活は中々充実している。そんな頃課長に調べ室に呼ばれた。
「土居部長。部長はええ畑を持っとるらしいの。係長に聞いた。そこからええ情報引いて実績上げたらしいじゃないか。その畑知能・暴力主任に譲らんか。」
「はあ。」
「もう知能・暴力じゃ無くなったんじゃから要らんじゃろう。」
「言われた意味が分かりません。」
「今度来た主任は来たばっかりで畑が無い。土居部長がもう要らんなった畑を譲ってやったら課の実績が上がって助かるんじゃけどな。」
「何か勘違いしてませんか。僕はスパイを飼っているのでは無くこの街の人達と良い友人として付き合っています。あの人達も僕を友人と認めて色々な話をしてくれるんです。道具みたいに譲れるものじゃありません。」
「いや其処を組織のために。」
「断ります。友人を道具扱いできません。それにそんな利己的な考えの人間と僕の友人達付き合いたがらないし絶対信用しません。絶対相手にしないし、そんな事を持ち掛けたら僕まで絶交されます。情報が欲しかったら街に出て自分で友人作って、身銭切って真摯な付き合いをしたらええんです。」
「いや、そんでも…。」
「断ります!」
普段あまり顔色を変えない僕が血相を変えて課に戻ったので皆が驚いている。
「情報が欲しかったら自分がなりふり構わず取りに行かんかい!人の褌充てにして小汚い手使うんじゃない!二度と詰まらんこと言うな!」
知能・暴力係長と主任を怒鳴りつけた。
僕の係長から
「どしたんぞ?」
「他人の友達付き合いを物の遣り取りの様に
『譲れ』
言うんで断りました。こんな阿保たれ等大事な友達に紹介できません。」
「それは言う方が間違うとる。友達付き合いいきなり譲れじゃの言う馬鹿が居るんか。」
2人に向かい、
「そんな汚いことしか考えんけん誰も相手せんなるんじゃ。恥を知れ!」
そして、
「土居部長こんな奴等の相手する事無いけんの。無視しとけ。」
課長の方に向いて、
「自分が苦労して協力者作ったこと無いけんこんな阿保たれ等の言う事に乗せられるんじゃ。部下の苦労を何じゃと思うとるんじゃ。儂等は皆情報取るためだけに街の人と付きおうとるんじゃ無い。一生付き合う積りで友達付き合いしとる。此処居る間だけ情報が取れたらええじゃのいうもんと一緒にするな。」
課長こんなに反撃されるとは思ってもみなかったんだろうな。黙って課を出て行った。
「土居部長、次は署長に呼ばれるぞ。遠慮するな。言いたいこと言うて来い。今課長が出て行ったんは署長に儂等の悪口言いに行ったんじゃ。」
「分かりました。」
暫くしたら課長が帰って来て、
「署長室に行け。」
と言った。署長室に行き黙って立っていたら、
「課長のいう事は聞かないかんぞ。」
「何のことですか。」
「いや課長が情報を共有せい言うたら断ったらしいじゃないか。」
「一寸話が違います。
『僕に情報をくれている友人達をそっくり自分達に譲れ』
と言われたんで断りました。僕の友人達は物じゃありません。遣り取りすることはできません。それにあんな自分勝手で他人を利用する事しか考えてない人間恥ずかしくて自分の友人達に紹介できません。友人達もああいう人間と付き合いをするとは思えません。だから断りました。」
「いや、組織の情報のためじゃけん。」
「僕は情報を取るために付き合いをしている訳ではありません。互いに仲良く付き合いをしたいから付き合っているんです。その結果情報が入手できることもありますが、情報だけのために接近したりしたら相手されません。そういう目的を察せられたら誰も付き合いをしてくれません。」
「どうしても知能・暴力主任を紹介するのは嫌か。」
「はい。自分の足で情報を取らず他人の褌をあてにするだけの人間は信用できません。そんな姑息な人間を大切な友人に紹介なんかできません。」
「主任は自分で情報を取らんのか。」
「少なくとも今のところ1件も。1日中自分の席に座っています、取れる訳がありません。それで人を利用しようとしてるだけです。どうしても実績が要るのであればあの人達を関わらせず僕がやりたいようにやって全て僕の実績としてならやってもいいです。」
「そんでもここ2年この署は知能・暴力抜群の実績じゃないか。係長もやったんじゃ無いんか。この間課長と知能・暴力の2人と一緒に飲んだ時係長が
『この2年頑張りました』
言うとったけど。」
「係長が何を言うたかは知りませんが、あの人は情報入手も事件処理も全くノータッチです。それをする能力も意思もありません。それは課長と知能・暴力係以外の課員に聞いて貰えば分かります。」
「解ったもう帰ってええ。」
課に帰ると係長が心配してくれていた。
「如何やった?」
「いや別に。知能・暴力係長がここ2年の実績を
『自分が頑張りました』
と署長に言ったらしいんで
『あの人は情報入手も処理もノータッチです』
言うときました。
『疑うなら課長と本人以外の課員に聞いてください』
とも言いました。
知能・暴力係長黙って目をそらしてる。
「そんな事言うとったんか。署長が聞いてきたら全部本当の事言うてやる。恥を知らん人間は如何しようも無いな。」
「課長、係長、主任、僕が自分の大事な友達にあなた達を紹介することはありません。恥ずかしゅうて知り合いじゃ言えんです。」
声を荒げぬよう冷静に言うだけ言って知らん顔で自分の書類を手に取った。でも腹が立って書類が読めない。
それからは課長何も言ってこない。僕は届け出があった現場には臨場するがそれ以外の外出はしない。必然的に街の情報は入って来ない。この2年余警備課が本部に報告する情報も僕が大分回してきた。今年度になってそれが無いので警備課がじわっと様子伺いに来た。市役所の情報が欲しいみたいだ。僕が市役所の幹部だけでは無く市長とまで一緒に飲んでいることを知ったので抱きつきたいみたいだが、
「教えられる情報はありません。」
「いや、最近市長とも時々会うとるらしいいう噂を聞いたんもんじゃから。」
「ええ、外で会うし市長の家にも呼ばれますよ。」
「その時の話を教えて貰えんじゃろうか。」
「他人の褌充てにしてばっかりじゃあいかんのじゃ無いですか。」
前に結構いい情報を渡したらその報告書に
『当署知能・暴力犯係主任土居秀明に捜査をさせた結果以下の事実が判明した』
とまるで自分達が得た端緒を僕に調べさせた様な報告になっていたらしい。前の署長が教えてくれた。
「いやあ、土居部長じゃ無いと取れん情報じゃけん。」
「その情報を
『土居秀明に捜査させたところ』
いうて報告されたら嬉しくないんで。」
「あれはー………。」
「そういう事なんで僕に抱きついても無駄です。容赦なく払い除けます。」
届け出があった変死や火災を確実に処理し、分かり易い窃盗だけを拾って強行・盗犯に必要な数字だけは確保している。でも去年の同クラスの署の中で断突1位だった数字には遠く及ばない。課長が、
「去年できたことがどうして今年はできんのぞ。」
係長が、
「あんたが課長じゃけんよ。皆のやる気を削ぐ様な事ばっかり言うたりしたりするけんよ。」
課長また黙って出て行った。
暫くしたら係長が電話で署長室に呼ばれた。係長はそれが分かっていたらしく、
「言いたいこと言いたい放題言うてくるかの。」
「係長、喧嘩腰は駄目ですよ。冷静に相手の痛いとこを容赦なく全力且つ反復して突いてくださいよ。」
「お、分かった。先輩方の仕込みがええけん土居部長を敵に回さん方がええの。」
係長然程時間を置かず帰って来た。
「土居部長の言う通り、静かに思うとる事を全部言うてきた。署長もおかしいとは思うとったみたいじゃ。署長に言う事と、本部に言う事と、儂等に言う事が全部違うとる。自分が間に居ったら誤魔化せるけど直接話されたらすぐバレる。署長儂を帰らすとき課長に
『お前は残っとけ』
言うとったけん分かったんじゃないか。」
それから大分たって課長渋い顔をして戻って来た。
「土居部長、明日から好きなように動いてええけん。」
「それはしません。知能・暴力は待ちの仕事があまり無いけど、強行・盗犯は現場受けが居らんと残った者が困ります。これからも係長の指揮で皆と協力して動きます。」
「それじゃと情報が取れん。」
「知能・暴力の情報は担当する係があるんじゃからそっちでやって貰ってください。僕がそっちの情報まで請け負うと僕は堪ったものじゃありません。」
「いや、その代わり2人に強行・盗犯手伝わすけん。」
「2人は強行・盗犯では使えんので迷惑です。遊ばすだけになります。給料分の仕事をさしてください。それが課長の仕事でしょう。」
課長唖然としている。この署に来るまで面と向かって部下に逆らわれた事が無かったんだろうな。強行・盗犯皆横を向いて笑っている。知能・暴力も目を逸らせたが笑ってはいない。僕は知らん顔で自分の書類を取り出した。今日は可笑しくて書類が読めない。
10月始め頃の吉日に結婚式をする事を僕の係長に伝え、係の皆に披露宴に出て貰えるかどうか打診した。全員
『喜んで』
との事だった。送致と鑑識にも打診したら来てくれるそうだ。新婚旅行の予定も伝え係長の方から決裁を貰うようにして貰った。課長が、
「儂は聞いとらん。」
「じゃから今報告しとるじゃないですか。」
「招待状を貰うとらんいう事じゃ。」
僕が課長の席に行き、
「出して無いから届きませんよ。」
「いや儂は課長じゃから。」
「披露宴に来て貰うのは日頃お世話になったり親しくして貰ってる人でしょう。普段付き合いが無い人を呼ぶのは失礼です。呼ばれたら只では来られんのじゃから。日頃世話になって仲良くしている最小限の人だけ呼びました。」
「しょ、署長もか?」
「呼んでませんよ。親しくして無いし。」
「わ、分かった。」
披露宴には警察本部長も来てくれるらしい。昨年秋赴任して来た本部長は石原部長の大学時代の後輩で学部は違ったが、
「石原先輩にはよく奢って貰ったし、旅行にも連れて行って貰った。」
と言っていた。赴任してから何度かこの街に来てくれている。石原部長が現役でこの街に居た頃にも此処を訪ねたことがあるらしく、石原部長の他の赴任先にも行った事があるらしい。何処かの県で警務部長をしていた頃、其処の幹部達が実務を何も知らない若造と見てキャリア官僚を飾り物にしようとしたので、第一線での問題点を石原部長から詳しく聞き、幹部たちが問題に触れない御座成りな会議の席で石原部長から聞いていた問題点を次から次に指摘して驚かせ、以後舐められ無くなった事があると言っていた。僕も何度か一緒に食事をさせて貰ったり此処の川で鮎釣りを教えたり。本部長官舎のすぐ近くに家があるマル暴情報係長夫妻が日頃何かと単身赴任の本部長をお世話しているらしい。
家は順調に出来上がっているが、頼んだ大工さんが資材・工法等を少しでも良い物をと丁寧な仕事をしてくれているので、僕達が新婚旅行から帰った頃に引き渡しになるらしい。婚礼用の家具等はその時搬入して貰う事にした。彼女は結婚と同時に自分の意見が最優先された新築の家に入れるのが嬉しいみたいだ。友人達にも羨ましがられてご機嫌なので僕も嬉しくなる。前の署の時の係長から、
「嫁さんには絶対逆らうな。それが夫婦円満の秘訣じゃ。儂は若い頃一寸逆ろうてしもうてな、酷い目に遭うた。そこで家庭内の序列が付いてしもうたんじゃ。あの兄貴さえ尚美さんに逆らうまいが。」
あの時、
「肝に銘じます。」
と答えたのをよく覚えている。
披露宴の日が近づいた。日が迫ったある日今回新郎側の主賓が警察本部長だという事が分かったらしい。署長が慌てている。
「儂の席を急に用意したりはできまいな?」
「はい無理です。」
【その気ががありません】
署長、課長、知能・暴力係は警察本部長が出席して自分達の管内で開かれる自分達と同じ課員の披露宴に呼ばれなかったことが不満みたいだ。でも僕の係長が、
「署長、課長、知能・暴力係が呼ばれる訳無いじゃろうが。土居部長のやる気を削ぐは仕事の邪魔するはの連中を。そんでも土居部長に嫌がらせなんかしたら只では済まんじゃろうな。土居部長の親分は怖いけんのう。儂は昔知っとる奴が情け容赦なしにエンドレスでやられるとこ見た事がある。儂は絶対逆らわん。」
と当直中等に連中に聞こえる様に言うものだから、聞いている署員は今後何事かが起きるのを期待して待っている。僕も、
「世話になって無い上にムカつくことばかり言ったりしたりする奴等を何で自分の結婚式に招かないかんの。本部長に胡麻擂る機会与えるだけやん。」
と石原部長と本部長の威を借りて言っている。
此処より南の方の市を地盤にする代議士も彼女の家の主賓として出席するらしい。その人も挨拶をしたがったので長い挨拶を聞くのにうんざりしていたら、石原部長が直接電話をして遠慮させてくれたらしい。
「来賓がグダグダ長い挨拶すると票が減るぞ。ご祝儀多めに包んで静かに座っとれ。」
と脅したらしい。言う事を聞かないと自分がこの選挙区でやっている事業に係る人達に投票しない様に言うし献金もしない。それだけでは無く積極的に足を引っ張るとでも言ったのだろう。この事は先方のお父さんには自発的に引いたと言う様に指導警告をして。
当日は大盛況だった。石原部長御夫妻は美佳姫とお世継ぎを伴って僕の親族の席に座ってくれた。若竹の女将さんも。劣勢だった我が家が一気に挽回。関西の旧帝国大学1年生の姫は並ぶものが無い美貌。友禅の振袖が実に艶やか。先輩の奥さんも及ばない。新婦の友人達皆が一緒に写真を撮りたがっている。僕の同期生達も傍に寄りたそうにしているが、僕が前に居た署の署長と係長がガードして近寄らせて貰えない。お世継ぎも年齢にしては体格が良く将来男前になるのが確定の雰囲気。石原部長御夫妻は出席者の席を回って酒を注ぎながら
『土居秀明を宜しくお願いします』
と挨拶をしてくれた。隣に座っている仲人さんが、
「姿が良い立派な御親戚が居られるんじゃね。装いも極上だし。」
と感心している。部長はシングルの礼服だが、生地が漆黒で上質なのとサイズ感からフルオーダーなのが素人目にも判かり、奥方は黒留袖で初夏だった先輩の結婚式は鮎と水紋の夏柄だったが今日は錦秋の柄。田舎者の僕にこんな立派で見栄えがする親戚が居るのは不自然だよな。
本部長が居るので羽目を外す警察官は居ない。粛々と進んだ。仲人さんの挨拶が少し長かったがまあ良しとしよう。乾杯のシャンパーニュ、白ワイン、赤ワイン、日本酒、ウイスキーその他、ビール以外は全部部長が提供してくれて持ち込み料も払ってくれた。ビールもこの式場普段はドライビールらしいが今日はプレミアムビールが出ている。新婦のお父さんの好みに合わせてくれたみたいだ。
最後まで警察官の結婚式独特の喧騒が起こらず無事終わった。僕達は今晩船で大阪に行き、翌日からヨーロッパに10日間の新婚旅行。課長や署長が休暇が長いと言ったので本部長が署長に
『行かせてやれ』
と言ってくれている。石原部長が手を回してくれた。石原部長からは3千ドル分のトラベラーズチェックも。
旅行から帰って1週間位別居をしていたが、新居が整ったので一緒に住むようになった。警務に転居の届けを出したら、
「家賃の補助金請求もしてください。」
と言われたので、
「自分の家なので。」
「え、自分の家?」
「新築家屋が出来上がったので引っ越します。」
「いや聞いて無い。」
「一々家建てます言わんでしょう。許可がいるいう話聞いて無いです。」
「許可は要らんけど、共済で資金を借りるとか色々。」
「無借金です。」
皆が驚いていた。
「土居部長って良いとこの坊ちゃんやったんやね。」
「水吞百姓の小倅ですよ。」
お金はコツコツ爪に火を灯して蓄えた事にした。そのために30を過ぎるまで結婚しなかったとも。決してできなかった訳では無いというニュアンスで。
秋が深まり大分寒くなった頃本部長が奥さんを伴い暴力情報係長夫妻と一緒に此の街に来た。本部長も歴史に興味があるらしく歴史好きな暴力情報係長の案内でこの城下町近辺を散策する積りらしい。僕が鮎釣りをしながら話した、この街の霧が流れる風景も見たいらしいし。情報係長夫妻は先輩の婿入り先に泊まり、本部長御夫妻は僕の妻の実家に。僕達の家にと思ったのだが明治中頃に贅を凝らして建てられ、古い庭のある落ち着いた座敷が歴史好きには嬉しいだろうとのお義父さんの提案で。確かに庭の向こうには赤煉瓦造りの建物が見える昔ながらの風情ある街並みの中だし。
情報係長夫妻と先輩のお義父さんと家のお義父さんが一緒に旧跡を散策し、季節外れではあるが鵜飼舟を出して川下りも。途中に在る明治時代の豪商の別荘には市長夫妻が待っていてお茶を。夜は妻の実家でいつもの仕出し屋から料理をとって宴会。放っといてやっても良いのだが署長も呼んでやった。本部長と市長が一緒だと言うと舞い上がっていた。たまには餌もやっておこう。
受けの仕事だけしていればこんなに楽なんだ。一度楽を覚えたら後がしんどいかも。結局今年の実績は3月末までの前体制時の実績で辛うじて赤点を免れた。前署長は本部で自分の管理体制がいかに良かったかを吹いているらしい。確かに署員への締め付けが緩くてやり易かったのは事実だが、
『頼むぞ!』
だけで特別な指示は無く、皆が勝手に実績を上げただけだと思う。でもまあそこそこ気分良く仕事はできていたんだろうな。
年が明けても変化はない。僕達は赤点を取らない程度にしか働かない。知能・暴力は実績0。僕が優秀に見えて有難い。この点は奴等の功績だな。署長と課長の評価は最低レベルらしい。さっさと居無くなればやる気が出るのだが。でも良い署長・課長は滅多に居らず、殆どが自分の事しか考えない奴等ばかりだから次への期待はしない方が良いな。




