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結婚式

色狂いの横領が終わったら先輩の披露宴が迫っていた。この街で代々続いた家の婿取りなので大々的にやるらしい。

 色狂いの横領事件が片付く少し前、石原部長から署に電話があり

『日曜日に県庁所在地の仕立屋さんに行く様に』

との事だった。


 出頭すると高そうな生地が既に選んであり、それは明るい青で、イタリアでは

『アズーロ』

と呼ばれる色らしい。5月頃の気候に丁度の生地だそうだ。

「石原さんから

『これでスーツを仕立てて披露宴に行く様に』

との事です。」

「え、そうなんですか?」

「はい。良い色でしょう。芯地とパッドを最小限にして軽く仕上げてくれと言われています。途中2度か3度仮縫いに来て貰います。披露宴の10日前には仕上げます。それとシャツも仕立てます。これも薄い青色生地を指定されています。」

「宜しくお願いします。」

「費用は石原さんに請求しますので。」


 車で来ていたのでそこからすぐに帰宅した。帰るとすぐにお礼の手紙を書き

『すごく良い色だった』

『着るのが楽しみ』

と言った内容を伝えた。


 出来上がったとの連絡があったので取りに行ったら、茶色のストレートチップ靴、茶色コードバンベルト、茶色基調のネクタイ、ネクタイよりやや濃い茶色のポケットチーフが店に届いていた。お店の人が言うには、

『アズーロ・エ・マローネ』(青と茶)

はイタリアでは定番のコーディネートだそうだ。

「石原さんが

『これを身に着けて披露宴に行く様に』

との事でした。直ぐに会うからわざわざお礼の電話をする必要は無いそうです。」

「これ高いんでしょう。」

「お値段は秘密です。」


 披露宴の日が来た。この街である披露宴だが、この署から出席するのは僕と課長だけ。僕は受付を頼まれていたので少し早目に署の南方の市街地を外れた場所にある結婚式場に行くと、まだ来ている人は居なかった。着いてすぐに受付の準備をしていたら、新婦の友人という女性が2人、受付を一緒にするらしい。どちらも振袖で綺麗な娘さんだ。取敢えず挨拶と自己紹介をして出席者の到着を待った。


 新婦の御両親が奥から出て来て僕達に挨拶をしてくれた。僕達も

「本日は誠におめでとうございます。」

と定番の挨拶をし終ると、県庁所在地とその隣の市からの出席者を乗せたバスが着いた。まだ姿が見える前から賑やかだ。

「一寸騒がしいおっちゃんが居るけど害は無いから気にしないでください。」

と一緒に受付をする二人に伝えたら、

「こら、土居、お前今儂の悪口言うたじゃろう。」

「言う訳無いでしょう。こんなに世話になってる大恩人の事を。」

「お前も世慣れして言う様になったのう。初めて刑事になった頃はおどおどして可愛らしかったのに。」

「何時までもやられっ放しじゃあいかんですけんね。もうすぐ30歳になるのに。」

「もう30か。嫁も居らんのに?」

「放っといてください。」


 団体さんの御到着なので急いで受付をした。定元係長の祝儀袋を光にかざす振りで、

「ちゃんと入っとるんでしょうね?」

「失礼なこと言うな。今回は大丈夫や。お前の時は忘れるかもしれんけど。まあ結婚出来たらの事じゃけどの。」

「そういう返し方されたら何も言えんじゃないですか。苛めですよ。」

皆笑ってる。新婦の招待者達も。でも警察官の結婚式は破目の外し方が酷いからその内笑い事では無くなるかも。いつかは背丈より高いウエディングケーキを倒して、何処かの式場が

『警察官お断り』

を表明したと聞いた。そうならないように頑張るのも今日の僕の仕事かな。


 今日の仲人を務める石原部長御夫妻が奥から出て来た。部長はサイズぴったりのモーニング。借り物では無いのが一目瞭然。尚美ママは黒留袖。柄は初夏に合わせた鮎と流水。どちらも黒色の深さが際立っている。巡視員さんもその後から。こちらは大島紬に綴れ帯の組み合わせ。まだ独身だけど留袖で。一緒に受付をしているお嬢さん達目を見張っている。

「スーツ有難うございました。靴や小物まで。」

「土居さん似合ってるよ。」

「今日だけは

『馬子にも衣裳』

とは言わんとってやろうかな。」

「言うてるやないですか。」

皆笑ってる。でもお陰様で今日の晴れた空にぴったりのスーツを着ている僕は皆が注目してくれている。前居た署の係長と暴力情報係長が現れた。今度の異動で僕が前居た署の署長になった前刑事企画課次長も。少し遅れて和子さんも入って来た。彼女も大島紬に綴れ帯。若竹の女将さんも大島紬に綴れ帯。着物の色は夫々に似合った色が選んである。よく見ると帯は、和子さんが春、巡視員さんが秋、女将さんが冬の柄だ。尚美ママの着物の柄と併せて春夏秋冬だ。皆が注目している。部長多大な出費だろうけど何んとも無いんだろうな。


 式の時間になった。受付の僕達は出席できないが他の人達は式場に。今日は大半の人が式に出るみたいだ。式の開始後到着した人はあまり居なかった。


 式が終わり皆がまたロビーに戻って来た。

「定元係長、お行儀よくできました?」

「儂を何じゃと思うとるんじゃ!」

「何を言うか、何をするか分からん酔っ払いのおっちゃん。」

「まだ酔うて無い。」

「飲んで無いとは言わんのですか。」

「バスの中で一寸だけ練習した。折角のめでたい披露宴で上手いこと飲めんかったら申し訳が立たん。」


 前の署での係長が、

「お前儂より目立つスーツ着やがって。」

「係長、お前はもう目立たんでええ。まだ嫁さんに来て貰えん可哀そうな土居と張りおうてどうするんぞ。」

「大人げないことを言うな。」

「哀れな土居の幸せのために盛り立てるんが兄貴分の務めじゃろうが。」

と皆から言われながらも、係長も色は地味だが良い生地のスーツを身に着けている。情報係長も新任署長も僕の課長もだ。僕だけ特別な訳は無いよな。皆がえらく僕が独身である事と現在交際相手が居ない事を強調している。


 出席者が揃ったので、お祝いを纏め両家夫々に渡して任務終了。他の人に遅れて会場に入った。配席表を見ると僕の席は警察官の席では無い。先輩の同期生達が座るテーブルの端辺りかと思っていたが、新婦の同級生の席の中に用意されている。僕の両隣は一緒に受付をした振袖のお嬢さん達だ。


 先輩の同期は一番若くても今年31歳。もう殆どが結婚しているらしい。僕の同期も大半が結婚をして独身はあまり残っていない。そこらを考えて貰ってのこの席かな。でも金魚の中に泥鰌が1匹混ざった様な感じだ。初任科入校の時に親が作ってくれたダサい三つ揃いを着てたら目も当てられなかったな。石原部長此処まで考えてこのスーツを仕立ててくれたのか。


 テーブルに8人。男性は僕1人。完全アウェーだな。でも皆僕のスーツに興味津々。

「そのスーツ綺麗な色ですね。」

「はい。イタリアではこういう青を

『アズーロ』

と呼ぶそうです。」

「5月の青空によく合ってますね。」

「そうなんですよ。出来上がった時はそうも思わなかったんですけど、今日着て外に出たら自分でも驚きました。」

「ネクタイやポケットチーフが茶色ですけどそこらも?」

「これは今日の仲人さんご夫妻が選んでくれました。

『アズーロ・エ・マローネ』

青と茶という定番のコーデらしいです。」

「靴も茶色だ。」

「お洒落なんですね。」

「僕はこの街を流れる川を遡った山奥育ちの田舎者です。今日の仲人さんご夫妻に出会う前は、今思うと恥ずかしくなるような格好で出歩いていました。でもお二人が何かと世話を焼いてくれて、恥ずかしく無い格好で外を歩けるようにして貰いました。」

「仲人さん素敵ですよね。私中学生の頃に会った事があるんですけど凄くお洒落な人だなって思いました。」

「僕なんか足元にも及ばないお洒落ですよ。僕のこのスーツも仲人さんのチョイスです。これは僕に合わせての仕立てですけど、仲人さんが若い頃着てたスーツやジャケットを仕立て直したお下がりを一杯くれています。どれも皆が褒めてくれます。」

「その服も見てみたい。私たち皆新婦の中学や高校の同級生でこの近辺に実家があります。今度皆で食事でも行きませんか。」

「是非とも。」

開宴前僕達のテーブルが特に賑やかだ。皆もこちらを気にしている。


 司会者が開宴を告げ、新郎新婦が入場して来た。やっぱり新婦はピカイチだ。美人の上に可愛らしい。でも僕のテーブルに居る新婦の友人達も皆可愛い。よくこれだけ揃ったものだ。


 まず仲人さんからご両人の紹介と挨拶。実に分かり易く簡潔で心がこもった話だった。今回は婿入りなので奥さん側の主賓が祝辞を述べた。その主賓の挨拶がグダグダだったので仲人さんの挨拶が一層際立った上、ご夫妻の姿の良さもあって出席者が感心している。乾杯の音頭は僕が前に居た署の新署長。これも簡潔で心がこもった発声だった。挨拶では警察の完勝だな。乾杯はシャンパーニュで。聞かない名前だが知る人ぞ知るブラン・ド・ブランらしい。一緒の席のお嬢さん達に聞かれたので

『シャンパーニュとスパークリングワインの違い』

を知った様に。


 先輩の同期生達の羨望の目を感じながら実に楽しい披露宴だった。両隣の一緒に受付をしたお嬢さん達と電話番号の交換もしたし。肉料理に出た赤ワインも多分仲人ご夫妻の持ち込みなんだろうな。これまで結婚式でこんなワインが出たことは無い。披露宴の終わりには一番最後まで残って皆さんのお見送りをしてから帰宅。先輩達は今晩船で大阪に行き明日朝シンガポール方面に新婚旅行だそうだ。


 披露宴の翌朝気合を入れ直して出勤。さて暴力団でも苛めに出るか。知能犯は今年はもう良いだろうし、拳銃は難しい。となればやはり手っ取り早く暴力団を2人程入れてお茶を濁してから次の何かを考えよう。でも資源には限りがあるから漁場の回復も考えておかなくては。


 この前補導したパンツのゴムが緩い女子高校生達も上手く手懐けてある。勉強ができず、家庭も面白く無い連中の集まりだから適当に話を聞いて相槌を打ってやると何でも話す。何処の誰が助平なおじさんで、誰に一寸変わった癖があるかが良く分かった。積極的には使わないがいざとなった時に役に立つかもしれない。


 その女子高校生を取り合って傷害沙汰を起こした暴力団もどきを逮捕した。被害者も十分悪いが素人だから任意で捜査。逮捕したのは前回の脅迫や自転車競技法違反では留置場に入っていない奴だから新たに認定して貰い暴力団1名ゲット。相被疑だし罰金で出るだろうから今年中にもう1回何かやってくれないかな。


 相も変わらず街をほっつき歩いてゴミか餌か分からないものを嗅いで回っている。たいていはゴミだがたまに餌に当たる。千に三つはまずいけど、三十に一つなら十分採算が合う。自分の仕事では無いものが多いがそこは上手く選別して。窃盗は全部拾う。強行・盗犯が喜んで飲み会に招待してくれる。素人の傷害は極力和解させる。こんなもの持って帰ると強行・盗犯が白い目で見る。暴力団絡みの暴行・傷害はウエルカム。


 結婚式で出会った女性達とはまだ連絡を取っていない。何と誘って良いのか分からないから。そうしている内に梅雨が明けた。日が当たって川底の苔が育ち始めたから鮎釣りだな。早速強行・盗犯係長が、

「土居部長。お前明日鮎釣り行けや。休暇届出さんでええけん20余り掛けてこい。朝から昼頃までやってその儘おとり缶の中で晩方まで泳がしたら泥吐くじゃろう。昼寝してから夕方河原で火起こして鮎焼いとれ。仕事終わったら儂等も行くけん。」

課長も無言で頷いている。


 言われた通り翌日は夜が明ける頃から友釣りをした。川遊びの仲間から今よく掛かる場所を教えて貰ったので昼までそこで。おとり鮎もその人の庭の湧き水の中で泳がしているのを貰った。40匹以上掛かった。鮎が入ったおとり缶を人目に付かない岸に繋いで一度帰宅。昼寝をした後午後4時半頃から釣っていた場所よりはずっと川下の署に近い河原で火起こしを。


 火を起こし終わり炭火が安定した頃先日披露宴で隣に座った二人がやって来た。一人は市役所、もう一人は商工会議所に勤めていて二人とも家が近いので歩いて通勤しており、僕の姿が通り道の橋の上から見えたらしい。

「何してるんですか?」

「これから此処で刑事課の飲み会するんで準備です。僕は鮎釣りと火起こしが担当なんで。」

「お仕事は?」

「これも仕事の内です。」

呆れられた。

「一緒にどうです。」

「良いんですか。」

「是非とも。」


 炭火が安定したので祖父が作ってくれた竹串に鮎を刺して焼き始めたら皆が来た。今日は僕の係長が当直司令で、酒を飲まない送致が初捜なので狙っていたのかな。


 課長は先日披露宴で会っているが、その他の連中はきょとんとしている。皆にいきさつを話し一緒に飲むといったら一気に盛り上がった。鮎だけではなく頼母子仲間の肉屋さんに頼んで、肉やホルモンをたれに漬けて届けて貰っている。ついでに野菜も。飯盒をかき集めて飯も焚いている。酒屋が業務用の大きなクーラーにビールを入れて河原まで配達してくれた。余ったら僕が引き取る。日本酒は僕の部屋に有った銘酒を魚釣り用のクーラーに入れて。自分が飲む積りだったワインやシャンパーニュはお嬢さん方に優先的に飲んで貰おう。


 昼中は暑かったが日が落ちると川を渡って来る風が気持ち良い。一人二匹ずつ鮎を。一匹は塩で。蓼酢は小料理屋の女将さんに分けて貰った。もう一匹は木の芽味噌を塗って魚田で。余った鮎はおとり缶で生かしておいて明日川遊び仲間の庭の湧き水に入れておこう。


 この場所は時々バーベキューに使っている。近くに公園があってまあまあ綺麗なトイレがあるし、水際にベンチもあるので便利が良い。最初は頼母子仲間が誘ってくれた。それ以来頼母子仲間や同僚と時々来ている。頼母子仲間の肉屋さんが格安で上質の肉やホルモンを提供してくれ、たれや野菜も準備してくれる。お礼は取り寄せた銘酒で。


 まずは焼き上がった鮎とビールで乾杯。お嬢さん達には貰い物のシャンパーニュを。紙コップだと石原部長に怒られるので、部長がくれたアウトドア用のフルートグラスで。

「私達だけ良いんですか?」

「おっちゃん達はこんな高いお酒飲ましたら腹壊すから。」

「私この間の結婚式で土居さんに教えて貰うまで泡が出るワインは全部シャンパンかと思ってた。」

「僕もこの間の仲人さんに出会うまでそう思っていました。仲人さんの一番好きなお酒がシャンパーニュらしいです。」


 一杯食べて飲んで楽しく話をして時間が過ぎた。係長が、

「後片付けは儂等がするけん土居部長はお嬢さん等送っていけ。」

「そうさせて貰います。」

二人共家はすぐ近くだった。先に遅くなることを連絡してはいたが、夫々の家の人に遅くなった事情を説明しお詫びをしてから官舎に帰ると暫くしたら課長達も帰って来た。今日の費用は捜査費が余っているから僕が。次は呼ばれますという事でお終い。


 翌日お嬢さん達の内1名から電話があり日曜日に家にお邪魔することになった。数日前届いたばかりの北関東の銘酒と花を手土産にして午後3時頃玄関のチャイムを鳴らした。服装はずっと前に詰めて貰った、今年署長になった上司が若い頃欲しかったコットンスーツで。


 家は古くからの街並みの一角に在り立派な門と庭がある御屋敷だった。昔この街の特産品だった生糸の商いで栄えた家らしい。品の良いご両親とお姉さんと弟が出迎えてくれた。先日のもう一人も一緒に。早速着衣を誉めてくれた。

「先日の仲人さんが若い頃着ていたスーツです。向こうが大分背が高いので殆ど仕立て直し位の補正をして貰いました。皆これを狙っていたみたいですけど僕が貰えました。」

「よく似合ってて素敵です。ええ服は長く着られるんやね。」


 極端に広い訳では無い庭だが樹木が年月を経て落ち着きのある風情だ。つい見とれてしまった。

「どうですか?」

「昨日今日できた庭とは違って落ち着いていますね。この庭見てるだけで5合はいけます。」

「ははは。そう来ましたか。じゃあ早速庭を見ながらやりますか。」


 座敷の庭が良く見える場所に座りビールを頂くことになった。

「若い人はこの頃流行りのドライビールというのを好む人が多いみたいじゃけど、儂はやっぱり昔ながらの苦い奴が好みなんです。直ぐ近くに酒屋があるけんドライにしましょうか?」

「いえ僕も苦い奴が好きです。」

麦芽百パーセントの好みのビールが出た。

「僕が一番好きなビールです。」

「この間河原でもこれ飲んでましたよね。」

「はい。ドライビールは僕にはステンレス舐めてるみたいな味であまり好きになれません。単なる好みの問題ですけど。」


 伏見甘長唐辛子と茄子の焼びたしが出た。美味しい。出汁が一寸違う。

「この出汁

『はや』

ですか?」

「はい。冬場に川底から湧き出る暖かい湧き水に集まった

『はや』

を捕って焼き干にしたのを使っています。良く分かりましたね。」

「僕が育ったのはこの街を流れる川の上流で、祖父が川遊びが好きなのでよく連れて行って貰いました。

「それでこの間鮎を一杯捕ってたんですね。」

「上司の指示で夜が明けると同時から。」


 皆呆れている。

「仕事中に?」

「事件が有ったら問答無用で夜も昼も無く酷使されるんで、検挙目標さえクリアしていたら勤務形態はあまり問題にされません。上司によっては杓子定規なことを言う人も居ますけど、今の上司は鼠さえ捕ってくれば文句は無い人達なんで。やらないかんことがあれば夜間も休日も無く働くし、余裕があれば適当に遊ぶし。」

「目標って厳しいんですか?」

「年頭に数値的な目標が示されます。極端に厳しい訳ではありません。最低限の数値で良しとするか、もう少し上を狙うかはその人次第です。」


 お父さんはここより南の市を地盤にする代議士の支持者で僕の頼母子仲間は顔見知りらしい。前回の市長選挙の事も聞いているみたいだ。

「私は土居さんの飲み友達等とは考えが近いんで付き合いがあるんですよ。あの人達皆が声を揃えて土居さんの事褒めるんで一度会ってみたいと思っていました。そしたら娘が知り合いになって

『感じがええ人』

言うて褒めるんで、是非とも会ってみたいと思うてお招きさせて貰いました。」

「僕もあの人達のお陰で来たばっかりのこの街で人に後れをとらずやっていけています。」

「いやいや、なかなかの活躍みたいで皆感心してますよ。それに今日庭を楽しむ姿は若いのに中々のもんです。」

「僕は田舎の高校を出て何も知らずに警察官になったんですけど、刑事になって最初に付いた主任さんが仕事ができて教養も度胸もある人だったんで何から何までその人の影響と真似です。」

「この間の結婚式の写真を見せて貰いましたが、仲人さんご夫妻姿も品も一寸おらん位のお二人ですね。」

「はい。特にあれこれ細かい事は言わんのですけど横に居って一緒に時間を過ごすだけで勉強になります。その上今僕が身に着けているものも殆どがお二人に都合して貰ったものです。」

「他にも色々?」

「はい。お古を自分がお金を出して仕立て直して送ってくれます。去年の冬にはスーツ、ジャケット併せて5着、替えズボン3本どれも僕が自力では買えない品質のものばかりです。」

「この間のスーツも?」

「はい。あれはお古では無くて今回の披露宴に合わせて新品を仕立て貰いました。シャツも靴もそれに合わせて付けて貰ったものです。」

「高そうだったけど。」

「聞いたんですけど仕立屋さんが

『お値段は秘密です』

って教えてくれませんでした。」


 ビールを飲みながら色々話をした。同じ課で仕事をしていた時の先輩の不遇。連続放火検挙の先輩の活躍。誘拐事件の話には皆食入る様に聞き入って、先輩の恋バナでは娘さん達泣いていた。

「誘拐の話は本人には聞きにくくて。でもすごい緊張感だったんですね。」

「僕は出遅れてしまってずっと無線を聞いていました。」

「でもあれを最初に事件だと考えたのは土居さんだったんでしょう?」

「いえ、披露宴にも来ていた当時の課長と強行一係長は気付いていました。僕に言わせてくれたんだと思います。その前にホステスさんの殺人・死体遺棄で僕が下手打っていたんで。」

失敗の付けで、真夏の夜中に一人で大汗かいて穴掘りをさせられて、そのまま現場に捨てられた話をしたら大受けだった。犬の死骸のくだりでは

『そんな事が』

とその場にいた者にしか分からない話を身を乗り出すように聞いてくれた。


 夕方になり仕出し屋さんから料理が届いた。姪御さんが防犯協会に勤めているお店で、刑事課も一度二階の座敷で宴会をした事がある。

「今日のお客は刑事さんかな。今朝は市場にええ魚が上がっとったけん味おうてや。」

「はい。おっちゃんとこの料理美味しいけん楽しみです。」


 先輩の生まれ故郷の市場に上がった新鮮な魚介類。若竹なら種類・料理に応じて熟成をさせるんだろうけど獲れたての歯ごたえと新鮮な味も悪くない。しまった、日本酒もう1~2本持ってきとくんだった。次があったらそうしよう。石原部長と若竹仕込みの酒と料理の味わい方、何とか合格点を貰えている様だ。

「土居さんの飲み友達が

『土居さんが毎月持って来てくれる珍しい日本酒が美味しくて月に1度の飲み会が楽しみじゃ』

言うとったんですよ。いやぁー、これは旨い。」

「毎月前に居た署でお世話になった料理屋の大将に色々な銘酒を送って貰っています。よろしければまたお届けします。」

「家でも毎月とは言わんが時々は飲み会をせないかん。その時は来てくれますか。」

「是非とも。」

「御養子に入った婿殿の義父も呼ばないかんな。」

娘さん嬉しそうにしてくれている。


 それ以来その家のお嬢さんと時々会って話をする様になった。専ら僕が家を訪ねて縁側や座敷で。ご両親の目が届かないところだと心配を掛けてはいけないので。行くときは珍しい日本酒を手土産に。晩御飯を御馳走になって一緒に飲むからかえって迷惑を掛けているかも。


 届けてもらう日本酒の数を増やした。世間ではプレミアムが付いたものばかりらしいが、天桜は蔵元から直接なのでそう負担にはならない。お礼にこの街近辺の特産品を時々送っている。


 今は冷酒で美味しいのを送って貰っているが、冬になれば燗で美味しいのを送ってやると言って貰っている。お父さんも日本酒が好きで秋が来て暖かい日本酒が美味しくなるのを楽しみにしてくれていて、その頃になれば落鮎を獲らなくては。


 細目にあちこち嗅いで回り自分の分と課全体の数字は何とか纏められている。県職員の怪しげな話を聞き込んだのだが、事案の発生場所と対象者の住所が西隣の署管内で関係者は誰一人うちの管内には居ない。如何しようかと悩み課長に相談。署長にも報告したが一寸捜査がしにくい状況なので、今現在の捜査状況を本部の知能特捜に上げることになった。自分でやりたいところだが、人手が無いし地の利も無い。あやふやな話ではあるが端緒把握に数えてくれれば儲けものといった処で。


 石原組の知能特捜補佐に電話を入れて事案を吟味して貰うことになりこれまでの捜査状況を送った。その補佐なら悪い様にはしないだろうと思い。送ってしまったらすぐにその事を忘れてしまいまた相も変わらず餌拾い。この街に来て1年半。協力してくれる人も最初の20人余から随分増えた。知り合いを回るだけでもすぐに時間が過ぎる。おまけに野菜などの生り物を一杯くれるので僕のボロ車は八百屋の配達だ。


 時々晩御飯を御馳走になっているお家は町家なので普段野菜を買っている。署に帰る前まずそこに寄り、次いでお世話になっている小料理屋さん。自分の要る分を少し残し後は署で帰りがけの署員に引き取ってもらう。僕の住んでいる官舎は狭くて単身と独身ばかりなので配る相手が居ない。課長は一度も煮炊きをした事が無いと言っていた。多分茶も沸かして無い。前に課長の台所の水道を捻ったら赤錆色の水が出た。それ以来二人で飲むときは専ら僕の部屋だ。


 9月の終わり頃資源保護のため10日間鮎の禁漁期間があるのだが、それが終わったので友釣りに行ってみた。鮎は大分河口方面に下っているので北隣の町との境界辺りまで行った。結構川幅が広くなり流れ込む水も増え水深も深くなっている。そこで始めたらすぐに何か大きなのがおとり鮎に突進して来た。偏光グラス越しに細長い鰻みたいなのが見えた。鰻は鮎が好物だから川上でやっている時に掛けた事がある。鰻上等。蒲焼上等。と思ったら掛った感触が重い。こんな大きな鰻?引き抜けないので竿を寝かせてラインを手繰った。


 掛かっていたのは鼈だった。それも大型。2年物なら1キロ位だがどう見ても3キロ位ある。鮎を食べるために伸ばした首が鰻に見えたんだ。鰻なら大きくても百匁だからこんな大物引き抜ける訳無いよな。無理してたら今年買ったばかりの竿を壊す所だった。その時は多分鼈も逃げるだろうし。


 大物が掛ったので直ぐに納竿。帰りにお世話になっている家に寄り、庭の湧き水の中に蟹を獲る籠に入れて漬けさせて貰った。早速明後日の夜飲み会を。鼈は大きいといっても3人前位だ。せいぜいその家の家族ともう一人のお嬢さん位で味見程度だ。翌日は協力者宅を回りお茶を飲みながら話をして獅子唐、茄子、胡瓜等を分けて貰った。協力者の人達は月に1回程度訪ねて行って世間話をすると何故か喜んでくれる。時々はお菓子やお酒を手土産にするのだがこちらが恐縮するくらいお礼を言われる。


 飲み会当日は休暇をとった。夏季休暇の時期にあまり休まなかったので、警務が10月中でも良いから休めといって煩かったので丁度良い。朝から友釣りに行って鮎を20匹位掛け、午後3時頃お邪魔した。若竹で教えて貰ったやり方で鼈を解体し、鮎に串を打ち庭先で炭火を起こし、先輩の御両親も見えると聞いていたので魚田だけではなく豆腐の田楽も用意した。地獄漁で捕まえた鰻も捌いて焼いた。午後6時前お父さん、娘さん達、高校生の息子さんが帰って来て、先輩の御両親もやって来た。まずはうざくとビールで乾杯。焼いた獅子唐と茄子も。鰻の白焼、鮎の塩焼き、魚田。僕は庭先で煮たり焼いたりしながら。鰻は蒲焼でも。それとよく水を切った田舎豆腐の田楽。


 鼈は石原部長に教えて貰った、京都の老舗の真似事で。大きな土鍋に東の県境の市にある蔵元の甘口の日本酒を1升。強火で沸かし丸大豆醤油と生姜の搾り汁だけで解体した鼈を焚き上げる。家庭用のガスでは火力に限界があるが仕方ない。後は芽葱が急には手に入らないので細葱を刻んで散らす。


 女性陣は恐る恐るだったが、食べてみれば

『美味しい』

と言ってくれた。お父さん2名は最初は冷や向きの酒、次いで燗で美味しい酒。女性陣にはシャンパーニュを。


 最後はまる雑炊。やや固目に炊いたご飯を洗い粘り気があまり出ない様に炊き上げた。高校生の弟は何杯もお代わりをしてくれた。


 飲み会は成功裏に午後9時頃終了。僕が拾い集めたものだけで満足して貰えた。先輩のお義母(かあ)さんが、

「家の婿さんもこんなに料理をするんですかね?」

「先輩は綺麗好きで掃除や洗濯はまめだけど料理はあまりしませんね。」

お父さんが、

「此処までする男はそうはおらん。」

「僕は口が卑しいんでそこにある物を一寸でも美味しく食べて酒を飲みたいという目先の欲に忠実な奴なんで。」

「いやいや、仕事も熱心だし、遊びも上手だし。この街の土居さんを知っている人皆が褒めますよ。

『何の得にもならん年寄りの処を細目に覗いて声を掛けてくれる』

言う話も聞くし。」


 先輩のお父さんが気になることを言った。

「最近西隣の市を警察本部が調べよるらしい。どうも県事務所狙いらしい。

『この前は農協職員がやられ今度は県じゃ次は市かな』

言うて皆が言いよる。」

「そうなんですか。」

【僕のネタかな?】

「うちの市役所は無いとは思うんじゃが、世の中一定数は欲な奴が居るけんな。」

「今の処市役所の話は聞いて無いし、知能特捜もこの署管内では何もしてませんよ。」

「うん。でもこの署には腕が切れて情報通の刑事さんが居るらしいけん。」

「そんな奴居ませんよ。警察官の身内を積極的に困らせるようなことをする奴も居ないし。藪の中や花の下には蛇が居るらしいけど僕は無理に突いて出したりはしません。目の前に落ちている餌を拾うのが精一杯なんで。」

笑って済ませたが、市役所にも何かあるのかな。でも放っとこう。藪をつついて何か出てきたら困るのは僕だ。ほんの一寸でも噂話を聞きつけたら強欲な署長が何を言い出すか分からない。誰かに言われて様子伺いをしてきたのかな。


 そこらでお開きになった。料理を出しながら片付けもしていたのでそう散らかっても居ない。でも片づけをしようとしたら、

「明日家がするので。」

と言われはしたが、火の始末と道具を一ヵ所に集め、

「明日午前中回収に来ます。」

「仕事でしょう?」

「僕は朝礼が終わったらすぐに外回りに出ても何も言われないんで。」


 翌日午前9時過ぎには道具類をボロ車に積みお礼を言って官舎に一旦帰った。帰り際にお母さんが、

「新しい車買わないんですか?」

「借金してまでいい車に乗りたいとは思わないんで。」

「まあ、そうなんですか。」

「服は殆どお下がりだし、米は実家で貰うし、呑み代も給料外の捜査費以上には使わないし。結構倹約してます。」

「給料以外にお金が出るんですか?」

「はい。良い情報を入手する者にはそれなりに。付き合いの飲み代位にはなります。」

「そうなんですか。土居さん身綺麗にしてるしお金一杯使うのかと思っていました。」

「いえ

『入るを量って出るを制しろ』

と先輩から厳しく言われていますから。その分お金に困って無い先輩がお古の服や飲まないお酒をくれています。時には小遣いまで。」

「そうだったんですか。」


 その後も時々家を訪ねて娘さんと話をし、お父さんのお酒の相手をしていたら先輩達が帰省することになり先輩の婿入り先に呼ばれた。貰い物のシャンパーニュと東北の銘酒を下げて訪ねていくと、遊びに行く先の御両親と娘さんも来ていた。日本酒2本にしていて良かった。


 計8名、沢山飲むのはお父さん2人と僕だから十分か。この家にも僕が遊びに行く家程ではないが立派な庭がある。最近遊びに行く家は戦前銀行や会社が軒を連ねていた場所で、今日来ている家は武家屋敷があった地区だ。この家の庭も悪くない。江戸時代からの庭で、手入れはもう一つだが商家の庭とはまた違った趣がある。


 手土産を渡して縁側から庭を見ていたら先輩がビールを持って現れた。この人あまり酒を飲まないのに。僕に座る様に言い、自分も縁側に座った。

「西隣の署の汚職どうなってる?」

「さあ。僕は関わっていないから分かりません。」

「この件やってる知能特捜補佐と仲ええやろう。」

「自分の横領の時手伝って貰って色々教えて貰ったけどこの件の事は何も聞いて無いです。」

僕から出た話だと知っているんだろうか。切っ掛けは渡したけど、僕の事は伏せて貰うように頼んでるから分からないと思うんだけど。

「正直に言うと捜査対象の部署にはお義父(とう)さんの知り合がいるらしい。その人はそこの課長でこの先どうなるかと心配らしい。」

「そうだったんですか。正直何も分からないけど、週明けに補佐に当たってみます。2~3日待ってください。」

そこの係長が建設業者に1回数万円程度貰って書類上の便宜を何度か図っただけだというのを知ってはいたが僕は全くノータッチの振りで。

「この市の事も何か噂があるの?」

「それは全くありません。知能特捜は誰もこの街に入ってきていませんから。僕も市職員に関しての情報収集はしていません。僕は先輩の家族に迷惑が掛かるようなことをする積りは無いです。そこだけは断言しときます。」

「解った。土居君すごく怖れられてるみたいよ。一遍喰いついたら放さん言うて。」

「僕は鼈ですか。」

この前の市長選挙で今の市長が当選したのは僕が相手陣営に嫌がらせをした効果が多分にあると思われているらしい。また大半の市職員にとっては現市長の方が好ましかったみたいで僕は現職の支持者扱いされている様子だし、市長自身がそう認識しているらしい。でも事件捜査は別だとも。


 先輩は一度奥に引っ込んだ。多分今の会話を伝え安心させているんだろう。与していると思われるのは嫌だが折角作った協力者を困らせたり嫌われたりする積りは無い。日頃から安心させるような言動をしておこう。


 皆が座敷に集まって飲み会になった。料理は先輩のお義母(かあ)さんと先輩の奥さんが。商店街の中にある魚屋さんの刺身以外は全部手作り。この署に来たばかりの時ご馳走になったが、何かしらほっとする味だ。春先から初夏に採った山菜を乾燥させておいて戻したもの。少し甘めの出汁巻き卵。生姜を利かせた青魚の煮付。鶏と根菜の煮物。燗をしたやや辛口の日本酒によく合う。嬉しくなった。


 いつものペースでゆっくりと飲んだ。市長選挙の事が話題になった。結果として現市長を利することになったがそういう意識は全く無かった事を十分説明した。でも分かって貰えたかなぁ。先輩が何処で聞いたのか前の署でやった選挙違反検挙の手口を話した。皆一寸引いている。

「流石土居君。」

「ち、違いますよ。あれは係長がやれと言って仕方なく。」

「あれ、皆土居君主導だと思ってるよ。」

「違いますよ。あれは元々石原部長の思い付きです。石原部長がやった時僕がやった役をしたのが今の課長です。その時腰縄を引いたのが係長で、係長が其れをリメイクしたんです。」

「全部土居君がやったことになってるよ。」

「えぇ!係長ですよ。僕は単なる道具です。」

「土居君凄いことする。怖れられるのも当たり前だと思ってた。」


 皆笑ってるけど

『こいつ等とんでもない奴等だ』

と思ってる。先輩そういう処あるんだよな。割と回りがどう思うかを考えない。バカ係長の下で嫌な思いをしてきた割には。


 突然、

「土居さん、うちの娘どう思います?」

時々お邪魔している家のお父さんが尋ねた。

「あ、素敵だと思います。常識があるし頭の回転も速いし優しいし。それに綺麗だし。」

「如何じゃろう。土居さんうちの娘と先の事を考えてお付き合いして貰えんじゃろうか。」

驚いた。そりゃあそういう気持ちはあったけどまさか先方から。

「はい。望むところです。こちらからお願いしたいと思っていました。」

お父さんニコニコして、

「家内も姉も弟も賛成しています。」

「あのぉ、御本人は?」

「本人の希望です。」

ちらっと見ると恥ずかしそうに嬉しそうにしてくれていた。


 でも僕は山奥の水吞百姓の小倅なんだけど。

「でも僕の家は山奥の零細農家で、お負けに母子家庭なんですけど。」

「そこらは関係ないです。由緒正しい家柄の息子が全部優秀な訳では無いし、私等は土居さんの人柄を見てこの人ならと思った訳です。正直に言えば土居さんの飲み友達、川遊びの仲間、この家の婿殿や家の娘等の高校時代の先生に土居さんの事を聞きました。誰も悪く言う人は居ません。その上私も家内も直接接してこの人ならと思った訳ですから。」

「有難うございます。その御信頼裏切らぬよう努めます。いえ、絶対裏切りません。」


 先輩も奥さんもその御両親も喜んでくれた。この街を流れる川の流域で育ったのだから将来はこの街に家を建てれば良い等との話まで出ている。それもありだな。今度は言動に留意し下手を売らないようにしなくては。


 週明けに気分良く出勤したら、今朝知能特捜が西隣の県事務所の事件に着手したと聞いた。昼前に知能特捜補佐から電話があり、

「着手した。送致後土居の表彰の事も考えてある。」

「それは辞退させてください。今回捜索を受けた部署の課長は、誘拐被害者と一緒になった先輩の婿入り先のお義父(とう)さんの友人らしいです。周辺捜査の段階で聞かれたんですけど

『知らん、分からん、僕じゃない』

で通しているんで。僕は当分この街に居る積りなんで目先の表彰よりも、良い協力者との良好な関係を取ります。」

「成る程。それでええんか?」

「はい。でも署長にはそれとなく

『署長にポイントが付いた』

みたいなこと吹きこんどいてください。お願いします。」

「解った。捜査二課長に言うてそういう方向にする。それとこの事件は単独の小遣い稼ぎじゃ。上にも横にも下にも伸びん。」

「有難うございます。でもこの程度の事件でお手を煩わせて申し訳ありません。」

「何を言うとるんじゃ。貰うた金額は少くのうても立派な贈収賄じゃ。この処贈収賄が無かったんで責められとった。これで息がつける。うちの捜査員等、自分等が何もネタ引けんのに所轄の若い主任が続けて2件も1人で引いてきた言うて驚いとる。次は知能特捜主任じゃ。」

「それはお許しを。実は先週末に先方の親御さん公認でお付き合いを始めました。当分この街を離れたくありません。それに僕の情報はこの街限定です。この街にしか協力者が居らんのですから。」

「そうか。次の異動はうちにいうて課長も次長も言うとったがそこは考慮せないけんの。」

「はい。よろしくお願いします。」


 翌日署長室に呼ばれた。

「土居部長。今度の事で表彰をくれるらしいが、署宛の表彰でかまんのか?」

「はい。僕の協力者達を警戒させたくないんでその方が。」

「そうか。本部長直々に儂の監督責任者としての実績を誉めてくれた。ようやってくれた。今後とも頼むぞ。」

署長上機嫌だ。補佐が小さな糸口を辿って形にしてくれて、本部長まで使って煽ててくれた。すごい。


 結婚を考えてのお付き合いを始めたことは早速手紙に書いて月曜日の朝石原部長に報告した。もう手元に届いているだろう。石原組の若頭と若頭補佐にも石原部長よりは簡略に。これは部内逓送便にしたので遠からず届くだろう。課長にも官舎で報告し

『暫く異動せずにこの署で勤務したい』

と伝えたら

『若頭にも助けて貰ってそうする』

と言って貰えた。


 先輩には昨日知能特捜補佐から聞いた

『上にも横にも下にも伸びん』

という事を伝えたので、昨夜の内にお義父(とう)さんに伝わっただろう。後3年位はこの署に居れるかな。居たいものだ。


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