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知能犯探し

1件片付けて一息ついたら早速次の要求が。欲が深い署長の下で働くのは難儀なものだ。

 選挙が終わり一息ついた。落鮎は選挙の間に僕の瀬張りを通過したみたいだ。バイクで走り回っていた間に大分寒くなってきている。此処は盆地なので1日の寒暖差が結構ある。僕が育った山間から流れて来るそこそこの大きさの川があるので、秋冬には深い霧がかかり、風情はあるかもしれないが暮らしにくそうだ。


 一息ついて座り込んだのではいけない。何か次のネタを探さなくては。暴力団と選挙はできた。拳銃は一寸難しい。この署では刑事、防犯合わせてもこの30年拳銃を出していない。田舎街で賑やかな繁華街は無いし、金の出入りが多い産業がある訳でも無い。こんなシノギがしにくい街で暴力団をする奴の気が知れない。暴力団が居なければ拳銃も出ない。覚せい剤は時々防犯が出しているからこれだな。でも暴力団が絡まないと意味が無いし。素人のシャブ患見付けても防犯を利するだけだ。


 前からある暴力団は、いけないお薬は御法度という事になってはいるが実際どうなんだろう。でもその噂は聞かないな。暴力団もどきにはシャブを仕入れる伝手も金もないし。頼母子仲間の土建屋にシャブの前がある元暴力団の従業員が居る。そこらを突っついてみるか。


 そんな事を考えていたら署長が

『今回選挙の功労をねぎらう』

という名目で僕と課長を料理屋に呼んでくれた。この街に古くからある料理屋で、この街としては高級な店らしい。


 今の署長は定年までにまだ間があり、上手くやれば本部の部長クラスまで行けそうなので他から抜きん出るためにも実績を上げたがっているみたいだ。元々は知能犯捜査の刑事らしく、昔の仕事である選挙違反の実績に関する今回の高評価が嬉しかったらしい。でも欲が深そうなタイプだから更なる何かを要求されそうな気もする。


 こっそり呼んでくれれば良いのに署長自ら刑事課に来て、

「課長、土居部長、今回の功労に対する儂の気持ちを受けてくれ。」

は無いだろう。他の課員も取締りに従事したんだから。知能・暴力係長が無視されるのは何とも思わないが、他の人には申し訳ない。署長が帰った後皆さんに一所懸命謝った。

「済みません。皆さんに手伝って貰ったからこその評価なのに僕だけがやったみたいな話になってしまい本当に申し訳ありません。」

課長も、

「儂としてはちゃんと仕事した人はちゃんと評価するから気を悪くせんとって下さい。今回の評価はこの課に対してのものと考えています。」

知能・暴力係長も納得した様に頷いている。あんたは違うよ。


 言われた日時に言われた店に出頭した。料理はまあまあだ。酒は地元の酒造会社のもので、以前飲んだ時好みに合わなかったので一寸。ビールばかり飲んでいると、

「土居部長は日本酒苦手か?」

「はい一寸。」

「この頃若いもんは日本酒飲まんからな。」

「はい。」

当たり障りのない話をして少しずつ飲んで、一人で機嫌良く話をする署長に適当に合わせて早く終わらないかなと思いながら時間を過ごした。でもそれで終わるはず無いよな。


 やっぱり来た。

「儂はこの署に今年来たばっかりで来年度も居ることになっとる。儂も元々知能畑じゃ。これ迄この署はサンズイを挙げて無い。長い間知能畑に居る儂の記憶に無い。県全体でもこのところサンズイが挙がって無い。此処らでこの署がサンズイを挙げて名を轟かせたいと思うが、如何じゃ。」

【この署の名じゃ無くて自分の名だろうが】

課長が、

「事件を挙げるのは刑事の仕事ですからやりたいです。しかしこれまで汚職に関する情報が全く出て無い署で

『分かりました挙げて見せましょう』

と、安請け合いはようせんです。」

「それは分かっとる。でも土居部長が短期間に作り上げた情報網を見るとつい期待してしもうてな。頼む。何とかやってみてくれ。」


 署長はそう言って頭を下げて来た。頭を下げられてもそう簡単に承知は………。課長が

「署長のお言葉ですから取り掛かりはします。全くゼロの状態から始めるる訳ですからおいそれとはいきませんが。」

「それは分かっとる。土居部長はどうや?」

「僕はやれと言われればやります。只知能犯捜査はやったことが無いんで

『任せてください』

とはよう言いませんけど。」

「それは勿論じゃ、土居部長ならやってくれそうなんで言うとるんじゃ。今の係長は駄目じゃから4月にはもう一寸ましなのを連れてくるように算段しとるけん何とか頑張ってみてくれ。」

「署長。土居部長が今伸び伸び捜査ができとるのは今の係長やからいうとこもあると思います。何をして良いか分からない係長なんで土居部長が自由に動いても文句を付ける事が出来ません。土居部長の行動を制約しようにもそれさえできません。あの係長やからこそ土居部長が自由にやれています。これがある程度分かって、土居部長の行動を根掘り葉掘り聞いたり自分の意見で指示をしたりする係長だとかえって拙いんじゃないかと思います。土居部長の負担は大きいけど今結構うまく回っていますから。」

「それは一理あるな。うん、其処らは検討するしもし自己主張が強いのが来たら儂からように言うて聞かす。」

「それと他の実績ですが、署長の特命に掛り切りだと一寸心配です。土居部長は暴力だけじゃ無うて盗犯でもポイントゲッターなんで。」

「土居部長、どうや?」

「暴力団の検挙予定は幾つか手持があります。今年の数値目標は達成済だから、今の手持を来年に残す積りでいるので暴力団の頭数は揃います。盗犯は係長以下やる気もあるし力もあるんで知能犯情報を取るのに併せて協力してやればそれなりいけると思います。僕の係長も簡単な事務処理なら僕の言う通りにできる様になりましたし。」


 署長苦笑いしている。でも、

「ほう、もう来年のこと考えて仕事しとるんか。頼もしいのう。」

放し飼いにしている暴力団もどきの、傷害と恐喝を何時でも挙げられる程度に纏めてある。あいつ等警察協力者だな。僕の上得意でもある。


 署長上機嫌だ。捕らぬ狸の皮算用をされても困るのだが、駄目だったら

『御免なさい』

で終わりじゃ。上機嫌ついでに次の店に誘われた。以前飲み頼母子の仲間に街中のスナックに連れていかれたが

『うーん?』

だった。別に僕は女性と懇ろになる事を目当で飲みに出てはいないけど、お店の女性が綺麗なのに越したことは………。


 やっぱり。その店も前に誘われた店とまあ似た様なものだ。期待していなかったからショックは無いけど。舞やノワールは特別だと聞いてはいたが、綺麗で愛想が良い女性は賃金が高い。そういう人が沢山いる店は必然的に料金が高くなる。稼ぎが良く無いと飲みに行けない。そういうお店で度々飲ませて貰っていた僕が皆から羨ましがられていた訳だ。課長は元々飲みに行く事が余り無い。石原部長主催の飲み会には喜んで行くが、それ以外は。酒が嫌いでも弱い訳でも無いので官舎では時々一緒に飲んでいる。僕は彼女無しの独身で、課長は単身から単身の転勤でここに来ている。


 お開きになった後帰り道にある石原部長から紹介されたバーに寄った。月一位で寄っている。僕より少し年上と思われるマスターが一人でやっているカウンターだけの店だ。20歳を少し過ぎた頃、見様見真似で始めた店を石原部長が贔屓にして、お酒の事や接客のスタンダード等を教えてくれたと言って感謝している。


 課長とカウンターに座り僕はギムレット、課長はオールドファッションドを頼んだ。

「土居部長、ギムレットのカクテル言葉が

『遠い人を想う』

いうの知ってる?

【この人何が言いたいんだろう?まさか春に結婚した人の事を?この人暴力情報係長と親しかったよな】

「いえ、知りませんでした。オールドファッションドは何ですか?」

「特に無いらしいけど、名前から

『古きよきものを愛する』

『伝統を愛する大人の落ち着き』

とかいう人も居る。」


 その話にはあまり深入りしないようにして、

「署長要するに

『自分の立場を良くしろ』

って言いたいんでしょう?」

「まあそうやね。あっさり断る訳にもいかんから、こちらにも何らかの利がある様にやるだけやってみよう。」

「そうですね。駄目やったら

『御免なさい』

したら済む事やし。」

「そういう事や。」

今現在考えていることは無いし、思いつくことも無い。

「明日から考えてみます。」

少しだけ飲んで一緒に官舎まで歩いて帰った。3月末に歩いた時は桜に月が懸っていたが、今日は色付いた広葉樹に懸っている。これも悪くない。


 翌日は盗犯捜査の手伝いをした。此処らでよくある周りを気にしての未届けを穿り出す手伝いだ。県内の窃盗犯発生状況日報を見ると、南隣の署で窃盗事件が発生し、その犯人はどうもうちの署管内の出身らしい。隣の署の空き巣狙い現場で目撃され、被害者の身内では無いことがはっきりしているので届け出があったみたいだ。手配の身体特徴がこの署管内出身で今県外に住む窃盗前歴者に一致する。隣の署はまだ気付いていないが多分間違い無い。そいつが最近実家に帰って来ている事を頼母子仲間の情報で知っていたので、その事を強行・盗犯係長に言うと飛びついてきた。


 そいつの実家近くで金が無くなる事案が出ているのも聞いたので、その被害届を取って隣の署に先んじて身柄を取り込もうという算段だ。見ず知らずの刑事がいきなり行っても被害届は出ない。頼母子仲間でその地区に顔が利く人に

『被害届を出せ』

と言って貰い、やっと被害届が取れた。僕と強行・盗犯係長で被害届を取り、その間に他の強行・盗犯係員はそいつを捜している。被害届を取った旨を受令機で送り込んだすぐ後、北隣の署管内のパチンコ屋で容疑者発見。任意に見せかけた強制で署に同行。


 強行・盗犯係長が署で厳しく取り調べた。うたわす事が出来なければ南隣の署にくれてやれば良い。そちらは目撃者有りだから否認でもなんとかなるだろう。うたえば原票は独り占め。うたわなければ身柄を取った強みで原票は山分け。最悪でも自署の分は確保。


 思いの外簡単に落ちた。管轄違いの南隣の署で目撃されていることを告げると、本人も見られたことの自覚があったので諦めたらしい。その次にうちの管内の事件を追及するとそちらも認めた。うちの管内の被害で逮捕して身柄を取り込めばこっちのもんじゃ。


 勾留を取って調べていくと、予想以上に県外での犯行がありそうだと聞いた。近隣各県の窃盗犯発生状況を強行・盗犯主任が克明に分析すると、対象家屋、侵入方法、物色方法が共通する現場が多数見つかった。本件が起訴になれば県外に泊り掛けで引き当たりをするみたいだ。僕も検挙功労者としてそのメンバーにと言われたのだが、丁重に辞退した。


 署長が、引き当たり行く暇があったらサンズイ捜せよと思いかねないから。そこらの事情は言えないけど、

「これは強行・盗犯の仕事なんで皆さんで行ってきてください。僕は一応火事も変死もやり方知っていますから安心して留守を任せて。」

と言うと、強行・盗犯喜んでくれた。県外出張の機会などは滅多に無いから係違いの僕がその席を奪わない方が良い。恩も売れるし。


 この頃午前中は署で書類の整理等をして、係長にその日やっておくべき事を伝え午後からは一人で情報収集。署長の特命は課長と僕だけが知っている。外に出るときはメモで行先等を課長に報告してから出掛けている。自分の件数だけでは無く、窃盗等の情報も引いて来るので皆僕の外出には何も言わない。係長は僕の行動に文句はつけないが気になるみたいだ。やっと今頃になって自分が疎外されていることの実感が湧いたのかな。


 サンズイ探しはどこから取り掛かって良いものやら全く分からない。無い知恵絞って考えたが、僕の粗末な頭ではグッドアイデアは湧いてこない。困った。贈収賄は、贈る奴と貰う奴が居て成立。贈る奴は越後屋で貰う奴は悪代官か。代官は役人。役人は公務員。


 ターゲットは公務員だがこの街には、市役所の市職員と県事務所の県職員がいる。管内に他の町村もあるが署から遠い。市役所は先輩の彼女の御両親が居る。娘婿の親しい同僚が市職員を嗅ぎまわると迷惑だよな。必然的に県職員か。収賄をするなら公共事業を扱う部署か、物品購入を扱う部署だな。でもそこに勤務する公務員が誰なのかも分からない。


 その日は帰りがけ何時もの小料理屋に行って情報収集。それとなく近所にある店の客層をリサーチ。近くに河豚料理屋があって、其処は北隣の町から出ている国会議員の家業である建設会社が良く利用しているらしい。一筋北の通りにある料理屋はこの街の建設業者が良く使う店、この繁華街の入り口にある店は県職員が家族サービスによく利用するみたいだ。この間署長が連れて行ってくれた店は市の幹部職員が良く使うと聞いた。


 寒くなり河豚の季節になったのでいつも行く小料理屋近くの河豚料理店に行ってみた。一人で行く店では無いみたいだから小料理屋が休みの日に女将さんを誘って。まあまあだ。頭の唐揚げは出なかった。日本酒は新潟辺りの良いものを置いている。市の北隣の町には河豚の漁獲が結構あるらしい。沖で獲れた良い物は直接南風泊にいくものもあるそうだ。障子戸が付いた小さな上りがいくつもあり密談には良いかも。値段は結構高い。平の公務員だと入りにくい店だな。ついでに女将さんの知り合いのスナックに連れて行って貰った。この街の住民だけではなく公務員が行きそうな店という条件を付けて。もう一つピンと来ない。


 初めての初捜班で一緒だった知能犯係が昇任してこの市の西隣に在る先輩が生まれた街の警察署に来ているので会いに行った。その署は僕の署よりも少し大きくて、その人は知能犯主任が肩書だった。暴力は付いていない。

「久し振りやな。知能・暴力主任しとるんやて。」

「空いた席に強行や盗犯ばっかり送ってきたもんで割り喰いました。」

「いやいや、今度の主任は中々やるいうて評判よ。」

「恥ずかしいです。」

「署長にサンズイやれって言われた?」

「はい。よく分かりますね。」

「あの人僕が刑事になったばっかりの時に刑事課長やった。贈収賄、贈収賄言うて煩い、煩い。元は知能の刑事やけど自分で贈収賄の端緒取ったことは無いらしいよ。僕も無いけど。」

「それでですか。僕は真に受けてました。」

「誰にでも言うらしいよ。」

「少し気が楽になりました。でもまだ1年以上一緒に居ないといけないんですよ。何とかお茶濁す方策でもと思って。」


 そのまま一緒に飲みに行った。

『駅の近くで飲んで最終で帰ればいいよ』

と言ってくれたんでその人の行きつけで。


 その人も実際のところ贈収賄事件をやったことは無いらしい。この県で5年に一度位ある贈収賄や業務上横領事件は、大抵本部の知能特捜のネタで所轄はそのお手伝いになるみたいだ。1年中それだけやってる人達と雑用だらけの所轄の知能は一緒にならないよな。おまけに僕には暴力も付いているし。

「所轄がネタを引いたとしても、直ぐに知能特捜が割り込んできて自分達が調べをするらしいよ。」

「それ良いんじゃないです。ネタを取ったという実績が残って処理は人任せなら。僕がもしネタ取っても持て余します。」

「それはそうじゃ。参考人、裏付け、実況見分、人手が要るもんな。土居は一人でやってる訳だし。」

「そんな話になってるんですか。」

「うん。土居とこの係長が何も出来ん、何もせんいうのは皆知っとるよ。」

「ハハハ。」


 知能犯主任本人に経験が無いので具体的な方法等は不明のまま。只被疑者が居ないと始まらないので地道に目を凝らして怪しい奴を見付ける。公務員にしては派手な奴、仲間内からやっかまれている公共事業受注者。居るかな?


 この署は事案が少なく時間に余裕があるので、強行・盗犯は酒好きで単身赴任の係長がよく飲み会を開いている。この街は田舎の割には飲み屋が沢山ありしかも安いので飲みに出易い。僕の行きつけの小料理屋も時々会場になり僕も誘われる。知能・暴力は2人しかいないので係の飲み会は無い。


 未届け事件に被害届を出す様に説得してくれた人が飲みに誘ってくれた。今回の被疑者の従弟という人が一緒だ。これまで行った事が無かった地元の建設業者がよく利用する店でクエ鍋が出た。クエは以前若竹で食べさせて貰った事があり実に美味しかったので期待Max。野菜も新鮮で、豆腐が僕の生まれた田舎によくある藁を十字に掛けて持って帰れる固いやつ。只ポン酢は若竹と比べるのは酷かな。


 一緒に飲んでいる窃盗被疑者の従弟に当たる人は農協に勤めているらしい。被疑者の父親がその人の父親の兄で、被疑者の側が本家になるらしい。これまで田舎の事で被疑者の父親が被疑者の悪事を何とか表沙汰になりにくい様にしてきたが、今回逮捕されたので一気に明るみに出て周りは困惑しているみたいだ。そのことで文句を言われるのかと思ったら、感謝の言葉を告げられた。ろくでなしを放逐出来て皆清々していると言うために来てくれたらしい。


 これまでは被疑者の父が、自分が本家の当主であることを名目に親戚間での主導権を握ろうとして鬱陶しかったが、今回の事で大人しくなり親戚一同喜んでいるとの事であった。田舎あるあるだな。僕の田舎も似た様なものだ。僕の家は分家で、僕の曽祖父の代にほんの僅かの田畑を貰い一家を立てたらしい。当然のことながら百姓では食えず、林業の手伝い、建設現場の作業員等をして家族を養い、祖父を農業学校に遣り村役場に就職させたらしい。そんな世話になった訳でも無い本家でも田舎の集まりではでかい顔をする。


 その人は一見気が良いおじさんに見えたのだが、話している内にそうでも無いのが分かって来た。酔いが進むに連れ他人の悪口が多くなってきている。本家の事、今留置場に居る従兄の事。あまり良い酒では無いなと思い聞き流していたが、歳も地位も似た様な同僚の話が一寸面白い。あまり興味がある風には見えない様に、適度に相槌を打ちながら耳を聳てた。


 その同僚はこの市の農協の山間の支所長をしているらしい。本人はその隣の支所長だ。支所自体は同僚が居る支所の方が少しだけ大きいみたいだ。同僚のいる支所には農協直営のガソリンスタンドが併設されていて、同僚の部下がスタンドの切り盛りをしているらしい。その職員の行状が気に入らない様子で悪口を言い続けている。その職員を管理しきれていない様子の同僚の事も。


 頻りに悪口を言っているのは、ガソリンスタンドを任されている職員が1年位前から生活が派手になっている事だ。その人物は僕と同じ位の歳で、自宅は市街地を少し外れた所の農家だそうだ。親とできちゃった婚で一緒になった妻が農業に従事し本人も休みの日には手伝っているらしい。その人物が度々飲みに出て結構派手に遊んでいるのが農協の職員にしては身分不相応な遊び方だと言っている。


 一寸面白いかな。

「その人の実家ってお金持ちなんですねぇー。」

「家が裕福やからいうて節度の無い遊び方をするのはいかんじゃろう。」

「そうですよね。社会人として守るべきところはありますからね。」

「刑事さんもそう思うじゃろう。」

「この辺りの農家ってそんなに裕福なんですか?」

「いや、米や野菜だけ作っとっても大した事にはならん。」

「その人の家は他に何か。」

「昔からようけ土地を持っとっる古い家じゃから。」


 土地を売ってもこの辺りじゃあ大した金にはならないし、売ったら終いで百姓が続けられない。何かあるのかな。

「土地を売ったんですかね?」

「いや、そういう話は聞いて無い。」

「それなのに飲みに出る金がある?」

おじさん黙ってしまった。辻褄が合わないからか、言いにくい事があるのか。急いては事を仕損じるゆっくり調べよう。その店の次はスナックに誘われた。嬉しくは無いけど行く一手だな。


 次に案内された店は僕のお得意様の暴力団もどきと関係がある店だった。そこを経営しているママが、県外で代紋を貰っていて、暴力団もどきの兄貴分だか親分だかになる人物と知り合いらしい。昔の女だと言う人も居るし今も続いていると言う人も。暴力団もどきは代紋貰っている奴に遠慮しているのか店に出入りはしていないらしい。うーん、まあいっか。今現在暴力団が出入りしている店では無いし。


 今日僕を誘ってくれた頼母子仲間はこの店によく来ているみたいだ。

「ママ、連れてきたで。」

うん、何だ?

「ええ、この若い人がそう。もっと怖そうな人かと思うとった。」

何の事?

「いや今この街に怖ろしいマル暴の刑事さんが居る言うて評判でな、儂が知り合いじゃ言うたら

『連れて来てくれ、連れて来てくれ』

言うて喧しいもんじゃから今日誘うたんよ。」

「僕そんなに怖くないですよ。」

「いやいや、駅の裏辺りでこそこそしとる連中大分ビビっとるみたいよ。」

「うーん、あれはガキのごっこやから。」


 ママさん一見普通だが、まあ女性は解らんからな。特に僕は鈍いから。

「マル暴の刑事さんいうたら噛みつきそうな顔した怖い人ばっかりやと思うとったのにそうじゃ無いんやね。」

「そういう人が多いのは多いですけどね。でも僕は成り行きでやってるだけなんで。」

「成り行きって何?」

「異動で来てみたら、マル暴が代わったのにマル暴が来んかって、一番若い僕が無理やり座らされただけなんで。」

「その割には次から次に事件挙げとるいうて評判よ。」

「脇が甘い素人相手の実績やから。」

「確かに。あの子等いきってるだけのガキやもんね。」

「ハハハ。」


 ママは話しをしながらも僕の事を観察している。此処に来ることを想定していた訳では無いのだが、今日僕は石原部長から貰ったハリスツイードのスーツとお下がりの腕時計を身に付けている。

「若いのに渋いスーツ着てるのね。」

「貧乏だから長い間使える様に、今よりも先々に似合そうな服選んでます。」

本当はお下がりだけど。ママの値踏みに耐えられたかな。


 そこからは僕達3人と店の人で結構賑やかに楽しく飲んだ。舞やノワールで飲み方を教えて貰ったお陰で、若いけど雰囲気を壊さず落ち着いて飲む奴と日頃思って貰えている。此処でもうまくいっている。マル暴のイメージアップ成功かな。その日はそれ以上農協職員の話には触れなかった。


 翌日出勤して朝礼の後に、昨夜聞き込んだ派手に遊んでいる農協職員の話を課長にした。何でも早目々々に報告をしている。ただでさえ外をフラフラしているから何をしているか位は報告しとくに限る。暫くその人物を嗅いでみると言うと課長が、

「そうして見て。」

「団体職員やから一寸とは思うんですけど。」

「農協職員の横領は結構あるから。」


 まずは自宅の確認。次はボロ車のガソリンを空にしてからそのスタンドで給油。洗う必要は無いだろうと思われるかも知れないが洗車を頼み暫く休憩。初めての僕にも気安く話しかけてくる。軽い感じだが愛想が良い。

「今晩この先の街で飲みに出ようと思うんやけどお勧めの店ある?」

そしたら夕べ行った暴力団絡みの店を勧められた。

「此処は田舎やからおばちゃんの店ばっかりやけど、其処ならまだしも若い子がいますよ。」

確かに。他よりはましだった。でも………。

「そこはお兄さんも行くの?」

「はい。僕はそこばっかりです。相撲取りにスカート穿かせた様なおばちゃんとこでお金使うんは面白くないんで。」

「ハハハ。」


 数日後またその店に飲みに行った。店で出会ったらそれはその時。僕はマル暴係だと思われているから、そっち専門という事で。汚職事件は

『何それ?お食事券?』

『私ワカラナイ。』

という事で惚けよう。


 早い時刻に店に入ると、 

「早速来てくれて有難う。」

一寸だけ高いウイスキーのボトルをキープしてオンザロックで。

「もう大分前やけど私がこの店を開く前、この街の私が働いていた店に高いスコッチやバーボンをキープしてオンザロックで飲むお客さんが居ったんよ。そのお客さんも刑事さんやった。」

それは石原部長だな。

「その人もお洒落でね、いつも体のラインに合った仕立ての服着とった。刑事さん今日の服も格好良いね。」

今日の僕は、ネイビーブルーのフラノ地ブレザーとグレー無地スラックス。水色オックスフォード地ボタンダウンシャツに小紋プリントタイ。勿論サイズを詰めて貰ったお下がりと貰い物。

「仕立てが良い服は背中のラインが綺麗よね。」

そうなの?

「そんなに沢山服持ってる訳じゃ無いけど、綺麗なお姉さんが居る店に貧相な格好で入る訳にはいかんしね。」

その晩農協職員は来なかった。


 その店の入り口は市内を流れるそこそこ幅がある川の対岸からよく見える。対岸の川沿いに公園がありそこの東屋から双眼鏡を使えば出入りが確認できるので暫く張ってみることにした。季節的には少し寒いが仕方ない。


 その店が午後7時頃から開くので、仕事が終わった後暫く書類等の整理をし、署近くの飯屋で晩飯を済ませ東屋に行く。その東屋には、日中は暇そうな老人達が座り込んでいるのだが、日が暮れると誰も居ない。怪しげなあんちゃんがじっと座っていると目立つので、散歩を装い歩いたり近くの木の陰に移動したり。でもそれも怪しいよな。


 2週間程張っている間に4回も来た。あの店の誰かに気があるのかな?いつも来るのは結構早い時間だ。何処かで飲んだ後という訳では無いみたいだ。何時も一人という事はやはり誰かお目当てが居るんだろうな。


 それから更に2週間程かけて対象者の日中の行動、銀行口座等の出し入れを調べたのだが、これまで調べたところでは金融機関やサラ金での借入金は無く口座に目立つ入出金も無い。というよりも口座に残高があまり無い。親の口座にも照会を掛けたがこれまでの処目を引く出金歴は無かった。では遊び金はどこから?ほぼ間違いは無いな。さてどう取り掛かるか。


 翌日午前中調べ室でこれまでの状況を捜査報告書に纏めた。課長に直接渡し、課長は署長だけに直接報告したみたいだ。

「横領をしている可能性はあるけど、贈収賄では無いから署長喜びませんよね。」

「公務員犯罪では無いが、一応職を汚してる可能性が高いから良いんじゃない。署長も贅沢言ってる場合じゃ無いのは解ってるし。」

「県職員の上の方をやったら恰好良いんですけどね。」

「上過ぎるとストップかかるから。」

「え?」

「警察は県から予算貰う立場じゃから、脅しのネタには使うても検挙はできん事が多いんよ。地方局の係長辺りが50万円位貰うたやつが手頃かな。係長程度なら切って捨てられるから。」 

「そんなものなんですか。」


 そういえば僕が刑事になったばかりの頃県の幹部が絡んだ多額の贈収賄を知能特捜が挙げた事があった。その事件は県知事自らが警察本部に圧力をかけて揉み消そうとしたらしいが、着手より先に報道が先行し揉み消そうにも揉み消せなくなったと聞いた。それを挙げたのは石原組の一員で今知能特捜補佐をしている人らしい。今なら分かる、報道を利用したのが誰か。石原部長なら躊躇わず平然とやるだろうな。


 やはりこれは石原部長に要相談だ。もう直ぐ今年が終わる。年末になると石原組の忘年会が開催されるのでそれに併せて相談を受けて貰うことになった。県外に住んでいる石原部長御夫妻が年末墓参りを兼ねて帰省するというので、年末特別警戒の最中ではあるが組員・準構成員万難を排して仕事納めの日に。来年まで僕の捜査は一時休憩。


 師走の半ばを過ぎた頃捜査対象の店を覗いた。服装は去年ボーナスを叩いて買った革ジャンとジーンズにデザートブーツ。石原部長から

『いくらいい服を着ていても足元が安いと格好がつかん』

と言われているので靴にも気を遣う。前に尚美ママに買って貰った靴をスーツの時には履くのだが、今日の靴は前任地で競艇が当たった時にカジュアル用に買った靴。


 飲みに行く前夕食に寄った小料理屋さんで女将さんが巻いた田舎風の巻きずしを食べた。牛蒡、人参、椎茸等の具材を甘目に煮て巻いたやつ。お祭りの時などに母が巻いてくれたのが懐かしい。母のはきつめに巻いてあったが、女将さんのは緩く絶妙な加減に巻いてあり、口の中で酢飯が解れるのが心地よい。ビールと好みの日本酒を一寸ずつ飲んだ後にその店に。


 店に入るとすぐに店内を見渡したが捜査対象者は居なかった。空いていたカウンターに座ると、

「今日は革ジャン?こういう格好も良いね。土居さん靴も沢山持ってる?」

「沢山は無いけど服装に合った靴じゃ無いと落ち着かんから。」

「スーツの時は紐靴で、ブレザーにはローファー、今日はデザートブーツ。この前街で見掛けた時は綿パンにスニーカーだった。」

「街で?」

「1週間位前。商店街歩いとったら鞄二つ肩に掛けた男の人と車に乗り込んどった。」

「盗難現場かな。鞄の人は鑑識。肩に掛けとったのはカメラバッグと指紋鞄。」

「マル暴やのに盗難現場行くの?」

「此処は小さい署やから手が空いとる者が何でもするんよ。僕は元々強行係で、火事や変死が担当やった。此処に来る前の署も小さかったから泥棒も捕まえてた。」

「詐欺は?」

「やるよ。」

「うちの子が騙されてるみたいなんよ。」

「ふーん。どんな話?」


 その話は、騙されていることは間違い無いが立件はできない。

『奥さんと別れて一緒になろうと言われて付き合ったが遊ばれているだけだった』

という話だ。ママには、騙して騙されただけでは駄目で、

『金銭等の財産の交付を受けそれを不法に領得』

して初めて詐欺になる事を説明した。女性の貞操も気持ち的には財産の内かもしれないが事件化はできないとも。

『結婚して貰えるから金を渡した』

ならいけるんだけど。でも僕には大変ありがたい情報だった。


 その店の女の子が騙されている相手は捜査中の農協職員だった。この店の中では一番ましな女性を半年がかりで口説いてものにしたらしい。

『奥さんと別れて一緒になる』

と申し向け、服やバックを買ってやり、やっとのことで落としたものの、

「何時奥さんと別れてくれる?何時から一緒に住むの?」

と迫られたが、全て口から出まかせで奥さんと別れる気など更々無く、のらりくらりと体の関係を続けているらしい。


 そのこと自体を事件にするのは無理だが洗ってみる価値はある。数日後ママを河豚料理屋に呼び出し、河豚を食べながら農協職員に関する売上伝票を見せてくれる様に言った。つらつら考えるに騙された彼女が不憫でならない。そういう人で無しは天誅を与えるべきだ。これは僕の仕事ではなく余計なことだが義憤に駆られて奴の悪事を合法的に世間に晒す。そのためには奴が分不相応な遊びをしている事実関係の解明が必要だ等と申し向け。 


 あっさり同意してくれた。僕が親切で余計な手間を掛けていると思い込み感謝してくれてもいる。夜他の人が居る所でその話はできないので、後日昼間に伝票と帳簿を見せて貰う事にして、騙されている女性が貢いで貰った物、奢って貰った店等も聴取する事に。


 その日は河豚を堪能し同伴でお店に行き何時もの様にウイスキーをロックで。店に行き始めてからまだ日が浅いのに我ながら妙に馴染んでいる。飲み代は署長と石原部長が捜査費をくれたので余裕だ。前の署に代わって以来貰った捜査費の出納帳を付けている。先日石原部長が課長を通じて20万円、署長が2万円。署長は、

「知能犯捜査には金が要るけんのう。」

石原部長は何も言わずに。お礼の手紙を書いた。忙しそうで中々電話に出られないみたいだ。


 その後日中に国道沿いの鰻屋でママに会い、

「人で無しに何らかの制裁を加えるべく粗探しをしているが簡単ではない。しかし必ず何らかの行動をとるので数カ月の猶予が欲しい。」

と言うと、納得してくれた。こうやって時々ほんの少しだが状況を説明して話を聞くだけで不満を持たれずに済むんだ。定元係長が飲みに行った先で誰よりも真剣な振りで話を聞きホステスさんに持てていたのはこういう事なのかな。


 仕事納めの前日、課長と一緒に署長室に行き現在の状況を控え目に説明した。期待されず、遊んでいるだけと疑われず、といった処で収まる様に。

「横領をしているのは情況的に間違いありませんが、どうやって引っ張り込むかの思案中です。年明けから身辺捜査をして何か引きネタを見付けます。」

という事で収まった。


 翌日は仕事納めの後、午後から休暇届を出して石原組の忘年会に。午後3時頃列車で県庁所在地に着いた後、忘年会前に少し時間を取って貰い課長と僕が石原部長に今懸っている事案の説明をした。以前概要については手紙で説明していたせいか、そこには組員の知能特捜補佐もいた。

「今日知能特捜補佐を同席させたんは事件を盗らそうという訳では無い。一番的確なアドバイスができるのを呼んだ。やるとなったら支所の帳簿を押さえないかん。押えても土居は帳簿読めんじゃろう。そこの署で読めるのは署長ぐらいじゃ。」

知能特捜補佐が、

「儂は単なるアドバイザー。土居がやりたい様に。できるバックアップは何でもする。」

「いや、手伝って貰らわんと人手も能力も足りません。」

知能特捜補佐が、

「今の段階で本部に言うと本部の事件みたいにされるから、もう少し形を付けてあくまでも手伝いの要請にした方がええ。課長は、

『やる時にはあくまでも手伝いで本部を呼ぶ』

と前もって署長に言うとった方がええな。」

「儂もそうする積りじゃった。まずは任意で呼んでやけど、もう少し脅すネタが欲しい。」

「まあ年が明けてからじゃな。でも土居は独り立ちしてからようやっとる。」


 後細かい予定を決め終わった頃、忘年会に参加する人達が来始めた。流石だ。この忙しい時に一人の欠席も無い。開始に先立ち尚美ママと美佳姫とお世継ぎが会場に現れ、皆に挨拶をして尚美ママが組員全員にお年玉の前渡しをしてから会が始まった。


 会場は若竹の二階の襖を全部外して、舞のホステスさん達全員と先輩の彼女も。先輩の彼女は行儀見習いを兼ねて若竹でバイト中。舞は昨日が一般向けには今年最後の営業で来年は5日かららしい。今日は貸し切り営業。余裕だな。


 席は石原部長の席だけが決まっていて後は思い思いに。年齢、拝命の順に好きなところに座り、ホステスさん達はその間の席に適当に。一番の若輩者の僕は最後に残った席へ。やっぱり空いていたのは定元部長の隣だ。反対側の隣は先輩が座っている。皆微妙な笑い方。定元部長は気にしてない。定元部長は石原部長と同年生まれでメンバー中二番目の年長。残り物の僕の席は結構高い席になる。何時もの事だが定元部長は石原部長の席からは微妙に外したところに座る。近いと石原部長が時々毒を吐くからギリギリの線を見切っている。


 今年も豪勢な料理だった。去年が河豚だったから今年は蟹かと思ったら、のどぐろ、甘鯛、鮑、伊勢海老、コウイカ、蠣等々。此処らの鮑は夏が旬だが、今日の鮑は三陸の鮑で今が旬、蠣も三陸の唐桑らしい。酒も手に入りにくい日本酒が何種類も。僕達のために毎年3千万円位は使ってくれてるな。結婚祝い、新築祝い等はそれとは別で。新任警察官の頃に若手巡査百人分位の収入があったらしいけど、今は幾ら位あるんだろう。でもまあ、考えても仕様が無いな。

「今のバブル経済は今年で終わりらしいぞ。石やんは上手いこと売り抜けたらしい。秋が山場やったらしゅうて忙しそうにしとった。投資・投機は暫くせん言うとった。稼いだ金で割のええ事業して堅実に稼ぐんじゃと。」

「何で知っとるんですか?」

「泣いて頼んでなけなしの金増やして貰うた。10月中頃に2年余り前に預けた金を倍にして返してきた。この先は株も土地も下がる一方じゃと石やんは見とる。そんでもこの4~5年で稼ぎ倒したらしいぞ。じゃからこの宴会やお年玉は屁でもないはずじゃ。」


 僕だけでも今年百万円近く貰っている。

「お前は特別多い。如何しようも無い末っ子やから仕方ない。でもこれが当たり前じゃとは思うなよ。」

「それは十分解ってます。あんな勝手なこと言うたのに。」

「分かっとったらええ。石やん金を返してもらおうとは思うとらん。早よ一人前になれ。今が一人前じゃとは思うとるまいのぉ。」

「勿論です。石原部長の足元にも及んで無いです。」


 その後貸し切りの舞では案の定定元部長の独断場だった。大笑いして仕事も笑いも納めて最終の列車で帰宅。駅から課長と話をしながら歩いて官舎に帰った。


 今年の正月は祖父と母が僕の官舎にやって来た。大みそかの泊りを引き受けたので、元日の昼前に母が運転する軽自動車で。2泊して帰って行ったが相も変わらず何時結婚をするのだと喧しい。相手があればとっくにしてるよ。今年誕生日が来れば30歳。もう30か。まあ、なる様になるさ。


 年が改まって少し経った頃、頼母子仲間がいつもの小料理屋に初めてお目に掛る看板屋さんを連れて来た。相談があるとの事だった。その相談とは、

『国道沿いに設置してある交通安全啓発用のネオンサイン』

の事だった。そのネオンは今定元係長が居る署の交通課長が去年3月までこの署の交通課長をしていて、その時に交通安全協会が費用を出して設置したものらしい。


 その交通課長が今勤務している署にも同じ様なネオンサインを設置しようとして、以前同じ様な設備を設置したその看板屋さんに仕事の依頼をしてきたらしい。交通課長の言う通りに見積書を出したらその署の交通安全協会からクレームがついたらしい。

『高すぎる』

という事で。


 実際高いのは事実らしい。前回も本来の設置費用よりも大幅に高い見積もりを出しすんなり通ったので今回もと思ったがそうは問屋が卸さなかったらしい。その署の交通安全協会に昔同業者に勤めていた人が居て一発で見破られたらしい。看板屋さんその人達から悪徳業者呼ばわりされ参っているみたいだ。


 でもそういう見積もりを出したのが事実なら悪徳業者に違いないんじゃないの。看板屋何か言いたそうにしている。

「悪い様にはせんから全部言わんかな。言わなやり様が無いよ。」

「自分は交通課長さんの言う通りにしただけなんです。前回の工事でも水増しした工事費は課長さんに渡して、自分は正規の手間賃しか貰うて無いんです。じゃけど課長さんは儂が勝手にした言うて。」

「明日会社に行って見積もり見せて貰うても良い?話はそこからやな。それとその課長に遠慮して黙っとると一方的に自分だけが悪者になるよ。」

暫く一緒に飲んだがお通夜の酒だ。本人もそれが分かっているから、明日の時間だけ決めたら早々に帰って行った。そこからは頼母子仲間と二人で飲んだのだが、知らぬ間に看板屋さんの事を忘れてしまい何時ものペースで。


 そこからは自然に捜査対象者が行く店に。今日の僕の服装はライトグレーのホームスパン三つ揃いにベージュ色ステンカラーコート。年末に尚美ママが各季節用の服を何着も送ってくれた。部長の着道楽は相も変わらずらしく古着を処分しなければ置くところが無いらしい。ビンテージ物の生地等を使った上等品はお世継ぎの成長を待つが、普段着は県庁所在地に在る石原部長が子供の頃から行きつけの仕立屋に送り、そこに在る僕のデータでサイズを詰めて貰ってそこから僕に送って貰った。スーツが3着、ジャケットが2着、替えズボンが3本。靴やベルトも新品を直接。以前買って貰ったフォーマルシューズはストレートチップだったので今回は夜用にプレントゥーを。僕のお返しは干鮎や乾燥椎茸しかない。でもちゃんと丁寧なお礼の手紙が届いた。


 ママが目を見張っている。また違うスーツを着ている。吊しには見えない出来栄えのものを。

「土居さん今日のスーツも素敵やね。でもベストのボタンが外れてるよ。」

「うん外してる。ウエストコートの一番下のボタンは外して着るものらしいよ。お洒落な先輩が教えてくれた。」

「そーなん。」

「昔イギリス貴族がそういう着方をして定着したらしいよ。」

「そうやったんか。」


 店では捜査対象者の話はしない。そういう申し合わせにしているので。ボトルが空いたので今飲んでいる奴よりも少し高いボトルを出して貰った。僕も捜査対象者と同じく給料に見合わぬ呑み方をしている奴に見えているのかもしれない。でも僕は店の女性を口説かないけど。


 翌日看板屋さんを訪ねた。今はまだこの事を課長に報告していない。看板屋の事務所ではなく奥の自宅に案内された。見積書、請求書等の控えを見せて貰い、昨日頼んでいたコピーを受け取った。国道沿いの空き地に、設置する基礎から工事をした結構大掛かりなものだった。説明では項目ごとに少しづつ水増しし全体で30万円余りを過剰に。今回は施工前だから水増し分だけが疑われているが、この街でやった時は施工時に見積もりよりも安い資材を使いそこでも20万円余を浮かしているらしい。その50万円余はそっくり交通課長に現金で交付し領収書等は無いと聞いた。


 水増しの詳細と手抜きの詳細を聴取した。もうこれは監察だな。でも看板屋さんの立場もあるし、逃げに懸っている交通課長に責任を取らせなくては。

「事情は分かりました。持ち帰って検討します。交通課長の方が悪性の度合いが強いとは思うけど、看板屋さんも無傷という訳にはいきませんよ。交通課長には相応の責任を取らせるつもりだけれど。」

と言うと、

「仕方ないです。このままじゃと儂だけが一方的に悪者にされる。儂も悪いけどあの人が逃げ切ったんじゃあやっとれんです。」

「分かった。」


 署に帰って今晩課長を家飲みに誘う事にした。帰り道小料理屋さんが魚介類を仕入れている魚屋さんに行き、刺身、揚げ物等2人分の料理を夕方に用意して貰うようお願いして帰署。課長を調べ室に誘って、

「済みません

『要らんもの拾うてくるな』

言われるかもしれんけど、拾うてしもたものは仕方ないんで。」

と前置きして事案の概要を話した。課長困っている。

「急にええ手は思いつかんので今晩飲みながら検討しません。」

「そうやね。酒で勢いでも付けんと気合が入らん事案やな。」

「いきなり

『公務員犯罪発見』

言うて署長に持って行ったらどう言いますかね。」

「喜ばんじゃろうなー。」

「でも何とか煽てて片付けて貰いましょうや。事件にせずに収めるんは署長クラスや無いと。」

「そうやな今晩考えよう。」


 帰り掛け魚屋さんに寄って頼んでいた肴を受け取り一旦冷蔵庫に入れて風呂に入った。課長も風呂を浴びてから来ることになっている。風呂から出て用意をし終わったタイミングで課長が来た。早速座って貰いビールから。天桜の大将に頼んで毎月何本か希少な日本酒を手配して貰っているが、頼母子に毎月1本持参して残りを自宅で。今晩は燗で美味しいやつを。


 結局グダグダ飲んでしまっただけで、署長に仕事をさせる算段は思い付かなかった。でも寝かせておける案件では無いので明日行き当たりばったりで署長に押し付けようという事でお開きに。


 朝課長が署長室に業務報告に行った際昨日の事を話し、その後直ぐに僕が呼ばれ事案について説明した。

「公務員の犯罪らしきものを見付けはしたのですが。」

と言ったのだが、冗談は通じなかったみたいだ。


 署長渋い顔をしている。

「この件は署長が赴任する前の事であり行為者も署長の監督下に無かった人物ですから署長には何の落ち度もありません。それよりも本部が気付く前に署長が事案を把握して本部に申告し警察の体面に傷がつかない様に収めたら事件検挙よりも功労大ですよ。」

等と言葉巧みに煽ったら署長その気になったみたいだ。昨日入手した資料と聴取内容のメモを渡し説明したら、

「これは儂が収めるより他無いな。」

その通りです。署長だけですこれを収められるのは。


 その後少し補足説明をして署長室を出た。署長は早速本部と電話で話をしていたがその内容は分からない。知りたくも無い。後は野となれ山となれだ。


 その後の事は良く分からなかったが、件の交通課長が3月末で退職するらしいという話が伝わって来た。理由は良く分からないらしい。ただその人は金に汚く外郭団体との付き合いに問題があると日頃言われていたらしく皆何となく納得している。何もかもうやむやにしたので看板屋さんにもお咎めは無し。この署での水増しは表向きには無かった事に。


 静かに決着がついたので報道機関にもバレずに済んだらしい。今回の未遂は見積もり撤回で向こうも問題にしていないし、事業自体が中止だからこれで終わり。この署の分は発生自体を秘匿したので誰も問題にしていない。本部長は不祥事を速やか且静かに闇に葬った功労を評価してくれたらしい。終わってみれば署長ご機嫌だ。

「大ぴらに褒めることはできんが。」

と言いながら課長と僕を呼び捜査費(飲み代)にと夫々に1万円くれた。


 そんな事をしていたらもう異動の時期になった。署長は代わらず、副署長が代わり、その後には下々の異動が。僕の係長は代わっていなかった。居ても居なくても良い人だから、変に面倒な人が来るよりずっと良い。僕が指示した事を最低限こなしてくれればそれで。刑事課は強行・盗犯係1名が代わっただけ。今度来るのは独身の巡査でこの署管内に実家があり一人暮らしの母親と同居するらしいので引っ越しの手間もあまり無い。結構なことだ。


 異動があっても特に日常の勤務は変わりない。学校が春休みになった最初の週末特にあてもなく商店街をぶらついてみた。去年秋頃週末になると川下の公立高校の女子生徒が駅前の公園に屯していて、暴力団もどき達がそれを目当てにうろついていると聞いている。寒い間途切れていたが少し暖かくなってきた頃からまた集まり始めたと聞いた。少し離れた所から見ていると数人の女の子が私服で公園の東屋に座って話をしている。車が来て女の子達の一人が乗って何処かに行った。軟派?車は何処かで見た事がある。捜査対象者である農協職員の車だ。乗って行ったのはショートカットで背が高く細身の子だった。


 その日はそこで帰ったのだが何故か気になる。女子高校生と妻子持ちで遊び好きの農協職員。妙な取り合わせだよな。翌週女の子達は来なかった。始業式があった後の翌々週の日曜日午後其処に行ってみると、前に見掛けた女の子達が屯していて農協職員がまた車で来て前とは違う女の子を積んで行った。僕は今日バイクで来ている。後を付けると南隣の署管内のラブホテルに入っていった。


 2時間足らずで出て来て元の公園で女の子を降ろすと走り去って行った。そこには先々週車に乗っていった背の高い子もいたので警察手帳を見せて二人とも一番近い交番に歩いて同行した。


 交番に着いて机を挟んで座らせて僕がいきなり、

「1回なんぼ?」

「え、何のこと?」

「男とラブホ行ったらなんぼ貰えるか聞いとるんよ。」

「………。」

「今日公園からバイクで跡付けて、行った所もそこに居った時間も全部分かっとる。隠しても無駄じゃ。そっちの子は先々週同じ男の車に乗ったん見とるんじゃ。」


 後は簡単だった。去年秋頃あの公園に屯して時間を潰していたら知らないおっさんが声を掛けてきて

『小遣いをやるからおじさんと遊ぼう』

と言われてラブホでパンツを脱いだらお金に成った。

『また会いたい』

と言われたので友達を誘ってあそこに集まっておじさん達の仲間の誘いに応じ小遣い稼ぎをしているという話だった。


 2人共17歳。青少年保護条例で行けるな。2人共

『行きました、やりました』

の簡単な調書を取って親を呼んで引き渡し、後日呼び出すからその時は必ず連れて来る様にと念を押し帰らせた。


 週明け課長に今回の事を説明し、青少年保護条例で身柄を捕ってそこからいきますと伝えると、

「土・日休まずに張り込んだん?」

「はい。あれから時間が空いたんでプレッシャー感じて。」

と言うと、課長嬉しそうに何度も頷いた。


 水曜日に女子高校生を呼び出して青少年保護条例の被害調書を巻いた。聞きつけた防犯課長が、

「少年被害の特別法犯だから自分のところで処理する。」

と言ってきた。お前のところのために見つけた訳じゃない。ハイエナは課長に追い払って貰った。背が高い子の余罪はこの件の後でくれてやる。そこから芋蔓式にスケベなおっさん達とパンツのゴムが緩い女子高校生を一網打尽にすれば良い。でも検挙の端緒は僕のもんじゃ。


 被害調書と目撃状況を疎明資料に農協職員を通常逮捕した。一応保護条例の調書を先に巻くが、特に難しい事案では無いからさっさと終わらせた。そこからは業務上横領の調べに。

「おのれの給料でお水のお姉さん囲える訳無いじゃろうがー!」

「お前がその店で何ぼ使うたか分かっとんじゃー!」

「お前がお姉さんに分不相応なプレゼントしとるんも、どこの店で飯食わしたかも全部知っとるんじゃー!」

「その銭、どっから出とるんじゃ-!」

怒鳴り散らしたら1時間も掛からずに落ちた。

『売上ちょろまかしました』

『その金は女につぎ込みました』

の調書を巻いて課長に報告。手筈通り手伝いだけを本部に。青少年保護条例の余罪は起訴後防犯に。


 青少年保護条例が起訴になった後直ぐに本部の知能特捜が来てくれて、業務上横領の逮捕状、ガサ状の請求をしてくれた。ガサで押収した帳簿、伝票を解析してくれているのを横に付いてお勉強。調べも年末会った補佐がしてくれた。これも横でお勉強。補佐が、

「次は知能特捜じゃのう。」

「とんでもない。僕は野良犬の様に田舎街をほっつき歩く方が性に合ってます。此処は課長が放し飼いにしてくれるんで実に良い職場です。」

「そりゃあこれ程実績上げたら署長も課長も文句無いじゃろう。黙っとっても休みの日に張り込み行くし、知能・暴力だけじゃのうて盗犯もええの捕まえとるらしいじゃないか。それもやったやった言わんと引き当たり出張も譲ったらしいし。火事と変死は元々お手の物やし。何処の係も欲しがっとるぞ。」

「嬉しいですね。欲しい言うて貰えるうちが花ですしね。でももう少しこの街に居たいです。折角飼うとる暴力団が居るし、大勢協力者も居るし。」

「そこよの。せっかくええ畑持ったんじゃから1年や2年で耕作放棄は勿体無いよな。十分稼いでから転勤がええ。」

「ええ、来て数ヶ月で畑作れたんは石原部長のお陰です。石原部長の協力者やった人が一遍に20人以上身元がはっきりした協力者紹介してくれました。折角だから程々収穫して、土地を瘦せさせずに次の人に引き継ぎます。」

「そうよの。でも畑の良し悪しは耕す者の良し悪しじゃからな。よう耕さなんだら終わりじゃ。」


 一応知能犯挙げたが贈収賄では無いのが署長には物足りないみたいだ。公務員犯罪を挙げて存在を示したいらしいのだがそう簡単にはいかない。また今度という事で。表に出ない公務員犯罪を挙げていることだし。


 色狂いの農協マンは離婚届を突き付けられたらしい。両親と妻が接見に訪れ署名押印済みの離婚届を差し入れとして渡し、農協マンがそれにサインし宅下げの手続きで戻したものが速やかに市役所に提出され婚姻生活を解消。


 農協マンは妻が家を出て行くと思っていたみたいだが、できちゃった婚で男の子を授かっていたので、両親はその子を家の跡取りとして育てる事にして出て行くのは農協マンの方だった。接見の時そのことは伏せて離婚届に署名させ、離婚成立後そのことを伝えられたみたいだ。留置係の話では、それを知った時の姿は悲惨ではあるが滑稽でもあったとの事。


 起訴された時点で懲戒免職にもなったし完全に詰んだ。僕の方からは特に言わなかったのだが、狭い街の事だから他人の不幸はすぐに噂話として広まる。騙されたお姉さんの店のママもすぐに噂を聞きつけ電話が掛ってきたが、

「僕が肩入れしたという事は伏せたいので、暫くほとぼりが冷めるまでは顔を出しません。暫くしたらまた行きます。」

と言っておいた。本当は自分の都合で、肩入れした振りで情報入手しただけなのだが。


 転勤して来て1年余りだからこの位で良いだろう。やり過ぎると次がきつい。移監したら暫くはゆっくりするか。


 


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