捜査主任
実家に近い署に異動になった。今の署よりもまだ署員が少ないらしい。管轄範囲だけ広い平穏な部署なので、ゆっくりと慣れて、ゆっくりと件数を拾うか。
異動があった。昇任しているので異動するのは分かっていたし、署長がそれとなく行先も教えてくれていたので特に感慨は無い。僕の異動先は石原部長が中央署に来る前に勤務していた城下町だ。僕の実家からは1時間以内なので母は喜んでいる。
発表後すぐに赴任先の副署長と、刑事課長に電話で挨拶をした。前の刑事課長は僕の最初の初捜班長だったが半月余り前にあった幹部の異動で中央署の刑事三課長に転出し、もっと南の方の小さな署の刑事課長だった人がそこより少しだけ大きな署である僕の赴任先に来ていた。その人は石原グループの一人で、係長が新任刑事の頃南の県境の署で送致係をしていたそうだ。係長の6歳年上で係長よりも1年先に巡査部長になり刑事ではあるが送致が主だそうだ。挨拶をすると、
「異動前に兄さんや広捜官から来ると聞いとった。土居さんの今までの係長や定元係長さんや前の課長も異動が分かるとすぐに電話して来たよ。皆が心配してくれとる。捜査主任で刑事課に席を作る予定じゃけど、3人居る捜査主任が全員代わったから、署内異動の会議をして刑事企画に伺いを立てて決めんといかんからもう少し待って欲しい。」
との事だった。
この署には2年間お世話になり、そこそこの実績も残したが特に未練は無い。中央署にいた頃の様な親しい協力者ができた訳では無いし、捨て難い楽しみがあった訳でも無い。去り難い点を強いて言えばノワールと競艇場くらいかな。
前もって分かっていた異動だから前回と同じく荷造りは大方終わっている。係長がトラックの手配を心配してくれたが、今回は自分で準備をした。此処は小さい署だから仕事を抜けて荷造りという訳には中々いかない。余裕がある僕は強行・盗犯で異動したもう一人が荷造りをし易い様にずっと署で現場受け等をしている。
盗難現場があったので鑑識係と二人で現場臨場した。鑑識機嫌が良くない。僕が代わった後に来る人は結構歳を喰った所帯持ちで、辞めた知能・暴力の後釜も所帯持ちなので、独身の課員は鑑識だけになる。単に遊び相手が居なくなることを心配しているだけみたいだ。
異動前の土曜日夜、鑑識を連れて飲みに出た。石原部長から
『天桜とノワールには挨拶に行っとけ』
という指示があり双方に渡すお礼と飲み代が送られて来た。係長は天桜には行くがノワールには行かないというので鑑識を。
鑑識どんだけ飲みが好きなんだ。一人でテンション上げて騒いでる。今日からは定元Jr.と呼ぼう。ママも店の人も大笑いしている。一寸恥ずかしい。でもまあ最後だからいいか。
署内異動の結果を教えて貰った。なかなか決まらなかったみたいだ。今回捜査主任が全員代わって、赴任してくる捜査主任は全員一係系。年齢順に、強行・盗犯・強行だった。僕以外の二人はどちらもベテランで今更他の係をさせる訳にはいかず、かといって僕には石原部長の影があるし困ったみたいだ。でも結局僕が知能・暴力主任になった。恐る恐る刑事企画課を通じ石原部長にお伺いを立てると、
「若い内に何でもやらしといたらええ。そこの知能・暴力なら大して忙しゆうは無いし仕事覚えるのに丁度ええ。」
という事で。
係長が、
「それがこなせんのやったら見込みは無いけん追放じゃ。」
何でもやりますよ。所詮警察の仕事じゃ。ノーベル賞取れ言われた訳じゃ無い。
引っ越し当日の朝トラックが来て荷物を積み込んだ。出発前に引っ越し業者に昼食代を渡し、署に挨拶をした後官舎に行く僕に合わせて時間調整をするように頼んでから係長に見送られて出発した。出発後の最後の清掃は鑑識に。
中古で買って次は1年車検になるボロ車で出発。次の車が買えない訳では無いが特に必要性も感じない。乗せたい女性もいないし。鑑識は去年新車を買った。乗せる女性もいないのに。高級車だが借金が走っていると思うとちっとも羨ましく無い。
峠を越えて中央署管内に入ったが、市街地には入らず管轄区域の端をかすめ、先輩と定元係長がいる署の前を通って目的地に向かった。昼過ぎに赴任先の署に着き挨拶をし拳銃を降ろして官舎に向かったがトラックはまだ着いていなかった。
午後1時頃荷下ろしを手伝ってくれる人達が来てくれトラックも着いた。大した荷物は無いので手伝いの人達も喜んでいる。石原部長は離婚後単身での引っ越しでも大荷物だったらしいが、僕はシンプルな生活を心掛けているので。
この官舎は16世帯。ノワールのママが見繕ってくれた前任地の名物を持って全戸に挨拶。夕方には先輩の彼女の実家にも挨拶に行かなくては。この街には和子さんも住んでいたのだが、今回の異動で県庁所在地に転勤らしい。縒りが戻せるとは思っていないので顔を合わす機会が無い方が良いのかも。
夕方先輩の彼女の家に挨拶に行くと、春休み中の先輩の彼女が帰省していた。上がるように言われお言葉に甘えると、座敷には、僕が引っ越したばかりで夕食の準備も儘成らないだろうとお膳を構えて待っていて貰った。うん?お膳が5つ用意されている。彼女は一人っ子で一人娘のはずだが、あと1名は?
すぐに分かった。女性の声で
『御免ください』
和子さんだ。間違え様が無い。向こうも座敷に案内されて驚いている。お母さんが、
「今日は土居さんの歓迎と先生の送別を兼ねて軽く乾杯しましょう。」
先輩の彼女も嬉しそうだ。僕はどういう顔をしたらいいんだろう。
和子さんはにっこり微笑み軽く会釈をした。落ち着いたものだ。此処で僕が慌てては男が廃る。
「お久し振りです。お元気でしたか。」
うん、うまくいった。でも先輩の彼女が
「土居さん緊張してる。」
やっぱり駄目か。
まあしかし緊張だけで慌てているようには見えなかったみたいだから上出来だ。手土産を渡し丁寧に挨拶をすると、お父さんが、
「流石、石原さんのお弟子さんじゃ。若いのにきちんとしとる。」
和子さん意味ありげに僅かに唇の端を歪めた。素がバレてるから仕方ない。
気を取り直して歓迎と送別のお持て成しを受けることにした。ビールで乾杯。
「田舎料理じゃからお口に合わんかもしれんけど。」
「僕はこの街を流れる川の上流の山奥育ちですからこういう味付けは嬉しいです。」
「土居さんこれからちょくちょく実家帰れるね。お母さんに宜しく伝えてくださいね。」
「先生土居さんのお母さん知ってるの?」
「1回だけお目に掛った事があるんよ。」
「大学生の頃に?」
この街は帰省するときの通り道だし、高校生の頃この街には時々来ていた。此処は小さいながらも一応市だから本屋やスポーツ用品店があるし、高校も3校あるから野球の試合にも来た。異動前に石原部長が行きつけだった料理屋やバーも教えて貰った。飲み代付きで。落ち着いたら行ってみよう。
酒が進むに連れ座が賑やかになりお母さんが、
「先生もう直ぐですね。私楽しみ。いずれ自分の娘の時が来て、そっちの方は心配の方が先に立つけど先生の方は楽しみ一杯。綺麗な花嫁さんになるやろうね。」
結婚するんだ。知らなかった。当たり前か、もう関係は無いのだから。
「私5月に結婚するの。石原ご夫妻が仲人。相手は情報係長。」
「それはおめでとう。」
顔引き攣っていないだろうか。多分大丈夫。
「内々でささやかな披露宴にしたから警察関係はあまり呼んで無いの。」
「うんこれからはそういう披露宴が多くなるやろうね。お祝いだけはさせてね。」
「有難う。仲人夫人や仲人ご夫妻の娘さんと並ぶと新婦がかすむんやないかって皆が心配してくれてる。」
「そんな事は無いよ。係長と和子さん美男美女で品格も十分。」
「有難う。」
「お嬢さんと先輩のカップルも楽しみですよね。」
「大学を出たら早い時期にと思っています。披露宴はこの街でする積りやから土居さんも来てくださいね。」
「是非とも。」
程好い時間が来たので帰らせて貰うことになった。和子さんは泊まるらしい。この家と僕の官舎は1キロ足らず。知らない街でも無いので散歩がてら歩いて帰った。咲き始めた桜に月が掛かっていた。春宵一刻値千金。
4月1日、辞令交付を受けてこの署での勤務が始まった。刑事課は鑑識2名を入れても11人しか居ない。知能・暴力は係長と僕と2人だけだ。係長は巡査部長までは白バイに乗っていて、何を思ったのか急に捜査係長を希望して此処に居るらしい。何でも本部の偉い人の中に叔父さんがいて希望を聞いて貰ったらしい。中央署のブル連隊長からも電話があり、
「そこに在る組は県庁所在地の組の枝じゃ。その組には石原さんが効かしとるし儂も顔が利く。お前は石原さんとこの末っ子じゃ言うとるけんお前には逆らわんからな。そこの係長は何も知らんし何も出来んけど他人の手柄盗るのは上手らしいけん気ぃ付けとけ。」
「有難うございました。これからも分からんことあったら電話するんで教えてください。」
「暴力の事なら何でも聞け。知能は解らんが、其処やったら無銭飲食位しか無い。」
「はい、今後とも宜しくお願いします。」
皆さん心配してくれる。有難いことだ。午後から強行盗犯係長が今回異動して来た捜査主任3名に管内案内をしてくれた。僕は強行畑の刑事で、若いけど結構派手な事件にいくつも関与した奴という認識をされているので強行・盗犯係が自分達の仲間と認識してくれているみたいだ。自分達を優先してあまり座りたくない席に座ってくれたとも思ってくれているらしい。特に否定する理由は無い。僅かな時間しかこの課を見ていないが、僕の係長は明らかに浮いている。仕事も出来ないみたいだしあまり関わらないようにしよう。
中央署から前の署に代わった時急に暇になり驚いたが、此処はそれを上回る暇さ加減だ。強行事件は元より窃盗事件の発生も署が小さくなった分以上に少ない。中央署時代の持ちきれない手持ちは何だったんだろう。僕がこれなんだから石原部長はどうやって時間を潰していたんだろう。
石原部長がここを離れてまだ6年。その頃の書類を漁ってみた。石原部長はじっとしていない。事件を探しまくっている。じっとしていたら出てこない様な事件を掘り起こして検挙している。僕が生まれ育った田舎もそうだが、此処らの人は何か事案があっても警察に中々届けない。まず身内・知り合いが犯人だったらという事を考える。次いで近所・組内の犯行。
僕が高校生頃、僕が育った山奥で続け様に窃盗事件が発生した。誰も届け出ていなかったが、別の地区で犯人が現行犯逮捕されて引き当たりに来た。次から次に未届け事件が出た。犯人は僕が育った家の隣の部落の住人で、子供の頃から手癖が悪くそいつが通った後は物が無くなるので要注意人物として扱われていた奴だ。
引き当たりで未届けの家に行き、被害の有無を確認すると
『ああ、やっぱりあれが犯人やったんですか』
分かってたんなら言えよ。でも田舎の人は中々言わない。僕が高校生の頃捕まった奴は順調に泥棒としてのキャリアを積み重ねているらしい。
暴力団登録者の検挙目標は年間5名。組は1箇所。組員4名。この組員数でこの検挙目標は一寸きついな。拳銃1丁に覚せい剤2件。無理だ。でも何とかしなくては。係長に聞くと、
「無理、無理。」
やる気が無いのなら刑事になるなよ。以前僕の主任だった奴は、警察官としてのキャリアの中に刑事警察部門勤務の経歴が欲しかっただけで刑事になって大失敗をした。この人は今更警部になっても所属長になるのは無理だと思うのだが何がしたくて捜査係長を希望したんだろう。
係長は外に出たがらない。僕は外をうろつきたい。することが無いのに事務所に座っていても仕方が無いのに、何で外でネタを拾おうとしないんだろう。無視して外に出ることにした。
「出てきます。」
止めるかなと思ったが何も言わない。どうでも良いだけか。
自分のバイクで市街地を少し離れた所に在る暴力団事務所に行った。
「今日は。今度の異動で刑事課に来た土居と言います。」
「あ、はい。どうぞ。」
あっさり中に入れてくれた。名刺を出して名を名乗ると、事務所番をしていた中年の冴えない奴が、
「あ、はい。聞いとります。どうぞ掛けてください。」
座ると、
「早速覗いて貰うて有難うございます。土居部長さんに迷惑を掛ける様なことはしませんけんお手柔らかにお願いします。」
お茶を飲みながら当り障りのない話をしていたら、駅の裏辺りに暴力団事務所もどきのものができているという話が出た。なんでもこの市を流れる川の上流の田舎にある中学で不良だった奴の一人が県外の組で代紋を貰い、その連れ達がボロアパートの一室にヤクザもどきの看板を掛けているらしい。今僕が来ている組とは一番上が一緒らしいが二次団体からが違うらしい。
ガキ共が先に看板を挙げている組を無視して看板を挙げるなど言語道断だが、その上の二次団体が今僕が訪ねている組の上部団体より圧倒的に強いらしくどうしたものかと思案中らしい。
その組を出て、今聞いたガキどもの組の所在地を聞いたので覗いてみることにした。僕が以前住んでいたボロアパートの遥上を行くボロアパートの前に着くと、見た事がある顔の奴が居た。誰だったかな?そいつが、
「土居君、土居君じゃないですか。」
ああそうだ、僕が卒業した中学校の2年下で野球部に居た奴だ。名前何だったかな。上流の田舎の中学校というのは僕の母校だったんだ。
「どこかで見た事があると思うたんじゃ。儂この4月からこの街の警察署に転勤して来たんじゃ。」
と言って官用名刺を渡すと目を丸くしている。
「此処に来る前、昔からある組に行ったら、駅裏に新しい事務所ができとるいうて聞いたもんじゃから来てみたんじゃ。」
「あ、はい。」
「別に令状持って来た訳や無いから
『入るな』
言うてもかまんのやけど、お茶くらいは出してもかまんよ。如何する?」
「あ、入ってください。」
ボロアパートの入り口に、ホームセンター辺りで買った物らしき薄い板にペンキで名前を手書きした看板が掛けてある。一応上位団体の代紋も手書きしてある。良いのかな?
「これ上から許可貰うて入れとる?」
「え、何にですか?」
「代紋勝手に使こうたりしたら揉める元やけど。」
「土居さん知っとるでしょう。土居さんの1年上で中学出てすぐに大阪の方の鉄工所に就職したサッカー部の先輩。あの人が代紋貰うとるけんその人の下の僕等も使こうてもええんじゃないですか。」
「その人に聞いてみたか?」
「いや聞いては無いけど。」
「聞いてからの方がええと思うで。」
バカには際限が無いな。署に帰ったら早速揉める様に燃料入れまくってやろう。ブル連隊長に言えば面白がって煽りまくるだろうな。
1週間後にまた前からある組に行ってみた。暴力団ごっこをしている奴等の事を話題にしたら、
「うちが守しとるスナックが困っとるんですよ。あいつらの事務所の近くなんですけど、付けを溜めて払わんらしいです。儂らが払え言うても無視しやがって。」
「只払わんだけか?脅したりはして無いんか?」
「いや其処らは詳しくは………。」
「その店の経営者紹介してくれる。」
「はい。」
経営者の住所氏名を聞いたので直接行ってみた。営業中の店に行ったのでは暴力団ごっこに出くわしても具合が悪いので家に行く事にした。いきなり刑事が行ったら驚くだろうから、事務所番から電話をさせた。
教えられた経営者の住所は事務所もどきのボロアパートのすぐ近くだっただが、行ってみると店に行くのが拙いも何も職住同じだった。住居の一部を店舗にしている汚い店だ。まあしかし日中だから奴等も飲みには来ないだろう。
太ったおばさんが出て来た。これは凄い。不細工度Мax。少なくともママを目当ての客はいないだろうな。ノワールのママは天女に思える。でも人を見た目で判断してはいけない。大事なのは何よりも人柄だ。何自分で納得してるんだ。
名刺を渡し用件を伝えると次から次に奴等の悪口を並べ立て始めた。僕を利用する気満々だ。そっちがその気なら僕もやり易い。僕にしてみれば事件になるかならないかだけだから。付けの支払だから詐欺は無理だ。請求に対する脅しでもあればと思っただけなのでその点だけを。このタイプは大袈裟に言って警察を巻き込もうとするだろうから、眉に十分唾を付けなければ。そういえば刑事になったばかりの頃当直中に
『お前は30秒に1回ずつ眉に唾を付けろ』
と言われた事があったなぁ。
脅しの文言は拾えそうだ。代紋貰った気になってそれを笠に脅しと取れる言葉を吐いている。素人間では一寸弱いけど、ごっことはいえ暴力団だから十分いける。脅された場面を強調した被害調書を取り、目一杯に空気を入れた被疑調を取れば恰好はつくだろう。それを基にガサに行き、まだ擦れて無い田舎の悪ぶったガキを煽てて賺して………。
課に帰って係長にその事を話した。
「付けの支払トラブル?民事やん。」
ダメだこのおっさん。課長が横で聞いていたので、
「課長どうですか?」
「うん。やってみて。係長やる気ないみたいやしやり方も知らんやろうから土居さんだけで。途中経過は儂に直接報告して。」
係長が、
「いや、儂は知能・暴力の係長なんで。」
「係長らしい事してから言うて下さい。できんのは分かっとるから当てにしてないけど邪魔まではせんとって下さい。」
課長大人しそうだけどいう事は言うんだ。こういうとこは石原組だな。係長何も言わない。言えないんだろうな。
『じゃあやってみろ』
と言われたら困るものな。
スナックの女性店員と、請求するのを見ていた客から調書を巻いた。向こうに乗せられず自分に都合よく。言葉巧みに中学校の後輩を呼び出して有無を言わさず調書を巻いた。それを基にガサ状を取り強行・盗犯の手を借りて事務所もどきを襲い内偵で把握していた組員もどき2人を攫った。看板も任意提出させた。所有権放棄書も。万引きで駐在所のお巡りさんに叱られた事くらいしかない奴等だからどうにでもなる。強引なやり方に他の刑事が引いている。僕の直接の兄貴分のレスリング係長はこんなものじゃ無いよ。課長は特に驚いていない。僕以上の事をする人達を見慣れているから。
3人を逮捕した。後の二人は同じ川の流域ではあるが、僕の実家の隣町の中学校出身だった。いきなり留置場に入れられて混乱している。口裏合わせを防止するため共犯者は別々の署の留置場に入れるのが普通だが、大した事件じゃ無いし話を合わすも合わさないも無いので一緒に留置した。
本部のマル暴情報係長に連絡を入れ3人共暴力団員として登録して貰った。4月中に目標達成率60%。上出来だ。認定の条件は逮捕前に細かく教えて貰っていたので、事件用とは別に暴力団認定用調書の雛型を作り日頃不慣れな強行・盗犯刑事にも巻いて貰いすんなり認定して貰えた。知能・暴力係長は完全に蚊帳の外。元々が交通だから本部の二課筋も文句をつけないし庇いもしない。
最初の勾留が切れた時点で処分保留で釈放。僕は暴力団検挙の数が欲しかっただけだから異存は無い。拘留中に付けを払い謝罪したらしいから起訴猶予だろう。取り上げた看板は僕の机の下で靴置になっている。警備靴、黒短靴、長靴、運動靴他、着衣・仕事で靴を使い分けなければいけないので、皆机の下を仕切って靴置にしている。僕の机の下で手製の代紋付きの看板には泥靴が乗っている。
つまらない事件でも手間は喰う。終わった頃にはゴールデンウイークだった。ゴールデンウイーク中は刑事課員にも制服での交通取締り等の割り当てがある。事件で世話になった強行・盗犯主任が2人共子供のサッカーや野球の試合の日に指定が付いていたので僕が引き受けた。遊び相手もいないしお世話になったお礼をこの様な形でできるのなら御の字だ。それを聞いた僕の係長が、
「儂も用事があるんやけど儂の分もやってくれまいか。」
「嫌です。刑事の仕事せんのやから得意の交通位はやってください。」
皆横や下を向いて笑っている。
ゴールデンウイークが終わりこの署にも慣れて来た。僕は課長から直接の指示を受けて動いている。係長は何を指示して良いのかさえも分かっていない。本部から来る要報告の文書も抱え込んだだけで何もできない。僕は知らん顔を決め込んでいるのだが、やって欲しそうな眼はするが言葉で頼んでは来ない。聞けば去年はベテランの知能・暴力主任が、捜査係長になったばかりで何もできないであろう係長の仕事を黙って全部引き受けていたらしい。僕は黙ってやるタイプでは無いよ。僕だって捜査主任は初めてだし、知能・暴力も初めてだ。
僕は課長に、
「一寸出てきます。」
「うん。」
遊んでいる訳では無いと信用してくれているので何も言われない。そうなると僕も遊んでいられない。
釈放になった暴力団もどき達がノミ行為をしているという話を聞き込んだ。ネタ元は一応本物の暴力団。利用されている様な気もするが、件数稼ぎと思えばまあいっか。
場所は駅前の喫茶店。そこに屯する暇人達に小銭を賭けさせているらしい。既に暴力団の準構成員として登録済みだから捕まえて締め上げるだけで良い。石原部長がこの署にいた頃行っていた小料理屋の女将さんがその喫茶店の常連らしい。紹介して貰ったので晩御飯がてら覗いてみた。石原部長から、
「隠し事無しで協力をお願いしたら何でも話してくれる。只田舎の事だからネタ元がバレるようなことは絶対するな。」
との事だったのでそこだけは十分注意して。女将さんが一人でやっている小さな店で、僕が行った時にはお客さんが居なかったので色々教えて貰った。喫茶店も自分のところがそういう事に使われて迷惑しているらしい。
女将さんの話では、ノミ行為は午前中近所の商店街の暇なおっさん達がコーヒーを飲みに来た時にやるらしい。県庁所在地の競輪は、日曜日が大抵中日に当たる。その日の準優勝戦3レースを地元のラジオ局が実況放送するので、午前中コーヒーを飲みながらノミ屋に通して午後は店番をしながらラジオを聴く。初日、3日目もやるけれど日曜日の中日が一番賑やからしい。
課長に話を通し日曜日に着手することにした。強行・盗犯全員が手伝ってくれた。僕が段取りをつけ少し離れた所から客が揃ったところを見計らい店に入った。
「はい、そのまま、そのまま。」
買目と票数を書いたメモを出させて各人の人定確認。店内で座っていた位置等を確認して図にし、現状を写真撮影しその場にいた暴力団もどき2名を連行。そのまま容疑を固め通常逮捕。客は後日呼び出しという事で身柄受けを取って一旦帰宅させた。
暴力団の検挙目標達成。課長喜んでる。
「やるとは聞いとったがここまでやるとはな。」
他の課員も知能・暴力係長以外は
『危ない奴ではあるがやるもんじゃ』
といった感じかな。
この事件も大した処分は来ないだろう。なんせ暴力団ごっこの若い衆で、呑んだ金額も少ないし。まあ件数稼ぎだからどうでも良い。一気に刑務所に行くよりも、これからも管内に居て度々捕まってくれてノルマに貢献してくれれば有難い。
拳銃と覚取法か、これは一寸難儀だな。前に殺人で調べたシャブ屋の顧客を少しだが握っている。いつか自分の役に立てようと、防犯の薬物には知らん顔で。そういえばそのシャブ屋の後釜はどうなっているんだろう。需要があれば供給が必要だから必ず誰かが売っているはずなのだが。今度中央署の誰かに聞いてみよう。僕の持っている情報とバーターでこの辺りに係る情報が手に入れば良いのだが。
暴力団と取引をして拳銃だけを押収する
『首無し拳銃』
という手が流行っているがそれは絶対にできない。やる伝手も無いけど。それをやれば石原組から永久追放になるのは目に見えている。誰に言われた訳でも無いがそれは間違いない。悪い奴を、嵌める騙すはあっても捏造は……。被疑者を検挙してなんぼが石原組だ。悪人を社会から出来るだけ長く隔離するのが目的で、ブツだけが手に入っても何の意味も無い。
仕事を捜し回っても暇が残る。休日も十分とれる。先輩の彼女のお父さんが川遊びの仲間を紹介してくれて、鮎の解禁日からは休日には鮎釣り三昧。うなぎの地獄漁や川蟹の篭漁も。収穫は知能・暴力係長以外の課の皆さんに。鮎の友掛けをしていたら鼈が掛った事も有り、協力者の女将さんに教を乞うて捌き日本酒と醤油と生姜の搾り汁だけで焚き上げて課長と食べて酒を飲んだ。ビールと石原部長が送ってくれた日本酒を冷して。楽しく毎日仕事をしていたらあっと言う間に夏が来た。8月の始め女将さんの伝手で花火大会の日に鵜飼い舟を1艘借り切って祖父と母を呼んだ。僕は警備に着くので一緒には乗れなかったが先輩の彼女の御両親と先輩と彼女も招待して。去年から前の係長経由で貰った捜査費という小遣いが大分溜まっていたので。
仕事の実績もそこそこに挙げ楽しく日々を送っていたらある日仕事終わりに課長に呼ばれ、署の近くの小さな料理屋に誘われて話を聞いたら、用件は秋にある市長選挙の事だった。現市長が今期限りを宣言していて間違いなく選挙になるらしい。当初現市会議員が名乗りを上げてその人で収まるかなと思っていたら、どうも勝ち負けができる対抗馬が出るみたいだ。
現市会議員は市街地を離れた山間部が地盤で酪農を中心に農業を営む人なのだが利に敏い人で、この人は市政を私物化し兼ねないと危惧されているらしい。もう何カ月も前から立候補を表明し、市政報告会名目に会合を開いているのでその人の立候補に危機感を持った、人口では大部分を占める市街地の人達から候補者が立つことになり激しい選挙戦になりそうだとのことだった。現市会議員を北に隣接する町出身の国会議員が支持していて、隣町の有力者に自分達の市が牛耳られるのは嫌だという気持ちも強いらしい。
「土居部長が選挙の素人なのは分かっとるが、あの係長は素人の上にやる気が無い。露骨なものでなければ検挙までする気は無いのだが、ある程度脅しをかけて綺麗に見える選挙にしたい。」
「尻込みしても仕方ないんでやってみます。選挙干渉等の疑いを受けないことを最重点に、その場その場で考え付くことをやって混ぜて、違反をさせないというところで如何でしょう。」
「うん。警察が責められんという事を一番最初に持ってくるのは流石やな。兄さんもそこから始めると思う。その線でやってみて。係長は相手せんでええから。」
「はい分かりました。」
選挙が始まるまでにはまだ2ヶ月以上ある。まずは情報収集から。その中でチャカとシャブの話でも聞く事ができれば最高だが、それは一寸欲どしいかな。ノミ行為検挙で協力してくれた女将さん、結構この街の噂話を知ってるからそこから始めよう。あれ以来時々晩飯がてら寄ってるし。
女将さんの店にはこの街の商店街の人達が結構集まっている。もっと南の市を地盤にしている衆議院議員の支持者が多いみたいだ。都合が良いかも。それとなく女将さんに探りを入れたら、女将さんは市街地の人だし隣町の国会議員を支持しておらず市政に手を突っ込まれることに不快感があるみたいなので、公明選挙を実施するための協力を求めたらOKしてくれた。月に1回その店で開かれる南の国会議員支持者達が開く飲み会にも入れて貰った。
その飲み会は所謂
『飲み頼母子』
で月1回開催、会員23名、会費月1万2千円。酒は各自持ち寄り。2千円が料理代で、1万円✕23は、会の終わりごろ阿弥陀籤を引いて当たった人が受け取る。次の月は当たった人を除いてまた阿弥陀籤。飲んで話をして、1万円では使い応えが無いが、23万円というそこそこの金額を旅行にでも何にでも使って楽しもうという事だ。要するに無利子のローンでまとまった遊び金を作るという事かな。その上情報入手ができるのなら文句無しだ。
天桜の大将が日本酒マニアなので毎月有名な日本酒が入手できる様に手配して貰った。代金は勿論僕に請求が来る。お礼に僕は実家の天日干しの乾燥椎茸を送った。冬には干し鮎も送らなくては。
飲み会は女将さんの店の2階でする。日頃店舗の座敷としては使って無いがきちんと清掃等はできている。日頃使っていないので照明がやや薄暗いが風情があって良いかも。2階の窓からは川も見える。女将さん一人でやってる店なので料理や酒を運ぶのは会員が。僕は一番の若い衆なので積極的に店の手伝いまでしている。
会員は商店街でお店をやっている人、小さいながら土建業の社長、警察医の先生もいる。その先生は石原部長を可愛がっていて、その子分である僕にも凄く良くしてくれる。その先生は隣町の国会議員が大嫌いで率先して協力してくれてこの市の勢力分布が良く分かった。
ある日曜日の午後その市会議員の地元で火災があった。小さい署だから刑事課全員招集。僕の係長は無断で区域外に外泊をしていて応召不能。居たところで役に立たないから問題は無いのだが、咎めは受けて貰う。
出火家屋はその地区の公民館のすぐ前だった。鎮火したのは夕方で原因調査は明日に持ち越し。家人は出火時在宅で、1名は逃げたのだがもう1名が所在不明。逃げた1名から出火原因が判明しており原因調査は急を要しないが、所在不明者を発見しなければ。逃げてくれていたら良いが、多分焼け跡で永遠の眠りについている可能性が高い。
瓦礫を片付けていたらすぐ前の公民館に人が集まりだした。聞けば今晩そこで立候補を予定している市会議員の市政報告会があるらしい。僕は課長に言って、火事現場から離脱することにした。選挙情報の収集中だったので皆からは出遅れ自分のバイクで来ているし、服装は署を出るときから作業服と長靴だ。
公民館の前に行って集まった車やバイクのナンバーをチェックしていると皆が不審な目で僕を見ている。わざと目立つようにやっているのだから問題は無い。意を決したのか一人の男性が、
「何をしてるんですか?」
僕は身分証明書を出して、
「警察なんじゃけど、盗難被害品があったらと思うてチェックしとる。なんか問題がある?」
「いや、そういう訳では。」
「仰山人が集まっとるけど、何の会合?」
「いや、あの、市会議員の報告会で。」
「ほう。熱心な先生なんやね。もう直ぐ選挙らしいけど事前運動?」
「そ、そんな事はしません。」
そんな話をしていたら市内の仕出し屋の車がやって来た。降りてきた人を見ると、よく行く小料理屋の近所の仕出し屋だ。この親父僕が良くして貰っている人達と日頃親しいはずだが。後で話を聞くとしても今は知らん顔をしておこう。親父は大量の弁当とお茶を降ろして帰って行った。次には署の近くの酒屋が来てビールと酒を降ろしていった。供応発見。でもこの人数は無理だし嫌だ。となれば
『嫌がらせ』
一択。
課長に状況を話して
「嫌がらせで。」
と言うと、課長も、
「この人数はいかんな。その線で。やり方は任す。」
「分かりました。」
火災現場の行方不明者は茶の間の瓦礫の下から発見されたらしい。検視をしようとしたが場所が無い。道端でする訳にも行かないので、近くに在った消防団のポンプ小屋の駐車場を借りようとしたら断固拒否されたらしい。仕方が無いので一旦署まで死体搬送車を取りに帰り署で検視をすることになったみたいだ。
到着した死体搬送車に仏さんを積み皆も一緒に帰って行った。原因調査は明日という事で。僕は一人だけ公民館の前に残った。帰って行く鑑識からカメラを借りて公民館の前で時々ストロボを光らせている。
割と簡単に会合が終わった。参集した人達は皆手ぶらで出て来ている。窓越しに中が見えるが飲み食いをしている様子は無い。弁当を何台かの車に積み込んでいる。参加者の家まで配達か。1人だから全部の確認はできないので一番最初に出た車の跡を付けた。
わざと付けているのが分かるように露骨に追尾してやった。弁当を配ろうにも配れない。午後10時を過ぎるころまで付け回してやった。ガソリン満タンにしていて正解だ。最後は諦めたのか公民館に戻ったので、晩飯時は疾うに過ぎたからもう良いかと思い帰署。午後11時が近かったが課長は待っていてくれて、あの後の状況を報告したら課長大笑いしていた。
「若い頃南の果ての署に居った時の事思い出した。毎日大笑いしながら仕事しとった。楽しかった。出勤するのが楽しみやった。ここに来てまたあの頃のこと思い出して毎日楽しい。」
課長は僕に、
「明日はゆっくりでええよ。」
と言ってくれたが、
「いや定時に出てきます。火事もやり方教えて貰ってるから、現場でも残留でもどちらでも。」
「そうやな。係長現場に連れて行っても仕方ないし、一緒に居ったら面白う無いやろうから現場で。」
「はい。有難うございます。」
原因調査の現場に着くと、結構な数の弁当が廃棄されていた。その日は生ゴミの収集日だったらしく丁度良かった。強行・盗犯係長が笑いながら、
「北朝鮮の子供らが泣くで。あんな勿体ないことしたら。」
「そうですよね。食べ物無駄にしたら罰が当たって選挙落ちますよね。」
「うん。罰当たりが栄えてはいかんな。」
原因調査自体は問題なく終了。家人の在宅中の出火であり、生き残った家人は憔悴しながらも失火であることを認めたので早々に引き取ってもらった。今夜が通夜で明日が葬儀だそうだ。
午前中で終了し課に戻ると課長がけんか腰で電話をしている。知能関係の報告文書が締切日を過ぎても本部に届いていないらしい。係長が持ったままなのは分かっていたのだが放置していたら本部が課長に催促して来たらしい。
「何も出来ん素人をいきなり捜査係長にするからこうなるんじゃ!分かり切ったことじゃろうが!こんな能無しを無理やり押し付けたあんたらが悪いんじゃろうが!」
えらい剣幕だ。火元の係長は恐縮する様子もなくしれっと窓の外を見ている。
「土居部長、係長の机ガサ掛けて溜まっとる文書押収してくれる。悪いけど早急に処理も頼む。」
「分かりました。係長溜めとる書類全部出してください。」
係長自分で処理する必要が無くなったと思い喜んで溜めていた書類を出してきた。
「儂手伝う事があったらするけん。」
「はあ、これ係長の仕事でしょうが。手伝いは僕です。」
課長が、
「土居部長、係長の手伝い要るか?」
「要りません。どうせ見学決め込むの分かってますから。見学だけしといて自分がやったような気になられても困るんで。」
「うん。係長今後刑事課に来る他課からの応援要請は全部係長が出てください。道端立つ位はできるでしょう。何も出来んし、せんのやからせめてその位はしてください。」
ガサで出させた書類を見たが難しいものは何一つない。単に数字を拾って様式に書き込むだけだ。昼食の後取り掛かったらすぐに終わった。何でこんな簡単なものを抱え込むかな。
翌日からは選挙を混ぜに出動。朝係長にやる事の指示をして、
「これは最低限の仕事ですからできんかったは通りませんよ。普通やったら午前中に終わる仕事ですからね。」
皆笑ってる。
選挙混ぜの合間には暴力団をからかったり、盗犯捜査の手伝いをしたりしていたら市長選挙の告示が近づいてきた。本部向けに取り締まり体制表を作り報告。係長は何もできないので僕が。僕だって二係系の仕事は今回が初めてだ。でも僕でさえ見様見真似でできるのに、30年余って警察官をしていて全くできないというのは資質の問題なんだろうな。相手にしない。当然実績にも噛ませない。
選挙関係の情報は僕が一手に引き受けて、他の課から上がってくる情報も僕が整理をしている。係長も読みはするが、外に出ないから地名からしてピンと来ていない。
市街地の人達が立てた候補者は、人口が多い地区での座談会やその人を支持する市会議員達の市政報告会の形で着々と準備をしている。飲み頼母子の仲間が細かく内容・出席者をメモで報せてくれる。相手候補の集会等についても仲間が紛れ込み教えてくれる。それを報告すると、情報の細かさと量に本部が驚いていた。課長は報告の度に、
「これは土居部長が一人で作った情報網から上がった情報です。」
と付け加えてくれている。
飲み会の仲間が言うには、
「相手の動きが鈍っとる。飲ましたり食わしたりができんなったみたいじゃ。山の方でやった集会で弁当食わそうとしたらその前で火事があってやれんなって、来た人の家まで弁当配ろうとしたら、オートバイに乗った刑事に夜中まで付け回されて配れんかったらしい。その刑事は何処でやる集会でも知らん間にそこに来て写真撮ったり、来た人の車やオートバイのナンバー控えるらしい。」
「それ嫌がらせやん。」
「そんな刑事が居るんや。」
皆笑ってる。
「土居さん、あんたは此処らの飲み屋何処へ行っても千円でへべれけになるまで飲めるけんな。あんたは身内やと思われとるよ。此処らの人はみな自分とこの候補者に肩入れしとる。隣町の者に勝手はささん。」
混ぜ方は上手くいっているみたいだが、一方に肩入れしているとは見えないようにしなくては。選挙が終わるまでは頼母子以外では飲みに出ないようにしよう。
現市会議員が街中の数少ない支持者を集めて供応をやった。会場の料理屋が仲間を通じてすぐに知らせてくれたのだが、参加者、献立、予約の状況、支払者、参加者の座った位置まで克明に。その料理屋の親父、前にも供応の会場を提供し警察に詰められた事があるので、その時の事を思い出しながらメモをしてくれたらしい。捜査報告書にして課長に出した。混ぜるだけでは無くて違反を見付けて来た。それもすぐにも着手できる状況で。
告示になった。違反状況を本部に報告したら課長と二人で説明に来いと言われたので本部捜査二課に出頭。その日は県庁所在地で飲んでから帰ることにして列車で出発。知能・暴力係長は、
「儂が係長だから、儂が行行った方が?」
「説明できんでしょう。何も関わって無いんやから。」
あっさり却下。厚顔無恥だ。
本部では、二課の次長と選挙補佐に両陣営の状況をやや大げさに説明した。現状では互角かやや現市議優勢だが対立候補も着々と勢力を伸ばしており逆転の可能性十分。候補者の現市議とその人を支持する国会議員への反感が強いので最終的には対立候補かも。その理由として両陣営の人間関係等を細かく説明したら二人とも納得してくれた。
違反についても、
「始まる早々よくやった。」
と褒めてくれ、課長も、
「全部一人で情報網作って、夜遅くまで一人で調べ上げて取った違反情報です。」
と言ってくれた。
違反は準備をするが、着手は投票結果を見てという事で。田舎の市長選挙位で大騒ぎをするのも何だし、これが前例になって常に首長選挙に手を突っ込むことになるのも面倒くさいといった処だ。
本部の感触は良好。情報の質・量、違反内容どれも高評価だった。今年知能・暴力主任になったばかりの若造が一人でやったにしては上出来。普段の選挙では挙署一体で毎日夜遅くまで捜査をさせられるのが普通だが、告示前に荷物が出来ているので普段と変わらない時間に勤務が終了している。署員からも僕は高評価。
午後4時過ぎに本部を出て繁華街に出て行った。今晩は若竹に予約を入れている。女将さんには一寸張り込んでお土産をと思ったのだが良い物が無い。城下町だから古い和菓子屋はあるがどれも田舎くさい。名物という訳では無いが、頼母子仲間の呉服屋で帯留めを見繕って貰って格安実費で世話をして貰った。
繁華街の喫茶店で時間を潰して開店時刻に若竹に行った。ご無沙汰を詫びていると、舞の現ママが来た。初対面のホステスさんを連れている。
「女将さんから土居さんが来るって聞いたから。」
「お久し振りです。お元気そうで。」
「中々活躍してるらしいね。」
「勢いだけです。」
課長とは初対面では無いらしいが、改めて紹介してカウンターで女将さんや板前さんと駆け出し時代の失敗を肴にされながら楽しく飲んだ。
そのまま舞に行き飲んだのだが、案の定和子さんの結婚式の話が出た。僕が知らないと思っていたみたいだが、3月末に会って本人から聞いていると言ったら何故か皆安心したような顔をした。冷静を装い楽しく飲んで最終の特急で帰宅。勘定は石原部長が済ませていてくれた。反応が心配だったお土産も喜んで貰えたし、めでたし、めでたし。
翌日からは気を取り直して選挙取締り。午前中署長に昨日の説明をしたらご機嫌だった。違反摘発の準備が整っていることもだが、管内実態把握が他所と比べて非常によくできているとの評価があったらしい。知能・暴力係を署長が褒めたら課長が、
「この評価は土居部長一人が挙げた実績です。係で挙げたものではありません。暴力団の検挙も土居部長一人の情報と端緒です。強行・盗犯も手伝いましたがそれは処理だけです。刑事の仕事は情報収集と端緒把握です。知能・暴力係長は端緒把握は勿論処理もできないので強行・盗犯に手伝わせています。」
「うん、分かった。これからも頑張ってくれ。最初初めてやからどうなるかと思ったが、ベテランでも此処まではやれんというのは儂もちゃんと理解しとる。」
田舎の選挙は戸別訪問が多い。情報が上がると即座に臨場し辞めさせる。市街地からの立候補者についても同じ。どちらにも平等に。只現市議陣営には
『やってもええけど次の選挙は投票権が無いなる様にするで!』
もう一方には
『これは違反ですから止めてください』
投票日前日の状況は全くの互角。現市議陣営が金を撒くとの情報が入った。街中は無理だが、山間部で対立候補が強いと思われている地区に。刑事課だけではなく他の課からも応援を得て警戒態勢を敷いた。田舎の選挙は投票前夜に負けている地区に金を撒くことがよくある。僕の生まれ育った町でもそうだった。それを防ぐために地区の入り口付近の空き地や田んぼで夜通し火を焚いて対立陣営が入って来るのを監視する。
制服警察官はパトカーやミニパトで赤色灯を回し巡回。刑事は捜査用車で手当たり次第に職務質問。僕は一人でバイクで巡回。バイクでしつこく付け回す嫌な刑事が居るというのが評判になっているので、蛍光色の襷を付けて走るだけで効果がある。
金は撒かせなかった。これが勝敗を左右するかも。市街地側も金を撒こうとしたみたいだが、警察医の先生に絶対やらせないようにお願いし、
『相手にも絶対撒かせない』
と約束した。後々現金買収を互いにやりあった汚い選挙という事になれば、警察にも僕にも汚点だから。
夜通し走って疲れたので翌日は夕方まで寝てから投票に行った。田舎は誰が投票に行った行かないというのがすぐ分かる。ちゃんと行っとかないと次の飲み会で責められる。案の定投票所で飲み会仲間に会った。
【ちゃんと投票したよ】
即日開票の結果、市街地から出た候補者が当選。票差は少なかったが、思ったよりは多かった。票の再点検といったレベルでは無いので敗者も文句を言わないだろう。文句を言ってきたら、把握している違反を検挙すると脅して黙らせる。その必要も無いだろうけど。
結局違反検挙は見送った。敗者は負けを認めて騒ぎ立ててはいないから追い打ちをかけることも無いだろう。警察が何処にでも目を光らせているのを知らしめることもできたし。僕の捜査主任としての評価も良好。




