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不祥事

捜査情報が洩れているらしい。ガサが空振りだった。係長が動いた。

 特に急ぐ仕事が無かったので街をぶらついてみた。

『刑事も歩けばネタに当たる』

………かもしれない。


 繁華街、いや昔繁華街だったかもしれない所を通り掛かり、裏道の寂れた飲み屋が軒を連ねる通りに入ってみた。当直中喧嘩があって来た事が有るが、店が開いている夜でも人通りはあまりなかった。昼中は誰も歩いていない。ゴーストタウン?


 この街全体に活気が無いのだから仕方がないか。僕がこの署に来て1ヶ月目位の頃、商店街らしき処の入り口に

『発展する〇〇商店街』

という横断幕が掛かった。それから数日後そこを通りかかると、誰かが

『する』

の後ろに

『かもしれない』

という文字を加え、その横断幕は

『発展するかもしれない○○商店街』

になっていた。それから暫くするとその横断幕は

『かもしれ』

が2本線で消されて

『わけが』

に変えられ

『発展するわけがない○○商店街』

になっていた。


 飲み屋街の突き当りを曲がった処に暴力団の事務所がある。其処を見ると表で掃除をしている若い衆が2人いた。この組は弱小で、70歳を過ぎた組長と60歳位のおっさんと頭が悪そうな若い衆2人。計4名。


 その組は東隣の市に事務所を構える、地元ではそこそこの組の傘下で、組長は若い頃イケイケで有名なヤクザだったらしいのだが、喧嘩には強いがシノギが下手で、歳を取った今はどちらも駄目という影が薄い組らしい。


 若い衆2人はどちらも窃盗の前歴がある。不良少年がヤクザになったよくあるパターン。そのうち一人は僕がこの署に来たばかりの頃、オートバイ盗で調べた事が有る。もう一人は事務所で留守番をしている時に電話が来ると声色を変えて、凄みを利かせた積りで電話に出るのだが、それを皆に面白がられているという締まらない奴。うちの知能・暴力係長はそれを面白がって暇になると用事も無いのに電話をしてそいつをおちょくり退屈凌ぎをしている。


 熱心に掃除をしているので、

「精が出るのう。お祭りでもあるんか?」

と冷やかしてみた。

「え、明日来るんでしょう。」

「誰が?」

「明日ガサがある言うてましたよ。」

「ふーん。」

「知らんかったんですか?」


 何処から出た話だろう。気になったので見回り兼散歩を止めて署に帰った。知能・暴力係長に直接聞こうかと思ったのだが、一応自分の係長にまず報告。係長は僕の話を聞いて一寸顔を顰めた。知能・暴力係長に、

「明日何かあるん?」

「如何した?」

「いや何となく。」

知能・暴力係長特に疑う風も無く、

「明日うちの管内唯一の暴力団にガサが入る。東隣の署の事件やけど儂等も一応お手伝い。」

「ふーん。手伝い要るなら行くよ。」

「お手伝いのお手伝いは要らんと思う。」

「了解。」

その日はそれで終わった。


 翌日ガサに行ったら愛想良く迎え入れられたらしい。当然のことながらご禁制の品は何も出ない。元々そこは本命の組の傘下だからついでに行っただけなので困る訳では無かったらしいし、そこに行っても嫌がらせにもなら無い程度の組だし。


 でもその日行った何箇所かはすべて空振りだったらしい。何処もきれいに掃除がされていて、大勢で行った本家には垂れ込み通りの隠し部屋があり、何かを隠していたと思しき形跡は有るのだが、そこには石ころが置いてあったらしい。


 ガサの前日僕が見聞きした状況は、僕と係長が共有しているだけで他の誰にも言っていない。その晩係長が本部のマル暴情報係長の自宅に自分の家から電話をしたらしい。情報係長も不審に思ったみたいだ。

『情報が洩れている』


 しかし何処からかは分からない。軽々しく口に出せる状況では無い。もし警察官からの漏洩であれば、僕達が少し騒げば警告になり漏洩は止まるだろう。係長は

「3人だけの秘密にする。」

と言った。僕にはどうして良いのか分からないので言われるまま。


 東隣の署は不審に思わなかったんだろうか?行った先全部が準備万端なんてあり得ない。でもそんな話は伝わってこない。僕達の事では無いからまあ良いか。


 週末係長が

『区域外外泊届』

を出した。行先は県庁所在地で、宿泊場所は例の旅館になっている。

【僕は?】

係長何も言わない。

「何かあるんですか?」

「いや特に無い。」


 月曜日出勤して来た係長は何も言わない。

「石原部長と会ったんですか?」

「うん。」

「大勢来てました?」

「いいや。」

気にはなるが、一寸これ以上は聞けない雰囲気。


 係長日中は何時ものペースで仕事をしているが、夕方になるとさっさと帰って行く。特に何も言わない。僕はここ最近下手を売った覚えは無いのだが一寸心配。


 翌週の半ば係長が、

「今晩一寸出かけるけん付いて来い。」

「はい分かりました。」

その事をつい鑑識に喋ってしまったら、

「係長、僕も連れて行ってください。」

係長僕をじろりと睨んだ。ヤバい。

「今晩は土居に説教をする積りなんじゃがお前も巻き添え喰いたいか?!」

「え、い、い、要りません。」

鑑識大慌てで逃げた。

「何でもペラペラ喋るな!」


 係長の車で東隣の市の繁華街に行った。此処は繁華街という呼び方をしても可笑しくない程度に人通りがある。天桜にでも連れて行ってくれるのかと思ったら初めて行く店だった。係長は店の人と知り合いみたいで、笑顔で話している。

「2階用意しとるけん。」

「済みません、無理言うて。」


 2階に上がると座敷の窓近くに席が用意してあった。8畳程の座敷だから真ん中を使えばよいのにと思っていたら、係長窓の内側の障子を少し開けて外が見える様にした。係長外をずっと見ている。料理とビールが運ばれて来たがその間も目を離さない。


 ビールを飲みながらも目を離さない。料理には殆ど手を付けていない。30分くらいたった頃、

「おい、見てみい。」

「あれ、知能・暴力係じゃないですか。」

「ああ、間違い無い。」

窓から見下ろせる路地奥の店にうちの課の知能・暴力係が入っていった。その数分後にはいかにもその筋の人間といった見た目の男が2人。

「ここであいつを見たことは言うな。」

「はい。」


 何の事か分からなかったが返事をした。

「あの店はな、此処らで一番大きな暴力団の組長の嫁がやっとる店じゃ。」

「ええ、拙いじゃないですか。」

「うん。入るだけでも拙いのに、直ぐ後から入ったんはその組の幹部じゃ。」

「別々じゃ無いんですかね。」

「分からん。帰りがどうか確認する。酔わん程度にビール飲んどけ。店からは目を離すな。」


 そこからは係長少しずつ料理を口にし始めた。お酒のペースはすごくゆっくり。僕もビールを少しずつ。途中トイレに行きたくなったので、恐る恐る

「トイレ行って良いですか?」

「当たり前じゃろうが。そのために2人で来とる。」


 知能・暴力係が店に入ってから2時間位経った頃、知能・暴力係が後から入った2人と一緒に店から出て来た。出て来た3人は店の前の道路を隔てて斜め前に在るスナックらしき店に入っていった。

「あのスナックは組御用達で公務員は行かん店じゃ。」

「あの人やったんですかね?」

「可能性は高いな。この街の署員が来るじゃろうと思うとったがうちの者とはな。」

「誰か警察官が来るとは分ってたんですか?」

「うん。この頃幹部がどこぞの警察官と会うとるらしいいう話を聞いた。」


 知能・暴力係は係長と同年代だ。自宅は今僕達が居る市内で、そこから通勤している。係長もこの市で生まれ育っているから知らない仲では無いみたいだ。

「儂は高校ではレスリングばっかりやっとった。あいつは別の高校で野球やっとって結構名が知れとった。どっちも勉強はできんかったが一番成り易い公務員いう事で警察受けた。あいつは儂より一年下で

『レスリング馬鹿でも合格できる』

思うて警察受けた言うとった。」


 そこで気が重い張り込みは終了。気分転換にノワールに寄った。此処のママさん鄙には稀な美人だ。少し歳はいってるが。

「いらっしゃい。久し振りやね。もっと再々来てよ。」

「儂等は貧乏な公務員やからこんな高い店には再々は来られん。」

「うちは高く無いよ。舞に行く人がうちが高い言うたらいかんよ。」

「あそこは兄貴の顔で儂等は安い。その分用心棒しとるけど。」

「何言うてるん。舞は石原さんの顔で誰もちょっかい出さんから用心棒要らんや無いの。」

「舞を知ってるんですか?」

「私尚美ちゃんと同じ店で働いてたから。尚美ちゃんも私も将来店を持つ積りで、有名だったカリスマホステスさんのお店で修業をしたのよ。私は飛込だったけど、尚美ちゃんは石原さんの後ろ盾付きで。尚美ちゃんのお陰で私まで石原さんには良くして貰った。今でもして貰ってるけど。」


 ママと係長は同級生らしい。小中が一緒で高校は係長が工業でママが商業に行ったらしい。

「ママはな、子供の頃から可愛いんで有名やったんや。高校生の頃なんかこの街一の人気女子高校生やった。」

「そうでしょうね。この位美人やったら。」

「でもね、尚美ちゃんと同じ店にいた頃は、常に尚美ちゃんが1番で私は常に後塵を拝してた。おまけに尚美ちゃんには石原さんという強力なバックがあったし。」


 2人の高校生の頃の話をしていたら突然知能・暴力係の話が出た。

「私等の1年下で、商業で野球しとって警察入った子が居ったやろう。あの子この頃街でよう見掛けるんやけど。」

一寸ドキッとした。

「ふーん。儂同じ刑事課に居るけど係が違うけんあんまり話せんしな。」

「うちは他よりも少し開店時間が遅いやない。おまけに私横着して午後9時頃の出勤がよくあるし。私そこの組事務所の近くに駐車場借りてるんよ。そこに車停めて歩いてここに来てたら結構見掛けるんよ。この間は真正面から行き会うて挨拶してしもうた。」

「あいつも自宅この市内やけん飲みに出とるんやない。」

「警察官そんなに飲みに出られるんならあなたももっとうちに来なさいよ。」

「土居、お前独身で金も時間もあるから再々来てやれ。」

「そんなにお金無いですよ。」


 帰ることになり係長が支払いをしようとしたので、

「さっきの店払って貰ったからここは僕が。」

と言うと、

「かまん。兄貴に捜査費貰うとる。」


 帰りは代行運転を呼んだ。係長の家からはタクシーでも呼んで帰ろう。代行運転が来るまでの間に、

「今日見た事、聞いたことは誰にも言うな。」

「はい分かりました。」

一寸面倒なことになりそうだけど、僕が悩んでも仕方ない。係長の指示通りに動くだけだ。兄貴分達が何か考えるだろう。


 今日警察官があの店に行くの何で分かったんだろう?前に競輪場で見掛けた人かな?元市会議員?分からん。

「儂にもそれなりの情報網はある。兄貴が此処らにも介護施設やることになっとるけん其処らも絡めて網張っとる。ヤクザは何にでも顔突っ込んでくるしな。でも兄貴絡みやと分かったらすぐに引くけど。」


 翌日出勤したが、一寸知能・暴力が気になる。でもつまらぬ素振りを見せると係長にどやされるから自重。盗難現場があったのでそちらに集中。久しく無かった本格的な現場だったので気合が入った。鑑識は夕べの僕と係長の行先が気になるみたいだけど、

「現場に集中せんかい。遺留指紋採って被疑者割ってみい。そしたら飲みに連れて行ってくれるように頼んでやる。」

鑑識急にやる気を出した。


 現場が終わり署に帰ると係長が、

「一寸聞き込みに行ってきます。」

と言って、僕にも付いて来る様に言った。外に出て人気がない所に車を停めると、

「お前次の日曜日競艇に行け。知能・暴力がこの頃よう競艇行っとるらしい。」

「はい。でも向こうで出くわしてしもうたらどうします?」

「自然に話しとけ。儂やと向こうが嫌がるやろうけどお前やったら警戒せん。お前は博奕好きの若い衆で通っとる。」

「嘘でしょう。」

係長は捜査費だと言って3万円くれた。


 日曜日は列車で競艇場に向かった。前回交通費請求のやり方を覚えたし、帰りに買った揚げたての天婦羅は美味かった。駅に着くと周囲を見渡し、念のため新聞で顔を隠す用意をしてから無料バスに乗ったが知ってる顔はいなかった。


 全体が見渡せる様にスタンドの一番上で、1マーク寄りに座った。僕は展示の良し悪し等は分からないから結果さえ見えていたら良い。そういえば以前和子さんが

『父親が競艇負けてグチグチ言うのが嫌だった』

って言ってた事があったな。お父さん今も来てるんかな。


 係長が、何処で仕入れてきた話かは知らないけれど、知能・暴力係には女性問題があるらしい。以前居た県境の署の安全協会のお姉さんと懇ろになったのが奥さんにバレて揉めているそうだ。本人結構男前で背が高く野球も上手かったので高校時代からよくもてて、言い寄る女子高校生も多く、誰にでもちょっかいを出し

『食い散らかし』

と陰で呼ばれていたそうだ。


 奥さんにはそのお姉さんとは

『切れた』

事にしているのだが、実は続いているらしい。警察官の給料で家庭と愛人を両立させるのは困難だ。


 お金が欲しいのでなけなしの小遣いを持って競艇場通いをしているらしい。馬鹿だな、競艇場や競輪場は

『お金を作る所』

では無くて

『お金を捨てる所』

なのに。


 色々なことが分かりつつあるが、係長この先どう収める積りなんだろう?僕が考えても仕方がないか。第1レースが締め切られたが、気が乗らないので買わずに見ることにした。レースが始まる頃、ゴール前に知能・暴力係が姿を見せた。


 連れはいない様子だ。ゴールラインの付近で熱心にレースを見ている。あっさり本命が入った。連複の配当は210円。あ、知能・暴力係舟券を捨てた。少ない元手で本命を買っても仕方が無いし穴は中々出るもんじゃない。僕は身分不相応の生活をしていないからその日のビール代が出れば御の字。映画を見に行っても料金は要るのだから、1日遊んで少し位の負けは仕方ない。


 僕は次のレースも見(けん)にした。

『集中できない博奕はしない方が良い』

と石原部長が言っていたのを思い出したから。2レースも締め切りを過ぎるとゴール前にやって来た。レース結果は今回も本命筋だった。また舟券を捨てた。捨てた後穴場に向かって歩いている。


 僕はスタンドを降りて捨てられた舟券を回収した。センターから中穴狙いで買っている。僕も穴場に向かった。少し離れた位置から知能・暴力係を見ていると一心不乱に予想紙を見ている。考えが纏まったのか穴場に買目を書いたメモと万札を突っ込んだ。舟券を受け取りゴール前方向に歩いている。メモを捨てたので通り過ぎるのを待って回収した。このレースもセンターから中穴狙いだ。


 第3レースは荒れた。でも荒れ過ぎだった。大外格下のダッシュ6コースが頭でスロー3コースが2着。メモ通りに買っていれば外れ。案の定舟券を捨てた。こんな日は様子見が正解だな。誰かが石原部長は時々

『手を出したらいかんと分かっとってもつい手を出して火傷をする』

って言ってたな。手を出さん方が良いと思ったら素直にその勘に従おう。


 次のレースも万札を穴場に突っ込んだが、紙屑を買ったみたいだ。どうせセンターからの中穴狙いだろうから僕は確認にも行かない。外れが連続。でも知能・暴力係ここで方針を変えたらインケツ向けて一直線だな。迷いが出た博奕の結末は大抵悲惨なものだ。


 僕は百円舟券師だけど、知能・暴力係身分不相応な買い方をしている。相当来てるな。これ以上確認の必要も無いか。運良く当たれば 

『おめでとう』

だけど、このやり方はいずれ破綻する。


 後半戦から連単でちびちび遊んで帰るか。係長への報告事項はできた。貰った3万円の内2万円が資金だ。後半6レースだから1レース当り3千円程度。全部外れても大丈夫。


 こういう風に余裕をもって事に当たれば神様もお恵みをくれるものみたいだ。第10レースが終わった時1万5千円位浮いていた。残り2レース5千円ずついって外れても、残りで特急券と天婦羅とビールは大丈夫だ。


 余裕を持ってやっていると、第11レースも的中。5千円が1万8千円になった。

『よっし!』

でも一寸だけ博奕に夢中になってしまい注意力が散漫になっていた。


 知能・暴力係に見付ってしまった。

「土居やないか。来とったんか。調子は如何や?」

「まあまあです。」

「儂オケラや。最終前で弾が切れた。一寸回してくれんか。必ず返すけん。」

「ええですよ。でも僕の小遣いやから沢山は無理ですけど。」

「1万円いけるか?。」

「はい、その程度なら。」


 丁度払い戻しを受けて財布に入れる前だったので、払戻金の中から1万円札を渡した。

「済まんのう。必ず返すけん。土居はこのレース何を買うた?」

僕の買目はカド捲りを期待してダッシュの4コース頭で最内・大外への2点。それを言うと何故か一人で頷いている。


 最終レースは4カドの捲りが決まった。2コース3コースがスタート遅れでインは壁無し。でもインもスタート良好だったので張りに出るかなと思ったらそのまま小回り。4カドが抜けて、小回りインが追走、大外が3番手。綺麗に決まった。配当は結構つく。大外2着が理想だけど欲はかくまい。


 知能暴力も4カド頭だったのだが、紐は外2艇。残念。

『インが抵抗していたら大外が差して2着だった』

と愚痴っている。こいつ駄目だ。インが抵抗して共倒れだってあるだろう。スタートは五分だったんだから。現実が受け入れられない奴は博奕をしない方が良い。


 僕が競艇場の最寄り駅までの無料バス乗り場に行こうとしたら、知能・暴力が僕を呼び止めた。

「すまん。後2万貸してくれんか。」

「2万円は無理やけど1万円なら。」

「うん、それでええ。」

財布の中を見られない様に1万円札を抜いて渡した。


 貸した金は返って来ないだろうな。あんな張り方してたら負けが込む一方だ。僕は帰りの特急列車で、車窓を流れていく景色を見ながらの一人居酒屋が楽しみで、知能・暴力の事はどうでも良くなっていた。


 翌日出勤して朝礼の後聞き込み名目で外に出ていつもの喫茶店に行った。昨日の事を話すと係長は

『そんなところだろう』

と言った顔をした。

「2万円災難やったのう。」

「係長も帰って来んと思います?」

「無理じゃろうのぅ。」

「やっぱり。」

コーヒーを飲み終わった頃ポケットベルが鳴って、盗難現場臨場の指示だったので直接現場臨場した。 


 有力な容疑者は浮かんだが、この先どうするかは分からない。僕は言われるままにしか動き様が無い。

『考えろ』

というのは兄貴分達のきつい教えだけど、今回の事は要らん事は言えない。何か聞かれたら気の利いたことを言わなければいけないが、聞かれるまでは沈黙を守る。


 この街の弱小暴力団の若い衆が傷害で現行犯逮捕された。飲みに行った先で酔っ払ったおっちゃんと喧嘩になり

『ヤクザ舐めるな!」

って猫パンチを出したらおっちゃん酔っ払ってるから派手にこけて頭から流血したらしい。こんなんでも暴力団検挙1件だ。知能・暴力係長濡れ手に粟。


 朝の検房で留置場に行ったらそいつが、ウサギと喧嘩しても負けそうな年寄り相手に、いきって偉そうに何事か言っていた。

「何騒いどんじゃボケ!」

「あ、いやこのお爺がトロトロするもんで。」

「此処で騒ぎ起こしたら再逮捕じゃ。何時まででも此処で臭い飯食わして貰え。」

急に黙った。

「お前誰が調べしとる?」

知能・暴力係だと知ってはいたが聞いてみた。

「前からここに居る刑事さんです。」

「お前お馴染みじゃろうが?」

「いや顔は知っとるけどあんまり話したことは無いです。」

「あの人もうこの署に長かろうが?」

「いや、うちの組は問題起こさん組やから。」

【問題起こせんだろうが】


 こいつの組を警察が相手にしていないのは本当だ。僕が来てから2年近くになるがガサに行った話は初めて聞いた。

『チャカもシャブも仕入れる銭が無い』

というのが本当のところらしい。


 僕だけでは無く係長もそいつと知能・暴力係の関係を注目していたみたいだが、何も無いと判断したみたいだ。常識的に考えたら、あいつらに警察官買収する金は無いよな。子分が逮捕されているのに弁護士を入れることは勿論、差し入れにも来ない。他の被留置者が

『官弁食うとるヤクザいうんも珍しい』

と言って笑っていた。


 やはり隣の市に在る本家が直接運用してるんだろうな。係長も隣の署管内にまで手を突っ込むのは二の足を踏んだみたいだ。

「この件はここで終わりじゃ。」

「え、放っとくんですか?」

「儂等の手からは放す。」


 係長の話では、石原部長から指示されていたのは

『目途が立ったら手を引け』

という事だった。同僚の非行を暴いたところで手柄にならないし表彰もされない。仲間を売った奴という悪評が付いて回る可能性が高い。非行を暴いて処分をするために監察がある。

『泥は監察に被って貰え』

監察は非違事案を暴いてこそ評価されるから監察にとっても渡りに船だという事だった。


 係長の話では、東隣の署もおかしいとは思っているみたいだ。だが誰も口には出さないらしい。自分達の中の誰かが漏らしたのかもしれないと思い互いに疑心暗鬼になってはいるのだが、次があるまでは動けないといった処らしい。隣の刑事課にも僕が良く知らない仲間がいて係長と連絡を取っているらしい。ただこの前のガサがおかしかったみたいだというだけで、誰が怪しいとか、自分達が探りを入れているとかの具体的な話は抜きで。その人は盗犯係長なので一寸離れて見ているらしいけど、課の雰囲気はあまり良くないそうだ。


 現在この事を知っているのは石原部長と僕達と情報係長。石原部長が広捜官に伝えて、そこから監察にという事らしい。広捜官は、この情報は街の人から入って来たで押し通す。その街の人はノワールのママ。県境の署の安全協会員。その他競艇好きの介護福祉士等からの情報という事で。只僕は競艇場で偶然会って金を貸したという事を知能暴力が話せば聴取されるかもしれない。しかし僕から言いつける訳では無い。あくまで偶然出会ったことを、聞かれたら答えるだけ。


「お前天桜とノワール行ってこい。段取りは儂が付けるけんママと晩飯食うて同伴でノワール行け。兄貴からじゃ言うてお土産持って行け。」

係長は僕に小さな紙袋に入ったラッピングされた箱を渡した。

「ママには

『刑事と暴力団がつるんどる』

という噂が監察に上がった。その刑事はママの1年後輩の先日話題に出た奴。ママにも監察の事情聴取があるかもしれん。それは周りに分からん様にする。

『見掛けた事がある』

『この界隈の人は大抵知っている』

いうだけの事じゃから大仰な話にはならんという事を上手に伝えとけ。これは迷惑かけるお詫びじゃ言うて。」

係長は、

「これだけあったら足りるじゃろう。」

と言って10万円くれた。

「もちろん兄貴からじゃ。帰りのタクシー代もそれで賄えよ。あ、それと兄貴に貰うたスーツでな。」

「係長は行かんのですか?」

「うちの嫁さん、儂がノワール行くん嫌がる。この間行ったばっかりやから儂はパス。」


 係長が決めてくれた日時に天桜に出頭した。大将が出迎えてくれて

「土居さんて石原さんの弟子やったんやてなぁ。」

「はい。破門寸前やったんですけど、何とか持ち直しました。大将石原部長とお知り合いやったんですか?」

「儂なあ、高校出てから石原さんが住んどった旅館に就職してあそこで料理覚えたんじゃ。石原さんまだ中学生やった。」

「へえ、あの人いろんなとこに知り合いが居るんですね。」

「今日これから来るママちゃんも石原さんの大ファンよ。」

「ハハハ、あの人熱烈なファンが多いから。」

「本人がその気になったら、寄ってくるご婦人方相手に一杯悪い事出来るのに、あの人は絶対にせんけんなぁ。」


 そんな話をしていたらママが来た。

「済みませんお呼び立てしまして。」

「何言うてるん。今日は楽しみにしてきたんよ。本当にありがとう。」

「土居さん、ママちゃん連れ出しとるとこ、この街の男連中に見られたら闇討ちされるけんこっちの座敷用意しといたけん。」


 ちゃんと床の間がある四畳半の小さな座敷に案内された。ママが僕を上座に座らせようとするので、何とかお願いして下座に座らせて貰った。

「ママさん人気者だから緊張します。」

「尚美ちゃんの足元にも及ばんよ。」

「尚美ママには石原部長が居るって皆知らないんですかね?」

「知っててもひょっとしたらと思うのが男よ。」

「尚美ママ、石原部長にべったりでした。石原部長が他のお客さんから闇討ちされんかって皆が心配するくらい。」

「石原さん闇討ちしたら仕返しが凄いやろうね。」

「見たことあります?僕は石原部長の恐ろしさは何遍も見ました。絶対逆らいません。」


 ママに石原部長からの贈り物を渡した。すごく喜んでいる。

「開けて見て良い?」

「勿論です。」

中は品の良い高級腕時計だった。すごく喜んでいる。ママが腕に着けるとぴったりのサイズだ。

「私手を握って貰ったことも無いのにサイズが丁度だ。」

添えてあったカードには

『迷惑をかけるかもしれない』

『この街で事業をするから宜しく』

と言った内容の手紙も付いていた。


 テンションが上がったママは上機嫌で色々話をしてくれる。それとなく高校時代の話にもっていくと、係長の青春時代、自分の女子高校生時代の話が次から次に出て来て、うちの署の知能・暴力係の話も出て来た。


 ママは高校生の頃口説かれた事があるらしい。

『即答で断った』

と言っていた。評判が悪い人だったみたいだ。今困った事に成っているのもその延長か。


 ママの話では、知能・暴力係はこの界隈でヤクザとつるんでいる警察官だというのが噂になっているらしい。ノワールには来ないが、あちこちの店にヤクザと一緒に飲みに行くらしい。ノワールには石原部長の勘定で用心棒を兼ねた警察官が商売の邪魔にならない程度に送り込まれるのでヤクザは来ないらしい。僕達もその内の1人なのかな。


 知能・暴力係は慣れたのかどうでも良くなったのか、この頃暴力団と飲むのを隠さなくなっているみたいだ。組の幹部と平気でこの界隈で飲むなんて。僕達がどうこうしなくても時間の問題か。


 いつにも増して豪勢な料理を堪能して天桜を出た。勘定を払おうとしたら、

「石原さんから頂きました。」

「いつの間に?」

「先日電話があって、その後直ぐに振り込まれました。うちの料理では本来貰えん位沢山。じゃから心配せんとってください。」

ママが、

「うちも今日の分前払いで振り込んで貰ってるからね。あと何回か来て貰わんといけん位。」

「はあ。」


 天桜からノワールに行く間ママが腕を組んできたので、

「僕生きてこの街出られますかね?」

「大丈夫よ。」


 ノワールに着いたら、僕は店の入り口から入り、ママは従業員用の出入り口から入った。僕はカウンターの空いていた席に座り、ママは厨房の奥でコートを脱いでからカウンターの内側に入った。お店の人達が僕を見て首をかしげている。

「土居さん立ってみて。」

「はい。」

言われた通りにした。

「そのスーツ素敵やね。高いんやろう?」

「これ先輩のお古です。大分大きかったんで仕立て直しに近い位詰めて貰いました。」

ママが、

「石原さん?」

「はい。こんないいスーツ高いお金払ってまでお直しかけてくれる人そうは居ませんよね。」

スーツと石原部長の話題だけで話が転がり、楽しく遊んで午後11時過ぎにママにタクシーに乗るまで見送って貰って帰宅した。


 翌日係長にどちらも勘定が済んでいた事を伝え、預かったお金を返そうとしたら、

「貰うとけ。一遍出したものを引っ込める兄貴やない。元々お前が貸した戻って来ん金の埋め合わせの積りじゃったんや無いんか。」

「言ったんですか?」

「うん。」


 それから暫くしたら知能・暴力係が2日続けて出勤しなかったので

『来たかな』

と思っていたら係長が呼び出しだと教えてくれた。一応家事都合という事になっているらしい。課長は知っているみたいだが他の課員は知らない様子だ。知能・暴力係長も本当の事を教えられていない。僕達も知らない振りをしている。


 監察の調べは

『何で此処に呼ばれたか分かるか?』

で始まることが結構あるらしい。被疑事実を告げない取り調べは犯罪捜査上は問題があるが、非違事案には良いのかな?僕も係長もドジ踏んだ奴の巻き添えで監察に呼ばれたことはあるが、自分に係る非違事案で呼ばれた事は無い。


 係長に依れば石原部長はあるらしい。その理由は

『身分不相応な高級腕時計を身に着けている』

『高級な衣類を常に身に着けている』

『新任警察官の給料では払えるはずが無い高い店で飲んでいる』

といった事で、要するに普通の警察官の常識で推し量れない経済環境を怪しまれたみたいだ。多分にやっかみも入っていたんだろうな。


 その時も

『何で此処に呼ばれたか分かるか?』

で始まったらしい。部長は

『分かりません』

本当は自分の金遣いの事だろうと思ってはいたらしい。


 監察は自分から思い当たる事を言わせることで、悪いことだと自覚していたんだろうと攻めてくるのが手らしい。

『分からん』

『知らん』

で通していたら、焦れた相手から思った通りの呼び出し事実を告げられたらしい。部長はのらりくらりと

『誰がそんなことを言っているのか』

『何処で使った金が問題か』

等の逆質問をやんわりと繰り返して、最後には自分をチクった奴を逆にうたわせたらしい。それから後は推して知るべし。チクった奴後悔しただろうなぁ。


 最後には用意していた納税証明書を見せて、亡くなったお父さんの遺産から上がる利子・配当等の年収が、自分と同じ位の年齢・階級の警察官の百人分位ある事を示し黙らせたらしい。その頃から思えば今はもっともっと収入が増えているんだろうな。養う家族が増えても何の問題も無い訳だ。係長は、

「昔儂が遠慮しとったら、納税証明を見せて

『お前の小遣い位は屁でもない。黙って受け取れ。受け取らんのなら今後付き合いはせん。』

言うて脅された。」

と言っていた。直接捜査費を貰うのは広捜官と係長らしい。僕以外の他の人達は広捜官が間に入るらしい。僕は係長から。今30人位仲間が居るらしい。捜査費とは別の結婚祝い、新築祝い等は石原部長が直接渡すと聞いた。


 どういう調べだったのかは分からないが、知能・暴力係は今年度一杯で依願退職することになったみたいだ。処分は無し。辞める事で収めて貰ったか。まあ大した害も出ていないし、マスコミに警察を責めるネタをくれてやる事も無いか。係長に依れば、警備保障会社に再就職が決まったらしい。


 僕の2万円は返って来そうにない。まあいいか。餞別じゃ。


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