選挙違反取締
突然衆議院が解散された。警衛が終わった翌日が公示だ。早速選挙違反取締本部が看板を掲げた。
衆議院が解散になった。この県ではもう直ぐ警衛があるのに。警衛終了の翌日が公示日だ。早速選挙違反取締本部が開設された。この署でも取締体制の書面が作成され、僕も名前が載っている。でもこれが本部向けの報告だけなのか、実際にやる事なのかが分からない。
公示前に警衛がある。皇太子殿下御夫妻が県庁所在地に1泊2日で行啓をされるので県警はてんやわんやだ。僕もここの署員で編成される分隊の一員として派遣される。朝早く署を出て、県庁所在地で1泊し翌日午後皇太子殿下御夫妻がお召機でこの県をお離れになるまでの沿道の警戒が任務だ。
御宿泊所は、僕が時々お世話になっている旅館だそうだ。皇室御用達と聞いてはいたが、僕はそんな旅館にお金も払わずに泊めて貰っていたんだな。名前入りのマイクロバスをたった2人のために出して貰ったりして。
でもそれよりも今は選挙違反取締だ。中央署に居た時も選挙違反取締に出されたことはある。でも刑事二課が主管で、僕は単なるその他大勢だったから毎日外をぶらついて、何かしたという印に候補者の事務所の前に泊めてある車のナンバーチェックをしたり、合法のビラを知り合いから貰ったり。単なる
『お茶濁し』
だ。検挙に繋がるものでは無く、単なる見聞きしただけの情報は
『見た見た情報』
と言って馬鹿にされるのだが、当にそのまんま。
今回は小さな刑事課だし、課長が知能畑の人なので変に張り切っている。署長も課長も今年が定年だから、最後の一花と思っているのかな。知能・暴力係長も、係長になって最初の選挙だから張り切っているかと思いきや、
「儂は暴力じゃからな、知能の事は課長任せ。儂は単なる一兵卒じゃから課長に言われたことをする。」
割り切ってるな。僕の係長は、
「只のお手伝い。暫く帰る時間が遅うなって休みも無うなる。ほんでも投票日が来ん選挙は無い。投票日まで我慢したら済むんじゃ。強行事件は捕まらんと終らんから先が見えんが、終わる日が分かっとる選挙は知れたもんじゃ。よう挙げんかったら署長と課長が本部に
『御免なさい』
したら済むんじゃ。」
「それで良いんですか?」
「心配ならお前が違反見付けて来い。儂は止めんぞ。」
そう言われたら困ってしまう。自分にできん事を人に言うなって以前言われたよな。でも本当にこんなんで良いのかな?
選挙を一時置いといて、警衛の日が来た。署の搬送車で出発。一緒に行く鑑識は変にウキウキしている。車の中で、
「土居さん、今晩舞に行きましょう。夕方6時過ぎには宿舎に帰れるから、飯食って風呂入って丁度良い時間じゃ。」
「行かんよ。あそこらうろついてて誰かに見られたら嫌じゃ。」
「えぇ、行こうや。」
「行かん!」
県庁所在地に着き、集合場所である運動公園に集合すると、警備部長の訓示があってその後配置箇所に向かった。事前に配布された指揮書の通り沿道の配置箇所に着き、空港から来た車列が通り過ぎると速やかに配置転換。次の配置箇所はお帰りの際にも御車が通過するので、行きの警戒をした後そのまま近くに止めた車で休憩し、その後お帰りの車列の通過を警戒。通過後しばらく交通整理をして車内で待機。皇太子殿下ご夫妻がご宿泊所にお入りになられたら任務解除。
自分達の宿泊所に着くと県内各署から集められた部隊員に同期生が沢山いた。僕の昇任試験合格を素直に喜んでお祝いを言ってくれる者もいれば
『何でお前が合格できるんじゃ』
と思っているのがはっきり分かる奴もいる。まあどうでも良い。受かった者が勝ちじゃ。でも課にいる先輩が言ってたな。その人は巡査部長は人より早く合格したのだが、警部補は何回受けても不合格。人より早く巡査部長になった時は、
『勝ったぞ』
みたいな顔をしていたが、後から巡査部長になった者達が自分より先に警部補になった時、あの時あんな顔をしなければ良かったと思ったらしいから僕も謙虚にしておこう。
僕達の宿泊所は、県職員の研修所だ。広い食堂があり差し入れの酒やビールもある。決まった夕食の他におでんが用意されていて、それを頂きながら酒盛りをした。鑑識は知らない間に居なくなっていた。誰かと舞にでも行ったのかな。多分そうだろうな。同期生達と久し振りに話をしていたら、僕が20代で巡査部長になるとは誰も思っていなかったみたいだ。皆その秘訣を聞きたがったので、
「仲間外れが嫌だった。」
と言ったのだが、誰も意味が解らなかったみたいだ。
翌朝起きると少しだけ二日酔い。日本酒が駄目だったかな。若竹で飲ませて貰ってる様な上質なものでは無かったからな。鑑識は起きてこない。夕べいつ帰って来たのかも分からなかった。起こしに行ったら目が死んでる。馬鹿だなー。久し振りに賑やかな夜の街に出て舞い上がったか。
朝飯を食べられない鑑識を無理やり車に乗せて沿道警戒に出た。僕と鑑識の最初の任務はお泊り所から催事会場までの沿道で、車列通過時に脇道から本線に出る車を停める事だったのだが、鑑識が使い物にならないので一人でやらなければいけない破目になった。若しも通してはいけない車両を本線に出してしまうと大変だ。二人分の仕事は疲れた。とんだ災難。
何度か配転をして無事任務解除になった。鑑識はその頃になってやっとまともに動け出したみたいだ。任務解除後署に帰る車の中、鑑識はずっと寝ていた。皆が呆れている。
署に着いて署長以下の出迎えを受け任務解除。鑑識は這うように鑑識室に。こいつ何しに行ったんだ?僕は何も言っていないのに、鑑識の所業はもう皆に伝わっていた。係長に怒り狂われるかなと思ったが係長何も言わない。
「お前がやらかしたんなら、お前は只では済んどらん。鑑識は儂の部下じゃない。儂が関わる事じゃ無い限り儂は何も言わん。但し儂が関わることで下手打ったら只では済まさん。」
恐ろしい。僕は何もしていません。今後も何もしません。
課長が、
「今日は帰って休め。明日からは毎日20時まで取締り情報の収集に行って貰う。投票日前日までは休みなし。」
係長が、
「もうお前は主管課の一員じゃから
『見た見た情報』
では通らんからな。検挙につながる情報1件がノルマじゃ。」
「え、係長
『お手伝い』
って言ってたじゃないですか。」
「こら、大きな声で言うな。」
翌朝、他課の応援要員も刑事課に来て課長からの指示を受けた後署外に出て行った。係長は残留要員。鑑識は当初取締り要員だったのだが残留に変更。鑑識は元々この選挙区内の出身だから何か情報元があるだろうとのことで取締り要員だったのだが、先日の行いが外に出さない方が良いんじゃないかとの心配になり、僕の係長の下で各種届け出受理と現場臨場になった。
僕はこの近辺とは縁も所縁も無く親戚は勿論知り合いも居ない。情報収集と言われても行く所が無い。まずは時々行く喫茶店にでも寄ってスポーツ新聞の競輪欄でも見てからだ。
何も無い時係長と時々行く喫茶店に寄った。此処は係長の奥さんの幼馴染がやっている店らしく一人でカウンターに座り易い。モーニングセットを頼み競輪欄を見ると、隣の県の競輪場が開催中だ。その少し先に在る競艇場もやっている。競艇はこれまでやったことが無い。9車の競輪よりも当り易いのかな?でも配当が安いと聞いたし。それにそこまで行くとなると何かあった時帰りにくいしな。
お店の人が、
「今日はお休み?」
「いえ、選挙が始まったので情報収集に行けと言われて。」
「あら、大変ね。」
「この土地に縁も所縁も無い者に情報と言われても困るんですけどね。」
「此処らの選挙はいつも同じ。保守が3人革新が1人。後共産主義者の1人は員数外。4人似たり寄ったりでその時の風向き一つで誰が落ちるか分からない。保守の3人は結構お金を使うらしいよ。」
「お金貰ったら教えてください。」
「うちは警察関係者の出入りが多いから誰も寄って来んよ。」
「残念。」
係長から保守の3人は結構そういうことをすると聞いた。革新の1人も決して清廉な人物では無いが金が無いからやりたくてもやれないとも。となれば保守の3人の内の誰かだな。でも僕には候補者達と地元の人間関係が全く分からない。僕が育った田舎はここよりもっと選挙が露骨だった。僕の実家がある地区では、誰がどの候補を推して、誰がどの陣営のお金を配る人だというのは周知の事だった。
ぶらついているが何もネタは無い。困っていると係長が何人か知り合いを紹介してくれた。工場勤務の人が多く、革新系の候補者に投票している人が殆ど。会って話をしたが、違反情報は特にない。中には革新系の候補者の運動をしている人が居て、投票依頼をされてしまった。でも残念お金も物もくれなかった。当たり前か、警察官買収する馬鹿はいない。
僕は知らなかったが、大きな選挙では公示後暫くすると選挙取締りに関しての署長会議が有るらしい。招集された署長達は夫々把握した違反情報を本部に示し、検挙に至る道筋を提示しなければならないらしい。その情報と方策を
『荷物』
というらしいのだが、この署ではまだ荷造りができていない。
課長は、
「手ぶらで行って署長に恥をかかす訳にはいかん。何ぞ荷を作ってくれ。」
と皆に言いまくっている。係長は、
「課長が本部のデスクにおる知能犯仲間に探りを入れたら、西隣の署は何か掴んどるらしい。同じ選挙区で同じ位の規模の署が情報掴んどってうちに無いのはいかんから焦っとる。」
本来先頭に立たなければいけない知能・暴力係長は笑って済ませている。僕の係長がしゃしゃり出る事は絶対無いな。
係長が署長に呼ばれた。課長も、知能・暴力係長も当てになら無いから一番頼りにしている係長を呼んだんだろうな。
係長帰ってきて僕を呼んだ。
「しゃーないから奥の手出す。儂とお前と鑑識と3人でやる。何も出来ん奴等は相手せん。嚙ましとったら荷ができた時自分等の荷物の様に言うからな。」
「出来るんですか?」
「お前は何時でもそれじゃ!やらないかんことはやらないかんのじゃ!出来る出来んじゃ無いんじゃ!」
係長は僕に着替えてくるように言った。
「帰って兄貴に貰うたスーツ着て来い。靴も一番ええのをよう磨いてな。時計も兄貴に貰うたやつやぞ。」
「はい。」
訳が分からんけど言われた通りにしとこう。
着替えて来たら、係長と鑑識は普段の格好で待っていた。係長は僕と鑑識に付いて来る様に言い、自分の私物車両で出発した。課長と知能・暴力係長は黙って見ている。山手の方に向いて進み途中前にも来た事が有る展望台のある公園の駐車場に車を停め、これからやる事の説明をしてくれた。
これから行く集落は保守系の某候補から買収を受けているらしい。そういう噂がありまず間違いないと係長は踏んでいる。係長はこの市出身の奥さんと一緒になり、奥さんの実家の一角に家を建てているのでこの街の選挙違反はやりにくいみたいだ。だから国道より下の係長が住む地区とは関係が薄い山間部の集落に狙いを付けたみたいだ。係長と係りがある地区での違反はいくつか把握していてもそれを取り締まることはできない。
作戦は複雑なものでは無い。身なりを整えた僕が行き当たりばったりにその集落の1軒を訪問する。僕は係長が普段使っている鞄の中に入れてある茶封筒をチラつかせ、
『奥さん(またはご主人さん)、事務所から来たんやけど、もう届いとろうかな?』
と申し向ける。相手の反応を窺い、既に買収を受けたと思われるところにチェック。チェックが入った家を係長と鑑識が訪ねて被買収をうたわす。
単純明快なやり方だがうまくいくのかな?
最初の家を訪問した。60代半ばくらいのおばさんが出た。以前石原部長に学んだ最高の笑顔で鞄の蓋を開け、中の封筒をチラ見せしながら、
「奥さん、事務所から来たんやけど、受け取って貰うた?」
「あれ、この間別の人が来たよ。お兄さん何か言葉がこの辺の人じゃないね。」
バレてる。
「あ、そうなんよ。出は南の方やけん。」
「そうやったん。ちゃんと投票行くけんね。もう1回くれる言うんなら貰うけど、投票は1回しか行けんよ。」
「うん、そしたら頼みます。」
近くで隠れて見ていた係長の所に行き今のやり取りを伝えたら係長は、
「一発目が当たりか。同じこと何遍もやるのは面倒じゃのぅ。あのおばちゃんにするか。ちいと間置いてから行く。」
何のことか分からないが頷いた。
一度街に降り何時もの喫茶店で打ち合わせを兼ねて昼食にした。
「やる気も才覚も無い奴等の尻拭いは面白うないのう。」
「よく引き受けましたね。係長らしゅうも無い。」
「まあ署長は悪い人間じゃ無いけんのう。でも実績は儂等がとる。最後の調べまで儂がする。」
午前中訪ねたおばちゃんの家に行った。係長が一人で。僕と鑑識は少し離れた所で隠れて見ている。係長がおばさんと何事か話しているが嚙み合わない様子だ。係長が後ろ手で合図をした。
今僕の姿は
『手錠を嵌められ』
『腰縄をされ』
鑑識に縄の端を持たれて歩いている。おばちゃんの家の前を通り掛かった。おばちゃんに元気無く項垂れつつ会釈をした。おばちゃん驚いて目を見張っている。午前中会話をした若い衆が手錠と腰縄を付けて歩かされているのだから。
『ドナドナドーナドーナー♪」
係長がおばちゃんに、
「見て見んかな、おばちゃんがすんなり正直に言うてくれんけん、若い衆引っ張っていかないかんなった。おばちゃんがすんなり
『貰いました』
言うてくれたら穏便に済んどったんやけど。」
もう一度念押しに情けなく辛そうにおばちゃんに会釈をした。
「しゃんしゃん歩かんかい!」
強めに縄を引っ張られた。鑑識ィー、覚えとれよ!
『ドナドナドーナドーナー♪」
おばちゃんは、
「アレー、あの子可哀そうに。私何でも言うけんあの子は堪えてやって。」
「今から話す?」
「うん。何でも言う。じゃからあの子は堪えてやって。」
係長はおばちゃんを自分の車の後部座席に乗せ山を下って行った。僕と鑑識は迎えの車を待つ。鑑識のバカ、面白がって中々手錠を外さない。
「おどれ、調子乗っとると警衛の時のこと全部ぶちまけるぞ!」
慌てて手錠と腰縄を外した。
「これで済むと思うな。人が大人しゅうしとったら図に乗りやがって!」
鑑識必死に謝っている。僕の上を行く考え無しだな。そこまで怒ってはいないが、此処に乗じてこいつをコントロールしてやろう。
迎えの車が来た。僕の主任が迎えに来てくれた。
「係長が二人に伝えとけ言うてた。
『今日どうやってネタ引いたかは絶対言うな』
って。」
「分かりました。」
「儂にだけは教えて。」
「逆の立場でそんな恐ろしい事出来ます?」
「出来んな。」
係長は一番近い駐在所の事務室を借りて
『貰いました』
というだけの簡単な調書を取り、配って来た奴の名前と貰ったはずの奴数名の名前を聞き出したらしい。僕と鑑識は喫茶店で待機。
係長がおばちゃんを家まで送って喫茶店に帰って来たのは暗くなってからだった。署に帰り、調べ室で黙って事案の概要、買収者、被買収者の関連チャートを作成し、僕達はそこに手伝い名目で座っているのだが何も手伝う事は無い。
「何かすることあったら?」
「お前らが部屋で要らんこと喋らん様に此処におらしとるだけじゃ。」
資料ができたら、係長は僕達を伴って署長室に行った。行く途中、
「今日のやり方は他の者には絶対言うな!これは職務質問でうたわしたんじゃ。」
「は、はい。」
署長喜んでいるし、係長の説明に納得している。チャートを見て、
「署長会議は一緒に説明に行ってくれ。係長じゃ無いと説明できん。」
「分かりました。そうさせて貰います。」
署長上機嫌。
署長何の疑問もなさそうにしていた。
「署長何も気付いて無いみたいですね。」
「馬鹿!騙されるな!署長は悪い人間じゃ無い。でも食えん人間じゃ。」
「ええ、そうなんですか?」
「署長は今日のやり方知っとる。考えついたのは兄貴やけど、初めて実行したんは係長やった頃の署長じゃ。」
「ええ。」
「お前は何時も
『ええ』
ばっかりじゃ。今回の事も弟分なら何とかするじゃろうという署長の希望的観測じゃ。それと何も言わんのは、揉めた時は
『自分は知らんかった』
で通すつもりじゃが、それは許さん。タイミング測って署長と課長にだけはちゃんと担がす。」
その時、今日の僕の役をしたのは誰だったんだろう?
「儂じゃないぞ。儂はあんまり可哀そうな奴に見えん。今年南の方の署の刑事課長に成った奴がそうじゃ。その頃は送致係じゃった。ええ服着せんでも警察官に見えんし、普通に歩いとっただけで可哀そうに見える。」
誰の事か大体わかった。一度飲み会で見掛けた組員の中にドンピシャの人が居た。
「暴力情報係長なんかも適材ですよね。」
「あれは眼付がいかん。太々しい。」
その資料を持って署長と係長が本部に行った。西隣の署は
『供応』
の情報を持って来ていたらしい。只供応場所がもう一つ西側の他署管内で被供応者の数が多くて小さな署では扱いきれず、供応場所を管轄する署と本部の共同捜査になるらしく分け前が減るらしい。うちは現金買収で被買収者が15人程度と、立件するには理想的な規模と態様の違反だと係長は言っている。
「これは儂がやらんといかん。この15人以外にも、すぐ傍にもう一つ別系統での買収が一山ある。選挙素人の暴力専門にやらしたらそっちに飛び火さす。やられた山の元締めは自分だけは嫌じゃ思うて別の山をうたう。そしたらその山も立件せざるを得ん。人手が掛かる。その山がまた別の山うとうたら最悪じゃ。何時まで経っても終わらん。自分とこだけで終わらして、他はうたわん様に指導・教育せんとな。」
係長がこれならその兄貴分はどこまで?
「広捜官は表じゃ。綺麗な仕事で捜査を仕切る。儂は兄貴の悪巧みを受け継いで仕切っとる裏じゃ。儂ら二人で兄貴一人じゃ。まだ少し足りてないかもしれんが。」
着手は投票日の翌日。これは決まり事みたいだ。何時の選挙でも投票日の翌朝に一斉着手。選挙に勝って良い気分の処に、日の出と同時に人相の悪いおっさん達が空の段ボール箱持って
『おはようございます!』
勝ってても嫌なのに、負けてガックリ来てる処に来られたら最悪だろうな。
投票日課長に呼ばれた。
「土居刑事、お前明日は出勤するな。署の近くにも居ったらいかん。競輪はやりよらんから朝から競艇行ってこい。」
5千円札を1枚、僕に渡してそう言った。
「え?」
「明日例のおばさん呼ぶ、お前がここに居ったらまずいじゃろうが。」
そういう事か。
「分かりました。」
「遠いけん車は使うな。事故起こしたら大事じゃ。東隣の市の国鉄駅に行ったら無料バスが出とる。そんでもそのバスは近郷近在の汚れやあぶれが一杯乗っとる。警察に世話になったり警察官に恨み持つもんも居るけん止めた方がええかもしれんな。国鉄の往復乗車券買うて列車で行け。午後1時までに行って
『交通費払い戻し』
の受付したら、9レース以降2千円まで払い戻してくれる。」
「よくご存じですね。」
「儂も嫌いじゃないけんの。勝ってグリーン車乗って、ビール飲みながら帰って来い。遅めでの。勿論直帰じゃ。」
翌日月曜日は堂々と競艇場に行った。他の署員は今朝、現金を配った事務所にガサをかけ、貰った者達を一斉に任意同行した。体育館に全員並ばせ、調べ官に選ばれた者が適当に調べる相手を決めて署内のあちこちで取り調べをする。予め雛型を渡されその通りに調書を取る。直ぐうたう相手に当たるか、完全否認型に当たるかは運次第。
以前ベテランの知能刑事が、こういう場合はさっさと
『柔そうな被疑者を選んだ者が勝ち』
と言っていた。
『公職にある奴』
『立候補者に恩がある奴』
は言うに言えない。そういう立場にはなくとも
『えらが張った顔の奴』
は手古摺る率が高いと言っていた。何を以ってそう言うのかな?
言われた通り一番近い国鉄の駅から列車に乗った。国鉄民営化が話題だが、どうなるんだろう。僕が生まれた田舎の町には鉄道が無かった。往復切符を買って競艇場がある隣の県の駅で降りた。そこからの短い距離なら無料バスでも大丈夫だろうと思ったら、以前宿直中に締め上げた酔っ払いが乗っている。
『今度会うたら許さんからなー!』
って僕に叫んだ奴だ。僕もムカついていたから
『やれるもんならやってみんかい!』
って思い切り蹴り倒した。顔を見られない様にデイリースポーツを広げた。
競艇をするのは初めてだ。デイリースポーツの競輪欄を見ると嫌でも競艇欄が目に入る。でも誰が強くてどういうレースになるのか全く分からない。火傷をしない程度に1日楽しむか。
新聞の予想とオッズを見ながらちまちま買っていたら前半戦終了時には5千円余り浮いていた。多くは望まないが今夜の焼き鳥代くらいは。
後半は取ったり抜けたり。12レース終了後には交通費と焼き鳥は何とか確保できた。プラス課長の5千円。悪くない。帰りは国鉄駅まで行くバスが続けて何便も出ていたので知ってる顔が居ない便を選んで、駅の隅で揚げたての天婦羅とビールを買って丁度やってきた特急に乗って景色を見ながらちょっとした旅行気分。降りる駅に着いたらもう焼き鳥は行きたく無くなっていた。缶ビールを4本も飲んでしまったから。揚げ立ての天婦羅も美味かった。
翌朝出勤すると鑑識がしょぼくれている。昨日調べた被疑者が完全否認で調べになら無かったらしい。でもその被疑者は、自分の調べを終えた係長が話を聞くと簡単にうたったらしい。
「そんなん一々気にするな。そういう事もあるよ。気にするんやったらそれなりの準備して次きっちりやったらええ。」
「でも昨日よううたわさんかったのは僕だけやった。」
えらが張った奴でも掴んでしまったのかな。
「当たりが悪い日もあるよ。」
「でも係長は秒殺やった。」
「係長と同格じゃ思うとったん?」
「そういう訳じゃあ無いけど…。」
事件は綺麗に纏まりつつあるらしい。配った奴一人。貰った奴13人。ジャストサイズの事件だ。西隣の署はタダ酒を飲みに集まった奴等が80人以上居てアップアップらしい。係長によると供応事件は
『誰が何処に座ったかというところまできっちり明らかにしなければいけない』
らしい。若しも相手が口裏を合わせて、居なかった奴をその場に居た事にしておいてから、裁判で供述をひっくり返して、本当は居なかった奴のアリバイが証明されれば無罪事件になる事も。
その点買収は、配った奴を逮捕して配布先を明らかにし、貰った奴を締め上げて
『恐れ入りましてございます』
と言わせればそれで終わり。貰った奴が多いと面倒だし、少ないと悪性の点で疑問が出るが、今回はジャストサイズだ。
今回のやり方は問題があるが、バレていないし、金を貰って投票に行ったという負い目がある奴等は騒ぐことも無いだろう。
事件と身柄を送致した後署長官舎に、課長、係長、僕と鑑識が呼ばれた。係長曰く
『今回の事件端緒を知っているのはこの5人だけ』
他には絶対言うなときつく口止めされた。
「署長、知らん振りやったんじゃぁ?」
「そんなん堪えん。バレて揉めるときは一蓮托生じゃ。課長も聞きたがらんかったけど、無理やり聞かしてやった。責任取る立場に無い奴等は面白半分に言うかもしれんけど、責任が掛かるもんは言えん。今回バレて困るんはこの5人。」
署長官舎には仕出しを取って席が構えてあった。
「石原さんの宴会行き慣れとる人には物足りんかもしれんが辛抱してくれ。」
と言って飲み会が始まった。署長の奥さんと娘さんがわざわざ手伝いに来てくれていた。課長が奥さんと娘さんに、
「儂等如きを呼ぶためにわざわざすみません。」
係長は、
「奥さんや娘さんが居ったら儂が大人しゅうするか思うて呼んだんじゃと思う。」
奥さんも、
「私もそう思う。」
係長が新任で行った警察署で奥さんと係長はお馴染みさんみたいだ。奥さん懐かしそうに係長と話をしている。石原部長の話も出た。再婚して男の子ができたと聞いて凄く喜んでいた。娘さんが成長して美人さんになり、幸せ且充実して暮らしていると係長が言うと心から喜んでいた。今も時々贈り物が届くらしい。当時幼かった娘さんも、恰好良い男前の刑事さんとして石原部長の事を覚えていた。
今回の名目は
『選挙違反検挙功労』
という事だが、主管の知能・暴力がいないのでは締まらない。でも係長がそうもっていった訳だから。極力選挙違反の事には触れずに飲み会は進んだ。娘さんは誘拐の事が聞きたかったみたいだ。
発生当初の事、事件発覚時の事、被害関係者の緊張、被疑者の追跡、被疑者捕捉を話せる範囲係長と僕が話すと、目を輝かせて聞いていた。検挙後の先輩と被害者の恋愛のことを話すと目がウルウル。当時中央署に居た鑑識も知らない事だらけだったみたいで、鑑識も興味津々。奥さんも目を輝かせて聞いている。ドラマでは無くて現実だからな。
署長も自分が肴になら無くてほっとしたみたいだ。程好い時刻に係長の奥さんが迎えに来てくれて、僕と鑑識も同乗させて貰い帰宅。この署に居るのも後数ヶ月。此処は手持ちが残るほど忙しくは無いし、少しづつ荷物を纏めるか。今度の引っ越しは全部自分でやらなくては。




