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昇任試験

未解決事件をやっつけた後直ぐに巡査部長昇任試験の予備試験があった。

 巡査部長昇任試験の予備試験を受けた。一次試験は記述式だが、そこに行く前に5肢択一の予備試験がある。僕は過去4回予備試験を受けて一度もクリアできていない残念な奴なのだ。5回目である今回失敗したら………、想像するだに恐ろしい。


 これまでは仕事を言い訳に、ろくに準備もせずに試験会場に行っていた。しかし今回は、落ちたらどんな目に遭うか。1年余り前から、それまで購読していなかった警察官相手の月刊誌を取り始め、その付録のSA式問題集を解き始めた。記述式の問題集と模範回答集もあるのだが、それ以前に予備試験がクリアできなくては発走機に車輪を入れられない。


 午前中隣の署の講堂であった試験を受けて課に帰ると、係長が待ち受けていた。

「如何やった。」

「よう解らんです。なんせこれまで通ったことが無いから、どの程度が通過ラインなのか分かりません。」

「情けない奴じゃのぅ。」

【何と言われても分からんものは分からんのです】

「何偉そうにしとるんじゃ!」


 一緒に行った鑑識も同じ様なものだ。こいつは僕以上に準備不足なのがはっきりしてる。

「僕は鑑識の職人として頑張る積りなんで階級は要りません。」

ちゃんと言い訳考えとるな。でも係長にそんなもん通じんよ。

「阿保かおのれは!この県の鑑識に巡査の席がなんぼある思うとるんじゃ!」

「あ、いや、分かりません。」

「17しか無いんじゃ。署長が18人じゃ。署長の数より鑑識の巡査の数は少ないんじゃ。トロトロしとったらすぐに追い出される。辞めるまで鑑識して職人言われたかったら昇任せんかったらやれんのじゃ。」

「あ、はい、………。」


 係長呆れてる。 

「まあええ。お前等今日からノー残業じゃ。毎日定時になったら帰って一次試験の準備せい。」

「あ、いや、今日の試験の合格発表があってから。」

「遅いんじゃ!そんなんで間に合う訳無いじゃろうが!」

「でも皆さんに迷惑が掛かるから。」

「喧しい!お前等の粗末な頭でそんな簡単に試験に間に合う訳無いじゃろうが!」


 広捜官2年と言っていたな。でも

『もう一年はもう危ない』

いや

『もう無理だ』

この刑事課を2年で抜けなければ僕の未来は明るくない。諦めて大人しく勉強をするか。


 午後5時15分になったらすぐに帰宅している。宿直以外でグズグズしていると、

「何しとんじゃー!さっさと帰って勉強せんかい!」

「は、は、はい。」

ダッシュで帰宅。


 係長曰く、

「警察の昇任試験は記憶力だけじゃ。問題集読んで模範解答を丸暗記せい。自分で考えた言葉は使うな。試験官は頭がええ訳やない。というよりも警察官自体に頭がええ奴はそうはおらん。採点官は自分が受けてきた試験で、自分が書いてきた答案通りに答えた奴を合格さす。その正解は問題集に書いてある通りじゃ。なまじ頭がええ受験生が自分の言葉で回答したら、採点官理解できん。」

「係長もそうやってきたんですか?」

「当たり前じゃ。儂は頭がええ訳じゃない、むしろ悪い部類じゃ。兄貴もそこが分っとるから、型通りの答えを徹底的に暗記する様に言うてくれた。テープレコーダーの様なものじゃ。録音した通りに再生する。途中で詰まったら巻き戻して最初から再生じゃ。ワハハ。」

難しく考えるからダメなんだな。

「警部補の試験もそのやり方で合格できた。

『馬鹿の一つ覚え丸暗記』

じゃ。もっとも覚えないかんことが一つで済まんのは難点じゃけど。」

僕も頭が良い方では無いからこれを踏襲だな。


 翌週予備試験合格者の発表があった。僕は合格していた。ホッとした。予備試験さえ不合格となったら何を言われるか分からない。発表の書面を見て

【よっし!】

こぶしを握り締めた。

「これで喜んでどうすんじゃー!」

口に出していないのに。


 この署で合格した者が3人いた。鑑識は入っていない。皆にボロカスに言われていた。良かったぁ。一次試験は約1か月後。頑張らなくては。でも気が重い。でも追放は避けたい。えーい、やるしかない。


 1ヶ月間僕としては一所懸命勉強をした。試験日の数日前からは、午後から帰って勉強をする様に言われ、前日には出勤直後に帰って勉強をする様に言われた。言われた通り模範解答を丸暗記。

『馬鹿の考え休むに似たり』

だからな。でも覚えることが多すぎる。僕が覚えたことが出る確率は数パーセントかな。


 試験の日は警務が試験会場である隣の署まで車を出してくれた。出発時には署長の見送りまで。プレッシャーを掛けんとってください。


 試験会場について受付をした。初任科の頃の顔馴染みが何人かいたが、そいつらは試験開始寸前まで必死に勉強をしていて僕の方を見もしない。僕の同期にも既に昇任している奴もいる。既に巡査部長になっている奴等に遅れまいと一所懸命なんだろうな。奴等は昇任して署長クラスにまでなりたいんだろうか?僕は石原組から追放さえされなければ署長にならなくても良い。というかなれないと思うし、なりたくない。人を束ねるのは大変だ。


 この県の警察にはいくつかの派閥がある。その派閥は伸びたり、縮んだり、消滅したり。その派閥のボスのアクの強さで消長が決まるみたいだ。警察は実力社会で

『頑張った者が報われる』

と表向きには言われているが

『全くの』

とまでは言わないが嘘だ。


 誰か警察内部で幅を利かせる奴が出て、そいつに諂う奴が出る。そして諂ったやつの中で要領が良い奴が幅を利かす。そしてまた自分に諂う奴を引き上げる。


 石原部長のグループも、互いに助け合うところはあるが、諂う奴、利己を図る奴は即座に相手されなくなる。力量が有る者を力量に相応しいポストに押し上げることはあっても、仲間だからというだけで優遇措置を講ずることは絶対無い。


 だから昇任試験は自力でクリアしなくてはならない。試験勉強を手伝って貰えることはあっても、試験官に対する根回しをして貰えることはあまり無い。不当に不利益を受けている人の不利益分をカバーする程度だ。


 本来ペーパーテストには介入しにくい。しかしペーパーテストの採点時、名前を外してランダムな番号を打って誰の答案かを分からなくしてあっても、試験官が知っている筆跡だと手心が加わる事もあるらしいし、採点官が予め自分の派閥の者の筆跡を調べておくことさえあると聞いた。酷い時には自分の子分達に故意に問題が漏れた事もあるらしい。面接試験には採点官の手心を加えられる部分が結構あり、互助会の様な派閥ではそれを利用しているらしいが、石原グループがそれを持ち掛けることはまず無い。もっとも現在石原グループに出題ができる地位にある者はいない。面接官になれる者もいない。石原部長個人の甲斐性で恩を売り、上層部の忖度を受けているだけだ。それも邪魔をしない程度の。


 僕は石原部長の派閥の一員と思われているみたいだが、試験等での恩恵は全く無い。他の派閥が何かと画策して互助会めいたことをするので、僕達も同類だと思われているみたいだが、そうでは無い。それを言っても誰も理解しないので黙っているが。


 試験開始前にいくつかの注意と説明があってから試験が始まった。憲法、刑法、刑事訴訟法、警察法、等の法学と、刑事警察、防犯警察、交通警察、等の実務。昔は抽象的な理論が設問だったらしいが、この頃は一定のシチュエーションに法や実務を当てはめる設問が主流になっている。


 例えば、犯罪が発生し被疑者が逃走した。場所・経過時間等を設定し警察が被疑者を捕捉する。現行犯で処理できるのか、緊急逮捕できるのか、任意同行しての処理になるのかを判断させるような設問だ。


 昇任試験への対応をしている出版社は、そこらを細かく織り込んだ模範解答を出版している。それをいかに暗記できるかだ。自分で考えて解明できるかでは無い。でも急にありとあらゆる設問を丸暗記するのは無理だ。もっと前から取り掛かっておけば良かった。


 試験は一応回答できた。覚えていた通りに近い問題もあった。少し違うものもあったが、何とか他の問題の回答の型に押し込んで答案を埋めた。でもどの位が合格ラインなのかが分からない。なんせ予備試験をクリアしたのが初めてだから。


 終わって署に帰ったら、いきなり署長室に行く様に言われた。署長直々に手応えを聞かれたが、

『よく分からない』

としか言い様が無い。後の二人も似た様なもの。


 課に帰っても同じことを聞かれたが、何とも答え様が無い。分からんものは分からん。係長は、

「まあええ。落ちとったら、お前は兄貴の飲み会からパージじゃ。」

「パージって何ですか?」

「『追放』言う意味じゃ。」

「え、2年でって…。」

「組からは2年じゃけど、飲み会は即刻じゃ。」


 一次試験の合格発表があったが、僕の名前は無かった。機捜隊の先輩は合格していた。疫病神レベルのバカ係長と離れてからは運気急上昇だ。美人で可愛くてしっかり者の彼女ができて、昇任試験も後面接だけ。連続放火の検挙と、営利誘拐の身柄確保で加算点があるし、幹部からの覚えがめでたいから面接で余程下手を売らなければ来年は捜査主任だ。


 後チャンスは1回。発表前から合否に関わらず勉強タイムを確保している。地道にやるぞ。鑑識は相も変わらず僕を飲みに誘うがやんわり拒否。でも数少ない友達だから部屋飲みは月1か2で付き合っている。フラフラ飲みに出てるのが係長にバレたら大事。


 仕事は仕事で真面目にやっている。この署は小さな市一つが管轄で強行事件はあまり無い。専ら盗犯検挙が主たる仕事になっている。その合間、たまに火事や変死があるが苦になるほどの数では無い。この県の事件事故の約3分の1は中央署管内で発生している。残り17署の中でも真ん中どころのこの署の発生件数は知れたものだ。


 以前最初の初捜班長が言っていた、盗犯の検挙原票計上が大変なのが身に染みてきている。盗犯主任がそこらをよく心得ているので、時効寸前で他所から検挙原票を切られそうにないデッドストックの原票を、適当に落として糊口をしのぐ月もある。被疑者補確保できたら、引き当たりでうたわした未届け事件を掘り起こし発生原票と検挙原票を同時に切って帳尻を合わす。こういうのは知っておいて損は無いな。強行専門でやれる所なんて限られている。


 秋を感じ始めた頃最終の合格発表があって、機捜隊の先輩が合格していた。係長何か言うかなと思っていたのだが、何も言わない。何か嫌味を言ってくれた方が落ち着くのだが。何か居心地が悪い。


 合格発表があってから少し経った頃、先輩の合格祝いがあったらしい。僕は呼ばれなかった。中央署に残っている鑑識が教えてくれた。そいつも呼ばれていなかった。場所は若竹で、石原部長も帰って来たらしい。


 そのことを聞いた数日後、係長に言われた。

「お前が来年合格できたら同じような祝いの会を開く。」

それと、

「広捜官が調べてくれたら、お前の一次の点数はあと一歩じゃった。見込みは十分ある。その一歩をどう詰めるかは今やっとる事を続けろ。繰り返せ。それができただけで合格できる。」


 先輩からも電話があった。合格祝いの出席者は極少数だったらしい。石原部長の他は、刑事企画課次長、広捜官、僕の係長、暴力情報係長、女将さん、巡視員さん、先輩の彼女、彼女のご両親。それと何故か和子さん?

「次長と広捜官が

『一次試験、土居は惜しいとこやった』

言うてたから勉強続けてな。僕は今回検挙功労の評価があったらしいけど、土居君も面接に行けば来年でもあるらしいよ。それが有るから今年最後尾でええから面接に進んどったら

『多分いけとったのに』

とも言うとった。」

と言ってくれた。


 試験が終わったので、ノー残業もお終い。普段通り仕事をして帰ったら必ず問題集を開いている。酒も週1日だけにして。鑑識は詰まらなさそうにしているが無視。相手しなかったら、この頃僕の部屋で一緒に勉強をする様になった。自分の部屋ですれば良いのにと思っていたら、

「僕の部屋には教科書も参考書も一切無い。」

と胸を張って言われてしまった。


 12月初め石原組の忘年会があったそうだ。石原部長の離れがある旅館で。希望者は奥さんも同伴可。殆どが夫婦で参加したらしい。そりゃあ奥さん達も豪勢な料理と温泉旅館の宿泊付きは嬉しいだろう。僕は呼ばれなかったが、機捜隊の先輩は呼ばれた。彼女も。奥さん予備軍だからかな。同じ部屋にはして貰えなかったみたいだけど。彼女は何故か和子さんが一緒の部屋だったらしい。


 この事も中央署の鑑識係が教えてくれた。そいつは当然呼ばれていない。そいつも勉強をする気になってきたみたいだ。昇任すれば呼んで貰えるかもしれないから。定元係長からそんな匂わせがあったらしい。でも定元係長にそんな権限有るのかな?


 この署の年末は静かだ。繁華街もありはするが商店街はシャッター街になりつつある。昼がそれなら夜は推して知るべし。世の中訳の分からん好景気で沸いているが、田舎町への恩恵はあまり無いみたいだ。東隣の少し大きな市はそれなりに賑やかみたいだが飲みに出ない僕には関係ない。


 警察の忘年会は早目にある。年末忙しくなることが多いので。それに毎年12月20日からは

『年末特別警戒』

で、時間外に見せる警邏・警戒をさせられる。特別警戒が始まる少し前係長が、強行・盗犯と鑑識を誘ってくれた。自分の部下と日頃盗難現場等でお世話になる鑑識を労うという名目で。前に連れて行ってくれた

『天桜』と『ノワール』

だった。


 石原部長主催の宴会とは比べられないが、まあまあの料理だった。二次会のお店も舞とは比べられないが綺麗な店でホステスさんも揃っている。支払いをする係長に、

「良いんですか?」

と聞くと、

「機捜隊の合格祝いの時兄貴から費用は貰うとる。」

「知能・暴力大丈夫ですかね。」

「うん、最初一緒にとも思うたんやけど当直の兼ね合いがあるし、兄貴が

『同じ係長同士で、お前が金払うんはいかんじゃろう』

言うてな、知能・暴力は知能・暴力で、係長主催で飲み会する様に言うて金預かってきて渡しとる。」

「流石の気配りですね。」

「うん。課長と送致は知能・暴力で呼ぶようにとも言うとった。課長は元が知能やからな。そこらは課長と係長にも説明しとる。納得しとった。」


 何事も無く年末年始が過ぎた。課長と係長の配慮で、3泊4日で帰省ができた。この課で実家が一番遠いのは僕なので。僕以外の課員はこの市かその周辺の出身だ。此処と僕の田舎は、同じ県でも一寸言葉が違う。聞き込みに行っても言葉で南の方の田舎出身だというのが分かってしまう。もっとも、親や祖父母が僕の田舎辺りから出て来ている人が結構居るみたいだ。僕の訛りを懐かしがられることがある。僕の田舎は寂れる一方の農村で、この市は東隣の工業都市のお零れでそこそこの賑わいだ。


 春めいてきた。幹部の異動があり、刑事企画課次長は以前僕の主任だったバカがいる離島の署長になった。離島のそのまた離島に居るバカ主任の話は聞いているはずだから、奴は当分浮かばれないな。その後下々の異動があり機捜隊の先輩は定元係長がいる、中央署とは川一つ隔てただけの署で強行・盗犯主任になった。そこは定元係長がいるし、強行・盗犯係長は石原組らしい。彼女の寮からも遠く無い。大事に扱って貰ってる。僕も傍目には良くして貰っている様に見えるんだろうな。実際良くしては貰っているが、係長の口が悪いのは。


 僕の署はあまり異動が無かった。署長は今年定年でもう一つ上の規模の署長を打診されたらしいが断ったらしい。石原部長の働きかけで、来年退職後は出身地に構えた自宅近くの自動車教習所に再就職できるみたいだ。元々この市の西隣の市の出身らしい。最後の1年、格は上でも遠くに行きたく無いよな。


 刑事課も送致主任と知能・暴力係が代わっただけだった。僕以外この近辺の出身で、家を構えている人も居るから代わりたくないよな。今度来る二人もこの署から遠くない所の出身らしい。


 4月になった。少し寒いが花見に行った。中央署では、喧嘩を止めに花見場所に行ったことはあるが、揃って花見をする事は無かったな。鑑識が巡視員さんと交通安全協会の指導員さんを誘って、何人か来てくれるそうだ。そしたら係長が、

「お嬢さん達が来るなら、いりこと冷や酒いう訳にはいかんな。」

と言って、天桜に花見弁当を注文してくれた。勿論出処は………。楽しく飲んだ。鑑識はこの頃飲みに出て無かったので浮かれまくってる。ちょっと定元係長に似てきたかな。


 昇任試験の日程が発表になった。今年は秋に警衛があるので試験が早い。4月下旬には早速予備試験がある。その後の日程も詰まっている。鑑識に

「お前今年予備落ちたら大事やぞ。」

と言うと、少し焦っている様でもあり開き直っている様でもあり。


 その日の晩からまた一所懸命一次試験の勉強をした。鑑識は予備試験のSAをやっている。こいつ今年も駄目だな。でもSAだけでもクリアしないと、身に危険が及ぶ。


 予備試験を受けた。去年よりは手応えがあったので大丈夫だとは思ったが、僕に簡単に思えるという事は他の人にも簡単という事だ。それを難しかったと言っている鑑識は今年も?


 翌週直ぐに発表があった。僕も鑑識も合格していた。鑑識は胸を張っていたが、誰も相手にしていない。係長からは、

「土居の邪魔するんじゃないぞ!」

と言われていた。傍目にも参加することに意義があるだけの様に見えているみたいだ。


 その日からノー残業で一次試験の準備をした。鑑識にも、只ひたすらに丸暗記をする様に言って夜中まで問題集と模範解答を読んだ。


 一次試験の日、今年も署長の見送りで東隣の署に行った。2度目だからやや余裕。鑑識はキョロキョロしているが、緊張している風では無い。こいつ僕より楽天家だからな。


 試験自体には手応えがあった。この1年で記憶の量が少しは増えたみたいだ。模範解答に設問に応じた僅かな修正を加えて答案を埋める事ができて、何となくこれで良いと思えている。


 去年よりも短い間隔で発表があり、今年は合格していた。鑑識は案の定。でも少しは悔しさを感じているみたいだ。去年は何かヘラヘラした感じだったが、僕ごときに後れをとったのが嫌みたいだ。危機感を持つのは良いことだ。


 面接も今年は間が詰まっていてるので、早速教練の練習を始めた。巡査部長昇任試験は分隊教練になるので、協力してくれる人達とまずは署の駐車場で。私服のまま午後5時15分になると集まって、係長の指導で20位あるパターンを繰り返し巻き返し。研修会の日は僕ともう一人他課の受験者が制服に拳銃他の装備品を付け、署員の協力で繰り返し巻き返し。結構汗をかくので協力してくれている人達に申し訳ない。訓練の終わりには必ず係長が冷たい飲み物を協力してくれている人達に渡してくれている。僕がお金を払うと言ったのだが、

「兄貴の好意じゃ。有難く頂いとけ。」


 先輩から電話があり、教練・面接の手順と去年自分が受けた指導を教えて貰った。本部は細かい事まで指導をしている。試験官毎の注意事項、NGワードまで。そこらの事は先輩が去年貰った注意事項一覧表を文書逓送で送ってくれたので係長に見せると、

「儂は本部で勤務したことが無いからそんなもんは見た事無い。」

「機捜隊も勤務した事無いんですか?」

「今でこそ兄貴に世話になった奴等が増えたが、若かった頃の儂は

『咎人の弟分』

という扱いやったからな。巡査部長通ったんが不思議がられとった。」

「そんな頃もあったんですね。」

「広捜官は昇任試験のこと考えて兄貴から

『自分とは喧嘩別れしたことにしとけ』

言われとった。儂と同年代かその上の組員は皆そうじゃ。儂だけは堂々と

『弟分』

を名乗っとったけどな。」


 面接の日が来た。係長の計らいで、僕ともう一人の受験者は前日石原部長の離れに泊まらせて貰うことになった。僕の車で県庁所在地に着き、まず本部に拳銃を預けてから旅館に行くと、もう一人の受験者、

「ここ泊まったら幾ら取られるんですか?」

「料金は要らないそうです。」

「ええ?」


 まず温泉に浸かったのだが、もう一人はおどおどしている。部屋で食事が出たら今度は目を丸くしている。顔見知りの仲居さんが、

「今晩のお酒は、お二人でビールを3本までと言われております。明日の試験頑張ってくださいね。」

食事をしながら、明日の試験の事を確認した。


 翌朝は旅館のマイクロバスで本部まで送って貰った。正面出入り口前で名の通った旅館の名前が入ったマイクロバスから降りると、皆が変な目で見ている。丁度広捜官が出勤したところだったので挨拶をすると、

「こら、こういう時は表じゃのうて裏に車を付けるもんじゃ。」

「あ、済みません。」


 拳銃を着装した後講堂で点呼を受け、注意事項を聞き、用意されたバスで教練の試験会場である警察学校グランドに向かった。そこでは受験者が互いに分隊長と分隊員になり試験官から渡されたメモ用紙に書いてある指令を実行する。僕に渡されたメモには

『分隊を編成し、各個教練を実施せよ』

と書いてあった。これは係長の指導で一番最初に練習したやつだ。


 特に戸惑う事無く、閊える事も無く、試験官から

『止め』

の合図があるまでスムーズに教練を実施でき

『別れ、集まれ』

で再度分隊を編成し

『休め』

を掛けて、試験官に

『終了』

の申告。うまくいった。


 一緒に行った受験者は

『分隊を編成し、逮捕術訓練を実施せよ』

何じゃこれ。気の毒だが僕に当たらなくてよかった。分隊を編成し各人の間隔を取らせるとこまでは良かったが、そこからが………。

『止め』

がかかるまで延々突きだけをさせて終わってしまった。他の受験者も笑う者はおらず、只々気の毒そうな顔。


 午後の面接が始まった。講堂に控えていて、数人ずつ呼ばれて面接会場の小部屋の前で待機し、終われば講堂では無い待機室で待たされる。質問事項が漏れないためかな。面接は全ての受験者が同じ人の面接を受ける訳では無いみたいだ。3人1組の面接官が何組かあって手分けしてやっている。僕の面接官は見掛けた事が有る程度で名前と顔が一致しない。でも3人とも結構愛想が良いのは何故だろう。


 3人とも知らない人だから、過去に下手を売った覚えは無いが、褒められる覚えもない。係長の頃なら、石原部長の子分というだけで嫌がられたみたいだが。3人の内の1人が、

「土居巡査は中々活躍しとるな。被疑者の確保もじゃが、刑事3年目の巡査で殺人の調べもさして貰うとる。」

「ほお、大したもんじゃ。」

「調べはもう完璧か?」

「いえ、解らない事だらけで取り調べノートを毎日係長に見せて指導を仰ぎながらです。」

「何が解らんかが分かっただけでも大したもんじゃ。」

「ちゃんと事件送致して、あっさり結構な懲役行かしとるしな。」

「連続放火も土居巡査のアイデアで待ち伏せたらしいな。」

「え。」

「去年合格した受験者が言うとったぞ。」

「あの先輩は控え目で、謙遜をする人ですから。」

「そうか、これからも頑張ってくれよ。」

その他今の署の事、生まれ故郷の事等を聞かれたが、戸惑うような質問は無かった。


 試験終了後、迎えに来てくれた旅館の車で旅館に帰り、お礼を言って署に帰った。署では署長室に直行して状況を聞かれたが、一緒に行った人、項垂れている。僕は特に下手を売った覚えは無いが、隣に座っている人がそういう状態なので嬉しそうな顔も出来ない。


 課に帰り、

「面接で聞かれたことを課長、係長に報告した。」

「それはな、落とす気は無いという事じゃ。下手に難しいことを聞いて、ボロが出たら向こうが困る。」

「そんなものなんですか?」

「広捜官から

『教練も面接も問題無かった』

言うてきとる。一次の成績も結構上の方やったみたいやから多分いけた。」


 ホッとした。でもここで気を抜いた顔をすると何か言われる。神妙にしていたら皆が笑っている。え、何?知能、暴力係長が、

「嬉しそうな顔せん様に必死で我慢すると皆思うとった。当たりじゃった。」

分かり易いのは治っていないか。

「土居、今晩はお祝いじゃ。当直もあるけん、有志だけで焼き鳥じゃけど。」

「でも発表はまだですよ。」

「落ちとったら

『御免なさい』

言うて、お前の奢りで天桜行ったらええんじゃ。」

「えぇー。」


 半月くらい後に正式な合格発表があった。秋に警衛があるのでその前にという事で、県庁所在地でお祝いをして貰った。今回はステーキ屋さんだった。去年先輩のお祝いの時のメンバーから彼女の御両親が外れ、僕を追加しただけで。舞の前ママで現石原部長の奥さんが、息子さんを連れて顔を出してくれたが、お祝いをくれて乾杯をしただけで帰って行った。


 そこからは何時もの宴会で、僕のお祝いではあるが、酒の肴も僕だ。和子さんは暴力情報係長の隣に座って仲良さそうに話をしている。いかんいかん若竹の女将に気付かれたら突っ込まれる。うん、もう気付かれてるな。情けで黙っといてやっているといった顔だ。


 オードブルとシャンパーニュが終わったタイミングで巡視員さんが立ち上がり、

「注目!」「土居巡査長、起立!」「気をつけ!」

ぼくが起立し直立不動の姿勢を取ると、リボンが掛かった小箱を渡してくれた。やっと貰えた。

「有難うございます。」

押し頂いた。係長が、

「中身確かめんでええんか。開けたら百円のボールペンかもしれんぞ。」

つい慌てて開けてしまった。

「いつもの事ながら、期待に違わん動きじゃのう。」

皆笑ってる。


 皆が拍手をしてくれた。恥ずかしかったが嬉しかった。

「被疑者を割った訳では無いが、ポリグラフのこと気付いたから下駄履かした。これからも頑張れ。」

皆も暖かく見てくれている。


 ステーキは何時もの様に褐毛和種を大き目で頼んだ。あれ、石原部長はサーロインを頼んでいる。

「今日のサーロインは特別じゃ。血統の良い黒毛和種を3歳過ぎまで一頭一頭丁寧に肥育したやつでな。」

【先に言って欲しかった】


 巡視員さんが少し分けてくれた。お返しに僕も褐毛和種を。係長が、

「お前ら仲ええのぉ。」

巡視員さん不服そうだ。気付かない振り。


 会席の宴会も良いけれど、此処のステーキとワインは別格。僕の懐では絶対無理。いつか此処で自分の懐で女性と一緒に。女将さんが

「何か妄想して無い?」

「いえ、………。」


 食事の後はいつも通りに舞へ。舞でも皆がお祝いを言ってくれた。お祝いも貰った。ママが代表して、

「万年筆は貰えるらしいから、私たちは一寸上等のボールペン。これからも、仕事頑張って、舞も宜しく。」



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