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営利誘拐

女子大生が行方不明になった。強行一係長の知り合いが捜索願を出しに来た。防犯課が受けたのだが、性格に問題がある婦人警察員が事務的に受け付けただけなのが届出者には不安だったみたいだ。以前僕が漫然と受けた届け出が殺人被害者の捜索願いだった事がある。課長と強行一係長は何か勘に触るものがあるらしい。

 捜索願が出た。僕のアパートから1.5キロメートル位南東方向に在る女子大の学生さんで、行方不明になっている学生さんはその女子大の寮に住んでいるらしい。午後10時が門限らしいのだが昨夜その時刻になっても帰ってこなかった。たまには門限に遅れる学生がいるし、そのまま友人宅に泊まったりする学生さんもいるらしいが、外泊の連絡は無く今朝登校もしていないらしい。


 朝になっても何の連絡も無いので学校に行ってみたが受けるはずの講義にも来なかった。働いている母親に連絡を入れたが心当たりはないとの事なので、母親と相談し現在の居住地の警察に届けをと、寮母さんが防犯課を訪れたらしい。


 捜索願を受け付けた防犯課の婦人警察員は事務的に捜索願を受けて

『はい、受付だけはしましたからね』

と言わんばかりの対応だったので不安になった寮母さんが強行一係長の奥さんと知り合いで、係長とも顔見知りだったので受付後刑事一課に相談に来たらしい。


 強行一係長が応対したところ

『所在が分からない学生さんは日頃真面目な人でこれまで門限に遅れたことは一度も無いし、無断外泊など考えられない』

『今年入った新入生で、ご両親は二人とも公務員のしっかりした家庭の育ち』

『平素問題行動をした事は一度も無い』

『お付き合いをしている人がいるような素振りは無し』

『昨日は英会話スクールに行き、午後9時に授業が終わりそこを出たのは間違いないがその後が不明』

『今言った事を防犯課でも伝えたのだが、

【はい、はい、分かりましたよ】

といった感じで真剣に聞いて貰った気がしなかった』

ので思い余って強行一係長を訪ねたらしい。


 強行一係長は民家火災の実況見分調書を作成していた僕に、

「おい、土居、防犯行ってこの人の捜索願の写しを貰うてきてくれ。」

と言って行方不明者の名前を書いたメモ用紙を僕に渡した。


 直ぐに防犯課に行って受け付けた婦人警察員に要件を言うと、

「刑事一課が何の用ですか。家出の捜索願いは防犯の仕事です。口を挟まれる謂れはありません。」

この婦人警察員が変な人でヤバいおばさんだというのを知ってはいたが、聞きしに勝る。

「いや、状況を知りたいから受理票の写しが欲しいだけです。」

「ここに書いてある内容くらい直接聞いたらええでしょうが。」

取り付く島が無い。


 課に帰り、

「拒否されました。けんもほろろに。」

と一係長に言うと、

「あの糞ババー。」

吐き捨てる様に言って、課を出て行った。課長笑いながら電話に手を伸ばした。掛けた相手は防犯課長らしく、

「一課長です。今一係長がそっちに行きました。頭に血が上っとります。家出の受理票コピーして欲しいだけやから、課長がママポリスに渡す様に指示してください。」

と言ったら、電話の向こうで防犯課長が苦笑しているのが分かった。


 一係長写しを持って帰って来た。まだ怒ってる。

「おい、頭に血が上ったまじゃと正常な判断ができん。」

「そうですね。そんでもあの糞ババー。」

課長と並んで家出の受理票を見始めた。見終わるとそれを僕に回し、

「見てみい。」

目を通し終わった僕に、

「どう思うぞ?」

『どう思う』

と言われても…。

「これとさっきの寮母さんの話を足して感じたことを言え。」

「………ちょっと嫌な感じがします。感じだけですけど。」

前に捜索願受理で失敗してるから慎重に。

「お前寮母さんと一緒に寮に行ってもう少し細かく当たってこい。お前の相方の二係も一緒に。……一寸待て。」

課長電話の受話器を取って警察本部強行特捜の番号を押した。コーヒー好きの先輩に捜索願のことを説明し、

「勘だけやけどちょっと嫌なんです。他の人に言うたら相手して貰えんけど先輩ならと思うて。土居も嫌な感じがする言うんで、今から土居ともう一人行かすんで先輩も行ってみてくれんですか。後輩の指導も兼ねて。今度の兄貴の飲み会誘いますけん。」

了承して貰えたみたいだ。あの人飲み会に興味は無いけど石原部長のと付けば話は別だ。それが効いたかな。


 寮母さんには先に帰って貰い、僕は先輩と一緒に課長から簡単な注意を受けた。

「常に最悪の事を考えて動け。今回最悪の事いうのは、分かっとろうけど学生さんが連れ去られとる可能性じゃ。それやったら寮を伺うとる奴が居るかもしれん、お前らはできるだけ目立たん様に動け。その位は言わんでも分かっとるじゃろうけど。」

分かっていませんでした。気を付けます。

「どこぞのバカみたいに

『仕事してますよ』

をどこでもアピールするのは愚の骨頂じゃ。」

奴と同じは絶対嫌です!


 大学の近くに派出所があるのでそこにバイクを置かせて貰った。先輩はブルゾン姿で僕は三係の常装である作業服。別々に寮に入った。新聞の勧誘とガス屋の小僧くらいには見えるかな。


 講義がある時間なので在寮している学生さんはあまりいない。たまたま所在不明の学生さんと同学年で、普段仲良くしている人がいたので話を聞く事ができたが、昨日英会話スクールに行く所を見かけたが特に変わった様子は無かったとの事だった。そうしている内に強行特捜の先輩が来た。先輩本部に行ってからは、普段ネクタイを締めてジャケットを着用していることが多いのだが、今日は酒屋の配達みたいな恰好をしている。流石だ。

「先輩それ変装ですか?」

「お前はええのう。何年たっても刑事に見えんで。」

「それ褒めてます?」

「お前に褒めるとこなんか有ったんか?」

相変わらずだ。


 先輩も一緒に寮での聞き込みをしたが、特異な話は出て来ない。

「お前、もう嫌になっとろう?それがお前のいかんとこじゃ。」

「え、そんなことは。」

「石やんが捜査中に気を抜いた事や、今のお前みたいな顔しとるの見たことあるか?」

「いや、今僕は別にそういう訳では無いんですけど………。」

「お前顔に出やすいんやから。」


 二係の先輩は英会話スクールの方に聞き込みに行った。お昼休みで学生さん達寮に帰って来る人も居たので話を聞くが何も出ない。逆に、

「え、行方不明なんですか?」

と聞かれ、ごまかすのに困った。若い女性ばかりがいる所で不穏な噂が広まったらアウトだ。


 突然僕のポケットベルが鳴った。寮にはピンク電話が有ったので送致席に連絡を入れると急いで強行一係長に回された。

「行方不明者の母親に脅迫電話が有った。身代金を要求しとる。実家に特殊犯係が臨場することになった。連れ去り場所はうちの管内に間違いないと思う。その寮にも人を入れる。幸いお前が居るからそこを動くな。必要な資材と人は寮の食材搬入にでも見せかけて届ける。学校の方は学長さんに課長が直接電話をしとる。寮母さんにも今から儂が電話するからお前も傍に付いとけ。」


 当たって欲しく無かった嫌な感じ。でもそうは言っていられない。本部の先輩に電話の内容を伝えながら寮母さんの所に急いだ。丁度電話がかかった所だった。寮母さん落ち着いてくださいね。


 電話を聞きながら寮母さんどんどん顔色が悪くなっている。やっとのことで一係長からの電話を聞き終えた寮母さんは今にも倒れそうだ。

「寮母さん、確りしてな。儂ら此処から離れんから。学生さんの安全を一番に考えて動くけん。」

寮母さん力なく頷くけど返事ができない。先輩は傍に在ったソファーに寮母さんを座らせ、僕にその横に座るように言った。

「お前は寮母さんから離れるな。寮母さんが安心できる様に、落ち着けるようにせい。」

僕が頷くと、

「寮母さん、警察はもう全力挙げて動き始めとるけんな。絶対に学生さん無事に連れて帰る。心配じゃろうけど笑うて学生さんの帰りを迎えられる様に確りとな。」

本部の先輩こんなに頼りになる人だとは思わなかった。僕はまだまだだ。


 署から応援が来た。女性被害の事案だし女子寮での待機だから、女性職員をということでママポリス1名と交通巡視員が1名目立たない私服で別々にやって来た。此処にも犯人が架電する可能性が有るので逆探知等の機材や無線機を設置するために、食品配達に見せかけたバンで機材と捜査員も。本署にママポリスは2名いるのだが、ヤバいおばさんじゃない方だけが来ている。もう一人は交通巡視員?


 捜査員は本部と中央署員の混成だったので、中央署の先輩に、

「何で巡視員さんが来てるんですか?」

と聞いてみると、

「ババポリスが

『自分が行く』

て言い張ったんじゃが強行一係長が拒否した。ババは

『私しか行く者は居らんじゃろう。』

言うたんやけど、強行一係長が、

『これは一課の扱い事項じゃ、おのれに口を出される謂れは無い!』

言うて、文句を言いかけたババポリスに口を利く暇を与えずに

『おざなりな受付しかせん役に立たんもん連れて行っても足手纏いじゃ!』

言うて撥ねつけたらしい。課長も署長に、

『あの人は自分が目立ちたいとこがあるし、真剣な対応ができんし、勝手に動きます。現場で何の役にも立ちません。それどころか邪魔になります。歳喰うとる分聞き分けが無うなっとるし。夏に留置場に行かした奴とする事成す事が似通っています。駄目です。』

と言うたもんじゃから、署長も副署長も防犯課長も納得した。あの巡視員を来さしたのは課長の指名じゃ。」


 最初の電話はお母さんの勤め先にあったらしい。でもお母さんはその前に掛ってきた寮母さんからの電話で

『娘が無断外泊をしている』

と聞き急いで休暇願を出して帰宅し、寮に行く用意をしていたら自宅に掛ってきたらしい。


その時の電話は男性の声で

『娘さんを預かっている』

とお母さんに告げた後

『娘さんは無事だ、危害は加えていない』

と言って

『また連絡する』

と言い

『警察には言うな』

とも言ったらしい。


 お母さんは出勤していたお父さんにすぐ連絡を取って電話の内容を話し、お父さんは

『親戚に大事があったんで』

ということで早退したらしい。不安な気持ちのまま夫婦で協議しているところに再度犯人から電話があり

『金銭の要求』

があって

『金額は1千万円』

『受け渡し方法は後刻電話する』

という内容だったらしい。


 夫婦で暫く考えたが、やはりこれは警察に届け出るより他は無いと思い、電話だと途中で犯人からの電話があるといけないし、話が話だからお父さんが警察に直接届け出ることにした。犯人から電話があり

『父親を出せ』

と言われたら

『銀行にお金を出しに行っている』

と答えることにして。


 お父さんは市役所の道路関係の仕事をしているので、交通課に知り合いがいてまずそこを訪ねたらしい。今の状況を伝えると直ぐに刑事課に取り次いでくれて本部に話を上げ中央署の刑事一課に連絡があったらしい。


 強行一係長がその連絡を受け、

「その件なら捜索願いが出た時点で何か嫌な感じがしたので、既に一課の刑事2名を学校の寮に行かせて事情聴取をしています。何やら分からん事ではあるが、強行特捜にも勝手ながら連絡を入れ1名手伝って貰っています。」

と伝えたら、

『流石中央署刑事一課だ』

と本部が驚いていたそうだ。一係長はついでにババポリスの対応の不備もさりげなく本部に言ったらしい。


 急遽秘密裏に捜査本部が立ち上げられた。誘拐事件発生時は報道機関と報道に関する協定を結ぶことになっているらしいのだが、本部の広域捜査管理官に連絡を入れ事案発生と捜査状況は今暫く秘匿することにしたらしい。

『後で問題になっても儂が責任を取る』

『信用しがたい報道機関から情報が抜けて人質に危害を加えられたら一生悔いが残る』

と上層部を説得したらしい。


 警察本部捜査第一課特殊犯係が被害者宅と学校の寮に電話の逆探知をセットした。無線機のセットも秘密裏に行った。自宅は秘匿しやすいが学校の寮は出入りがあるので学長室を閉鎖して寮の電話をそこに回し機材をセットした。


 逆探知の準備をした後直ぐに自宅の方に犯人からの電話があったらしい。県庁所在地と城下町の電信電話公社の電話交換機の裏に逆探知の手順を知る職員と捜査員が入り、電話が入れば交換機裏の通路を移動し順次落ちていく交換機のリレーを目視で確認しながらどこの電話からかかっているかを捜す手順らしい。学長室の無線機と電話を設営しに来てくれた管区警察局通信課員によれば、現在の交換機はアナログ方式なのでこういう手間が要る。近い将来デジタル式の交換機に置き換わったら、掛ってきたとたんに何処からか分かるらしいのだが、今はまだ無理らしい。


 多分電話は城下町では無く県庁所在地からだと当りを付けて逆探知を始めたのだが、最初の電話は県庁所在地の南部からという事しか判らなかったらしい。中央署員、警察本部捜査一課員、機動捜査隊員には車両毎にその範囲内で細かく配置箇所が指示された。現在のアナログ警察無線は報道機関が傍受しているのが分かっているので、逃走中の多額窃盗犯の捜索という設定で通信を統制している。従って本当は中央警察署作戦室から出ている無線は中央警察署刑事三課、略して中央三課から

『逃走窃盗犯捜査中の移動局』

というコールで通話をしている。無線も近くデジタル化され傍受できない様になるらしいが今はダダ洩れらしい。


 夕方また電話があり県庁所在地の南に隣接する町からだということは判ったがそこまで。その時は

『金は用意できたか』

との問いかけだったので

『もうすぐできる』

との回答をし、出来るだけ通話を長引かそうとしたがすぐ切られたらしい。


 その夜午後9時頃にまた電話があり、夕方電話があった場所から東に位置する別の町内からだというのが分かった。犯人は車で移動しながら電話をしているらしい。その時は

『お金の用意ができた』

『娘の声を聞かせてくれ』

『警察には届け出ていないから娘に危害を加えないで欲しい』

『お金はどこにでも持って行く』

等の話で少し長引かせたのだが、範囲が少し狭まっただけだった。


 翌朝まで電話は無かった。寮母さんとても憔悴している。夜が更けた頃巡視員さんが付き添って自室に連れて行って横にならせてくれた。寮のピンク電話で本署に架電し現在の状況を伝えたら、

『このまま用務を続行』

の指示が出た。一緒に来た先輩2名は被疑者捜索の任務を与えられ、本部の先輩が乗って来た捜査用車で二人が組んで出て行った。僕は開き直って寮の応接室で無線を聞きながら雑誌を見ている。テレビもあるが流石にそれは。


 居眠りをしたり起きたりしている内に朝が来た。その間誰も僕が待機している寮の応接室には入ってこなかった。寮母さんの部屋は2階にあり巡視員さんもそこで一緒に一夜を過ごしたみたいだ。ずっと聞いている無線も静かで定時の連絡が入るだけだ。被疑者からのコンタクトは途切れているらしい。中央署員は勿論近隣の署員、本部員、夫々の捜査用車が市の南部から隣接する2町の管内で人が乗って駐車中の車両を職質しトランクまで確認するのだが当たりは出ない。アベックへの迷惑行為をしただけだ。


 午前8時頃被疑者からの電話があった。

『金を持って県庁所在地の隣町まで来るように』

という内容で、昨夜最後の電話があった辺りの公園が指定された。

『金は紙袋に入れ持参せよ』

『持参すれば公園中央部のベンチに金を置いて立ち去れ』

とのことで、指定された時刻は午前10時だった。


 被疑者確保後知ったのだが、その頃中央署の南に隣接する警察署に家出人捜索願が出た。45歳公務員の男性で一昨日夕方5時過ぎに仕事場を出た後帰宅しておらず、職場には有給休暇の手続きをしているらしい。隣接署の防犯課は手順通りに届け出を受理し本部の少年課に手順通り家出人登録を依頼し本部も手順通り受け付けて照会センターで家出人ファイルに登録して貰ったらしい。家出の心当たりは特に無いとの届出人の話らしく、事故遭遇可能性を考慮。


 犯人が指定した時刻が近づいた。被害者の実家に電話があった。

『金は指示通り母親が一人で指定場所に持って行ったか?』

『警察が見えたり、偽の札束を掴まそうとしたら娘は殺す』

といった内容らしかった。


 逆探知では指定された公園東側の半径5百メートル位の範囲に在る公衆電話だというのが分かった。公園を見張る者、秘匿検索をする者に

『逃亡窃盗犯が潜伏している可能性が有る範囲』

として判明事項の連絡があり指示があった。無線は、普通業務に使う県内1系は傍受されている可能性が高いので、日頃照会業務等で使う県内3系を使い1系は受令機で傍受をしている。


 僕は相変わらず寮の応接室で一人ぽつんと座って無線を聞いている。寮母さんは心労で起き上がれないらしい。巡視員さんはずっと寮母さんに付きっ切りだ。僕も検索班に入りたかった。でも朝6時から1時間おきに作戦室に電話を入れている。特に変わったことは無いのだが、

『僕もちゃんといますよ』

と以前の主任程では無いが、控え目にアピールをしとかなくては。作戦本部としても寮のこと、寮母さんのことを自分達から様子伺いをする必要が無く、することをしていると思ってくれているみたいだ。


 指定された時刻には指定場所にお金を置く事ができなかったみたいだ。お金は用意できたのだが、お札1枚毎に目には見えないが紫外線を当てると浮かび上がる塗料を付けるのに手間取ったらしい。でもこれが功を奏した。


 指定した時刻になっても指定場所に誰も現れないのを何処かから見ていた犯人が被害者宅に電話を入れた。電話に出た父親が、

「今そちらに向かっている。銀行からお金を受け取るのに手間取った。もうすぐ母親が一人で、言われた通りお金を置く。娘は無事か?声だけでも聞かせてくれ。警察には言って無い。娘と話をさせてくれ。」

と必死に話し掛けて時間が稼げたみたいだ。


 公園の中央部が見える場所近辺の公衆電話は1箇所しかない。県内の公衆電話の位置は何かの時のための捜査資料として全て把握して一覧表にしてあるし地図上でも確認できる。全車急行した。僕は蚊帳の外から無線を聞いている。その公園はついこの間検挙した連続放火犯が、一寸変わった覗きをした場所なので僕にも位置関係、施設の配置が分かっている。逆探知も成功した。架電しているのは全車急行中の公園が見える電話ボックスだ。


 一着で現場決勝線に到達したのは先輩二人のコンビだった。設定された受け渡し場所付近の配置箇所を貰っていたらしい。

「検索3班から中央三課。現着!」

先輩の声だ。

【おっ、やった】

暫くして、

「3班から中央三課。被疑者確保。どうぞ。」

電話を終え電話ボックスを出ようとしていた被疑者を抑えたみたいだ。

「了解。被害者は?どうぞ。」

「近くに被疑者使用と思われる車両在ります。これより検索。どうぞ。」

「了解。」

「検索5班から中央三課。」

「中央三課です。どうぞ。」

「現着。」

「了解。3班と協力し被害者の保護に当たれ。」

続々と捜査員、捜査用車が到着した。

「検索1班から中央三課。」

「中央三課です。どうぞ。」

「被害者を被疑者使用の普通乗用車のトランクから救出。衰弱しております。救急車の手配願う。どうぞ。」

「了解。被害者の意識等送れ。どうぞ。」

「衰弱しておりますが、中央署刑事一課員の声掛けに受け答えできております。身体の損傷等は無い模様。どうぞ。」

「了解。貴局より参集した捜査員に

『共犯者の有無の確認及び周辺の不審人物捜索』

を徹底するよう伝えよ。どうぞ。」

「了解。どうぞ。」

「以上中央三課。」


 差し当たって欲しい情報が得られた。すぐに寮母さんの部屋の前に行きドアをノックした。応答があったので、

「学生さん無事です。犯人捕まりました。」

と言うと、巡視員さんがドアを開け僕を招き入れてくれた。

「学生さん無事ですよ。怪我は無いみたいです。念のため病院行きましたが、問い掛けにはっきりと受け答えできているみたいです。犯人も捕まりました。もう安心ですよ。」

と座って話しかけると、寮母さん涙を流して喜んでくれた。


 暫く寮に待機していたが撤収の指示が出たので帰署することにした。通信の支援をしていた人達も帰りは堂々と警察本部の赤色灯が付いた車両に機材を積み込んでいる。巡視員さんもバイクで来て派出所に停めていたので一緒にそこまで歩いて行った。


 巡視員さんは僕よりも年上で、すごくしっかりしている人らしい。署に6人いる巡視員さん達のリーダーで、取締係の若い巡査達も頭が上がらないらしい。本当は警察官になりたかったらしいのだが、この県は女性警察官を採用しておらず、防犯課の婦人警察員は大卒か一定の社会経験を経なければ採用されないので高卒で交通巡視員になったらしい。県外の警察官採用試験にも合格したが、親が県外での就職を許さなかったと聞いた事が有る。


 歩きながら少し話をした。

「学生さんが無事と分かって安心した後、寮母さん土居君の事褒めてたよ。」

「え、そうですか。」

「うん。すごく優しくて安心感が有る人だって。」

つい頬が緩んでしまった。

「一人ならお嫁さんを世話したいそうよ。結構長く寮母さんしてるから色々なお嬢さんのお見合い写真を沢山預かってるらしい。」

「そうなんですか。」

「寮母さん土居君の事気に入ってるよ。」

多分僕ニヤケてるだろうな。

「私も土居君好青年だと思った。こんないい人をあっさり振る女性がいるやなんて信じられん。」

巡視員さん僕にニッコリ笑って会釈して、バイクに乗って走り去った。言葉を発する機会は無かった。前にも女性に何か言おうとして、何も言えずにバイクで走り去られた事が有ったなぁ。


 署に着くと大騒ぎだった。報道が大勢詰めかけている。誘拐犯人検挙の取材をする記者と

『誘拐事件が発生しているのに秘密裏に捜査を進めるのは報道と警察の信頼関係を損なう』

と騒ぎ立てる報道機関の幹部がごった返している。

『事案が誘拐かどうか判然としなかったのでもう少し確認してから発表と協定を考慮する積りだった』

ということで押し通しているらしい。副署長は協定を遅らせると言い出した一課長に対応させようとしたのだが、

「捜査の責任者が手を離せんの解るでしょう。報道対応は副署長の仕事やから責任を持ってやってください。」

と冷たく言われおろおろになりながら報道と対峙しているらしい。半泣きだ。


 記者達の中には以前やっていたように被疑者を

『庁舎内引き回しの刑』

に処して雁首を取らせろと言う者もいるらしいが、それを

『被疑者の人権侵害』

ではないかと言って警察を追及したのもお前等だろう。


 逮捕された被疑者は今取調室にいるらしい。姿を見た送致係は、

「普通のおっちゃんやったでー。」

強行一係長の姿が見えないので、多分調べは一係長がするんだろう。厳しく締め上げられるだろうな。


 僕が帰った時課長は電話をしていたのだが、それが終わったので帰署の挨拶をした。

「今学長さんから電話があってな

『迅速な対応をしてくれた上、混乱しとる寮母さんを落ち着かせてくれて本当に有り難かった』

言うてくれたぞ。」

「あれは全部巡視員さんですよ。」

「直接的にはそうじゃけど、ああいう場合男性、それも刑事がすぐ傍におるいうのが安心するんじゃ。」

「それなら嬉しいんですけど。」

「派手な出番は無かったからな。その上最初一緒に行った二人が大手柄やったしな。そんでも派手な主役も地味な脇役が支えてこそ結果が出せる。儂はそこは見逃さん。」


 被疑者は身柄確保時に名乗った名前と生年月日で照会センターに総合照会をしたら、前科・前歴は無かったが、有効な免許と捜索願が確認されて速やかに人定と家族の連絡先が判明したみたいだ。弁解録取書を取り、簡単に本件の事情聴取をし一旦留置場に入れたらしい。留置の手続きが済めばまた出して勾留のための調べをするのだろう。今日午前中の逮捕だから明日午後の勾留質問か。また報道が集まるんだろうな。


 一係長が席に戻って来た。

「土居、地味な仕事やらしてすまんかったな。そんでも誰かはやらないかん仕事やからの。」

「はい。無事解決して良かったです。でも何であんなことしたんでしょうね?見た目普通のおっちゃんらしいのに。」

「競輪じゃ。」

「ええ。」

「被疑者競輪にはまってサラ金に借銭拵えてしもうた。自分が勤めとる部所にまで取り立てが来だして思い余って凶悪犯罪に手を染めてしもうた。殺す気は無かったと言うとるが、切羽詰まったらどう転んだか分からん。そんな言い訳は通ささん。」

多分係長なら

『切羽詰まったら殺して証拠隠滅を図る積りだった』

って言わすだろうな。

「諸悪の根源競輪場やな。」

【ええ、係長が言いますか?】

「こら、お前、今どの口が言うか思うたじゃろう。」

「いえ、滅相も無い。」

「お前直ぐに顔に出るいうん忘れたんか。」

三十六計逃げるに如かず。後ろで笑い声が聞こえた。


 借金取りに怯えて衝動的にやった犯罪だから筋道はそう複雑ではない。一係長なら正しい筋道をすぐに見つけて立件するだろう。二係の先輩が取り調べの立会をさせて貰うらしい。僕は裏付捜査。他の人達からは先輩と僕が課長から優遇されている様に見えるらしいが、このところのシャブ屋の殺人・死体遺棄、一寸変わった奴の連続放火、今回の営利誘拐、全て僕か先輩が検挙に絡んでいるから誰も何も言わない。


 被疑者が再勾留になった数日後、若竹の女将さんが僕と先輩を食事に誘ってくれた。若竹が休みの日に、行先はシークレットということで。女将さんが署の前まで迎えに来てくれた。強行特捜の先輩も一緒だ。渋いスーツを着ている。昇任祝いに仕立てて貰ったスーツかな。僕と二係の先輩が女将さんと本部の先輩に挨拶をしていると、課長と一係長と先日お世話になった巡視員さんが署から出てきた。もう調べは終わったも同然なので、女将さんが検挙のお祝いをという事らしい。7人で歩いて目的地に向かった。あれ、この方角だと一度石原部長に連れて行って貰ったことがあるステーキ屋さんかな。課長と一係長はこれまでこの方向の店には行った事が無いみたいだ。


 やっぱりステーキ屋さんだった。

「土居さんは嫌かもしれないけど。」

え、あの時女将さんいなかったでしょう。女将さん

『私は何でも知ってますよ』

って顔をしている。

「土居、お前此処でなんかあったんか?」

「いやぁ、別に無いです。」

「嘘じゃいうてはっきり顔に書いてある。」

「後で教えてあげるからまずは店内に。」


 7人分の席が用意されていた。皆が席に着いて、僕と女将さん以外が初めてのお店を見回していると、出迎えてくれたお店の人が、

「予めご連絡頂きました通り、乾杯には

『ペリエ・ジュベ ベル・エポック』

をご用意いたしました。」

綺麗な模様の瓶で、お祝いの乾杯に相応しいかな。


 女将さんがホストテイスティング、いや女性だからホステステイスティングなのかなをして、上品に頷き、お店の人がシャンパーニュを夫々のグラスに注いだ。

「じゃあ事件検挙と、皆の頑張りと、皆の健康に乾杯。」

女将さんの発声で今夜の宴が始まった。


 オードブルはビーフレバーペーストを、薄めに切ってニンニクの切り口を軽く擦り付けてから焼いたバケットに塗って。美味しい。シャンパーニュのお代わりが欲しい。

「ちゃんと用意してるからね。」

「え、………。」

「こんな判かり易い奴も珍しいな。」

巡視員さん笑ってる。先輩達は呆れてる。


 同じシャンパーニュがもう1本出た。このシャンパーニュの名前は

『良き時代』

という意味らしい。女将さんが、

「私たち皆の、良き時代に乾杯をと思って。」

と言うと課長が、

「あっ、と言う間に40半ばや。警察官なってからでも20年越えた。」

「課長と私が知り合うたのは高校生の頃やったね。もう直ぐ30年。」

「儂は兄貴と知り合えたお陰で、楽しく充実して生きさせて貰うとるなぁ。」

「本当やね。私もよ。若い頃もええ時代やったし。今もええ時代よ。」


 3本目のシャンパーニュが出た。ルイナールというちょっと変わった形の瓶のものだ。

「これ尚美が好きなシャンパーニュよ。洋美さんはもう少し尖ったブラン・ド・ブランが好きみたいやけど、尚美の好みは大体何でも受け入れるから。」

最初のシャンパーニュも美味しかったけどこれも美味しい。どちらもレバーペーストの味を引き立てる。お店の人が、

「本日のレバーは、肉を取った後の残りでは無く最初からレバーを取る目的で、屠殺直後に肝臓に繋がる大動脈を処理して取り出したものでございます。石原さんに頼んでそういう我儘を食肉業者さんに聞いて貰いました。飼料等に気を付け一頭一頭肥育した健康な和牛から、取り出して直ぐのレバーをその場から十分に血抜きした後加工して、程好く熟成させましたのが本日のオードブルでございます。」


 2品目は何かの肉を薄く短冊状に切ったものを塩胡椒した後、軽く小麦粉を振って揚げたものが出た。最初は3本目のシャンパーニュで頂いたが、直ぐに白ワインが出てきた。石原部長のお勧めだと言って少し色の濃い白が。巡視員さんが、

「肉には赤という訳じゃ無いんですね。」

「はい。これは今日落としたばかりの新鮮な牛の心臓です。ニンニクを使わず塩胡椒とレモンで召し上がって頂いております。ボディのしっかりしたシャンパーニュと一緒も宜しいですが、石原さんお勧めのこの白も良いマリアージュでございます。比べて頂けましたら。」

本部の先輩以外白ワイン用のグラスを口に運んだ。

「この白ワインは搾汁した後発酵させる段階で数日間果皮も一緒に付け込むらしいです。その後オーク樽で熟成することでボリュームのあるワインになります。葡萄はシャルドネですがフルボディの白はあっさり目の肉類にもよく合います。一般的に肉に赤、魚に白という組み合わせが多いですが、石原さんは本鮪赤身の角切を塩味だけで串に刺し炭火で炙ったものを、ピノノワールの赤で召し上がったりもされていますよ。」


 皆美味しさで黙ってしまった。暫くして巡視員さんが、

「皆さんこのお店よくいらっしゃるんですか?」

「いや、儂ら初めて。兄貴どうして今まで連れて来てくれんかったんじゃろう。」

「丼で日本酒飲んで訳の分からん踊りを踊る人達はここにはね。」

「それは定元先輩だけ。儂ら一緒にせんとって。」

巡視員さんが、

「課長踊るんですか?」

「踊らんわ!定兄さんだけじゃ!」

女将さんが、

「私は時々連れて来て貰ってる。土居さんも1回来たことあるんじゃろう?」

意味ありげに笑ってる。うぅ、性格悪ぅ。

「はい、一度だけ。その時出会った人にはもう振られました。」

あっさり言ったら女将さん以外皆黙った。振られたことは知ってても出会いがここだとは知らんかったじゃろう!………威張ってる場合ではないか。


 皆黙って揚げ物とサラダやパンを食べて白を飲んでいる。本部の先輩は外国産の微発泡ミネラルウオーターを。次には同じシャルドネでも少し口当たりが軽く鋭く感じられる白が出た。

「これは私の好みよ。」

「良いですね。でも高いんでしょう?」

「今日は値段は抜きで。全部洋美さんに回すから。」

「ええ、恵美姉さんの奢りじゃ無いの。」

「ちゃんと許可は貰ってるから大丈夫よ。

『ようやった』

言うとってくれと言ってた。」


 肉を選ばせて貰ったので、僕は褐毛和種を頼んだ。皆怪訝な顔をしている。巡視員さんが、

「それ美味しいんですか?」

「前に一度だけ連れて来て貰った時石原部長が食べていて、少し分けて貰ったら美味しかったんで。」

「じゃあ私も。」

課長が、

「理想のタイプに合わせたか。」

巡視員さん恥ずかしそうにしている。女将さんが

「洋美さんが理想のタイプ言う人は沢山居るよ。私やって結婚するなら洋美さんがええ。じゃから私は結婚せん。」

「儂とこも係長とこも嫁さんら兄貴の言うことなら全面的に断固支持やもんなぁ。」

「専務さんとこの奥さんもらしいですよ。」


 結局課長、係長、先輩はサーロイン、女将さんと本部の先輩はヒレを選んだ。赤ワインは、女将さんの説明ではブルゴーニュのボーヌ・ロマネ村とやらの1級畑だが特級畑以上に評価が高い畑ものらしい。美味しかった。先日松坂牛のすき焼きに合わせて貰ったのも美味しかったが、合わせる料理が違うせいもあるのか赤でも印象が違う。これはあの時以上に美味しい。肉は、僕はレアで巡視員さんはミディアムで頼んだのだが、レアでも中までほんのり温かい。その温かさで解《ほど》けた肉の旨味と赤ワインが…。女将さんが僕に、

「この赤身が思い出の味?」

赤ワインは追加で同じものをもう1本。


 デザートの後ブランデーやカルバドスを貰って話が弾んだ。女将さんと課長の青春時代。石原部長が高3、女将さんが高2、課長が高1で同時期に同じ街で高校時代を過ごしたらしい。石原部長は違う高校だったが、石原部長の最初の奥さん、女将さん、課長は同じ高校で、1学年ずつ違う先輩後輩だったらしい。課長も高校生時代の部長を知っていた。巡視員さんも年代は違うが女将さん、課長と同じ高校の同窓みたいだ。


 当時の石原部長は目立っていたらしい。大多数は大人しく受験勉強ばかりしてる男子校の生徒だったのだが、イギリス製の大型バイクを乗り回し、当時市内を肩で風切って歩いていた不良達に絡まれても一歩も引かず蹴散らしていたらしい。そのことは当時高1だった課長も覚えていた。1学年上の女将さんと2学年上の最初の奥さんのことも。二人ともすごく目立つ美貌だったそうだ。女将さんは今もだけど。


 女将さんは部長とは幼馴染だったらしい。若竹と部長の家は戦前部長のお爺さんの頃からの馴染みで、今若竹がこの街一番の立派な造りのお店なのは部長のお父さんが多大な援助をして建て替えたからだそうだ。


 部長の最初の奥さんも部長とは幼馴染だったそうだ。実家が海運業で海運業も営んでいた石原家とは明治の頃からの付き合いがあったらしい。二人は同じ大学に進み自然に一緒になったのだが、この街から転勤した後うまくいかなくなったらしい。実家の御両親は娘の我儘を謝罪し、子供の頃から可愛がっていた部長を実の子供の様に今も扱っているらしく、部長も東京に居る別れた奥さんにキャリアが生かせる仕事を紹介し、住居等の世話もしているらしい。女将さんに依れば、

「頭脳も、美貌も、歳も、全部向こうが上で私は戦う前に敗退。」

「へー、女将さんよりも綺麗な人?実存するんですか?」

「あら土居さん良いこと言うね。」

「恵美姉さん相手じゃのうて、本命に言えよ。」

やっぱりそこになるか。


 いつも通り次は舞になった。呼んで貰ったタクシーに分乗して店に着いた。歩くとあの日のことを思い出すのでこの方が有難い。店に入ると何故か定元部長が機動鑑識の後輩と飲んでいる。僕達が着くまでは大人しかったそうなのだが、一緒になったとたん元気いっぱい。いつもの定元部長になった。巡視員さん最初驚いていたが結構順応力が強い。定元部長と一緒になって踊ってる。


 翌日出勤したら午前中結構暇だったので、この事件のここまでの書類を読ませて貰った。呆れてしまう程、行き当たりばったりの犯行だ。


 被疑者はこの街の南に在る市の職員で、ゴミ焼却場の管理をしていたらしい。40歳を過ぎてから競輪を覚えた様子で、最初は時々競輪場に行って百円単位で車券を買っていたらしい。

【僕と同程度だな。】


 でも段々と嵌まっていき、競輪場に行く回数も購入金額も増えていったらしい。月に6日しか開催が無いこの街の競輪場だけでは物足り無くなり、毎週近隣の県の競輪場に行く様にまでなったらしい。当然のことながら金がかかる。競輪を覚えて2年余りたった頃、買い間違えた車券が的中しそれが大穴だったらしい。次のレースの本命を、勘違いして一つ前のレースの大本命だと思い込み買った2千円が60万円を超えて、それが転落の始まりだったみたいだ。

【犯罪者になった奴等にはよくある話だな。】


 気が付くとサラ金に3百万円を超える借金ができていたらしい。そこからは何処かで借りて何処かに返す自転車操業。

【自転車でできた借金だからなあ。】

気が付くと総借入はあっという間に5百万円を超えていた。毎日の様に利子は増え続ける。


 あまり真面目な公務員では無かったが、捕まる捕まらないに拘わらず犯罪を犯したことは無かった。交通違反で捕まったことも無い。でも金を工面しなければ。民家に泥棒に入って間に合う金額では無い。金融機関への強盗も考えたが決心できなかった。


 誘拐を思い付いた。これなら弱そうな女子供を人目に着かないところで素早く車に押し込み電話で金銭を要求できる。

【おいおい最後の金銭の受け渡しは至難の業だよ】

【それを考えないのは素人だからか】

【余程脳が沸いていたのか】


 自分の家から市内に出る道筋に女子大が在って寮が併設されているのを知っていた。県外や地方からわざわざ女子大に入れる位の家庭なら金を用意するくらいの事ができるだろうと考えた。仕事を終えてからその女子大の近辺に行き様子を窺っていると、午後6時半頃に学生らしき女性が一人出て来て暗くなった道を歩いて行ったので後を付けると、20分くらい歩いて英会話教室に入っていった。これにしようと決めた。終われば同じ道を帰るはずだと思い、道筋の目立たない場所に車を停めた。


 暫く待っていると午後9時過ぎに、寮を出て行った女性と同じ背格好、同じ服装の女性が同じ道を帰って来た。後部座席のドアを開けたままでいきなり女性の前に飛び出して無理やり車に押し込んだ。用意していたガムテープで手足を縛り、口を塞いで用意していた毛布を掛けた。


 そこからは南に進み自分が勤務するゴミ焼却場に行った。そこには夜間人がおらず、警備保障会社と契約をしていないから警報装置はあっても赤色灯が回りベルが鳴るだけで他所への通報が無く、夜間市役所からの見回りが来ることも無いのを勤務先だから知っていた。念のため誰も残っていないのを確かめてから休憩室に入った。朝出勤して来た時の要領で警報装置を解除し不作動を確かめてから女性を入れた。


 女性は怯え、動揺していたが、口のガムテープを外すと

『帰らせてくれ』

『殺さないでくれ』

と泣きながら懇願して来た。それを宥め、

『殺さない』

『用件が済めば帰らせる』

と言って、本人、両親の名前、両親の住所、勤務先、電話番号を聞き出した。その夜はそこにで寝た。自分は休憩室に置いてあったカップ麺を食べ、被害者はお茶だけを飲み、用便にはガムテープを外し付き添って歩いて行かせた。


 翌朝早く自分達がいた形跡を無くし警報装置を入れてから其処を離れ車で移動しながら両親に電話をした。警察に届け出をされるかされないかは半々だと思っていた。その日は市街地の南東方向の山道を移動し時折市街地に降りて来て電話をした。市街地に降りるときはトランクに入れたがそれ以外は手足を拘束し後部座席に寝かせていた。用便は山道沿いの公園のトイレを使った。平日なので他の車に出会うことは無かった。また市街地と市街地の抜け道になるところには近寄らなかった。


 夜になったらまたゴミ焼却場の休憩室に行った。欠勤しているので用心して様子を窺ったが誰も居なかったので。自分の食事は自分のロッカーにカップ麺を何個か置いてあったのでそれで済ませた。被害者は食欲が無かったのでお茶だけ。そして翌朝早く前の日と同じように其処を出て金を置く様に指定した公園に行った。


 女性の手足を縛ったり車のトランクに入れたりして逮捕監禁の行為をしたのは間違いない。その際擦り傷くらいは負わせたかも知れない。しかし殴る蹴る他の意図しての身体を損傷する行為はしていない。


 これでは

『都合が悪くなったら殺害も』

という供述を引き出すのは一寸無理かな。被害者の供述も犯人からは手足を縛る等の暴行は受けたが、殴る蹴る、身体を触る等の行為は無かったとなっている。被疑者の話と大きな食い違いは無い。最初は

『殺されるかもしれない』

という恐怖があったみたいだが、

『強く犯人を憎む言葉』

は出てこない。ストックホルムシンドロームとかいうやつがあるんだろうか?


 その数日後の夕方、二係の先輩から定元部長の親戚のお店に誘われた。前に二人で行った時はカウンターでビールを飲んだのだが、今日先輩はカウンター奥の上りに靴を脱いだ。カウンター空いてるのに。僕も靴を脱ぎ先輩の向かいに座った。ビールといくつか料理を頼み女将さんが離れた後先輩は何か言いたそうにしている。


 先にビールが来たので取敢えず乾杯。特に祝う事も無いのだけど。料理が揃った後先輩がもじもじしながら、

「土居君に聞いて欲しい事が有るんよ。………。」

「ええ、なんですか。」

「いや、あの、あのな。………もしも、もしもよ、捜査中に知り合うた女の子好きになったりしたらいかんじゃろうか。」

えっ、あれかな、捜査で入った大学の女子大生かな。いや、でも、先輩直ぐに大学を離れ英会話スクールに行ったから女子大生との接触は殆ど無かったはずだが。

「検挙や補導した相手はまずいけど、捜査中に知り合っただけなら良いんじゃないですか。」

少し間をおいて、

「この間の誘拐の逮捕現場、電話ボックスの前で身柄確保して本部の先輩が車に押し込んで僕が身柄確保の無線入れたんや。そしたらすぐに二番目に現着した人が捜査用車の反対のドアから乗り込んで被疑者の身柄挟んでくれて、その車両のもう一人の人と被疑者の車に行って、その人が運転席からトランクを開けてくれたら中に被害者が居ったんや。」

先輩はそこでビールを一気に飲んだ。

「僕がな

『警察です。大丈夫ですか。怪我は無いですか?』

って聞いたらな、涙いっぱい貯めて僕にしがみついてきたんや。僕な、大急ぎでトランクから抱え上げて外に出したら、泣きながら僕にしがみついて、安心したんか気を失いかけたんや。一所懸命励まして救急車に乗せたんやけど、乗る時

『有難うございました』

言うて、弱々しかったけど僕に微笑んでくれたんや。それだけやったんやけど、僕あれからあの人のことが忘れられんで、気になって気になって仕方ないんよ。」

先輩泣きそうな顔してる。僕はどう言って良いか分からない。でも何とかしなくては。


 先輩泣きそうな顔が止められない。

「先輩、今の気持ち解るんやけど、今どう言うてええか分からん。一緒に一所懸命考えるけんまあ飲もう。必ず、絶対先輩のためにできることは何でもするけん。」

先輩無言で何度も頷いて、自分の気持ちを口に出したせいか少しだけ落ち着いた様に見える。けど僕も急には良い手を思い付かない。急には気の利いた言葉を口にでき無い。二人ともジョッキが空になっている。

「済みません。ビールお代わりお願いします。」

先輩袖で目の周りを擦って、ビールを持ってきた女将さんから目を逸らした。女将さんも何か異変を感じてビールを置くとすぐに立ち去った。


 何か話をしをしないといけないから、

「被害者の人、身体的な暴力が無かって不幸中の幸いやったなあ。心は傷ついたやろうけど。」

拙い。先輩また泣きそうになった。


 暫く二人共黙った後、

「先輩、僕ら二人で考えても埒が開かんから、思い切って巡視員さんに協力お願いしませんか。」

「えっ、大丈夫かな。」

「あの人面倒見が良さそうやし、人情もあると思うんやけど。」

「うん。それは判る。」

「僕は一晩学校の寮におったけど、何かしら寮母さんと巡視員さん相通じる感じがあった。」

「うん。」

「僕はそう感じたし、寮母さんも感じが良い人やった。」

先輩考えてから、

「うん。」

「今日は飲みましょう。」

「うん。」


 飲んでこの数年にあった色々な事の話をした。僕が真夏に汗びっしょりで暗闇の山中に捨てられた事、先輩がバカ係長達に巻き込まれ処分を受けた事、二人で一点張りに賭けて放火犯を捕まえた事等を話していたら先輩笑顔が出始めて、お酒の力のお陰か元気が出てきた。いけないお薬の化学の力は駄目だけどアルコールの力だから。


 お店を出ていつも通りに舞に行った。ママが

「お手柄やったね。遅ればせながら。」

と言って、ハーフサイズではあったがシャンパーニュを開けてくれて3人で乾杯をした。そこでも過去の僕の失敗をネタにして笑わせていたら何とか先輩の気持ちもやや上げ加減に。そこそこ楽しく飲んで切り上げて家に帰った。でも先輩の気持ちをどう伝えるかを考えると不安だ。自分の面倒も見られないのに。


 被疑者は再勾留が切れる日起訴になった。強行一係長は

『警察の手が回ったら被害者を殺してでも逃げる積りだった』

と言わせたみたいだ。

『お前、

『警察が見えたり、偽の札束を掴まそうとしたら娘は殺す』

言うて親を脅しとるやないか。そしたら何であんなこと言うたんや。今更

『殺す気は無かった』

言うても通らん。吐いた唾は飲めん。』

と言って調書に署名指印を得たらしい。被疑者が根負けしたみたいだ。いや強行一係長の迫力に負けたかな。


余罪がある訳では無く、補充捜査も必要無いだろうし直ぐに移監になるだろう。


 さて凶悪事件より難解な男女の話が待っている。自分の明日が見えないのに他人様の恋路は………。


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