十九章《一節 翼の知らせ》1
幾度か宿営を行いながら、騎馬の軍を進める。
そして、目指すリリートゥまでの距離があと数日と迫ってきた頃合い。
オルグレンはふと気づいて、剛直の騎士――スートリアを見た。
並走する彼が馬の背で何かを見ようとし、空を振り仰いでいる。
そうして顔を向けた先の、はるかな高み。そこにあるのは一本の鳥の姿だ。
その翼が風を捉えている。それが眺めている間に、滑るように高度を下げた。
すぐに軽やかに風を渡り、一団と速度を合わせる。
上を陣取る姿は、木綿か麻かを思わせる生成色の淡い白の体色に、茶色く色づいた羽枝が腹や尾に縞模様を描いていた。
力強い双翼を持つ見事な鷹だ。
「ヤルル……」
オルグレンはその姿を目に収め、呟いた。
一方で鷹――ヤルルの主は、胸から下げた小さな笛を取り出す。
スートリアが無骨な指でそれをつまみ上げ、唇へ当て息を吹き込んだ。かといって、音はない。獣のみに聞こえるという音を放つ笛だ。
実際にヤルルが主の所在に気付いたか、翼が翻る。
迷いなく降下し、スートリアの手甲に覆われた腕という、実に止まりがいのある宿り木を得た。
主の元へとたどり着き、鷹が一鳴きを披露する。
何処か誇らしげな様子を見せるヤルルの足には、筒が結わえつけてあった。
手紙だ。
「テレンからか?」
恐らくは、弟――テレンアレクからのもの。
推測しオルグレンは馬を寄せ、声を掛けた。
「はい。ご明察の通りにございます」
スートリアが答える。彼の氏族――ラーシェンの者たちは、親兄弟、夫婦などの組で鷹を飼う。
それを互いの間を行き来するように訓練し、最高の配達人とするのだ。
これで数が多ければいうことがないのだが……。
最高の鳥と優秀な使い手あっての技だった。この上、スートリアとその奥方、そしてヤルルのように一昼夜以上の距離を追いかけて来てくれるようなものは稀となっている。
そうして、ヤルルがもたらしてくれた手紙を、確認できたのはその少し後。
大休止命令の間のこととなった。
露天のまま、馬を付近に屯させて顔を寄せる。天候が順天であればアィーアツバスの軍議とはこのようなものだ。
浴びる風は冷たいが、別に天幕など用意させはしない。
老大将ボルフェジと、スートリアを始めとする各将、オルグレンは手紙の書面を回し読んだ。そして、それぞれ頭を働かせる。
「オルグレン王太子殿下、貴方様の読みが当たっておられましたな」
先ず口を開いたのは、顎髭に手を当てたボルフェジだった。彼は唸り、自身の白い髭をつまむようにしてしごく。
手紙にあったのは、標星の大国クゼリュスが動いたとの報だ。
やはり赤髪の軍人貴族アーベルト・ルガト・エルベリア――その人が主導していると。
そして、人馬をかき集めすでに南進し始めているという。
老大将の言う通り、読みは当たった。
だが、予想の通りと気持ちを浮かせる気になれないのは、それに続く文にある。
「数およそ一万五千……」
オルグレンは、手にした紙片を自ら読み上げた。
冬とはいえさほど間なしにそれだけの人数を集め、従わせる手腕は、さすがと言わざるを得ない。
実のところ……アィーアツバスの今の戦力は、その半分。一万に満たず七千の騎兵だ。後に参じる部隊もあるが、一先ずはこの人数となっている。
「――しかし、クゼリュスの大半は歩兵でありましょうな」
剛直の騎士スートリアが言った。
赤児が馬の背であやされる、馬が生活の一部であるアィーアツバスに対し、クゼリュスは違う。
クゼリュスでは皆が皆、馬を乗りこなせるわけではない。
冬に飢える民が出るほどの厳しい土地柄。家畜は少食で粗食に耐えるものである必要があり、馬を育むにそもそも向かない場所なのだ。
「ああ。そして馬を乗りこなしているのは、しっかりとした兵士だと考えてくれればいい」
オルグレンは頷いた。
そして、
「数は少ない。だがその分、選良された者だということは忘れないでくれ」
注意を足す。
かの地において馬を買い、その維持を行うには覚悟と収入が必要なのだ。
主となるにあたっても、貸し与えられるにしても、輓馬ではなく軍馬に跨るのは、まぎれもなくそれを生業とする覚悟があることの証明。
特にアィーアツバス産の馬に乗っている者であれば、よほどの勇士か、騎兵としてしっかりと鋼で戦う技術を習ったものと言うことになる。




