十八章《三節 オルグレン》3
それを受けてボルフェジが、剛直の騎士へと話を譲る。
「数は千騎と、聊か少なくはありますが……。オルグレン王太子殿下のソノアラと、似た性質の馬を我が国全土から選りすぐり、また仔を生ませるなどで山岳地を駆ける部隊を作ってございます」
スートリアが言う言葉に、オルグレンは唸った。思わずの感嘆の声。
剛直の騎士の言葉からは、いくつかの事柄が読み取れる。
それは父王が数年は我慢するが、機が熟ししだい必ず反撃すると、昊天の峰の一戦の後にすぐ決めたらしいということだった。
ある性質を持つ馬を選別し、集め、訓練を行うというのは一朝一夕には終わらない。
そして、山岳を駆けられる、強靭な足腰を持つ仔馬を繁殖させるというのも、また年単位での計画が必要になる。
クゼリュスの軍馬の供出要請に晒されながらでは、さぞ苦労の多いことだっただろう。
オルグレンは改めて、自身の父親のことを心に描いた。そして、その人にこの国の行く末を願われているのだということを、強く心に刻む。
「……よくわかった。馬の招集、繁殖に尽力してくれた者に深く感謝する」
山脈の急峻な地形を駆け抜けることができる馬が居るのは、まぎれもなく朗報だろう。
オルグレンがちらりと見れば、テレンアレクも頷いて見せてくれた。
「あとは……採るべき采配か」
オルグレンは言いながら、自身の顎を撫でた。
父王の言った通り、ここアィーアツバスの首都であるスヘネでは籠城はできない。街がクゼリュスの進軍経路から見て、川下にあるがために水の利を使われてしまうのだ。
それを思考の片隅に置きつつ、次に敵方を考える。オルグレンは口を開いた。
「アーベルト卿は、速攻を執るだろうな」
幽閉生活の中――あるいは折々に接したアーベルトという人物。
素早い判断を下すことのできる将であることは、クゼリュスの闘技場で嫌と言うほど感じた。
その彼ならばどう考えるか、とオルグレンは思考する。
決断と行動に迷いがない。意外に勇猛でもある。だが一方で、オルグレンを取り逃がし続け、しまいには二度目の逃亡まで許した者だ。これは赤の軍人貴族にとって、かなりの失態となっているだろう。
だからと、皆に向かって告げる。
「彼らは補給や備え……いや、戦支度を後回しとしてでも、人馬が揃い次第南下するだろう」
「……リリートゥが取れれば、成り立ちますからな」
ボルフェジが同意を示す。
オルグレンは背筋を正し、胸へ澄んだ空気を送った。
静かに待つ視線たちへと腹を定め、
「我々にとって、リリートゥを取られるのが一番まずい。故に先ずの行動は、リリートゥへと南下だ」
そうと決める。
両眼で見渡せば一同、それぞれの仕草で首を縦に動かすのが映った。
それを目に収めつつ、重ねる。
「機敏さと、機動力は我らが領分。近郊の手勢を以て先に動き、南下するアーベルト卿を待ち受け、これを叩き潰す。我らが手強い事を、標星の大国へと今一度見せつけよう」
「それがよう御座います」
老大将が楽しげに、肩を揺すった。
その彼へ、オルグレンは続けた。
「その上で、クゼリュスに不可侵と、賠償を求めたいと考えている」
この戦争の目指すものはそれだと。
「かの国の鉄は魅力ですが……。クゼリュスの地、それ自体に我々は用がありませんからな」
パリューシアンが正直なところをぼやく。
「問題は……、かの国が応じるか……」
これはテレンアレクが口にした。
無論、オルグレンもその点が気がかりではある。とはいえ、無策で物を言ったわけではない。
「テレンアレク、いろいろと面倒をかけるが、誰か信のある者へエーイーリィ、アディーシェへの使いを頼みたい」
オルグレンの言葉に、面々の表情に戸惑いが漂う。
それを目に映しつつ、言葉を足す。
「伝、と言うべきかそれぞれに多少の縁がある。その者達に、アィーアツバスとクゼリュスの一戦について見定められよと伝えられれば、それでいい」
手に手を取り合って連携を取ることができれば、一番よいのかもしれない。
だが、それは高望みだ。加えて各国、歴史的に見ても親しい間柄ではない為に、上手い連携は望めない。
あまり恨まれる筋合いではないのだが……クゼリュスと相対した国々では、今までアィーアツバスが動かなかったことへの不満がある。
手伝ってくれと言うよりも、アィーアツバスが行動で先ず示すのがいいだろうと。
オルグレンは、氷壁の牝熊と呼ばれた猛将への恩義――エーイーリィへの手助けをそう表すことに決めた。
「流石の標星の大国も、三国に苛まれたくはないはずだ」
そう言葉を結ぶ。
「ならば兄上、私が人選をして向かわせましょう」
得心がいった顔で、テレンアレクが応じてくれる。
その弟が静かに……だが深く息を吐く。誰へも悟らせまいとしているようだが、オルグレンは彼の疲れを感じ取った。
ふと気づいて窓を仰げば、青ざめた暗さが占める空が見える。既に星が覗かんばかりの時分となっていた。
テレンも、そして皆も休ませねばならない。
オルグレン自身も、金属を纏いつけたような重みを身に感じた。
ふと、息をつき皆へと向かう。
「長くなり悪かった。各人、他にあるだろうか?」
問いには老大将が代表となり、否との答えが返ってくる。
そうして馬匹の手配等をと、先ずパリューシアン、ボルフェジもまた戦への備えをと、部屋を辞した。
次には、よく休んでくれ、と願い弟を見送る。
残るのは、スートリアだ。
「スートリア卿、すまないが伝えるべきことがある」
薄暗くなった部屋の中。
オルグレンは、剛直の騎士へそう告げた。




