十八章《三節 オルグレン》2
目の前にいる四人の目が静かに、だが強さを以て向けられている。
幾つもの視線を浴びつつ、オルグレンは兄を思い浮かべた。どういった姿だったか、どう言う態度だったか記憶の中に映す。
そうして、短く息を吸う。
先ず確認と話す必要があること……、それは何であるかと自身に問う。
まずオルグレンの中に浮かぶのは遥かなアディーシェの地でのことだ。
標星の大国クゼリュスと、滔々たる大河の国アディーシの戦いの鍵。
それは……
「さて、先ずは兵站について聞かせてほしい」
補給。つまり、軍としての体力は現状いかほどであるのか、と。
そう問いながら見渡すオルグレンの目には、老大将が、僅かに頬を緩めるのが映った。
見定められている……そうと気づく。同時、オルグレンは身が締まる思いがした。
ホイルカイン王の御世を継ぐ者として、或いは彼ら有能なる将の上に立つ者として相応しいか。
これからそれが問われ続けることになる。そして、オルグレンは彼らの主として相応しいものであると証明し続けなくてはならない。
そうでなくては、アィーアツバスは今の姿を失うことになるのだから。
他にテレンアレクとパリューシアン……特にパリューシアンについては、老大将のようにわざと分かりやすく表してくれることはなかった。
しかし、近しい心があることは感ずる。
ともあれ、オルグレンの質問に二人が頷く。
そして彼らの説明は、明解だった。
まずと口に上ったのは、父王自らが非情の策と呼んだ、人質であるオルグレンを犠牲にしてでもの攻撃作戦。
その準備として、交易の為と見せかけて運んだ物資があるのだと。
アィーアツバスの南……三国の交わる要所であり、今はクゼリュスの者が幅を利かせる、リリートゥの近郊に溜め置いていると彼らは言った。
「無論、動員数にもよりますが、あそこの物資で優に兵どもを養えるでしょう」
パリューシアンがそう締める。
ここ暫く密やかに、民に負荷を強いつつも、そういった準備への号令を発していたのだ。
表向きは、安値で供出させられる軍馬の損失を補う為として。
「矢玉も武具も、飼い葉に至るまで揃っておりますよ」
続ける輜重の司の言葉は、実に頼もしいものだった。
参戦する氏族の持ち寄りも合わせれば相当と。
オルグレンは彼へと首肯で応じつつ、次なる課題は、と考える。
次に過るのはツァーカの荒れ野のことだった。あの時は、敵の事がわからずかなりの不利益を被った。
胸に過ぎる姿には目を伏せ、思い出しながらオルグレンは腕を組み、そして言う。
「次に、クゼリュス――敵状が知りたい」
ボルフェジの首が縦に振られた。
「進軍経路につきましては、クゼリュスも我らも、リリートゥおよびリリートゥの街道を使う他ありますまい」
昊天の峰を含む山脈によって、アィーアツバスとクゼリュスは真直ぐ線で繋ぐことができない。
かつて小競り合いがあった頃であれば、多少は山道が整備されていた。しかし、オルグレンが捕らえられ小競り合いが止み、鉱毒によって人々が去った後は、荒れるがままとなっている。道も埋まり、まともに行き来できない様は、オルグレンもよく知るところだ。
軍を進めるには、老大将の言う通り、両軍共に山脈を南下して迂回する他ない。
一同が同じ見解を示す中、オルグレンは自身が持つ情報を口にした。
「指揮官はクゼリュス南西の領主、赤髪の軍人貴族アーベルト卿だろう。彼に付随して、マクベッド卿、その息子マグリットはかたいだろうな」
脳裏にはクゼリュスの地で相対した者達の姿が過っていく。
面々も順当と理解してか、小さな頷きが得られた。
他に知りたいのはその規模と、進軍速度だ。
しかし、それを確認するためには目が必要となる。いつか、霧の中を傭兵団『猛りの尖兵』が斥候として走ったように……。
オルグレンは唇を軽く噛み、そして視線を上げて弟を見た。
「敵状を調べられる者はいるか? 数と速度を知りたい」
「お任せあれ、兄上。適任と連絡を取りましょう」
既に手筈は整っている、とばかりにテレンアレクが応じた。
父王の作戦を叱ったとの話ではあったが、王の決意には沿っていたことが、そこからうかがい知れる。
オルグレンは視線を転じた。
次なることを回答するであろう、人物達を見る。
その視線の先で、老大将ボルフェジと、剛直の騎士スートリア、二人の表情が動いた。彼らは問われるであろうことを察した様子だ。
だが、先んじて口にしようとはしない。
問われるべきことが、きちんと問われることを待つ。
「問わせてもらう。我らの戦力は?」
士気はどうか、動かせる兵力は、とオルグレンは問う。
武人達が唇の口角を益々と上げ、内心の興奮を覗かせて笑んだ。
相互の視線を交わしてから、オルグレンの座る上座へと顔を戻す。
「いずれも仇敵標星の大国との戦に際し、士気高くございます」
スートリアが言う。
オルグレンは、再会の時に彼が、いかにも戦人らしい言葉を口にしていたことを思い出した。
「……しかしながら」
だが、だ。
一転して少しスートリアが声の調子を落とす。
その言葉の続きを受け取ったのは、ボルフェジだ。
「我らは遊牧の民、機動力はありますものの、全軍集結となりますと少々掛かりますでしょうな」
それはアィーアツバスの社会構造上、仕方がないことだった。
遊牧のために、各氏族は馬司の国の方々へと散っている。場所自体は氏族それぞれにある程度決まっているとはいえ、広い草原。それを大まかにあの辺り……といった具合にしか分からない。
ここで他国であれば鳩便を使えばいいのだが、馬司の国には定住の箇所がそれほど多くはない。
つまり鳩舎が限られる。
故に各氏族への連絡は、彼らの所在が離れれば離れているほど、難しくなり時間がかかる。
「すぐに集まれるのは、近郊の手勢のみか」
聞き届け、オルグレンは呟いた。
ここ首都スヘネに近い者たちは、特に王家への忠誠心が高い氏族で構成されている。
「そうなりますな。とはいえ精鋭と呼ぶことのできる手勢となりましょう」
老大将が自身の髭をしごく。そうしながらボルフェジはすこし、笑むような眼をした。
「それから、我らが軍につきまして、一つ御耳に入れとうことがございまする」
老大将が言う。
さすがに何事かは分からない。オルグレンは目顔で先を促した。




