表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十八章〈帰るべき場所〉
160/179

十八章《一節 帰郷》2

 

 隊から一頭馬を借り受け、駆ける。

 年嵩の兵らと共にオルグレンは、いよいよと首都スヘネの懐かしい姿を見た。

 晴れてきた広大な空とそこを流れる雲の下、赤い囲郭が鮮やかに映える。


 アィーアツバスの大半は遊牧の民だ。

 放牧地を求めて流れ、かつ瘴禍(ミアズマ)が寄る前に移動して過ごす。

 三世代ほど前まで皆そうした散り散りの、氏族単位の生活だったとオルグレンは聞いている。

 それを変えたのが曽祖父だ。


 丁度そのころ、少しずつ拡大を見せていたクゼリュスからの侵攻も有り、アィーアツバスをまとめることを考えた建国の王は、遊牧の生活では不足しがちな菜などの農産物や、移動の生活では生産が難しい鉄器類の製造、物流の拠点、また知識の集積の場所として首都スヘネを作り上げた。


 その首都を一層印象深く見せる、赤い囲郭。

 この赤は当時、交易の拠点として使用を許可する代わりに、各氏族に納めさせた色がまちまちの日干し煉瓦を、近くから採れる赤泥で塗り固めたのが始まりだという。


 現在は改修し、職人が焼いた煉瓦となり、色がまばらということもなくなった。だが、印象に残る赤が失われるのを民たちが惜しみ、赤泥を使った顔料を混ぜた漆喰で塗り固めるようになったのだと。

 そうと歴史を語って聞かせてくれた父王の言葉が蘇り、オルグレンは目を細めた。

 

 囲郭の奥には、大小さまざまな家が立ち並んでいる。更に奥には、屋敷の立派な大屋根が覗いた。

 それこそが草原の館と呼ばれる王の住まいだ。


 陽に輝く磨いた石と柵が囲う農地を通り抜け、風車の魔物避けが並ぶ、整地された道を進む。

 オルグレンは先ず、年嵩の兵が宣言した通り、煉瓦造りの兵士詰め所へと通された。

 一室に通され処遇の沙汰を待つ間も、客人としてのもてなしが振る舞われ、オルグレンは数日ぶりに、魚と実以外のものを口にした。


 特に磚茶に乳と香辛料、アィーアツバスの西で採れる楓の蜜を加えた茶は、あたたかい。

 冷え切った体に温度をくれ、強張りが溶けた。

 そして、甘い。喜びそうな味だと、そう思う。

 オルグレンは少年へと振り返ろうとし――

 我に返って口を閉じた。

 ロゼは……。

 認識するのも胸が締まり、視線を杯へと伏せる。

 どうしてこうなってしまったのかと、オルグレンの心には嘆きが満ちた。


 もしも、と言葉が過ぎる。

 しかし、それを打ち消すべく首を振る。

 何処か何かが違っていれば、という幻想はそもそも成立しないのだ。

 そうであれば、今まで過ごした一年もなかった。

 無かった方が良かったのかもしれない……と。

 ふと浮かんだ言葉を胸にし飲む茶は、ぬるく冷め、もはや何の味もしなかった。


 それから、しばし――

 オルグレンは、願っていた人物の来訪を感じた。

 顔を合わせるその前から、スートリアその人だと確信がある。

 彼の愛馬の猛々しい蹄の音で到着がわかり、兵と言葉を交わす声も部屋へと届いた。

 あまつさえ、来訪を知らせるために戸を叩く音は、戸板を殴るような有様で激しい。


 オルグレンは驚くことなく、椅子から立ち上がった。

 まるで一直線。

 思慮がないわけではないが、剛直なその人の変わらぬ様子が音で分かり、オルグレンは実に懐かしく感じた。


 中の返答を待たず、戸が開け放たれる。

 途端、スートリアの切れ長の目が裂けんばかりに見開かれた。

 グロウと同じ灰色の瞳が現れ、口からは、ああと、声を漏らしてくれる。野太い両腕が上がり、震えていた。

 顔を見、すぐに確信を得てくれたのだ。

 そうと見て取り、オルグレンもまた心に凪を覚えた。

 スートリアは、オルグレンの兄ベルンの友人でもある。

 グロウほどではないが交友も深い。その彼に偽物だろうと決めてかかられれば、さすがのオルグレンも今は取り乱しそうだったのだ。


「迷惑をかけ、済まなかった」

 言葉が出ないらしいスートリアに、オルグレンは声を掛けた。

 黒髪の青年が(かぶり)を振り、オルグレンよりも高い身長を折って、床に片膝を着く。

「とんでもございません。先ずは、御身がご無事であらせられたこと、深くお喜び申し上げます」

 スートリアはそのまま立てた片膝よりも、さらに低く頭を伏せる。


「横暴なる北の大国に囚われておられると知りながら、我らお救いすること叶わず。誠に不甲斐ない有様、なんとお詫びを……」

「スートリア卿、待ってくれ」

 そのまま怒涛の如く謝罪が続きそうな有様に、オルグレンは制止を掛けた。

 スートリアとしては言わなくてはならないことは知っている。

 だが、ここに帰り着くまでに掛かった日数を思えば、あまり悠長にはしていられない。


 オルグレンはスートリアの顔を上げさせ、立たせた。その上で言う。

「今はこうして出会えた。だから、我が身から出た錆を取り除かせてほしい」

「……御意にございます」

 スートリアが頷く。

「卿も察していることと思うが、私がここへ逃れたことにより、クゼリュスとは戦争になる」

 オルグレンは手早く伝えた。


 スートリアもその可能性については察しているのだろう。彼が口を開く。

「それは、結構なことにございまする」

 望むところ、と眦の上がった目元で力強く言う。

 それは、五年間の屈辱を燃え上がらせていることを感じさせた。

 しかし、駆け出す前の馬のようなありさまを示しながらも、

「私の方からも、お伝えせねばならぬことが」

 剛直の騎士が軽い咳払いと共に居住まいを正した。

 

「ホイルカイン王より、御身がオルグレン()()()殿()()であることを確認でき次第お伝えせよと、伝言を預かっております」

 敬称に気づき、オルグレンは一度深く瞬きする。

 兄はやはり御隠れになられたのだと、まごうことなき事実であることを噛み締めた。


 同時に思う。自分は一体どれほど父王の手を、心を煩わせ、治世を乱してしまっただろうかと。

 王家の務めは、民を安寧へと導くこと。ならば、今までのオルグレンは大罪を犯している。

 父王の御意志は……。

 思考の片隅に追いやっていたものが突き付けられ、オルグレンの脳裏には、厳しく強い父の眼差しが過った。


 心を落ち着け直し、

「……聞かせてくれ」

 そうと促すと、スートリアが胸に手を当て、低頭する。

「王はとにかく、はよう顔を見せよと仰せです」

 そう言い終わると、こちらへと黒髪の騎士が外へ出るよう、手で促した。


 オルグレンは、息を飲んだ。

 そして、顔を伏せた。

 急にもたらされた、あたたかな感情の中で、表情を上手く作れずにいるのを見られまいと。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ