十七章《一節 あとを追って、》3
それから……
獣道をそのまま駆けさせるのも難があり、ゼオンはさほど経たずに馬を常歩にさせた。
その背に張り付くように身をかがめて、伸び伸びとよく成長した木々の下を潜る。
そうしてオルグレンが通っただろう痕跡を追う。
暫し進み、後方へも目を向けた。
そうして振り返ったゼオンの視界に、追手の姿はない。気配も、犬の声もない。
追いつかれれば、斬り捨てる心づもりを固めていた。しかし、クゼリュスの手勢は断念したと見える。
その理由は、犬が干し肉に食らいついたせいもあっただろう。あるいは、ゼオンが馬に施してきた悪戯のせいもあるかもしれない。
しかし何より、
「雪か……」
ゼオンは、白く霞む息と共に呟いた。
風には白い欠片が混ざり、西側から吹き付け始める。
皮膚を刺す冷気が厳しくなった。
まだ夕暮れには時間があるはずだが、陽の光は衰え、木々が落とす闇の色が濃くなっている。
「まいったな……」
独り呟く。
気づけば、足跡を見失っていた。
途中から彷徨うような、どこか定まらないようなものに変わっていった痕跡がわからない。
馬上から降り、透かし見たりもしたが、進む先に手がかりがなくなった。元々こういった足跡を追うなどと言った技は、サクラスの方が得意だったのだ。
地面に残された跡だけで、彼女は兵員数から装備の充実度合いなどをよく推した。
だいたいは轍の深い浅い等から読み取れる重みの違いなど、聞いてみればそれはそうだと分かることなのだが、気づかなければ見過ごすだけの小さな情報。
その断片が何に通じているか、サクラスは熟知していた。
ゼオンも手解きを受けたが……完璧であるとは言い難い。
来た道を戻り、観察し、どうにか痕跡を見つけてその方へ進路を正す。
何度か、その繰り返しをした。
その内に陽の姿がなくなり、強い風が森の木々を揺らす。
風に混じった白がどんどんと勢いを増し、足元に積もり始めた。
不味い。
その言葉が、ゼオンの脳裏をかすめた。
捜索と、自身の生存の間で少し迷う。風雪をしのげる場所を見つけねば、山に体を冷やされて死んでしまう。
と――、足を進めた先がどのような場所であるかに気づき、ゼオンは思わず馬を止めた。
冷気がどこか物悲しく降り積もる中――
下馬して見渡したそこは集落、その破壊し尽くされた跡だった。
靴で足元を撫でれば、炭の粉が広がり、焼き討ちをされたのだとすぐに分かる。
その中で、ゼオンは一点に顔を向けた。
「ロゼか?」
感じ取ったのは気配。
名前を投げかけたが、そうだと確信があってではない。
敵であれば既に攻撃されていただろうがそれがなく、ただ息をひそめて隠れるのみだったからだ。
もしも養い子かその親友であれば、声で気づいてもらえる。違えばその時はまた別の反応があるはずと踏む。
待つまでもなく、反応は帰ってきた。
「君はロゼを、知っているの……?」
それはか細いような声だった。太さがなく、少し高いような子供の声。
ゼオンは記憶を攫った。程なく聞き覚えがない声だと判断する。
「ああ、知っている。知り合いでな、探しているんだ」
ゼオンは正直に言った。
すると瓦礫を飲むようにして生えた木の向こうに、白い面がそっと覗く。
ゼオンは少しだけ息を飲んだ。
顔を覗かせたのは、十と半ば……ロゼとあまり変わらないか、少し上とみえる子供。
肌が白く、目ばかりが薄赤い。
もしもその子供が、ロゼと兄弟だと名乗りだしたなら、ゼオンは納得しただろう。
それほどまでに、雰囲気が似ていた。
だが、その子供の作り物めいた顔には表情はあまりなく、また髪は冴え冴えとした白銀だった。
「ああ、……君は、ゼオンだね。ロゼの養い親だ」
姿を現したその子供は、ゆったりとした貫頭衣を着ている。
ゼオンは首をひねった。
子供のような見掛けでありながら、言葉遣いは妙に大人……と言うよりも、ゼオンを年下として見るような響きがあった。
しかし、生意気な印象ではない。
見た目と異なる、ちぐはぐな印象を受ける。
ゼオンがどうとも理解しかね眉をしかめようと、その子供は構ってくれる様子はない。
唐突に子供が言う。
「あなたは、ロゼを裏切るかい?」
「そんな訳ないだろう」
問いかけに、ゼオンは考えるより先に返答した。
「なら、……助けてほしい。ロゼを」
その言葉を聞き、ゼオンは大股に子供へと寄った。
思わずその細い肩を掴む。
「何かあったのか!?」
病か、怪我か、無事なのか、とゼオンの胸には抑えていた思いが一気に溢れた。
「足に傷を負っている。傷を負っているけれど……そうじゃないんだ」
子供が身じろぎをする。
それにハッとなり、ゼオンは手を緩めた。
落ち着きを取り戻したことに気付いてか、来て、と子供に手を掴まれる。
「ぼくは、ラナン」
ロゼの家族みたいなものだよ、と白い子供が言う。
そして、続けた。
「ゼオン、ロゼを助けて」
その願いで子供――ラナンが落ち葉や枯れ枝で隠した道の先へと、ゼオンは誘われた。
その先にいたロゼに、ゼオンはかつてのことを思い出した。
五年前の、怯え切った獣の様だった有様。まだ泣き喚いていた、その時の方が良かったとすら思えてくる。
今あるのは、ただ座り込んだ姿だった。
「……ロゼ」
声を掛けるも、反応はない。
ずっとどこかを見ているが、何も見ていないような目。
硝子のようで触れることさえ戸惑われる、そんな姿だった。




