十六章《三節 答え合わせ》2
一方で、
「確かに私の器は、割った器を継いだみたいに歪だった……」
授かりの力を使おうとした時に見えたと、ロゼが小さく言った。
「私が、狭間の者だからかな……」
その一言に、樹洞の中を静寂が満たす。
途端、渓谷の流れの響きが戻ってきた。砕け、渦巻き、ただ流れ行く水の、厳しい音。
オルグレンは口を開き……しかし、そのまま口を閉じることしかできなかった。
痛みのまま、歯を食いしばる。
ややあって、だった。
「……ごめんね」
ラナンが言う。
「ぼくたちの勝手で、君を作り変えてしまった」
人とは違う者にしてしまった……、と。
その言葉は、ぽたりと落ちた水滴のようだった。
ロゼが首を振り、汚れを知らぬ獣の白い毛並みを掴む。
「それを言うのは、私だ。私のせいで……」
今度は逆にラナンが首を振った。それ以上の言葉は要らない、分かっていると言うように。
その有様を見、オルグレンは短く、冷えた息を吸う。今思い出さぬよう遠ざけている物に、目を向けるべきか迷う。
きっとお前達のせいではないのだと、言おうとする……だが、喉がつかえ声が出ない。
いや、気付かれないのであれば……黙っていたいのだ。
思い出したくない。
なんと愚かしい人間だろうと、オルグレンの胸には重みが乗り、額から頭の芯へと痛みが降り積もっていく。
その間に――
「でも、ラナン。私は昨日、君たちの姿になれたよ」
ロゼが問うた。神の力が空であったのならば、なぜと。
「君はここまでの道中で、精霊母と狼 竜に会っただろう?」
ラナンが問う。それで旅路を思い出したか、ロゼの目が自身を映すのをオルグレンは感じた。
滔々たる大河での出来事、乾いた黄金の国の情景、始まりの種族達との出会いが過っていく。
「うん」
ロゼがラナンへと、頷いて答えた。
「彼らが接触するたびに、空の器へ知らず知らずのうちに彼らの力を受け取っていたんだと思うよ」
現に、君の昨日の姿はそうだった、とラナンが続ける。
そして、注意を引くように、樹洞の中で緩く翼を伸ばした。
「君が……こころの繋がり――精神感応が辛いのも、それがあるのかもしれないね」
鷲獅子が、ゆったりと翼を上げる。
「君とのつながりには、空の器に水を注ぐみたいな……不思議な感覚があるんだ。これは君からすれば、堰を切った本流が、一気になだれ込んでくるようなものだろう……?」
そう言ってラナンが翼をふわりと降ろす。
白い翼のその動きは、高みから低きへと容赦なく崩れ落ちる、雪崩を思わせた。
「見られたくない、知られたくないと、こころに衝立をしているからかと思っていたけれど……」
「それも、一因だと思うよ。ともあれ――精霊母と狼 竜の力があることに慣れていたところから、また再び空の器になって、今は虚脱感という状態に近いのかもしれないね」
言いながら、ラナンが翼をロゼの膝に掛ける。そのあたたかさからか、ロゼが長く息をした。
事実、体調の悪い中だ。また熱が上がってきたか、ロゼの顔はのぼせたように赤い。
少年が白銀の毛並みへと体を預け、ラナンもまた宝物を抱えるように翼に抱く。
そうして親しい者がぬくもりを分かち合い、寄り添い合う。
オルグレンは、彼らとは離れた位置に座ったまま、ただ眺めることしかできなかった。
ロゼをあたためつつ、ラナンが薄く嘴を開く。
「足の傷はどうにもならないけれど……虚脱の方なら、ぼくが力になれるかもしれない」
こころの繋がりで補えるかもしれないと、柔らかい口調でラナンが話す。
「……ねえ、オルグレン。もう少し様子を見させてもらっても、いいかな」
少年が言う。
オルグレンは、ロゼを見た。これが少し前の彼であれば、先に行って、と言っていただろう。
最後には、もちろんそういった判断も必要になることは、頭の片隅にあるのだろうが……それでも、ロゼは猶予を望んでくれている。
片側には彼の信頼を喜ぶ気持ちがあり、同時に片側では胸の中を脈打つ痛みが生まれた。
少年の信頼と、それへの裏切り。
……このままでいいのか。一瞬心に浮かんだ一言に、唇が震えそうになる。
だが、オルグレンは、微笑んで見せた。どうにか、いつもの通りの顔を被る。心を覆い隠す。
「当たり前だろう。とにかく、まずは休んでいろ」
言って、立ち上がる。ロゼが首を傾げた。
「オルグレン?」
「少し風に当ってきたい」
オルグレンがそう言えば、ロゼは無理をしないでと答えた。
と――、その少年が、あ、と短く声を発する。
「魚、ありがとう。……ちゃんと食べられなくて、ごめん」
「構わない。橘の実の方をもう少し見てみよう」
気を付けて、と言うロゼの声をオルグレンは背中で聞いた。




