十六章《三節 答え合わせ》1
明くる朝――
「オルグレン。君、大丈夫かい?」
ロゼに呼びかけられ、オルグレンは我に返った。
視線を戻せば、少年が首を傾げている。
白い髪に薄赤い目はいつも通りだが、白いはずの頬は不自然に赤みがかっていた。
怪我が元になったらしい発熱と、なにより疲労の色がいまだに濃いとわかる状態だ。
今もまだ体を起こしたままでいるのが辛いのか、鷲獅子ラナンの伏せた体へと寄りかかっている。
食事も、焼いた魚をふた口と、まだ枝に残っていた橘に似た実を半分ほど口にしただけだ。
それでも、ロゼが言ってくる。
「顔色がよくないよ」
「なんでもない。……少し疲れただけだ」
お前ほどじゃない、と。ロゼの指摘に答え、オルグレンは笑むように口角を上げて見せた。
そうしながら、昔したような会話だと思う。
その時は立場が逆だった。何かごまかすような言い方をするのはロゼで、オルグレンは彼の話を聞きたいと思っていた。
だが、同時に無理に聞き出すものでもないとも、あのツァーカでの出来事までは思っていたのだ。
少年の迷うような視線。ロゼが何か言おうとするように、目を投げかけてくる。
小さく動いた唇が音を出す前に、オルグレンは口を開いた。
「とはいえ……、ここから移動する算段は付けた方がいいな」
ロゼがラナンの方へと、ちらりと視線を向け睫毛を伏せた。
「うん、そうだね。クゼリュスがたぶん、ここへ追いかけてくるだろう」
準備と移動、そして場所の絞り込みを考えれば、今すぐにという訳ではない。
しかし、それでも猶予がないことは明らか。クゼリュスとしては、人質をこのまま逃がしたくないはずなのだ。
時同じくして、戦争の準備が始まることも、オルグレンには予測ができた。
標星の大国クゼリュス、その王ヒースヴィオラが、万が一を考えた準備をしないわけがない。
あの王が、オルグレンが帰り着いた後のこと――馬司の国アィーアツバスへと帰還した後の動きを、考えないわけがないのだ。
何がどう動くにせよ、動きが始まるその前に、雷のように打ち据えに来る。
「ロゼ、身体の方はどうだ?」
動くことができるか、とオルグレンは問う。
ロゼが自問するように視線を落とし、声の調子を下げた。
「……少し、難しいと思う」
移動についていけない、と彼は正直に言ってくれる。
ロゼが手を握るようにし、そして緩く開いて続けた。
「足の傷のこともあるけれど、体に力が入らない。というか、支えがないみたいにふらふらする」
今、心細いようなよくわからない心地なんだ、と彼は顔をしかめた。
「……多分」
それは話を聞いていたラナンが言った。
「ロゼの中にある授かりの力が、急に枯渇したからだと思うよ」
鷲獅子が、首だけを緩く動かしてロゼを見る。
「今、君には殆ど力を感じないから……」
ラナンの言葉に、ロゼがゆっくりと瞬きをした。
「私は、みんなから力を貰ったのに……?」
ロゼが言っているのは、かつて彼が話したことだろう。
この地で一度死に、神の力を貰って息を吹き返したという時のこと。
そうと察してオルグレンの脳裏には、見たくない赤が過り、目を伏せた。
一方で、少し上ずった声で言うロゼの言葉には、驚きが滲んでいる。
ただ一度きり飛んだだけ。それだけで消えてなくなってしまったのかと、顔には陰りが浮かんでいた。
「違うよ、ロゼ。あの日……キュラスたちみんなが君に注いだ力は、君の魂と器の修復に使われたんだ」
「魂と器……」
ロゼが呟くように反芻した。
「⋯⋯生まれ直すような奇跡だからね」
ラナンの声は静かだ。
「だから君は、つい最近まで神から頂いた授かりの力の恩恵を、ほとんど受けずに過ごしてきたんだと思う」
推測だけれどと、言う鷲獅子が、ゆっくりと瞬きをする。
「本当は……。ぼくたちと同じであれば、授かりの力を使っても、力がまたすぐに器に満るのだけれど……」
特に、本来の姿であればと言うラナンの言葉。
それで、オルグレンの胸には昨日見たものが浮かんだ。
「ロゼのあの姿は貴方とは違い、寧ろ光――恐らくは力が、零れてしまっているように見えた」
まるで手で掬った水のようだったと、告げればロゼが少し目を見開いた。
それは、そうだったのか、とでも言い出さんばかりの瞳だ。
自身の姿であるだけに、逆に気づいてはいなかったらしい。当事者だからこそ見ていないもの……、その気づきにオルグレンはわずかに心が疼くのを感じた。




