十五章《三節 サーダリス》2
「もちろんさ。だが、報償を出すって言えないところが辛い所さね」
共に行くものは必死確定、とサーダリスは包み隠さず明かして笑う。
「構わねえよ。ここに居てもどのみち……、だ」
後は外に行く奴らに語り部を頼むさ、と始めの男が言った。
生きて何処かへと行ければだが、と続いた言葉が、どの選択も細い路であることを示す。
彼らの話の間にもシェンナや、片目の男が鍵を開けていった。
片目の男は鍵番だったせいか、時折小突かれる。だが、それぞれの仲間がすぐに止めさせた。
鍵番の彼も奴隷なのだ。無闇に鍵を解いたところでお互いにどうなるかは、考えればすぐに分かる。
解かれた者たちが、指図されたわけでもなくサーダリスの前へと集い並んでいく。
彼らの行く先に、幸せはない。
そうであるにもかかわらず、それぞれの表情は炎に照らされている。
部屋の中には、熱気が渦を巻いた。
皆、先の長くない身なればこそ、一矢報いよう。
何事か果たして見せようと。
サーダリスという篝火に、小さな火を宿した人々が集う。
その様は、まるで営火のようだった。
熱が溢れ出ている。今いるのは、サーダリスがここに連れてきた手勢を入れても数十人程度の手駒だ。
しかし、集い満ちた意気でか、実際の数よりも多く感じられる。
地上からは獣の咆哮が聞こえたが、震えあがる者はいなかった。
それどころか、生殺与奪を決めようと観客が挙げる声を聞きながら、目に鋭い意志を乗せていく。
戦を前にし、燃え上がる兵たち。
クゼリュスを打倒すと、奪われた者達の心からの声にロゼもまた堪らなく惹かれるのを感じた。
何せ、故郷を燃やした炎を覚えている。面倒をみてくれたおばさんが、菓子を与えてくれたおじさんが、里の人々の体が、斬られ裂かれた光景を覚えている。
それを行った者達は、音楽をかき鳴らし、酒に酔い、あまつさえ催しを見物するのだという。
これほどの不条理はない。
報いを……、と思う。
そう、ロゼも炙られるような感覚を得……だが、厚い手に頭を鷲掴みにされ、その人を見た。
サーダリスが口角を上げた笑みを浮かべる。
「あんたは、あんたのやるべき事をおし。違うんじゃないよ」
残念だがあんたはこっちじゃないと、そう言って彼女が手をぐいと捻る。
その有無を言わせぬ力で、ロゼは自然と熱気とは別の方を向かされた。
人の発する熱波から切り離され、ロゼは一度強く目を閉じた。
分かっていたことが、はっきりと胸にのしかかる。
サーダリスが、乗せていた手で青黒く染めたロゼの髪を叩くように撫でてきた。
「馬司の王子を解く事ができたら、そのままお行き。よそ事なんて考えるんじゃないよ」
クゼリュス王ヒースヴィオラは自分たちが仕留めると、サーダリスが言う。
その彼女の声に、ちらりと見えた表情に、やはりサクラスに似たものがあった。
刺し違えても、かの者を討ち取ると言った師。
口角を上げた表情。切れ長の双眸。
そして、穏やかだった最後の顔。
ロゼは記憶が揺り動かされるのを感じた。
一年だ、と。サクラスの終わりは、まだ半月ほど後だが……ほぼ一年前の事と言って差し支えない。
あの時――
エーイーリィが籠城の末期を迎えていた頃……それを視察しにクゼリュス王自らが赴くとの情報を得た。
それで今と同じように起死回生の一手として王を撃とうとし、――果たせずに終わったのだ。ここより東、エーイーリィとの国境の、石ばかりが転がる川の傍らで。
そして言われたのだ。季節が一巡りする間……と、息の方が多い細い声がロゼの耳に蘇ってきた。
思い出を追いながら、あの遺言からそれだけ経ったのだと、不意に実感し瞬きをする。
サクラスに自身を預けた、一年。
復讐を禁じられた、一年。
何よりも、友を得、友と過ごしてきた一年。
ロゼは胸を炎とは違う、熱さが占めるのを感じた。
彼は、標越しの大国に囚われているべき人ではない。
陽を浴び、馬を駆り、駆け抜けるべき人。
だから、必ずかの青年を助ける。
そして、共に征く。西へ西へと、君と征くのだと、そうと強く胸に描く。
その間にも、新たに得た戦力と、戦わぬと決めた者が分かれていく。口々に別れを言い合う言葉が聞こえた。
戦う者たちには武器が行き渡り、剣帯を身に着けていく彼らの姿が奴隷から、兵士へと変わっていく。
シェンナをはじめ、サーダリスの配下が立てていた作戦の通りに人員の采配を行っていく。
そして、出来上がった隊列を前にし、サーダリスの号令が響く。
「さあ、死に征く者達よ。共に駆けようじゃないか!」




