表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十五章〈切望の想い〉
132/179

十五章《三節 サーダリス》1


 不浄の路……。

 静まった空気の中に、拭いきれない淀んだ臭いが漂っている。

 もしも瘴禍(ミアズマ)が、何処からでも染み出してくるものであったなら、すぐにここを塒と定めたに違いない。

 ロゼはすえた空気が肺臓に染まぬよう、細くした呼吸の中で奥を透かし見た。

 光源のみの問題ではなく、暗い通路をたどる。誰しもが息を浅くし、口鼻を手で覆った。

 だが、ざわめくことはない。


 やがてたどり着いたのは、階段だった。段は上へと延び、天井へと行きついてしまっている。

 そこへと近づき、シェンナが松明の持ち手たちを遠ざけた。

 自身は角灯の窓を金属で覆い、灯りを絞ってサーダリスの横へと並ぶ。


 彼女たちの後ろを追い、ロゼの目は自然とその先をたどった。

 階段の先、天井に格子が見えている。

 その向こうにあるのは、空間だ。どこかで火がたかれているのか、ぼんやりとした薄闇色が揺れていた。

 サーダリスが、拳で小さく床を叩く。無音が占めた。

 一息の間を置き、今度は三度床を叩く。


 すぐに石壁を伝って、擦るような足音が響いた。

 天井の格子から、男が見下ろしてくる。それが互いが手に持つ灯火で照らされた。

 上の男が、喉を鳴らして唾を飲む。

「み、……峰々は」

 さらしで顔の半分を覆った男は、顎を震わせるような乾いた声だった。

「白く輝く」

 淀みなく、サーダリスが答える。今度は逆に彼女が、男へと問いを向けた。

「我らが海は」

「晴天、されど波高し……」

 男が答え、サーダリスへ更に問う。

「我らが城は」

「堅固堅牢なり。まあ、……破られたんだがね」

 サーダリスは言葉の最後を少し茶化したが、男の方は胸を細らせたような声を漏らした。


 そして、飛びつくようにしてひざまずくと、格子の端で手を動かす。

 金属の擦れ合う音がかすかに鳴り、やがて子気味よく軽快な音を響かせた。

 錠前が外されたのだ。格子が跳ねるように開け放たれ、先ずシェンナが短槍を片手に階段を上る。


 彼女は素早く周囲を見渡してから、下の通路の面々へと頷いて見せた。

 続いてサーダリスが上がり、ロゼも一足飛びに上階に飛び出る。それから振り返り、シェンナと共に他の面々へと手を貸す。

 その間にも、サーダリスが部屋を灯火で照らした。

 手伝いをしながらロゼもまた空間を見渡せば、そこには片目を輝かせる先ほどの男の他にも、姿があった。


 離れ離れの松明が照らす薄暗く淀んた場所に、いくつもの牢がひしめいている。

 鉄格子の部屋が幾つも立ち並び、その中には男女がうごめいていた。

 閉じ込められた人々の幾人かが、飛びつくように鉄格子に張り付く。少しでも、サーダリスに近こうとするように。

 ああ、という声。溜息、感嘆の言葉にならない声。

 それらに混ざる、何事が起きているのかと戸惑う声。

「まだ気づかれたくない、静かにお聞き」

 言うサーダリスが、灯火を手にしぐるりと見渡した。


「――あたしの名前は、サーダリス・フレイ・メルズテュネ」

 エーイーリィの女性将軍が名乗ると、口々に彼女の名が呟かれ、敬礼を取る者もいた。

「捕らわれし、同胞よ。白き峰々の子らよ」

 呼びかけに、かすかな声で答える者達がいる。

 事態に戸惑っていた者たちの中にも、気づいたように格子に飛びつく者が出てきた。

 こうして反応を見せる彼らは、エーイーリィの兵だった者たちだろう。


 戦いの果てに捕らえられ、捕虜となり、そのまま売られた者達。

 不浄の通路の事を人伝にサーダリスへと伝えたのも、そういった者だった。

 ここにいる者たちは、戦えるがために剣闘奴隷として買われたのだ。

 今日の催しものの為に連れてこられた、見世物となるもの達。


「これから、お前達を解く。そして選べ」

 我らと逝くか、それとも我らが通った通路を辿り外へと行くか、と。

 それを好きに選べと、サーダリスが言った。


 ロゼの目には、囲いの中に押し込められた人々の目に、灯火が移るのを見た。

 狭く暗い閉じられた空間に、興奮した人が放つ汗のにおいが満ちる。

 サーダリスに従い、誰も騒ぐ者はなかった。だが、地上の闘技場で催されているらしい闘争の響きが、地上と地中以上の距離ができたように感じられる。

 その中で、

「俺ぁ、アディーシェの者だが、その話乗ってもいいのかい」

 一人が声を出した。

 他にも口々に地名が漏れた。クゼリュスに平定された、もうない国の名前もある。

 それらが静かな名乗りを上げた。

   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ