十四章《三節 昊天の峰の毒》2
少し黙り込んだ後、ややあってロゼが口を開く。
「……たぶん、そうだと思う」
揺蕩うように、ここにある闇色へと視線を迷わせながらの言葉だった。
「小さい頃に離れてしまったし……色々とあったから、あやふやなのだけれど」
子供が視線を落とす。
「なぜなのか憶えていないのに、ああ言われたのがとても嫌で……。けれど、真実かも知れないのに」
強く自身の両腕を握りしめながら、ロゼが再び頭を下げた。シェンナに声を荒げるべきではなかった、と重ねて謝る。
その彼へ、シェンナが慌て気味に手を上げ、首を振る。
「いえ、出自を知らなかったとはいえ、私が心無い言い方を――」
謝り合いそうな二人の雰囲気に、サーダリスは腕を振った。
「悪いのはあたしだよ、そういうことにおし」
有無を言わせず言い切る。
「昊天の峰の毒については、危なさは語っても、それ以上はあんた達に話さなかったからね」
あれはクゼリュスの自滅だよ、とサーダリスは鼻を鳴らした。
その言葉に、シェンナはもちろんゼオンでさえ瞬きする。
無理からぬか、とサーダリスは息を吐いて腕を組んだ。
「あれは、山の民が撒いた毒なんかじゃないのさ」
先ず、と結論を口にする。そして続けた。
「あたしの郷には古くからの鉱山があってね、そこの知恵者がよく言ってたもんさ。山を掘ると水を汚すってね。……昊天の峰の毒みたいな話は、ここだけじゃない。同じことは他所の坑道でも起きてんのさ」
「他所でも……?」
その疑問の声は、ゼオンから出た。
「ああ、鉱石を採ってる所はどこでもさ。濾過池や、沈殿池を通さず、掘って出た水を流せば全部だめになっちまう。なにせ、毒は鉱物とともに地中に埋まってんだからね」
人が土地に染ませたのではなく、もともと土地にある毒。
それを人間が掘り起こして水と混ぜ、勝手に自らが苦しんでいるだけなのだ、と。
ゼオンの顔、シェンナの顔、それぞれに見知らぬ物を突き付けられたような色があった。これもまた無理からぬ、とサーダリスは胸中で呟き、そして更に口を動かす。
「山の秘密ってやつさ。鉱物の掘り方ってのは同国でも……敵国なら尚更に、出したくない話だってのはわかるだろ?」
誰だって自分達の土地が汚染された土地だとは、言いたくもない。
不気味なほど赤茶けた水が流れる川を、胸を張って紹介などできはしない。
山を掘ると言うことは、周囲の水を飲む者の内臓を病ませ、乾いた泥の細かな砂で盲いる者を作ると言うことでもある。毒を吸い込み、息の臓器を壊す者も生む。
他にも様々な気病としか呼びようのない病を招き、恐ろしいほどの屍を積み重ねていくことなのだ。
数多の穢れを負いながら、苦難を工夫を以て抑え、培った山を掘る技術は宝としか言いようがないものだ。
それを他所に掻っ攫われるのは癪としか言えない。見様見真似で山を掘り、自滅してくれるならばよし……技術を培うならば市場での敵となる。
サーダリスはそう説明した。
気付きを得たような周りの顔へと、言葉を重ねる。
「クゼリュスは今まで、主に沼鉄鉱を掘ってきた。だから、如何に鉄の輸出国であっても、知識が浅かっただろうさ。鉄が採れる沼地にだって、鉱物の毒はあるんだが……」
ちらりとサーダリスが視線を向けると、ゼオンが口を開いた。石のように重い声で言う。
「採集者はだいたいが寒村の人間だ。そういうとこのは、早死にするとは聞いていたが……貧しいからとしか考えられて居ないな。……クゼリュスは弱ければ死ぬ、そういう場所だ」
温度なく、ゼオンが話す。
サーダリスは、ロゼに向けて肩を竦めて見せた。
「……大声してもらっちゃ困るが、あんたの否定は悪いもんじゃない」
静かに話を聞いていたロゼの頬を、薄い光の帯が照らす。
その薄紅色の目をサーダリスは見据えつつ、
「山の民が鉱物の毒のことを知っていたかは知らんがね、あんたの里は毒なんか流しちゃいない。それは確かさ」
で、あるが故に――浮かばれないのだ。
昊天の峰の毒。
山の民が撒いた毒であるという誤解を切っ掛けに、何が起こったか……。
ありがとうと口にする山の子から、目を逸らす。
そうしてサーダリスは、そっと視線を引きゼオンを見た。彼も同じことに行き着いたのだろう、と確信する。
腕を組んだ剣聖の目は、陽の当たらない水面の色をしていた。
雲が遮ったか、天井から差し込んでいた光の帯が褪せていく。
瘴禍の色になった地底湖に響く滴下の音は、まるで血の雫のように聞こえた。
この子供が、友人だというアィーアツバスの王子。
サーダリスは思う。
オルグレンと言う青年は、昊天の峰の毒を発端とする二国間の因縁にどう関わっていただろうかと……
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