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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十四章〈標星の大国クゼリュス〉
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十四章《三節 昊天の峰の毒》1


「違う!」

 鞭を打ったかのような声が聞こえ、サーダリスは片眉を上げた。


 部下の喧嘩か、と一瞬そう考える。何せ敵地に紛れ込んでから、だいぶ長い。

 無論、愛おしい祖国を蛮族の手から取り戻す。その苦難の道に、鉄のような意思を持って臨んだ者達だ。

 しかし、間歩の中ですれ違う配下の姿にはやつれが見られる。ここは敵陣の中であり、いつ標星の大国の大群に取り囲まれ、大望を果せぬまま無意味な死を迎えるか分からない場所なのだ。 

 疲れ、意思を錆びつかせていてもおかしくはない。


 しかし、諍いの様子は打ち合わせた火打石の様に瞬きの間、火花を上げたものの……その後はない。

 声は続かず、間歩の中はまた沈黙が満ちた。静けさを増すような、滴下の音だけが大小さまざまに響いている。

 サーダリスは大股に歩を進めた。どのみち見回りで進む先でのことだ。

 

 そうと進んだ先――坑道と天然の洞穴が交わった場所。

 始めこそ、瘴禍(ミアズマ)の進入路になるのではないかと懸念していたこの空間。

 だが、拠点として使い始めてからも、半年以上、どこか清浄な静けさを保ち続けてくれている。

 その澄んだ水が満ち、揺蕩っている広い空間に、三人の姿があった。

 天井の槍の群れのような鍾乳石の合間から、帯のように垂れ込める光に、彼らの姿が照らされている。

 そこには、ただ水が動くまろい音だけがあった。

 

 「どうしたのさ?」

 サーダリスは、自身の副官へと声で問うた。

 音がそこら中に当たって弾ける為、外に響くことも無かろう。だが、大声は状況を考えれば望ましい行為ではない。

 この辺りは人が近づかぬ土地であるとはいえ、思いもしない事態が起こることは十分にあり得る。

 シェンナが、筋が入ったように姿勢を正す。

 それを目に映しながらもサーダリスは、先ほどの声を発した主の方へと向いた。

 

 その当人――ロゼは、ただ眉を寄せ口を覆っている。今はもう激昂しているでも、興奮しているでもなく、そこにあるのは青ざめんばかりの動揺のようだった。

 彼の養父であるゼオンの方は、サーダリスの登場を気にしつつも、ロゼを気遣うように傍へと寄ってやっている。


「……ごめんなさい」

 シェンナが口を開く前、ロゼが彼女へと呟くようにそう謝った。

 その口がさらに何かを言い出す前――

 サーダリスは軽く手を上げた。そうして黙らせ、シェンナへと向き直る。

「シェンナ、報告をおし」

 副官には、同盟者二人に坑道内の案内をするよう命じていたのだ。この坑道はクゼリュスがどうしようもない事情で破棄したもの。

 故に、気をつけておかねばならない事が多くある。


「はい。水についての注意を、お話しておりました」

 そうシェンナが報告する。サーダリスは頷いて周囲を見た。

 天井から滴下し、あるいは壁面から染み出、目の前の開けた空間にたっぷりと溜まった水。

 坑道の中を、涼やかに流れていくせせらぎ。

 光の帯に照らされるそれらは透き通り、とても美しいが……問題がある。


 やがてサーダリスが視線を戻すと、副官がちらりと子供の方を見た。

 その背を、ゼオンが支えてやっているのを見て取ってか。

「ここの水は口にしてはいけない、と。山岳の民が撒き、山に染ませた恐ろしい毒が残っております、と説明をいたしました」

 昊天の峰(シキルラケ)の毒をそう説明したところ、強い否定をこの少年がしたのだとシェンナが言う。標星の大国の喧伝を聞いてか、あるいはそれ以外の伝え聞きを耳にしたか、彼女は過去から現在まで続く、この周囲の災いをそう解しているらしい。


 子供は痛みを覚えたように、眉を一瞬動かしただけだった。今あった会話の再現となっただろうにも関わらず、静かなまま。

 このロゼは、感情的な子供ではない。

 サーダリスは目を細めつつ、初めから抱いていた確信を胸中に深めた。

 そんな少年がなぜ、取り乱したのか……考えを巡らせる。

「あんた、ひょっとして……この山の子かい?」

 ロゼが眉根を寄せた。


 子供はすぐには答えない。いや、答えかねる様子で湿潤を帯びた床へと目を向け、記憶の洞窟を彷徨うように黙り込む。

 横ではゼオンが何かを言い出すべきか迷うように、唇を動かす。だが、息を吸ったのみでそのまま、口を噤んだ。

 剣聖はわかっているらしい。

 その養い親の姿へサーダリスは、小さな首肯を送った。

 聞きたいのは、ロゼ自身の話だ。他人の視点の話は、今は必要ないのだと。

 その子供が十分に報告をできる知性を持っている以上、サーダリスとしては当人の口から聞き出したい。

 

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