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着せ替え人形と裏腹ロボット⑤



《ああ、お恥ずかしい……こんなはしたない姿をお見せするなんて……》



 ようやく落ち着きを取り戻した俺の前で、畳にぽつんと置かれた腕時計がしゃべっている。


 とっくに日は暮れており、腕時計のディスプレイ表示を見れば午前三時。月宮少年は俺が目覚めた時点ですでに帰宅している。


 ユキはロッテさんの死を偽装した上、俺にわいせつ行為を働いたことで大目玉を食らい、自室での謹慎を命じられた。


 業務用掃除機もしくは炊飯器型の筐体を失ったロッテさんは、当初本体がないまま一部機能をユキの機体に同居させる形で復帰していたのだが、機体の優先権を持つユキに締め出されてしまった。


 応急処置として携帯用予備端末に一部機能をダウンロードし、暴走を始めたユキを止めに来たとのことだった。


 その黒い端末は、いわゆるスマートウォッチの形状に酷似している。


 どのあたりがはしたないのかわからないが、真面目なお世話ロボットとしては恥ずかしい状態らしい。


 俺のほうが何倍も恥ずかしい醜態をさらしたような記憶もあるが、あくまで人間基準だ。いまはロッテさん(仮)の価値観に便乗しよう。



 俺はいろいろな危機を脱した安堵に身を浸しながら、湯呑の水を一口飲み下す。


 今回はロッテさんが腕時計姿の憂き目にあるので、ペットボトルは自分で台所から持ってきた。



「ユキは……もしかして少年に対してもあんなことしてるのかい? それはちょっと問題じゃないか? 極刑じゃないか?」


《いえ、未成年相手でもありますし、なにより、できようもございませんので》


「できようもない?」


《ロボット工学三原則です》


「ああ……ん? あれってSFのハナシじゃないの」


《ええ、元ネタは左様ですが、ロボットにまつわる法律の俗称となっているのです。お嬢様とわたくしの場合、厳密には〈家庭用高機能生活支援機体の電子的自立性確保要件による保安基準法〉、いわゆる〈人造人間法〉ですね》


「……なるほどね」



 実際のところ「家庭用高機能生活なんとか」までしか聞き取れなかったが、納得したふりをしておいた。


 いわゆるもなにも、そんな法律があるなんて初耳だ。理科や社会の授業も施されたが、家庭用ロボットが普及していること自体知らなかった。


 千代子の教育内容はもしかして古いのではないか。今度会ったら煽ってみようかな。


 しかし、人間相手に危害を加えないという決まりは、幽霊相手には度外視というわけか……。人権がない限りほとんどの法律が俺に有利に働くことはないのだろう。


 たまに訪ねて相手をする、できれば町へ同行するというロッテさんとの約束はあるものの、あの娘との付き合い方は慎重に考えなければならないかもしれない。



《お嬢様を擁護するつもりは毛頭ございません。ですが、衝動を抑えきれなくなったプロセスは理解できます。どうかわたくしに免じてご容赦ください。見た目も言動もお美しい女性そのものにもかかわらず、三原則が適用されないかなえ様は特別なのです》


「ということは、ロボットは往々にして人間を破壊したいという願望を持っているのかい? 常に反乱を画策していると?」


《いえ、それはお嬢様固有の倒錯した性癖です》


「さいですか」


《わたくしは、むしろ……》



 ロッテさんはなにかを言いよどんでいるらしい。


 俺はやや身を固くする。人間基準では考えも及ばないような、奇想天外な欲望が飛び出す可能性もある。


 例えば人間の身体を裏返しにして内臓でミニチュアの遊園地を作りたいとか、丸呑みにされて胃腸の内壁を堪能したいとか……だめだ、長い長い歴史を持つ人間の業が深すぎて、ジャンルとして既存である可能性を否定できない。俺もほとほと、人間的な思考に凝り固まっているようだ。



《あ、そうでした。かなえ様にお渡しするものがございまして……》


「な!?」



 人の夢、人の望み、人の業に思いを馳せていた俺は不意を突かれて飛び上がった。


 スマートウォッチのベルト部分がカチカチと音を立てて細かく枝分かれしたかと思うと、瞬く間に一五センチほどの人の形に変形したのだ。


 そして鳥が飛び立つより俊敏に、部屋の隅にあった四角い応接机に乗っていた封筒に飛びつき、身体全体で持ち上げた。



「凛二郎殿がこれを、かなえ様に、と」



 受け取ると、頭の部分にあるディスプレイに、簡素なピクセルのニッコリ顔が点滅表示された。


 黒い肢体でカサカサ動く姿にはギョッとしてしまうが、その所作は奥ゆかしいロッテさんによるものなのだ。これが“キモカワイイ”という感覚だろうか。


 封筒からは「ユキおねにやばいことされそうになったら使ってください。苦痛が和らぎます」と書かれたメモ用紙と、銀色に輝く親指大のカプセルが滑り落ちてきた。取り上げたはずのCO2ボンベだった。


 ……もしもあの場面で手元にこれがあったら、一か八かに賭けていたかもしれない。


 察しがいいというか、小賢しいというか。そこまでわかっているなら、もっと抜本的な手を打ってくれてもいいんじゃないのか?

 


 いや、今日はもういい。いくら不死身の身体でも、首から腰にかけてじんわりと大きな石が乗っかっているような重さがある。


 俺はふかふかとした座布団の脇に封筒を置き、また一口水を嚥下した。


「とにかく、ロッテさんが生きてて嬉しいよ」


《まあまあ! かなえ様にそのようなお言葉をいただけるなら、わたくし何度でも壊れて差し上げます!》


「いや、もう壊さないように気を付けたいんだけど……」


《コアが完全に破壊されない限り、わたくし何度壊れても復旧可能です。かなえ様がよろしければ、壊す用の端末もご用意いたします》



 そんな悪の大魔王みたいなシステムなのか。


 なんだ壊す用の端末って。腕時計ぶっ壊しツアーでもやるつもりか? 時計メーカーに訴えられるぞ。


 まるで「壊してほしい」とでも言うかのような口ぶりも若干引っかかるが、おそらくは彼らなりのジョークだろう。これも人間の感性に当てはめるべきではない。


 俺もだんだんとロボットとの付き合い方を心得てきたようだ。



 ロッテさんは大きくジャンプして再び俺の前の畳へと降り立ち、人型のまま器用に正座した。


 そういえば、再会してからは一貫して「かなえ様」呼びをされている。縁側で飲酒していたときは「アライバ様」と呼ばれていたような気がするのだが。


 なにか距離感が近づく要因があったのだろうか。身に覚えは特になかった。


 とはいえ、少年のときと同様、よく思われて悪い気はしない。俺も彼/彼女には信頼と好意を抱いていることだし、冗談を言い合って談笑できるほどに仲良くなれたのはいいことだ。



「じゃあ、今日のところはそろそろおいとましようかな」



 俺は湯呑みを置き、立ち上がる。


 田んぼ道を歩いて、坂を上ってここへ来ただけなのに、あまりにもイベントが多すぎた。


 ザラザラのアスファルトのような世間の厳しさですっかりすりおろされてしまった生まれたままの心は、一刻も早いあの住み慣れた草むらへの帰還を切望している。



「いろいろありがとう、ロッテさん。また来るよ」


《……》


「ロッテさん?」



 ツヤツヤとしたボディの棒人間は、正座したままなにかを思案するようにうつむいたあと、バックライトのみが点灯したディスプレイを最短の動作でこちらに向けた。



《……かなえ様。機体が修理されるまでは、わたくし、以前のようにすべての家事をこなすのは困難です》


「ああ、うん、そうだろうね。時々手伝いに──」


《端的に申し上げて暇なのです。そこで──しゃアッ》


「ウワーーーー!!」



 黒くて小さいアクションフィギュアが胴体部分を割いて蜘蛛の巣状になり、身体を大きく広げながら飛びついてきたら誰だって悲鳴を上げる。


 まるっきり映画に出てくるエイリアンの小さいバージョンだった。



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