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着せ替え人形と裏腹ロボット④



 「……ん?」



 さっきまでやかましく部屋を満たしていた駆動音と嬌声がピタリとやんだので、俺は客観視をやめ、我に返る。


 部屋の対角でユキがこちらを向いたまま、まるで大理石の柱のように静止していた。


 あっけにとられ、しばし無言で見つめ合うコスプレ幽霊と四角い物体。


 家の周囲の虫の音さえ、はるか彼方から聞こえるようだった。



「なに? 終わり?」


《……めん》


「え?」


《ごめん。抑えがきかないかも……。でも、こんな機会めったにないから……》



 低く、どこか切羽詰まったような声。


 なんのことかと考えているうちに、ユキが細かく振動し、その揺れは瞬く間に大きくなった。


 振動の発信源はアームのドリルだった。それが激しく回転するとともに、高速で前後運動している。



《ちょっとだけ、ちょっとだけだから……》


「ひえっ」



 自分でも意外なほどに、自然界ではまず見かけないような速度でガシャガシャ動く物体を見せつけられ、俺はシンプルに怯えていた。



《大丈夫だいじょーぶ、ちょっとチクッとするだけだから……ボクを信じて……》


「待て、どんなポーズでもする! どんなコスでも着るから!」



 察するに、意図は不明だが謝罪の作法を教えるとかいう建前をすべてほっぽり出して、コスプレをした俺の身体にドリルをぶっ刺したいという欲望を果たすつもりらしかった。


 意味が分からない。性愛が高じて破壊衝動に変わるという異常性癖なのか? ロボのくせに?


 さすが人類の科学技術の結晶。性的嗜好すらも並の人間を超えていくぜ。


 俺は罪をあがなうことをあきらめ、最終手段としての逃走を企図するが、パツパツのタイツに機動性を奪われてしまっている。壁まではまだ遠い。透明化ですり抜けて逃げることはできない。


 このまま透明になったところで、彼女のサーモグラフィー的なセンサーに捉えられてしまうおそれもある。


 エメラルドグリーンのブラウスで彩られた胴体部にゆっくりとドリルが迫る。


 俺は覚悟を決め、刃が刺さる瞬間に透明化できるよう身構えた。


 しかし金属バットの一閃ならいざ知らず、ゆっくりと差し込まれる攻撃を避けられるほど長時間の透明化は可能なのだろうか。


 そして呼吸を必要としないロボット相手に、全身を包み込む攻撃は有効なのだろうか。


 ここでまたひとつ重要なポイントが、透明化した瞬間にいま着ているコスチュームが身体をすり抜けて床に落ち、次に実体化したとき、俺はほぼ全裸のお姉さんに逆戻りしてしまうということだ。


 そんな状態でこの家から逃げ出せば今度こそ不審者情報に載ってしまうから、なんらかの手を打つ必要がある。


 いくらなんでも脱出の難易度が高すぎるだろう。俺にこの世はまだ早すぎた。


 いっそユキの気が済むまで受け入れるほうが早く済むだろうか? いや、いつだって俺は強制的に与えられる痛みだけを味わってきたのだ。


 避け得る痛みを甘んじて受けるなど、俺の主義に反する。


 歯を食いしばり、タイツが裂けても構わないと気合を込めて立ち上がろうとしたそのときだった。



 地獄の底から届いたような低く暗い、ひどく途切れ途切れの声が、ザラザラゴボゴボというノイズ混じりで部屋全体に響き渡った。



《お……じょ……さま…………げんに……いまし》


《うっ、やば……》



 ユキが動力をシャットダウンされたかのように動きを止める。


 聞き間違えるはずがない。あの理性的で、冷静で、そして俺がこの手で“再起不能”にしてしまったはずの、あの声だ。



「……え? ……え?!」



 その声は天井から降ってきていたが、奇抜な天井をいくら見回しても、スピーカーらしき機器は見当たらない。


 古めかしい円形の電灯がぶら下がっているのみだ。


 導き出される答えは一つ。



 オバケだ。



 そんなことを口に出せば、なにを非科学的なことを、荒唐無稽なことを、と思われるかもしれない。


 だが俺は知っているんですよ。この世に未練を残して死んだ者が霊体として残留するケースがあるんですよ。


 幽霊って、本当にいるんです。


 ならば、主への忠誠を残したまま破壊された人工知能が、その執念で地縛霊と化すことだってあるのではないか?


 幽霊船だの唐傘お化けだの瀬戸大将だの経凛々だの、非生物の霊現象は古くから枚挙にいとまがない。


 ロボットの幽霊がいてはいけない法などないのだ。



「本物だ……! 本物の怨霊が出た……!」



 動画サイトを巡回しながらのんべんだらりと暮らしてきたニワカ幽霊とは格が違う。


 そしてその怨みは、下手人である俺に向かってくるのだろう。


 前門のロボ、後門の幽霊。俺は静かに深刻なパニックへと陥っていた。



《……かな……さま……ですか……》


「どうか……どうか許してください。もう二度と外へは出ない。あの石碑の前から一歩も出ませんから……! 警察は勘弁してください……! 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」



 拝む動作は死んでこのかた初めてだったが、スムーズに行えるところを見るに生前の俺はやはり日本人なのだろう。


 八百万のあらゆるものに精神を見出す国民性に則り、愛らしい無機物の友達の成仏を願った。



《──お嬢様! 勝手にミュートにするのもシャットダウンするのも禁止と申し上げたはずです!》



 不意にノイズが晴れた声が目の前から聞こえたが、俺はきつく目を閉じて読経を続けた。


 こういうとき目を開けてはいけない。ネット怪談では鉄則なのだ。



《ごめんてば。それより見てよ、幽霊を恐れるあまり幽霊に念仏が効かないことを立証しちゃってるよ。新しいことわざが生まれる瞬間に立ち会ってるかも》


《ふむ。“亡者の念仏、シジフォスの岩”というのはいかがでしょう?》


《ちょっと西洋感がノイズかな……》




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