着せ替え人形と裏腹ロボット②
「私がやりました!」
俺は畳にダイブし、これ以上ないほど綺麗な姿勢で額をこすりつけた。
なぜユキにそんな削岩用のような機能が内蔵されているのかわからないが、絶対に謝ったほうがいいということは十二分に伝わった。
もうたくさんなんだ暴力は。バトル展開なんかいらない。かわいい女の子とか妖怪とかとほのぼのする日常系にしてくれ!
しかし俺の謝罪が聞こえていないかのように、ユキはわざと右のアームをドリルに接触させ、チュインチュインと恐ろしげな音を鳴らしながら近づいてくる。
「許してくれ! わざとじゃないんだ! 弁償はする、なんでもするからそのやばそうなウェポンをしまってくれ!」
《でもかなえさん無一文でしょ? うーん……そうだ! 許す代わりに、正式な謝罪の作法を教えたげるよ! 話は聞いてるからさ、社会勉強ってことで》
ちょっと待っててと言い残し、ユキは別室からなにかの紙袋を持って戻ってきた。
《これを着てね》
「えーと、なにこれ?」
袋からビニールに包まれた何枚かの布製品が滑り出る。
ひとつ手に取ってみると、それはわずかに光沢のある紺色の衣装のようだった。
《さあさ、はやく着替えて着替えて!》
「ちょっと待った。着替えろったって……」
着替え。
服を脱ぎ、別の服を身に着ける行為。
人間であれば毎日繰り返す習慣だろうが、俺は未だ経験したことがない。
そもそもこの女子大生のお姉さん姿になったとき、すでに服は着ていたのだ。
着替えはおろか、服をキャストオフできるかどうかすらわからない。
《えー? 透明になれるんなら、姿を変えることもできるんじゃないの? なんか幽霊っぽいじゃん、そういう能力》
「服が身体の一部だからこそ、透明になれるんだけどな……」
《その姿にはどうやってなったのさ?》
「えっと、雑誌のグラビアを見て、気がついたらそこに載ってたお姉さんの姿に──」
《ぐらびあ……あ、ああー!!》
びっくりした。
突然の大声もさることながら、大きな筐体が激しく上下して床全体が少し揺れたのだ。
そして叫んだ勢いのまま、再び退室していく。
猛スピードでターンしても畳が傷ついていないことに、なぜか俺は痛く感心していた。
《どっかで見たと思ってたんだよね、かなえさんの顔とエロ……いや、スケベな身体!》
「訂正してひどくなってないか?」
ユキが持ってきたのは、俺があの木立の草むらで拾い、貴重な娯楽として何度も何度も読み返していた写真週刊誌、それも汚れひとつない美品だった。
《これでしょ! これ!》
彼女は興奮した様子でアームを伸縮させる。
そこには見慣れたグラビアページが、しかし見たことのない新品同様の鮮明な状態で指し示されていた。
だが俺はむしろ、瑞々しい写真よりも、脇の下世話な煽り文のほうに強く目を引かれていた。
素人女子大生コレクションVol.14 かなえちゃん(二十歳)──
「かなえちゃん……!?」
奇しくも俺が勝手に名乗っている仮名と同じだった。
あの場所でこれを見ていた当時は、このお姉さんの名前に感心はなかったし、アライバかなえを名乗り始めたのは少年と会ってからだ。
《へえー偶然。ボクもかなえだし、意外とある名前なのかもね》
奇妙な偶然。おそらくはそうなのだろう。
俺の自己プロデュースの中でも「田舎に似つかわしくない、都会の香り漂うお姉さん」と掲げていた。
雑誌は全国で流通していたのだろうし、この辺りに住んでいるとは思えない。
「だけど、なんでこの雑誌がここにあるんだい?」
《わっかんない。ずっと前からあったんだ。前にここを使ってた職人さんの私物じゃないかな? ボクのお姉さんコレクションの一つだよ。美人だよねー、かなえちゃん。いまどこでなにしてんのかなー?》
角柱姿のユキに表情を映し出すディスプレイはないが、目を輝かせるようにして“かなえちゃん”に見惚れている。
《そうだ! かなえちゃんにしかなれないってことはさ、この写真の中の姿にはなれるってことじゃない?》
見開きのページの中では、私服の状態から徐々に肌の露出が多くなっていくたくさんの“かなえちゃん”が悩ましげなポーズをとっている。
《この下着姿を再現できれば、このコスチュームも着れるってわけだよね?!》
ユキは人間なら鼻息を荒くしているであろう興奮した語気で、極端に布面積が少ないショーツのみを身に着けて胸を手で隠すお姉さんを俺の前に突き出した。
いやいや。
いやいやいや。
そんなにうまくいくわけがないと思うのだが。
でもまあ、やるだけやって許してくれるのなら悪い話でもないか。ドリルで刺されるよりはマシだろう。
俺はその目のやり場に困る写真を正面に見据え、なにかを強く念じるふりをして、ゆっくりと目を閉じた。




