六話:シナリオ通りに
ファリスは理解した。彼は魔法の事など知らない、あるいは覚えていない。そして、それではこちら側が困ると言う事を。魔法は一般的ではないが、子供でも青は恐れない。それでは誰も怪我などしないからだ。しかし、彼は恐れた。何が原因か分からないが、本当に記憶が無いらしい。
正直、溜息をつきたくなった。緊急事態の上に、さらに災難。しかも原因は不明。しかし、皆が居る前、とりわけ彼が居る前ではつくわけには行かなかった。見限られるのは一番やってはいけない事である。少なくとも今は。
「先に進みましょう。王が待っています」
彼に目を向けたまま腕を上げ、中指と親指を合わせ、弾いた。
オレンジの光が視界を覆う。音は無い。彼は驚きもせずに立っている。だれでも一度は肝を冷やすのにと、さすが神だと感心した。光が消え粉を残す頃には、無数の兵と白い柱が立つ、装飾の施された大広間へと移動していた。階段の上に居る王は立ち上がり、一言。
「かしこまらなくて宜しいか? 神よ」
聞き慣れた低い声が広間に通る。神官達はすでに体を伏せ、頭を下げていた。彼はたっぷり時間を使って。
「好きな方で」
それだけ答えて、話す気配が無くなった。この場の進行を、ファリスに任せると言いたいのだろう。ファリスは王に振り返った。
「発言よろしいでしょうか? 王」
髭を綺麗に整えた美丈夫は頷く。
「神様は記憶がありません」
二人の間に緊張が走る。それはそうだろう、王からすれば失敗以外のなにものでもない。しかし、ファリスからすれば、成功以外のなにものでもないのだ。あの儀式で失敗であれば、何回やったとしても、失敗以外ありえないであろう。神の記憶が無いのは、恐らく別の要因であるはずだ。あるいは、それも含めての儀式か。魔法を作る者は失敗作を放ってはおかないし、あの魔法自体、構造がとても美しかった。芸術の域でさえあった。失敗作とは考えられない。
王もファリスの態度で察する事が有ったらしい。彼に視線を移し、即興交じりの展開をなぞった。
「記憶に関しては国最高の魔術師に任そう。それよりもだ、神よ。貴方は契約を結んで力を貸すと伝わっている。そして今、国は危機に瀕している。力を貸してもらえないだろうか?」
彼は黙ったままだ。王は続ける。
「記憶が無くても問題は無い。隣国から兵を借りるのに、貴方の存在がいるのだ。我慢をしてもらう事も有るだろうが、どんな物事でもそれは同じだ。もちろん、終わった後には元の世界へお返しするし、望むものを契約終了の証として渡そう」
こちらが持っているもので有ればな、と王は笑顔を見せた。人の心を捉える渾身の笑顔。ファリスは、
その笑顔に吐き気がした。




