四話:広がる時間
「魔法は、失敗している」
ファリスは彼の言葉で、思わず笑みを消してしまった。不審に思われるかもしれないが、やってしまったものは仕方が無い。瞬時に頭を切り換え、これまでの手順を思い出した後、失敗した可能性は低いと考える。魔法によって、確かにこの地下と神の世界は繋がったのだ。しかし、それだとおかしな点が生まれてしまう。それは性別だ。
この儀式の元になった手記には、神は全て女性と書かれてあった。手記の筆者はファリシア。ファリスの先祖だ。
もちろん、先祖だから正しい。と言う訳ではないが。手記の正しさは、目を背けようとも理解するしかなかった。端的に言えば、魔法が仕組まれていたのだ。
魔法が動き始める、その詳しい条件は不明だが。恐らく自分の血族が文章を読むと、儀式の内容が心に突き刺さるのだろう。そして注ぎ込むのだ。記憶という形をとって。
ここで話が戻る。つまり、ファリスはこの儀式が正しい事を身を以て知った、と言う事なのだ。儀式が正しいと言う事は手記の内容も正しいであろう、と言う事にもなる。
(とすればこの方の正体は恐らく……)
ファリスは、彼が神である可能性を保留して、別の上位存在であると推測した。力を悪に使う者。悪魔。
「俺には記憶が無い。自分が神か人なのかも分からない。これは失敗以外の何なんだ?」
(記憶が無い? 本当かしら?)
その時、ファリスは胸の内が段々と冷えていくのを感じた。この不思議な感覚に口から息を漏らすと、その息が白い事にも気づく。ファリスは勢い良く振り返り、聖水が入っていた壺を見た。壺はうっすらと霜が掛かり、目に見えて白さが増している。壺の周りに居る神官たちも気づいたのか、ファリスの側に向かって走り出した。壺の霜は、大量の虫が這う様に石で出来た床へと広がり、速度を上げつつ神官達と、出口寄りに位置するファリス達に迫る。
「来てください!」
ファリスは衣装の裾を持つと、もう一つの手で彼の手を掴み、体勢が崩れるのを構わず走った。彼も迫る霜を見たのだろう、繋いだ手から伝わる重さは直ぐに無くなり、彼はファリスに並ぶ。
「一体何がどうなっているんだ」
彼が呪いを込めて呟いた。ファリスは背後に居る神官達の無事を確認すると、彼の何も伺う事が出来ない漆黒の瞳を見た。
「壺を中心に時間が止まっているのです。儀式の影響でしょう」
ファリスは、試しに魔力を起こそうと試みたが、胸の内は冷えたままだ。もちろん呪文を呟いても何も起こらない。
ファリスは出口の扉を開けると、彼を押し込んで自分も続いた。時間を置いて、神官達も転がる様に出てくる。最後に出た神官が扉を閉めると、扉にも霜が掛かりそこで止まった。
松明の光が揺れる石造りの廊下に、神官達とファリスと彼。広くは無い此処は、呼吸の音だけが支配していた。
「なあ」と彼がファリスに声を掛ける。
「どうしました?」
彼は肘から先だけを上げて。
「手を離してくれないか? 結構痛いんですがね」
そこでファリスは、力一杯いまだ彼の手を握っている事に気づいた。




