第9話「麗奈とドリフト」
桐谷、英語のセンスが抜群に良い。
数学も相当だったが、さらに飲み込みが早い。
「桐谷、英語得意なんだな」
「うん。一番得意だと思う」
「なんか理由とかあるのか?」
「洋楽を聴くから…っていうのもあるかもしれないけど。
パパの論文を頑張って読もうとしてたのが良かったのかも、英語で書かれてるから」
「大学教授の英語論文なんて、専門用語ばっかでめちゃくちゃ難しそうだけど…」
「うん、だからちゃんとは理解できてない。
でも、原文を読んでみることに意味があるかなと思ってさ…
自動翻訳しちゃうと、パパの気持ちから遠ざかっちゃう気がして」
やっぱりコイツ、すごい真面目なんだな。
「なるほどね…高校英語で読めるようになるという保証はないけど、手助けにはなると思うぞ」
「うん、ありがと」
「ところで、もう英語も中間の範囲が終わっちゃいそうなんだけど…
桐谷の夢、めちゃくちゃ長くないか?」
数学も英語も中間の範囲を教え切ったということは、
かれこれ8時間くらいぶっ続けで勉強したように思う。
夢の中の時間は睡眠時間と必ずしも一致しないが、
それにしたってかなり長い部類だ。
「確かに…そもそもこんな長時間勉強したらもっと疲れると思ったんだけど、
そんなに疲れてもないし。なんでだろね」
「栞の夢に入る時はこんなパターン無いんだけどな…個人差があるのかな」
勉強をする上ではめちゃくちゃありがたいが、正直ちょっと不気味だ。
桐谷が眠ったまま死んじゃったなんてことないよな…?
「俺も疲れてないんだけど、あんまり根詰めても仕方ない。ひと休憩するか」
「それもそうだね。といってもウチ、なーんもないんだけど」
確かにこの部屋、あまり娯楽があるようには見えない。
テレビもない。ゲームもない。ファッション雑誌はある。
やっぱり、お金と時間に余裕がないということなんだろうか…
「とりあえず、桐谷の家の外に出られるか試してみよう」
“自分の家に閉じ込められる”という夢でない限り、
桐谷が認識している範囲内であれば出かけられるはずなのだ。
玄関のドアを開けてみると...
普通に外に出ることができた。
「普通に出られるぞ!桐谷、家の近くに家電量販店ってあるか?」
「あるけど…なんで?」
「ゲーム買いに行こう。夢の中だから実質タダだぞ、ほらほら」
「あ、ちょっと待ちなって」
と言うことで、俺の思いつきで家電量販店に繰り出すことに。
////
桐谷に道案内を頼みながら、家電量販店に到着。
徒歩10分くらいで着いた。めっちゃ近いじゃん。羨ましい。
「夢って面白くてさ」
家電量販店のゲームコーナーに向かう道すがら、俺は桐谷に話しかけた。
「桐谷が、”そこにあって当然”と認識している限り、全部そこにあるんだ。
たとえば桐谷は、"俺がスマホを持ち歩いている"と認識してるだろ?」
「まぁ、うん」
「だから、桐谷は俺がどんなスマホを使っているかも、
どこにしまっているかも知らないだろうけど…」
ズボンの右ポケットから、いつものスマホを取り出す。
「こんな感じで、俺のスマホはここにあって、普通に使えるんだ。
桐谷が教科書の内容を覚えていなくても、教科書の中身は全部記載されてるし、
どんなゲームが売ってるか知らなくても、現実世界と同じようにゲームが売られてる」
「へ〜」
「で、夢の中でどれだけお金を使おうが問題ない。つまり…最新ゲームを買い放題ってこと」
「お〜」
「あれ?リアクション薄い?」
「私、あんまりゲームとかやったことなくて」
「そうなのか。まあせっかくだしやってみようぜ」
モニター、ゲーム機本体、適当なソフト数本をカゴに突っ込んで、レジに持って行った。
そして、スマホで決済。残高は減るが、痛くも痒くもない。なんという全能感。
まあ、これら全部、夢の中に置いて帰らなきゃいけないのが悲しいところだが。
「あ、お金使い放題ならさ」
ふと声を上げる桐谷。
「お菓子とかジュースとか、めっちゃ買おうよ。別に太らないんだよね…?」
「ああ。肉体の変化は、現実世界には反映されない。
反映されるのはあくまで、俺と、俺が干渉した人間の記憶と経験だけだ」
「え、無料で太らないとか最高じゃん。無限に買ったろ」
そっか。女子はその方が嬉しいか。
「まあそうだな。無限に買うか」
実際、お菓子とゲームって相性最高だしな。
2人だけのホームパーティ、開幕だ。
////
大量の荷物を抱えて、桐谷のマンションに戻ってきた。
てきぱきとモニター&ゲーム機をセットアップ。レースゲームのソフトを投入。
そして机の上にはこれでもかとお菓子が広げられていた。
「いやー最高だなぁ」
「いやー最高だねぇ」
「夢がいつ終わるかわからない。さっさと始めますか」
ジュースで乾杯。ゲームを起動。
オタクとギャルの前代未聞の宴。
「桐谷、あんまりゲームやったことないんだよな?とりあえず、操作方法教えるから」
「ふむふむ…」
お菓子をつまみながら、桐谷にレースゲームについて教えていく。
アクセル、ブレーキ、ハンドリング、ドリフト、アイテム。
桐谷はゲームのセンスもあるようで、メキメキ上達していった。
ドリフトで綺麗に曲がるの、最初は結構難しいんだが...もうできている。
そして…3時間後。
「もう1回ね」
「何回やるんだよ!!」
桐谷、飲み込みが早いのは良いんだが、とんでもない負けず嫌いだったみたいだ。




