第8話「無限の睡眠、不変の過去」
桐谷に続き、栞と俺も風呂に入り終えた。
時刻にして23:30。ぼちぼち就寝の時間か。
「それじゃあ、居間に3人で寝ようと思う。
で、桐谷にひとつ断っておかなきゃいけないことがある」
さっきの一件があったせいで、いまいち桐谷を直視できない。
適当にシーツを整えるフリをして、目を合わせないようしながら話し始めた。
「なに?」
「俺たち3人が同室で寝た場合、
栞と桐谷のどちらの夢に入ることになるかわからないんだ」
「あー、自由に選べるわけじゃないんだ」
「そう。もし夢を見ても俺がいなかったら、
目を覚まして俺のこと起こしてくれ。できたらでいいから」
「わかった」
「あの、だったら私は自分の部屋で寝ましょうか…?」
口を挟む栞。桐谷の裸を俺に覗かせてしまったからか、なんだかしおらしい。
「栞ちゃんを仲間外れにするのもヤだから。このままでいい。
それに、今だと神城にムラつかれて襲われちゃうかもだから」
「襲わないって」
安心してください。童貞ですよ。
「なんなら俺が自分の部屋で寝てもいいぞ」
「それだといよいよ意味ないから。私の魅力に負けないで」
「お前なあ…」
まあ桐谷が良いならいい。決行の時だ。
元から桐谷を思い浮かべて寝るつもりだったが、
あんなものを見せられてしまっては勝手に思い浮かんでしまう。
俺たち3人は、仲良く並んで眠りに落ちたのだった——
////
気が付くと、マンションの一室にいた。
そして、俺の知らない部屋だ。
ということは、この夢はおそらく——
「あ、神城。無事に入ってこれたんだね」
部屋のど真ん中に、桐谷が立っていた。
「おう。成功したみたいだ。ここ、桐谷の家か?」
「そうだよ。自分の家の夢を見るなんて、全然面白くなかったね」
俺が桐谷の家に行くのは危険だからって理由でウチに呼んだのに、
結局夢の中で来ちゃったらあんまり意味ないな…
けどそんなことを言って不安にさせるのも良くないので、黙っておく。
「いやでも、勉強を教えるにはちょうど良かったんじゃないか?
教科書・ノート・筆記用具は一通り全部あるだろ?」
「うん、揃ってるよ」
「そんじゃあ、早速勉強やりますか…と言っても、一体何を教えて欲しいんだ?」
「全部…かな。全教科、中間を乗り切りたい。もっと言うと…大学受験も合格したい」
「一晩じゃ終わらなそうだな…まあわかった、できるところまでやろう」
「ありがと、よろしく」
「中間はわかるとして...桐谷って行きたい大学があるのか?」
少しでも早く稼ごうと思うなら、高卒で働くという選択肢もありそうだが。
「どうしても行かなきゃならない大学があるの」
桐谷の表情は、これまでに見たどんな表情よりも真剣で、そして切実だった。
氷室先生、あなたは正しかった。
確かに大学選びというのは、誰かにとっては、この上なく重要な選択みたいです。
「…わかった。桐谷が赤点を取ることは金輪際ない。大学も合格させてみせる」
「事情とか聞かないの…?」
「別に、桐谷が話したくなったら話してくれればいい。
何か大事な理由があるんだなってことは、顔見ればわかる」
「神城…」
夢の時間を利用できる前提であれば、割ける時間は無限大。
桐谷ひとり合格させられないようでは、こんな能力あっても仕方ない。
「さしあたりは目前の中間だな。範囲になってるとこ片っ端からやろう。
この夢の長さがどれくらいかは運次第だけど」
「運次第?」
「夢の長さって、必ずしも睡眠時間と一致しないだろ?
同じように一晩寝た時であっても、短い夢の時もあれば長い夢の時もあるんだ」
「なるほどね…長い夢だといいんだけど」
「じゃ、早速やるぞ」
////
数学から手をつけ、とりあえず中間の範囲は一通り教えきった。
「氷室先生に疑われ続けるのもイヤだし(自業自得)、
とりあえず数学から教えたけど。どうだ、手応えはあるか?」
「めちゃくちゃわかりやすかった。神城、教えるの上手すぎ」
「そう?昔からよく栞に教えてたのが役に立ったかな」
「…本当に栞ちゃんと仲良いんだね」
「両親ともアメリカに行って長いし、栞は昔、身体が弱くて寝込みがちだったんだ。
結果的にいつも俺が面倒を見てた。現実でも、夢の世界でもね」
「へぇ。栞ちゃん、今では元気いっぱいなのに」
「ああ。なんならちょっと元気になりすぎた。
けどアイツ、寝込んでた時期が長いせいか友達は少ないんだ」
「あんなに人懐こいのに」
「いや、あれは清楚モードを解除した状態だからだ。桐谷相手には、
なし崩し的に素を見せることになったのが良かったのかもな。
いや〜俺の能力が桐谷にバレて良かった良かった」
「それはちょっと違くない」
違うか。
でも、俺の能力がバレたから桐谷に勉強を教えることになったんだし、
結果的にはみんな幸せになってるんじゃないかな。うん。きっとそう。
「…私の両親は、数年前に離婚しちゃったの。で、ママと二人暮らしすることになったんだけど、
再婚するって言い出して。納得できなくて、家を飛び出してここに一人暮らししてるってワケ」
「だから自分で家賃払ってるんだな。で、補習なんて受けてたらバイト時間足りなくなるから
赤点を取るワケにはいかない…と」
「そ。で、パパが教授として在籍してる大学に入りたいの」
「親父さんのことが好きなのか?」
「うん。大好き。だから離婚も再婚も、受け入れられなかった。
私はパパとの繋がりをずっと持っていたい。パパの近くにいたいの」
「……」
両親に会いたいのになかなか会えなくて悲しんでいた過去の栞と、
自分の過去について語る桐谷の姿が、どこか重なって見えた。
「なおさら、桐谷を合格させないワケにはいかなくなったな」
「神城…」
「じゃあ、続きをやろうか。次は英語だ」
「Hi.」
「うわダル」
数学に続けて、英語を教えていく。
桐谷は数学より英語の方が得意らしく、さらにテンポよく進んでいった。




